公共職業教育訓練
イギリスの公共職業教育訓練
—企業の技能ニーズを重視

職業教育訓練政策の改革に関する政府の諮問を受けて、2006年12月にリーチ委員会(Leitch Review of Skills)は提言書を発表した。提言書は、これまで失業者、就業前の若年者を中心としてきた職業教育訓練政策を、在職者や事業主による訓練に拡大・拡 充し、ニーズに即した職業教育訓練プログラムの策定と訓練の質の改善を行う必要性を指摘。より多くの労働者への訓練機会の提供を通じた全体的な技能水準の 底上げや、事業主の発言力強化と関与の拡大などを提言し、このための組織・制度改革の基本的枠組みを示した。政府はこれをほぼ全面的に受け入れ、現在、一 連の制度改革が進められている。

制度概要

職業教育訓練政策は、19歳以降の高等教育・スキルを所管するイノベーション・大学・職業技能省(Department for Innovation, Universities and Skills:DIUS)と、高等教育機関に通っていない19歳未満の学習と学校および徒弟制度の枠内での職業訓練などを所管する児童・学校・家庭省 (Department for Children, Schools and Families:DCSF)によって主に推進されている。施策の実施管理と予算配分は現在、教育技能委員会(Learning and Skills Council:LSC)が、各地域の自治体その他の関係機関との連携により実施している。このほか、失業者・経済的弱者等への職業教育訓練 政策は、雇用年金省(Department for Work and Pensions:DWP)が所管し、全国のジョブセンター・プラスによって運営されている。このほか、企業の技能ニーズを政策に反映させる目的で2008 年に新設され、技能政策に関して政府に提言を行う雇用・技能委員会(UK Commission for Employment and Skills:UKCES)や、資格制度にかかわる多くの組織が政策運営にかかわっている。

一方、職業教育訓練の実施機関である教育訓練プロバイダーとしては、受講者数の最も多い継続教育カレッジ(Further Education College)のほか、民間の職業訓練プロバイダー、ラーンダイレクト・センター(Learndirect Centre)、ボランティア団体等がある。イギリスでは全てを公的資金で運営する公共職業訓練施設はなく、教育訓練は政府の職業教育訓練政策に沿って教 育訓練プロバイダーが教育訓練プログラムを提供し、その実績に対して公的資金が助成されている。

公的職業教育訓練プログラムの概要

公的職業教育訓練に係る施策は、継続教育と対象者別訓練(若年者、成人(在職者)、失業者・経済的弱者)で構成される。

イギリスでは就職を希望する義務教育修了者もすぐに就職するのではなく継続教育カレッジ等の教育訓練機関に進学し、継続教育として仕事に直結するスキルを 事前に習得する者が多い。このため、[1]読み・書き、計算能力などの基礎教育、[2]コンピューター、資格取得などの職業教育、[3]高等教育への準備 教育、[4]工芸、外国語などの趣味・文化的コースといった領域で、フルタイム・パートタイムで受講可能な多種多様なプログラムが用意されている。若年層 だけでなく、社会人も自己啓発やキャリアアップを目的に様々なコースに参加している。

また、対象者別訓練としては、若年者、在職者、失業者といった特定の対象ごとに教育訓練が実施されている(表1参照)。

表1:対象者別にみた主な職業教育訓練プログラム
対象 プログラム 内容 開始年
すべて 継続教育(Further Education) 個人が自己啓発、スキル向上のために受講する教育訓練
若年者 徒弟制度(Apprenticeship) 職場での訓練と並行して教育訓練機関で資格取得(レベル2相当)のための学習を行うプログラム 2004
上級徒弟制度(Advanced Apprenticeship) 職場での訓練と並行して教育訓練機関で資格取得(レベル3相当)のための学習を行うプログラム 2004
若年徒弟制度(Young Apprenticeship) 資格取得を目的に職場や職業訓練機関で学習や就業体験を行うプログラム 2004
雇用準備訓練(Entry to Employment) 基本スキル、職業能力の開発、自己啓発、社会性を育成するためのプログラム 2003
NVQ訓練(NVQ Learning) NVQ取得のための職業訓練プログラム 2003
成人
(在職者)
Train to Gain イングランド地方で実施している職業訓練支援プログラム 2006
成人向け徒弟制度(Apprenticeships for Adults) 25 歳以上の成人を対象として徒弟制度 2005
失業者・
経済的弱者
New Deal 特定の求職者グループを対象とした就業支援プログラム 1998
Employment Zone 特定地区において長期失業者の職業復帰を支援する雇用対策プログラム 2000

若年者対象の職業教育訓練政策

イギリスでは就職前の若年者を対象とした職業教育訓練が重視されている。中心となる徒弟制度は、事業主の下で働きながら訓練を受け、政府が示す認定基準 に沿って資格授与機関の認定を受けた教育訓練プロバイダーで資格取得やスキル習得などを目指すもの。座学による職業知識の習得と職場での実務により、労働 者のスキルと雇用者側が求めるスキルとのギャップを埋めることが期待されている。16~24歳を対象に、取得目標とするNVQのレベルに応じて、徒弟制度 (NVQレベル2:非熟練レベル)と上級徒弟制度(NVQレベル3:技術職、熟練工、監督職相当レベル))の2つのレベルが用意されているほか、より若年層の14~16歳を対象とする「若年徒弟制度(Young Apprenticeships)」がある。約80の産業で180職種以上の徒弟制度・上級徒弟制度の訓練コースが提供されており、訓練内容、期間は職種や訓練生によって異な る(通常の訓練期間は12~36カ月)。訓練生の身分は通常、有給の雇用者であり、徒弟制度期間中に支払われる賃金は最低週80ポンド(2009年8月か らは週95ポンド)と決められている。実際に支払われている賃金は平均週170ポンド前後で、高度なスキルを要する職種では週210ポンドとなっている。 雇用されていない場合には賃金の代わりに政府から教育継続手当(Education Maintenance Allowance:EMA)を受けとることができる。なお、徒弟制度修了後の訓練生の雇用は企業に義務化されていないし、逆に訓練生にもその企業に就職 することを義務化していない。

