パネルディスカッション

パネリスト
周 燕飛、大石 亜希子、鈴木 玲子、渡辺 由美子、樋口 美雄
コーディネーター
濱口 桂一郎 労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長
フォーラム名
第125回労働政策フォーラム「女性の就業について考える─環境変化と支援のあり方を中心に─」(2023年2月15日-20日)

論点1. コロナが女性雇用に及ぼした影響と子育て世帯の変化

濱口 パネルディスカッションは、事例報告をいただいたお二人と、労働経済学の観点から研究者のお二人、そして当機構理事長の樋口も参加して議論を戦わせたいと思います。最初の論点ですが、シーセッション(She-cession)、女性不況という言葉がありました。今回のコロナが女性雇用に及ぼした影響、そして近年の子育て世帯の変化について、ご意見をいただければと思っています。

コロナが女性雇用に3つの側面で影響

まず、女性自身の影響としては、コロナの影響で退職せざるを得なかった女性で、これは明らかに職種で影響が異なっていたと感じています。販売や飲食など仕事がなくなり退職を余儀なくされた職種と、看護師などコロナ禍で仕事が過多となった職種で、激務に対応できずに退職した方々です。

家族からの影響としては在宅勤務の影響などですが、1つは、一時的に夫が子どもを見てくれるとか、ちょっと料理をやってくれるなどで、自分にも多少時間に余裕が生まれ、働けるのではないかと思い始めたといったポジティブと捉えられる相談がありました。一方、逆に、夫が在宅勤務になり残業代など収入が減ったため、自分が隙間時間を見つけて少しでも働かなければならないという相談もありました。

環境面での影響としては、今年度の夏にかけて流行したオミクロン株の影響による学童クラブの閉鎖などで、お母さんたちの就職活動が制限された点があげられます。また、オンラインの活用が急速に進んだものの、オンライン環境になかなかついていけない人も多いという点です。ただ一方では、「リモートワークや在宅勤務の仕事はないですか」といった相談も増えたと感じています。

非正規でも仕事が続けばいいなと痛感

渡辺 今回のコロナでは、非正規雇用の人の切なさ、不安定さがとても大きかったと思います。何となく「女性は非正規でパート」という考え方の中で、ひとり親で自分が主生計で、なかなか正社員になれず非正規に甘んじて働いていた人が多くいました。コロナの前からも大きな課題でしたが、なかなか社会が変わらないなかでコロナとなり、本当に非正規の人は働きに行けず収入がなくなった。休業給付金などもありましたが、非正規でもらえた人は非常に少ない印象です。仕事もなくなると、生活保護を受けるしかなく、途端に生活が行き詰まってしまう。やはりもう少し、非正規でも仕事が続くようになるといいなと痛感しました。

また、子育て世帯の特異性がとても大きかったと思います。多くの女性は頑張って、時短を取るなどして何とか会社に迷惑をかけないようにやってきましたが、コロナ禍では、子育て世帯が働けなくなるリスクが非常に高かった。自分がどんなに頑張っても、保育園で感染が出ると、お母さんは元気でも働けなくなる。家族が次々と感染して、1カ月半仕事に行けないとの訴えもありました。

男性の家事・育児参加など一時は期待も、元に戻る

 私は、2020年はまだJILPTに在籍していて、JILPTのコロナ関連の調査研究プロジェクトで、コロナ禍が女性雇用にどのような影響を及ぼしているのかを注視してきました。

大きく2つの段階に分かれると思います。第1段階は、コロナ禍初期の2020年です。4月に第1次緊急事態宣言が発令され、日本経済がほぼ麻痺した状況にあったのは、皆さん記憶に新しいと思います。私は、2020年の3月~11月の間を、「シーセッション(She-cession)の期間」と呼んでいます。男女とも雇用損失を受けましたが、明らかに女性に被害が集中し、危機的な状態でした。

そうしたなか、将来のポジティブな変化につながるものもありました。男性の在宅勤務が増え、家事と育児に参加する時間数の上昇が確認されました。コロナ禍前には全然進まなかった在宅ワークやテレワークも一気に拡大しました。これらの変化が仮に定着すれば、コロナ禍後にむしろ女性の活躍は広がるのではないかという期待もありました。

2021年以降は第2段階に入り、女性の雇用が順調に回復し、就業者数はほぼコロナ禍前の水準に戻りました。しかし、求人が増えているのに、非正規雇用の労働者がなかなか戻ってこない。パート女性の就業時間が全然増えていない。国会でも議論されている103万円や130万円の壁が災いして、労働時間を調整する人も多かったのではないかと思います。また、一時的に増えていた在宅ワークやテレワークが逆戻りになりました。コロナ禍で見えたポジティブな変化をキープするのはかなり難しいことが分かっています。

