資料シリーズNo.279
運輸業・郵便業における需要変動と労使関係

2024年4月12日

概要

研究の目的

需要変動が発生した運輸業・郵便業を対象に、企業がその変動にどのように対応したのかをヒアリング調査から明らかにする。

研究の方法

ヒアリング調査

主な事実発見

本稿の主な事実発見は、以下の3点にまとめられる。

1.需要変動への対応

需要変動への対応を見ていくと、各企業が講じた雇用調整策は異なるものの、従業員の雇用と労働条件は基本的に維持された。図表1によると、鉄道業で多くの雇用調整策が講じられたことがわかる。JR西日本は、応援以外の雇用調整策を講じた。鉄道会社A社では、雇用調整助成金の活用と賃金抑制、一時帰休が実施され、鉄道会社C社では、賃金抑制が行われた。

バス会社D社では、賃金抑制以外は何も行われなかった。郵便業・物流業E1社とE2社では、コロナ前から需要減少が続き、厳しい経営状況が続いているものの、実施されたのは賃金抑制のみであった。物流業F社では、コロナ下の一時的な経済停滞によって、B to B事業の需要が減少したものの、巣ごもり需要の発生により、B to C事業の需要が増加した。これにより、同社は物流事業内で応援を実施してコロナ下の需要変動に対応した。

図表1 需要変動への対応

業種や企業によって、需要変動への対応方法が異なった。鉄道業で多くの雇用調整が行われた。物流業では、賃金抑制のみを実施した企業が多かった。
業種 事例 雇用調整
助成金の活用
賃金抑制 応援 一時帰休 出向
(グループ内)
出向
(グループ外)
その他
鉄道業 A社       新幹線の減便。
JR西日本   在来線(早朝・深夜列車)の減便、新幹線の減便。
C社           臨時給(賞与)の カット。
バス D社           深夜便の減便。
物流業 E1社            
E2社           臨時便を出して需要増に対応。
F社            

注1.「〇」は実施したことを意味する。

注2.賃金抑制には、賃金カットを含む。

注3.E1社とE2社は郵便業・物流業の企業であるが、便宜上、物流業と表記している。以下、同じ。

2.人材確保

図表2によると、各企業は人材の定着や採用困難という課題を抱えていた。鉄道会社A社は、人材の定着という課題を抱えており、育児を抱える従業員などが働きやすい環境の整備に取り組むなど、リテンション対策を実施した。JR⻄⽇本は、採⽤困難と⼈材の定着の2つの課題を抱えており、初任給を引き上げ、採⽤競争⼒の強化に取り組んでいた。また、JR西労組は組合員のアンケート調査を基に、人材の確保や定着に向けた提言を会社に行った。鉄道会社C社は、採用困難による人手不足の状況にあるため、同社は初任給を引き上げ、採用競争力の強化を図った。

バス会社D社は、人材の定着という問題を抱えていた。D社は離職防止策を講じてはいるものの、目立った効果は見られない状況が続いている。郵便業・物流業E1社とE2社は採用困難という課題を抱えており、両社は、採用枠の拡大、長時間労働の是正、若手社員の労働条件の向上を行い、採用競争力の強化に取り組んだ。物流業F社では、安定的に賃金が増えないことによる将来への不安が従業員の離職の1つの原因と考えられてきた。F社は、この課題を解決するために、安定的に昇給する人事制度に改定しつつ、春闘交渉を通じて、毎年、賃上げを行ってきた。

