研究報告:現代社会の諸問題とキャリア・コンサルティング
現代社会の諸問題とキャリア・コンサルティング 第71回労働政策フォーラム(2013年12月6日)

研究報告 現代社会の諸問題とキャリア・コンサルティング

下村 英雄  労働政策研究・研修機構主任研究員

写真:下村氏

この後、各パネリストの方々からご自分の専門領域について、ご報告いただくことになっておりますので、私からは、各領域に共通する課題、さらにはキャリア・コンサルティングに関する今後の可能性について報告します。

まず、現代社会の諸問題について整理しておきたいと思います。

企業においては、サービス経済化が進展する中で、多様化する顧客ニーズへの迅速かつ的確な対応が求められており、また、新たな技術への対応がますます重要になっています。一方で、労働者においては、就業意識・就業形態の多様化やそれに伴うキャリアの個別化、多様化が進んでおり、従来のように全従業員一律のキャリア形成が想定しづらい状況にあります。その上、自律的なキャリア形成が求められており、従業員自身が自らの力でキャリアを切り開いていかなければなりません。

他方、大学も多様化しており、そこに通う大学生も多様化しています。その中には画一的な対応が難しい大学生も現れています。

その一方で、就職活動のプロセスをみると、依然伝統的な新規学卒一括採用が続くなかで、どのような大学生でもあらゆる企業に応募可能な状況が出現しており、画一化が進んでいます。

このような状況を改善するために大学はどうあるべきなのかについても意見はさまざまです。高度な専門教育を行う場にすべきとの意見もあれば、職業人を養成する場にすべきとの意見もあります。また、基礎的・汎用的な能力を養成する場にすべきとの意見もあります。このように大学に関する認識はさまざまであり、専門家の間でもなかなか意見がまとまりません。このような状況では、学生自身も、将来像やビジョン、目標を設定することは困難です。

こうして企業側、大学側双方に多様化の問題が生じているため、これらに対応する行政サービスへのニーズも多様化しています。たとえば、現在、公共職業サービス機関では、ハローワークを中心に若年者、長期失業者、高齢者、障がい者、非正規労働者など多様な対象層に個別キャリア支援を提供しています。このような状況は海外でもみられるところです。

つまり、企業、大学それぞれに多様化の問題が生じているため、これに対応する個別キャリア支援への関心が一層高まっているということになります。そのため、行政においても、各種施策で十分にカバーできない多様なニーズに対応するため、政策パッケージに個別キャリア支援を含めることで、万全のセーフティネットを構築しようとしています。

別の角度から、キャリア・コンサルティングについて、歴史的な観点で説明すると、学校を卒業後、就職して、キャリアを形成し、退職に至るといった従来の安定的なシステムにおいては、キャリア・コンサルティングの役割はあくまで、システム内で対象者の節目ごとにいかに適切な支援を行うかでした。

ところが、現在では、この安定的と思われていたシステムが、さまざまな側面できしみ、崩れ、流動化しています。それにもかかわらず、我々には、従来のシステムで染みついた漠然とした期待や規範的な価値が厳然と残っているため、そのギャップに戸惑い、苦しむことも少なくありません。このギャップの感じ方が、各人多様であるため、システムの問題として回収しきれずに、個人の問題として噴出している状況です。

さらに、一部の専門家は、今後のキャリアカウンセリングの状況について、安定的なシステムの記憶が遠ざかるにつれて、確固たる規範や基準をまったく欠いた状況が出現すると予測しています。外側から基準が与えられていない状況では、各人が自分自身でキャリア発達を考えていかなければならず、新たな個別キャリア支援のあり方を模索する必要があります。

個人への支援が重要に

以上の話をまとめると、安定的なシステムから流動的なシステムへ、画一性から多様性へ、集団から個人へとの大きな流れがある中で、システムから漏れ落ちる「多様性」を「個人」に焦点を当てて支援することが、今後の個別キャリア支援の本質ということになります。言い換えるなら、各種のシステムが十分に対応しきれない「多様性」を扱うのが、現代社会における個別キャリア支援のあり方です。