もう1つの面白い変化として、実は女性の正規比率がコロナ禍で少し上がりました。コロナ禍で正規と非正規の雇用格差が顕著になり、非正規雇用のままだと様々な不利を被ると思い知らされ、正規転換する女性が多かったのではないかと思います。国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査によると、出産した女性の就業継続率が、長らく3割、4割程度だったのが、2015年~2019年に出産したコホートでは一気に7割に上昇しました。コロナ禍は女性の雇用に大きな被害をもたらしている一方、これによって女性の間に危機感が生まれたり、自分のキャリアを積極的に考える機会になったりしている可能性もあります。

テレワークができる世帯か否かで格差が拡大も

大石 コロナ禍の生活時間に注目すると、夫婦の家事・育児時間の配分を変えられたカップルとそうでないカップルの差が目立ってきています。末子が就学前のカップルでは、正規社員同士では夫が家事時間も育児時間も伸ばし、夫が正規で妻が非正規カップルではほとんど伸びていない状況です。

研究成果をみると、例えば一橋大学の臼井恵美子先生らの研究では、コロナ禍でテレワークをしたのは、男女問わず世帯年収が600万円以上や、高学歴、専門職の人たちでした。そして、テレワークをすると父親の家事・育児時間が増え、生活満足度も上昇したという結果が出ています。また、東京大学の山口慎太郎先生らのグループの研究でも同様の結果が出ており、テレワークをした男性の家事・育児時間は増え、かつ、自己申告ですが、労働生産性に対するネガティブな影響も観察されず、よい効果がみられます。

こうしてみると、テレワークができる世帯か否かということについての格差が存在するようです。テレワークがもつ良い効果をどのように維持するのか、また、販売関係や医療従事者など、テレワークをやりたくてもできない人たちのワーク・ライフ・バランスをどう実現するのか、これまで以上に注目していかなければならないと思います。

コロナの中で日本の弱さが露呈

濱口 それでは、各報告者のいまの発言をうけ、樋口理事長からコメントをお願いします。

樋口 今回、このコロナの中で日本の弱さが露呈したと感じています。片方ではプラスの面もあるわけですが、結果的には格差を拡大させたのではないかと思います。他国と比べて日本の場合、男女の就業産業が偏在していて、例えば女性は飲食や宿泊、販売などに集中しています。そこが今回のコロナで特に大きな被害、需要減少の影響を受けました。

もう1点は、非正規雇用に大きく影響を与え、日本の弱点を突いた面があります。さらに言えば、暮らしの面で、女性に育児や家事が集中しており、そこにも大きな影響が現れたと言えます。これをどう回避するのか。リモートワーク、テレワーク対応もありますが、対人サービスに就業する女性がテレワークできる仕事はそう多くはない。なかなか日本ではコロナの影響を回避するのは難しかったと思います。

リーマンショックのときには一過性の強い外部的なショックが働くと、1、2年で落ち着きましたが、コロナは雇用面では初期の段階で非常に強く影響が現れ、それが結果的に継続した。日本では人手不足が基本的にあって、雇用調整助成金などの効果もあって、全般的に失業率は低く抑えられていた。しかし、先ほど言った人たちはそうもいかなかった面もあり、離職し無業になってしまった面もある。

論点2. 出産と就業継続の壁

濱口 2つ目のトピックに移ります。子どもが生まれることによる就業継続の壁という問題です。まさにワーク・ライフ・バランスの観点から、あるいは男女、夫婦での労働時間・生活時間の分担という観点から、いろいろと議論が必要かと思いますが、コメントをお願いします。

突発的な対応へのフォロー体制を

鈴木 まず、女性の皆さんが仕事を辞めざるを得ないと決断をする理由の1つに、子どもが急に熱を出したときなど、突発的な事象への対応が難しいケースがあると思います。何か突発的なことが発生してしまったときにすぐに頼める人や、シッターさんの確保に対するフォローがもっと十分にあるといいと感じています。また、相談窓口で一番感じることは、お母さんたちが会社に対しても子ども対しても、迷惑をかけて申し訳ないと頭を下げてばかりで自分を責めてしまっていることです。自分で調整できない外的要因はどうしようもないことであると認識して、もっと自分を肯定していいと思いますし、周りの皆さんももっと声に出して子育てしている女性を応援していただけるといいのかなと思います。

