異例な時期には、異例な対策が必要
 ―ドイツにおける新型コロナウイルス危機への経済・雇用政策上の対応

【海外有識者からの報告】
海外在住の有識者から提供された現地の状況についての報告です(なお、本報告は執筆日における当地の情報であり、必ずしも最新の情報を反映されたものではない)。

ハルトムート・ザイフェルト(ハンスベックラー財団ドイツ経済社会研究所(WSI)元所長)

はじめに

新型コロナウイルスの大流行によるショックは、ドイツの公共生活と経済生活を突然、これまでにない規模で麻痺させた。3月22日に連邦政府はまず2週間、人の移動を制限した後、4月20日まで制限を延長した。これは外出禁止ではなく、接触の制限である。国民は新型コロナウイルスの感染を食い止めるために、他者との接触をできるだけ少なくすることを求められている。その目的は、感染者数のカーブをできるだけ平坦に保つことで、保健医療システムに過度な負担がかからないようにすることだ。何より優先されるのは、病院での集中治療が必要となる感染者の数を抑えることである。同時に、集中治療病床数を拡大することにも特に力が注がれている。緊急を要しない入院は、より遅い時期に延期される。薬局、食料品店、自動車整備工場は営業を続けている。連邦首相はこの状態を4月20日まで継続すると言明した。その間に、どのような出口シナリオが描けるかが検討されるという。

接触制限がどれだけ長く、ドイツで、さらにドイツの輸出入経済にとって重要な他の国々で続くのか、見通しが立たないことから、経済的な影響を見極めることも難しい状況である。しかし、この非常に不確定な状況にもかかわらず、連邦政府は異例の努力を傾注し、かつての危機で、かつて講じられたどの対策をもはるかに凌駕する経済・雇用プログラムを、極めて短期間で成立させた。そのモットーは「異例な時期には異例な対策が必要」であった。

これまで批判されることが多かった、キリスト教民主・社会同盟と社会民主党の大連立が、2008/2009年の金融危機時と同様に、緊密な連携プレーで効果的な危機管理を実現している。素早い反応と決定は、執行部だけにとどまらない。プログラムの各対策を実施する諸機関も、異例の速度と効率で対応する。行政機関の職員(特に連邦雇用エージェンシー)をはじめ、銀行や貯蓄銀行も、殺到する操業短縮手当や助成金の申請を、異例の努力(休日出勤、超過勤務)で懸命に処理している。4月23日までだけでも、71万8,000の事業所(申請可能な事業所の3分の1に相当)が雇用エージェンシーに操業短縮手当を申請した。概算で500万人の社会保険支払い義務のある労働者が、この手当を受け取ることになる(同労働者全体の約15%に相当)。この猛烈な申請の波が、短期間で処理されたのである。突然、押し寄せた要求に、公共行政は極めて柔軟に対応することができている。

出口戦略

接触制限の期間が長引くにつれて、緩和を求める声も大きくなっている。学際的な学者で構成された科学的専門家のチームは、接触制限の緩和へ向けたシナリオを提案する。様々な学術分野のアドバイザーの緊密な協力のもと、連邦政府と16の連邦州の首相は4月15日、現行の規制をまずは5月4日まで、やや緩和することを決議した。

  • 売り場面積800平方メートル以下の商店は再開可能。ただし、防疫対策、入場人数の管理や待ち行列の防止の義務を守らなければならない。自動車と自転車の販売店、書店は売り場面積にかかわらず、同様の義務を守った上で再開が可能。大規模なイベントは8月末まで禁止される。
  • 感染経路を確認し、管理するために、連邦政府はデジタルな「接触履歴追跡アプリ」の導入を支援する。導入の際には欧州およびドイツのデータ保護法の規定を順守する。また、感染動向と、特に保健医療機関の稼働率を定期的にチェックする。

4月30日、連邦政府と州首相は最新の状況を背景に、今後の戦略について協議した。パンデミックが今後、どう拡大するのか不確定な状況である以上、政治は「慎重に(auf Sicht)」対応するしかない。長期的な決定を行うには、経験的に根拠付けられる、患者数の推移を予測するための経験値が欠けている。

初動に有利な状況

新型コロナウイルス危機の勃発時のドイツ経済は、2019年下期に景気の軽い後退があったものの、総体的には比較的、好調だった。特に連邦予算は、近年の「黒いゼロ」方針のおかげで黒字だった。2014年以降、連邦予算は借金ゼロとなっている。それどころか、ドイツは債務残高を減少させた。2012年には国内総生産(GDP)の80%弱だった債務残高は、2019年には約59%まで縮小し、信用力が大幅に改善した。連邦債は投資家にとって、非常に魅力的なものとなっている。したがって、強力な公共プログラムのために、債務によって資金を調達する余地は十分にある。

