総括討論 ワーク・ライフ・バランス研究発展のためのデータ基盤整備に求められるもの

パネリスト
臼井 恵美子、大竹 文雄、戸田 淳仁、中井 雅之、横山 泉
司会
大石 亜希子
フォーラム名
第120回労働政策フォーラム「ワーク・ライフ・バランス研究の新局面─データ活用基盤の整備に向けて─」(2022年3月3日)

大石 総括討論に入りたいと思います。はじめに中井さんから問題提起を兼ねて、「調査実施側から見たデータ整備の課題と展望」について、報告をお願いします。

大規模なコロナパネル調査をJILPTで実施

中井 最初に、JILPTのコロナ研究と個人・企業パネル調査について少し紹介します。新型コロナウイルス感染症が雇用・就業に大きな影響を及ぼしましたが、2020年3月、JILPT内にコロナプロジェクトチーム(PT)を設置し、機動的に調査研究・情報収集を行い、成果を発信してきました。そのなかで特に同一の個人および企業を対象としたパネル調査を継続的に実施し、PTに参画いただいた内外の研究者の方々にデータ提供を行い、2次分析も進めて、ワークショップを実施し、その成果を書籍に取りまとめました(シート1)。

個人パネル調査結果について簡単にまとめますと、緊急事態宣言等による社会活動の抑制が、特に女性や、あるいは非正規社員の所得も含めた就労面に大きな影響を与えました。それからワーク・ライフ・バランスという観点では、テレワークが急増した後に揺り戻しが起こりました。また、コロナが働く人の心理的ストレスにも大きな影響を及ぼしたことなどが明らかになりました(シート2)。

企業パネル調査については、企業からみたコロナの影響ということで、企業収益や労働者の状態をみていますが、全体として、コロナの業績への影響は、やはり業種間で差が大きくなっていました(シート3)。

それから在宅勤務・テレワークは、地域や業種や企業規模間で差が見られました。テレワークの課題として、コミュニケーションや業務の進捗の把握、業務の切り出し、こうした実務上の課題を企業が認識していることが分かりました。また、企業は雇用調整助成金などの各種支援策を活用しながら雇用維持の努力をしていったこと、コロナ以前から潜在的に人手不足の状態が続いていましたが、厳しい経営環境のなかでも人手不足感が根強かったことが明らかになりました。

こうしたパネル調査以外にも、厚生労働省からの要請調査やNHKとタイアップして実施した調査、ヒアリング調査やアンケート調査、統計データの整理や諸外国の実態把握も含めて多くの取り組みを行い、当機構のホームページで情報発信をしていますので、ぜひご参考にしてください。

続いて本題ですが、調査実施側から見たデータ整備の課題と展望ということで、これからの議論について、問題提起も含めてお話しします。

公式統計、行政記録、アンケート調査データに分けられる

ワーク・ライフ・バランス研究を進めるためには基盤となるデータの充実が欠かせないのは言うまでもありません。本日の報告でもいろいろなデータが活用されたわけですが、大まかに整理すると、公的統計に基づくデータ、行政記録情報に基づくデータ、また政府、研究機関、研究者が実施するアンケート調査に基づくデータ、に分けられるのではないかと考えています。

まず公的統計に基づくデータですが、これは政府が統計法に基づいて実施している調査に基づくデータです。近年、個票データを活用できる環境整備も進んできましたが、こうした調査は定点観測的とか継続性があるので、機動的ではない面があります。

また、行政記録情報に基づくデータですが、政府が定める公的統計の整備に関する基本的な計画にも記載されているとおり、今後、より一層活用が期待されていますが、これらのデータは、本来はその制度の運営に必要な情報を記録しているものなので、研究に活用することは、目的外利用ということも踏まえてまだまだ慎重な扱いになっています。個人情報の問題もあるので、制度の信頼を損なわないなかで、どのように有効に活用していくのかが課題です。また当然、いろいろな留意事項があります。

最後に政府、研究機関、研究者が実施するアンケート調査に基づくデータですが、今回のコロナ調査で特に多く実施されています。機動的に実施できるので、すぐに実態把握するには非常に有効です。ただ、公的統計でないため、いろいろな制約や、回収率の問題などがあることが留意事項かと思います。

また、こういった調査がより一層活用されるためには、個票データの提供を進めていく必要があります。今日は内閣府の好事例がありましたが、やはりデータアーカイブの取り組みが重要ではないかと考えています。東京大学社会科学研究所や慶應義塾大学のパネルセンターなどの研究機関が取り組んでいますが、JILPTも自ら実施した調査について、データアーカイブとして個票データの提供を行っていますので、ぜひ利用していただければと考えています。

行政と研究者のコミュニケーションが重要

最後に、こうしたデータ活用の基盤に向けて重要と考えられることを、3点あげたいと思います。

まず、統計を作ったり政策を実施する行政と研究者のさらなるコミュニケーションを進めていく必要があるということ。また、行政におけるデータ分析リテラシーを向上する取り組みを進めていく必要があるということ。そして、EBPMが最近の研究の中でキーワードとなっていますが、その観点から、共同して研究する、言葉で言うとウィン・ウィン、そういう成功事例を積み上げていくことです。それはアーカイブも含めて進めていくことが大切だと思っています。