現代社会における各種システム内での個別キャリア支援の重要性をもう少しわかりやすく説明するために「ゴールキーパー」の例えを用いることもできます。

たとえば、どのようなシステムにおいても、システムでは解決しえなかった問題に最終的に対処する仕組みとして個別キャリア支援が必要であり、それは1体1での対応が原則となります。サッカーのゴールキーパーの役割を思えば、その重要性がご理解いただけると思います。

また、個別キャリア支援の仕組みがないシステムは成り立ちませんが、逆に個別キャリア支援だけを抜き出して考えることも不可能です。ですから、あくまで、システム内における個別キャリア支援のあり方を考えていく必要があります。

そして、システムに問題がない場合は、個別キャリア支援の仕組みは重視されませんが、逆にシステムに問題がある場合、個別キャリア支援の重要性は過度に増し、その負荷も高くなります。

最近のキャリア理論の動向も踏まえて述べると、21世紀に入ってからは、従来の「発達的な」キャリア理論から大きくパラダイム・シフトが起きたと言われています。たとえば、キャリアカウンセリング関連の文献では、「ナラティブ」「コンストラクティブ」などのキーワードが踊っていますが、これらは冒頭でお話したような極めてシビアで現実的な認識を背景としております。

つまり、個人にとっては、「何をどうすればいいか」との外的な基準が欠けているために自分なりの意味を付与した「物語」が必要となりますが、そのためには自分が置かれた「文脈」を捉え直すことで、キャリアを自ら「構築」していかなえればならない状況に置かれています。このような中、個別キャリア支援の内容も職業カウンセリングから、キャリアカウンセリング、さらには生きる意味や価値のカウンセリングへと移行しつつある訳です。

さて、こうした状況において、個別キャリア支援は、具体的にどのように変化しているのか、また、変化していくべきなのか4点ほどお話したいと思います。

個別キャリア支援の多様化

図1 個別キャリア支援の多様化

図1[画像のクリックで拡大表示]

1つ目は、これまでのお話でおわかりいただけますように、個別キャリア支援自体が多様化せざるを得ないという点です。キャリアガイダンス論について、従来の状況と、最近の状況を比較したのが図1です。後者は主にOECDやEU諸国で議論されている内容をまとめたものです。最近の個別キャリア支援では、マンツーマンでクライアントと対峙し、話を聞くことの重要性は依然として変わらないものの、従来よりも扱うべき領域が拡大し、キャリア・コンサルティングの機能も拡張しつつあることがおわかりいただけると思います。

たとえば、その1つが、「時間的に延長されたキャリア支援」です。従来のキャリア支援の役割は、学校と職業を結ぶことに限定されていましたが、これが時間的に引き延ばされ、生涯を通してのキャリアガイダンスが重要との考え方が出てきています。学校における「キャリア教育」の取り組みもその一環として捉える必要があります。さらに、成人を対象とした職場でのキャリアガイダンスにも多大な関心が払われるようになっています。

また、ヨーロッパのキャリアカウンセリングの研究者が好んで取り上げる問題として、「多目的に拡張されたキャリア支援」をあげることができます。通常、ヨーロッパでは、キャリアカウンセリングにおいては、労働および教育面でのミスマッチの解消に向けた取り組み、さらにその延長線上にどのようなスキルが必要で、何を勉強すればいいかといったことが議論されます。それに加えてヨーロッパでは、貧困や犯罪といった社会的な排除に伴う問題の解消に向けた、social equity(社会的平等)としての側面も強調されます。

キャリアガイダンスをシステマティックに提供する

2つ目は、各種システムと個別キャリア支援の関係についてです。個別キャリア支援では、カウンセラーとクライアントの相互作用も重要ですが、それをめぐる体制やシステムへの問題関心も増加しています。最近のキャリアガイダンス論では、「何を」行うかということに加えて、「いかに」行うかということにも焦点が当てられるようになっています。

個別キャリア支援において、「相談」はもっとも効果的であるものの、もっともコストのかかる手法であり、これのみをキャリアガイダンスの伝達手段と考えた場合、極めてコストが高くつき、導入が難しくなります。たとえば、企業においては、コストが負担となってせっかく整備したキャリアガイダンスの制度を維持できず、行政においてもサービスを長期間継続できないといった問題が生じます。

