研究報告 転職と能力発揮・キャリア形成~ミドルエイジの転職から考える~

Ⅰ 転職の動向

ここ数年、転職や中途採用への注目が社会的に高まっています。政策面では2019年のいわゆる「骨太方針」のなかで、全世代型社会保障改革に向けた政策目標の1つとして、中途採用、経験者採用の促進が掲げられました。この方針をうけ、2021年4月1日から、常用雇用者数301人以上の企業は、直近3事業年度に採用した正社員のうち、中途採用者が占める比率の公表を義務づけられています。また、経団連の2022年版「経営労働政策特別委員会報告」でも、「主体的なキャリア形成環境の整備」や「企業が求める人材の明確化」、「中途採用・経験者採用枠の拡大」による、キャリアアップ型の転職機会の推進が提言されています。

ここでは、35歳~54歳までの「ミドルエイジ層」の動向についてお話しします。

転職入職者は20年前に比べて年間40万人増加

厚生労働省の「雇用動向調査」によると、転職して入職する、つまり他の会社に移るフルタイム労働者(一般労働者)の数は、2000年以降、増加傾向にあります。2019年が約306万人で、2000年に比べると約40万人増加しています。2020年はコロナ禍の影響もあり、約37万人減少しましたが、2021年はコロナ以前の状況に少しずつ戻りつつあると言われています。

転職入職者数を年齢別にみると、2000年以降、増加基調にあるのは、男性の場合は40代です(シート1)。40~44歳の40代前半層は、2000年~2020年にかけて約3万人増加。45~49歳層は約1.5万人増加しています。一方で、35歳未満層は2000年よりも減少しており、少しずつ30代後半~40代前半の比重が高まっています。

女性については、すべての年齢層で転職入職者数の増加基調が続いています。先ほど、転職する一般労働者数が2000年に比べ、2019年は約40万人増えたと言いましたが、男性はほとんど変わっておらず、この約40万人の増加は、女性の転職入職者数の増加によるものです。女性も増加が著しいのは40歳台で、40~44歳層が約5.3万人、45~49歳層が約6.4万人増加しています。2019年以降は50~54歳層の転職者も増える傾向にあります。

Ⅱ ミドルエイジ層の転職活動と転職に伴う処遇の変化、転職先での活躍

「民間の職業紹介機関」に接触する頻度は高い傾向

35歳~54歳のミドルエイジ層の転職が増えているという状況をうけ、JILPTでは、ミドルエイジ層の転職についてアンケート調査やインタビュー調査を行いました。ミドルエイジ層で正社員から正社員という形で転職した人について分析・集計した結果について、いくつかポイントをお話しします。

まず、転職のための情報収集にあたり、どういう人や組織、機関に接触したかを聞いています。ハローワークは接触した回答者の割合が最も高いのですが、回答者の6割以上は1回しか接触していません。一方で、民間の職業紹介機関は、2000年以降、社会的な影響力を増したと思いますが、「接触した」回答者が3 割で、うち半分近くにあたる14.4%は5回以上接触しており、転職者が民間の職業紹介機関に接触する場合には、繰り返し接触する形で情報収集を行っていることがわかります。

転職にあたっての情報収集で、今の就職先への情報が得られたルートは、「民間の職業紹介機関」が19.8%で最多です。「ハローワーク」は13.1%で2番目となっており、3番目が「仕事上の友人・知人」の11.0%です。ただ、この調査の選択肢(民間の職業紹介機関、ハローワーク、仕事上の知人・友人、ホームページ)に挙げられた人・組織・機関からは転職の決め手となる情報を得ていない、という回答者も約4分の1います。

正社員から正社員に転職した人の処遇や働きがいをみると、男性は50~54歳層で、転職後に役職レベルが上がったという割合が他の年齢層に比べて高くなっています。もっとも、同層は、役職レベルが下がったという割合も、実は最も高くなっています。一方、女性は上がった人も下がった人も10%程度と少なく、変わらなかった人の割合が圧倒的に高くなっています。

年齢層が高いほど賃金上昇は困難である一方、スキルや知識は「活かせている」

賃金の変化については、男性は年齢層が上がるほど5%以上低下したという人の割合が高くなり、5%以上上がったという人の割合は低くなっていきます。女性も、40歳以上層については男性と同じ傾向が見られます。概してミドルエイジの転職においては、男女とも年齢が高くなるほど賃金が低くなる傾向といえます。

もう1つの結果として、先ほど「働きがい」という言い方をしましたが、ミドルエイジ層の4分の3以上が、今の転職先でこれまでに身につけたスキルや知識を活かせている、と回答しています。男性は年齢層が上がるほど活かせているという割合が高くなり、特に「非常に活かせている」という割合が上昇しています。

