生活賃金と最低賃金の動向
最低限の生活水準を維持するための賃金水準として、非営利団体などが雇用主に導入を求める「生活賃金」が10月末に改定され、ロンドンでは9.75ポンド、それ以外の地域では8.45ポンドとなった。一方、4月の「全国生活賃金」導入によって年齢別などに5種類となった法定の最低賃金額についても、改定が進められている。
生活賃金、ロンドンで9.75ポンド
生活賃金(living wage)は、労組や宗教団体、非営利組織などが結成した非営利団体Living Wage Foundationによるキャンペーンで、最低限の生活水準の維持に要する生計費から、必要な賃金水準を設定するもの。最低賃金制度のような遵守義務はなく、雇用主が自主的に導入の可否を決めることができる。適用対象は18歳以上の労働者で、導入組織は自らが雇用する従業員だけでなく、例えば清掃業務の委託先など下請け組織の労働者にも、生活賃金が適用されるよう努めることが求められる。適正な導入が認められれば、Living Wage Foundationから認証を受けることができる。これまでにおよそ2900組織が認証を受けている(2016年11月時点)。
現在、ロンドンとロンドン以外の地域に関する2種類の生活賃金額が設定されており、毎年改定が行われている。今年の改定に際しては、ロンドンとそれ以外の地域に関する算定方法の統一をはじめ、各種の見直しが行われた(注1)。平均的な生計費の算出には、貧困問題を扱うジョセフ・ローンツリー財団が毎年公表する「最低所得基準」(minimum income standards)が用いられる。一般市民からの意見聴取を元に、必要最低限の生活水準に要する財・サービス等の構成やその費用をみるもので、これに基づいて、各種の家族構成毎に想定される生計費を算出し、人口比の加重平均により求められる平均的な生計費から、時間当たりの生活賃金額が設定される(注2)。
10月末に公表された生活賃金の改定額は、ロンドンについて9.75ポンド(昨年から3.7%増)、またロンドン以外の地域では8.45ポンド(2.4%増)となった(注3)。ロンドンとそれ以外の地域の差額は、大半が平均的な住宅の賃料の差によるものだ。
なお、キャンペーンの支援組織でもあるKPMGの報告書(注4)によれば、生活賃金未満の被用者は2016年時点でおよそ560万人で、職種別には販売補助や小売店のレジ係(88万人)、未熟練サービス職種(74万人)、介護サービス(45万人)、未熟練の清掃職種(43万人)、託児関連サービス(30万人)などの従事者が多い(注5)。また若者や女性で相対的に比率が高く、18-21歳層の被用者で全体の69%、また女性では27%が生活賃金未満と推計されている。
最低賃金は5種類に
一方、最低賃金制度の一環として、政府が2016年4月に導入した「全国生活賃金」(National Living Wage)は、上記の生活賃金とは性質が大きく異なる。従来の全国最低賃金(National Minimum Wage)制度における成人(21歳以上)向け最低賃金額6.70ポンドに50ペンスを加算した7.20ポンドを、25歳以上層向けの額として新設したもので、その名称に反して生活費等は考慮されていない。また、導入時点の水準に関して、諮問機関である低賃金委員会(Low Pay Commission)による検討を経ていないことや、2020年までに平均賃金の6割程度に引き上げるとの目標が予め設定されている点で、従来の最低賃金制度とも異なっている。全国生活賃金が25歳以上の労働者に適用される新たな最低賃金となったことで、従来の成人向け額は21~24歳向けに対象が限定されることとなった。このため、最低賃金額としては、全国生活賃金と併せて年齢別に4種類、これにアプレンティスシップ(企業における見習い訓練)参加者向けの額を加えた計5種類が設定されている。
全国最低賃金については、例年どおりこの10月に改定が行われたところだ。新たな最低賃金額は、21~24歳向けが6.95ポンド(25ペンス、3.7%増)、18~20歳向けが5.55ポンド(25ペンス、4.7%増)、16~17歳向けが4.00ポンド(13ペンス、3.4%増)、アプレンティスシップ参加者向けが3.40ポンド(7ペンス、3%増) (注6) となった。
