「新常態元年」で「起業・事業革新」を促進

カテゴリー:雇用・失業問題人材育成・職業能力開発

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  • 国別労働トピック:2015年12月

豊富で安価な労働力などにより「世界の工場」として経済を牽引してきた中国は現在、成長鈍化の時期を迎えている。2015年はこれまでのような高度成長が望めずに、新しい発展の段階・手法が求められる「新常態(ニュー・ノーマル)元年」といわれた。中国政府は「従来の産業のバージョンアップ」とともに、「起業・イノベーションの促進」を政策の「ダブルエンジン」に例え、中国経済を活性化させようとしている。

「大衆の創業・万民のイノベーション」

李克強首相は2014年9月に天津で開かれた世界経済フォーラム・夏季ダボス会議の発言で、「大衆創業・万衆創新」(大衆の起業・万民のイノベーション)というスローガンを用いた。これを契機に、起業やイノベーション(事業の革新)を促進するための政策が相次いで打ち出された。

翌2015年3月に開かれた全国人民代表大会の政府活動報告に同スローガンが盛り込まれた後、国務院は同年6月に常務会議を開き、起業・イノベーション の促進策として、地方起業基金の創設、人材移動の自由化を妨げる戸籍・学歴制限の解消、創業者に対する低コストの勤務場所の提供、知的財産の保護、VIE(Variable Interest Entity、変動持分事業体)の国内上場(注1)、という5つの方針を示した。

次いで、国務院は同月、「大衆創業・万衆創新のさらなる推進の若干の政策措置に関する意見」を公布し、制度、財政、金融、ベンチャー投資など 10分野、30項目の政策を打ち出した。創業に必要な人材の育成や人材移動メカニズムの整備などに言及。起業家精神の育成を国民教育に取り入れることや、起業教育・育成制度を全社会で実現することなどを盛り込んでいる。社会保障制度改革の促進により、人材の自由移動の障害を取り除くことも示した。

国務院弁公庁は同年5月、「高等学校でのイノベーションと創業教育のさらなる改革に関する実施意見」を出し、イノベーションと創業を担う人材を育成するために、高校以上の教育機関での人材育成メカニズムの形成促進、イノベーションと創業のための教育課程の完備、教育方法と考査方式の改革、イノベーションと創業実践教育の強化、創業経験者など専門的な教師の招聘、教師の人材育成などの実施を高等学校に求めている。

また、国務院は同年同月、今後10年間で、大量の製品を製造・輸出してきた「製造大国」から、国際競争力の強い高度化した製造業からなる「製造強国」への転換を目指す戦略「中国製造2025」を発表した(注2)。製造業のイノベーション能力の向上、国際競争力の強化、環境保護技術の開発推進による循環的製造体系の構築、人材育成の重視、といった方針を提示。重点発展分野として、「次世代情報技術産業」「高度数値制御工作機械・ロボット」「航空宇宙設備」「先進軌道交通設備」「省エネルギー・新エネルギー自動車」など10項目をあげている(注3)。6月には馬凱副首相をトップとする「国家製造強国建設指導小組」を発足させ、この政策の全体的な実施・調整に取り組む体制を整えた。

さらに、10月に開催された中国共産党の第18期中央委員会第5回全体会議(5中全会)のコミュニケで、「第13期5カ年計画中(2016~20年)には雇用・起業を促進し、雇用優先戦略を堅持し、より積極的な雇用政策を実施し、起業支援政策を充実させ、柔軟な雇用と新たな雇用形態への支援を強化し、技術者の待遇を引き上げる」ことを示した。

上海と杭州の人材誘致・育成策

中央政府の決定に並行して、各地方政府もイノベーションの促進や創業のためのハイレベル人材の誘致などについて、具体的な政策を推進している。

例えば、杭州市 は2015年1月、「ハイレベル人材、イノベーションと創業人材及び団体の誘致・育成の実施に関する若干の意見」を公布した。起業家、高度技能取得者などのハイレベル人材を2020年までに約250万人にする目標を設定し、人材を誘致・育成するために、さまざまな支援を行なうことにした(表1)。