こうした状況について、OECDは、「政策立案者がキャリアガイダンスを提供するにあたって、多大な公的支出を避けつつ、かつアクセスを拡大しようとするならば、新しい技術を用いた費用対効果の高い方法を模索する必要がある」と提言しています。

図2 サービスの多層化 Tiering of services

図2[画像のクリックで拡大表示]

こうした状況への対策として議論されているモデルの1つが「サービスの多層化」です(図2)。これは「相談」を頂点に、「ガイダンス」や「情報」提供などのサービスがこれを支えることで、相談にかかる負担を軽減していこうとするものです。先ほどのゴールキーパーの例えでいえば、できるだけゴールキーパー(「相談」)の所にボールがこないよう「ガイダンス」と「情報」提供によって支援し、「相談」は本当に必要な対象層に絞るということです。

ここで議論されていることは、キャリアガイダンスをいかにシステマティックに提供するかです。先ほどのモデルでは、個別支援サービスの割合はサービス全体の約1割になるとの試算もあります。また、私の試算では、1人のカウンセラーが十分な専門性を発揮するためには、情報の整備や研修の企画を行うスタッフなどバックヤードに6~7人が必要となります。

たとえば、企業内においては、セミナー・研修との連携、大学においてキャリアセンター主催のセミナーや正課のキャリア関連科目との関連など、他のプログラムとの統合的な運用が不可欠になります。さらにこれらのサービスを下支えする情報支援も必要となります。

この情報支援に際しては、コスト・エフェクティブな手法で遠隔地へリーチできることのみならず、クライアント側からのアクセスのしやすいことも重要です。クライアントにとって、相談室まで出向くことは気が重いことですが、インターネットであれば、自宅からでも容易にアクセスできます。また情報支援には、本人の自発性、自律性を引き出す効果もあります。

中間団体による支援に期待

各種システムと個別キャリア支援の関係に関する議論では、企業における支援についても盛んに議論されています。これまで企業における個別キャリア支援は、研究がもっとも立ち後れている領域でした。支援の提供は、先進国でも大企業に限定されるのが現状です。もしくは、専門職・技術職・幹部候補などのエリート社員向けの専門プログラムとして議論されることが多い状況でした。これは、先ほど報告したとおり、相談は労働集約的な性質が強く、コストが高くつくため、一部の対象層にしか提供できないことがネックとなるからです。

今後はむしろ、労働組合、業界団体、経済団体のような中間団体による支援が期待されているところです。

また、中間層への個別キャリア支援を行う際の方策として、キーワードとなるのが、「Career conversation」「Career discussion」です。これらは、単に従業員の話をうなずきながら聞くのではなく、組織の側から、ビジョン、価値観、ゴールを積極的に伝えていこうというものです。その上で、従業員と組織との間で価値観を共有し、信頼を形成していこうとのねらいがあります。

強まる「社会正義」への関心

3つ目は、「Social Justice(社会正義)」に対する世界レベルでの関心についてです。現在、カウンセリング研究では、「社会正義」に対する関心が世界的に高まっており、とくにキャリアカウンセリングの研究者がこうした動向に深く関わっています。海外で執筆された論文の中には、Social Justiceをキャリアカウンセリングにおける新しい流れとし、今後はこれを常に意識しなければならないと強く論じているものもあります。

また、キャリアカウンセリング関連の学会でも2010年以降こぞって、Social Justiceをタイトルに掲げた大会を開催しています。2013年に開催されたIAEVGフランス大会では、Social Justiceに関する宣言も出されています。

キャリアカウンセリングにおいて、「社会正義」への関心が高まった背景には、従来の伝統的なキャリア発達理論が、アメリカの白人男性を中心としていたことへの反省があります。そのため、80~90年代以降は、移民、非白人、女性などさまざまな対象層のキャリア発達研究が行われるようになりました。しかし、そうした中で、単に異文化に配慮するだけでは限界があり、社会正義を念頭に置いたカウンセリングを行う必要があるとの認識が生まれました。

