2004年 学界展望
労働調査研究の現在─2001~2003年の業績を通じて(全文印刷用)

学界展望とは、第一線で活躍中の研究者による座談会形式で、学界の主要業績を振り返るとともに、今後の研究動向を展望しようとする「日本労働研究雑誌」2・3月号恒例の特集企画です。

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目次

出席者紹介 , はじめに

  1. Ⅰ 多様な働き方
  2. Ⅱ 多様なキャリア
  3. Ⅲ 新規分野の産業動向
  4. おわりに

出席者紹介

佐野 嘉秀(さの・よしひで)東京大学助手

東京大学社会科学研究所助手。最近の主な論文に「パート労働の職域と労使関係:百貨店の事例」仁田道夫編『労使関係の新世紀』(日本労働研究機構、2002年)など。産業社会学専攻。

佐野 哲(さの・てつ)法政大学助教授

法政大学経営学部助教授。最近の主な著作に『国際化する日本の労働市場』(共著、東洋経済新報社、2003年)など。経営社会学・労働市場論専攻。

小杉 礼子(こすぎ・れいこ)労働政策研究・研修機構 副統括研究員

労働政策研究・研修機構副統括研究員。最近の主な著作に『フリーターという生き方』(勁草書房、2003年)など。教育社会学・進路指導論専攻。


はじめに

小杉

本日はお忙しいところお集まりいただきまして、ありがとうございます。この学界展望は本誌恒例の企画ということで、最近3年程度の労働調査研究の蓄積を吟味して、今後の調査研究の方向性を探ろうという座談会です。今回は2001年から2003年の期間に発表された調査報告書を対象にレビューして、十分周知されていない調査も掘り起こしたいと思います。テーマは大きく三つ、多様な働き方、多様なキャリア、そして、新しい産業分野の労働問題に絞って議論したいと思います。

まず多様な働き方をめぐる調査研究ですが、第1に、多様な働き方を可能にする環境条件としての雇用のあり方やシステムを問題にするアプローチ、第2に、さまざまな働き方の実態と問題点を明らかにしようというアプローチ、第3にその仲介である人材サービスのあり方に迫るアプローチに整理できるでしょう。

では、最初に佐野哲さんから、雇用のあり方やシステムを議論した研究を紹介して下さい。


Ⅰ 多様な働き方

(1)多様な働き方を取り巻く環境

論文紹介(佐野

連合総合生活開発研究所『雇用管理の現状と新たな働き方の可能性に関する調査研究報告書』

この調査報告書は、企業における雇用管理の現状と変化の方向性、とりわけ複線型の雇用管理と非正社員の活用の現状を明らかにするために、企業の人事担当者を対象とするアンケートおよびヒアリング調査を実施したものです。

調査結果からは、いくつかの事実が確認されています。第1に、回答企業数547社のうち非正社員を雇用する企業は98.4%と大多数であること。第2に、これら非正社員の活用に際し、正社員と非正社員の仕事の評価の均衡を検討する企業が増えていること。この場合、「正社員と全く同じ仕事をしている短時間勤務社員がいる企業」の43.6%が、処遇の均衡を考慮しています。第3に、正社員、非正社員双方に、「仕事限定正社員」「地域限定正社員」や「臨時・季節工」など、複数のさらなる「雇用区分」が設けられていること、第4に、それら雇用区分を設ける共通の要因は、「仕事内容や責任の違い」と「賃金の処遇制度の違い」にあること。第5に、雇用区分を「仕事や勤務地を限定するか否か」で2次元マトリックスを作り類型化すると、正社員では「仕事非限定・勤務地非限定」のパターンが全体の半数以上(52.6%)を占めていること。これは、いわゆる「総合職型」と言えます。

こうした多様化の現状を踏まえ、報告書では、「雇用区分の多元化が合理的に行われるためには、仕事やキャリアに即した区分基準の整理、それぞれの雇用区分に対応した処遇制度の設定などが必要」と指摘しながらも、ヒアリング調査等を通じてその実態を見ていくと、「確立した区分基準があるとは言えず、企業は手探りの状態にある」として、その早期環境整備を求めています。

ニッセイ基礎研究所『多様で柔軟な働き方を選択できる雇用システムのあり方に関する研究会報告書』

一方、同様の問題関心を抱きなから、アンケート調査の対象を、企業人事担当者(回収数232名)のみならず、労働組合幹部(同295名)、大学教授など雇用・労働問題の有識者(同154名)まで広げ、「雇用システムにおける今後のあり方」を明確化しようとしたのがこの調査報告書です。 調査(アンケート回収数計681名を分析した結果)からは、企業における「多様なニーズに対応した働き方の実現度は低い」という実態が浮き彫りになっています。従業員の労働時間に対するニーズヘの対応が「あまりできていない」とする回答が52.4%、同様に就業場所に対するニーズに「あまり対応できていない」という回答が55.8%、職種・仕事内容に対するニーズに「あまり対応できていない」という回答が54.3%となっています。その結果、これらのニ一ズに対応する雇用形態として非正社員形態が増えてきています。

いわば働き方が二極化しているわけです。そこで報告書では、「二極化した働き方の中間的な形態を作り出す必要がある」として、例えば正社員では、「短時間正社員」「勤務地限定正社員」「職種限定正社員」などの新たな形態を普及させていく方法がありうると提言しています。同様に非正社員においても基幹的な仕事に就く者が増えている現状を踏まえ、こうした労働者については、処遇を正社員に近づけたり、正社員への登用制度を設けたりする必要性についても指摘しています。

しかしながら、これらの「中間的な形態」の管理については、「配置の柔軟性の低下」や、「育成・キャリア管理の困難さ」「仕事の与え方の困難さ」「仕事の引継ぎに伴う生産性低下」「事業所閉鎖時の雇用維持の困難さ」などさまざまな問題があることも同時に指摘しています。

討論

雇用区分の多元化
佐野

まずキーワードとしてあるのは「雇用区分」と言われるものです。佐野嘉秀さんが参加されていますので、補足いただければ幸いです。

雇用区分、昔の言葉で言えば一般職であるとか、総合職であるとか、準社員であるとか、正規社員、いわゆる期間を定めないグループでもさまざまな呼称がありますし、また、非正規社員のほうも、嘱託、パート、アルバイト、契約、派遣といろいろあります。それぞれの雇用区分の呼び方に伴って、その雇用区分がある数だけ働き方が多様化しているわけですけれども、それぞれの実態についてアンケート調査等でかなり明らかにしたのがこの報告書で、多様な雇用管理の実態を明らかにするという意味で貴重だと思います。先ほどの雇用区分の問題についてアンケート調査をとった結果として──正社員と非正社員の雇用区分の多次元化、多元化という言葉を使っていますが──雇用管理の仕方と働くパターンが非常に多様化しているとあらためて痛感します。

多元化ということを、言葉だけでなく現実を具体的に切り出しているのが、この報告書のおもしろいところだと思うのですが、ちょうど正社員の雇用区分の特徴と非正社員の雇用区分ごとのアンケート調査が載っていまして、例えば総合職、一般職といった正社員の雇用区分ごとに契約期間、仕事の範囲、勤務地の限定であるとか、労働時間、キャリア、職種といった働き方の特徴がクロスで整理されています。正社員と非正社員の結果を整理したクロス表ふたつが、この調査報告の最もおもしろいところでしょう。

正社員であれば、もちろん雇用契約期間はおおむね期間の定めなしとなるんですけれども、期間の定めがないものであったとしても、例えば、仕事が限定されている、特定の職種だけれども、勤務地は全世界に移動する(仕事限定・勤務地非限定型)、あるいは、自宅を購入して地域活動にも力を入れているビジネスマンなど、勤務地自体は東京なら東京というふうに決めて、転勤はいっさいしない。だけれども、職種的には非常に横断的に、営業から総務から何から全部やる(仕事非限定・勤務地限定型)等々、そういうパターンのものがいくつか設定されている。ここで挙げた二つのパターンが主流になっているということではまだない(上記の論文紹介にある通り、従来のゼネラリスト的な「仕事非限定・勤務地非限定」型が半数を超えているのがまだ現実ではある)、けれども働き方あるいは勤務地、職種、時間などのパターンとその組み合わせが徐々に多様化しているという事実が確認できていることは大きいと思います。

小杉

多元化と言っている意味は、今、挙げられた勤務地だとかというようないくつかの軸でディメンジョンが切られて、それによって労働の形態が決まっているというので、一つの軸ではなくて、何種類かの軸があってということで多元化なんですか。「元」というのはディメンジョンがいくつかあるということですね。

佐野

多元化というと、時系列的にどんどん雇用区分が増えているということの意味ととられるかもしれませんが、ワンショットのサーベイなので、むしろ、実態を見てみると多様な雇用区分があり、それぞれに異なるキャリア形成の仕方があったり、それに対応して雇用条件が違ったり、処遇の仕組みが違ったりするという雇用管理の現状を描き出そうというのが、調査のねらいでした。

小杉

ディメンジョンがいろいろあるというのは、要するに価値観の多様化がそのまま雇用形態の多様化につながっているという意昧でしょうか。

佐野

そういうところはあると思います。勤務地にこだわりたい、もしくはそのキャリアで職種にこだわるという自らの価値観にもとづき、キャリアの形成をかなり意識したグループが、各企業で認知され始めているということでしょうか。

同じように、非正社員についても整理されていて、雇用契約期間、ほとんど有期契約ですけれども、さらに仕事の範囲、勤務地も限定、労働時間などの設定の組み合わせでさまざまなグループが形成されています。なかには、仕事の範囲や労働時間などの設定が、正社員とほとんど変わらないグループ(雇用区分)も出てきています。

となれば、先ほどの雇用区分の移行であるとか、あるいは同等待遇であるとか、評価であるとかという問題が出てきていて、そこの部分にスポットを当てた調査、議論が必要だということでしょう。もちろん、雇用区分ごとにキャリア形成のあり方も、異なってきてしかるべきだと思います。

小杉

事実をきちんと発見するためには、その考え方は非常に重要ですね。

佐野

雇用条件やキャリア形成の仕方、賃金の仕組みなどについて、正社員であるとこうでなくてはいけないとか、非正社員であるとこうでなくてはいけないというのは、例えば法律などで厳格に決まったことではないんですが、それにもかかわらず、実態を調べてみると、正社員だったらこうであるとか、非正社員ではこうだとか、正社員の中でもいわゆる総合職社員であればこういうような働き方であるとかという相場が大体あること、とはいえ、同じ一般的呼称の雇用区分の中でも、会社により結構多様な雇用条件やキャリアの形成の仕方の組み合わせがあることがわかりました。事実として興味深いと思います。

佐野

雇用区分を実態にもとづいてわかりやすく図表で整理するというのは、一見当たり前のことを整理しているようではありますが、それこそが最も重要な仕事ではないかと思います。

雇用管理における「多様化」
佐野

ニッセイ基礎研究所(2002)では、柔軟な雇用、企業側にはフレキシビリティが必要であるという考え方が、まず強調されています。そういう労働需要に対して、供給側については職場選択の自由度──「Freedom of Choice」──が必要だという姿勢です。かつ、柔軟──「Flexibility」──と「Freedom」との間に公正なルール、すなわち「Fairness」が必要だという整理です。さて、そこではどんな雇用システムが必要か。連合総合生活開発研究所(2003)の調査が雇用区分という極めて具体的な職種の名称で実態に迫ったのに比べれば、こちらは少し理念的に、「Flexibility」「Freedom」「Fairness」というキーワードを掲げて、有識者、人事担当者と労組と学者に、どうしたらいいかということを聞いています。

これは、連合総合生活開発研究所(2003)の調査の1年前に実施されたものですけれども、そこの中にも、先ほどの雇用区分の多様化と同じ発想がなされていて、働き方を多様化させるためには、今までのような、正社員と非正社員、正社員とパート、アルバイトという両極のものではなくて、正社員と非正社員の中間領域における多様化が必要で、そこに選択肢を与えたほうがいい、増やしたほうがいいと指摘している。具体的には短時間正社員、勤務地限定正社員、職種限定正社員などがそうです。

もちろんそれぞれの管理には大きな問題がある。例えば短時間正社員というものを企業内で雇用区分を厳密に設定すると、配置の柔軟性が低下してしまうとか、育成、キャリアの管理の困難さ、仕事の与え方の困難さが出てくる。技術は常に革新しているし、商品市場も常に変化しているし、それに合わせて職場の仕事内容も常に変化している。事業のリストラも日常茶飯事でしょう。さらに定年や雇用流動化に伴う転職で、組織の人員構成が変化するケースも想定しなければならない。そういう事業環境が一方であるのに、基幹的な従業員の職種、勤務地等を限定してしまったら、当然それは経営側としてはやりにくくて仕方ないと思います。多様な選択肢を与えて、多様な働き方を実現するという考え方はわかるけれども、経営側人事担当者あたりのアンケートなどを見ると、先ほどの配置だとか、キャリア育成であるとか、仕事の割り振り、ジョブ・ディスクリプションなどの管理が非常に難しくなる。

今後の調査研究では、こうした経営側の論理と社員側の価値観の接点をもっと具体的に掘り下げていって、先ほど小杉さんがおっしゃっていた、キャリア形成のあり方、そこで働く人のロイヤルティの変化であるとか、意識であるとかいったものをさらに確認していくような調査が同時並行的に行われていくべきでしょう。もちろんここで取り上げた調査報告では、こういう問題関心を、参加されている研究者が共有していると思います。

まとめると、雇用区分の多次元化があり、実際に短時間勤務だとか何だとかいう区分も確認はできているけれども、雇用管理側、労働需要側サイドの視点から考えると、配置とかキャリアとか管理上の問題がある。人事管理の実際のケーススタディがもっとたくさん出てくればおもしろいと思います。

小杉

実態の運用になると、まだそこまでどうやっていいかわからない手探り状態ということですね。

フルタイム有期雇用
佐野

中間形態として挙げられているのは、みな正社員に分類される形態ですね。とくに短時間正社員は、いわゆる主婦パートのような、時間的な制約があるにもかかわらず、仕事は高度化している人たちを処遇する受け皿としての役割や、正社員とパートをつなぐバイパスのような役割が期待されていて、今後政策的にも普及させていこうというような議論もあります。

短時間正社員に関する調査報告書としては、東京都産業労働局(2003)かあります。インタビュー調査で、電機メーカー5社と百貨店7社の、企業の担当者(多くは人事部の労務担当者)ないし労働組合の福利厚生担当者、それから各社l~2名程度の制度利用者計20名を対象にインタビューをしています。その結果、育児短時間正社員制度について、導入企業の人事担当者が、女性の育児を理由とする退職を減らし定着率を上げるために効果があることを評価していることや、制度利用者の評価も高いこと、しかし、業務運営上の問題を押さえつつ制度を運用するためには、職場での情報の共有を図ったり、チームで仕事をする体制を整えたり、制度利用者と業務が類似する非正社員の正社員への登用制度を整えたりするなど、業務上の工夫の必要があることを明らかにしています。

ところで、実態を見ると、フルタイム正社員とパートタイム非正社員の中間的な形態としては、小売や飲食店、サービス業などを中心に、フルタイム有期雇用社員というような雇用形態がむしろ増えてきているようです。呼称はいろいろですが、一般的な呼称としては契約社員などと呼ばれていることが多いと思います。

企業としては、正社員と比べて総体的に低い人件費で要員を確保できて、しかもパートタイマーと違い、社員と同様なシフトで勤務させることができる。パートタイム勤務では勤務時間の制約から、担当させられる仕事の範囲に制約ができてしまいがちですが、この場合フルタイムであるから、それがない。そのために、正社員に準じた仕事も任せられるという現状があるようです。