表1:杭州市の主な人材誘致・育成策

人材育成誘致・育成への資金援助

  • イノベーション・創業人材・団体の誘致
    • ハイレベル人材に60~100万元の住宅購入補助金を支給する。
    • 団体のプロジェクトに60~2000万元の補助金を支給する。
  • 人材仲介サービス業の発展支援
    • 「国内海外最高レベルの人材」「国家千人計画(注1)の人材」「省レベルで一流のイノベーション・創業団体」を誘致した個人あるいは仲介組織に、それぞれ30万元、10万元、20万元の資金を援助する。
  • イノベーション・創業人材の育成奨励
    • ①3年ごとに選ばれる「杭州市傑出人材」と「杭州市特別貢献人材」について、毎回10名を上限に、それぞれ30万元、10万元の資金を援助する。
    • ②2年ごとに「政府特別手当人員」を選抜し、毎回50名を上限に、それぞれ2万元の手当を与える。
    • ③「131中青年人材育成計画(注2)」に基づく育成対象者に、3~13万元の資金を援助し、教育訓練を行なう。
    • ④民営企業経営者の育成を強化するため、大学や業界団体、民間有名企業、ネットメディアなどと共同で訓練施設を設立する。

創業支援

  • 創業とプロジェクト研究開発への支援
    • ①ハイレベルの海外留学帰国者が杭州で行なうイノベーションと創業の重要なプロジェクト、優秀なプロジェクト、新規のプロジェクトに参加した場合、それぞれ100万元、50万元、3~20万元の資金を援助する。
    • ②海外ハイレベル人材を対象にしたイノベーション・創業コンクールの受賞者が、受賞したプロジェクトを杭州で実施する場合、資金援助を行う。
    • ③科学技術型の創業企業育成に100万元の資金援助を行う。
    • ④職務発明の特許1件につき5000元を付与する。

生活保障等の優遇措置

  • ①居留・滞在
    • 「千人計画」の外国籍の人材に「外国人永久居留証」を与える。
    • 外国籍の高度人材は180日を超えない期間まで滞在できるFビザ(訪問ビザ)、あるいは、国が必要とする外国人高度人材、専門分野人材を対象にしたRビザ(人材ビザ)の取得を申請できる。
    • A~E類(注3)の中国国籍の人材に杭州市の戸籍を与える。
  • ②住宅
    • A類人材にはケースバイケースで住宅の問題を解決する。
    • B類人材には100万元の住宅購入補助金を与える。
    • C類人材には80万元の住宅購入補助金を与える。
    • D類人材には60万元の住宅購入補助金を与える。
    • E類人材には月1200元の賃貸補助金を与える。
  • ③子供の教育
    • 外国籍のハイレベル人材の子供を国際学校や杭州市の学校に入学させる。
    • 中国国籍のハイレベル人材の子供(戸籍を問わず)を杭州市住民の子供と同等の待遇で学校に入学させる。
  • ④医療
    • A類人材に杭州市1級(注4)の医療保健待遇を与える。
    • B, C類人材に杭州市2級の医療保健待遇を与える。
    • D類人材に杭州市3級の医療保健待遇を与える
  • ⑤公共サービス
    • 社会保険で相応の待遇を得るための補助を与える。
    • 車のナンバープレート取得に補助金を与える。
    • 家族の就職問題を解決する。
  • 注1 「国家千人計画」とは、海外のハイレベル人材を中国に誘致するため、中国政府が2008年から始めた政策。
  • 注2 「131中青年人材育成計画」とは、2011~2015年に1400人の中青年技術人材を選抜し、育成する計画。「131」とは、45歳以下で最新の科学技術を追究できる高度な人材を100人(=1)、40歳以下で学術、技術の造詣が深く、イノベーションを推進できる人材を300人(=3)、40歳以下で専門技術を持つ優秀な人材を1000人(=1)という、それぞれのレベルで育成する人材の人数に由来する。
  • 注3 杭州市はハイレベルの人材を5段階に分類し、A類は「国内海外の超一流人材」、B類は「国家レベルのトップ人材」、C類は「省レベルのトップ人材」、D類は「市レベルのトップ人材」、E類は「高級人材」としている。
  • 注4 高い級の医療保健待遇ほど、優先して入院できるなど、より手厚い医療サービスを受けることができる。

また、上海市は2015年7月に「人材の仕事の体制・メカニズムのさらなる改革と、人材イノベーションと創業の促進に関する実施意見」を発表した。ハイレベルな創業・イノベーションの能力がある外国人に対するビザ、居留証、永久居留証などの規制緩和や待遇改善、中国人の創業者らに対する戸籍制度の緩和や生活保障などに言及した(表2)。