大石 行政と研究者との間のさらなるコミュニケーションあるいは連携について、重要な問題提起をしていただきました。

それでは、これを受けて、それぞれのお立場からデータ整備の課題についてご意見を伺いたいと思います。まず大竹先生はJILPTの調査を使って研究されたわけですが、今回のコロナ禍のようにタイムリー性が求められる場合に、どのようにして研究ニーズに応えるかといったことについて、コメントをお願いします。

業務統計をリアルタイムで分析可能な形にしておく

大竹 今回、JILPTのデータを提供してもらいましたが、こういうコロナ危機における個人追跡調査、そして企業追跡調査を迅速に行っていただいた点では非常にありがたかったです。ただ、新しい調査をタイムリーに公的に行うことには限界があるのも事実だと思います。しかし一方で、コロナ危機は2年間も続いており、今回のワーク・ライフ・バランスやテレワークに伴う様々な課題を明らかにすることは非常に大切なので、新たに始めて、そして継続的に調査をすることはやはり重要だと思います。

さらに言うと、今日、安井さんからも指摘があったとおり、新たに調査を始めると、コロナ以前の状況がどうだったかという情報がない。ですから、やはりしっかりした基盤となる継続的なパネル調査と紐づける形で調査を行う。戸田さんが紹介されたのはそれに近いですね。既存のデータとうまく組み合わせる工夫をすると、新しいデータの価値が増すだろうと思います。

もう1つの論点は、新たな調査をするだけではなく、中井さんから紹介があったとおり、通常業務で得られている業務統計を、常にリアルタイムで分析可能な形にしておくことが重要だと思います。データがあるのに利用可能な形になっていない、あるいは研究として使えない状況は、コロナの状況のように刻々と変わる事態に対応できず、非常に大きな損失です。これは労働関係だけではなく、コロナだと感染者数とか、ワクチン接種とか、重症化リスクについてリアルタイムのデータがないのも大きな問題になっています。

もう1点申し上げると、こういう状況になったのは、1つはエビデンスの重要性を示し切れてこなかった私たち研究者の責任でもあるので、頑張って示したいとは思います。非効率な政策が行われて被害を受けるのは国民ですから、きちんと重要性を明らかにしていって、国もそういうデータ整備をしっかりやってほしいと思います。そのなかではJILPTの役割も大切でしょうし、戸田さんのようなデータ分析ができる専門家が役所のなかで増えていくことがより重要だと思います。今日の分析でも、Regression Discontinuityという分析が役所のなかから出てくるのは新鮮だと思います。

学術研究と政策研究の役割分担も重要

ただ、迅速性と厳密性にはトレードオフがあり、学術研究は、非常に細かいことにこだわります。しかし、政策分析はスピードが重要なので、そこを誤解してしまうと、いつまでも政策に役立たない分析しかできない。横山さんと高久さんの研究は非常に素早く両立させた希有な例ですが、それはなかなか難しいので、政策分析のあり方と学術分析は役割を分担して、お互いそれぞれ評価していくことが重要だと思います。

大石 戸田さんは公的統計をマージさせた分析をされましたが、こういった方法を研究者が行うことはどの程度可能なのか。データ基盤整備の観点から、ご経験を踏まえてコメントをお願いします。

公的統計も共通番号の整備が進む

戸田 公的統計ですので、統計法によっていろいろとルールが決められています。統計法は2016年に改正され、そのなかに33条の2という項目が入り、一般の人でも条件がクリアできれば、公的統計の個票が利用できる状況となっています。

公的統計データの連結は、公的統計一つひとつに目的が定められており、そこから逸脱するものについては質問項目に入れられない制約があり、1つの調査では分析できないところがあります。

公的統計のなかでも、例えば同じ事業所に対して同じ番号を振る取り組みは進んでおり、賃金センサスに関しては、共通事業所コードを振っています。また、企業単位では国税庁の法人番号が各調査でも把握できるように進めていますし、事業所母集団データベースのなかでも、その法人番号を蓄積し、調査回答の際に企業に番号を確認させる、いわゆるプレプリントという状態にまで進めようと計画しているところです。このように共通番号の整備が進んでいますので、今後、活用できるのではないかと考えています。

一方で、個人に関しては、これまでも指摘されるようにマイナンバーを統計に使えないかという意見はよくいただきます。しかし、マイナンバーに関して法律で利用される範囲が定められており、統計では認められておりません。マイナンバーの活用にはやはり抵抗感を持たれる方がいますので、国民的な議論は必要なのではないかと思います。

インターネット調査の利点と欠点を踏まえる

大石 横山さんは非常に高度な分析方法を使って、独自調査を実施されましたが、分析方法を念頭に、独自調査をデザインできる利点と問題点についてお話をいただけますか。

横山 私は、回帰不連続デザイン(RDD)を行いましたが、RDDを行うことで、閾値の前後で属性は連続でなければいけないですし、いろいろ考えなければいけないことはありました。まずは月齢レベルの議論ができたこと、また、誕生月と学年を聞くことで、学年の制度上特別な扱いの4月1日生まれを識別可能にできたことなどはインターネット調査ならではの利点だったと思います。