フルタイム有期雇用の担い手としては、若年層の場合が少なくないようです。働く側としても、正社員と比べて働く職場であるとか、仕事内容を選べるという余地も大きく、転勤がないなどのメリットも得ている側面もあります。そうしたこともあって、必ずしも政策的な働きかけがなくとも、フルタイム有期雇用の働き方というのが普及してきていると考えられます。

こうしたフルタイム有期雇用の働き方は、とくに若年者にとっては、正社員登用の機会を得る足がかりとしての役割も果たせると思います。とはいえ、企業としては、フルタイム有期雇用社員の活用によって人件費削減をしようという考えも強いので、賃金などの処遇は正社員よりむしろパートの側に近づく側面もあるのではないかと思います。

いずれにせよ、フルタイム有期雇用の実態は必ずしも十分調査されていないといえます。今後実態を把握することで、働き方に見合った適切な処遇制度はどのようなものか、正社員への登用の可能性がどの程度ありうるかといったことを研究するのは政策的にも意味があると考えます。

(2)非典型の多様な働き方の実態

小杉

すでに、議論は移ってきているようですが、多様な働き方の実態と問題点を主に取り上げた研究を佐野嘉秀さんから紹介してください。

論文紹介(佐野

日本労働研究機構+連合総合生活開発研究所『多様な就業形態の組合せと労使関係に閔する調査研究報告書』

この調査は2000年10月から12月にかけ、非典型労働者の活用実態を把握するという観点から、連合傘下の単組を通じて行われたアンケート調査で、322の事業所と1664の職場から回答を得たものです。回答者は、事業所調査は労組の支部三役クラスの役員、職場調査は労組の職場委員です。「非典型労働者」とは具体的には、契約社員、臨時雇用者、パート、派遣労働者、職場内の請負労働者、取引先派遣スタッフなどです。

平均すると、調査対象の事業所では、事業所で働く労働者の4分の1程度が非典型労働者となっています。業種により就業者の構成は異なり、パートは卸・小売業と金融・保険業、取引先スタッフは卸・小売業、職場内請負労働者は卸・小売業と製造業でとくに多く活用されています。非典型労働者を活用する目的としては、「労務費を削減するため」という理由を挙げる事業所が最も多くなっています。非典型労働の活用に伴う職場への影響を聞いたところ、プラスの影響としては、「正社員が高度な仕事に専念できる」(46.6%)のほか、「正社員の労働時間が短くなる」(31.4%)、「製品・サービスの質が向上する」(26.3%)(複数回答)、マイナス面の影響としては「ノウハウの蓄積・伝承が難しい」(50.6%)、「秘密事項が漏洩する危険がある」(26.9%)、「非正社員の教育訓練に割く時間が増え、正社員が本来の仕事に専念できない」(23.4%)、「正社員の新人を初めから高度な業務に就けることになるため、新人の育成が難しい」(22.7%)、「仕事上の連携が円滑に進まない」(22.5%)などが指摘されました(複数回答)。

このほか、調査では、非典型労働者の活用に関する労働組合の取り組みについてもきいています。その結果、本部や支部レベルにおいて、労働組合か非典型労働者の活用に関して会社側に発言している場合が多いこと、ただし、労働組合には、職場の実態や意向のくみ上げにいっそう努力する余地があることを明らかにしています。

東京都産業労働局『パート労働者の人材開発と活用』

この調査は、2001年9月から10月にかけて、パートタイマーを20名以上雇用する飲食業の企業・事業所の店長と、勤続年数が比較的長い主婦層のパートタイマー(各店舗2名)に対して行ったアンケート調査で、店長157名とパートタイマー278名から回答を得ています。

調査ではまず店長に飲食店内の主な業務29種について、業務を、1.「マニュアルどおりに実施するレベル、短時間の指導により定型業務をこなすことができるレベル」、2.「経験をつむことにより的確な判断を養成し業務対応するレベル、一定の責任を担うレベル」、3.「マニュアルにない業務をおこなうレベル、的確な判断力を要する業務(主に人事管理・処遇に関するもの)」の三つに分類したうえで、各業務に従事している人の技能水準を答えてもらっています。そしてパートタイマー自身にも、これら29業務のうち自らが担当している業務を聞いています。

その結果、パートタイマーでも、「接客」(74.8%)や「飲み物の準備・提供」(60.4%)「レジスター」(60.4%)「清掃作業の実施」(52.1%)など、定型的な1レベルの仕事だけでなく、「新人トレーニング」(31.7%)や「店の開店・閉店への対応」(43.2%)「現預金の管理」(31.3%)など、より高度な判断を必要とする2レベルの仕事を行う者も少なくないこと、さらに高度な判断を要する3レベルの仕事については、パートタイマーはあまり行わず、ほぼ正社員が担当しているか、このレベルの業務も、「従業員の急な欠勤に対する対応」(7.2%)や「曜日・時間帯・季節による不足人員の把握」(4.3%)など、パートタイマー内で連絡をとりつつ対応可能な仕事を中心に、パートタイマーが担当することもあるという結果が出ています。

またパートタイマーの担当業務は、パートタイマーの勤続年数と相関関係があり、高度な業務ほど、勤続の長いパートタイマーが担当する傾向にあり、なかには勤続2~5年目くらいで、「店全体の時間帯責任者」や「部門ごとの時間帯責任者」などの「職場においてリーダー的存在」となる層が出てくる。そして、度合いの違いはあるものの、こうしたリーダーパートが、主として正社員が行うような3レベルの高度な仕事をふくめ、店舗内の業務全般に幅広くかかわりながら店を運営している。また総じて、店長のパートタイマー活用や教育訓練への積極さが、店舗におけるパートタイマーの質的な基幹化の程度に影響を与えていることを明らかにしています。

21世紀職業財団『パートタイム労働者の均衡処遇と経営パフォーマンスに係る調査研究会報告書』

2002年10月から11月にかけて5000社を対象に行ったアンケート調査で、1319社から回答を得ています。

これをコンパクトにまとめた論文として、今野浩一郎・西本万映子「パートを中心にした非正社員の均衡処遇と経営パフォーマンス」(『日本労働研究雑誌』518号)があります。

まず、報告書では、人事管理制度が正社員と非正社員──論文では「パート等」と言っていますが──とで、どの程度共通であるかの度合いを、人事管理の「均衡度」というふうにネーミングしています。その上で、第1に、社員格付制度や、配置転換・異動、評価制度、教育訓練制度、報酬制度、福利厚生など、広い意味での人事管理制度が正社員と非正社員の間でどの程度まで共通であるかという度合いを測定しています。

具体的に言うと、人事管理制度の均衡度を測る上では、各制度について、「正社員とパート等全員が対象である」を5点として、そこから一番低い「パート等は対象ではない(正社員のみ対象である)」の1点までの5点尺度(4ランク)で各項目を点数化しています。均衡度の測定の結果を見ると、人事管理制度に関する均衡度に関しては、人事管理制度全体の平均の均衡度というのが2.1点ということで、ほぼ「正社員とパート等は異なる制度である」というレベルのところが平均的です。均衡度の平均値は、人事管理の分野によっても異なります。例えば、社員格付制度については、均衡度が低くて1.3点。制度はほぼ「パート等は対象ではない」というところが平均的というところですね。 また、第2に、そうした均衡度と人事管理のパフォーマンスに関する指標や経営業績に関する指標との相関関係を分析しています。その結果によると、第1に、社員格付制度の均衡度が高いと、非正社員の役職ポジションの上限が高まって、したがって、非正社員がどの程度高度な仕事を行うかという意味での質の基幹化が進むとしています。第2に、配置転換や評価制度、教育訓練といった人事管理分野の均衡度が高いほど非正社員の役職ポジションの上限は高く、また、非正社員に占める、比較的勤続が長い5年以上の比率が高まる。したがって、上で述べたような質の基幹化が進むとともに、非正社員による労働力の安定的な提供の可能性が高まるという意味で、量の基幹化が進むとしています。第3に、報酬制度や福利制度、給与水準といった報酬関連分野の均衡度が高まると、非正社員に占める週30時間以上の勤務者と勤続5年以上の勤務者の比率が高まって、上で述べたのと同じような意味で、量の基幹化が進むと言えることなどの結果を得ています。以上が人事管理制度の均衡度と人事管理のパフォーマンスの関係です。

さらに、今度は均衡度と経営業績の関係について見ると、社員格付制度の均衡度が高いほど、同業他社と比べた自社業績の評価結果が高まる。あと、従業員が増えたということを成長性の指標としているのですが、その成長性指標が高まるということを明らかにしています。また、配置転換・異動や評価制度、教育訓練といった人事管理分野の均衡度を高めると総合成績判断指標と成長性指標──ただしこれは教育訓練を除くのですが──が高まるという結果を得ています。

(社)日本人材派遣協会登録型派遣労働者実態調査委員会『登録型派遣労働者の就労実態と就労意識』

2001年1月から3月にかけて派遣スタッフおよび派遣先事業所に対して行ったアンケート調査で、派遣スタッフは、登録型スタッフであること、2000年11月末日時点で派遣スタッフとして就労した者(調査時点で就労していない者も含む)であることが条件となっています。派遣スタッフ9271名、派遣先事業所305ヵ所から回答がありました。

まず第1に「最近1年間」で「派遣された就業部署は1ヵ所」とした回答は全体の67.3%を占め、同じく「実際に働いた派遣先は1社」が80.0%を占めることから、派遣スタッフの就労状況は、移動型だけでなく定着型も多いといえるとしています。ただし、最近1年間を通して「契約1回」とするものは29.2%にとどまっています。つまり1年間のうちに複数回の契約をする派遣スタッフが多数派であり、就労先が同じでも、「3ヵ月間」や「6ヵ月間」などの短期の派遣契約を更新するなどして継続もしくは断続的に就労しているということです。

過去1年間の契約回数、派遣元数、派遣先数の組み合わせで類型をつくると、1年間の契約回数が複数回で派遣元(派遣会社)と派遣先(受入部署)が単数の「派遣元固定・更新・派遣先定着型」が36.5%と最も多く、ついで多いのが、1年間の契約回数が1回で(必然的に派遣元事業所および派遣先部署も単数)その契約を満了する「単契約・期間満了型」で29.2%を占めています。

第2に今後の働き方について、「今後も派遣スタッフとして働きたい」とする回答が45.2%と多く、「できれば正社員になりたい」(36.6%)を上回っています。派遣志向の派遣スタッフに派遣就労の継続を希望する理由を自由記述回答形式でたずねた結果によれば、「労働時間が明確である(正社員には残業やサービス残業が多い)」「仕事や会社を自由に選べる」「家庭と仕事の両立が可能である(とくに既婚者)」などの回答が多くなっています。

討論

非正社員活用の実態と影響
佐野

従来、パートタイマーの基幹化の研究など、非典型労働の活用を促進する側面に着目した研究が多かったのですが、日本労働研究機構+連合総合生活開発研究所(2001)は、むしろそういう積極的な活用を抑制するような要因に着目して、その実態を明らかにしたという点が新しいと思います。

佐野

プラスの影響のところで非典型労働を活用すると質が向上するとなっていますね。これは、非正社員の質がいいことなのか、それとも、非正社員がバックヤードできっちりやってくれるので正社員が頑張れるから企業活動の生産性が向上するということなのか、どちらの側面が大きいのでしょうか。

佐野

報告書のデータから判断すると、一番大きいプラス要因は、正社員が高度な仕事に専念できるということのようです。平均的に見ると、非正社員より正社員のほうが労働力の質が高いので、そういう人たちが高度な仕事に集中することで、サービスの質や製品の質が向上するということでしょう。

小杉

産業別とか、そういうクロスはないんでしょうか。多分職場によってかなり違いが大きいのではないかという気がしますね。

佐野

たしかに、例えば小売ですと、消費者に近い人が前面に出ていたほうが、消費者にとってのサービスが向上するということもあると思います。若い顧客をターゲットとするアパレルの小売などでは、年輩の正社員などより、むしろ客と同じ年代の若い非正社員のほうが売り上げを上げるということも聞きますね。また、非正社員は総体的に人件費が安いので、例えば、正社員を2人配置するよりも非正社員を3人置いたほうが、充実したサービスを提供できるという場合もあると思います。

佐野

そうですね。あと、先ほどの雇用区分の話ともつながるんですが、非正社員の中でも契約社員や派遣社員のような、正社員に比較的近い層と、賃金の少し安いパート・アルバイトの層があって、いわゆる二重構造みたいになっているというような実態はないんでしょうか。

例えば、ほんとうはもうちょっと安い賃金で、パートやアルバイトを使いたいけれども、フルタイムで正社員と同じような責任を持たせるには、能力とかサービスの質とか、ちょっと心もとないので、賃金レベルとしては一段高い人たち(派遣や契約社員など)を非正規として使うことによって切り盛りするパターンです。

佐野

そういう例もあると思います。

小杉

非正社員のほうの二重構造ですね。

佐野

区分の組み方はいろいろとあって、リーダーパートのような層について、基本的には一般のパートと同じ仕組みの中で、仕事の水準に合わせていくつかの社員等級みたいなものを設けて活用するという場合もありますし、例えば契約社員とパートなど、異なる社員の区分を二つ三つと設けておいて、それを同時に管理しながら職場を運営していくという場合もあり、さまざまです。

佐野

そこのキャリアというのは連続しているんですか。

佐野

非正社員の間では、例えばパートタイマーとかアルバイトから契約社員へという道は、正社員になることと比べて、閉ざされてないのではないかと思います。

佐野

そこはかなりパスができているのですね。たださらに正社員への登用となると難しい、ということでしょうか。そこは企業側の人件費枠の柔軟性確保とか、事業採算上の壁みたいなものがあるということなんでしょうね。

小杉

アルバイトの範囲だと、1時間10円上げる、20円上げるという世界ですからね。その範囲だったらやりやすいということだと思う。

佐野

そこの意識というのをうまく拾ったような調査というのはあるのですか。例えば、一般的なパート、アルバイトから、パート管理者への移行パターンを整理したようなものです。この場合、雇用形態は契約社員かもしれませんし、正社員なのかもしれませんけれども、どういう意識でもってやっているか、という雇用側の動機、中長期戦略を確認したような調査とか。

佐野

それが今回取り上げた東京都産業労働局(2002a)です。ただし、そちらに移る前に、日本労働研究機構+連合総合生活開発研究所(2001)に関する論点を一つだけ提示させてください。

日本労働研究機構+連合総合生活開発研究所(2001)では、非典型労働者を利用することに伴い、職場で、ノウハウの蓄積・伝承や、それを支える社員の技能育成、仕事の能率などにマイナスの影響が出ていることを明らかにしています。しかし、報告書によると、他方で、過去3年間に、社員が減少している事業所が約7割と多いなかで、派遣労働者や、パート、契約社員、職場内請負労働者を増加させている事業所が4~6割を占めています。

論点としては、企業が、労働者を利用することによる人件費の抑制や変動費化などの効果と、それに伴う職場へのマイナスの影響とをともに考慮した上で、職場における非典型労働の活用を決める仕組みが動いているかということが挙げられると思います。

