柔軟な労働時間制度に関する実態調査
―韓国労働研究院レポート
韓国労働研究院(KLI)は2019年3月、弾力的労働時間制を中心とする柔軟な労働時間制度の現状と問題点について調査・分析したレポート「柔軟勤労制度の実態調査結果と政策的示唆点:弾力的労働時間制を中心に」(月刊労働レビュー2019年3月号)を発表した。その調査結果概要を紹介する。
韓国の柔軟な労働時間制度
韓国では、労働時間の上限を週68時間から週52時間に短縮する改正勤労基準法が2018年7月1日から施行された(企業規模に応じて段階的に施行)。これは、長時間労働を当然の慣行としてきた企業と時間外労働手当を基本給のように考えてきた労働者に衝撃を与えた。新たな制度に対応し、労働時間の短縮を円滑に進めていくためには、柔軟な労働時間制度の活用が重要な課題となっている。
韓国の労働法で認められた柔軟な労働時間制度には、次のようなものがある。
- 弾力的労働時間制(変形労働時間制、勤労基準法第51条):使用者が労働者に対し、一定の単位期間内に労働時間を調整することを前提に、法定労働時間を超えて勤務させることができる制度(現行の単位期間は、就業規則に基づく2週間以内(週48時間以内)または労使協定に基づく3カ月以内(週52時間・1日12時間以内)の期間)
- 選択的労働時間制(フレックスタイム制、勤労基準法第52条):使用者が、就業規則により業務の開始および終了の時刻を労働者の決定に任せることにした労働者に関し、労働者代表との書面による合意により、1カ月以内の清算期間を平均して、1週間の労働時間が平均40時間を超えない範囲で、法定労働時間を超えて勤務させることができる制度
- 補償休暇制(勤労基準法第57条):使用者が、労働者代表との書面による合意により、時間外労働、深夜労働、休日労働に対して賃金を支給することに代えて休暇を与えることができる制度
- 裁量労働制(勤労基準法第58条第3項):業務遂行の方法を労働者の裁量に委ねる必要がある業務として大統領令で定める業務について、使用者が労働者代表と書面による合意で定めた時間勤務したものとみなす制度
時間外労働の現状と対応
KLIの調査は、2018年10月15日から11月15日までの期間、企業の人事労務担当者を対象に実施し、2,436社から回答を得たものである。対象企業における2018年10月1日時点の時間外労働の週平均時間数(週40時間以上)は3.2時間であった。このうち、0時間と回答した企業が63.2%、8時間以上12時間未満の企業が11.0%、4時間以上8時間未満の企業が9.5%、4時間未満の企業が7.9%、12時間以上の企業が8.5%であった。
業種別の時間外労働の週平均時間数は、一次金属製造業(8時間)、自動車・トレーラー製造業(7.5時間)、その他輸送機器製造業(6.5時間)、家具製造業(6.2時間)、プラスチック製造業(6時間)、宿泊・飲食店業(6時間)の順に多かった。
時間外労働が0ではないと回答した企業1082社において、最も多く活用されている労働時間制度は、交代制(31.9%)、補償休暇制(10.5%)、弾力的労働時間制(7.3%)、選択的労働時間制(6.4%)の順に多かった(表1)。
労働時間制度 | 導入 | 未導入 | 全体 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
弾力的労働時間制 | 79 | 7.3% | 1,003 | 92.7% | 1,082 | 100% |
選択的労働時間制 | 69 | 6.4% | 1,013 | 93.6% | 1,082 | 100% |
在宅勤務制 | 8 | 0.7% | 1,074 | 99.3% | 1,082 | 100% |
補償休暇制 | 114 | 10.5% | 968 | 89.5% | 1,082 | 100% |
集中勤務制 | 23 | 2.1% | 1,059 | 97.9% | 1,082 | 100% |
裁量労働制 | 24 | 2.2% | 1,058 | 97.8% | 1,082 | 100% |
