法定最低賃金(SMIC)専門家委員会の報告書
 ―24年1月の改定は物価上昇並みの引き上げにとどめるよう勧告

カテゴリー:労働条件・就業環境労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2023年12月

法定最低賃金(SMIC)(注1)が1月1日に定例改定される。これに先立ち11月30日に専門家委員会の報告書が政府に提出されたが、規定通りの物価上昇分の引き上げにとどめるよう勧告する内容だった(注2)。委員会はSMIC引き上げに伴って賃金が引き上げられる労働者の割合が過去にない高い水準であることを問題視し、SMICの過度な引き上げは、貧困問題の解決に悪影響を及ぼすと指摘している。また、産別協約の最賃引き上げが遅れているため、個別の企業にも悪影響を及ぼす懸念があるとしている。

SMICによって賃金が引き上げられる労働者の増加

法定最低賃金(SMIC)は、前回の引き上げから物価上昇が2%を超えると規定でその分が引き上げられる。2023年は、1月の定例改定とともに23年3月までに消費者物価が2%超えたため、5月にも改定された。

毎年1月1日の改定は、有識者等で構成される専門家委員会が提出する報告書を参考に、政労使の協議を経て決定される。改定基準は、物価と平均賃金の上昇率に基づくが、政府の政治的判断によって上乗せされる場合もある(注3)

今回公表された同委員会報告書は、政府による上乗せをせずに、物価上昇分にとどめるよう勧告するものだった(注4)。報告書では物価上昇が1.7%と見込まれるため、現行額の時給11.52ユーロから11.71ユーロになるとしていた。だが、実際には物価上昇率がエネルギー及びサービス価格上昇の減速を受けて予測よりも低くなり、12月15日発表の引き上げ率は1.13%、時給(総額)11.65ユーロとなることが決まった(注5)

委員会は、上乗せの見合わせを勧告した理由として、最近のSMICの急激な上昇を挙げている。直近3年間(2021年1月1日から2023年12月31日まで)で、計7回改定され、合計13.5%の引き上げが行われたことによる弊害を指摘している(注6)。急激な引き上げの結果、SMICの引き上げに伴って賃上げされる労働者の割合が過去にない高水準となっている。

2023年1月の引き上げ時に、SMIC水準で就労する民間部門の雇用労働者(農業除く)は310万人に上り、全体の17.3%を占める(22年1月と比べて2.7ポイント、21年1月とでは5.3ポイント上昇)(注7)。1987年以降の推移を見ると、これまで最高水準だった2005年の16.3%を超えて過去に例がほとんどない水準に達している(図表参照)。さらに2024年1月の改定時の割合は20%近くになるのではないかとの見方も出ている(注8)

図表:SMIC水準で就労する労働者の割合(1987年~2023年) (単位:%)
画像:図表

出所:Céline LEY (2023)、Christine PINEL (2020)および Yves JAUNEAU (2009)より作成(注9)

SMIC水準の労働者の割合を産業別にみると、最も高いのがサービス業の19.9%で、前年よりも3ポイント上昇、製造業は8.4%で1.5ポイントの上昇となった。また、女性の占める割合は57.3%で2ポイント上昇した。

従業員規模別にみると、10人以上の事業所は15.0%だが、10人未満の小規模事業所では26.8%と高い。10人以上の事業所の中でも500人以上では10.6%となっており、規模が小さいほどSMIC引き上げの影響を受ける。雇用形態別では、フルタイム労働者が12.4%であるのに対して、パートタイムは38.3%と、パートタイムの割合が大きいという特徴がある。

このようなSMIC水準の労働者の特徴を踏まえ、委員会は物価上昇分を超えるSMIC引き上げは、特に労働市場で最も弱い立場にある労働者の雇用に悪影響を及ぼす懸念があると分析している(注10)。従来の措置では、SMIC水準の労働者を雇用する企業を対象として社会保障関連拠出の減免策を講じているが、これ以上の減免策拡充は難しいとしており、そのためこれ以上の過度な引き上げはSMIC水準の雇用が喪失する可能性があると指摘している。