図表2 人材確保上の課題と対応

各企業は人材の定着や採用困難という課題を抱えていた。その課題に対して、企業は採用競争力の強化や働く環境の整備等のリテンション対策を採っていた。
業種 事例 人材確保上
の課題
課題への対応
鉄道業 A社 人材の定着 働きやすい環境の整備(育児を抱える運転士の業務負担の軽減や運転士夫婦には泊まり勤務が重ならないように配慮する等)、初任給の引き上げ実施。
JR西日本 採用困難
人材の定着
初任給の引き上げ実施。組合は組合員にアンケート調査を実施。それに基づき、人材の確保と定着に向けた提言を策定し、会社側と協議へ。
C社 採用困難 初任給の引き上げ実施。組合は、会社に離職防止対策を採るよう要請しているが、会社は特に実施していない。
バス D社 人材の定着 組合は、会社に離職防止対策を採るよう要請しているが、会社は組合の主張とは異なる対応を実施。初任給の引き上げ実施。
物流業 E1社 採用困難 採用枠の拡大(正社員登用や中途採用の実施等)、長時間労働の是正、労働条件の向上(若手社員の賃上げ等)を実施。
E2社 採用困難 採用枠の拡大(正社員登用や中途採用の実施等)、長時間労働の是正、労働条件の向上(若手社員の賃上げ等)の実施。
F社 人材の定着 人事制度の改定(定期昇給制度の導入)、春闘による賃上げ実施、福利厚生の充実、初任給の引き上げ実施。

3.労働時間規制への対応

2024年4⽉より、⾃動⾞の運転業務に従事する労働者に、労働時間短縮を求める労働時間規制が適⽤される。その対象は、D社のバス運転⼠、E1社、E2社、F社に勤務するトラックドライバーである。

バス会社D社では、人手不⾜のため、運転⼠に残業や休⽇出勤を要請し、現⾏のダイヤ通りの運⾏を維持していた。ただし、2024年4⽉より新しい労働時間規制が適⽤されると、より多くの⼈員が必要になることが予想される。D社は20名の増員を行う予定であるが、毎年、多くの離職者が出ており、増員した20名が定着するとは限らない。それゆえ、D社が2024年4⽉より適⽤される労働時間規制に対応するのは、より⼀層困難になると考えられる。

郵便業・物流業E1社とE2社は、以前から、36協定を締結し労働時間の抑制に取り組んできた。そのため、現状でも、2024年4⽉より適⽤される新しい労働時間規制に対応できる状態にある。また、E2社は、協⼒会社1,200社に年1回ヒアリングを実施しており、協⼒会社の働き⽅をチェックしている。物流業F社は、2024年4⽉より、新しい労働時間規制が適⽤されることを⾒越して、⻑距離輸送から近距離・中距離輸送にシフトしてきた。また、同社は、事業所ごとに36協定を締結している。その内容は、2024年4⽉より適⽤される労働時間規制を踏まえたものであった。

政策的インプリケーション

本稿では、運輸業・郵便業7社の事例分析から得られた事実発見に基づいて、下記の3点の含意を導き出している。

1.サービスの安定供給への課題

本稿の分析の限りでは、コロナ下でも、運輸業・郵便業の従業員の雇用と労働条件は基本的に維持され、サービスを安定的に供給する基盤は保たれた。ただし、以下の3点の課題があると考えられる。

第1に、今後も⼈材確保ができるかどうかである。調査対象企業は⼈材確保の課題を抱えており、多くの企業では、採⽤競争⼒の強化のために、初任給の引き上げや若⼿社員の賃上げを行っていた。しかし、運輸業・郵便業は、他産業に⽐べて、賃⾦⽔準で有利な⽴場にあるとは⾔い難い。運輸業・郵便業が⼈材を確保するには、他産業以上の賃上げを⾏う必要があると考えられる。

第2に、サービス価格の⾒直しである。物流業では、輸送コストが年々増加しており、今後も事業を継続していくためには、そのコスト上昇分をどのように吸収するかが⼤きな問題となっている。郵便業・物流業E1社は、経済産業省の調査結果を受けて、グループ会社や協⼒会社のサービス価格の⾒直しに取り組んだ。物流業F社は、荷主と交渉を⾏い、サービス価格の⾒直しに取り組み、価格⾒直し分の⼀部をグループ会社と協⼒会社に還元している。このような対応を行った背景には、輸送コストの上昇分を負担しなければ、輸送業務を担当する企業がなくなってしまうという懸念があったと考えられる。