政策面では、働きたい人が働ける環境づくりや、扶養枠の制度の見直しがあげられると思います。実際に、本当はもう少し働くことができるし働きたいとも思うけれど、扶養から外れないように時間調整をして、結果的にはこれ以上働かないという選択をするという方々もいらっしゃいます。また、どうしても女性は保育園の時間に合わせて働くことが当たり前のように動いていますので、女性が保育園など外部の環境に合わせるのではなく、女性が働くことに外部の環境が柔軟に合わせられるような制度面でのフォロー体制や仕組みができるといいと思います。

女性側ができることはすでにやり切っている

渡辺 突発的なことは子どもがいれば必ず起こるのに、母親たちで対応しなければいけない事態を何とか変えられないか、と思います。女性の就業継続の壁を考えると、もう、女性側ができることはやり切っていると思っていて、やはり企業や社会が変わっていかないと難しいと日々現場を見て感じます。日本の企業文化は、子育てがないまま進んできましたが、子どもを育てながらきちんと働けるように社会が変わっていくことが、とても重要だと思っています。

また、日本は家庭の育児負担が重く、例えば、保育園に子どもを預けるのにおむつに名前を書かなければいけないなど、子どもにやらなくてはならないことがとても多い。小学校に入っても、専業主婦が主流の時代の親の関わり方を求められて、心理的な負担になってしまう。

高齢化もあり、突発的事態に対応した人事労務管理も必要

大石 お二人のお話から、3つほど思ったことをコメントします。まず、今までは突発事態に際しては、女性がすべて吸収して対応していた。それができるように仕事の柔軟性を確保する代償として、低賃金や処遇が悪い非正規の仕事に甘んじてきたわけです。経済学では補償賃金格差といいますが、これが続いていたのだと思います。しかし、高齢化も進んでいますし、介護問題などの突発事態はどの労働者にも当然起きるものだと考えて人事労務管理を進めていくことが必要だと思いました。さらに、過度に自分を責めたりしないように、ワークルール教育や、労働者の持つ権利の周知も必要だとも思いました。

2つ目は、現実には、ギグワークと言われるような、スポット的であったり、突然シフトが入ったりキャンセルされてしまうような、むしろ女性が就業するうえでは難しい仕事が増えている点です。欧米ではかなり問題視され、米国では州によっては仕事の予見可能性を高めるための規制も行われています。こうした問題はこれから日本でも顕在化する恐れがあると思っています。

最後に、女性の就業継続の1番のターニングポイントは第一子の出産時で、そこで育児休業を取得して就業継続できるかがカギとなりますが、それには正社員であるかどうかが大きく影響しています。ところが正社員であるかどうかは初職でかなり決まってしまうという問題があります。日本的な雇用慣行のもと、初職がライフコースに非常に大きく影響することが、根本問題として存在していると考えています。

女性が正規職を辞めるのはやはり二重負担が大き過ぎるから

 就業継続はなぜ女性にとって重要なのか、少し補足説明します。私は2019年に新潮社の『貧困専業主婦』という本の中で、継続就業するケースと、中断して再就職するケースの生涯所得を比較しましたが、大卒者では約2億円、高卒者でも1億円近くの所得ロスが生じていることが分かりました。

再就職の扉が比較的開かれている米国や欧州では、おそらくそれほど大きな所得ロスは発生しないでしょう。新卒一括採用と終身雇用の慣行が根強い日本の労働市場では、中途採用が狭き門であることが関係していると思います。それでも多くの女性が正規の仕事を辞めるのは、やはり、仕事と育児の二重負担が大き過ぎて、仕事と家庭のバランスがとれないためです。

私がJILPTで行った一連の調査にみると、長時間労働より、実は労働時間の硬直性の問題が深刻です。子どもの病時看護や学校・保育園の行事参加がままならないことが、つらいことです。働く時間、働く場所に労働者がある程度の裁量権を持つようにしなければいけないですし、むしろそこが改革の本丸ではないかと考えています。

濱口 ここまでのお話を聞いて、樋口理事長から一言コメントをお願いします。

やはり重要なのは両立支援をいかに進められるか

樋口 やはり仕事を継続して働けるようにしていく。継続してキャリアを形成していく必要が男女にかかわらずあるだろうと思います。同時に、結婚、出産、育児、家事、これも不可欠なもので、男女にかかわらず、お互いに協力してやっていく必要がある。いわゆる両立支援をいかに進められるかが重要ということだと思います。

