公共職業教育訓練
フランスの公共職業教育訓練
—サルコジ政権下で制度改革

職業訓練政策の変遷

「全ての人に職業訓練の機会を提供する」ことを柱のひとつとして進められてきたフランスの職業訓練制度は、学校教育及び見習制度(16~25歳を対象に就労と教育を交互に行う)による「初期職業訓練」と、全ての就労者(被用者、非被用者)、求職者、失業者、就職困難者を対象とする「生涯(継続的)職業訓練」の2つに大別される。前者は国民教育省が、後者は経済産業雇用省が管轄している。

古くから公的な教育制度の枠内での教育機関だけでなく、教会や労組が主体となった民間レベルでの職業訓練も実施されてきたフランスでは、第2次世界大戦後の経済発展の中で、使用者、労働者双方から新たな技能・技術の取得を目的とする職業訓練のニーズが高まりをみせた。政府は、学校教育が不十分であった勤労者を対象に「教育の機会均等化策」として、勤務時間外(主に夜間及び土曜日)に職業訓練を実施するという政府の訓練政策をとったが、勤労者にとって勤務時間外の訓練を継続的に受講し資格を取得することは非常に条件が厳しく、政府の意図に反してあまり普及しなかった。

これに対し、労組側は勤務時間内に職業訓練を受ける権利を要求し、全国レベルでの労使間交渉により、1970年7月9日、被用者の職業教育に関する複数産業間協定(Accord national interprofessionnel)が締結された。在職者が勤務時間内に職業訓練を受ける権利を認めた同協定に基づき、翌71年には「生涯教育の一部としての継続訓練の組織に関する法律第71-755号」が制定され、同権利が「教育訓練休暇制度」として法制化された。同法では、従業員の職業訓練資金として企業が税金を支払う「職業訓練負担金制度」の導入、労使間における負担金の徴収を専門とする基金「労使同数職業訓練費徴収機関(OPCA)」の創設が定められ、在職者を対象とした職業訓練の管理主体が労使であることが明確となった。

以降、義務教育レベル以上の学校を卒業、就職し、退職するまでの全職業期間(失業および求職活動中も含む)に労働者が受ける職業訓練全てを対象とした政策が推進される中、職業訓練に関わる「関係者」として、国、地方公共団体、公的・私的企業、職業団体、労働組合等が、独自にあるいは連携しながら、独自職業訓練制度を発展させていくとともに、それぞれの役割が明確化されていった。

現在、国は、制度全体の基本的枠組みの決定及び法制化と失業(求職)者や社会・経済的弱者を対象とした職業訓練の、地域圏は、若年者を対象とした職業訓練の、労使は、在職者を対象とした職業訓練の管理主体としての役割をそれぞれ担っている。

近年の制度改革

(1)全生涯にわたる職業訓練と労使対話に関する法律

フランスでは、1970年の複数産業間協定を基本原則として、在職者が勤務時間内に職業訓練を受ける権利が法律で定められているが、年齢層、企業規模による職業教育機会の不均衡や、細分化され複雑で分かり難い制度のあり方などが問題となっていた。

こうしたなか、企業の被用者や公務員等の職業訓練制度について団体交渉を行った労使8団体は、2003年12月5日、「被用者の職業人生にわたる訓練機会」に関する複数産業間協定に署名した。この協定は、労働法典題9章「生涯にわたる職業訓練について(la formatison professionnnele continue dans le cadre de la formation professionnelle tout au long de la vie)」で保障されている「労働者の職業訓練の権利」を強化するもので、幅広い年齢層に対する職業訓練機会の拡大を目的として、被用者が自らの意思で職業訓練を受けることができる「職業訓練への個人の権利(DIF :droit individuel a la formation)」など新たな規定が盛り込まれた。