例えば、事業所内の請負労働者の活用実態に関する調査(東京大学社会科学研究所(2003))では、請負を活用するユーザー企業の部門責任者に実態や課題をたずねています。調査結果によると、請負労働者の利用に伴い、とくに請負労働者の定着率が低い職場で、請負労働者の教育訓練や業務管理を行う社員の負担が増加したり、ノウハウの蓄積・伝承が困難になったり、仕事の引継ぎが円滑にいかないなどの問題点が生じています。そのため、品質や生産性を考慮すると請負労働者比率を現状のまま維持あるいは引き下げたほうがよいと考える部門責任者が過半数を占めています、しかし、そうした職場でも、約4割の部門責任者が、実際の見通しとしては請負労働者の比率が上昇するであろうことを予想しています。

職場は請負労働者をはじめとする非典型労働者の利用に伴うデメリットを把握している。しかし、本社などが事業所や部門の要員を決めたり、事業所や部門レベルに予算目標を与えたりする際に、そうした職場の情報を十分に考慮に入れていない場合があるのかもしれない。そうした場合に、人件費が短期的には抑制できても、技能の継承や職場運営の能率が徐々に低下し、中長期的にみると利益が低下する事態も考えられます。日本労働研究機構+連合総合生活開発研究所(2001)によると、少なくとも労働組合は、職場の実態や意向をくみ上げる役割を必ずしも十分に果たしていないようです。

いずれにせよ、事業所や職場における社員や非典型労働者の要員が、どのような判断基準やプロセスにより決められているかという実態を把握し、問題点を明らかにすることは、調査の重要な課題になると考えます。

パートタイマーの人事管理
佐野

東京都産業労働局(2002a)は、文脈としては、パートの研究で質的基幹化という実態を把握するとか、そのために人事制度などをどういうふうにしようかというような観点から研究している一連の研究がありますが、その現在の状況を描いたものとおよそ位置づけられます。

店長のパートタイマー活用とか教育訓練の積極さというのが、店舗におけるパートタイマーの活用の程度を左右する重要な要因になっているということが、この報告書のおもしろいポイントの一つだと思います。対象となったのは飲食店ですけれども、例えばほかの業種でも、事業所の責任者とか部門の管理者などが、そういったキーマンになっていることもあるのではないかと推察されます。

従来パートタイマーに高度な仕事を任せる、いわゆる質的基幹化に関する議論では、能力を評価したり、それを処遇に反映させたりするような人事制度の整備が重要という点が強調されてきたんですけれども、この調査報告書の事実発見は、それに加えて、店長など、パートタイマーを活用する立場にある社員の方針や取り組みといった、いわばソフトの面が重要な役割を果たすということを示唆しているという点で興味深く思いました。

佐野

それは、パートタイマーのインセンティブが上がる、モラールが上がる、やる気が出るということですか。

佐野

モラールの管理ももちろんあると思いますし、実際仕事を覚えさせているという側面もあると思いますが、その前の判断として、店長が、こういう仕事にも幅広くパートタイマーを使おうという決定を積極的に行っている場合に、パートタイマーの質的な基幹化が進むことを明らかにしています。

佐野

パートタイマーが見た「いい店長、悪い店長」のような評価結果はありますか。例えば、この店長は──正社員でしょうけれども──仕事の切り分けの出し方がいい、指示がいいとか、きっちりとモラールアップを図ってくれるとか、気持ちよく仕事ができるとかいうふうに、いわゆる経済合理性で動くというよりも、チアリングをうまくやって職場を盛り上げていくようなノウハウというのがあって、その辺で、働いている側の気持ちよさとかいうのはこういう調査で反映されてきたりはしていないですか。

佐野

そういうこともあると思います。パートタイマーは賃金にそんなに差があるわけではないので、むしろそういう気持ちよく働けるかどうかとか、人間関係は重要です。そうした面での管理をうまくやれるところは、パートの定着も高まるでしょうし、パートが行える仕事の範囲もそれに応じて大きくなるということもあると思います。その意味でも、店長など管理者によるパートヘの働きかけみたいなものが重要ということでしょう。多分これはパートに限らず人事管理一般についていえることだと思いますが。

佐野

その点は調査には表れてきますか。

佐野

これまでの調査では、すでに述べましたように、例えば、技能の向上に見合って賃金に違いを設けるとか、それのための評価のシステムを設けるとか、そういう人事制度を整備することでパートを活用するというような因果関係について研究したものが多いですね。アルバイト情報誌などには、どういう店長がいいとかという特集があったりします。実践的には、管理者によるどういう管理の仕方が、パートの定着や働きぶりにプラスの影響を与えるかということは、たしかに重要なポイントになっているようです。

佐野

特にパートの場合は、賃金とか条件とかがかなり限定的で、同じ属性の労働者を集めているので、結果が出やすいということがあるんでしょうね。優秀なパートの基本属性などは、パート調査みたいなところに出てくるのでしょうか。例えば、優秀なパートさんは、実は正社員より学歴や職歴が高かったとか、資格を持っていたとか。

佐野

東京都産業労働局(2002a)の中では、勤続年数が長いと高度な仕事を担当する傾向にあることが示されています。

小杉

職業能力がどれだけあるかということですか。

佐野

そうです。そういうのを把握するということはないですか。

佐野

例えば採用に関する研究で、どういうようなポイントで採用を行うと、その後のパフォーマンスにおいて、その人が実際に優秀で、うまく働いてくれることが多いかというような研究はありうると思います。

佐野

ジョブマッチングの現場ではそういう意識が強いですね。そんな意識があって、パート調査で実際に対象に向かっている研究者もすごく感じているのではないかと考えてみたわけです。一番感じているのは雇用管理者なんでしょうけれども。結局、優秀だから基幹化されていくわけですね。

佐野

素質として優秀かというのもあるとは思いますが、やはりパートの人は、特に主婦パートだと、家事や育児などの役割期待が大きい場合も多く、そのことが、どの程度まで仕事にコミットするかという意識の面に反映される側面も大きいと思います。そうしたものによっても、基幹化できるかどうかの違いは大きいでしょう。とはいえ、そうした労働者側の要因があるなかでも、店長の方針や働きかけにより、パートの基幹化に差が出てくるという点を報告書は明らかにしているのだと考えられます。

小杉

店長がしかけていけば、まだどんどん引っ張れるということなんですね。正社員の話だと属性とか何かそういう部分がたしかにすごく大きく出てくるんですが、パートというだけで属性要因をほとんど見ていないというのが……。でも、実はそこのところを掘り起こしていくと……。

佐野

そここそがおもしろいところじゃないかと思うんです。というか、将来、調査もそちらへ行くのではないですか。

小杉

これだけ基幹化という形になって、同じ延長線上で、ただの雇用区分の違いという見方になっていけば当然広がっていきますね。

正社員への登用
佐野

いま、小杉先生とやっている調査で、企業が、若年層の正社員と非正社員に対してどういうように仕事を割り振っているかというようなことを聞いています。興味深い点は、優秀な非正社員と普通の非正社員とを分けて、それぞれへの仕事の割り振り方をきくと、両者で仕事の割り振り方が違ってきています。優秀な非正社員には、正社員に準じる形で、さまざまな仕事を割り振ったりとか、あるいは高度な仕事を積極的に割り振っていったりしているようです。同じく若年層の非正社員であっても、OJTの機会というのは、多様化しているようです。

佐野

そこの「優秀な」というものの、その内容が重要ですよね。単純に、雇用区分として非正社員だから、実績次第、とにかく売ってくれるパートが優秀なのか、それとも、組織全体をまとめたり、仕事の仕方の見込み方、いわば素養的な部分として優秀なのかという判断。こうした評価ポイントの違いは、やはりあるんじゃないですか。

佐野

多分キャリアの到達点を見ていると思うんです。パートで、ある程度定型的ではあるがやや高度な熟練を必要とするような重要な仕事をになうということを最終的に想定して判断する場合は、やはりそういう日常の仕事がよくできるとか、自分の分もこなして、ほかの人についても目配りできるとかというような観点で優秀だと判断するでしょう。他方で、特に若い人に対して優秀だという場合は、正社員に転換させて将来的にマネジメントの仕事とか、スタッフ部門の仕事に配置しようというような観点で見る場合もあるでしょう。そういう場合は、現在の仕事もそうですけれども、むしろそういう今後の仕事に必要な判断能力やリーダーシップなどを見て優秀だと言っているのではないかなと思います。

佐野

もちろんフリーター問題の解決のためには、そういうものを雇用側が判断して、正社員に登用するような道をつくらないとだめだということですね。それが進まないからフリーターになっているということでしょうか。

小杉

真っ当に評価してもらえないということが、一つの壁ですね。

佐野

とすれば、やはり非正社員として、フリーターの問題もパートの問題も実態を把握すべきところは意外と一緒なのかなという気が……。つまり、雇用側がこれらの人たちの仕事の、どの部分をどう評価しているかという問題……。

小杉

基本的には一緒だと思います。見ないのは、ほかの情報だけで判断してしまったほうが、やはりコストが安く済むからでしょう。

佐野

でも、パートにしてもフリーターにしても、そこは人数が多くなってくれば今後は見るようにもなるんでしょうね。

小杉

それは出始めている。業界側が、フリーターから正社員に採るということはたしかに動き始めている。これだけ人が多くなると、その中にやはり人材が隠れている。フリーターズ・ネクストという特集がずうっと組まれるぐらいに、動きになっているということですね。

佐野

成長している企業では正社員が足りないという状態があるので、パートやアルバイトの中から正社員を登用するということも少なくないようですね。

小杉

基本的には業務の拡大、労働力需要というのが一番大きな要素ですからね。

教育訓練
佐野

ところで、すでに述べましたが、東京都産業労働局(2002a)では、店長などパートタイマーを活用する立場にある正社員の取り組みが重要な役割を果たすというところを明らかにしています。これを踏まえると、パートタイマーの活用を積極的に進めようという企業にとっては、事業所とか部門の責任者など、パートタイマーヘの仕事の割り振りや教育訓練に関して比較的大きな裁量を持つ人に対する教育が重要で、そういう人たちにパートタイマーの活用の方針を理解させたりとか、パートの訓練の適切な仕方みたいなノウハウを伝えたりということか大事になってくると思います。

また、それに加えて、パートタイマーを管理する社員に対して、教育訓練に割く時間の余裕を与えることというのも重要なポイントなのではないかと思います。これも同じ調査報告書に出ているのですが、パートタイマーの「能力開発が『もう少し足りない』としたら」として理由を聞くと、業務が忙しくて時間がないという回答をする店長が約6割と、最も多いです。正社員の要員が不足するために、パートの育成とか教育訓練に時間がとれないという現状が広くあるのではないかということが推察されます。

佐野

非正社員だと、流動的だから教育コストを担保できないのでという議論が一般的にありますがそういうのではないんですね。実態は、それほど流動的ではないということなんですか。

佐野

たぶん非正社員の中にも、例えば主婦パートでも、動く人はすぐにやめてしまうということもあるようです。しかし、自分が現在の仕事に向いているとか、居心地がいいとかパートの人が判断する場合には、比較的長期に勤めるということがあるようです。

佐野

だとすると、雇用側が逸失コストにならないから、十分回収できるので本当はじっくり教育したいけれども、忙しくてその時間がない。日本の労働市場で働く外国人労働者のように明確なキャリア意識を持ってジョブホッピングし、どんどん転職していくという非正規型、先ほどとはまた逆の議論ですけれども、流動性の高い非正社員だと、教育コストをかけると、後で逃げられてしまうからという判断があるけれども、いわゆるパートで、居心地がよくて人間関係がよければ動かないという人には教えてもいいんですね。

佐野

と思います。実際、そういう人に対して教育訓練するというのが重要になってくると思います。

佐野

でも、まだ忙しいと。各職場の実態は、それほど忙しいんでしょうか。

佐野

もちろん教育訓練に成功している事業所もあります。パートタイマーを戦力化しているところは、ある程度時間を割いて仕事を教えたりとかということができているところなのでしょう。しかし、人件費の抑制から、事業所だとか部門に正社員の要員が十分に配置されないで、その結果、パートタイマーの管理者が、パートタイマーの育成に時間を割けない場合も少なくないようです。パートタイマーの育成が進められないと、いつまでたっても正社員の負担が軽くならずに、さらに教育訓練に時間が割けないという悪循環みたいなものが起こってしまうのではないか。その結果として、仕事の能率や質が低下して、売り上げが損なわれるような事態も起こりかねないのではないでしょうか。

小杉

今の議論は、新卒の若者に対しても全く同じではないかと思いました。忙しい職場だから教えられない、だからよけい忙しくなるという、その循環は全く同じですね。

佐野

はい。正社員の育成についても、こういう状況がシビアに起こっている場合が少なくないと思います。

佐野

教える側つまり雇用側管理側からの、何か文句がないんですか。この程度なら自分でやれよと思うとか、常識レベルのことは、家庭や学校で教えてきてくれよ……といった不満というか。

小杉

仕事は盗めというものですね。

佐野

それを感じるんですよ、このぐらいのことはやってこいよというのができていないと、ただでさえ忙しいのでしょうから、教育する気がそがれて、管理側がディスカレッジされてくるところはあるのではないかと思います。

佐野

調査で、フリーターと呼ばれる人たちについて製造現場の人などに聞くと、「社会人」としての常識が身についていない人が少なくないことを聞いたりします。自分の都合で、報告もせずにすぐに欠勤してしまうような人も一部にはいるようです。

小杉

フリーターの議論とか高卒採用の議論というのは必ずそれに行きますね。

佐野

訓練というと、教育というと簡単だけれども、職場単位でやろうと思うとすごく大変だということですね。

佐野

なお、パートの戦力化がすすむ飲食店などでは、一般の、入ったばかりのパートというのはパートのリーダーみたいな人がトレーニングするので、多くの場合、店長としては、そうしたパートのリーダー層をどう育てるかが課題になっているようです。

佐野

そこまでパートの組織が、パートだけでピラミッド化しているという話ですね。

若年パートタイマーの基幹化
佐野

そうです。別の論点になりますが、東京都産業労働局(2002a)では他方で、正社員に準じた仕事をしているパートタイマーであっても、担当する仕事の範囲には限界があるということを、明らかにしています。特に人事管理、処遇に関する項目については、新人トレーニングを除いて、正社員が行う場合が多いようです。

報告書は、調査対象とした比較的勤続の長いパートの場合でも、より責任や権限の大きな仕事に対する希望や、それに関するノウハウ、知識の習得に積極的でない場合が多いということを明らかにしています。主婦層のパートタイマーについては、そうした意識が、高度な仕事を割り振る上での制約要因になっていると考えられます。

ただ、パートタイマーとかアルバイトの担い手としては、報告書が扱っている主婦層だけではなくて、最近若年層が増えています。特に学卒後にパート、アルバイトなどとして働く層というのは、家庭での役割期待が大きい主婦層などと比べて、仕事に専念し、そこでのキャリアアップを望むケースも少なくないと思われます。フリーターの増加が若年者の技能形成の機会を縮小させるという議論もありますが、小売やサービス、飲食店など、若年層の非正社員を活用する業種では、非正社員に対してもある程度難しい仕事を任せて、それに応じた高度な技能形成の機会が与えられている場合も少なくないのではないかと思います。

佐野

実感としてそう思います。

佐野

しかし、主婦パートと比べて、そうした若年層の活用の実態とか基幹化の実態については、調査でまだ十分になされていないといえそうです。東京都産業労働局(2002b)など、先駆的な調査が行なわれはじめたところです。

佐野

そういう問題意識を持つ調査はたしかに増えているんだけれども、やはり対象を捕捉しにくいんでしょうね。特に、フリーターについては。正社員であれば労働組合を通じてとか、人事部を通じて調査できるじゃないですか。調査のフィージビリティ自体がちょっと低いんでしょうか。