両立支援の進め方は、やはりどうも、「男性が仕事を、女性が家庭を」というような従来からの日本の役割分担は、少しは和らいできましたが依然として強い。制度はいろいろ変わってきていても、そこに本当に魂が入っているのか、利用しやすくなってきているのか、議論があったと思います。企業の責任は非常に重いと思いますが、同時に、これは夫の働きぶり、あるいは家庭における役割、さらには、会社の同僚や管理職の理解がどれだけ得られるか。保育をはじめ社会の協力を得られるか。これをいかに進めていくかということではないかと思います。

よく言われることですが、少子化が急激に進展している国と、生産性が向上していない国で共通点があるのではないかという見方があります。例えば、出生率が急激に下がっている韓国や日本など東アジアの文化圏、地中海の文化圏のギリシャ、スペイン、イタリアも同じような動きがある。どうも社会の動きや産業の動きを見ていくと、どれだけ両立できるのかに少子化も影響を受けているし、同時に、生産性、メリハリのある仕事の進め方、あるいは、画一的ではなく自由度を与えて自主性を引き出すような働き方、そして暮らしが重要ではないか、という議論があることを思い出しました。

今回政府が少子化対策で打ち出している金銭的、経済的な支援も重要ですが、同時に、皆さんがご指摘された、社会あるいは男性・女性の理解や実行をいかにサポートできるのかも、大きく影響するのではないかと思いました。

論点3. 母子家庭、シングルマザーを取りまく課題と求められる支援

濱口 3つ目の論点は、母子家庭、シングルマザーを取りまく課題と求められる支援についてです。今度は渡辺さんから、それぞれコメントをお願いします。

まずはシングルマザーの積極的な採用を

渡辺 企業には、ぜひ積極的に採用をしていただきたいと思っています。働ける人と働くニーズのマッチングは課題ですが、相談会などをどんどん進めていきたいと思っています。また、職場側のもう少しの理解も重要だと思っており、突発的なことが起きたときに、「あの人、シングルマザーだからいいよね」みたいなことになりがちです。しかし、誰でも介護問題や自分の健康上の問題で同じ立場になるかもしれませんし、多くの人がいろいろな都合をつけながら働いていける社会にするとともに、人生の様々なライフステージに合わせて企業の中でちゃんと働けるという社会に変わっていけば素晴らしいと思います。

また、自助努力ではどうにもリスキリングできない人たちをどうリスキリングをしていくかについて考えていくこともとても重要だと思います。

正式に離婚していない母へのサポートも必要

鈴木 マザーズハローワークでもひとり親の方からの相談はあります。サポートには、制度的なサポートと精神的なサポートがあり、精神的なサポートという点では、学校や行政、家庭のみではなく、広く皆さんが相談しやすいような場所をつくって案内する、より訪れやすい雰囲気で対応させていただくことが大切だと思っています。制度面のサポートでは、例えばシングルマザーに対するシッターの利用時の補助金や、延長保育の優先利用などがあればよいのでは、といった声もあります。

また、少し観点は異なりますが、正式に離婚していない女性や、離婚調停中で実際はシングルマザーとして家計を支えている女性が窓口にいらして、諸手当や支援の対象にならず制度を使えないという相談もあります。そういった方々に対しても、何かしらサポートできる仕組みが必要ではないかと思います。

養育費確保など子どもへの支援も重要

大石 就業を通じた経済的自立にはある程度限界があります。母子世帯支援においては、子どもに支援をすることが一番重要だと考えています。シングルマザーは就業率も高く、長時間働いているわけで、それでも自立できるような収入が得られないのは、男女間賃金格差などの労働市場の構造的な問題や、養育費の受領率が28%程度しかないという問題があるためです。したがって、就業支援を進めるとともに、養育費についての取り決めの促進や確保の強化、たとえ少額でも養育費がコンスタントに入ってくるようなシステムの構築が必要です。養育費が途切れるような状態になったときには、例えば公的な立替制度のようなものも必要ではないかと考えているところです。

支援がシングルマザーにきちんと届くように

 就業を通じた経済的自立は目指すべき方向ではありますが、それだけでは不十分で、養育費の確保や経済的支援の充実は同時に考えなければいけないと思います。そして、子育て女性の中でもシングルマザーの方々が特に厳しい状況に置かれていて、貧困率が高い。