第3に、事業そのものが不要になる可能性である。JR⻄⽇本は、新幹線と主要な在来線の収⼊で、多くの在来線の⾚字を補填してきたが、コロナ下では、新幹線と主要な在来線の乗客が減少したため、深刻な経営状況に陥ったと考えられる。JR⻄⽇本は、2023年10⽉に芸備線の再構築会議の設置を宣⾔したが、このこととコロナ下の経営状況の悪化は無関係とはいえないように思われる。郵便業・物流業E1社では、郵便事業に対する需要の低下傾向が続いており、その状況が好転する兆しは今のところ⾒られない。こうした現状に強い危機感を感じたE組合は、「事業ビジョン(案)」を作成し、より積極的に経営参加を⾏うようになった。

2.労働時間規制の適用に関わる課題

2024年4⽉から、⾃動⾞の運転業務に従事する労働者に新しい労働時間規制が適⽤される。その対象は、D社のバス運転⼠、E1・E2社とF社のトラックドライバーである。この規制は、従来よりも労働時間規制を強化するものであるため、その範囲内で同じ業務を⾏うには、ドライバー1⼈あたりの労働時間を短くしなくてはならず、その結果、より多くの⼈員が必要になる。各社の対応を⾒ると、郵便業・物流業E1社とE2社、物流業F社は36協定を締結するなど、労働時間の短縮に取り組んできた。これらの企業については、2024年4⽉以降も、労働時間規制の範囲内で事業が⾏われる可能性は⾼い。

これに対し、バス会社D社は、⼈⼿不⾜を解消するために、運転⼠に残業や休⽇出勤を要請し、現⾏のダイヤ通りの運⾏を維持している状況にある。そのため、2024年4⽉より新しい労働時間規制が適⽤されると、より⼀層の⼈⼿不⾜を招く可能性がある。同社が新しい労働時間規制を遵守するのは、より⼀層困難になると考えられる。

3.労使の貢献と春闘交渉の変化

運輸業・郵便業では、コロナ下を含め、需要が変動する状況でも、従業員の雇用と労働条件は基本的に維持された。その背景には、雇用調整助成金の活用といった政策の貢献もあるが、一方で、物流業F社を除く企業の組合は、コロナ下の経営状況の悪化による賃金抑制を受け入れた。この意味においては、日本の運輸業・郵便業でも、賃金の維持よりも雇用の維持が優先されたといえる。

その⼀⽅で、コロナは春闘交渉に1つの変化をもたらした。春闘交渉のあり⽅である。鉄道会社A社が加盟する産業別組合では、同業他社が深刻な経営状況に陥ったため、2021年については、事実上、統⼀要求・統⼀ベア要求を放棄せざるを得なくなった。郵便業・物流業E1社を含むE社グルー プ主要4社では、これまではE労組が春闘で統⼀要求を⾏い、統⼀の回答を受けていたが、経営環境や業績が異なることから、会社側から「会社別に交渉を実施すべきではないか」という考えが⽰された。それを受けて、賞与については、2022年から会社別に交渉が⾏われるようになった。他⽅で、物流業F社は、事業所ごとに実施されていた春闘交渉を、2021年に統⼀交渉に切り替えた。同じような時期に、春闘交渉の集中化と分散化の動きがみられたことは注⽬に値するように思われる。

政策への貢献

既存の施策の実施状況の把握及びその評価/EBPM の推進への貢献に活用予定。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「多様な働き方とルールに関する研究」
サブテーマ「労使関係・労使コミュニケーションに関する研究」

研究期間

令和4~5年度

執筆担当者

前浦 穂高
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
土屋直樹
武蔵大学経済学部 教授
青木 宏之
香川大学経済学部 教授

お問合せ先

内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

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