小杉

企業調査側からどう活用しているかというとそこが今後のーつの焦点でしょうね。ただ、ここでフリーターの話になってくると、やはり本人たちがどう思っているかというところのすれ違いが大きいんですね。今、ある飲食店にいる人たちが、飲食店の中で技能を形成したいと思っているかというと、そうではないという、そこのすれ違いですね。一時の腰かけのつもりでやっているというところが、実は主婦パートと同じ構造を一方で持っているところがある。それはもちろん全員ではなくて、それこそさまざまなタイプの人がいて、フリーターの中の多様性、それをきちんと把握できる調査の設計が必要ですね。多様化したフリーターの中のこういう層に対しては、こういう将来の可能性のある職場へといった異なる対応策を提案していくことが大事になってくるのではないかと思います。

佐野

コストがかかるけれども、個を見なければいけないということですね。

佐野

業種によっても多分違うと思います。小売業や飲食店、サービス業などでは、比較的、パートやアルバイトを基幹的な労働力として使っていて、それに応じて技能形成の機会を与えているというところも多いようですが、例えば、製造業などでは、パートやアルバイトというと比較的単純な業務での活用が多く、技能形成の機会は少ない場合も多いのではないでしょうか。

小杉

業務請負型の有期限雇用に入っているアルバイトは、とにかく一番能力がついていないですね。

佐野

もちろんその中にも多様性があって、かなり社員に準じて活用している職場もあります。とはいえ、全体として見ると、1週間から数カ月で覚えられるような業務に請負スタッフを活用している場合がやはり多いようです。

非正社員の均衡処遇と経営パフォーマンス
佐野

格付しないというのは、やはり企業は先ほどの「個を見ない」ということですね。それが結果として出ているということでしょうか。

佐野

実際には見ていても、制度として見ていない場合も含めるようです。

教育訓練の均衡度というのが2.8点。

佐野

これは高いですね。こういうのは業種別、規模別などで出たりするとすごく興味深くなりますね。

佐野

報告書では業種別にも集計しています。ただ、業種は小売、卸、飲食、サービスにかぎられますが。

佐野

パートを使っているところは業績がいい、といった傾向が出ればいいわけですね。

佐野

報告書は、人事管理制度および給与水準の均衡度と、経営業績に関する指標や、広い意味ではそれに含まれるのですけれども、労務パフォーマンスに関する指標との相関関係も見ています。

分析結果によると、正社員と非正社員の配置転換とか格付制度、教育訓練制度などの均衡度が高まるほど非正社員の仕事内容が高度化して経営業績が高まるということを言っています。この結果をそのままうけとると、非正社員の人事管理制度を正社員のそれと共通にすることが経営の利益にかなうということになります。

しかし、よく考えてみると、正社員と非正社員の人事管理制度を全く同じにしてしまうことは、経営にとって必ずしも適切ではないのではないかと思います。というのも、期待されているキャリアの到達点は、正社員と非正社員とで違います。それなのに、制度を同じにしてしまうと、そうしたキャリアに合わせた必要十分なレベルで、各区分の労働者に対し教育訓練投資を行うことが難しくなってくるのではないでしょうか。長期的な育成を考える層には、綿密に評価したり、幅広い職場を経験させたりとかということが重要でしょう。けれども、比較的定型的な業務が最終的なキャリアのターゲットになっている場合に、同じようなことをすることは、それにかかるコストを考えると、経営にとり必ずしも適切ではないと思います。あと、事業所間の配置転換などは、非正社員の中には対応できない人も多いのではないでしょうか。そのため、佐野哲先生が最初に紹介された報告書のように、実態としてはむしろ雇用条件や処遇制度などの異なる複数の雇用区分を同時に活用していくというような企業が多いのだと考えられます。

実際の均衡度の平均的なレベルを見ると、先ほど述べましたように、「正社員とパート等とは異なる制度である」程度であるということです。ですから、分析結果に反映された差というのは、多くの場合、「正社員と一部のパートなどが対象である」という事業所と「正社員とパートは異なる制度」という事業所との違いであるとか、「正社員とパートタイマーは異なる制度である」という事業所と「パートなどは対象としていない」事業所との違いを反映していると考えられます。分析結果からいえることは、非正社員に高度な仕事を行わせるためには、あくまでもその仕事のレベルに合わせて、正社員に準じた社員格付制度とか教育訓練、場合によってはそのための配置転換が必要ということでしょう。

登録型派遣労働者の就労実態
佐野

従来派遣の就労実態に関しては、厚生労働省公表による労働者派遣契約の期間別件数をもとにした集計結果があって、1999年度では、派遣契約期間の割合というのは3ヵ月未満が全体の68.2%ということになっています。ただ、これは派遣件数の分布なので、例えば派遣スタッフが同じ派遣先で短期の契約を繰り返して3ヵ月、3ヵ月、3ヵ月、3ヵ月と4回契約して働くと、派遣件数としては3ヵ月契約が4回とカウントされますが、派遣スタッフにとっては、実質的に1年継続して働いているのとあまりかわらなくなります。したがって、派遣スタッフの就労の安定性を測る指標としては不向きでした。そういう就労の安定性を測ろうとすると、派遣スタッフ個人を対象とする調査がどうしても必要になります。これまでもそうした個人調査はあることにはあったのですが、サンプルの規模が小さいという欠点がありました。そこで、今回紹介した日本人材派遣協会登録型派遣労働者実態調査委員会(日本人材派遣協会と略)(2001)では、1万人近くの派遣スタッフから調査票を回収して、実態を把握しようとしています。

報告書では、派遣スタッフの働き方として、派遣元ないし派遣先を頻繁に移動するのは必ずしも主流ではなく、1年間を通して見ると、契約を更新しながら、同じ派遣業者から一つの派遣先部署に派遣されて働いたり、一つの契約で派遣されて、その契約を満了するという働き方が多いということを明らかにしています。

佐野

派遣労働については、意外と流動的ではない部分があるということですね。この調査実施については、私がかかわっているので、いまの部分をちょっと補足させて下さい。

この調査では、派遣スタッフ個人を対象にアンケート調査し、直近1年間の、それぞれの契約回数・派遣元数・派遣先数を聞いて類型化しました。まず、契約回数1回・派遣元数1社・派遣先数1部署の「単契約・期間満了型」です。このタイプは、1回の契約で、同じ派遣会社から同じ受入先に派遣され、そこで安定的に働いているわけですから、いわゆる「正社員代替型」となります。次に、契約回数複数回・派遣元数1社・派遣先数1部署の「派遣元固定・更新・派遣先定着型」、契約回数複数回・派遣元数1社・派遣先複数部署の「派遣先固定・再契約・派遣先移動型」があります。前者は、一定期間のあいだ結局のところ同じ派遣会社に雇用され同じ派遣受入先で働いているわけですが、契約を細かく刻んでいる、つまり更新をしないという選択がありうるタイプです。後者は、派遣元を固定しながら、契約を細かく刻み、その更新時に派遣先を実際に移動しているタイプです。このタイプが、派遣先固定で働き先を流動的にしているわけですから、その意味で「派遣の中の派遣」と言えるかもしれません。そして、契約回数複数回・派遣元数複数社・派遣先数1部署の「派遣先移動・再契約・派遣先定着型」。これは、派遣スタッフとして働く会社は固定しているのだけれど、契約を細かく刻み、それぞれの更新時に派遣スタッフと受入会社が「派遣料を値踏みする」パターンが想定されます。受入側としても、同じ労働者なら支払う派遣料はできるだけ少ないほうがいいわけで、更新時、その派遣スタッフに派遣元を「派遣料を低く設定している会社」へ移動してもらい、その派遣元経由で同じスタッフを受け入れる。これは、いわゆる「派遣会社泣かせ」で、自由競争とはいえど、これにより派遣会社の派遣料ダンピング競争を誘発するリスクが出てきています。最後に、同じく派遣回数複数回・派遣元数複数社・派遣先数複数部署の「派遣元移動・再契約・派遣先移動型」。これは、派遣スタッフ、派遣会社、受入会社すべてが、契約を短く刻み、更新時にその都度、経済合理性によって常に流動するパターンです。派遣スタッフはより高い賃金を提示した派遣会社へ、派遣会社はより高い派遣料が設定できるスタッフを、受入会社はより安い派遣料を提示した会社へ、と、3者がその都度入り乱れるかたちでしょうか。

調査の結果を見ると、正社員的な「単契約・期間満了型」が全体の29.2%、結果的に正社員と同様に見えるが、実態は契約を更新しながら働いている「派遣元固定・更新・派遣先定着型」が同じく36.5%、典型的な派遣と見られる「派遣先固定・再契約・派遣先移動型」が同じく15.8%、同一スタッフ同一派遣先で派遣元雇用先だけが変わる「派遣先移動・再契約・派遣先定着型」が1.6%、最後の、3者がすべて流動的に動く「派遣元移動・再契約・派遣先移動型」が16.9%となりました。

登録型派遣労働者の就労意識
佐野

もう1点としては、労働時間が明確であるとか、会社や仕事を選べたり、家庭と仕事を両立しやすかったりというようなメリットを理由として、派遣スタッフとしての就労を希望する人のほうが、なるべく正社員として働きたいという人よりもむしろ多いという事実も明らかにしています。

佐野

派遣労働者の「個」については、たしかに意外によくわかっていないし、大量観察的な調査も、されているようでいてされていなかったように思いますね。以前に東京都労働経済局などがやった大きな調査があって、それ以降のものはサンプルサイズが小さいものばかりでした。派遣スタッフ個人で約1万人回収したという意味では意義は大きいと思います。

意外と流動性が低く、しかし、契約期間は細かく刻まれている。企業側がさせているというよりは、本人が希望していることも大きい。

佐野

なぜ1年間働くのに、3ヵ月を4回とか6ヵ月を2回とかというような契約パターンで働こうということになるんでしょうか。

佐野

転職はもちろん、旅行や留学など、将来的なキャリアの中断およびキャリアチェンジを常に意識している層が多いからではないでしょうか。派遣労働者には女性が多いというのがあって、女性の余暇活動、働き方、ライフステージのイベントなどが結構影響しているところがあります。

長く勤めたくない、あるいは本当にやりたいこと、したいことというのは別にあって、そこまでの「つなぎ」というふうに考えると3ヵ月というのは長いし、企業側のほうも市場の不確実性が高まるなかで、四半期ごとぐらいに事業計画を、変更を含めこまめに策定していますから。

佐野

なるほど。スタッフ側と企業側の双方の都合があって、こういう形態が主流になっていると。

佐野

そうですね。ただ、1年で契約して、2回更新の3年で引っ張っているというのは、正社員の代替としての要因もかなりあって、一般的な議論ではそれがほとんどであるという言われ方もしていますが、必ずしもそのパターンが一番多いというわけでもないんでしょうね。

佐野

日本人材派遣協会(2001)では1年間の就労実態を聞いていますが、数カ月を単位とする契約の更新を繰り返して、1年を超えて同一部署で働いている派遣労働者も少なくないかもしれませんね。ところで、先に取り上げた日本労働研究機構+連合総合生活開発研究所(2001)によると、調査対象とした職場の半分以上で、正社員と派遣スタッフの仕事の範囲を固定しないで、職場の状況や派遣スタッフの能力に応じて仕事の担当を変えたり、派遣スタッフに移管したりするという実態もあるようです。派遣スタッフが同じ職場で長く勤務する際には、パートが基幹化するのに近いかたちで、派遣スタッフも基幹化していることもあるのでしょうか。

佐野

一方でそれも確実にあると思います。これは調査結果には出てきていませんが、派遣会社の営業部長クラスの方と一緒に10人ぐらいのグループでこの調査の検討会を開いたときに、その人たちの共通認識としては、派遣労働者の質的な能力が、この20年でパートにどんどん近くなっている、という話になりました。派遣法制定が1986年ですから、そのころ生まれた人がそろそろ派遣スタッフになるわけですけれども、制度自体が成人したかと思えば、派遣スタッフ自身の職業能力は逆にどんどん低下しているのが現状だと言うのです。20年前の派遣会社営業担当だった人に言わせれば、「20年前の当時、オペレーターを派遣すると、派遣先の端末のある仕事場に人だかりができた。派遣先の社員の人たちは、その端末操作の速さに唖然としていた。そのオペレーターつまり当時の派遣社員は、ある意味神様のような存在だった」ようです。しかし現在は、パートよりも若干賃金は高いものの、質的にはほとんど変わらなくなっているわけです。

佐野

企業が派遣スタッフを継続的に活用しているのであれば、直接雇用に変えて長期的に使うべきだという議論が当然あると思いますが、日本人材派遣協会(2001)では、派遣スタッフとして働きたいという人が、できれば正社員になりたいという人よりも多いことも明らかにしています。雇用の安定性だけを見ると、やはり直接雇用のほうがメリットがあると思いますが、他方で、派遣の人は仕事や勤務時間帯を選べたりといったメリットもあるので、派遣スタッフの中でも、必ずしも正社員になりたいという人だけではないようです。

小杉

ただ、スタッフでいたいという人はずっとスタッフでいられるけれども、社員になりたい人が社員になれない現状が問題だと思います。

佐野

比較的直用で雇い入れが可能な若い人ほど、派遣スタッフでいたい。こんなミスマッチもありますね。理由は、残業がないとか、適職探索の途中であるということもありますが、私にとって新しい発見だったのは、例えば若い女性が正社員として入ってかりにセクハラなどを受けたとしますね。そうすると、相談する場所が意外とないのです。そこで派遣であれば雇用主は別にいて、派遣会社が対等な立場で派遣先の人事担当者と話をしてくれると。メンターとまでは言いませんが、苦情処理の役割をする人たちがいて、その機能が派遣を選ぶ要因として結構大きいという傾向がありました。

リスク担保のシステムとして、女性や若い人にはとても安心感があるし、派遣会社もそういう機能は自分たちの労働需給システムとしてきちんとやるべきだという意識がもちろんある。自分たちのコーディネート機能を持っておかないと、派遣社員を使ってもらえないという営業上の意識ももちろんあろうかと思いますが。

小杉

それは本来は労働組合が果たしている機能なわけですよね。

佐野

まさにそうですね。組合があれば、その役割は組合が担うのでしょう。ただ、派遣社員の組合設立は、現実的に難しいところもありますね。

小杉

労働者を守るという機能が、今の派遣社員のいる職場にはないという現状が、そういうことになっていると。

佐野

例えば勤務先の上司がいやだとか、勤務先を変えてほしいということは、派遣社員なら派遣会社に申し出ることができます。実際に、思い通りにフレキシブルに行くかどうかは別としても、そのあたりが、特に自分のやりたい仕事がよくわからない若い人にとっては、安心感を与えるのでしょう。

小杉

ある意味では自立した労働ですね。自立のためのよりどころに派遣を選ぶんだと。

佐野

そういう意見はスタッフ本人から出ています。

佐野

派遣労働者の働きぶりや働く意欲を左右するキーマンになるのは、勤務先の社員ではなくて、派遣会社の社員ということになるんでしょうか。

佐野

そうですね。でも、派遣社員を配置している職場で、さらにその職場の管理職も派遣社員から出すと、それは請負になってしまう。例えば、コールセンターで考えたとき、テレホンアポインターは派遣、その管理職も同じ派遣先からの派遣、となると、それこそアウトソーシング、つまり請負でしょう。非正社員の中で管理職まで上がるルートが実際にあるので派遣社員の中から管理職派遣が出てくるケースもありうるわけですけれども、管理職派遣がいると形態が派遣ではなくアウトソーシングになってしまう。請負形態が派遣形態から多様化してきているケースというのは、派遣の職場が大きくなって、リーダーが出てきて、そのリーダーがやるということになると、必然的に受給システムの枠組みから外れていくということが背景にあるんでしょうね。