在職者対象の職業練教育訓練政策

次に、在職者を対象とした職業訓練プログラムとしては、企業主導で行われる職業教育訓練の他に、通常の徒弟制度を拡大する形で25歳以上の成人を対象と した成人向け徒弟制度(Apprenticeships for Adults)がある。

またリーチレポートでその重要性が指摘された事業主及び在職者向けの職業教育訓練施策の拡充への取り組みとして、企業が求める職業教育訓練の実施を公的に 支援する新しい施策「Train to Gain」が2006年に開始された。Train to Gain は、主にNVQレベル2以上の職業資格を持たない従業員を対象に、レベル2、レベル3取得のための職業訓練、基礎的な読み書き、計算能力といった生涯スキ ル(Skills for Life)取得のための訓練などを雇用者が実施する際の訓練費用を政府資金によって補助するもの。このため、職業教育訓練の需要側である企業が訓練プログ ラムの設計、方向付けを行うことを認めるとともに、これを支援するためのスキルブローカー(Skills Broker)が、LSCによって設定されている(利用は任意)。スキルブローカーは、事業主と協同で当該企業のスキルニーズを把握し、最適な職業教育訓 練プログラムの作成や実施方法などに公正かつ独立な立場で助言を行う。さらに中小企業(従業員が50人未満)については、従業員が訓練を受講している期間 の賃金の一部を補助金として支給する。

失業者及び経済的弱者対象の職業教育訓練政策

さらに、失業者や経済的弱者を対象とした職業教育訓練は雇用年金省所管のジョブセンター・プラスを通して実施されており、その主要なプログラムはニュー ディール(New Deal)、エンプロイメント・ゾーン(Employment Zone)である。ニューディールは若年失業者、長期失業者、ひとり親、中高年失業者(50 歳以上)、障害者等の特定の求職者グループを対象とした就業支援策であり、その一環として参加者には職業訓練の機会が与えられる。また失業率が特に高く、 長期失業者の多い地域として政府が指定する地域では、ニューディールと並行してエンプロイメント・ゾーンが提供されており、個々人の状況により即した就業 支援、必要に応じて職業教育訓練が、民間企業への委託により実施されている。プログラムへの参加の間、失業者や経済的弱者には所得水準に応じて社会保障給 付制度を通じた生活費補助が支給されるほか、就職時もしくは就職後に支払われる各種の補助等がある。

一方、企業が若年または成人のニューディール参加者を雇用する場合、26週以上雇用することや、他の従業員と同等の訓練を受けさせることなどを条件に、 26週にわたって助成金が支給される。金額は年齢および週当たりの労働時間によって異なり、週30時間以上の場合は75ポンド(若者向けは60ポンド)、 16~29時間の場合は50ポンド(同40ポンド)。さらに、若者向けニューディール参加者に訓練を受けさせる場合、アドバイザーの同意により、750ポ ンドを上限とする訓練費用の助成が行われる。

今後の政策展開

(1)企業・個人向け支援策の強化

政府は、リーチレポートの提言する、企業・個人向けの支援への政府補助の集中を政策に反映すべく、準備を進めている。その一つは個人向け訓練補助制度の 整備で、個々の受講者のニーズや選択に合わせた費用補助と受講記録管理の方策として、Skills Accountの2010年の導入が予定されている。大学に進学しない18歳以上のすべての若者・成人を対象に、受講者に固有の番号と訓練アカウントを付 与して、政府の認定する訓練プロバイダーによる訓練の受講費用をバウチャーにより補助する。

また、企業向けの訓練補助については、事業主の技能ニーズに沿った訓練助成の促進のため、政府は将来的に、企業が実施する全ての訓練の助成をTrain to Gainを通じて実施したい意向を示している。加えて、中小企業に対する従業員および事業主向けの教育訓練支援を強化する方針を示している。

(2)資格制度の改革

  1. 資格単位枠組み(Qualifications and Credit Framework)の導入

    資格取得に関する企業や個人の利便性を高めるため、既存の資格を構成する訓練単位に分割し、これに対する認定や補助を可能とする「資格単位枠組み」の導 入作業が進められている。2011年には、現在の全国資格枠組みに代えて本格導入が予定されている。

  2. 14~19歳向けディプロマ制度(new Diploma)の導入

    若年者の実践的な職業スキルの開発に向けて、14~19歳向けの教育に新たに導入される資格制度。読み書き計算やITの教育と併せて専門科目を選択し、 座学と10日以上の就業体験を組み合わせた職業教育課程を学ぶもの。2013年にはイングランド全体で提供される予定。

(3)関係組織の再編

一連の制度改革と並行して、LSCの廃止を中心とする関連組織・業務の再編が予定されている。職業教育訓練政策の企画・運営に関するLSCの所管業務 を、地域・地方レベルに移管することが主眼で、LSCが担ってきた地方への予算配分機能は、新設されるSkills Funding Agency(19歳以上の職業教育訓練に関する予算配分、継続教育カレッジのパフォーマンスなどを所管)とYoung People's Learning Agency(19歳未満の職業教育訓練に関する予算配分を所管)の2組織が引き継ぐ。一方、地域レベルの政策企画・運営は、これまでLSCの地域組織等 と共同であたってきた地域開発公社(Regional Development Agency)が主導し、地方レベルの政策運営は、地域内の複数の地方自治体の集合体が、準地域(sub regional)グループとして共同で進める体制となる。

参考

関連情報