研究報告 働き方が変化する中での健康確保の課題

労働者の健康確保は社会が取り組むべき重要な課題

少子高齢化等を背景に、人々の健康増進、労働者の健康確保は、社会が取り組むべき重要な課題となっています。近年は雇用者における中高年層の割合が増え、従業員の健康確保は、企業にとってますます重要になっています。ウェルビーイングという言葉もあるように、企業は、労働者が心身の良好な状態を得られるような環境整備にも積極的に取り組んでいます。その背景には、健康状態や心理状態が悪化すると、仕事のパフォーマンスや意欲が低下し、離職にもつながってしまうという認識の広がりがあります。

一方、政策面では、健康を損なうような労働環境の是正に加えて、治療と仕事の両立支援など、体調が万全でなくても働き続けられるよう、政策が推進されています。

企業が従業員の健康管理に取り組むにあたり、論点がいくつかあります。1点目は、企業が従業員の健康のためにそもそも何を行えばよいのかということです。2点目は、プライバシーの問題もあり、企業が従業員の健康状態をどのように把握すればよいのかが問われているということ。3点目は、リモートワークの拡大など、働き方が変化するなかで、健康について新しい課題が見えてきているという点です。

労働と健康は相互に影響しあう

労働と健康は、相互に影響しあう関係にあると考えられます。まず、労働から健康への影響としては、長時間労働や夜勤などの労働環境によって体調が悪化したり、職場における人間関係のトラブルによってメンタル不調になってしまう場合が考えられます。一方で、健康も労働に影響を及ぼします。体調不良によって業務のパフォーマンスが低下したり、仕事を休むことがあります。病気のため仕事を辞めざるを得ないという状況もあります。

JILPTが実施した調査データをもとに、就業状態別に健康状態(いわゆる「主観的健康」)をみると、就業している人のほうが、非就業者に比べ健康状態が良いと回答する傾向にあります(シート1)。これは、就業していることが健康状態にポジティブに影響するという面、もう1つは、健康な人ほど働いているという面の、2つの面があるかと思います。

次に、労働者に絞って、2020年のJILPT調査データから詳しくみていきます。身体的な不調の状況を年齢階層別にみると、フルタイム労働者においても、さまざまな身体的な不調が知覚されています(シート2)。症状別には、「背中・腰・肩の痛み」は年齢が高いほど多く、逆に「頭痛」などは若年層のほうが高くなっています。

メンタルヘルスについてJILPTの調査をもとにすると(シート3)、いわゆる「高ストレス者」の割合は、年齢が若いほど高い傾向となっています。役職別にみると、課長相当以上に比べて、一般社員や主任~課長代理相当の人で割合が高い。回帰分析で属性を調整した場合でも、主任~課長代理相当の人でストレスを感じている確率が高いという結果でした。若年層やこのクラスの役職者では、メンタルヘルスに問題が生じやすいという傾向が出ています。

次に、メンタルヘルスに関して、労働環境による影響をみます。過去6カ月間の業務関連の出来事13項目の有無別に、心理的ストレス反応の割合をみたのが、シート4です。ストレスとなる仕事上の出来事が何もなかった人の、ストレス反応ありの割合は32.8%でした。これを基準にすると、長時間労働を経験した人でストレスを感じている割合は65.4%で、30ポイント以上高い。このほか、仕事の量と質の大きな変化、顧客とのトラブル、役割・地位の変化、パワーハラスメント、達成困難なノルマなどを経験した人は、いずれも、ストレスを感じている割合が7~8割程度と非常に高く、こういう出来事がストレス要因である可能性が示されています。

健康状態が良好でないことは業務パフォーマンスの低下につながる

一方、健康状態による労働への影響をみると、健康状態が良い人に比べ、良くない人ほど業務に支障をきたしている傾向にあります(シート5)。健康状態が良好でなければ、業務パフォーマンスの低下につながっています。ここで、例えば欠勤等が発生していれば会社も体調不良ではないかと感じ取れますが、仕事の効率が落ちているとか、仕事のミスをするとか、こういうパフォーマンスの低下状態は会社から比較的見えにくい部分です。

リモートワークで生活時間の配分が変化

コロナ禍でリモートワークが拡大するなど、働き方が変化するなかで、労働者の生活や健康にどういう変化が起こっているのかをみてみます。リモートワークによる生活時間と仕事時間の変化をみると、家事・育児・介護などの時間は半数が「変わらない」と回答していますが、「とても増えた」「やや増えた」を合わせると、50%近くの人が増えたと回答しています。

自分の自由に使える時間については、「とても増えた」「やや増えた」を合わせて6割以上の人が増えたとしています。リモートワークで通勤時間が削減され、時間配分が変化したと推測されます。

一方、仕事の時間は、リモートワークによって「変わらない」が約半数、「長くなった」「とても長くなった」はほぼ2割で、3割くらいの人が「とても短くなった」「やや短くなった」と回答しています。リモートワークで、仕事時間は長くなった人、短くなった人の両方がいて、少し分散が大きくなったのかもしれません。こうした働き方の変化で、ワーク・ライフ・バランスが変化した可能性が考えられます。