佐野

リーダーセット型派遣というのもありうると思いますが、そういうケースでは、請負契約にすることが多いのでしょうか。

佐野

派遣先の会社に出向するとか、派遣先の会社の契約社員になるというケースがありますが、ちょっと複雑になります。例えば、100人を派遣してその管理者がいないから、その人も派遣してくれという話になるとそれは請負になってしまう。それを避けるために今度は派遣会社が派遣先に管理職を紹介して、そこで直接雇用の年俸制の管理職になってもらって、その人にやってもらうことになるわけです。

今の派遣会社が派遺業と紹介業をセットにしないとだめだと言い始めている背景には、派遣が戦力として非常に大きくなって、しかもそこに管理職も必要になってきていて、という流れに沿った動きも背景にあると思います。

「労働市場サービス」産業の成立
佐野

民間の活力と創意を活かした労働市場サービスに関する研究会(2002)の付加価値は、「労働市場サービス産業」という概念を新たに定義づけ、求人広告、職業紹介、派遣というのを大きくひとくくりにして産業としてとらえた点です。1997年の雇用労働分野の規制緩和以降こういう業務が出てきて、かつ、労働市場・雇用が流動化していく、労働者も自己責任のもと自由に働きたいという意識が出ているのに、それらのマッチングビジネスのマーケットがどのぐらいの規模になっているのかについて、データがほとんどなかったわけです。実際に調査してそれを出そうとしたのがこの調査です。内容のほとんどは政策的な提言になっていますけれども、民間の労働需給システムの規模をきちんと把握しようとした実態調査が含まれているという点で意義は大きいと思います。

このマーケットの規模把握という問題は、実は規制緩和と相反するものになっていて、例えば派遺業のマーケットというのは毎年数字が出ているのは、許可制のもとで派遣会社が厚生労働省に売り上げを報告しているからです。つまり、許可制で報告義務があるから、毎年マーケットが把握できる。ただ今後許可制ではなくて認可制になり報告義務がなくなってくると、把握はできなくなるでしょう。規制緩和によってこういったシステムが拡大するのですが、同時にその規制緩和によってデータはどんどん把握できなくなる。行政による市場把握が、規制緩和によりできなくなるのであれば、民間団体が自主的にそれを把握し、さらに現状や課題などを整理して、自ら健全なマーケットをつくりあげるよう努力しなければならない。

求人広告、人材派遣、人材紹介の三つの業界が、そうした共通認識を持って、これからは今まで行政がやってきた部分を団体としてきちんと把握しようという発想で集まって調査した初めてのものであるわけです。紹介と広告と派遣がいわば民間受給調整業界として一つにまとまったということで非常に意義は大きいと思います。

佐野

人材関連の業種として、ほかにも、例えば業務請負の業界は入っていないのですか。

佐野

入っていないんです。

佐野

もともと派遺業に対するような規制がなかったので、マーケットの規模も把握されていないということでしょうか。

佐野

そういうことですね。ですから、今回調査の事業分類は、求人広告と職業紹介と労働者派遣ですけれども、労働需給システムという観点では職業教育のところも入ってくるし、再就職支援のようなアウトプレースメントも入ってくるし、アウトソーシングも入ってくる。今後は、そうした関連サービスの分野まで対象をどんどん広げながら、労働市場サービス、労働需給システムとしての民間の規模と内容を、継続して調査していくことが重要になってくると思います。

最近ではとくに需要が大きい中高年のリストラにかかるアウトプレースメントの市場が注目されています。しかしこれまでそのデータは、人材紹介の業界団体を経由して、職業紹介事業に含まれる売り上げとして何億円か丸まって出ていたわけですけれども、このうちアウトプレースメントのはいくらですかというようなものを詳しく聞くアンケートもこれをきっかけに進むようになってきています。毎年年末の時期になると、今年のアウトプレースメントのマーケットは何百億円という形で出るようになった。業界の問題点やメリット、デメリットというようなことをいろいろと把握するのももちろんのこと、まずはマーケットを、規制緩和が進むなかで、把握しようとしてきたというのは大きいと思います。

具体的な市場規模は、報告書内にまとめられています。すべて2000年度のデータですが、報告書によると、派遣が約1兆7000億円ですね。同様に、職業紹介が1100億円、求人広告が5800億円。これらを合計すると約2兆4000億円ぐらいのマーケットだという数字が初めて出たということです。なかでも派遣が1兆7000億円で非常に大きくなっていますけれども、これは6割から8割ぐらいが派遣スタッフ本人の給料、つまり原価が含まれていますので、数字が大きくなっています。つまり、いわゆる労働市場での需給調整の「粗利」という観点で見れば、派遣は1兆7000億円のうちの2割と考えて、約3000億円。となると、「粗利」ベースで最も大きいのは、売上が約6000億円ぐらいある求人広告となります。この結果は、雇用動向調査からみても説得的です。雇用動向調査における転職経路では、いわゆる縁故を除き、マッチング機関として考えると求人広告が最も多くて、その次に学校紹介、職安となっています。

このような形の市場把握があって、それを把握するシステムというのを民間サイドにつくることができたということと、あともう一つは、やはり民間側で出していますので、職安のマーケットの開放をかなり意識した提言になっています。市場をさらに拡大するために職安を開放して下さいという提言ですね。

この提言には明確な思想があります。そのキーワードとして報告書は「事業主体と管理主体の分離」ということを言っています。つまり、職安と民間の労働需給調整業者は同じマーケットなのにもかかわらず、職安の中に民間需給調整事業の所管担当がおかれ、そこが許可を出しているというかたちが、民間サイドとしては非常にひっかかる。管理する人と事業する人はきちんと分けるべきだという議論をしつつ、将来は職安も民営化したらいいのではないかというふうに持っていきたいという意図がこの調査にはあるようです。

職安と民間職業紹介機関
佐野

民間部門の重要性を主張するというねらいがあるのであれば、マーケットの規模ももちろん重要だと思いますが、例えば職業紹介の実績などを業界団体なりが把握して公表することも重要と思います。そうした動きはあるのでしょうか。

佐野

民間の紹介会社も、それぞれ「自社にはこんなコンサルタントがそろっていて、その実績はこう」という形で出す。さらに、紹介コンサルタント、これはじゃあ、どういう人たちなのか、という質的な情報も合わせて出すべきでしょう。しかし、これは将来的な課題となっています。

職安は、公的機関なので職員に役職がついていて一定の基準がありますが、民間の場合は新しくできたばかりなので、そこの基準がない。実績を出そうとしても、コンサルタント個人の力量による部分が大きいにもかかわらず資格制度がないのでアピールが難しいし、会社の求人情報の量によるところも大きいのですが、求人情報をアピールしようとしてもネット上などで公開してしまえば情報をとられてしまいます。

したがって、職安のマーケットを代替機関として引き受けようと企図するためには、もっときちんと体制を整え、情報も公開し、民間の資格制度をつくってからだというのが本筋でしょう。これも議論の中で出ているのですが、規制緩和論議が活発なために、とりあえず開放しろというふうに言わざるをえないのかもしれません。

佐野

将来的には実績も把握しようという方向性に立った上での、まずは把握できる部分について継続的に出していこうという形ですね。

佐野

将来的にはコンサルタントの資格化であるとか、あるいは実績の内容であるとか、そういったところまで民間側からどんどん出していく必要はあると思いますが、まだまだ難しい点は多いようです。

佐野

民間の職業紹介と職安というのはある程度すみ分けができながら併存していくのか、かなりの程度競合していくのか、今後はどうなのでしょう。

佐野

すみ分けはどこで切るかというのがとても難しい。例えば、官は就職弱者で高齢者と女性とか若年に限る、とすみ分けたとします。そうなると、民は民でマーケットを高額所得者に限る。営利団体とすれば、付加価値の高い高額所得者にシフトするのは当然でしょう。私はよく「2:6:2の原則」でたとえるのですが、とすると、下位の弱者層(2)と上位層向け(2)のサービスはある程度充実していくけれども、間の6が抜けてしまう、でも実は間の6、つまり中間層の需給調整というのは、国民経済にとって最も影響が大きいと思うんです。今の流れでは、間の部分のところについてはインターネットで情報を提供して、自己責任で「ある意味自由に」やっていただこうというふうな発想はありますけれども、実はそこのキャリア支援、キャリア形成のためのコンサルティングであるとかいう教育的な部分をきっちりとやっていくという意味では、公共部門の意義というのはとても大きいと思います。職安は弱者に対してフォーカスするという役割とともに、何でもやるという点でとても重要で、全部やっているという枠組みを外してしまうということはかなり危険だろうと。そういう意味で労働市場システムというのは、公的な部分はもっと残したほうがいいと思います。労働需給システムというのはどうしても経済政策的な側面と福祉政策的側面が合体しているものですから、そういう性格のインフラである以上、やはりどこかが全部やるというのを残しておかないと、将来構造的な問題を引き起こすのではないかと思いますね。

小杉

そうですね。その部分が、今やっと動き始めた、日本の中の官の部分がやっと動き始めたということですね。民の部分はそれこそまだ、今のところお金にならない部分ですからね。

佐野

真ん中の部分、6は規模として大きいわけなので、そこで何とかもうけられるような仕組み、ビジネスモデルのようなものができれば、民間の部門も真ん中の人たちをターゲットにするような動きというのはあるのかなと思うのですが。

佐野

ある程度は出ていて、真ん中の6をマッチングするビジネスモデルとしては、いまのところインターネットによるシステムというのが主流です。とすると、またこれも官と民の対立になってしまうのですが、間の6のところを、民間が民間らしく、インターネットを使ってビジネスモデルを構築できるのに、何で国でやるんだという話が出ているのも事実です。つまり、民間が間の6向けにインターネットを使ったビジネスモデルを構築してきているのに、その部分を行政が行うのは民業圧迫ではないか、小泉首相の「民でできることは民でする」という精神に反するのではないか。もちろん他方で、行政システムの情報化も重要です。この両者の議論か錯綜している。官民における、そこの議論というのはなかなか進展しない。

佐野

では、すみ分けはまだ流動的ということですね。

佐野

そう言っていいでしょうね。でも、先ほど小杉さんがおっしゃったとおり、どこかがマーケットすべてを俯瞰し、上位層も下位層も中間層もすべてやる。ILO条約の考え方を踏まえ、一国の労働市場を常に全体を鳥瞰できるようなシステムとして持っておくということはやはり必要だと思います。

小杉

全体を見ての調整というのはどこかでしなければならない。そういう意味で、完全に切り分けて、すみ分けるというのはちょっと無理だと思いますね。

〔文献リスト〕多様な働き方

(1)多様な働き方を取り巻く環境

  1. 連合総合生活開発研究所(2003)『雇用管理の現状と新たな働き方の可能性に関する調査研究報告書』
  2. ニッセイ基礎研究所(2002)『多様で柔軟な働き方を選択できる雇用システムのあり方に関する研究会報告書』

(2)非典型の多様な働き方の実態

  1. 日本労働研究機構+連合総合生活開発研究所(2001)『多様な就業形態の組合せと労使関係に関する調査研究報告書』
  2. 東京都産業労働局(2002a)『パート労働者の人材開発と活用』
  3. 21世紀職業財団(2003)『パートタイム労働者の均衡処遇と経営パフォーマンスに係る調査研究会報告書』
  4. (社)日本人材派遣協会登録型派遣労働者実態調査委員会(2001)『登録型派遣労働者の就労実態と就労意識』
  5. 民間の活力と創意を活かした労働市場サービスに関する研究会(2002)『労働市場サービス産業の活性化のための提言』

参考

  1. 東京都産業労働局(2003)『短時間勤務正社員制度の可能性についての調査報告書』
  2. 東京大学社会科学研究所(2003)『第1回生産現場における構内請負の活用に関する調査』SSJ Data Archive Research Paper Series-24 March 2003
  3. 東京都産業労働局(2002b)『フリーターは日本の人材育成を損なうか』

Ⅱ 多様なキャリア

(1)若年期のキャリア──学校から職業へのトランジッション

小杉

多様なキャリアという話で大きく二つに分けたいと思います。一つが若年期のキャリアということで、学校から職業へのトランジッションのプロセスの変化です。これまであった日本型の職業への移行プロセスが大きく崩れて、それが若年期のキャリアの多様化につながっている。それに焦点を当てた研究。それからもう一つが、中高年での企業を超えたキャリアの展開です。失業・転職を経験するキャリアの実態、一般化、キャリア形成上の問題といった視点からの調査研究です。

論文紹介(小杉)

日本労働研究機構『大都市若者の就業行動と意識─広がるフリーター経験と共感』

まず、学校から職への移行の研究ということでは、やはりJILでやってきた調査を一つ紹介させていただきたい。これは東京都在住の若者を現地抽出法というサンプリングをして、フリーター1000人、非フリーター1000人の両方をとって、若者全体の中でフリーターがどういう位置づけになっているかを調べた調査です。

フリーターだけに焦点を当てるのではなく、全体の中でのフリーターということで調査していますので、結果として出てくるのはまず、若者の中のフリーター経験者はどのくらいいるかということです。ある一時点を区切ってのフリーターの動向については「就業構造基本調査」なり何なりでデータがとれますが、キャリアの中でいったんはフリーターになって、そこからやめたような人を把握するためにはこういう調査をやらなければならない。その結果によると東京都の若者では、3分の1がフリーターを経験したことがあることがわかります。

それから、意識の上でのフリーターヘの共感度を測ると、6~7割がフリーターに対してはかなり強い共感を持っている。フリーターをするのも、やりたいことを探すにはいいことではないかという感触を持っているということで、若者にとってフリーターというのが、誰でも経験するごく普通のこと、それはそれで理解できるという状況になっているという点で、調査が行われた2001年時点で世間的にはまだまだフリーターが認知されていなかったことを考えると、驚きでした。

それから、この調査は、フリーターになる経路からやめて出ていくまでのプロセスを全体と捉えているところが他のフリーター調査とは違う特異な点だと思うのですが、まず、フリーターヘの経路を見ると、正社員経験ありが3分の1程度で3分の2は正社員経験がありません。

フリーター選択理由としては、適職探索が大きく、その他では自由な働き方だということです。ただ、適職探索という理由で入ったにもかかわらず、結果として有効であったという回答はせいぜい2割程度です。本人の意図、やりたいこと探し、適職探索をしたいという意図と、実態として経験できることというのは違うことであるという指摘があります。正社員と非正社員であるフリーターの間の格差の大きさも強く意識されており、実際、正社員になろうとした最も大きなきっかけはフリーターが損だという認識からです。つまり適職探索が終わったからフリーターから出るという人は実際には非常に少ない。

フリーターから正社員への移行ですが、大体6割がフリーターから正社員になろうとして、その中のさらに6割が正社員になれています。いったんフリーターになった人も4割方は正社員に変わっている。非労働力化する人なども入れますと、6割方はフリ-ターのままではいないという結果が出ています。意識の上でも一時的な状況としてのフリーターと考えている人が多く、少なくとも3年後はフリーターでいいと思っている人は男性で5%、女性で3%と非常に少ない。ただフリーターからの離脱が現実にどのぐらい進んでいるかというのを「就業構造基本調査」を使って分析すると、だんだん後ろ倒しになっている状況があります。