政府は、同協定を基に職業訓練制度改革に関する法案を作成し、2004年5月4日、「全生涯にわたる職業訓練と労使対話に関する法律第2004‐391号」が成立した。

(2)サルコジ政権下での制度改革

職業訓練制度を「くたびれた制度」として痛烈に批判してきたサルコジ大統領は、現行制度は資金の流れが不透明で、訓練へのアクセスも不平等なために、最も訓練を必要とする者がその恩恵を受けられないでいると指摘、2008年末までに改革案を発表すると主張してきた。こうした批判や指摘を労使側は認めつつも、2003年の労使協定によって、被用者主導の職業訓練を目的とした「職業訓練への個人の権利(DIF)」を確立するなど、企業における職業訓練は大きく発展したと反論してきた。

政府から、職業訓練制度の実態に関する調査の指示を受けた国、地域圏、労使の代表らによる作業グループは、2008年7月10日、「現在の職業訓練制度では、訓練へのアクセスが不平等で、失業者や低資格被用者、そして高齢者が不利な扱いを受けており、さらに財政面でも非常に厳しい状況にある」とする報告書を経済産業雇用大臣及び雇用担当閣外大臣に提出した。

この報告を受けて政府は、4つの改革軸(優先課題)からなる改革方針文書を労使に示し、制度改革についての労使交渉の実施を求めた。4つの改革軸とは、(1)職業訓練と雇用の関係を強化する(2)職業上もっとも弱い立場にある者(中小企業の被用者、低資格の被用者、資格を取得せずに学校教育を修了した若年者など)を対象の中心に据えて、職業訓練へのアクセスの不平等を支出の面からも見直す(3)より透明性の高い、パフォーマンスの良い制度にするため、国、地域圏、そして労使の活動を連結させる(4)個人への情報提供、職業指導・支援の強化を図るとともに、職業訓練休暇や職業訓練への個人の権利を高める——である。

年内にも改革案を発表したい政府の圧力を受けて交渉を開始したかたちとなった労使は、交渉を重ねて、翌2009年1月7日、25時間にも及ぶ交渉の末、ようやく合意に達した。協定には、(1)職業訓練計画(Plan de formation)の簡素化(2)低資格者、失業者向け訓練参加者の増加(3)職業課程安定化労使同数基金(FPSPP)の設立(4)職業訓練に関する権利(DIF)のポータビリティー性の確保(5)働きながら職業訓練を受け、特定の職種に就くために必要なスキル等を習得することを目的とした「熟練化契約(Contrat de professionnalisation)」の促進(6)学業再開制度(formation initiale différée)の創設——などが盛り込まれた。

代表的な職業訓練制度

  1. 若年者向けの職業訓練
    • 見習訓練制度
      16~25歳の若年者を対象に、一般教育、理論、実践を施し、中学レベルから大学レベルに至る各種職業資格を取得させることを目的とする雇用契約。見習訓練生は企業で「有期職員」として働きながら、見習い訓練センター(CFA)で座学を受講する。
  2. 在職者向けの職業訓練
    • 職業訓練計画(plan de formation)・・・企業主導
      企業が、自社の従業員に対して(1)組織変更に伴う就労部署への適合化(2)雇用動向の変化への対応・雇用維持(3)能力開発—のいずれかの目的のために行う。
    • 個別訓練休暇(CIF:conge individuel de formation)・・・被用者主導
      企業の職業訓練計画とは別に、被用者が自発的に職業訓練を受けるための休暇。被用者個人が訓練計画書を作成し、企業に課せられたCIF負担金の徴収組織が、計画書を審査し、賃金(従前賃金の60~100%)を支給する。フルタイム研修で一年以内、パートタイム研修で1200時間以内の休暇を取得できる。24カ月以上の就業経験が必要。訓練内容は現在の業務と無関係でも構わない。
    • 職業教育への個人の権利(DIF:droit individuel a la formation) ・・被用者主導
      (1)被用者は、使用者との合意に基づき自らの意思で年間20時間、職業教育を受けることができる(6年間持ち越し可能で計120時間)。使用者側の合意が得られない場合は、被用者は従来からある「個人職業訓練休暇制度(CIF)」を利用できる。(2)職業教育は、産業別労使協定もしくは企業内協定に応じ、勤務時間内又は勤務時間外に受けることができる。(3)勤務時間内に職業教育が行われる場合には、被用者には100%の賃金が、勤務時間外の場合には、被用者には手取り賃金の50%が支払われる。なお、後者の場合、使用者は職業教育にかかる費用及び交通費を負担する。
  3. 失業(求職)者、就職困難者向けの職業訓練
    • 職業訓練と雇用とを組み合わせた特殊雇用契約
      特に若年者の長期失業の改善が目的。職業訓練は強制のものと任意のものとがある。
      就職困難者にも適用。企業だけでなく、国、地方自治体、非営利団体が雇用主となる雇用契約もある。
    • 再就職活動と職業訓練、失業保険給付支給の一体化
      公共職業安定所(ANPE)に求職者登録をした場合、就職活動の指針となる「個別就職計画 PPAE (Projet Personnalisé d‘Accès à l’Emploi) 」が作成される。PPAEは、求職者の再就職を促進させる制度で、2006年1月18日以降に求職者登録をした者から適用 (2001年7月1日に施行された「雇用復帰支援計画(PARE:Plan d‘Aide au Retour à l’Emploi)」及び「個別行動計画(PAP:Projet d‘Action Personnalisé)」 に代替するもの)。 PPAEには、求職者の能力を精査した上で、本人の希望(勤務地や賃金、職種など)を考慮し、再就職に相応しい業界や職種、雇用形態、必要な職業訓練など再就職活動の方針が盛りこまれる。 なお、失業給付を受給するにはこのPPAEの作成が必須となる。