日本においても、社会正義に対する関心は高まっております。以前行った調査では、カウンセリングに対するニーズは、男性よりも女性、中高年層よりも若年層と、組織文化の中心から外れた周辺層で高くなっていることがわかりました。これまで別個に論じられてきたダイバーシティ、若年不安定就労、学卒無業、ブラック企業などのさまざまな社会問題についても、「社会正義」の実現に向けた個別キャリア支援の観点から、改めて関わっていくことができると思います。

とくに、社会的正義の具体的な実践策として、重視されているのがアドボカシー(政策提言)の取り組みです。これは、個別キャリア支援を通じ、それを取り巻く環境条件に注意を向け、社会に向けて情報発信することで、制度や施策に直接関与していこうというものです。

図3 アドボカシー・コンピテンシー

図3[画像のクリックで拡大表示]

図3は、アメリカのカウンセリング協会(ACA)が出しているアドボカシーの行動領域です。本来的な意味でのアドボカシーは、「クライエントのためのアドボカシー」ですが、ここで注目したいのは、「システムに対するアドボカシー」です。従来から、組織への働きかけはキャリアカウンセラーの重要な機能、能力の1つとされてきましたが、これをさらに個別キャリア支援の中心的な位置に近づけようという考え方です。これには、先ほどのゴールキーパーの例えでいうと、個別キャリア支援で明かとなった問題をシステムにフィードし、改善しようとすることです。要するに個別キャリア支援のコスト・エフェクティブな方策の1つとして、ベネフィットのルートを増やしていこうということでもあります。

カウンセラーの専門性を高める

4点目は、今後の個別キャリア支援の可能性と求められる新たなスキルについてです。社会問題が多様化する中で、カウンセラーも多様化しています。こうした中、ヨーロッパでは、改めて、キャリアガイダンス、キャリアカウンセリングの専門性を再定義した上で、その専門性を高めることによって、カウンセラーの質を保証しようとの議論も活発化しています。

ヨーロッパの学会では、ヨーロッパ各国を中心に現在あるキャリア支援の実践家のコンピテンシーを集約・整理して、(1) 基礎的コンピテンシー(基礎スキル・価値観)(2) クライアントとの相互作用に関するコンピテンシー(クライアントとのやりとり)(3) 補助的コンピテンシー(システムとネットワーク)――の3つにまとめています。これまでは、傾聴やアクティブリスニングなど(2)が重視されてきましたが、今後の支援では、(1)の実践者のスキルと価値観、(3)のシステムとネットワークを重視する必要があります。

とくに質保証に関する論点の中で、キャリアガイダンスのレギュレーション(規則)、スタンダード(標準)への関心も浮上しています。また、どのようなカウンセラーであっても一定のカウンセリングを提供できるようアセスメント(評価)やツールについても継続的に整備していこうとの議論も出ています。

さらにヨーロッパで好んで議論される問題として、個別キャリア支援提供者の訓練・養成をどのように行っていくかという点があげられます。日本ではこのような問題はあまり議論されませんが、ヨーロッパでは、大学レベル、高等教育レベルで養成しようとの議論が中心になっています。

メンタルヘルスケアとの統合も

最後に個別キャリア支援とメンタルヘルスの関連についてふれます。日本では、基本的には初期の段階で見立てを行って、適切にリファー(相談に訪れたクライエントに対し、十分な対応ができない場合、他の適切な専門家にクライエントを紹介すること)するのが標準的な解決の手法となっています。

図4 個別キャリア支援とメンタルヘルス

図4[画像のクリックで拡大表示]

しかし、海外の学術専門誌の特集では、個別キャリア支援とメンタルヘルスケアの統合が議論されているところです。JILPTが行った調査では、メンタルヘルス上の問題を抱えている方は、職業やキャリアに問題を感じている場合が多く、また「転職したい」と考えている場合が多いことが明らかとなっています(図4)。確かに仕事を離れてのんびりしたい、疲れたので休みたいとのニーズもありますが、その一方で単に仕事を変わりたいとのニーズもあります。

要するに、キャリアに問題を抱えている場合、パーソナルな問題も抱えているのが一般的であるため、両者を切り分けてしまうと、本来、キャリア支援を提供すべきだった対象層に適切な支援を提供できない可能性が生じます。両者の統合については改めて考える必要があると思います。