日本労働研究機構(大卒者の職業への移行国際比較研究会)『高等教育と職業に関する日欧比較調査』『日欧の大学と職業』

「高等教育から職業への移行」と高等教育制度・機関、労働市場の特質、個々人の社会的属性との関係を分析し、その関係の、日本とヨーロッパ諸国との共通性と差異性を検討し、日本の移行の問題点を考えることを目的とした調査で、1998年12月から1999年2月にかけてアンケートを行いました。日本では全国の4年制国公私立大学の45校の1995年卒業者1万1945名を対象に調査票を送付し、3421票を回収しています。またヨーロッパでは、ウルリッヒ・タイヒラー(Ulrich Teichler)教授(ドイツ・カッセル大学)をプロジェクトコーディネーターとする研究者チームにより、オーストリア、チェコ、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、オランダ、イギリスの11カ国で実施され、合計約3万票を回収しています。調査時期および調査対象者は日本調査とほぼ同一です。

日本調査によると、大学卒業直後に正社員として就職せず、無業や非正規雇用者となる者は男性で17%、女性で25%でした、無業や非正規雇用者は、芸術系、教育系、人文科学系等の学部卒業者に多く、地域は北海道・東北など経済状況の厳しい地域で、また、私立の入学難易度の比較的低い大学で多いといえます。一方、個人の行動として就職活動の積極性や大学の就職サービスなどの活用レベルも影響を与えていました。しかし、欧州諸国に比べれば卒業直後に正社員になる比率は圧倒的に高いものでした。また卒業4年目の調査時点では、卒業当初無業や非正規雇用だった者でも男性で6割、女性で5割が正規雇用に移行しています。非正規や無業から正社員に移行する状況にも学部による違いがあります。移行が遅いのは、芸術系や人文科学系(男女)、教育系の女性などでした。

欧州諸国の結果を見ると、卒業4年目には「期限のないフルタイム雇用者」が男性の6割、女性の4割まで増加していますが、「パートタイムまたは有期限雇用者」は欧州のほうがずっと多くなっています。ただし、その内容が日本とは異なっており、欧州では「パートタイムまたは有期限雇用者」は、男女ともフルタイム雇用者以上に専門職に集中し、特に教育や保健医療・福祉の分野、公務部門に多くなっています。フルタイム雇用者との総年収や労働時間の差も欧州では小さく、このほか、現在の仕事と学歴との適合観についても欧州ではフルタイム雇用者との差が見られませんでした。

これらの結果から、わが国の大卒の非正規雇用者や無業者について次の問題点が指摘されます。第1は、欧州の専門職の移行プロセスでの無業・非正規に比べて、わが国の事務や販売職からスタートするキャリアでの無業・非正規雇用の問題は大きいこと。第2は、わが国では、正社員就職しなければ、職業能力獲得のチャンスが少ないこと。事務や販売職から始まる日本の大卒ホワイトカラーでは、職場主導の能力開発が大きな役割を果たし、大学の専門教育は職業能力と直結することを求められてこなかったこと。第3には、無業や非正規雇用になる背景には、大学属性レベルの要因と個人の行動レベルの要因がありましたが、労働力需要と対応しない教育を見直す必要があるでしょうし、就業体験など個人行動レベルを高める支援も重要でしょう。第4には、非正規雇用の質の問題で、収入にしろ労働時間にしろ、わが国の「期限のないフルタイム雇用」と「パートタイムまたは有期限雇用」との間には大きな差がありました。欧州でのこの差はいずれも小さく、若い時期に「パートタイムまたは有期限雇用」に就くことの意味が大きく異っていることがわかります。

討論

広がるフリーター
小杉

フリーターの年齢層が高くなっている傾向がみられることから、フリーターからなかなか抜けられなくなっていると考えられます。フリーターは一時的な状態で、適職探索期間として有効なら問題はないともいえますが、実態を見るとだんだん抜けられなくなっている。特に、女性と、フリーターになってから年月がたつ人は抜けられない。

佐野

学校を出ていきなりフリーターになると抜けられないといった傾向はあるのでしょうか。例えば、正社員を経験していないフリーター、学卒後そのままフリーターになってしまう人のほうが「なかなか抜けられない」という傾向はありますか。

小杉

調査結果ではそれは出てこなかったんです。前職の経験が生きるとか、あるいは学校に通うなど何らかの形で能力形成をしたとか、そういう要素はフリーターを抜けることに関係があるのではないかと思って調査項目に入れていますが、結果としては出てきていません。フリーターを抜けるか抜けないかというのを、多変量解析でやってみているんですが、関係が見られたのは、性別とフリーターになってからの期間です。若干関係があるのが、フリーターになってからの経験職種で、清掃や建設現場の仕事をしていると、フリーターから抜けている確率が高いという結果が出ています。

佐野

それは、抜ける先が身近にあるからということですか。清掃とか建設現場というと、フリーターではないけれども、非正規の契約社員だったり、日雇い労慟だったり。

小杉

男性の場合には、結婚のためという理由もフリーターから抜けているかどうかに関係があったんです。これと合わせて考えると、どうしても稼がなければならない状況になったときに抜け出るんだろうと推測しています。つまり建設労働などは日銭である程度の賃金を稼がなければならないという状況になったときに選択します。フリーターの中でも、低賃金でも少し楽な仕事ではなく、ハードでもとにかく金を稼がなければならないという状況になったときに選択するのが肉体労働的な仕事ではないか。

佐野

つまり生活のコストがかさんでくると、ということですね。

小杉

何らかの形で、彼らが今稼いでいる賃金では生活ができなくなった。そのときにたぶん彼らの意識の問題としてフリ一夕一に見切りをつけるのではないかというのが、私たちの一つの解釈です。

佐野

それでも、抜けられない人がいて……。問題はそこですね。

小杉

そうです。フリーターを抜けるのは、なかなかチャンスがないというのと、本人の意識の問題として、最後の一歩が超えられない。フリーターであることは、ある程度社会との距離を置いた自分自身の世界の中の気楽さとか自由さとか、そういう社会的責任を負うことからの逃避なんです。本人にとってみれば、がんじがらめになってしまう社会に入る、その一歩を超えられるかどうか、そこのところは心理的要因も結構あるのではないか。そういう分析をしています。

佐野

その一方、いわゆる「夢追い型」はやはり多いのですか。「フリーターから抜け出る」確率として、夢追い型の場合はどうなんでしょうか。

小杉

夢追い型のフリーターは15%ぐらいで、このタイプはなかなか抜けません。夢で一番多いのは、バンドとダンスですね。あとは芸術。ある意味では常に世の中に存在しているタイプの生き方だと思いますが、最近は彼らの夢をかきたてて、それで食べている業界があるのが問題で、フリーター拡大の一因ともなっているように思います。

佐野

世の中では夢追いというとかなり肯定的に受け止められる。夢追いというだけで、やはりフリーターは悪くないとか、イメージも悪くないというところなど、ある意味つくられた部分というのがどこかにあるように思います。

小杉

そういうつくられた部分はもちろんあります。それから今、進路指導の中でも、職業的自己実現が第一の価値になっていますから、そういうやりたいこと志向にどんどん若い人たちを追いやっているところがあります。

佐野

背景にゆとり教育がある、という指摘が一方でありますが、フリーターとそれとの関係はどうなっているのでしょうか。

小杉

ゆとり教育をしなければならない背景はもちろんあって、学校を卒業しただけでは簡単に就職できない状況の中で、いくら頑張っても、やってもしようがないだろうというふうにしないためにどうしたらいいか。それは、あなたの夢のために頑張りなさいというロジックを使うしかないのです。

佐野

それは、教育としてはネガティブな方向転換に感じられませんか。提示するのは夢ぐらいしかないという感じで。

小杉

ただ、その夢を提示するというのは、ある意味では本来の進路指導と言われている部分で、自分自身で自分のキャリアはつくる、自分のキャリアゴールは自分で考える、そういう本来の進路指導に今立ち返っているという状態なんですね。その中で、夢は持たなければいけないというプレッシャーに多くの若者が置かれています。

佐野

「自分の夢」を自らイメージするのは、非常に難しい。私でも無理です。その点、たしかに芸能関係だとテレビの情報とか、夢につながる情報は多いですよね。テレビで頻繁に企画されている「タレントを素人から発掘するオーディション番組」などその典型でしょうか。

小杉

そうなんです。それで、目につきやすい、かつ自己実現的な方向性の見えるものに憧れていってしまう。

職業教育・就職支援
小杉

今、フリーター問題の議論の中で言われているのは、在学中にさまざまな職業についてのさわりやすい、見やすい情報を提供して、インターンシップ、その他、ネットを通じての情報なども含めて、本人の現実とのインタラクションの中で夢をつむげるようにしなければいけないと。

佐野

現状では、そのインターンシップの効果を疑問視する意見もありますが。

小杉

数日間職場を体験するタイプばかりでなく、社会の最前線で活躍している人たちに会わせるプログラムとか、さまざまな体験を通じて現実社会との接点を広げる動きはあるのですが……。

佐野

例えば、職業意識をしっかりと持つような教育をするというのは大事だと思うんですが、実際として正社員の雇用機会が限られているなかでそういうことをやると、結果として優秀なフリーターが増えるということにとどまる可能性もありますね。むしろ、正社員でなくても長期的に家計を支えられるような仕組みや、賃金水準を社会として確保することが重要とも思うのですが。

佐野

つまり多様化していくのではないかと。

小杉

多様化ですね。それには一方で、フリーター市場のほうの整備もしなければならない。両方、動き始めたのではないかと思います。今、高校生に対しては、現実的な認識を持てるよう、例えば、現状ではフリーターはどういう不利があるかを教える。その一方で、労働市場のほうでは、非正規社員をきちんと評価するシステムをつくることが重要だという認識は生まれていると思います。非正社員で身につけた職業能力を評価できる、あるいは目標としてわかりやすく提示できる入門的な職業資格といったものを整備するとか、非正社員からスタートしてもキャリア形成ができるような相談や能力開発の機会を提供するとか、非正規雇用の均等待遇の問題への注目とかはあるのではないかと思います。

ただ、他方、現在の高校への求人の激減といった事態とこれまで学校がやってきた進路指導とが合わなくなっているという現実の中で、学校進路指導のほうがやはり今の労働市場の状況に合わせるしかないのではないか。出口指導で就職斡旋ができればOKだったものが、それが難しくなったとき、あらためて、自分の責任で職業選択ができる生徒を育てることが重要になってきた。そうした自分でキャリア設計ができる自立した人間というのは、今産業界でも必要だといわれますが、それが高校現場にまでおりてきています。そうした状況の中でインターンシップとか職業教育ということが言われるようになっていると思います。

佐野

そういう環境にいると、フリーターというのは自立した雰囲気があるので、若者たちの中で共感されると。

小杉

そうですね。フリーターになる高校生の意識というのを調べてみると、一方でやりたいこと志向というような自己実現志向もあるんですが、もうー方であるのは、やはり自由で気楽でいたい、楽でいたいという志向で、このセットなんですね。後者については、社会として彼らには大人になってもらわなければならないわけですから、こちらについてはきちんとトレーニングして、大人としての役割を引き受けてもらわなければならない。これは今から学校教育の中で強化しなければならないことだと思います。

佐野

学校から職業に移行するときに、もうちょっと細かく具体的な目標を提示してやったほうがいいのではないですか。

小杉

長期にわたって本人の相談に乗って、キャリアの方向性についてサポートしていく、いわゆるカウンセリングとか相談という機能が重要だといわれています。相談機能に、訓練機会の提供、職業紹介までふくめたワンストップセンター化も若者ではとくに重要だといいます。

また、無業の若者には精神的な問題をかなり引きずってくる人も多くなっているかもしれない。現状で、正社員にうまく入れないで、かつ、学校を離れてしまうと社会的ネットワークから孤立していってしまうんですね。就職するというのは、収入とか、職業能力形成だけでなく、アイデンティティの確立という側面でも重要でしょう。自立した一人前の大人になるプロセスがこれまでとは異なってきているわけで、ホリスティックな支援がいるのでしょう。どんな支援が必要で、また有効なのか、これからの調査課題になりますね。

佐野

「恐らくこんな支援体制になるのでは?」というイメージみたいなものはあるんですか。

小杉

昨年の段階で、支援機関にインタビューして調査しているんですが、今のところ官でやっている部分を、現実のところうまく活用しているのは、高学歴者なんですね。高校中退者のような実は支援が必要だと思われる人はあまり来ていません。そういう状況で、こういう人たちに接触を持ってサポートしているのは誰かというと、それはむしろNPOでした。多様な対象をさまざまな連携で支えるというのが想定しているモデルです。

大卒のトランジッション
小杉

日本労働研究機構(大卒者の職業への移行国際比較研究会)(2001)は大卒のトランジッションについての国際比較調査です。大卒には高卒とはまた違った特有の問題があります。ヨーロッパ型では、大学を卒業して、しばらく職に就かないのはごく普通のことですが、日本の大学は企業内キャリア=サラリーマンヘの入り口としての機能を持つため、そこでトランジッションがうまくいかなくなってしまうとすごく大きな問題だということを指摘しています。ヨーロッパ型のような専門職教育から専門職への移行のプロセスでの無業状態と、大学を出て、企業内キャリアの入り口に立てないでいるのとでは全く話が違って、日本の問題は大きいということを指摘したのがこれです。

佐野

新規一括採用が体制として一部残っているときに就職しそびれてしまうと、本流から離れてしまうということですね。

小杉

そうですね。一斉一括に乗れなくなってしまったときに、ほかの入り口がない。

佐野

実は職業教育というのが、何か労働需給システムという「一つのかたち」に縛られているところがあるんじゃないかという気がしているのですが。つまり、とりあえず学卒時に職業紹介などの労働需給システムを設けてやればそれで一安心……と、行政や学校など若年層をケアする側が新たに紹介システム等を教育の中へ導入することで自己満足してしまうような傾向はありませんか。

小杉

需給システムの話もやはり避けては通れないのではないかと思います。これまでの教育は、むしろその需給システムを中に抱え込んでいた面があるわけですが、その抱え込んでいた部分が質的に変化を遂げて、使えなくなっている。そこでやはり出口のところを何とかしなければならないというふうな発想はどうしても出てきますね。同時に、問題なのは教育内容そのもので、すなわち、教育内容に労働市場の需要についてのセンスを盛り込まない教育システムで済んでしまっていた。基礎だけあればいいと言われ続けて、それでよかった。それがそうではないという時代になっているのが今だと思います。労働市場からの需要についての反応を全くしない教育というのは、やはりまずい。マッチングの部分も一つの要素だと思うし、また、もっと根本的なところで、教育してどういう人を育てようとしているのかという問題があると思います。

佐野

需給システム導入整備という制度のかたちより、職業教育内容そのものの問題が非常に重要ですね。

小杉

人格の陶冶とかいう話だけではなくて、実はそこには職業人といいますか、社会の中の一人前の大人として、社会を支えるだけの能力と意識を持った大人をつくらなければならない。その部分についてのコンセンサスがないんです。それが、職業教育という言い方になってしまっているので、ごく一部の特別な人の話だと思われてしまう。教育が本来持つべきである、次の世代を担う若い人たちをつくるというところで、あえて産業とか職業とかいう世界とのリンクを断ち切ってきたのが、これまでの日本の教育なんですね。だから、そこではやはりマッチングの話も同時に出てきてしまう。ただ、今はたしかに大学のやっているマッチングのサポートは……。