今後の政策展開

1970年初頭以降、複雑化、細分化しながら発展してきたフランスの職業訓練制度は、経済のグローバル化や産業構造の複雑化などが進む中で、従来の制度に行き詰まりが見られ、2004年の改革に至った。しかし、改革後も職業訓練へのアクセスの不平等や制度の複雑性に改善は見られなかった。

職業訓練制度の改革を公約のひとつとしてきたサルコジ大統領は、雇用・職業訓練担当大臣(注1)に「改革を徹底的に実施する」よう強く求め、今回の労使交渉、そして協定締結を実現させた。現行制度を「全フランス人が、人生のいかなる時点でも、またこれまで仕事によって蓄積してきた権利に応じて、資格取得や転職などを可能にする職業訓練制度」に改革するために、(1)職業訓練と雇用の関係を強化する(2)制度を簡素化する(3)職業上もっとも弱い立場にある者(中小企業の被用者、低資格の被用者、資格を取得せずに学校教育を修了した若年者など)を対象の中心に据える(4)透明性が高くパフォーマンスの良い制度の実現に向けた国・地域圏・労使の活動の連結を強化する——というのがサルコジの主張である。

労使代表は、今回の労使合意を「低資格の賃金労働者や失業者が職業訓練にアクセスしやすくするもの」と評価しているが、35ページにも及ぶ協定内容は複雑で、政府が求めていた「制度の簡素化」からは程遠い。また、政府が強く求めていた「労使同数職業訓練費徴収機関(OPCA)」の透明性や機能に関するテーマについては、深く掘り下げた議論がなされることなく、新たな基金(FPSPP)の設立という形での回答となった。

今回の労使協定について、雇用・職業訓練担当大臣は、特にOPCAの問題を念頭に協定内容を注意深く検討する意向を明らかにしたうえで、法制化の準備を進めるため、関係者間の最終的な交渉を開始した。この交渉を終えた後、政府による法案作成、国会審議を経て、正式に制度改革に関する法律が成立する。なお、労使協定のうち、法制化されなかったものについては、労働協約に落とし込むという形で労使は対応する。

今回の調査では、職業訓練の一つのサイクル(計画—実施—評価)に関するEUレベルの枠組みである「European Quality Assurance Reference Framework (EQARF)(注2)」がEU加盟国及び欧州委員会によって採択された(2008年12月)ことを受けて、フランス国内でも、職業訓練で取得した技能が職業資格として認められるような一貫したサイクルの確立や、これまで問題視されてこなかった職業訓練のサービス(実際の教育訓練内容)の「品質」とその向上に関するアプローチを求める声があがっていることが明らかとなった。こうした声が制度改革へ向けて具体化していくのか注目されるところである。

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