ただし、欧州圏のいくつかの主要加盟国における初動時の状況は、あまり有利とはいえない。たとえば、イタリアの債務残高は136%、ポルトガルは120%、そしてフランスは99%である。こうした背景から、欧州の信用基金(Europaische Kreditfonds)、いわゆるユーロ共同債や新型コロナウイルス債をめぐって激しい議論が巻き起こった。これらは、債務残高が高く、信用条件が悪化している国々が資本市場にアクセスしやすくするために検討される。ドイツと他の数カ国(オランダなど)は、責任共同体(Haftungsgemeinschaft)に取り込まれ、結局は他国の財政政策に影響力を及ぼすこともできないまま、その債務を支払う羽目になることを恐れている。

労働市場も、2019年には景気が減速したにもかかわらず、堅調だった。就業者数は記録的な水準まで増加し、失業率も3.0%(ILOの定義)と、1990年の再統一以降で最も低い水準となった。

今後の経済予測

ドイツ経済はショックに陥っている。企業の景況感が劇的に悪化していることが、Ifoの景況感指数から読み取れる。この指数は、企業を対象に定期的に実施される大規模なアンケートを基礎に算出される。このアンケートで各企業は、自社の業況を評価し、今後6カ月の先行きを予測して回答する。この指数(季節調整済み)は2月には96.0だったが、3月には86.1、4月には74.3に落ち込んだ。再統一後のドイツで最も激しい低下であると同時に、この調査史上、最も低い値となった。

主要研究機関の予測やシナリオも、似たような暗い展望を描く。経済の落ち込みは2008/2009年の金融危機時よりもはるかに大きくなるという見通しで一致するが、期間は短くなると予想する。すなわち、V字型に推移するという見方が有力だ。この流れは経済のほぼ全体を巻き込んでいる。すなわち、金融危機時には比較的、打撃を免れたサービス業の幅広い分野にも影響は及ぶ。特に大打撃を受けているのが宿泊・飲食業、小売業の大部分、旅行業、航空業などである。多数の企業、特に小規模な企業に倒産の危機が迫っている。さらに事態を深刻化させているのは、世界中で経済が悪化していることである。特にドイツ経済が密接に絡み合う、重要な欧州や欧州以外の国々の経済も打撃を受けている。ドイツのような輸出志向型の経済にとって、これは不利な環境条件である。

ドイツ主要経済研究所の合同経済予測とともに連邦政府に助言を行う経済諮問委員会(注1)は、3月末に公表した評価報告書で、主要な予測について、以下の通り3つのシナリオを発表している。

基本シナリオ(第1のシナリオ)「早期回復」:
基本シナリオは、2020年3月と4月に激しい落ち込みを想定する。約5週間の停滞後、経済は5月から迅速に回復する。年間ベースで国内総生産は2.8%減少し、2021年には3.7%増加する。このかなり楽観的な予測では、就業者数にはほとんど変化がないが、失業者(ドイツの定義)はやや上昇し、5.3%となる。

リスクシナリオ(第2のシナリオ)「広範囲の停滞」:
このシナリオはより深いV字の落ち込みを想定する。旅行業、イベント業、飲食業が停滞した後、7週間以内に停滞がさらに広範囲の生産の停止に波及する。しかしその後、夏の間に急速に回復する。このシナリオでは、GDPは2020年に5.4%減少し、2021年に4.9%増加する。金融危機時よりも深い落ち込みが予測されるものの、回復は、通常の自然災害後と同様に、より急速に進むとする。それは十分な資本ストックが存在するためで、これをすぐに再活性化できると予測する。

リスクシナリオ(第3のシナリオ)「多数の倒産(Insolvenzen)」:
これは長期的に最も危険となるシナリオである。このシナリオでは、GDPがU字曲線を描く。年間ベースで成長率は4.5%減と緩やかな落ち込みとなる。しかし、シャットダウンが夏過ぎまで続くことによって、より多くの倒産が発生し、多くの企業が長期的な打撃を受ける。その後の回復には、はるかに長い期間を要することになる。2021年の景気回復は、成長率が1%と予測され、経済正常化をすぐに実現するには弱すぎる。