佐野

労働市場サービスの事業者、プロ、その道の専門家から見ると、学校に導入整備されている需給システムが、一般のシステムに比べて、何というか、非常に画一的で、労働市場に対して閉じたもののように感じてしまうという話をよく聞きます。労働需給システムという観点では、中高年を扱っても、高齢者を扱っても、若年層を扱っても、基本は同じはずなのですが、そのうち若年層とりわけ新卒者を扱うシステムは、もちろん仕事の経験のない学生や生徒たちが対象で、かつシステム自体インターネット等情報技術の導入割合が高いこともあるのでしょうが、どうしても他と比べて形式的なシステムになっているように感じるんです。

小杉

たしかに、その部分は、たぶんある範囲で外のサービスを買うことになってくるのではないかと思うんですよ。

佐野

先ほどの議論で出てきたような「情報技術等を最大限に援用した、労働市場サービスの新たなマッチングビジネスモデル」を外部業者から購入してきて、そのまま教育プログラムの一部に無理矢理はめ込んでしまう、といった感じでしょうか。いわばこの場合、そのビジネスモデルが教育の重要な一部になるわけですから、はめ込んでそれで終わり、ということではいけませんよね。以降頻繁に、特に教育を担っている先生たちが、その導入モデルがうまく動いているかどうか、労働市場の動向と生徒の行動変容の双方をにらみながらチェックし続けていくべきでしょう。

小杉

しかし、今、産業や職業とのつながりの中で大学のあり方を考えているのは、就職指導をしてきた大学職員の方々なんですよね。職員レベルの動きはかなり大きいのですが、教育の部分はほとんど動いていない。ここが問題の大きなところでしょう。一方で、ヨーロッパとの対比の中で言えることは、労働市場のニーズは、日本の企業社会がどう変わってくるかというのとすごく関係があると思うんですけれども、ヨーロッパ型の専門職教育、専門職という対応とはやはり同じにはならないでしょう。変化しつつある日本の企業社会の人材需要をどう読み大学教育の職業性といったものにどうつなげていくか、今、大きな課題のはずなんですけれども、それが大学教育の中でほとんど議論されないというところが問題だと思います。

(2)企業を超えたキャリア形成

論文紹介(小杉)

日本労働研究機構『失業構造の研究』

失業者と一口にいっても再就職困難な人もいれば比較的容易な人もいるという、最近の多様化した失業構造の実態を、年齢・職種による差異を中心として分析することを目的とした調査です。報告書は三つの調査をもとにして書かれています。三つの調査とは、まず、全国の公共職業安定所18所に来所した求職者7219名から回答を得た「求職者調査」、公共職業安定所20所に来所した求人企業、就職情報誌の首都圏求人側に掲載した企業3万469社を対象とし、1万1509社の回答があった「求人調査」で、この二つは1998年9月から1999年5月までに実施されました。もう一つは「求人の年齢制限調査」でこちらは公共職業安定所21所に求人を依頼した企業9073社を対象とし、うち3598社から回答のあったもの。実施時期は1999年11月です。

求職者調査では、再就職の成功したものは40歳代、50歳代に多いこと、社会的に職種別賃金が確立されている職権や専門的・技術的職種に就いていたものに多いこと、また、再就職にあたって年齢が高いほど年収の減少が著しいが、技術職や専門職、職種別賃金が確立されている職種に就いていたものでは年収が減少しなかったものの比率が高いこと、さらに、再就職にあたって同職種間移動をした場合の年収減少が小さいことが指摘されています。

求人調査からは、充足させたかった職種は「営業販売」「ソフト技術者」が多く、営業販売が充足しなかった理由は「やる気のある求職者や社風に合う人柄の求職者がいなかった」が多い。またソフト技術者などの専門・技術職では「職業能力や経験が条件に合わなかった」が多いことが指摘されています。

求人の年齢制限調査では、年齢制限を設けた企業が9割を占め、上限年齢は平均で41.1歳となり「企画・広報・編集」の32.4歳から、「警備・保全・守衛」の58.6歳と職種別の違いが大きくなっています。年齢制限を設ける理由は職種別で異なり、管理職や技術職を中心とするホワイトカラーでは賃金が高く人件費がかかることが挙げられます。対照的に現業関連職種では体力的に対応できないという理由が多くなっています。今後年齢制限を廃止する可能性については、「すべての職種で撤廃する可能性がない」が43.4%と最も多いものの、「職種によっては撤廃の可能性がある」という回答も34.6%を占めています。撤廃する可能性が相対的に高いのは、管理職、財務経理、営業職です。

こうした結果を吟味すると、まず、求人と求職のミスマッチ問題は、職業能力、賃金、年齢制限の3大ギャップ、さらに求人側の過度な「やる気・人柄」重視の行動によってもたらされていることが指摘されます。ミスマッチ解消のためにはまず、職業紹介における情報のデジタル化、訓練ニーズの高い求職者への機会の提供、仕事別の賃金基準の導入によって移動の障壁を低くすることと同時に、年齢制限については社会的規制を導入すること、の必要性が説かれ、さらに、現状の雇用・失業対策の施策を検討し、今後の展望として、個人を対象として職業能力開発の強化・拡充、ホワイトカラーの資格制度の拡充、年齢制限の廃止を努力義務規定にするなど人材の円滑な移動を促進する政策をより強力に進めることを求めています。

日本労働研究機構『第1回勤労生活に関する調査─勤労意識と失業』

勤労生活の実態把握のため、その基本線、つまり労働による自己実現、勤労観、勤労と他の生活領域との関係、勤労を中核とする制度やルールについての意識などを、時系列調査によって明らかにし、その評価を行うとともに政策立案の基礎データを得ることを目的とした調査で、10年程度という中期的視野に立って、変化を捉えようとしたものです。全国の20歳以上の男女4000人を対象に1999年から毎年行ってきた調査で、表題で取り上げているのは第1回の取りまとめで、この調査の上記の課題が明らかにされています。

これまでに、3回の調査が行われ、報告書も3冊が出ています。ここまでの調査結果から見えてきたのは、働き方が大きく変貌を遂げつつあるなかで、勤労意識は「自律した能力開発によるキャリア形成志向」へ向かっているということです。

「組織や企業にたよらず自分で能力を磨いて自分で道を切り開いていくべきだ」とする回答は3年連続で増加しており、成果重視の実績主義への目覚めとともに、自分の能力は自分で磨くことへの関心が高まっていることがわかります。そして、従来のホワイトカラー型の働き方だけでなく、専門性の強い職業や職人、農業といった仕事にも積極的な評価が集まっています。失業についても前向きに捉える人が増加しており、「失業はキャリアのやり直し」と考える人は58.0%から62.8%に増えています。しかし他方で、日本型雇用慣行への期待も依然として高く、「会社や職場への一体感を持つことについて」の評価も3年連続で増加しています。また「一つの企業に定年まで勤める日本的な終身雇用について」の評価は上下しています。

まだ3年間の観察ですが、企業を超えたキャリアの展開が広がるなかで、勤労意識にも変化が出てきたことがうかがわれます。

中馬宏之監修/キャプラン研究会編『中高年再就職事例研究 成功・失敗100事例の要因分析から学ぶ』

これは、人材紹介会社を中心に16社の人事担当者等で形成した勉強会が行った再就職に関する実践的事例研究の成果です。ボリュームの中心は、大企業から中小企業・新興企業への再就職ケース、成功事例50・失敗事例50を取り上げた、再就職の成功のための要因を分析した第2部ですが、第1部では、再就職支援のあり方についての分析がされています。

個々の再就職事例から企業を超えたキャリア形成はどういうポイントを押さえればうまくいき定着につながるかを指摘し、また、キャリア形成をサポートするサービスの問題点を分析しています。

再就職が定着にいたるか不調に終わるかを分ける要因は、まずメイン要因とサブ要因に分かれ、メインの要因としては、第1は、本人要因で、Aキャリア要因(知識・経験・専門性・仕事の進め方)、B人物要因(性格・能力・行動パターン)、Cその他要因(意識・姿勢・事情)に分かれます。第2は受け入れ会社要因で、D受け入れ会社要因(社長・組織・体制・風土)です。サブ要因は、その他の要因で、これには、E出身会社要因(職務開発室・制度)、F人材会社要因、Gその他要因があります。この枠組みに沿って、定着のためのキャリア要因としては例えば「経験が先方のニーズにぴたり」といった要件が一覧で示されています。キャリア支援の実践者のための研究といえます。

これに対して第1部は再就職支援組織のありかたを、民間再就職支援企業、(準)公的な再就職支援機関、再就職・創業支援NPO法人からの聞き取りをもとに論じています。ここでの指摘は、[1]こうした組織機能は、基本的には、求職者の個人情報を収集し、労働市場の実態等をアドバイスし、さらに不安定な状態の求職者の相談役となるキャリアカウンセラーと、求人開拓を担当し、求人情報を収集するコンサルタントの二つの側面を持つこと、[2]両者は利益相反性があるが、民間再就職支援企業では、価格メカニズムを活用した巧妙な仕組みで(例えば、カウンセラー側が求職者の難易度に応じてコンサルタントにプレミアムを支払うなど)があり、これが効率性を高めていること、[3](準)公的機関ではこうした仕組みがなく「求職者の希望・適性に近い良好で安定的なマッチング」という目的が見失われがちなこと、などです。さらに本来の目的に沿って各機関の連携が必要だと指摘しています。

討論

小杉

企業を超えたキャリア形成という視点から失業、転職を捉えた調査研究を取り上げてみました。まず、日本労働研究機構(2001b)は、労働移動の過程として失業を捉え、求人・求職の双方に対しての大規模な実態調査と移動障壁としての年齢制限を焦点にした調査を行っています。

移動がスムーズに進まないのは、求人と求職の間にミスマッチがあるからと捉え、年齢別・職業別に求人・求職の関係を分析した結果、職業能力、賃金、年齢制限が3大ギャップだと指摘しています。新しい発見ではありませんが、実証的な分析で対応すべきミスマッチの焦点を指摘していると思います。産業構造変化に伴う失業では、職業能力開発が重要だという指摘はもっともで、「訓練のための訓練」とならないために、求職者の訓練ニーズと市場ニーズとの対応の必要性が指摘されていますが、これをどう実現できるか、また、訓練の成果をどう評価するかは、政策的には難しいところでしょう。『勤労生活に関する調査』は、大きな雇用の変動が起きているこの時期に長期的視野で勤労者意識の調査を実施するという着眼がいいですね。長期的に同じ枠組みの調査が続けられれば、時代の変わり目を捉える調査となることが期待されます。調査項目も10年もつことを念頭にしっかり吟味されています。

佐野

日本労働研究機構(2003a)の調査結果によれば、個人の側の意識も「自律した能力開発によるキャリア形成志向」の比重が高まるなど、変化してきているようですね。しかし、日本労働研究機構(2001b)の調査結果にもあるように、採用できる人が不足している職種がある一方で、職業能力などを理由に就職に成功しない人が少なくないということは、そうした志向をうまく職業訓練であるとか円滑な転職に反映させるような制度的な仕組みがまだ不十分ということなのでしょうか。

小杉

今後は中馬宏之監修/キャプラン研究会編(2003)の「中高年再就職事例」にあるような事例研究を踏まえた新たなフレームワークづくりが必要だと思います。近年、民間のキャリア形成支援が活発になり、心理学的アプローチを含む方法論が議論されているなかで、こうした調査研究がいくつか出てきていますが、これも労働調査の一環として視野に入れておくべきでしょう。この研究の特徴は第1部で、再就職支援における目的合理的、かつ、効率的仕組みを全体として考える視点が優れています。

私もかかわったのですが、機構で昨年度、若者就業支援組織を対象に公的部門から、民間、NPOまで含めてヒアリング調査を行いました。支援のあり方を考えるためには、まず、実態のヒアリングから始めることが大事なのではないかと考えています。

佐野

中馬宏之監修/キャプラン研究会編(2003)の中高年斡旋のケーススタディは非常にわかりやすく問題点が整理されていて、とても貴重だと思います。その報告書にもありますが、中高年斡旋における現場の問題としては、これは雇用主側、とくに中小企業経営者の言い分なのですが、実際に採用する際、求職者に求めるのは、「やる気」だけで、むしろ本人がこれまでどのようなキャリアを築いてきたとか、具体的にどのような仕事をしていきたいかというような意識はかえって邪魔だといいます。言い換えれば、キャリアや経験、資格やプライドすべてを捨てて、退路を断って来てくれないと定着しない。過去を引きずったままでは、新しい仕事で成果を上げることはできない。キャリア・コンサルタントやコーディネーターが間に入り、キャリアの棚卸しをすることで、逆に棚卸しされたキャリアが明確になって、それに固執してしまうケ一スも出ている。コンサルティングによって、かえって円滑なマッチングが妨げられているというのです。

小杉

それは雇用主側の都合で、個人にとっては違うでしょう。個人にとっては、やはりそういった相談を通じて納得しながら次のキャリアを決めていくことが大事ではないですか。

佐野

もちろん、そうです。ただ実際のマッチングの現場では、キャリアコンサルティングが効果を上げているとはまだまだ言い難い状況です。これは特に、大企業が送り出し側となり、ホワイトカラーを中小企業に送り出すケースではさらなる調査研究が必要だと思います。実際に受け入れ側の中小企業では過去のキャリアや経験ではなく、純粋な「やる気」だけを求める傾向が強い。いや、キャリアや経験は必要条件で、十分条件として「能力と実績のある人が、それらをすべて裸一貫、新たな仕事に飛び込んでいく気持ちの持ち方」が重要になるようです、マッチング後の定着が問題となる現場では、常々こうした問題意識があります。

小杉

企業側の「雇ってやったのだから、それでいいだろう」という理屈は違うと思います。組合機能の低下した昨今、労働者はひとりぼっちになってしまっていて、求職活動においても非常に弱い立場にあるのが現状です。ここを公的機関がどのようにフォローしていくのかが今後の政策課題でしょう。

佐野

ただ「やる気」だけでいいといっても、とくにある程度重要な仕事やポジションを想定して人を採用する際には、企業側はそれに応じたスキルを求めてきますよね。佐野先生のおっしゃるように経験や技能については必要最低限身につけている人材の中から採用者を選抜する段階になって、最後は「やる気」というような要素が重要な基準になってくるのだと思います。ですから、労働者個々人が「キャリア形成」への意識を持つことは、今後も重要といえるでしょう。

〔文献リスト〕多様なキャリア

(1)若年期のキャリア─学校から職業へのトランジッション

  1. 日本労働研究機構(2001a)『大都市若者の就業行動と意識─広がるフリーター経験と共感』(調査研究報告書No.136)
  2. 日本労働研究機構(大卒者の職業への移行国際比較研究会)(2001)『高等教育と職業に関する日欧比較調査』『日欧の大学と職業』(調査研究報告書No.143)

(2)企業を超えたキャリア形成

  1. 日本労働研究機構(2001b)『失業構造の研究』(調査研究報告書No.142)
  2. 日本労働研究機構(2003a)『第1回勤労生活に関する調査─勤労意識と失業』(資料シリーズNo.139)
  3. 中馬宏之監修/キャプラン研究会編(2003)『中高年再就職事例研究 成功・失敗100事例の要因分析から学ぶ』

