賃金上昇が物価上昇を上回る
 ―実質賃金が0.2%上昇(2023年第2四半期)

カテゴリー:労働条件・就業環境労使関係

フランスの記事一覧

  • 国別労働トピック:2023年9月

2021年第2四半期以降、物価高騰に賃上げが追いつかず、実質賃金の低下傾向が続いていた。だが労働省によると、2023年第2四半期になって雇用労働者の賃金上昇が物価上昇を上回り、実質賃金が0.2%上昇となった。また、23年7月~8月にかけて公表された民間シンクタンクの調査結果でも、2023年に入って賃金上昇がインフレを上回るという結果が示されている。なお、2022年中に3回引き上げられ、賃上げをけん引してきた法定最低賃金(SMIC)は、足元の物価上昇も落ち着きを見せているため、当面の間、引き上げは実施されない見込みである。

物価上昇の頭打ちと賃金水準の上昇

労働省調査・研究・統計推進局(DARES)が8月4日に発表したレポートによると、労働者(ブルーカラー及びホワイトカラー)の1時間当たり基本給(SHBOE)(注1)は、2023年第2四半期に前年同期比で5.1%(前期比で1.1%)上昇となった。それに対して、消費者物価(全世帯、タバコを除く)は、2022年6月末から2023年6月末までに4.4%上昇となり、賃金上昇が物価上昇を上回った(図表1参照)。雇用労働者の基本月給指数(SMB)(注2)(民間部門の給与所得者全体)についても、2023年第2四半期に前年同期比で4.6%(前期比で1.0%)上昇となり、この数値も物価上昇を上回った。SHBOEは2022年第1四半期以降、大幅な上昇が見られ、23年第1四半期に5.2%となり、2010年第4四半期以降で最も高かった。23年第2四半期にやや低下して5.1%になったが、物価上昇率が5.7%から4.4%へ大幅に下がったため、賃金上昇が物価上昇に追いつくかたちとなった(注3)

図表1:基本時給(SHBOE)と基本月給(SMB)、物価の上昇率の推移(前年同期比) (単位:%)
画像:図表1

 

出所:DARES資料を参照して作成。

さらに、物価変動を考慮した実質ベースの基本月給(SMB)は、図表2に示した通り、21年第2四半期以降、マイナスが続いていたが、23年第2四半期でプラスに転じた。

図表2:物価の上昇分を加味した実質ベースの基本月給(SMB)の変化(前年同期比) (単位:%)
画像:図表2

 

出所:DARES資料を参照して作成。

SHBOEを産業分野別にみると、製造業が2023年第2四半期には前年同期比4.7%上昇で最も高く、サービス業(4.6%)、建設業(4.1%)が続く。雇用区分別では、2023年第2四半期に前年同期比で、ブルーカラー労働者の賃上げが5.2%上昇で最も高く、ホワイトカラー従業員が4.9%、中間職(Professions intermédiaires)(注4)が4.3%、カードル(幹部職員層)が3.7%上昇となった。

団体交渉による賃上げ結果も物価上昇を上回る見込み

人事コンサルタント会社大手マーサーは、各企業での団体交渉による賃上げ水準に関する調査を毎年行っている。22年11月から23年3月までの年次賃金交渉に関して142社を対象に行った調査の結果が7月19日に公表された。それによると、団体交渉による23年の賃上げ率の中央値は4.95%となり、前年の2.8%を大きく上回る結果となった(注5)。2020年は2.0%、2021年は1.4%であったので、大幅な賃上げとなった(図表3参照)。

図表3:団体交渉の結果の賃上げ率 (単位:%)
画像:図表3

 

出所:マーサーのウェブサイトを参照して作成。

賃上げは全労働者一律の引き上げとその他に分けることができるが、中央値の4.95%引き上げのうち全労働者一律分の賃上げは3.0%分である。同数値は22年には1.1%分、20年には0.8%分だったので大きく増えていることがわかる。さらに、全労働者一律の賃上げは、22年は低賃金層に限定して行われたのに対して、23年はほとんどの企業において上級管理職と経営幹部職員(cadres supérieurs et des dirigeants)を除く広い層の従業員を対象として行われた。ただ、賃上げの中身を細かくみると、中央値は4.95%だが、最大の賃上げ率は8%に対して最低は2.8%となっており、企業間で賃上げ幅にバラツキがあることもわかる。このように団体交渉で賃金が急激に引き上げられた理由は、やはり物価上昇に見合う賃金水準に引き上げる労使の意図が働いたと分析している。

上記調査と同じ時期(7月17日)に人材コンサルティング会社LHH(Lee Hecht Harrison)によって公表された調査結果(注6)では、22年から23年にかけて雇用労働者の賃金が平均4.7%上昇となった(注7)。22年の同数値は約3%、21年はわずか1.5%だったので大幅上昇であることがわかる。LHHは、この高水準の賃金引上げをインフレ高進に対して企業が賃金を引き上げる対応をしたためだと分析している。

さらに、デロイト社が8月31日に公表した調査結果(注8)によると、23年の賃金上昇率が4.6%となり、「前例のない水準の上昇」としている(注9)。この賃金の上昇幅は特に非管理職(ホワイトカラー労働者、ブルーカラー労働者、技術者、監督者)に関して見られ、前年よりも1.5ポイント高い賃上げとなった。それに対して、カードル(幹部職員層)では4.0%(前年比では2.1%ポイント)上昇であった。その上で同社は、2023年の前例のない高い賃上げは、2021年に多くの企業で賃金凍結を行った後、回復基調の2022年の賃金上昇を受けてさらに急激な上昇になったとしている。ただ、2024年については経済状況が不透明なため、非管理職層は4%、カードル(幹部職員層)は3.5%の賃金上昇に留まると見込んでいる。その一方で、2024年以降、雇用情勢が大幅に悪化するという見通しの観点から、むしろ賃金抑制につながるだろうと指摘する専門家もいる(注10)

デロイト社の調査報告書は、今回の大幅賃上げという大きな変化について、物価上昇やSMICの相次ぐ引き上げの他に、従業員の採用と確保の難しさが影響していると分析している。また、2023年の賃上げの結果、男女の賃金格差が縮小し、22年の3.7%から23 年には2.6%になるという変化も見られた。

SMIC引き上げの基準となる物価上昇は低水準

物価上昇に連動して引き上げられる法定最低賃金(SMIC)は、低賃金層を下支えすることによって賃上げを促す役割を担っている。2021年以降、SMICは各年の1月の定例の引き上げのほかに、2021年10月、2022年5月と8月、2023年5月に引き上げられている。法定最低賃金(SMIC)引き上げの指標となる物価(注11)の推移を図表4に示し、図表中にSMIC引き上げの基準となった月に区切りをつけた。物価上昇の推移は、2023年4月以降は低い水準で推移しており、SMICが1月1日の定例の引き上げのみだった時期(2020年まで)に戻りつつあるように伺える。

23年5月の引き上げの基準となった3月以降の物価上昇を見ると8月までの物価上昇は0.5%であるため、2%を超えるのは暫く先であると見込まれる。フランス銀行の首席エコノミストによれば、インフレ率の低下の傾向は、SMIC引き上げが今後数カ月はそれほど重要ではなくなることを意味するとしている(注12)

図表4:法定最低賃金(SMIC)の引き上げ基準となる物価の上昇率の推移 (単位:%)
画像:図表4

出所:国立統計経済研究所(INSEE)発表資料を参照して作成。

(ウェブサイト最終閲覧日:2023年9月19日)

関連情報

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。