2001年 学界展望
労働調査研究の現在─1998年~2000年の業績を通じて(7ページ目)


6. 中高年の就業実態と意識

論文紹介(松村)

松村

中高年の雇用に関しては、一つは大企業から関連の中小企業への出向・転籍という問題があり、これは今まで数多くの調査と十分な蓄積があると思います。もう一つは転職の問題です。これ以外に、同一企業での雇用延長の問題もありますが、今回は主に転職を取り上げて議論します。

日本労働研究機構『中高年者の転職実態と雇用・職業展望』

まず、日本労働研究機構(報告書No.111、1998)です。1991年以降のバブル経済崩壊後におけるリストラ過程では、雇用調整の主な対象とされたのは中高年ホワイトカラーでした。今後も出向・転籍という企業グループを活用した人材配置は続くとはいえ、同時に、外部労働市場を経由した再就職を余儀なくされる中高年の増加が予想されます。この調査では、大企業中高年層ホワイトカラーの流動化は、再就職時に職業能力や労働条件などでミスマッチを発生させる可能性が大きいということが指摘されています。そこで、この調査は、中高年の再就職時の賃金と職務能力がどう関連するのか、何が再就職先での能力発揮の障害になっているのかを明らかにしようとしています。調査対象は、公的職業紹介機関経由で再就職した従業員2495名(回答者1098名、有効回収率44.0%)です。同時にここでは今後の高齢社会に対応した雇用・就業システムのあり方を検討するために、東京と地方中核都市の事業所や、従業員にもアンケートを実施しています。回答はそれぞれ5790事業所(有効回収率19.1%、従業員3627名(有効回収率不明)です。

転職に伴う年収変化ですが、離職前の広く分散した年収分布(非常に幅広い分布ですが)が年収の大幅低下を伴いつつ、500万円台から600万円台及びそれ以下へと狭まる傾向が顕著です。特に50歳代後半層以上については、再就職後の賃金が400万円未満に画一化されており、職業能力の個人差が賃金に反映されにくいという市場構造になっています。

再就職先で職業能力を発揮するうえで障害となっているのは、まず「組織風土・人間関係の差異」それから「意思決定方法の差異」です。中小企業では社長を中心とするグループに意思決定が集中している。「協力してくれる人材が不足」しており、大企業で豊富に存在するような人材が、中小企業ではなかなか見当たりません。そして、「職務分担、範囲が広過ぎる」という点も障害となっています。これまでも大企業におけるゼネラリスト育成が転職の際にネックになっているというステレオタイプ的な見解があったわけですが、それに対して、この調査では、中小企業では社長を中心とした経営トップの裁量権が大きく、ここに裁量権が集中しており、職務分担や範囲があいまいで広いうえに、支援してくれる部下も少ないといったことが、能力発揮の障害となっていると指摘しています。

以上を踏まえて人材育成に関しては、ゼネラリスト育成からスペシャリスト育成へといった単純な対応策ではなく、管理能力と専門能力のバランスを見直して、専門能力を発揮する業務の比重を増やし、仕事をトータルに遂行できる実行能力を強化するということが必要であろうという提言をしています。

この転職に関する調査では、小企業における中高年雇用の可能性が吟味されていますが、大企業で育ってきたホワイトカラーについて、仕事をトータルに遂行できるような実行能力がどうやったら強化され得るのかという論点があると思います。

日本労働研究機構『大都市圏小規模企業の中高年の就業実態』

日本労働研究機構(報告書No.120、1999)は、中小零細企業の事業主とその中高年従業員の両方を調査しています。高齢者の就業に関する調査研究はこれまで大企業に偏っていたわけですが、日本の労働市場において55歳以上の高齢者のおよそ半数は、従業員300人未満の小企業で働いているという実態を考えるならば、今後の高齢者雇用を考えるうえで、高齢者を活用している小規模企業の実態を無視するわけにはいかない。そこで、この調査では中小企業主の職業キャリア、定年制のない小企業での高齢者雇用管理の実態、小企業での中高年転職の実態などを解明するために、従業員100人未満の中小零細企業(そのうち3分の2は10人未満)の事業主3000名と、そこでの中高年従業員へのアンケート調査をしています。有効回収票は、事業主が1024票、従業員が683票でした。

まず事業主の職業キャリアには共通した傾向が見られます。学校を卒業し初期就職を行い、その後、(転職をする場合としない場合があるわけですが)現在の会社に就職し開業して社長に就任する。こういうキャリアイベントのうちで、開業するのは中高年期に差しかかる前の40歳前後ということです。

また、小企業の雇用管理ですが、中高年とは45歳以上、高齢者とは60歳以上と定義されており、全従業員に占める中高年と高齢者の比率はそれぞれ4割と1割強です。小さい企業ほど中高年比率が上昇し、高齢者比率も上昇するという傾向にあります。最高齢者の6割近くが60歳代後半であって、正規社員としてばりばり働いている者が過半数を占め、正規社員の中心はむしろ60歳代後半です。また、6割の企業で定年制がありません。採用については、新卒採用が2割、中途採用が8割を占めていますが、問題点は中高年の中途採用は意外に少ないことです。