4月8日の5大経済研究所による合同経済予測は、2020年の経済パフォーマンス(Wirtschaftsleistung)は4.2%低下すると予想する。来年は5.8%の成長が予測される。GDPは2020年の第1四半期に軽く減少した後、第2四半期にはシャットダウンの影響で9.8%の落ち込みが予想されている。この数字はドイツにおいて、1970年に四半期統計(Vierteljahresrechnung)が開始されて以降、最も激しい下落となり、世界金融危機時の2009年第1四半期の落ち込みの2倍以上に相当する。就業者数は2020年平均で0.6%減という軽い減少にとどまり、翌年には再び0.6%増加する。失業率は2019年の5.0%から、2020年には5.5%に上昇し、2021年には再びやや低下して5.3%となる。国の新規債務は1,590億ユーロ増加し、債務残高はGDP比約70%に上昇する。

連邦政府は4月末に発表した春季経済予測で、GDPの6.3%減を予想しており、その後は、2021年には景気が再び上向くと見込む。さらに悲観的な予測を立てるのは労働市場・職業研究所(IAB)で、経済の落ち込みを8.4%と予測する。第2四半期には14.6%のマイナスが予想されている。また、失業者は年平均で約50万人増加すると予測する。操業短縮労働者(Kurzarbeiter)の数は、4月末には500万人に上ると見込まれている(注2)

ここで概略を伝える予測やシナリオは、多少の差はあるものの、2020年に経済が激しく落ち込むことを想定する一方で、迅速な回復も予想する。このV字型の推移は、パンデミックの今後の動向と、それに連動する保護対策に大きく左右される。それでも、どちらかというと楽観的な予測は、4月後半にも依然として経済活動が大きく制限される現状をみると、もう過去の話のように思われる。おそらく、経済の落ち込みはより深く、回復はより遅くなるだろう。

対策パッケージ

これまでだれも知らなかった、きっと以前にはほとんど想像もつかなかったような力業で、連邦政府はスピーディに、かつ大きな合意を得て、対策パッケージを成立させた。その規模たるや、過去のどんな景気対策プログラムも小粒に思われるほどだ。需要の安定を確保することを目的とした、また同時に危機にある事業所には流動性支援策を提供し、危機にある雇用を守り、労働者には収入を確保するための、数々の施策が導入された。さらに欧州委員会の施策もこれに加わるが、本論文では詳細な解説はしない。欧州は巨大な「保護の傘」を、特に信用支援(Kredithilfen)(注3)(5,400億ユーロ)や計画される景気対策プログラムの形で、1兆5,000億ユーロの規模まで広げている。さらに操業短縮手当も施策に加えられ、これまでこの制度を知らなかった国々にも適用される。景気対策プログラムに対する審議はまだ継続中である。

連邦政府は現在までに(4月24日)、連邦予算から総額で3,533億ユーロを拠出し、さらに8,197億ユーロの連邦保証を供与している。3月13日に発表された最初の対策パッケージには、次の施策が含まれる。

  • 操業短縮手当:操業短縮手当の支給要件が緩和された。これまで必要とされてきた、操業短縮の対象となる従業員の割合が、30%から10%に引き下げられた。労働時間口座の残高がマイナスである必要もなくなった。さらに派遣労働者にもこの手当が適用されるほか、操業短縮によって短縮された労働時間に対して使用者が支払われなければならない社会保険料を全額、連邦雇用エージェンシーが肩代わりする。
    操業短縮手当は、事業所の人件費の負担を軽減し、従業員の雇用を守り、深刻な所得の減少を防ぐための対策であり、前回の危機ですでに高い効果が示されている。減少分の実質所得の60%あるいは67%(子がいる従業員)が雇用(失業)保険(Arbeitslosenversicherung)から支払われる。最長で12カ月まで支払い可能であるが、担当大臣は24カ月に延長することを検討している。さらに労働協約で操業短縮手当の上乗せを定めている産業部門(化学産業、金属産業、公共サービス業の一部など)では、報酬の75%から100%が確保されることになる。この労働協約の規定対象は、就業者全体の45%に及ぶ。
  • 納税猶予の緩和(特に売上税、所得税、法人税、エネルギー税、航空税)
  • ドイツ復興金融公庫(KfW)(注4)の融資プログラムの要件緩和:KfWの融資プログラム利用のための売上高上限の引き上げ;KfWの融資に対する連邦によるリスク引受割合の引き上げ
  • KfWの融資プログラムに対する連邦予算からの保証枠を930億ユーロ引き上げ

