最低賃金委員会が2024年と25年の「二段階引き上げ」を勧告

カテゴリー:労働法・働くルール労働条件・就業環境

ドイツの記事一覧

  • 国別労働トピック:2023年7月

労使と学術分野の委員で構成する最低賃金委員会は6月26日、最低賃金時給を2024年と2025年の二段階に分けて、それぞれ時給12.41ユーロと12.82ユーロに引き上げる勧告を発表した。勧告の議決書によると、今回は労働側委員が反対したまま、最終的に議長が議決権を行使して、多数決で決められた。2015年の法定最低賃金導入以降、全会一致の勧告とならなかったのは初めてである。

最低賃金委員会の勧告

勧告は、現行の時給12ユーロから「24年1月1日に時給12.41ユーロ(12ユーロから3.4%増)」、「25年1月1日に時給12.82ユーロ(12.41ユーロから3.3%増)」の二段階に分けて引き上げるというもので(図1)、検討には、22年10月に政治主導で引き上げられた直近の12ユーロではなく、最低賃金委員会が前回(20年6月に)勧告した四段階引き上げの最後の10.45ユーロ(22年7月1日~)が基準額として用いられた。

図1:最低賃金時給の引き上げの推移(2015年~2025年)
画像:図1
画像クリックで拡大表示

注:22年10月の引上げのみ、最低賃金委員会の勧告を経ずに政府主導による法案審議によって引上げられた。

出所:政府広報をもとに作成。

EU指令と政治主導による引き上げ

ドイツが22年10月に最低賃金委員会の勧告を経ずに政治主導によって最低賃金を引き上げた背景には、22年10月19日に成立した「EUにおける適正な最低賃金に関する指令(注1)」の影響がある。

同指令は域内における最低賃金の適正化をはかることを目的としており、「最低賃金」は、法定最低賃金と、労働協約により設定される最低基準の双方を指す(指令3条)。その上で、法定最低賃金制度を有する加盟国は、最低賃金額の設定・改定手続きの確立とともに、適切な水準への設定・改定のための基準を設定しなければならないと定められている(指令5条)。基準は、各国の慣行(法定、専門機関による決定、あるいは三者合意など)に基づいて設定することができるが、少なくとも、以下のa~dの要素を含まなければならない。

  • a) 最低賃金の購買力(租税や社会保険料を含めた生活費を考慮)
  • b) 一般的な賃金水準や分配の状況
  • c) 賃金上昇率
  • d) 長期的な生産性の水準や動向

このほか、物価による自動調整メカニズムを併用することも可能で(適用すると額が減少する場合を除く)、各国には適正さを評価するための目安となる額を設定することが求められる。また、使用可能な指標として、統計上の税引き前賃金の「賃金中央値の60%」、「平均賃金の50%」、その他各国で使用している目安となる額などを挙げており、加盟国は24年11月15日までにこれらの規定を国内法で整備する必要がある(指令17条)。

ドイツ連邦議会の専門調査官がEU指令案と国内法の齟齬について検討した調査資料(注2)では、「今後、最低賃金委員会が2024年と25年の最低賃金を決定する際には、こうしたEU指令が求める水準を満たす必要がある」との見解が示されていた。

なお、調査当時の最低賃金水準は、ドイツの中位賃金(national median income)の48%にすぎず、60%を満たそうとすると、時給12ユーロまで引き上げる必要があった。

最低賃金委員会の構成

最低賃金委員会は、最低賃金法(MiLoG)に基づき、1名の議長、6名の議決権を有する常任委員(労使各3名)、2名の議決権を持たない学術分野の委員(諮問委員)の計9名で構成されている。また、常任委員と諮問委員は、グループ毎に必ず1名以上の男性もしくは女性を含めなければならないとされる(注3)

なお、議長は、最低賃金額の改定決議に際して、賛成が過半数に至らない場合、斡旋を提案して審議する。それでも決定しない場合に限り、議決権を行使する(最低賃金法5条、10条)。今回は、最後まで労働側委員が反対して調整が難航し、最終的に議長の議決権が初めて行使された。

最低賃金の決定方法

改定の検討にあたっては、①労働者の必要最低限の生活を保障する額であること、②公正で機能的な条件の競争力を維持できる額であること、③雇用危機を招かない額であること(雇用確保)、④協約賃金の動向に従うこと、の4点を考慮した総合的な評価を行う(最低賃金法9条)とされるが、この中で、最も重視されているのは、「④協約賃金の動向(上昇率)」である。

最低賃金委員会は、協約賃金の動向を重視する理由として「労働協約当事者(労使)は、協約締結時に労働者の利益や企業競争力の維持、さらに雇用確保なども含む、包括的な判断をするから」だと説明する。しかし、その結果、「労働協約賃金の平均上昇率」が「最低賃金の引き上げ率」とほぼ同等となっている点について、最低賃金委員会の役割の形骸化を指摘する声もある(注4)

労働側は批判、使用者側は賛同―EU水準か協約重視か

今回の勧告に対する労働側委員の主張は次の通りある。「最低賃金法で規定されている最低限の保障とインフレを背景とした購買力維持のためには、少なくとも時給13.50ユーロまで引き上げられるべきだった。また、検討に際して、直前に引き上げられた時給12ユーロでなく、その前の時給10.45ユーロを基準額としたことは、労働者を最低限保護しようとする立法者の意図を無視するものだ」と批判している。その上で、「遅くとも2024年末までには、『EUにおける適正な最低賃金に関する指令』を国内法に移管させる必要があり、EUの求める水準(フルタイム労働者の中央賃金の60%以上)を満たそうとすれば、現時点で時給14ユーロ相当への引き上げが必要である」と主張している。

一方、使用者側委員は、「昨年10月の政治介入による時給12ユーロへの引き上げ後、短期間で再び異常に上昇しないことが重要だった」と説明している。その上で、「最低賃金委員会は改定額を決定する際、労働協約の動向に従う。さらに、最低賃金のどの水準が労働者の適切な最低限の保障に貢献し、公正で機能的な競争条件を可能にし、雇用を危険にさらさないかを、総合的に検討する。近年、最低賃金委員会はこの任務を責任を持って遂行してきたし、今回の勧告もそのようにして決定された」と評価している。

最低賃金委員会の勧告を受けて、政府は通常、数カ月以内に正式な最低賃金の引き上げ額を決定する。ハイル労働社会大臣は、今回の勧告を受入れるとした上で、「さらなる引き上げを望む人がいることは理解できる」とコメントしている。

参考資料

関連情報

参考レート

関連情報

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。