リモートワークで健康が良くなった人、悪くなった人の両方がいる

リモートワークによる健康面への影響を聞いたところ(シート6)、「変わらない」が約半数ですが、「とても良くなった」「やや良くなった」を合わせると、身体的健康もメンタルヘルスも3割弱の人が良くなったと答え、2割程度の人が悪くなったと答えています。身体的健康が悪くなった人もいた要因としては、通勤が減って、その分座る時間が長くなり、運動量が減ることで、身体的健康に影響したことなどが考えられます。

メンタルヘルスに関しては、リモートワークによって、一人ひとりで業務を進めることになり、孤立感、孤独感が増すことなどが懸念されています。リモートワーク下ではコミュニケーションに課題があるとよく言われます。この調査でも、労働者に在宅勤務に関して不安に感じたことを尋ねたところ、「上司や同僚とのコミュニケーション」が最も多く、続いて「同僚の仕事の進捗が見えないこと」などの回答が続きました。そこで、企業は意識的に雑談の機会を作ったり、出社のルールを定めるなど、さまざまな形でコミュニケーションを取る工夫をしています。

リモートワークで働き過ぎになる場合も

リモートワークにおけるもう1つの課題、働き過ぎの問題についてお示しします。調査では、リモートワークで、仕事の時間が長くなった人も、短くなった人もいました。リモートワーク、特に在宅勤務の特徴は、仕事と生活の境界が曖昧になりやすいという点です。在宅勤務には仕事と生活の両者を柔軟に組み合わせやすいメリットもありますが、働き過ぎになり得ることも懸念されます。

調査で、リモートワークをしている人に仕事の状況を聞いたところ(シート7)、勤務時間外に業務連絡を受けることが「よくある」「時々ある」が合わせて6割近くにのぼり、深夜に仕事することについても「よくある」「時々ある」が約2割となっています。休日に仕事することについても、同割合は3割程度にのぼります。

このような働き過ぎを防ぐにはどうしたらよいでしょうか。この点、「仕事と生活の境界管理」と言われますが、働く者が意識的に、メールチェックなどの仕事の区切りをどこかで付けるといったことも必要でしょう。しかしそれだけではなく、会社、上司が「つながらない権利」の遵守、例えば、時間外の連絡やメールについては、ルールやマナーをしっかり考えて働き過ぎを防ぐことが大事だと考えます。

リモートワークの留意点については、厚生労働省が2021年に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を策定しています。労働時間管理の工夫と、メール送付の制限、安全衛生の確保などについて言及しています。

ILO(国際労働機関)が2020年に発出した企業の実務担当者向けガイドにも、リモートワーク下では、労働時間とその管理が重要だとしています。管理者はこれまで以上に、部下のサポートや健康・満足に配慮すべき、また、私生活の時間を守り、働き過ぎを防ぐ努力が必要であることが書かれています。テレワークにおいては管理職の役割が重要だということです。孤立感を防ぐため、コミュニケーションの必要にも触れています。健康リスクとしては、アルコールの過剰摂取や運動不足、住宅環境や両立の問題をあげています。

見えにくいからこそ労働時間・業務管理を徹底する

従業員の健康状態は、近年、企業にとって重要な課題だとあらためて認識されてきました。一方、健康問題の要因は多様であるため、企業の通常の労務管理では対処が難しい面もあります。従業員の健康状態はプライバシーが多分にかかわり、企業から見えにくく、またリモートワークになって一層、健康状態の把握が難しくなりました。健康確保をどのように行っていけばよいのか、各社で良い方策を見つけていくしかありませんが、何点か考えられる点をあげます。

1つは、基本ではありますが、健康障害や過重労働を防ぐため、労働時間管理や業務管理を徹底すること。労働時間の管理とともに、休息時間をしっかり確保することも大切です。また、リモートワーク下では、いつでもどこでも仕事になるというような働き過ぎの状態を防止することも重要です。

次に、良好な職場環境の整備です。社員の心身の健康のため、ハラスメント対策を行い、良い職場環境を作る必要があります。相談体制の整備や、産業医等との連携も大切です。

3点目は、日々のコミュニケーション、職場でのコミュニケーションです。リモートワーク下では新しい形のコミュニケーションを考える必要があります。管理職の役割は重要で、あらためてオフィスの役割を見つめ直すことも大事です。

治療と仕事の両立支援など、体調が万全ではなくても働き続けられる、多様な従業員の活躍の支援も重要な点です。

ウェルビーイングとは、身体の健康のみならず、心理面を含めて良い状態になることと捉えられます。ウェルビーイングの実現のため、個人において健康維持に努めることに加え、企業の役割も大きく、また、社会全体でもやるべきことは多くあると考えます。

プロフィール

高見 具広(たかみ・ともひろ)

労働政策研究・研修機構 主任研究員

2013年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。2013年JILPT入職。社会学専攻。現在の研究関心は、労働者の生活と健康、リモートワーク等の柔軟な働き方、過重労働問題など。最近の主な研究成果として、「メンタルヘルスに関わる業務負荷」労働政策研究報告書No.217 第5章(2022年)、「コロナ禍の在宅勤務による生活時間の変化―「新しい日常生活」」樋口美雄/労働政策研究・研修機構[編]『コロナ禍における個人と企業の変容―働き方・生活・格差と支援策―』(慶應義塾大学出版会 2021年)第7章(山本雄三氏との共著)、'Remote Work and Job Satisfaction that Depends on Personality Traits: Evidence from Japan (PDF:482KB),' Japan Labor Issues Vol.6, No.37.(2022年)がある。

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