「AIスタジオ」開設
 ―職場のAI活用への労働者関与支援、連邦労働社会省など

カテゴリー:雇用・失業問題労働条件・就業環境

ドイツの記事一覧

  • 国別労働トピック:2024年4月

シュトゥットガルトで2月1日、ミュンヘンに続く2つ目の「AIスタジオ(KI-Studios)」が開設された。AIスタジオは、連邦労働社会省が410万ユーロの資金を拠出し、フラウンホーファー労働経済・組織研究所(IAO)(注1)とシュトゥットガルト大学労働科学技術経営研究所(IAT)(注2)が共同運営する。主に中小企業の労働者や事業所委員会(Betriebsrat)のメンバーに対してAIを用いた作業体験の機会を提供し、AI導入時の労働者関与を深め、労働現場の負担軽減、労災防止、仕事の質の向上等を目指す。

実践的なAI作業の体験機会を提供

連邦労働社会省によると、AIの急速な進展とともに、職場におけるAI活用の可能性が拡大しているが、これまでのところドイツ企業でAIを活用しているのは12%にとどまる。AIは職場の作業効率を大幅に向上させ、今後の経済発展に欠かせない技術だが、多くの労働者はAIの知識に乏しく、AIによる失職への不安を抱える者も多い。そのため同省は、「AIスタジオ」を通じて、労働者や事業所委員に具体的なAI体験の機会を提供し、職場におけるAI導入時の労働者関与を深めたいと考えている。

「AIスタジオ」では、例えば、電気自動車のバッテリーの部品締結時に、電動ドリルを用いたネジの打ち込み角度が正しいか、あるいはワッシャー(座金)が正しく挿入されているか等をAIが判断して、問題がある場合は赤ランプ、問題がない場合は青ランプが点灯するなど、誰にとっても分かりやすい作業を体験することができる。また、病院に来訪した患者が緊急の状態であるか否かの判定を看護師がAIを活用しながら判定する体験など、さまざまな職業分野に応じたAI体験が可能である。

スタジオの拠点は、現在は2カ所のみだが、今後はさらに増設する予定である。また、各地を巡回できる専用車も備えており、関係機関(連邦労働社会省未来センター、労使団体、商工会議所、連邦雇用エージェンシー等)と連携して、AI活用を模索する地方の企業(特に中小企業)を直接訪問して、労働者等に対してAIを用いた作業体験やAI知識に関するワークショップ等を開催することも可能となっている。

「AI戦略」の更新と今後の展望

ドイツは、2018年に三省(教育省、労働社会省、経済省)が合同で「ドイツ人工知能戦略(AI戦略)」を発表し、連邦内閣の採択を経て、その戦略に沿ったAI政策を行っている(注3)。AI戦略は、著しく発展し続ける技術分野に関する連邦政府の行動方針を提示したもので、政府が掲げるデジタル化実践戦略の一部にもなっている。そのうち、労働関連分野にかかる部分は、図表1の通りである。

図表1:ドイツAI戦略―労働分野の項目(抜粋)
基本コンセプト 重要項目
  1. 人間中心主義の徹底
  • AI導入時の従業員の関与を強化
  • 多様性や個別配慮の必要性
  • 関連省庁間の連携強化
  • 国際的な基準設定のための国外対話の構築
  1. 労働研究コンピテンスセンターを地域に設置
  • 学術研究と労使現場の融合と実用化
  • 企業の実験空間を活用
  • 成果を中小企業へ確実に移転(AIの全体的な普及支援)
  1. 教育・訓練のデジタルインフラを整備・促進
  • 全ての学校におけるデジタルインフラの促進
  • ラーニング・ファクトリー4.0の伝播
  1. AI専門家の育成、獲得
  • AI基礎教育(プログラミング知識など基礎的なデジタル技能)を早期に幅広く伝える
  • 大学等における学際的な「AI」教育、AI教授のポスト拡充の必要性
  • 教員、訓練講師、試験官の知識・能力更新の必要性
  1. 教育・訓練の強化

出所: Bundesregierung (2018)KI-Strategieをもとに作成。

今回のAIスタジオの設置の背景にあるのは、図表1の「1.人間中心主義の徹底」の部分で、政府の方針概要は、以下の通りである。

AI活用の増加とともに、労働をめぐる環境は変化している。人間と機械の間の作業分担を新たに再考する中で、技術の進展によって、人間の負担は軽減されるべきであり、人間ならではの能力(共感力、創造力、複雑な状況下における問題解決力等)を発揮できる環境にしなくてはならない。そのため、人間が技術に対応するのではなく、人間が必要とするものに応じた技術が対応しなくてはならない(人間中心主義)。

この考えに沿って、特定技術を導入する際には、使用者のみならず、現場の当事者である「労働者」も積極的に関与することが重要である。また、幅広い課題をAIの文脈で捉え、政策の縦割りによる弊害や重複を避けるため、関係省庁(連邦教育省、連邦経済省、連邦労働社会省等)が連携して、共通のAI技術普及コンセプト(人間中心主義)をさらに発展させて政策調整していく必要がある。

AIの重要性は、「社会全体の労働者の福利と生産性向上を並行して実現できる」点にある。単純作業や危険作業は人間にかわって機械が肩代わりし、人間はよりクリエイティブ(創造的)な問題解決に集中できるようにすることが重要で、その実現のためにAIを労働現場に導入にする際の、ソーシャルパートナー(労使)の役割と従業員の参画(事業所委員会の関与)がとりわけ強調される。特にAI化は従業員にとって多大な影響を及ぼすため、連邦政府は、今後さらに事業所委員会(Betriebsrat)の継続教育に関する発議権を強化する意向である。

2018年のAI戦略は、2020年に更新され、AI関連投資を従来の30億ユーロから50億ユーロに増額している。今後はより多くのAI専門家の育成を目指すと同時に、最先端のAIインフラの設置や、特に中小企業におけるAI活用を強化・促進し、公益のためのAI技術の開発と市民社会のネットワークへの包摂などを支援する計画である。

参考資料

参考レート

2024年4月 ドイツの記事一覧

関連情報

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。