論点として、小企業での中高年の中途採用が多くないとすると、はたして転職先として有効かどうかという問題があると思います。そして、労務管理、福利施策では規摸による格差が著しいという点です。また大企業と比較した場合に雇用機会は広く提供されてはいても、雇用の質という点では必ずしも良好ではないと指摘されています。

以上の調査のほかに、高齢者問題を扱ったものとして引退過程にかかわるいくつかの調査があります。その中で、日本労働研究機構『高齢期の生活の「豊かさ」指標』(資料シリーズNo.86、1998)では、豊かさというのは単に働くということだけではなく、学ぶとか健康に生きるといった多面的な領域から構成されているという視点から、どの地域が一番豊かなのかということを調査していますが、結論としては、安心して生活するための働く環境ということと、病院や福祉施策が整っていることの二つが非常に重要であるとしています。また、日本労働研究機構(報告書No.110、1998)も引退過程のあり方と引退後の生活に関する研究です。今日の議論の対象ではありませんが、引退過程の問題も重要と考え付け加えました。

討論

転職自体の問題と転職後の問題

守島

日本労働研究機構(報告書No.111、1998)ですが、高齢者雇用を転職によって支えていくことを考える前に転職自体がうまくいかないということ、そして転職した後にうまくいかないということとの二つのハードルがあるという気がします。この調査を見る限り、どちらのほうの解決が重要なのでしょうか。

松村

日本労働研究機構(報告書No.111、1998)は転職後の問題を扱っていると思います。よく言われるように小規模企業に移ったけれども、必ずしも今までの自分が形成してきた能力がうまく使えないため、転職がうまくいかないという問題です。それに対して日本労働研究機構(報告書No.120、1999)はむしろ、雇用機会が少ないため結論的にはなかなか小規模企業への転職がうまくいかないという問題を、中高年での中途採用が必ずしも多くはないという事実を指摘することで、エクスプリシットではないにせよ扱っている。そういう違いはあるかもしれません。

守島

転職機会が少ないという議論は比較的よくなされてきました。それでも55歳以上の高齢者のおよそ半数は、300人未満の小企業で働いているというマクロ的なデータがあるわけです。そう考えると、労働者が大企業からの定年退職後の生活を、小企業への転職・就労を通じて維持していくと考えるのならば、転職前にやっておくべきことは何なのかをもう少し議論しておかないといけませんね。そういうポイントが明らかになってきたという意味でこの調査はおもしろいと思います。

柴田

「小さい企業ほど中高年比率が高く、高齢者も正規社員としてばりばり働いており、定年制がない」というのは、ある意味で大企業に先行しているとも言えます。もちろん雇用の質の悪さは問題ですが、中小企業で中高年者がどんな仕事をどのように行っているのか、大企業がそこから何を学べるか、詳しく知りたいですね。

中高年雇用と定年制

守島

しかし、仮にそのように行動しているとすると、転職という問題も転職後の満足という問題も、両方とも対処しているのかもしれませんね。つまり、定年のない人材の管理の仕方を中小企業は既にやっていて、そして仮にうまくいっているのであれば、それをモデルとすることで、両方とも問題として解決してしまうことにつながるかもしれない。

ただ、大企業は定年制を廃止するのでしょうか。

松村

その点に関してはまだあまり明確な方針はありませんね。少なくとも定年制延長はしないという大企業は多いと思いますが。

守島

そうすると、一つのポイントになるのは、中小・中堅企業が高齢者について定年制のないマネジメントをやってきたのは、やむをえずなのか、それとも積極的な意図があってなのかだと思うのです。もし前者であれば、中小・中堅企業でも、条件が許せば、定年制を導入したいのかもしれない。

松村

どちらかといえば、やむを得ずやっているという側面が強いでしょう。その意味では今後、展開するんじゃないかなと思うんです。

柴田

私も同感で、やむを得ず行っている面もあるでしょうが、ただこれまでずっと中高年を雇用し定年制のない経営を行っているとすれば、そこで積み重ねられたノウハウなり仕組みというものがあるのでしょうね。

守島

だから、先ほど柴田さんが言われた、ばりばり働いている過半数が、どういう人材管理をされたか、育成の仕方、処遇や評価、ローテーションなどを見ておく必要があります。中小企業は、はっきりと職務分担がなされているわけではないので、ある意味でゼネラリスト的なスキルとスペシャリスト的なスキルの両方を持っていないといけない。言い換えると、あまりにスペシャリスト志向を強めてしまうと、中高年の転職という観点からは、松村さんが指摘されたように、非常に難しいことが起こってくるのかもしれないということでしょう。

次ページ 7. 非正規雇用