シングルマザーの支援は、つくった支援メニューをきちんと届けることが重要です。シングルマザーは自分からSOSを出せない人が非常に多く、本当に困っているお母さんや子どもたちを見つけ出すことが難しい。それには、地域の力を借りればいいと思います。例えば、子ども食堂で食事を提供したり、子どものいる家庭に食料品を無料配布したりすることによって、困っている家庭が、身近なところで支援にたどり着くことができます。また、子どもの世話や遊びを通して詳しいことを聞くことができれば、要支援家庭を見つけ出すこともできます。例えば、大阪のプレーパーク事業があります。土日に公園などで子どもたちに遊びの場を提供しながら、支援員が子どもたちの様子等を詳しく観察し、要支援家庭を見つけてはアウトリーチ型の支援を提供しています。

支援のメニューは、もうかなりよくできていると思います。これをちゃんと必要とする人のところに届けることが最大の課題ではないでしょうか。

濱口 それでは、樋口理事長からコメントをお願いします。

やるべきことをみんなすでにやっている日本

樋口 母子家庭あるいはシングルマザーにおける日本の弱点がこの課題に集約されている気がします。欧州で貧困問題の解決を考えるときに、まず社会保障受給による労働意欲喪失を回避するところから始めるのですが、日本はもう自分でやるべきことはみんなやっていて、それ以上を求めている。そのなかで、やはり働くことができるようにどうサポートしていくのか。リスキリングもあろうかと思います。また、例えば保育園で、親が働いていると子どもを預かります。しかし、例えば職業訓練を受けている最中でも、当然、子どもを預かってくれるという方向性をたどるべきですし、誰もが利用できる、そうした方向になりつつある。

所得制約も、仕事をするだけでは十分でない状況であれば、そこをいかに支援していくかが重要です。このほか、どう効率よく働くことができるのかというサポートの仕組みも重要になってくると思います。

論点4. 女性のキャリア形成や処遇改善

濱口 4つ目の論点は、女性のキャリア形成や処遇改善です。女性が活躍するものの、男性並みの長時間労働にならないような環境整備はどうしたらよいのか、様々な問題があると思います。あらためて皆様からご意見をいただきたいと思います。

お母さんも自分がやりたいことや働くことを第1に考えていい

鈴木 子育ての多様化への対応についてコメントします。ワーク・ライフ・バランスをとっていこうという流れはもちろんあるのですが、女性が後ろめたい気持ちを持たずに、子育てを外注する、人に頼る、家事をやらないなど、そうした援助を当然のように選択できることをもっと周囲が理解すべきであるし、女性たち自身にも伝えていけるといいように思います。

保育園で子どもに涙ながらに「行かないで」と言われて、こんなことまでして本当に働かないといけないのかと自分を責めながら働くお母さんに、「今は手がかかってもお子さんも大きくなるし、長期的に見て、お母さんも自分の将来やキャリアを考えて、やりたいことや働くことを第1に考えていいんですよ」とうまく伝えられるといいなと思います。

将来への投資とかみしめて取り組むべき

渡辺 やはり優秀な人もたくさんいるのに、多くの女性が生産性を発揮できず、非常に安い賃金で働いている。これは日本にとっても大きな損失で、社会全体で取り組まなければいけない問題だと再認識することが重要だと思います。女性のキャリア支援や処遇改善、子どもの貧困問題も、日本社会全体にとっても、企業や職場にとっても非常に重要であり、だから将来への投資だということをかみしめながら取り組むべきだと思います。

よく社会全体で子育てすると言われますが、それをお題目だけではなく実装していく。働く時間や場所の融通は重要で、そこのコストを引き受ける。少し前の企業戦士が求められる労働者像を求めるのではなく、日本全体で労働力が減っていくなかで、子育て中の女性も、介護や病気になっても雇用継続できる、いろいろな働き方を認め、コストはみんなで負担していきましょう、という社会にする。こうした社会をつくることが、女性のキャリアや処遇改善にもつながると思います。

キャリア形成には、個人、企業、国の三方が努力を

 やはり女性のキャリア形成に三方の努力が必要だと思います。まず個人は、目先ではなく長期的な視点で自分のキャリア形成を考える必要があります。身近にロールモデルを置くことも1つ大きなポイントかと思います。次に、企業側の努力も欠かせません。今も職場では女性への無意識の偏見は結構存在しています。例えばワーク・ライフ・バランス配慮という大義名分の下で、出世コースやコアの仕事から女性社員を外すことはよくあると聞きます。これは後に40代以降の男女の賃金格差が広がる大きな要因となります。最後に、国は、女性が働きやすいよう、社会環境の整備、税や社会保障制度の見直しを行うべきです。女性が働いても働かなくても不公平とならないよう、働き方に中立的な制度に変える必要があると思います。

