調査シリーズNo.242
新しいデジタル技術導入と労使コミュニケーションに関する研究(2)

2024年4月2日

概要

研究の目的

本研究の目的は、次の 2 点にある。まず第 1 には、企業が AI など新しいデジタル技術を導入する際、労使でいかなる協議を行っているのか、その協議の仕方により、なんらかの影響があるのか否かを調べることにある。第 2 には、新技術を導入している企業において、職場と仕事における変化との関係性を調べることにある。

その際、2019年度にほぼ同じテーマで実施した調査結果と、可能な限り、比較を行うことによって、コロナ以前とコロナ禍以降の状況の差異を検討しようとした。また、人事管理などを主として、職場や働き方との関係性を調べることを目的とした。

研究の方法

アンケート調査結果の分析

【調査概要】

期間:
令和5年2月27日~5月1日
対象:
全国30人以上規模の事業所
配布数:
10,000票
不達票数:
108票
回収数・率:
1,925票、19.5%

主な事実発見

1. 調査結果全体の結果概要

① 全体としてみれば、新しいデジタル技術を導入する主たる目的は、基本的には「定型的な業務の効率化、生産性の向上」にあると考えられるが、加えて、従業員の負担軽減が重要視されている。新型コロナウイルス感染症対策として導入されたのは、ほぼ、オンライン・コミュニケーション・ツールに限られる。

② そのため、導入の「効果」も、基本的な導入目的に対応している。

③ 新技術導入に際して、企業側は、従業員側との協議がきわめて重要だとは考えていない。

協議実施は 5 割強であり、4割は事前協議を「行っていない」。

④ それは、基本的には、新技術導入が「大きな決断ではなく、経営判断であり、協議の必要がなかった」からである。

⑤ ただ、従業員の負担軽減や教育訓練、研修などについて、目を向けつつある・重要視し始めているのは、今後を考える上で重要な点だと思われる。

⑥ 企業はデジタル技術導入のために、様々なコストを負担している。技術導入を望みながらも、費用や人材などから導入していない企業もあるため、こうした企業に対して、負担を軽減する政策的支援が考えられる。

⑦ いずれにせよ、新しい技術導入の概要がようやく明らかになりつつある状況であり、今後さらに企業規模や業種など属性や技術そのものの違いから見られる傾向の差異を詳しく検討していく必要がある。

2. 企業の属性や導入技術の種類と企業の DX 導入に対する取り組み-「投資・コスト」の観点から-

① 導入に際しての協議の有無で目標の達成具合などに差はないことが確認された。

② 導入する技術が生産現場や製造工程に関係しているほど協議期間が長くなる傾向が見て取れるものの、顕著な差があるとまでは言えない。

③ 回帰分析の結果、協議の姿勢が熱心であり協議期間が長く、協議の種類が多いほど、問題点を洗い出す効果が高いことが示された。一方で、当初の目的に対する効果が出にくくなるという結果も同時に示された。

これらから、企業が多くの協議や時間を費やしたことにより、企画当初に意図していた目的が「あれもこれも」といったような追加的な詰め込みが行われてしまい、結果として DX 導入による効果が確認しにくくなっている可能性が挙げられる。

3. 事業所の特徴と技術導入・労使間コミュニケーションの関係

① 人事管理に大きな変化が見られる事業所では、そうではない事業所と比べて技術の導入に対して迅速に対応している。また、より多くの技術の導入に積極的であることが窺える。

② AI 技術や IoT 技術など、人々の作業を代替したり、補完する機能を有する新たな技術については、事業所の人事管理や戦略の特徴にかかわらず、その導入は他の技術に比べると進んでいない。一方で、働く場所の柔軟化に繋がるような技術の導入は進んでいる。そして、その際には、人事管理の変化が大きい事業所において、それらの技術の導入がより進んでいることが窺える。

