好調な労働市場
―難民受け入れの影響はこれから
2015年の労働市場は好調で、過去25年で失業者数は最低を、就業者数は最高を記録した。一方で、昨年は大量の難民が到着した年でもあった。その大半は、未だ庇護手続きの途にあり、今後、認定された難民が増えるに従って、徐々にその影響が労働市場へ現れると見られている。
雇用の量・質ともに好調だった2015年
2015年の労働市場は好調で、多くの記録が生まれた。年間平均で、登録失業者数(注1)は279.5万人と最小に、就業者数は4303万人と最多になり、いずれも1991年の東西ドイツ統一以来の記録的数値となった。
連邦雇用エージェンシー(BA)のフランク・ワイゼ長官は「2015年は失業者が順調に減少し、就業者が大幅に拡大した。雇用に関する需要も年間を通して非常に高かった」と評価した。アンドレア・ナーレス労働社会相も「特に喜ばしいのは、社会保険加入義務のある雇用が前年比で60万人増加した点で、失業リスクも大幅に低下した」と述べ、雇用の量・質ともに好調だった点を強調した。
外国人労働市場も堅調 ―ただし例外あり
労働市場の好況を受けて、これまでのところ、外国人の労働市場も総じて良好に推移している。2015年末の労働市場統計(図表1)では、まだ大量の難民受け入れの影響はそれほど顕著にはなっていない。EU域内からの移住者は、概ね雇用率が上昇し、失業率が低下する傾向が続いた。具体的には、EU移住者全体で雇用率は2015年10月時点で58.3%と前年同月比で2.0ポイント増加し、失業率は9.4%と同0.4ポイント減少した。
ただし、例外はブルガリアおよびルーマニアからの移住者である。2014年1月1日からドイツへの移動と就労の制限が解除された(注2)両国出身者の失業率は2015年9月時点で9.8%と前年同月比で0.5ポイント増、失業手当Ⅱ(ハルツIV(注3)の受給者割合は17.2%と同3.1ポイント増と、いずれも増加していた。ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)によると、特にルーマニア・ブルガリア出身のハルツIVは、就労していても低所得のため失業手当を上乗せで受け取る者、いわゆる「上乗せ受給者」の割合が非常に高く、その割合は約42%だった。
外国人 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
EU-28 | 戦争・内紛地域 (アフガニスタン、イラク、イラン、ナイジェリア、パキスタン、ソマリア、シリア) |
バルカン諸国 (アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、マケドニア、モンテネグロ、セルビア |
|||||
EU-2 (ブルガリア・ルーマニア) |
EU-8 (エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、スロヴェニア、スロヴァキア、チェコ、ハンガリー) |
EU-4 (ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン) |
|||||
人口(人数) | |||||||
2014年11月 | 8,119,596 | 3,658,943 | 534,064 | 1,023,905 | 1,178,628 | 451,820 | 687,764 |
2015年11月 | 9,008,365 | 3,99,172 | 674,797 | 1,130,357 | 1,223,497 | 786,076 | 800,329 |
労働者(人数) | |||||||
2014年10月 | 3,245,996 | 1,677,229 | 255,936 | 511,496 | 530,239 | 99,016 | 250,809 |
2015年10月 | 3,542,567 | 1,902,863 | 341,388 | 592,139 | 556,642 | 117,808 | 267,945 |
雇用率(%) | |||||||
2014年10月 | 49.4 | 56.3 | 57.0 | 57.3 | 56.6 | 28.9 | 48.7 |
2015年10月 | 48.9 | 58.3 | 59.9 | 60.0 | 57.2 | 21.8 | 44.0 |
失業者(人数) | |||||||
2014年12月 | 526,641 | 170,449 | 27,181 | 51,743 | 65,215 | 58,724 | 49,833 |
2015年12月 | 5,72,985 | 186,650 | 39,050 | 54,821 | 66,012 | 90,356 | 52,323 |
失業率(%) | |||||||
2014年10月 | 14.6 | 9.8 | 9.3 | 10.0 | 11.0 | 37.2 | 16.7 |
2015年10月 | 14.4 | 9.4 | 9.8 | 9.1 | 10.6 | 41.8 | 16.5 |
失業手当Ⅱの受給者(人数) | |||||||
2014年9月 | 1,279,457 | 360,961 | 72,189 | 112,245 | 135,674 | 190,505 | 105,967 |
2015年9月 | 1,409,765 | 422,147 | 112,459 | 123,166 | 143,971 | 266,142 | 128,433 |
失業手当Ⅱの受給割合(%) | |||||||
2014年9月 | 16.0 | 10.0 | 14.1 | 11.2 | 11.6 | 44.6 | 15.8 |
2015年9月 | 16.1 | 10.7 | 17.2 | 11.1 | 11.9 | 42.1 | 16.1 |
- 出所:IAB (2015).
