調査報告:職場のメンタルヘルス対策の実態―アンケート調査から
職場のメンタルヘルス対策を考える
第64回労働政策フォーラム(2013年1月21日)

調査報告 職場のメンタルヘルス対策の実態―アンケート調査から

郡司 正人  労働政策研究・研修機構主任調査員

写真:郡司正人調査員

2010年に実施した調査結果を報告します。この調査は10人以上の民間1万4,000事業所を対象にしたもので、5,250件のサンプルを集めたものです(回収率37.5%)。

6割の事業所にメンタルの問題を抱えた社員が

まず、実態としてどのぐらいの事業所にメンタルヘルスの不調者がいるのかをみると、約6割の事業所がメンタルヘルスの問題を抱えた社員が「いる」と答えています(図表1)。これを企業規模別にみると、1,000人以上規模で7割を超えています。さらに3年前と比べたメンタルヘルス不調者の増減を聞いたところ、1番多いのは「ほぼ同じ」ですが、増加と減少を比べると増加の方が多くなっています。また、産業別では、メンタルヘルスに問題を抱えている社員が「いる」割合が高いのは、医療・福祉と情報通信でした。

図表1 どのくらいの事業所にメンタルヘルス不調者がいるのか

・約6割の事業所がメンタルヘルスに問題を抱えている社員が「いる」と回答

・3年前と比べて、問題を抱えている社員は増加傾向

・1,000人以上規模では問題を抱えた社員のいる事業所が7割超

メンタルヘルスに問題を抱えている社員(正社員、企業規模別)

図表1-1 グラフ クリックで拡大表示

3年前と比べたメンタルヘルス不調者の増減(正社員)

図表1-2 グラフ クリックで拡大表示

図表1-1、1-2 拡大表示

4分の1の事業所に休職・退職者が

次に、少し範囲を狭めて「メンタルヘルス不調で1カ月以上休職、退職した労働者」の有無を聞きました。すると、正社員については23.5%、非正社員も含めると25.8%の事業所が「いた」と答えています。これも産業別は情報通信が非常に多く、企業規模別では概ね、規模が大きくなるほど、休職、退職者の割合が高くなっています。これには、メンタルヘルスケアの取り組みによる不調者の掘り起こし効果が影響していると思います。

休職、退職された方の役職については、「役職なし」が66.6%と過半数を占め、次いで係長クラスが19.8%、課長職が8.1%となっています。以前実施した大手100社を対象とした同様の調査では、管理職一歩手前層(係長など)の割合が高くなっていました。これは単に労働時間の長さなどの目に見える負荷だけではなく、裁量に制限のある管理職一歩手前層の負荷が高まっていてメンタルヘルスで体調を崩される方も多いのではないかと考えました。ただ、今回の調査では、そういった結果にはなっておりません。

不調の背景に潜むさまざまな原因

図表2 メンタルヘルス不調者が現れる原因

・「本人の性格の問題」が67.7%でトップ

  「職場の人間関係」 58.4%   「仕事量・負荷の増加」 38.2%

  「仕事の責任の増大」 31.7%  「家庭の問題」 29.1%

  「上司・部下のコミュニケーション不足」 29.1%

メンタルヘルス不調者が現れる原因(複数回答、%)

図表2 グラフ クリックで拡大表示

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では、こういった不調者がどういった原因であらわれるのか。図表2にあるように、「本人の性格の問題」が67.7%でトップになっています。ここで注意が必要だと思うのは、この調査はあくまでも事業所の人事担当者もしくはメンタルヘルスに関わる健康管理の担当者に聞いているものだということです。その方々が把握している限り、こういったことも原因として考えられるのではないか、ということです。メンタルヘルスの問題が複雑で難しい理由の1つとして、その原因が職場の問題に起因するものだけとは限らないことがあると思います。

また、本人の性格の問題がトップになっていることをどう評価するかも非常に難しいことだと思います。「本人の性格の問題なのだから、あまり企業が取り組まなくてもいいだろう」と思っているのか、それとも、「きちんと取り組んではいるけれど、本人の性格の問題が一番じゃないか」と考えているとか、いろいろな見方ができる回答だと思います。実際、「本人の性格の問題」と回答しているところにクロスをかけて、メンタルヘルスの対策に取り組んでいるか否かをみると、「取り組んでいる」方が若干高くなっています。