③ 労使コミュニケーションの特徴を確認すると、事業所の人事管理や経営戦略の特徴にかかわらず、労働組合等の従業員代表組織を通じた間接的な発言よりも、従業員個人による直接的な発言が用いられている。団体交渉、労使協議、専門委員会の設置等、何らかの従業員を代表するような専門組織の活用は、それほど見られなかった。また、その際、人事管理の変化が大きな事業所では、会社と従業員間の双方向のコミュニケーションが、そうでない事業所に比べると実施されている傾向が窺える。

④ 労使コミュニケーションを実施している事業所の方が、技術導入による企業経営の競争力向上や従業員の生活の質の向上に関する効果を上げていることが窺える。特に、経営戦略において品質の向上を重視する事業所では、労使コミュニケーションを行っている事業所の方が、経営と従業員双方において効果を上げているようである。一方、コストを下げることを重視する事業所では、従業員に対する効果を高めることは確認されたが、経営に対する効果を高めることは確認されなかった。

⑤ 特定の戦略下において組合は、技術導入に伴う企業経営に対する効果を高めていることが窺える。

4. AI 技術導入に関する効果と労使間での協議

① AI 技術の導入効果は、定型的業務および非定型的業務の効率・生産性向上、コスト削減、労働時間の削減であった。人材育成効果は相対的に強くはない。

② AI 技術の導入への対応は、主に業務プロセスや作業環境の見直しであった。一方、人事評価制度、配置転換・職種転換、採用の見直しといった側面は、相対的に強くはない。また、採用面については、採用の抑制よりも採用の実施の方が多い。

③ 説明や協議の実態に関しては、約 7 割の事業所は説明や協議をおこなっている。その主な方法は、労使協議や団体交渉ではなく、説明会の開催やメールなどでの情報提供であった。主な説明や協議の内容は、作業方法や作業環境の見直しであり、その成果もみられた。しかし、人事評価制度、配置転換などの見直しにはつながっていない。一方、3 割近くの事業所では説明や協議がおこなわれていない。その主な理由は経営判断である。説明や協議をおこなわないことによる課題はほぼみられないが、生産性向上や従業員との合意形成に関わる課題が一部にみられた。

④ 説明や協議をおこなうこと自体の効果と課題について検討した結果、説明や協議をおこなうこと自体の効果は、主としてスムースな導入効果や効果促進効果であった。一方、説明や協議をおこなうことによる課題はほぼみられなかったが、計画の遅れ、コスト高、円滑な実施の妨げが一部にみられた。

⑤ 今後のデジタル技術の活用見込みを検討した結果、多くの事業所は今後のデジタル技術の活用を見込んでおり、さらに技術を導入する際には従業員への説明や協議を実施する予定であった。デジタル技術の導入が拡大する可能性が示唆された。

図表1 導入された新しいデジタル技術・コロナ対策で導入した技術

図表1画像:基本的に、通常の業務・連絡や事務処理を、「スムースに進めるための技術が導入されている。

図表2 新技術導入のねらいと上がっている効果

図表2画像:例:「定型的業務の効率図表2:新技術導入のねらいと上がっている効果・生産性の向上」がトップであるが、従業員の負担軽減という側面も見える。

政策的インプリケーション

1. 継続的調査の必要性

新しいデジタル技術は、働くことに関わる変化の一つの大きな要因となっている。在宅勤務に代表されるような働く場所の柔軟化につながる技術は、その典型例である。

技術導入をめぐる労使のコミュニケーションに関しては、コロナ禍においても、大きな変化は見られなかった。こうした未曾有の事態の中で、なぜ大きく変化しなかったのかという問いかけも重要性を増す。その最大の理由の一つは、先に述べたとおり、新技術導入が従業員の処遇・労働条件に対して、即座に影響する訳ではないからであろう。ただ、従業員の処遇に影響する、さらに新しい技術が、いつ登場するのかは明らかではない。今後も、本テーマに関する継続的調査を検討する必要があろう。その際、新しい技術が職場や働き方に影響を及ぼすという方向性と共に、逆に、働き方や雇用や人事管理のあり方が先に変わることにより、技術導入に影響を及ぼすという状況や、コストという切り口から検討を進める必要性も増しているように思われる。