交代制 | 345 | 31.9% | 737 | 68.1% | 1,082 | 100% |
出所:韓国労働研究院「柔軟勤労制度の実態調査結果と政策的示唆点:弾力的労働時間制を中心に」(月刊労働レビュー2019年3月号)
現行の労働時間制度の問題点と改善要求事項
現行の労働時間法制の問題点に関する質問では、最大の障害事項として、「業務量の一時的増加に対応」(21%)、「業種または職務特性を考慮した労働時間特例制度の不足」(20.4%)を指摘する企業が多かった。
現行の労働時間法制のうち改善が急がれる事項については、「労働時間の測定、計算方法の明確な基準整備」(41.7%)、「業務量の一時的増加に対応する制度の新設」(31.6%)、「業種ではなく、職務中心の労働時間特例制度の運用」(28.1%)などの回答が多かった(第1位と第2位の回答数の合計)。
柔軟な労働時間制度の活用状況
柔軟な労働時間制度の活用状況については、全体で全く活用していない企業が84.8%を占めた一方、補償休暇制(6.9%)、選択的労働時間制(4.3%)、弾力的労働時間制(3.2%)、裁量労働制(2.9%)の順に当該制度を導入している企業が多かった(表2)。また、組織規模300人以上の企業と公共部門における導入比率が高かった。
業種別にみると、弾力的労働時間制は運輸業とサービス業で導入比率が高く、選択的労働時間制は印刷業、一部の製造業(医療、電子など)、芸術およびスポーツサービス業で平均より導入比率が高かった。補償休暇制は、いくつかの製造業(医療、電気機器など)、運輸業、サービス業全体で平均より導入比率が高かった。
柔軟な労働時間制度を導入している企業を対象に適用労働者の割合を調べた結果、概ね30%以上の労働者に制度を適用している企業が多かった。
柔軟な労働時間制度について、どのような制度が最も人材と労働時間の運用に効率的かに関する質問では、補償休暇制(25.8%)、選択的労働時間制(23%)、裁量労働制(19%)、弾力的労働時間制(16%)の順に回答が多かった。
弾力的労働時間制度 | 選択的労働時間制度 | 在宅勤務制度 | 補償休暇制度 | 集中勤務時間制 | 裁量労働制度 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
全体 | 3.2 | 4.3 | 1.1 | 6.9 | 0.9 | 2.9 | |
企業規模 | 5~29人 | 3.1 | 3.9 | 1.0 | 6.8 | 0.8 | 3.0 |
30~49人 | 3.2 | 4.8 | 1.3 | 3.7 | 0.9 | 0.2 | |
50~99人 | 1.6 | 8.8 | 0.9 | 9.1 | 1.8 | 3.7 | |
100~299人 | 9.4 | 7.0 | 0.8 | 14.8 | 1.6 | 0.5 | |
300人以上 | 23.8 | 23.0 | 6.4 | 14.8 | 10.5 | 6.5 | |
組織類型 | 個人事業場 | 1.9 | 3.7 | 0.7 | 5.1 | 1.2 | 3.5 |
学校法人および医療法人 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 1.1 | 0.0 | 0.0 | |
会社以外の法人 | 4.4 | 5.0 | 1.5 | 18.8 | 0.5 | 4.1 | |
非上場会社法人 | 3.1 | 3.4 | 1.2 | 5.4 | 0.6 | 2.1 | |
上場法人 | 4.6 | 3.9 | 2.1 | 7.2 | 4.0 | 5.4 | |
公共部門 | 21.4 | 33.1 | 4.1 | 36.7 | 1.5 | 2.1 | |
その他 | 3.8 | 6.3 | 0.0 | 12.6 | 0.0 | 4.5 | |
労働組合 | なし | 2.7 | 3.6 | 1.0 | 6.5 | 0.8 | 2.7 |
ある | 11.9 | 15.0 | 2.4 | 14.0 | 2.9 | 5.0 | |
弾力的労働時間制 | 導入 | - | 24.0 | 8.8 | 22.0 | 5.9 | 10.5 |