表2:上海市の主な人材誘致策

外国人に対する政策

  1. 中央と上海市では「千人計画」、「海外ハイレベル人材集合戦略」などを推進し、上海「千人計画」創業園(起業をサポートする設備・環境を用意した地区)の建設を強化する。
  2. 年収と個人所得税に関する基準を満たし、勤務先から推薦された外国人は、(1)上海での就業期間が連続4年に達する、(2)中国国内の滞在期間が毎年6カ月以上ある、(3)安定した住所と収入がある、という条件を満たせば、「永久居留証」の発行を申請できる。
  3. 上海市の人材主管部門が認定した外国籍ハイレベル人材、「上海科学技術イノベーション業種リスト」に入った「業界高級人材」に対しては、60歳の年齢制限なしで、有効期限5年の「人材類」の「就業居留許可」を発行できる。さらに、就業期間が3年に達したら、勤務先の推薦により、「永久居留証」の発行を申請できる。
  4. 上海市の人材主管部門が認定した外国籍ハイレベル人材、「上海科学技術イノベーション業種リスト」に入った「業界高級人材」は、ビザなしで上海に到着した際にRビザ(人材ビザ)を申請できる。他の種類のビザで入国した場合、Rビザへの変更を申請できる。
  5. 中国の大学で学士以上の学位を取って、上海で創業する場合、有効期間2年の「創業居留許可」を申請できる。
  6. 「就業許可証明」を有して上海に来る外国人は、入国後に直接、有効期間1年以内の「就業居留許可」を申請できる。あるいは、入国の際、Zビザ(就労ビザ)をビザ管理機構に直接申請でき、入国後は規定に基づき、相応の期限の「就業居留許可」を申請できる。
    また、上海で投資や起業しようとする外国人は、投資証明や創業計画、生活資金証明などにより、入国の際、ビザ管理機構に「S2ビザ」(私人事務ビザ)を直接申請できる。入国後は規定に基づき、「私人事務居留許可」を申請できる。
  7. すでに永久居留資格を得ている、あるいは「就業居留許可」を持つ外国ハイレベル人材らの雇用する外国籍の家政スタッフが、相応の期限の「私人事務居留許可」を申請できるようにする。
  8. 2回連続して「就業居留許可」を得た外国人は、3回目から有効期間が5年以内の長期の「就業居留許可」を申請できる。

国内人材に対する政策

  1. イノベーション・創業人材や創業仲介サービス人材らに、上海市の居住に必要な「居住証」の基準ポイント(注1)を与える。
  2. イノベーション・創業人材や創業仲介サービス人材らが「居住証」を得てから上海の戸籍を得ることができるまでの期間が、通常は7年かかるところ、3~5年(一定の条件を満たしたベンチャーキャピタルの管理運営人材は2~5年)に短縮する。
  3. 著しい業績を得たベンチャーキャピタルの管理運営人材、市場価値が一定のレベルに達した企業の科学技術人材、著しい営業業績を得た企業家人材、上海市で一定の業績をあげたイノベーション・創業人材仲介サービス人材らに、上海戸籍を与える。
  • 注1 上海市は居住証の付与に「ポイント制」を導入している。学歴・取得技術・納税状況・居住年数などを点数化し、「基準ポイント」に達すると居住証が付与される。7年以上の居住証保持が上海市戸籍取得の条件とされている。

「インターネットプラス」政策

中央政府の起業・イノベーション支援政策を追い風にして、以上のように、上海市や杭州市などは、表で示したような人材誘致・育成策を発表した。補助金の支給や、ビザ・戸籍の規制緩和などで高度な人材を誘致し、地方の経済の活性化や、優れた技術・知的財産の導入をはかろうとするものだ。起業が地域の就職・雇用問題をある程度緩和することも期待されることなどから、現地の報道はこうした政策をある程度高く評価している。

政府は「大衆創業・万衆創新」とともに、「インターネットプラス(中国語では「互聯網+」)」の政策も掲げ、インターネットと既存産業などとの融合を進めるとしており(注4)、インターネットを活用したベンチャー企業の創業の勢いを強めようとしている。ただし、2015年7月に中国国営新華社通信などが発表した「2015インターネット創業白書」によると、2014年のネットベンチャー企業の約7割が北京市、上海市、広東省に集中しており、地域差は大きい。また、起業しても長続きせずに廃業する企業も多く、生存競争はかなり厳しいとみられる。

参考資料

  • 新華網、人民網、中国労働保障報、第一財経日報、経済日報、経済参考報

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