新技術導入をめぐる基本的なプロセスを繰り返し検討しながら、様々な視角から検討を進めることも必要であるように思われる。

2. 本格的なデジタル化の要素を的確に把握するデータ収集の必要性

過去の調査結果をみれば、新しい技術導入の際、労使で十分に協議がなされてはこなかったといえよう。それに関わる、以前に指摘された問題を含め、その他の課題が、今日に於いてもなお、なかなか達成できていない状況を再度、真摯に検討すべきであろう。

たとえば、以前に指摘された「中高年労働者の活用」を考えれば、当時は、新しい技術の導入に伴い、それにキャッチアップできない中高年層が過剰になるという問題を含んでいたが、現在では、そうした状況とは真逆に、これまで培った技術をいかに継承していくのかという問題に変わりつつある。今後、ビジネスのあり方を一変させる可能性を含み、その内容と影響がなかなか想像し難い技術の登場を考えれば、過去から続く問題が完全には解決されないまま残っている可能性と、別の文脈で現れてくる可能性、さらには、これまでとはまったく別種の新たな問題とが混在する可能性が少なくない。こうした状況を、確実に捉えるデータの収集が必要である。

3. さらなる導入を進める際の支援策の検討

これからの社会にとり、新しいデジタル技術がきわめて重要であることは疑いない。そのためには、企業がその導入をスムースに進められる支援の仕組みを検討することは必須となる。

その意味で、コストの問題はきわめて重要である。コストとは、設備投資減税などの促進政策といった直接的な費用のみではなく、協議に費やす時間や人的なコストといった付随的な支出も含む。そうした点まで射程に含めた支援策を考える必要があるように思われる。新しい技術導入を望みながらも、資金や活用できる人材、導入を担当する人材に余裕がないため、導入を断念している企業が存在する。そうした企業への支援は、一考に値しよう。

コスト軽減をするためのサポートを、どういった範囲や項目、状況で可能となるのかを俯瞰した上で検討していくことが、よりスムースな技術導入に結びつくように思われる。どのような支援策が本当に有効かを議論するためにも、企業が実際に負担しているコストを把握することが必要となろう。その上での支援策が重要であると思われる。

4. 労使コミュニケーションのあり方再考

過去の調査結果を含め、今回の調査結果をみると、新しい技術導入に伴い、労使間で積極的に協議することが相対的に少ないということが明らかとなってきた。むろん、「それぞれの時代における最先端の技術」の内容や、それを協議・検討するコミュニケーション方法も、異なってきている。SNS を利用した情報提供なども、ごく最近機能し始めた方法である。それらは、労使コミュニケーションとは何であるのかということを、あらためて問い直す契機も提供しているように思われる。

「労使コミュニケーション」という文言について、誤解なく理解して頂けるように配慮した上で調査を行っても、様々な状況により、その意味の取り方には差異がある可能性もある。「協議を行わなかった」という比率が約 4 割となった調査結果をみると、たとえば、「単なる情報伝達」と「労使双方の協議」は、果たして、どれほど異なっているのか、その境界は明らかではない。

そうした状況は、現代における労使コミュニケーションとは何であり、それを支える技術と、労使双方の考え方の変容や、働き方や職場、組織のあり方に及ぼす影響まで含めて、一体として捉え直すことを要請しているように思われる。新しいデジタル技術の登場と活用により、労使コミュニケーションのあり方そのものが、相当程度変わっている可能性を考えれば、その内容をより詳細に検討する必要があるように思われる。

本文

分割版

研究の 区分

プロジェクト研究「多様な働き方とルールに関する研究」
サブテーマ「労使関係・労使コミュニケーションに関する研究」

研究期間

令和4~5年度

執筆担当者

中村 良二
労働政策研究・研修機構 特任研究員
岩月 真也
労働政策研究・研修機構 研究員
石川 貴幸
立正大学 経済学部 特任准教授
西村 純
中央大学 商学部 助教

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