Ⅲ 新規分野の産業動向

(1)IT・情報サービス

論文紹介(佐野

富士総合研究所経済福祉研究部『IT分野の外国人技術者の受入れに関する調査・研究』

昨今IT不況が言われていますが、IT企業に対して行ったこのアンケート調査によると、わが国の情報サービス産業では依然としてコンサルテーション、プロジェクトマネジメントを行うような上流工程を中心に、1割程度人材が不足していることがわかります。このような人材不足への対応策として考えられるのは、国内での技術者の養成、国外への業務のアウトソーシング、外国人IT技術者の活用がありますが、現在わが国で就業しているIT技術者のうち、外国人が占める割合は約1%となっています。

この数字を見ると、外国人IT技術者がわが国の情報サービス産業の人材不足に対して与えている量的な影響は、現在までのところそれほど大きいとは言えません。その一方で、外国人技術者を活用している企業は、2点をその活用理由として挙げています。第1に日本人技術者では現状ではなかなか身につけていないような高度な技術を持っている点、第2に日本と海外の両方の言語、ビジネス慣習に精通し、日本と海外との間のパイプ役としての役割を担う人材となりうる点です。情報サービス産業ではこうした人材を「ブリッジSE」という言葉で表すようになっているようです。ですから、外国人技術者がわが国の情報サービス産業に与える質的な貢献度は決して低くないとこの報告書では指摘しています。

討論

小杉

技術力という点では優秀な若い人は多いと思うのですが、なぜプロジェクトマネジャー層が育っていないのでしょうか。

佐野

ITのグローバルな世界市場において、日本のIT産業がおかれている位置がいまだ中途半端である、といった構造的な問題があるのかもしれません。つまり、ITの技術革新力そのものでは、アメリカに大きく水をあけられている。その一方、コスト面では韓国、台湾、さらに最近では中国などアジア諸国のIT産業集積とそのスケールメリット、プラス人材供給力にかなわない。技術で見劣りする上、他方、その割にコストが高い。その意味で日本は、IT技術の先進国とは言えないのでしょう。そうなると関連の技術者は、日本国内のITマーケットを舞台に、既存の技術を持って国内市場で経験を積んでいくことになります。こうしたパターンも十分ありうると思いますが、日本国内でのシステムエンジニアの労働の現場を見ていくと、正直なところかなり突貫工事的な忙しさがあります。海外の現場は、この辺が若干緩やかだと聞きます。こうした実際の仕事で経験を積む現場に時間的精神的余裕がないと、経験をもとに全体的なマネジメントをする層が育ちにくくなるのは仕方がないことだと思います。

また、日本のIT各社それぞれにおける人材確保および社内教育システムの問題、その背景にある構造的な問題も大きいでしょう。今回の文献サーベイでは、調査実施期間の問題で取り上げませんでしたが、IT分野の人的資源管理問題として、いくつかの調査研究が論点をまとめています。例えば、日本のIT技術者には意外に専門教育を受けた人がいない。文科系の大学卒業生のシステムエンジニア(SE)も数多くいますが、技術レベルの高度化によって「誰でも鍛えればSEになれる」時代は過ぎ去ったと考えていいでしょう。これらは、日本の資格試験、例えば情報処理技術者試験の合格率の低さにも表れてきているようです。さらに、これらの人材を教育する企業側にも問題がある。社内教育がIT技術の製品知識、基礎技術に偏重してしまっていて、アメリカ等で日々進捗している技術革新のスピードについていけなくなってしまっている。この点、私は昨年、中国の大学で客員教員をしていましたが、中国の北京シリコンバレー(北京市中関村)の技術者は常にアメリカの技術革新を意識しながら仕事をしています、しかも彼ら彼女らは、アメリカを意識しているぶん、米国留学などキャリア意識も高く、日本の技術者とは比較にならないぐらいです。同様に、各企業におけるIT技術者のキャリアパスが古くなっているのも問題です。日本の場合、プログラマー(PG)→システムエンジニア(SE)→プロジェクトマネジャー(PM)という単線的なキャリアパスになっていて、いわゆる「PG時代の下積みをしているうちに、自らの保有する技術知識が一時代古いものになってしまう」ようなケースが生じてしまっています。加えて、特定労働者派遣事業のSE派遣に代表されるような雇用形態にも問題があるかもしれません。この場合、若い技術者は特にどうしても賃金を契約社員的な感覚で把握してしまいます。いわゆる「人月単価」です。これにより、長期的な教育意欲の減退が見られる、という指摘もあります。

最近では、とくに問題になっている技術革新面でのキャッチアップについて、これらを具体的に進めるための大学と企業の連携が進んできていますが、こうしたネットワークがいわゆるIT上流工程の高度な人材を輩出するようになるまでは、しばらく時間がかかると思います。

佐野

IT化により、プロジェクトマネジャーやSEへの需要が大きくなったという側面もあると思います。システム開発を手がける企業は、そうした人材の育成に力を入れているので、今後はそういった層が育ってくるのかもしれません。

佐野

報告書のテーマとなっている外国人技術者の導入ですが、それほど需要は大きくないというものの、入国管理制度上の壁はそれほど高くありません。日本の場合、外国人単純労働者の受け入れには慎重ですが、IT技術者のようなホワイトカラー層は積極的に受け入れる方向にあります。中長期的な方向はどうみるべきでしょうか。

佐野

上流工程のSEの仕事は、例えば顧客が業務処理システムに求めるあいまいな要求をくみ取ってシステムに置き換えられるよう明確に定義したり、あるいは、システムを導入するにあたり、顧客の部門間での担当業務の調整が必要となったりした場合に、調整をサポートしたりする必要があります。そのような場面では、とくに高度な日本語能力であるとか、日本の企業内の人間関係に関する洞察が必要とされるようです。外国人技術者をそうした上流工程で本格的な戦力とするのは今後も難しいでしょう。しかし、顧客企業などとの調整の必要がないOSやパッケージソフトを作る場合などの上流工程のSEや、報告書にあるような「ブリッジSE」というかたちでは、今後、上流工程での外国人IT技術者の活躍が増えるかもしれませんね。

(2)介護

論文紹介(佐野

注目職種のひとつとして、サービスの充実が今後ますます期待されている介護分野の職種に関する調査報告を紹介したいと思います。

厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業『介護関連分野における雇用・能力開発指針の策定に係る研究・平成14年度報告書』

この報告書は、2000年度から2002年度にかけての一連の調査研究の成果です。ホームヘルパー、介護施設直接処遇職、ケアマネージャーといった介護関連分野の職種について、[1]課業難易度のランクづけ、[2]課業遂行に必要な職務遂行能力の段階区分、[3]職務遂行能力段階に応じた能力開発・キャリア形成・処遇管理の仕組みづくり、[4]雇用能力に関する統一的な行政指針の策定などを行っています。ここでは、とくにホームヘルパーの職務遂行能力の段階区分に関するアンケート調査の結果と、それにもとづく提案内容にかぎって紹介したいと思います。対応する年度の調査報告書としては、厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業(2002)があります。この調査は、2001年11月に、約1000名のホームヘルパーを雇用する民間会社の常勤・非常勤ホームヘルパーを対象に実施したものです。

調査では、ホームヘルプ・サービスの19の課業における、「易しい段階(基本動作とされる段階)」「普通の段階(状況や変化に気配りしながら実施することが求められる段階)」「難しい段階(ケース別の応用や残存機能の活用など環境を考慮して実施することが求められる高度処遇の段階)」という3段階の難易度レベルについて、ホームヘルパー本人がどの程度できると自己認識しているかをきいています。その結果、ホームヘルパーの職務遂行能力について、「易しい段階」の仕事を「ほぼできるレベル」から[難しい段階」の仕事を「十分にできるレベル」までの階梯が存在することを明らかにしています。

また、こうした職務遂行能力は、基本的に経験期間に相関しており、入職から18ヵ月までの初期の段階に急速に伸び、その後、48ヵ月あたりまで漸進的に伸びていくことがわかります。

報告書では、これらの事実発見をもとに、人事管理上の課題として、職務遂行能力を基本におく職能資格制度の導入や、能力水準を基準とした賃金制度、能力配置の効率化・適切化および人材育成という視点に立った計画的な仕事の配分などが必要であることを指摘しています。

調査データから個人の能力得点別に時給額を見たとき賃金額が能力の高さを正確に反映していないことも明らかになっており、報告書では、この点からも、能力開発のためには、能力水準を基準とした賃金制度の整備が必要としています。また、介護保険制度についても、身体介護中心型、家事援助中心型、複合型という三つの介護サービス区分に応じて、ホームヘルパーの職務能力に関係なく介護報酬が事業者に支払われる現在の仕組みを改め、介護報酬算定基準に職務遂行能力による報酬段階という考え方を取り入れることなどが提案されています。

(財)介護労働安定センター『登録型ヘルパー研究会報告─「月契約ヘルパー」の確立を目指して』

2002年11月から2003年2月にかけて、訪問介護をあつかう11の事業所に対して行ったインタビュー調査です、ただし2事業所については「登録型ホームヘルパー」の雇用形態はありませんでした。報告書ではこのほか、介護労働安定センターが2000年度と2001年度におこなったアンケート調査のデータも再分析しています。

ここでいう「登録型ヘルパー」とは、ホームヘルパーとして事前に訪問介護サービス事業所に登録を行い、要介護者からのサービス利用依頼にもとづく事業者からの照会と、登録者本人の都合(日時・内容)が合致したときにサービスに従事する変動的(非常勤)なものをいいます。

介護労働安定センターが実施した調査(データ出所「介護事業所における労働の現状」(2003年1月))によると、訪問介護サービスでは従業員の48.7%、訪問リハビリテーションサービスでは従業員の36.6%をこうした「登録型」が占めています。

インタビュー調査からは、第1に、登録型ヘルパーは、事業所の管理者による直接の指揮命令が及ぶ労働者として取り扱われていること、第2に、登録型ヘルパーの大部分が、月間勤務表をもとにその月の就労日と就労時間(合計としての総労働時間数)が定められ、その後の変更・調整はあるものの、基本的には月間勤務表にもとづいて就労していることが明らかになっています。

したがって、登録型ヘルパーの多くは、月ごとの有期雇用契約のもと就労する「月契約ヘルパー(登録にもとづく月契約非常勤ヘルパー)」とみなすことが現実的であり、労働条件の明示や、所定労働時間の設定、当日キャンセル時の休業手当などによる賃金保障、雇用保険の適用、解雇予告など、月ごとの雇用関係を前提とした適切な雇用管理の必要性が指摘されています。

討論

佐野

介護サービスを支える職種である、ホームヘルパーやケアマネージャーなどの職種については、専門的な職種としての社会的評価が必ずしも定着していないようです。この点に関しては、連合総合生活開発研究所(2001)や、日本労働研究機構(2003b)があります。前者はケアマネージャーとホームヘルパー、後者はホームヘルパーについて、就労実態や仕事に関する意識をきいています。

このうち、連合総合生活開発研究所(2001)によると、「ホームヘルプサービス職は、社会的に正しく評価されていると思いますか」という質問に対し「評価されている」(2.4%)と「大体評価されている」(23.7%)を合わせた〈評価されている〉は、26.1%で4分の1にとどまります。とくに、ホームヘルパー1級や介護福祉士など高資格取得者では、〈評価されていない〉とする割合が8割前後と高くなっています。

日本労働研究機構(2003b)でも、同様の事実が発見されており、ヘルパーの93.4%が、働く上での悩み・不安・不満が「ある」と答え、その内容として「ヘルパーに対する社会的評価が低い」ことを挙げる者が最も多く1997年実施の調査では70.4%、2002年実施の調査でも62.5%を占めています(複数回答、ただし両年度で選択肢の数・一部内容が異なる)。

介護の現場で質の高いサービスが安定的に供給されるためには、介護に関する職種に対するこうした社会の認識のあり方を改善していくことが大事と思われます。そして、それとともに、あるいはそのためにも、質の高い介護サービスの安定的な供給を可能にする、雇用管理の仕組みの整備が重要となってくると考えられます。今回紹介した2点は、その際の改善点の所在を実態調査にもとづいて明らかにしている調査報告として、実践的な意義が大きいと考えられます。

小杉

介護労働は社会的な評価が十分伴っていないことが問題ですね。ただそれにもかかわらず、介護労働に従事したいという若い人たちはたくさんいて、その意欲は決して低くありません。介護労働者の供給は十分あります。

佐野

では、例えばIT同様、外国人労働者導入の検討などは早計ということでしょうか。台湾政府は1990年代後半から、フィリピンなど東南アジアの労働者をヘルパーとして受け入れる制度を導入していますが、日本においてこのパターンは当てはまらないということなのでしょうか。

小杉

そうだと思います。人の役に立てることを実感できる、やりがいのある仕事として興味を持っている若者がたくさんいます。資格取得には積極的なのですが、職業として食べていけるのか、発展性はあるのかという点で躊躇している状況だと思います。質の高い介護サービスを安定的に提供するためには、労働条件やキャリア形成など働く側の視点からの制度の整備も重要です。

佐野

今回紹介した報告書でも明らかにされているように、人事管理の面から見ると、個々の労働者の能力の違いを、その処遇に正当に反映させる仕組みがないという問題もあります。また、登録型ヘルパーのように、就労形態の位置づけがあいまいであるため、適切な管理が行われていないこともあります。こうしたことの改善も今後の課題といえるでしょう。

〔文献リスト〕新規分野の産業動向

(1)IT・情報サービス

  1. 富士総合研究所経済福祉研究部(2002)『IT分野の外国人技術者の受入れに関する調査・研究』

(2)介護

  1. 厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業(2003)『介護関連分野における雇用・能力開発指針の策定に係る研究・平成14年度報告書』
  2. (財)介護労働安定センター(2003)『登録型ヘルパー研究会報告─「月契約ヘルパー」の確立を目指して』

参考

  1. 連合総合生活開発研究所(2001)『検証:介護保険制度1年─連合総研「介護サービス実態調査」から見えてきたもの』
  2. 日本労働研究機構(2003b)『ホームヘルパーの仕事・役割をめぐる諸問題─ホームヘルパーの就労実態と意識に関する調査研究報告』(調査研究報告書No.153)
  3. 厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業(2002)『介護関連分野における雇用・能力開発指針の策定に係る研究・平成13年度報告書』

おわりに

小杉

本日は、お忙しいところありがとうございました。今日の議論のすべてをまとめることはできませんが、今後への労働調査の展望にかかわる点について整理して終わりたいと思います。

多様な働き方に関連しては、多様性を分析する視点は出てきていますが、その雇用管理上の問題、例えば、配置やキャリアをどう設計するかについてはまだ研究は進んでいないと思われます。また、パートタイム雇用については比較的多くの調査の積み重ねが見られましたが、若年者に広がるアルバイトという雇用形態での就業の実態は明らかになっていない部分が多いですし、請負業、短時間正社員の問題もこれからでしょう。働き方の多様化が進んでいるのに対して、調査のほうはまだこれからの面が多いのではないでしょうか。

多様なキャリアに関連しては、若年者の側の意識変化や職業への移行プロセスの変化については蓄積されてきていますが、非典型雇用からのキャリア形成をどう可能にするかという視点や、労働力需要サイドからの研究が手薄ではないかと思われます。また、中高年の企業を超えたキャリア形成のためには人材サービスの実態や問題点についての研究がこれから重要になるのではないかと思われます。

また、新しい産業分野では、必要な人材の育成プロセスや適正な処遇の問題など、問題はたくさん出てくるのではないかと思われます。

今後の労働調査研究は、教育との接点、カウンセリングなどの心理的アプローチとの接点、など幅広いかかわりを持ちながら進められる必要があるのではないでしょうか。

(この座談会は2003年12月26日に行われた)