アジアの若者に対する職業訓練政策:マレーシア
若者はビジョン2020の成功を握る鍵
- カテゴリー:若年者雇用
- フォーカス:2005年10月
若者は人材開発の中心的存在
マレーシアは、アジア諸国の中でも、他国に比して急激な工業化を遂げた国として知られる。基本的に自然資源と一次産品に恵まれた国だが、経済成長を支えている主な要因として、人材育成の効果が指摘される。マレーシアでは、経済政策は人材開発がその中心的役割を担っており、労働力は社会開発のための貴重な資源という認識が強い。マレーシアの開発政策は、マレーシアプラン(注1)と呼ばれる国家中期経済開発計画に基づいて行われるが、人材能力開発はその中核に据えられている。現在は第8次マレーシアプラン(MP-8: 2001-2005)が進行中。この目標は、マレーシアを知識ベース型の経済国へ発展させ、それらに必要な人材を増強することと位置付けられている。2020年までに統合され繁栄した単一のマレーシアを実現し、先進国並みの経済成長を達成するという目標「ビジョン2020(WAWASAN 2020)」(注2)を掲げるマレーシアにとって、若年者に対する能力開発政策は、国家経済発展継続の鍵を握る最重要課題だ。
若年失業率は上昇傾向
ところが、若年層の雇用状況について見てみると、先行する欧米先進国に追従するかのように、若年失業率は上昇の傾向を見せている。マレーシアにおける工業化政策は、若年者の大規模な国内移動をもたらした。若者はよりよい職を求めて農村部から都市部へと移動した。近年、都市部における若年労働者数は著しい増加をみせており、こうした都市部における大規模な労働力の供給増が若年失業率を押し上げる要因となっている。未熟練労働者を嫌う経営体質の問題、需給のマッチングの問題、若者自身の就業意欲の問題など、若年失業の構造は単純ではないが、若年者に適当な職を確保できるだけの能力を身に付けさせることが、政府の施策として喫緊の課題であることは間違いない。マレーシア政府もそうした認識のもと、現在実施されている職業訓練政策の対象は、そのほとんどが若年層を意識したものであるといえる。
若年層に対する各種職業訓練プログラム
マレーシアの職業訓練は、生産現場で即戦力となる人材を養成するために、主に人的資源省、起業家育成省、青年・スポーツ担当省で所管して実施される。人的資源省では、学卒者に対して就業前の職業訓練を行い、さらに若者を含む在職者に対しても能力向上訓練を行っている。人的資源省には、職業訓練の実施を担当する人材局、職業訓練の企画・評価関係を担当する国家職業訓練評議会(NVTC)、製造業及びサービス業の雇用主による従業員の訓練・再訓練及び技能向上の促進に用いられる人的資源開発基金(HRDF)の監督を目的に1992年に設立された人的資源開発評議会(HRDC)がある。また人材局は、職業訓練の実施部門として全国に産業訓練校(ITI)、上級技術訓練センター(ADTEC)、日本・マレーシア技術学院、および職業訓練指導員・上級技能訓練センター(CIAST)などを所管している。以下、マレーシアで展開されている若者を主なターゲットとした各種職業訓練プログラムを紹介する。
(1)人的資源省の行う職業訓練プログラム
1)産業訓練校(ITI: Industrial Training Institute)
製造業関連を中心とした長期コースと短期コースを配置する。実施している訓練は、基礎レベルのもので、長期コース修了生には、マレーシア技能証明書(MSC)(注3)レベル1またはレベル2が付与される。また、人材局独自の資格として、長期コース修了生を対象に産業技能士証明書(Industrial Technician Certificate)が、短期コース修了生には、向上訓練修了証書が発行される。
2)上級技術訓練センター(ADEC: Advanced Technology Training Center)
産業界の熟練技能者の養成を目的に、地域の職業能力開発の中核センターとして全国に設置。教育資格ともリンクしており、修了生にはDiplomaが付与される。
3)日本・マレーシア技術学院(JMTI)
ハイテク工業分野の人材を育成するという政策に沿って、日本政府の協力による職業訓練プロジェクトとして設立された。長期コースとして電子技術工学、情報技術工学、生産技術工学、メカトロニクス工学などを配置。マレーシア技能証明書(MSC)レベル4の取得に結びつく訓練を実施している。
4)職業訓練指導員・上級技能訓練センター(CIAST)