役職や賃金、スキルや知識の活用度が、転職活動での情報収集のやり方とどのように関連しているのか。これを分析すると、ハローワークとの接触回数が、賃金変化と負の相関がある。つまり、ハローワークに行く回数が多いと転職賃金が下がっているという結果でした。これはおそらく、ハローワークとの接触回数が増えるということは、賃金が高くなるような就職先に行くのが難しくなっており、転職先の確保が優先される状況になっているということではないかと考えられます。また、職業上の資格や免許を持っていると、転職後に賃金が上がる可能性が高まるという相関がみられました。

友人・知人との接触が多いほど転職後の役職レベルが上がる

一方、役職の変化への影響ですが、これは転職活動にあたって、「仕事上の友人・知人」との接触頻度が高いほど、転職後に役職レベルが上がる可能性が高まるという傾向がみられました。また、職業上の資格や免許を保有していること、あるいは直近の転職の時にキャリアコンサルタント、アドバイザーを活用した場合にも、役職レベルが上昇する可能性が高くなっていました。

転職先でのこれまで身につけたスキルや知識を活用できている程度と、転職活動との関係ですが、こちらも「仕事上の友人・知人」との接触頻度が上がるほど、転職先においてスキルや知識の活用度がより上がるという傾向がみられます。また、民間の職業紹介機関、業界団体、同業者団体との接触頻度が上がることも、スキルや知識の活用度を上げることにつながっていました。一方で、就職説明会への参加回数や、前職の親会社・関連会社との接触頻度は、スキル知識の活用度とは負の相関がありました。

能力開発やキャリア形成に関わる行動と、転職後の処遇やスキル・知識の活用度との関連をみていくと、過去3年間の能力開発活動の実施は、賃金上昇や役職レベルの向上をもたらす可能性を高めていました。また、職業上の資格や免許を保有していることは、転職先におけるスキル・知識のより高い活用度につながっていました。

Ⅲ ミドルエイジ層を採用した企業の取り組み ~効果と課題~

転職者の年齢層が高くなるほど会社は特別に取り組みをしない傾向

次に、ミドルエイジの転職者を採用した企業の取り組みがどのような効果をもたらし得るか、また企業の取り組みの課題はどういったことなのかを、分析結果からみていきます。

ミドルエイジの転職者に、転職した時に転職先がやってくれたことを聞きました。男女ともに比較的多いのは、「同期採用者同士の交流会」や「人員に余裕のある職場に配置してくれた」、「面倒見の良い職場に配置してくれた」、です。いずれも年齢層による差があり、年齢層が高くなるほど、これらをやってくれたと答える割合は低くなり、男女ともに「特に何もしてくれなかった」という回答の割合が上がります。転職者の年齢層が高くなるほど、会社が特に何もしてくれるわけでもなく、「お手並み拝見」といった感じで転職者を捉えているのではないかと推察されます。

今回の調査研究では、「オンボーディング」と「アンラーニング」が定着に与える効果を分析しました。オンボーディングとは、新卒・中途を問わず、新しく会社に入ってきた人達の適応を促進するための会社の制度や取り組みを指します。またアンラーニングとは、新しくその会社に入った人、今回の場合は中途採用で入社した個人が、自身の知識やスキル、過去に学んだことを「意図的に捨てながら」、新しい知識やスキルを取り入れるプロセスのことを指します。

オンボーディング・アンラーニング施策で組織への愛着が深まる

シート2は、調査のなかで、オンボーディングとアンラーニングをどういう指標でみていくかを示したものです。

今回の調査研究では、オンボーディングの取り組みを、①人間関係の構築を支援するもの②会社の公式的なサポート③同じ時期に入社した中途採用者を対象とする説明会を実施するなど中途採用者に特化したもの――の3つに分けて分析しました。そして、これらオンボーディングの取り組みはいずれも、転職者の定着意欲や組織に対する愛着を高め、「組織社会化」と言われる、組織になじんでいくことを促進する効果を示していました。

また、アンラーニングについては、よりアンラーニング志向の強い転職者のほうが、転職先での組織社会化の成果が現れやすく、組織に対する愛着や定着意欲が高くなりやすいという傾向がみられました。

Ⅳ 日本の労働市場におけるミドルエイジ層の位置づけと転職活動~インタビュー調査より~

企業の課題は、働きぶりのミスマッチや、専門職の担い手の集中

ここまで、転職者側の調査結果をみましたが、あわせて大手企業の中途採用に関する事例調査を実施し、中途採用にあたってどういう課題を抱えているのかを調べました。

代表的な課題としては、例えば中途採用者の働きぶりが採用時の期待と異なるといった「ミスマッチ」の課題や、中途採用の社員の処遇に、既存の社員が不満を持つといった課題などがあります。

また、中途採用でよくあるのは、自社に従来はいなかった業務領域の人材を採用したいという時、例えば人事や法務、財務や商品開発などの専門人材を採りたい時に、1人採用したらその人のネットワークで芋づる式のようにさらに人が入ってきて、その会社の専門職の担い手が特定のグループに集中してしまうことがあります。そうすると、最初に入った人が辞めた時に、その人の紹介で入社してきた特定の業務領域の人材グループが一気に抜けるといったことが起こったりします。