大石 全世代社会保障会議などでも提言していますが、女性の働き方に中立的な制度を考えていくことが必要だと思います。また、男女間の賃金格差について301人以上の企業に開示義務が課せられるようになりました。現状の開示義務のあり方は、詳細をあまり出さず平均賃金の差を出すだけでまだまだ不十分な状況ですが、それを発展させて、職場の中の男女間格差を「見える化」していくことが必要かと思います。個々の職場の処遇差が見えるようになる働きかけを、行政のほうからもしていただきたいと思います。

出産前にあきらめて辞めてしまう人が多いことにも注視

樋口 継続就業は、キャリアを形成していくうえで極めて重要なポイントだと思います。キャリアにおいてはいくつかの分岐点があり、特に子どもを出産した後の分岐点で、育児休業制度を男性、女性にかかわらず容易に取れる仕組み、あるいは企業のそうした慣習をどうつくっていくかが重要かと思います。ただ、育児休業制度でちょっと見落としているところがあります。それは、出産前に、復職後の働き方を考えるととても仕事と子育てを両立できないといって、妊娠したら、出産前にあらかじめ辞めてしまう人たちがかなり多い点です。やはり、男性も含めて、柔軟な働き方や出産後も耐えられる働き方ができる仕組みをどうつくっていくかについても重要と思いました。

同時に、やはり主体である夫婦における男性の働き方や家事・育児の問題を考えなければならないと思います。余談ですが、国際的に日本の男性がなかなかもてないのは、どうも日本男性の印象が、仕事だけということがありそうな感じがするわけです。日本の女性も男性に求めるものが変わってきているのかもしれません。日本の男性も変わっていかないといけないということを、自分への教訓も含めてお話をさせていただきました。

濱口 最後に司会の職分を超えて若干余計なことを喋っておきます。私はかつてベルギーのブリュッセルにある欧州連合日本政府代表部に勤務していたのですが、ブリュッセルのみやげ物として、EU各国の国民性をジョークにした絵はがきがあります。そこでは、ベルギー人は「available as a Belgian」と書かれていて、その挿絵は、机の上で電話が鳴っているんだけど、誰もいないという構図です。これはひねったジョークで、ベルギー人は全然、アベイラブルじゃないと言っているわけです。でも逆に考えてみると、日本の企業はあまりにも社員に対して「アベイラブルであれ」と言い過ぎたために、今のような女性が働きにくい事態になっているのかもしれません。これをもう一つ裏を返して子どもの目から見たら、日本のお父さんはいつも会社に取られていて全然アベイラブルじゃないとも言えます。今日の議論を聞いていて、働く男女が誰にとってアベイラブルで、誰にとってアベイラブルじゃないのかという問題が、わが国の働き方の根っこにあるのではないかという感想を持ちました。それではこれでパネルディスカッションを終わります。ありがとうございました。

プロフィール

濱口 桂一郎(はまぐち・けいいちろう)

労働政策研究・研修機構 研究所長

1983年労働省入省。労政行政、労働基準行政、職業安定行政等に携わる。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授等を経て、2008年8月労働政策研究・研修機構労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員、2017年4月から現職。著書に『新しい労働社会』(岩波新書、2009年)、『日本の雇用と労働法』(日経文庫、2011年)、『若者と労働』(中公新書ラクレ、2013年)、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書、2014年)、『日本の労働法政策』(労働政策研究・研修機構、2018年)、『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書、2021年)などがある。

樋口 美雄(ひぐち・よしお)

労働政策研究・研修機構 理事長

1980年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了、91年-2018年同大学商学部教授、2018年4月独立行政法人労働政策研究・研修機構理事長に就任。慶應義塾大学名誉教授。商学博士。専門は労働経済学、計量経済学。スタンフォード大学経済政策研究所客員研究員・オハイオ州立大学経済学部客員教授、慶應義塾大学商学部長・大学院商学研究科委員長、日本経済学会会長、内閣官房統計委員長、厚生労働省労働政策審議会会長等を務めた。2016年秋の紫綬褒章を受章。最近の著書として、『格差社会と労働市場―貧困の固定化をどう回避するか』(共著、慶應義塾大学出版会、2018年)、『コロナ禍における個人と企業の変容―働き方・生活・格差と支援策』(労働政策研究・研修機構との共編、慶應義塾大学出版会、2021年)、他多数。

(※講師の所属・肩書きは開催当時のもの)