未導入 | - | 3.6 | 0.8 | 6.4 | 0.8 | 2.6 |
出所:韓国労働研究院「柔軟勤労制度の実態調査結果と政策的示唆点:弾力的労働時間制を中心に」(月刊労働レビュー2019年3月号)
弾力的労働時間制度を導入している企業の特徴
弾力的労働時間制を導入している企業は全体の3.22%であった。業種別にみると、芸術・スポーツおよびレジャー関連サービス業(8.76%)、運輸業(7.28%)、出版、映像、放送通信および情報サービス業(7.23%)、専門、科学および技術サービス業(6.22%)、教育サービス業(6.01%)、保険業および社会福祉サービス業(5.46%)、金融および保険業(4.97%)の順に導入比率が高かった(表3)。
弾力的労働時間制を導入している企業を従業員規模別にみると、300人以上の企業(23.84%)、100人以上の企業(9.38%)、30人以上の企業(3.19%)、30人未満の企業(3.06%)、50人以上の企業(1.63%)の順となっており、従業員100人以上の企業で導入比率が高かった。
業種 | 弾力的労働時間制の導入比率(%) |
---|---|
芸術、スポーツおよび余暇関連サービス業 | 8.76 |
運輸業 | 7.28 |
出版、映像、放送通信および情報サービス業 | 7.23 |
専門、科学および技術サービス業 | 6.22 |
教育サービス業 | 6.01 |
保健業および社会福祉サービス業 | 5.46 |
金融および保険業 | 4.97 |
卸業および小売業 | 2.5 |
宿泊および飲食店業 | 2.43 |
建設業 | 1.64 |
全体の導入比率 | 3.22 |
出所:韓国労働研究院「柔軟勤労制度の実態調査結果と政策的示唆点:弾力的労働時間制を中心に」(月刊労働レビュー2019年3月号)
組織類型別の弾力的労働時間制度の導入比率は、公共部門(21.31%)、上場法人(4.61%)、会社以外の法人(4.4%)の順に高かった(表4)。
組織類型 | 弾力的労働時間制度の導入比率(%) |
---|---|
個人事業場 | 1.88 |
会社以外の法人 | 4.44 |
非上場会社法人 | 3.15 |
上場法人 | 4.61 |
公共部門 | 21.31 |
全体の導入比率 | 3.22 |
出所:韓国労働研究院「柔軟勤労制度の実態調査結果と政策的示唆点:弾力的労働時間制を中心に」(月刊労働レビュー2019年3月号)
企業の代表的労働者の職種別に弾力的労働時間制度の導入比率をみると、全体平均が3.22%であるのに対し、専門技術職(5.14%)が最も高く、次いで、販売サービス職(3.34%)、事務管理職(2.79%)、単純労務職(1.97%)、生産職(1.37%)の順となっている。
弾力的労働時間制度の導入目的について、順位をつけて聞いた質問の第1位の回答では、「作業量の変化に能動的に対応」(35.4%)、「時間外労働手当などの人件費の削減」(22.0%)、「弾力的余暇生活を望む労働者の要求への対応」(19.3%)の比率が高かった(表5)。また、第1位と第2位の回答の合計では、「週52時間労働の規制下で労働時間の柔軟性を確保」(25.9%)の比率も高かった。
導入背景 | 第1位 | 第1位+第2位 |
---|---|---|
時間外労働手当などの人件費の節減 | 22.0 | 25.0 |
作業量の変化に能動的に対応 | 35.4 | 46.7 |
週52時間労働制の規制下で労働時間の柔軟性を確保 | 9.6 | 25.9 |
弾力的余暇生活を望む労働者の要求への対応 | 19.3 | 37.8 |
労働時間を効率的に運用し、新規採用を最小化するため | 8.5 | 17.4 |
その他(外部企業の要求、非正規労働者の活用の回避など) | 5.2 | 12.5 |
出所:韓国労働研究院「柔軟勤労制度の実態調査結果と政策的示唆点:弾力的労働時間制を中心に」(月刊労働レビュー2019年3月号)