3月23日に連邦政府は第2の包括的な対策パッケージを追加した。企業向けに次のような支援策が盛り込まれている。

  • 連邦レベルでの1,560億ユーロ規模の補正予算(335億ユーロは評価される歳入減少分、1,225億ユーロは計画される歳出追加分):債務ブレーキの枠内における「非常事態」宣言。
  • 小規模事業所、自営業者、およびフリーランスに対する緊急支援策:最大で9,000ユーロ(従業員5人以下)または1万5,000ユーロ(従業員6人以上、10人以下)。
  • 「経済安定化基金」の創設(2008/2009年の金融危機で導入された金融市場安定化基金SoFFinに対応):資本増強(1,000億ユーロ)、保証供与(4,000億ユーロ)、非金融企業向け。
  • 収入減少分の一部補填:学校や保育所の閉鎖で、親が就労できないか、親の就労が制限される家庭が対象。
  • 児童加算手当に対する要件緩和:資産調査を暫定的に不要とし、申請前の最終月の所得のみを考慮(緊急時児童加算手当)。
  • 賃借人および消費者に対する特例的な解約からの保護:賃借人および消費者が新型コロナウイルス危機を理由として賃貸料または公共料金(電気、ガス、通信費)の支払いを遅延する場合。
  • 保健医療システムへの35億ユーロの拠出:特に防護服の中央調達、病院の収益減の補償、ワクチン開発支援のため。

パンデミックがどれだけ長く、経済・社会生活を締め付けることになるかが確定できないことから、連邦政府は上述の対策を必要に応じて補う可能性については明言しなかった。

労働協約も異例の状況を考慮する。たとえば、金属加工産業では次の労働協約を取り決めた。これは企業の流動性を確保し、従業員の雇用を維持することを目的とした内容となっている。

  • 解約告知済みの賃金協約を、一覧表の報酬を引き上げることなく、2020年末まで継続する。
  • 操業短縮に対し、最初の月に対する従業員の実質報酬が、約80%の水準で確保される規定を設ける。これは特別手当の消失と雇用主補助金(Arbeitgeberzuschuss)(フルタイム従業員1名当たり350ユーロ)によって賄われる。
  • 保育所や学校が閉鎖した場合、12歳以下の子を持つ親は育児のために、協約追加手当(tarifliches Zusatzgeld)(注5)の代わりに8日の休日を取得することができる。これに追加する形で従業員は2020年中、育児のために――どうしても必要である限り――少なくとも5日の休日を、休暇への算入なく取得することができ、報酬は継続的に支払われる。

展望

新型コロナ危機の長期化とともに、政府のさらなる支援策への要求も高まっている。その要求には、労働組合から求められる、操業短縮手当を実質所得の60%(子がいる場合は67%)から、80%(子がいる場合は87%)に引き上げる要求が含まれる。連立与党は4月22日、段階的および時限的な引き上げに同意した。さらに失業手当の受給期間が延長された。飲食業は税負担が軽減される。これらの対策の費用は100億ユーロと見積もられている。自動車業界からは、新車購入に対するプレミアムの形での国家支援を求める声が上がっている。

ドイツ経済にとって非常に重要な自動車業界は、生産を再開し始めている。国際的な分業に基づくサプライチェーンが機能するかどうかは定かではない。欧州の主要な供給国であるフランス、スペイン、イタリアでは、まだ生産が大幅にダウンしたままである。EU圏内の、通常であれば自由な貨物輸送が阻害されており、交易が停滞している。さらにドイツでも、同様に経済危機に苦しむ主要な産業国でも、需要の喪失が懸念される。しかし、経済が上向くために決定的な鍵を握るのは、感染者の数を抑えることに成功し、接触制限を緩和、または幅広く廃止することができるどうかである。

(執筆日:2020年4月28日)

プロフィール

写真:ハルトムート・ザイフェルト氏

Dr. Hartmut Seifert(ハルトムート・ザイフェルト)
ハンスベックラー財団ドイツ経済社会研究所(WSI)元所長/JILPT海外情報収集協力員(ドイツ)

ベルリン自由大学卒業(政治経済学博士)。1974年から連邦職業教育訓練研究機構(BIBB)研究員、1975年からハンスベックラー財団ドイツ経済社会研究所(WSI)主任研究員、1995年から2009年まで同研究所の所長を務める。2010年に当機構の招聘研究員として1カ月半日本に滞在。専門は経済、雇用・労働問題。特に非正規雇用に関する専門家として多くの研究成果を発表。主な研究業績として「非正規雇用とフレキシキュリティ」(2005)、「フレキシキュリティ-理論と実証的証拠との間に」(2008)など多数。

参考レート

新型コロナ対策に関する海外有識者からの報告

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