また、属性を詳細に聞くことができました。コロナ前の平時のことも聞くことができました。コロナ時と平時を比較して、小1の壁の影響ではない、といったことも言えますし、頑健であることを示すことにもつながりますので、内容を自由に聞けることは大きなアドバンテージだと思います。

閾値前後の属性のレベルの差もRDDでは潜在的な脅威となり得ますが、そのような場合のために、コロナ前後を比較するような質問項目を含めることで、一階の差分(first difference)を取ったRDDとすることで、連続性の仮定を復元することができました。

さらに、調査前に趣旨を説明したうえで調査に参加するかどうかのサンプル脱落率を計算したことは、普通では観測できない特性の連続性の検証にも貢献したので、そのようなやり方も1つのアイデアとしてあると思います。

インターネット調査ですので、調査項目作成の時点でよく考慮すれば、完璧に近いデザインの推計が可能かと思います。自分たちの中ではよく考えたつもりでした。一方で、コストがとてもかかりますので、自分たちの研究費ではやり直すことはできないですし、結果を見るまでとてもプレッシャーがありました。断層が何も発見されなかったらどうしようなど、最後まで本当に冷や冷やしていたことを思い出します。

そのため、ある程度ターゲットとするアウトカムが頭にあったとしても、意外な変数に断層が出る可能性も多分にあるため、もっとニュートラルな気持ちで、いろいろなアウトカムに関する質問を聞いてみることも大切だと思っています。

また、インターネット調査の欠点としてはデータの代表性が疑われるところです。そこをうまく証明することが一番の問題と思いますので、もっと一般的な官庁のデータや、変数が重なっているデータとの比較を念頭に置いて、あらかじめそうしたデータを申請しておくなど、入手可能性を確認してから論文を書くことも大切なことかと思います。

工夫をこらして継続的なデータ収集を

大石 横山さんからもコメントがありましたが、臼井さんにおうかがいしたいと思います。ワーク・ライフ・バランス研究を進めるうえで、どのような質問項目を既存調査に含めることが望まれるかとか、どういった調査が必要かについてコメントをいただけますか。

臼井 今回、内閣府の調査を使って分析しました。その調査におけるアンケートでは、ワーク・ライフ・バランスやウェルビーイングについて調査対象者に質問しています。同じ個人を継続して調査しているので、新型コロナウイルス感染症拡大前と比べて、人々のウェルビーイングやワーク・ライフ・バランスがどのように変化しているのか、把握できるようになっています。

継続して、調査データを収集整備していくことが大切だと思います。例えば、「21世紀出生児縦断調査」のように、政府が実施している統計調査についても、多くの研究者は継続されることを望んでいると思います。一方、継続的に調査データを収集するには膨大な費用がかかりますので、コスト削減を工夫しながら、データの質をどのように維持していくかは重要な課題かと思います。

このように収集されたデータをもとに研究した成果を、迅速に発表して具体的な政策立案に活用する、そうしたプロセスの全過程において、研究者も積極的に関わることが大切だと思います。

大石 そうですね。これは中井さんが問題提起でおっしゃったこととも重なるかと思います。中井さん、これらの方々のコメントに補足あるいはリプライ的なものはありますか。

統計作成現場が研究者のニーズ把握を

中井 繰り返しになりますが、今までのお話をうかがって、やはりデータの作成元と、ユーザーである研究者との間のコミュニケーションが重要だと思いました。そうしたなかで質問項目を既存のリソースに追加して充実させることで、データの充実につながっていくのではないかなと感じています。

現実には、各省庁の統計の作成現場でも、必ずしも利用者である研究者のニーズを十分に把握できていないと思います。そういったコミュニケーションを通じて、各種調査等に基づくデータを俯瞰することができれば、データ間のマージとか、あるいはいろいろな調査を補完的に活用するとか、効率的な活用も含めて、分析の幅が広がっていくのではないかなと考えました。

大石 時間となりましたので、これで総括討論を終わりたいと思います。大変充実したご意見・ご質問をありがとうございました。

プロフィール

中井 雅之(なかい・まさゆき)

労働政策研究・研修機構 主席統括研究員

1990年慶應義塾大学経済学部卒、労働省入省。以来、労働経済の分析、雇用政策全般に渡る企画、仕事と家庭の両立支援、EBPM(証拠に基づく政策立案)などの業務に従事。厚生労働省雇用均等・児童家庭局職業家庭両立課長(2012年)、職業安定局雇用政策課長(2014年)、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局参事官(兼務)(2015年)、厚生労働省政策統括官(統計・情報政策、政策評価担当)付参事官(2016年)などを経て、2019年7月から労働政策研究・研修機構総務部長、2021年9月から現職。現在は新型コロナウイルス感染症の雇用・就業への影響に関する調査、分析等を行っており、「新型コロナウイルス感染症が企業経営に及ぼす影響に関する調査」(JILPT第1~5回、企業パネル調査)を担当。

大石 亜希子(おおいし・あきこ)

千葉大学大学院 社会科学研究院 教授