弾力的労働時間制導入企業における導入過程での問題点については、「賃金保全対策」(44.3%)、「不規則労働および長時間労働に対する労働者の懸念や不満」(38.5%)、「就業規則変更手続きの履行」(15.2%)などの回答が多かった(第1位と第2位の回答合計)。また、施行過程での問題点についても「賃金保全対策」(50.5%)、「不規則労働および長時間労働に対する労働者の懸念や不満」(34.5%)の回答が多く、それに続いて「対象労働者の範囲選定の困難さ」(20.2%)が多かった。
弾力的労働時間制の導入効果
弾力的労働時間制度の効果を10項目について5点尺度で質問したところ、ほとんどの項目で大きな効果は示されなかった。「労働者の没入度と満足度の向上」が3.35点と最も高い点数を示した一方、「非正規労働者の活用の減少」(2.74点)、「労働者の賃金の減少」(2.72点)、「新規採用の減少」(2.78点)、「平均総労働時間の減少」(2.76点)などは、通常以下の点数であった(表6)。
効果なし | 普通 | 効果あり | 平均点 | |
---|---|---|---|---|
人権費節減に寄与 | 40.1% | 38.3% | 21.6% | 2.7 |
人材の柔軟性の確保 | 23.6% | 40.0% | 36.5% | 3.1 |
週52時間労働制の規制遵守 | 17.7% | 54.0% | 28.3% | 3.1 |
労働者の没入度と満足度の向上 | 11.1% | 47.1% | 41.8% | 3.4 |
非正規労働者の活用の減少 | 33.6% | 50.2% | 16.2% | 2.7 |
新規採用の減少 | 37.9% | 44.4% | 17.8% | 2.8 |
年次休暇の積極活用 | 17.5% | 51.1% | 31.3% | 3.1 |
総労働時間の減少 | 29.9% | 59.4% | 10.7% | 2.8 |
労働者の賃金の減少 | 30.0% | 62.5% | 7.5% | 2.8 |
出所:韓国労働研究院「柔軟勤労制度の実態調査結果と政策的示唆点:弾力的労働時間制を中心に」(月刊労働レビュー2019年3月号)
企業規模別に見ると、5~29人規模の企業では、「人材の柔軟性の確保」「労働者の没入度と満足度の向上」「年次休暇の積極活用」の項目で30%以上の効果が示された(表7)。50~99人規模の企業では、「人件費節減に寄与」「週52時間労働制の規制遵守」「総労働時間の減少」「年次休暇の積極活用」の項目で効果が高かった。100~299人規模の企業では、「労働者の没入度の向上」「年次休暇の積極活用」、300人以上規模の企業では、「人材の柔軟性の確保」「週52時間労働制の規制遵守」の項目でそれぞれ高い効果を示した。
効果あり | |||||
---|---|---|---|---|---|
5~29人 | 30~49人 | 50~99人 | 100~299人 | 300人以上 | |
人権費節減に寄与 | 23.3% | 6.4% | 36.9% | 11.1% | 11.7% |
人材の柔軟性の確保 | 38.2% | 25.3% | 27.5% | 24.2% | 34.5% |
週52時間労働制の規制遵守 | 27.1% | 21.7% | 69.3% | 26.6% | 50.0% |
労働者の没入度と満足度の向上 | 44.2% | 26.3% | 2.7% | 36.3% | 31.4% |
非正規労働者の活用の減少 | 17.8% | 10.6% | 0.0% | 4.0% | 11.5% |
新規採用の減少 | 18.2% | 32.8% | 0.0% | 10.5% | 5.3% |
年次休暇の積極活用 | 31.6% | 23.7% | 72.1% | 25.2% | 25.5% |
総労働時間の減少 | 8.5% | 5.5% | 36.9% | 32.5% | 25.9% |
労働者の賃金の減少 | 7.0% | 6.4% | 26.1% | 10.1% | 8.8% |
出所:韓国労働研究院「柔軟勤労制度の実態調査結果と政策的示唆点:弾力的労働時間制を中心に」(月刊労働レビュー2019年3月号)
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