さらに、最低賃金の改定を4月に統一するとの政府の方針により、2017年4月には全国生活賃金を含む全ての最低賃金額が改定対象となる予定だ。低賃金委員会の案に沿って11月に示された改定額は、全国生活賃金について7.20ポンドから7.50ポンド(4.2%増)への引き上げ、また各種の最低賃金額も1%前後の引き上げとなる(注7)。関連して、低賃金委員会は2020年時点の全国生活賃金の目標額について、3月時点の予測から45ペンス引き下げて8.61ポンドとしている。この間の賃金水準の上昇率について、財務省などが当初予想を下方修正していることによるもので、2018年以降毎年5%弱の引き上げにより、目標を達成することが可能となる。
図表:生活賃金・最低賃金額の推移(ポンド)
なお、全国生活賃金の導入に際しては、雇用の減少につながる可能性が懸念されていたが、これまでのところそうした影響は報告されていない。Resolution Foundationの調査(注8)によれば、多くの雇用主が人件費の増加に対して、価格転嫁(回答企業の36%)や利益による吸収(同29%)、あるいは生産性や効率性の向上への各種の取り組みなど(注9)、雇用削減以外の手段により対応しているとみられる。
経営側は、低賃金委員会が目標額に関する予測を引き下げたことを評価しており、今後の改定についても、景気や雇用状況に合わせた柔軟な対応を政府に求めている。全国生活賃金の導入時には想定されていなかったEU離脱が、6月の国民投票の結果を受けて現実に生じる可能性が高まっており、経済の減速が予想されることも一因とみられる。
注
- "Calculating a Living Wage for London and the rest of the UK"。ロンドン市の生活賃金は、生活費と平均所得の二つのアプローチにより、最終的な生活賃金を決定していたが、これが生活費に基づく算定方法に統一された。また従来は、ロンドン以外の地域の生活賃金はラフバラ大学の研究センターが、ロンドンについてはロンドン市が、それぞれ算定していたが、今年からはLiving Wage Foundationが設置した委員会組織(Living Wage Commission-労使、専門家などで構成)による方向付けの下、シンクタンクResolution Foundationが双方の算定を担うこととなった。(本文へ)
- 単身・カップルの別や、子供の数・年齢などにより17タイプの家族構成が想定され、それぞれについて、消費支出、住宅の賃料、カウンシル税、交通費、託児費用が推計される。なお、成人の構成員が週37時間のフルタイム労働に従事していることが前提とされている。(本文へ)
- Resolution Foundationのレポート(上掲)によれば、ロンドンについて上記の計算方法で求められた金額は10.15ポンドで、40ペンスの開きがある。詳細は示されていないものの、算定方法の変更による極端な上昇を抑制するため、増加率の上限値(物価上昇率+3%)が設定されており、これが適用されたとみられる。この差額は、今後の改定により順次調整される予定。(本文へ)
- "Living Wage Research for KPMG - 2016 Report" (本文へ)
- これに対して、生活賃金未満の労働者の比率が高い職種としては、バーのスタッフやウェイター・ウェイトレスなどが挙げられている。(本文へ)
- 適用対象は、19歳未満のアプレンティスシップ(見習い訓練)参加者について訓練期間中、また19歳以上の参加者については最初の12カ月間。(本文へ)
- 21~24歳向けが7.05ポンド、18~20歳向け5.60ポンド、16~17歳向け4.05ポンド、アプレンティス向けが3.50ポンド。(本文へ)
- "The first 100 days: early evidence on the impact of the National Living Wage" (本文へ)
- 労働者に努力を求める(16%)、訓練投資を拡大(15%)、使用する労働力の抑制(14%)、技術への投資(12%)、など。(本文へ)
参考資料
- Gov.uk
、Living Wage Foundation
、Resolution Foundation
、Joseph Rowntree Foundation
、Centre for Research in Social Policy
、BBC
、The Guardian
ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=139.87円(2017年3月6日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
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