SMIC引き上げは貧困の解決に悪影響との指摘も

専門家委員会が指摘するもう一つの問題は、SMICを引き上げても低賃金層の貧困問題の解決にはならないという分析である。SMIC水準の労働者の生活水準は、主に労働時間の短さと世帯の家族構成によって説明されることに留意すべきであるとしている。既述の通り、SMIC水準で就労する労働者のうちパートタイム労働者の占める割合が高く、2019年時点のSMIC水準のパートタイムの年収中央値は17,200ユーロであったが、これは全労働者の中央値より30%低い。2019年時点でSMIC水準のパートタイム労働者の約23%が貧困状態にあり、これは全労働者の割合より16ポイント高かった。なお、SMIC水準で就労する労働者の貧困割合は、就労時間が長くなるにつれて減少する。フルタイムの80%以上の就労時間のパートタイム労働者は貧困率が11%であるのに対し、同50%以下の労働者の貧困率は31%である(注11)。そうしたケースは、特に一人親家庭の雇用労働者を中心に貧困状態になっているとされ、パートタイム労働を強いられ短期の労働契約を繰り返しせざるを得ない貧困状態の労働者に対する特別措置を講じるべきであって、単にSMICを政府裁量で引き上げるのは根本的な解決にならないと分析している(注12)

その一方で、最も先鋭的にSMIC引き上げを主張する労組CGTは、SMIC水準の労働者が22年1月から23年1月にかけて60万人も増加したのは、実質賃金が低下しているためだと指摘し、政府による上乗せの必要性を強く求めている(注13)

専門家委員会は、こうした主張に対して、低賃金層を対象に実施している減税策が貧困層の減少に寄与しており、雇用主の負担を増加させるべきではないと指摘する。SMIC層の人件費が100ユーロ増加すれば、社会保障等諸税を含めて雇用主の負担が483ユーロ増加することになるため、雇用への悪影響に留意して過度にSMICを引き上げるべきではないと強調している。

産別協約の最低賃金への影響の問題

さらに、産業別(業種別)協約で定める最低賃金がSMIC水準を下回るケースが多いことも問題になっている。23年11月29日に労働省の把握している従業員5,000人以上をカバーする産業別協約の改定状況が発表された。171の業種のうち食品加工業や化学部門など39業種(対象労働者数約250万人)において(注14)、長期間交渉が行われなかったり、交渉が行われても妥結できていないために、協約が定める賃金表の少なくとも一つの等級がSMICよりも低い額になっている(注15)(11月16日の時点で60業種、12月11日の時点で34業種)。そのうち10業種では恒常的にSMICを下回る状態になっているという(注16)

例えば、スーパーマーケットのカジノ(対象従業員15,386人)は、政府からの再三警告を受けているにもかかわらず、2年以上協約が改定されず、協約賃金の最も低い等級の下から5段階がSMICより低い状態になっている(注17)。その場合でも、全ての従業員にSMIC以上を支払う必要があるが、勤続年数が長い従業員と初任給の者を同じ水準にするわけにはいかず、賃金設定に苦慮する場合もあるという。また、協約賃金が引き上げられて従業員自身の等級が引き上げられても、SMIC水準に達したに過ぎない場合もみられる。さらに労働大臣によると、協約が改定されない状態は業種全体の賃金水準の引き下げにつながるため、昇給やキャリアアップに悪影響を及ぼし、業種として魅力に欠けることにもつながり、労使双方にとって不利益であると指摘している(注18)

10月16日に行われた経済社会理事会(Conseil économique, social et environnemental (Cese))においてボルヌ首相は、早急に労使交渉に入り新たな協約を締結して、協約最賃を引き上げるように呼び掛けた。その上で、2024年6月1日までに協約最賃がSMICよりも下回る業種に対して、社会保障の減免措置の対象から除外する等の制裁を科すことを検討していると話した(注19)

(ウェブサイト最終閲覧日:2023年12月18日)

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