難民の受け入れ状況
ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)の発表によると、外国人中央登録簿(Ausländerzentralregisters)に基づく外国人の数は、前年同月比で89万人増加した(2015年11月時点)。ただ、連日大量にドイツに押し寄せている難民が完全にはこのデータに登録されていないため、実際の増加数はさらに高い可能性がある。
難民の受け入れ状況について、「EASYシステム(注4)」を利用した統計では2015年1月から11月までの間に、新たに96.5万人が流入したとされるが、IABはこれを「信頼できるデータではない」としている。EASYシステムには、二重カウントされた者や、帰国したり、あるいは他国への移動を続けた難民もカウントされるため、実際の純流入数は、それらを差し引いて、96.5万人の7割前後ではないかとIABでは見積もっている。なお、昨年11月にEASYシステムで集計された難民の内訳を見ると、全体の90%が戦争や内紛地域の出身者で、シリア難民だけで47%を占めていた。他方で、バルカン諸国(セルビア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ、アルバニア、マケドニア、コソボ)からの難民は1%のみだった。この点についてもIABは「EASYシステムの出身国データは自己申告に基づいているため、慎重に解釈する必要がある」としている。
難民申請の処理状況は、2015年1月から11月までの間に24万件の決定が下された。申請者の46%が庇護認定を受け、35%が却下、19%がその他の理由で処理済みとされた。その傾向をみると、シリアとイラクの国籍者のほぼすべての申請が認められた一方で、バルカン諸国の国籍者はほぼすべての申請が却下された。アフガニスタンなどの他の国籍者については申請の約半数が庇護の認定を受けた。
移住難民、労働力と失業の増加予測
難民による労働力供給が拡大する規模は、流入数のほかにも庇護手続きの長さ、庇護率の高さ、そのほか多数のパラメーター(媒介変数)によって左右される。2015年は申請した難民のほんの一部しか難民認定手続きを終えておらず、ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)では、今後2016年に38万人、2018年までに64万人の労働力の増加を見込んでいる。IABは、このように労働力が増加する一方で、難民の失業者数の増加も見込んでおり、2016年には総数で7万人から20万人(中間的なシナリオ予測では13万人)の増加を予測している。このように、今後2年は移住難民による労働力と失業の増加が予測されている。
難民の労働市場統合の速度
過去の経験から、難民の労働市場への統合はゆっくりとしか進まないことが分かっている。過去をみると、受け入れから5年経って就業していたのは、生産年齢人口にある難民の約50%であり、10年後で60%強、15年後で約70%だった。
これには、法的および制度的な弊害が起因する一方で、語学力不足や職業教育修了者の割合が低いことが原因であることが指摘されている。労働市場統合の速度は、主に難民認定手続きの長さ、語学力の向上速度、職業訓練や職業教育への投資、仕事の斡旋状況、企業の労働需要等によって決まる。
そのうちの、難民認定手続きを迅速化するために、トーマス・デ・メジエール内相は、今後すべての庇護手続きを3カ月以内に処理できる体制を整えるとしている。連邦移民難民庁は、新たに職員を4000人増やし、今年の第3四半期までに滞っている約36万件の申請を処理する予定である。
さらに、難民を含む移住者の語学力向上を促進するために、連邦雇用エージェンシー(BA)と公共放送のドイチェヴェレ(DW)は、共同で特別なオンラインでのドイツ語コースを今年から開始する予定だ。政府はまた、統合講習(注5)の人数を倍増させる計画を立てており、5億ユーロ以上の予算が投入される。
難民の労働市場統合に関して、連邦政府はかなり楽観的な見方をしており、ナーレス労働社会相は2016年に難民の約3分の1がハルツIVから脱出できるとの見通しを述べており、ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)は庇護申請者の8~12%が到着後1年以内に仕事を見つけられると予測している。今後、難民の労働市場統合がどのように進むかに注目が集まっている。
注
- 職業安定機関の業務統計。公共職業安定所に求職登録をしている者の数である。具体的には、仕事への従事が週15時間未満であって、公共職業安定所が紹介する仕事に応じることが可能で、求職活動を行った65歳未満の者。(本文へ)
- ドイツでは、2014年1月1日からブルガリアおよびルーマニア出身者に対する就労と移動の制限が解除された。それまでドイツは、2007年にEU加盟した両国に対し、旧加盟国として認められる最長7年の「移動の自由の適用猶予」を用いて制限してきた。それが2013年末で期限切れとなり、両国の労働者は自由にドイツへ移住して働くことが可能になった。(本文へ)
- ハルツⅣとは、ハルツ第四法に基づく求職者基礎保障給付のことで、長期失業者とそのパートナー等の生活保障を目的として「社会法典第二編(SGBⅡ)」で規定され、失業給付Ⅱとも呼ばれる。受給者は長期失業者で、職業教育を受けていない無資格者や低資格者が多い。なお、社会法典第2編(SGBⅡ)で規定される給付には、失業給付Ⅱのほか、就業不能要扶助者に対する社会給付(SG)がある。(本文へ)
- 「Easyシステム」は、ドイツへ到着した難民を、各州の税収と人口数に応じて決定された割当比率に基づいて、各州に割り当てる電子配分システムである。難民は割り振られた州の連邦移住難民庁で難民審査を受けることになる。(本文へ)
- 統合講習は、「ドイツ語教育」(欧州共通基準B1レベル習得を目指す)と、ドイツの法律、文化、歴史などを学ぶ「市民教育」がある。統合講習の構造は、300授業単位の「基礎言語講習」に続き、300授業単位の「言語向上講習」がある。この基本パターンのほか、若年者や女性、子を持つ親、読み書きのできない人などの特定層を対象に900授業単位に延長した講習もある。(本文へ)
参考資料
-
Bundesministerium für Arbeit und Soziales Pressemitteilungen 5. Januar 2016, IAB Dezember 2015 Zuwanderungsmonitor, Handelsblatt (5.1.2016, 21.12.2015, 09.12.2015), EurWORK Germany: 01 February 2016.
関連情報
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:掲載年月からさがす > 2016年 > 3月
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:国別にさがす > ドイツの記事一覧
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:カテゴリー別にさがす > 雇用・失業問題、外国人労働者、人材育成・職業能力開発
- 海外労働情報 > 国別基礎情報 > ドイツ
- 海外労働情報 > 諸外国に関する報告書:国別にさがす > ドイツ
- 海外労働情報 > 海外リンク:国別にさがす > ドイツ