これら課題の間には、相関やジレンマがあります。例えば、中途採用者に対する採用時の期待と実際の働きぶりにミスマッチがあると既存の社員が不満を持ちやすくなります。またこうしたミスマッチをなくそうと企業が考えれば、よりたくさんの人材紹介会社を使ったり、選考により長い時間をかけたりする。しかしこうした活動は、中途採用にコストや時間がかかってしまうというジレンマをはらんでいます。

また、優秀な人材を雇うため、高い賃金を中途採用者に提示した場合、実際の働きぶりとのミスマッチを感じる傾向が強まったり、あるいは既存社員の不満が大きくなったりします。このように、企業が中途採用において直面する課題の全てに対応するのは難しい状況にあります。

プロジェクト推進の経験などの高度な専門性がないと厳しい

次に、ミドルエイジ層の転職者のインタビュー調査から浮かび上がってきたことをまとめます。男女33人にインタビューしましたが、共通して言えるのは、やはり35歳以上で、仕事内容や処遇面で満足できる転職ができるのは、プロジェクトを推進した経験や管理職としての経験や事業運営の経験があったり、特定分野でのかなり高度な専門性があったりする人々です。

ただし、そうした経験や高度な専門性があれば、現在は人材紹介においてもICTやインターネットが普及していますので、求人企業と求職者のお互いのニーズのすり合わせはかなり細かいレベルでできるようになっています。転職者からすると、自分の経験や専門性を求める企業を見つけやすくなったので、わりと短い期間で転職が決まる。またマネジメント経験や高度な専門性が求められることから、転職前後の仕事の継続性は高い。転職前後で業種が違うことはしばしばありますが、仕事内容が異なることは極めて少ないです。

転職の理由について、多くの転職者があげているのは、前職で自分の思うような働き方ができなくなったことです。例えば組織の方針転換により自分の担当する仕事の評価が低下したとか、組織の雰囲気と自分の考え方とのミスマッチとか、意欲的に取り組んでいた仕事から異動になった、といったことです。

転職の際は、企業側の求人はそれほど細かく定められていないことがあり、その場合には企業の具体的な人材ニーズと転職者の経験やスキル・知識とのすり合わせとなりますが、そのすり合わせが採用時に十分になされていないと、入社後に転職者がキャリアを活かせていないと感じる可能性が高まります。

処遇に関してはほとんどのケースで前職と同じレベル以上を望んでおり、それが叶うことは多いのですが、前職より賃金が下がることも珍しくありません。これは、前職企業と転職先の業種や地域の違いに基づく賃金水準の違いや、あるいは転職先にいる転職者と年齢や役職レベルなどが同様の既存社員の存在によるものです。

Ⅴ 結論~調査・分析からのインプリケーション

ミドル層のスキルや経験を活かせる転職へのサポートを

以上の調査分析の結果から得られる今後に向けての示唆をまとめます。

現在の転職先や就業環境の下で、ミドルエイジ層がこれまでの職業経験の中で身につけてきたスキルや知識を十分発揮できなくなった場合に、より活躍することができる新たな機会を見つけることができるように、スキルや知識を活かせるような転職プロセスや転職ルート、あるいはそういったプロセス・ルートの形成に対する支援が必要であると考えます。

アンケートの分析では、「仕事上の友人・知人」との接触がより多いと、役職の向上や、より高いスキルや知識の活用度につながる可能性が示されましたが、この知見を踏まえると、「仕事上の友人・知人」との接触を増やすことにつながる「リファラル採用」のための環境整備が必要なのではないかと言えます。また、能力開発活動や、職業上の資格免許の保有は、スキル・知識の活用度の向上や、転職に伴う処遇向上に結びついていたので、これらの活動に対する社会的・政策的な支援の必要性が高い。

そして、オンボーディングやアンラーニングは、転職先に対する転職者の愛着や、転職者が転職先になじむことに非常に効果があったわけですが、転職者を採用した企業は中途採用に関わる様々な課題を抱えており、企業における中途採用に関わる態勢の充実や課題の解決につながるような、社会的・政策的な支援も、今後より検討していく必要があるのではないかと思います。

プロフィール

藤本 真(ふじもと・まこと)

労働政策研究・研修機構 主任研究員

専攻は産業社会学、人的資源管理論。人材育成・キャリアディべロップメントに関する企業のマネジメントや、能力開発・キャリア形成に関わる個人の意識や活動、公共職業訓練などの能力開発政策を主なテーマとして、調査研究活動に従事している。近時の業績としては、『ミドルエイジ層の転職と能力開発・キャリア形成』(労働政策研究報告書No.215、2022年)、『70歳就業時代における高年齢者雇用』(第4期プロジェクト研究シリーズNo.1、2022年)などがある。

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