あと、ほかの原因では、「職場の人間関係」とか「仕事量・負荷の増加」、「責任の増大」、「家庭の問題」、「上司・部下のコミュニケーション不足」などが上位にあがっています。

復職と退職が拮抗

調査では、メンタルヘルス不調で休職した方たちが、その後、どういう状況になっているのかも聞いています。詳しくは図表3のとおりですが、「復職した」のか「結果的に退職」したのかでみると、前者は37.2%、後者は34.1%とほぼ拮抗した形です。

図表3 メンタルヘルス不調者の休職・復職

・メンタルへルス不調者のその後 「休職を経て復職」が37.2%とトップ

 「休職を経て退職」 14.8%

 「休職せずに通院治療等をしながら働き続けている」 14.1%

 「休職せず退職」9.8%    「休職を経て復職後、退職」 9.5%

 「長期の休職または休職・復職を繰り返している」 8.2%

・「復職」37.2%  ⇔拮抗⇔ 「結果的に退職」34.1%

・300人以上「復職」割合が高い 1,000人以上「結果的に退職」割合低い

ここ3年間で、メンタルヘルス不調者のその後の状況としてもっとも多いパターン(企業規模別、%)

図表3 グラフ クリックで拡大表示

図表3 拡大表示

職場復帰する際の問題点は、「どの程度仕事ができるかわからなかった」が59.9%で圧倒的に多く、次いで、「本人の状態について正確な医学的情報が得られなかった」が33.7%、「本人に合う適当な業務がなかった」が21.1%などとなっています。

取り組みの有無もほぼ半々に

続いて、メンタルヘルスケアの取り組みをみていきます。「取り組んでいる」事業所が50.4%なのに対し、「取り組んでいない」事業所も45.6%あり、ほぼ拮抗しています。企業規模が大きいほど取り組んでいる割合が高く、1,000人以上規模では75.4%が取り組んでいます。

取り組み状況を産業別にみると、「電気・ガス・熱供給・水道業」の88.8%や「金融業・保険業」の75.3%が高い割合を示しています。メンタルヘルス不調者が多いと回答していた「情報通信業」も75.0%ありました。一方、取り組んでいない産業は、「鉱業、採石業、砂利採取業」の98.0%、「生活関連サービス業、娯楽業」の70.4%、「宿泊業、飲食サービス業」の63.5%がめだちます。生活関連サービスや宿泊飲食サービスは、規模の小さい企業が多いことも影響しているのではないかと思います。

休・退職者がいても3割超が取り組まず

メンタルヘルスの取り組みに関しては、メンタルヘルス不調者がいなければ取り組まなくても良いのではないか、といった考え方もあるかもしれません。そのような考えで、取り組んでいないという企業には、実態上も、メンタルヘルス不調で休職する方や退職される方がいないこともあるかもしれません。そこで、その関係についてみてみると、やはり休職者や退職者がいる事業所では取り組んでいる割合が高い結果になっています。ただ、その一方で休職者、退職者がいる事業所でも3割を超える事業所が取り組んでいません。これをどう見るかは議論の分かれるところだと思いますが、いずれにしても、今後、この取り組みを進めるうえでの1つの大きなポイントではないかと思われます。

「必要性を感じない」企業への対応が

他方で、メンタルヘルス対策に取り組んでいない事業所に、その理由を尋ねたところ、「必要性を感じない」が42.2%で半数に迫る割合でした。次に多かったのは、「専門スタッフがいない」の35.5%、「取り組み方がわからない」の31.0%、「労働者の関心がない」の14.1%でした。企業規模では、規模が小さいほど「必要性を感じない」や「経費がかかる」の割合が若干高くなっています。

先ほども若干触れましたが、メンタルヘルス不調者がいないから必要性を感じないと考える企業もあると思います。調査では、メンタルヘルス不調が原因で休職・退職した人がいると答えた事業所の2割以上が「必要性を感じない」と答えています。これは、そういった取り組みをしなくても自然に辞めているといった状況があって「必要性を感じない」と答えているのかもしれません。そのあたりについては、今後、この取り組みを進めるうえで1つの大きな課題になってくるかと思われます。

