マクロン政権による労働法典改革

マクロン政権による労働法典改正は、2017年9月と12月に計6つのオルドナンス(委任立法)が成立し、今回のすべての措置が2018年1月1日に施行された。解雇規制に関する法改正として、不当解雇の場合の補償金額の上限設定、グローバル展開する企業の整理解雇の条件の変更、解雇不服申し立て期間の短縮などの改正が行われた。このほか、労働協約を産業単位から個別企業の労使関係に分権化する改革など、労働市場を改革し企業競争力を向上させ、高止まりしている失業率を低下させることを目的としている。

柔軟性と雇用の安定性のための改革

5月に成立したマクロン政権にとって、労働法典改革は、初めての経済分野における大きな改革である。政府は、現行の労働法典は最近の企業や産業構造の変化に適応できていないため、雇用労働者と企業に「柔軟性」や「雇用の安定性」とともに、法律上の手続きの「簡素化」をもたらす改革を行ったとしている。これによって1800万人の雇用労働者、300万社の企業、260万人の求職者に対して、より多くの自由と保護、より高い機会の平等を与えることになるとしている(参考文献)。

労働省発表資料によると、今回の労働法改革は、次の4つが改正の趣旨である。①中小零細企業を優先した労働基準法制改革、②簡潔、迅速かつ安全な方法によって、将来の不確実性に適応するための労使の信頼関係の形成、③労働者のための新しい権利と保護、④労働組合や中小企業における社会対話のために選出された従業員代表に対する新たな保障、である。

不当解雇補償額の上限と下限

現行法では、不当解雇を不服として労働裁判所に訴えた場合、受け取ることができる賠償額(解雇補償金)が高額になる懸念があり、金銭的、精神的に経営者の大きな負担となっている。また、賠償額を受け取る労働者は不公平を感じることにもつながるとの指摘があった。

そのため、在職期間に応じて賠償額を決定することにした。在職期間が1年未満の場合は1カ月分で、10年までの場合は在職期間が1年長くなるごとにおおよそ1カ月分加算され、10年を超える部分は1年当たりおよそ0.5カ月分を上限として加算する。また、29年以上の場合は上限が20カ月分となる。なお、ハラスメントや差別、表現の自由の侵害に関連する解雇の場合は、補償額の上限はない(注1)

現行法では従業員11人以上の企業を対象として不当解雇の補償額の下限が定められているが、改正によって、10人以下の企業も対象となる。11人以上の企業の場合、下限が引き下げられることになった。11人以上の企業で、勤続年数が1年以上2年未満の場合は1カ月分、2年以上の場合は3カ月分の補償額となり、10人未満の企業で、在職期間が1年以上3年未満の場合は0.5カ月分、3年以上5年未満の場合は1カ月分、11年以上の場合3カ月分となる(図表1)。

図表1:不当解雇の補償額の上限と下限
在職年数 上限額 下限額
  零細企業
1年未満 1 なし
1年以上2年未満 2 1 0.5
2年以上3年未満 3.5 3 0.5
3年以上4年未満 4 3 1
4年以上5年未満 5 3 1
5年以上6年未満 6 3 1.5
6年以上7年未満 7 3 1.5
7年以上8年未満 8 3 2
8年以上9年未満 8 3 2
9年以上10年未満 9 3 2.5
10年以上11年未満 10 3 2.5
11年以上12年未満 10.5 3 3
12年以上13年未満 11 3 3
13年以上14年未満 11.5 3 3
14年以上15年未満 12 3 3
15年以上16年未満 13 3 3
16年以上17年未満 13.5 3 3
これ以降、17年以上28未満まで、0.5カ月分ずつ加算。



27年以上28年未満 19 3 3
28年以上29年未満 19.5 3 3
29年以上30年未満 20 3 3
30年以上 20 3 3

合法的な解雇に関する補償金は、在職期間1年以上10年未満の場合は在職年数ごとに月額賃金の4分の1を乗じる額となり(従来は5分の1であった)、在職期間が10年以上の部分は、その年数に月額賃金の3分の1を乗じる額を加算することになる。

グローバル企業の経済的解雇の条件の変更

経営状態の悪化を理由とする解雇(経済的な理由による解雇:経済的解雇)のうち、グローバルに事業を展開する企業に対する条件が変更になった。これにより、グループ全体の経営状態を踏まえて経済的解雇の実施の可否が判断されていた従来の仕組みから、フランス国内の事業が悪化した場合に限り解雇できることになる。つまり、グループ全体の業績が悪化している場合でも、フランス国内の業績によって判断されるのである(注2)

解雇不服申し立て期間の短縮

解雇された雇用労働者が労働裁判所に対して不服申し立てを行うことができる期間は、これまで2年(経済的解雇の場合は1年)と定められていた。これが1年に短縮される。これにより、企業の訴訟リスクを軽減し、中小企業の新規採用や新規投資が促進されることが期待されている(注3)

企業レベルの労使合意の優先と新たな職業訓練機会

これまでの労働法改革では、個別企業の労使合意を産業別よりも優先させる試みが行われてきた。2016年の労働法改正では、労働時間の柔軟化に限定して、産業別労働協約よりも個別企業の労使合意を優先させることができるようになった。今回の改正では、勤続手当やボーナスなどの労働条件に対象を拡大する条項が盛り込まれた。

企業別の労使合意による労働時間や職場の異動など労働条件の変更を拒否することによって解雇された場合、失業保険の受給や次の就職先を見つけることを助ける職業訓練に必要な費用のうち、100時間分を使用者が負担する措置も盛り込まれた。

各種企業内委員会を社会経済委員会に統合

従業員数50人以上の企業には、企業委員会と衛生・安全・労働条件委員会(CHSCT)、従業員代表制度の設置が義務づけられている。これら委員会が、社会経済委員会に統合される。従来の委員会でみられていた役割の重複を防ぐことが目的である。これにより企業負担軽減と、委員会における労働者の発言力の強化が期待されている(注4)

テレワークの促進

テレワークを活用した在宅勤務を促進する改正も盛り込まれた。これにより、使用者は十分な理由がない場合に、労働者のテレワークの申し入れを拒否することができなくなるとともに、在宅勤務中に事故にあった労働者は労災の認定を受けることができるようになった。

各地で行われた抗議行動

改革の詳細な内容が公表された後の9月12日、22.3万人(警察発表、労働総同盟(CGT)発表で50万人)が参加する全国規模の抗議行動が実施された。9月21日にも、CGTや連帯Solidaires、フランス全国学生連盟UNEF(Union nationale des étudiants de France)の呼びかけで、13.2万人(内務省発表、主催者発表で数十万人)の抗議活動がフランス各地で行われた(注5)

パリでは労働者の力(FO)やフランス民主労働同盟(CFDT)、管理職組合総連盟(CFE-CGC)などもデモ行進に参加した。その他、フランス各地でデモ行進が行われ、極左政党・フランス不服従(ラ・フランス・アンスミーズ)も参加する規模の大きなものとなった。トゥール、レンヌ、モンペリエ、ニーム、マルセイユ、パリ、カーンなどの各地では、「マクロン法は、経営者のためのもの」とのスローガンを掲げ、高速道路を低速で運転したり、封鎖するといった抗議活動も行われた。10月19日にもCGTの呼びかけにより全国で抗議デモが実施された。

(調査部海外情報担当)

参考文献

(ウェブサイト最終閲覧日:2018年1月9日)

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