日本政府の無償資金協力(1982年~1991年)によって設立された中核訓練施設である。実施しているのは、国内の職業訓練施設の指導員を目的とした「指導員訓練コース」、生産現場の監督者を対象とした「監督者訓練コース」、在職者に対する短期(1~3週間)の向上訓練を行う「上級技能訓練コース」など。
(2)起業家育成省の行う職業訓練プログラム
ブミプトラ優先策(注4)の一環として、起業家育成省はブミプトラ(マレー系)の職業能力を高めるための教育・訓練を実施している。起業家育成省はマラ公社(MARA:Majlis Amanah Rakyat)を設置、ブミプトラの社会進出と商工活動を指導し、特に農村部の経済・社会開発を促進する事業を行っている。運営している訓練施設として、マラ活動センター、マラ職業訓練校および外国政府との協力によるマラ高度技術学院がある。
1)マラ活動センター
自営業の奨励など地方産業の雇用ニーズを勘案し、基礎技能の訓練に重点を置く。学歴の低いブミプトラを対象とした6~12カ月のコースを実施している。訓練レベルはマレーシア技能証明書(MSC)のレベル1である。
2)マラ職業訓練校(IKM)
学校教育終了の若年者を対象とした全寮制で実施される集中管理型の訓練校で、全国に11校ある。訓練は、IKM内でのOFF-JTと企業でのOJTを組み合わせた徒弟制型の訓練システムとなっている。訓練期間は1年半~3年で、訓練レベルはマレーシア技能証明書(MSC)のレベル1~3である。
3)マラ高度技術学院
ドイツ・マレーシア技術学院(GMI)
ドイツとの政府間技術協力によるプロジェクトで1992年に設立。ドイツのマイスター制度をモデルにした高度熟練技術者の養成を目指しており、訓練職種として産業電子科、生産技術科が設置されている。いずれの科も、マレーシア技能証明書(MSC)のレベル4の取得につながる3年間の訓練を実施している。この他にフランスからの政府間協力によるマレーシア・フランス技術学院(MFI)、英国からの協力による英国・マレーシア技術学院(BMI)などがある。
(3)青年・スポーツ省の行う職業訓練プログラム
青年・スポーツ省は特に学校中退者の若者に対する職業訓練を行う。青年・スポーツ省青少年課が管轄している訓練施設として、18~25歳の若年者(特に学校中退学者)を対象とした国立青少年技能訓練校(IKBN)とインド政府の援助で設立された国立青少年上級技能訓練校(セパンIKTBN)がある。
1)国立青少年技能訓練校(IKBN)
18歳~25歳の若年者(特に学校中退者)を対象に、2年間の訓練を実施する。全国に5校ある。訓練コースは、機械、電気、商業等約30コースが設置されており、マレーシア技能証明書(MSC)のレベル1および2の取得につながる訓練を実施している。
2)国立青少年上級技能訓練校(セパンIKTBN)
インド政府の援助で1999年に設立。訓練コースは、機械メンテナンス、産業電子等があり、マレーシア技能証明書(MSC)のレベル3の取得につながる1~2年の訓練を実施している。高卒者、国立青少年技能訓練校(IKBN)、マラ職業訓練校(IKM)、産業訓練校(ITI)の修了者が入校できるシステムとなっている。
注
- マレーシア計画(MP: Malaysia Plan)と呼ばれる国家中期経済開発計画。アブドゥル・ラザク首相が1966年に打ち出した工業化政策に基づいたもので、第1次マレーシア計画(MP-1:1966-1970)が実施されて以来、歴代首相に継承されてきている。
- 2020年までに統合され繁栄した単一のマレーシアを実現し、先進国並みの経済成長を達成するという国家目標。
- MSC (Malaysia Skill Certificate:マレーシア技能証明書)は1993年に制定された技能評価の認定制度。MSCを取得するには1)認定センターで認定プログラムによる訓練を修了する方法、2)単位認定証による方法、3)業績認定による方法の3つがある。
- 1971年にスタートした「ブミプトラ政策」では、貧困の撲滅と民族構成による経済社会の実現を掲げ、その中でマレー系民族を優遇することを明らかにした。
2005年10月 フォーカス: アジアの若者に対する職業訓練政策
- 総論: アジアの若者に対する職業訓練政策
- 中国: 人口大国から人的資源大国へ
- 韓国: 若年失業対策としての職業訓練プログラムが拡充
- タイ: 公共職業訓練機関による若年者の能力開発
- マレーシア: 若者はビジョン2020の成功を握る鍵
- シンガポール: シンガポールの職業訓練政策/政労使で強力に推進
- インドネシア: 国家主導で労働力の質の向上を目指す