取り組みに一定の効果が

メンタルヘルスの取り組みについて、いろいろなところで話を聞きます。その際、担当者からよく出てくる話題で、「リスク回避という意味では確かにきちんと対策をとらなくてはならないし、当然、法的な枠組みなどもあるなか、企業がこの問題に取り組まなければいけない状況があることはわかっている。事実、相談窓口を設置したり研修を実施するなど、いろいろ整備をしている。しかし、具体的に予算をとってメンタルヘルスの対策を講じた後、役員会などで、それだけのことをした分の成果をなかなか明確に示すことができない」といったことがあります。

それで、今回の調査データで、取り組んでいるかいないかの部分と、先ほどのメンタルヘルス不調で休職された方が結果的にどうなったかの部分のクロスをかけてみました。すると、取り組んでいる方が結果的には復職している割合が高くなりました。つまり、きちんと復職させることに限っていえば、その取り組みに一定程度効果があるのではないかとみることができると思うのです。

なお、そういったメンタルヘルス対策の中身については、相談窓口の整備が1番多く、管理監督者への教育や、労働者への教育などが上位でした。

上司に期待するも明確な役割は定めず

では、メンタルヘルスケアの担い手としては、どういった人に期待しているのか。トップは「職場の上司・同僚」の38.3%で、ラインケアを重視しているとことがわかります。このラインケアで期待されている上司の役割については、60.4%の事業所が「定期的ではないが部下のメンタルヘルスに注意を払うよう指示している」と答えています。逆に、「定期的に面談して積極的に部下のメンタルヘルスケアを行うよう指示している」のは12.0%に過ぎず、「特段の役割を定めていない」も25.3%にのぼりました。これは要するに、担い手として期待している割には、9割近い事業所が上司の役割をあまりしっかりとは決めていない形を取っているということです。

過半数がルール化していない

次に休職者の復職手続・ルールの状況です。1番多かった回答が、「人事担当者がその都度相談してやり方を決めている」で43.1%を占めました。2番目が「きちんと手続、ルールを定めてやっている」の32.9%、3番目は「それぞれの職場の上司・担当者に任せている」の17.4%でした。つまり、過半数でルール化していないことになります。ルール化していない事業所が多い背景には、メンタルヘルスが個別対応の必要性の高い問題ということがあるのかもしれません。ですが、実態として企業規模が大きいほど復職手続のルール化は進んでいますし、休職者や退職者がいる事業所ではルール化が進んでいる結果になっています。

さらに、復職後の支援体制については、「特段の支援措置をとっていない」ところが31.2%、「人事労務担当者や上司のみが定期的に面談・助言する」ところが30.9%と、あまり体制的にきちんと整って支援している状況にはないことが見てとれます。

9割近くがパフォーマンスへの影響を認識

これは、メンタルヘルスに企業が取り組むインセンティブにもなるかと思うのですが、メンタルヘルス問題と企業パフォーマンスの関係性をどう考えているか。強弱はありますが、86.2%が何らかの関係があるとみています(図表4)。

図表4 メンタルヘルスの問題と企業パフォーマンス

・「関係アリ」とする事業所が約9割(86.2%)

 (「関係がある」42.1%+「密接に関係がある」22.8%+「どちらかと言えば関係がある」21.3%)

メンタルヘルスの問題と企業パフォーマンスへの影響についての認識

図表4 グラフ クリックで拡大表示

図表4 拡大表示

メンタルヘルスケアの位置づけについては、現在は「重要課題」とする事業所が54.3%ある一方、「重要ではない」も43.0%と、拮抗しています。傾向としては、企業規模が大きいほど重要課題と考えるところが多くなっています。さらに今後については、対策を「強化すべき」という事業所が7割を超えています。このことは、今はさまざまな理由でなかなか取り組めていない事業所も、今後、さまざまな施策を打つことで取り組みを促進する余地があることの現れではないでしょうか。とくに、メンタルヘルスケアに取り組んでいない事業所でも過半数が「強化すべき」と回答している点に着目すると、何らかの意識のあり方や取り組み方など何らかのサンプルを示すことで取り組みの促進が図れる余地があるのだろうと思います。

※本調査の詳細は、ビジネス・レーバー・トレンド2011年7月号で既報。また、全文は、JILPT調査シリーズNo.100「職場におけるメンタルヘルス対策に関する調査」からお読みいただけます。