デトロイト市の破綻「ミシガン州政府の助成金カットが主因」
―元ミシガン州AFL・CIO会長にインタビュー
デトロイト市の破綻について、元ミシガン州AFL-CIO会長(現ミシガン州立ウェイン・ステート大学講師)のマーク・ガフニー氏にJILPTがインタビューした。自動車産業の衰退や市職員の年金支払いが市財政の逼迫をもたらしたという大方の論調と異なり、同氏は、破綻の主要な原因が、「ミシガン州政府による市への助成金が6年前にカットされたことだ」との見方を示し、本質的な問題が別にあることを指摘した。
自動車産業の衰退が原因との見方に異議
デトロイト市は7月18日、連邦破産法第9条の適用を申請した。年間1億2000万ドルのキャッシュ・フロー不足と3億8600万ドルにのぼる財政赤字の解消が困難になったことが原因とされる。 ガフニー氏によれば、「ミシガン州がデトロイト市に助成していたのは、年額約2億5000万ドルだった」とのことである。この金額があれば、現在のキャッシュ・フロー不足は解消できる。つまり、これまでもデトロイト市の財政を支えていたのはミシガン州の助成金だったことになる。これは、自動者産業の衰退がデトロイト市財政の逼迫をもたらしたとする大方の論調とは異なる。
そもそもデトロイト市の財政危機は最近になって始まったわけではない。その凋落は米国最大の黒人暴動が始まった1967年にさかのぼる。ガフニー氏は、「それ以降、自動車組立工場は市内を去り、最盛期は200万人に迫った人口も70万人ほどに減少した」と言う。ミドルクラス以上の収入がある人達が大デトロイト圏と呼ばれる郊外へと流出したからだ。市内に残った多くは貧困層である。ミシガン州の世帯年収中央値が4万8000ドルを超えるのに対して、デトロイト市では2万8000ドル弱と、およそ半分程度でしかない。貧困ライン(注)以下の人口比率は、ミシガン州の15.7%に対して、デトロイト市は36.2%にのぼる。その大半は社会福祉制度の援助を受けて暮らしている。
黒人暴動が起きた背景には、自動車工場の人種分断策や深刻な黒人差別などがあった。自動車工場は労働組合を弾圧するために黒人労働者を活用した。彼らに労組の活動を報告させたり、労働条件を労働組合員よりも良くしたりすることで、組合員の憎悪の目を黒人労働者に向けさせたのである。
黒人差別の象徴としては、居住する地域を分断した道路8(エイト)マイルがある。ここを隔てて内側が電気、水道、ガスの設備が整う都市である。しかし、貧困層の大半を占める黒人は8マイルの内側で土地を購入することを許されなかった。そのために、外側に自前で家を立てて住むことを余儀なくされたのである。
これらが複合的に人種的な対立を激しくさせた。ついに、1967年7月、警官が黒人少年に暴力を振るったことに抗議する人と警官隊が衝突し、暴動が始まった。大統領が派遣した州兵によって、暴動はようやく鎮圧されたが、市内中心部の商店やオフィスビルの多くが破壊されて廃墟となったのである。
それ以降は、8マイルの内側が黒人、外側がミドルクラス以上というように、それまでの状況が反転した。内側に暮らす人の大半は貧困層である。現在もその状況はほとんど改善されていない。
2005年にニューオリンズ中心部をハリケーンが襲った際に、市内から脱出する術をもたない貧困層が大きな被害を受けた。その時に貧困状態の黒人が人口のおよそ6割と他の地域より高いことが指摘されたが、デトロイト市は8割とそれよりもはるかに高い。
負債削減で公共サービスが低下
デトロイト市は、2005年にメジャーリグベースボールのオールスターゲーム、翌年の2006年にはアメリカン・フットボールの優勝決定戦スーパーボールと野球の優勝決定戦ワールドシリーズの舞台になった。それをきっかけにして、野球場とアメリカン・フットボールのスタジアム周辺の宿泊施設やレストラン、オフィスビル、住宅が新設された。しかし、そのような動きは一部分にとどまっている。市の大半は1960年代の荒廃から手付かずのままである。
デトロイト市の財政不足は、2008年のリーマン・ショック以降の経済不況や一時期は不振に落ち込んだ自動車産業と無関係にこれまでも長期間にわたって存在していたのである。
これに対して、デトロイト市は継続的に負債削減のための施策を行なってきた。その多くは公共サービスの低下というかたちをとっていた。
たとえば、1904年開園の水族館と植物園は2005年に、1883年開園の動物園は2006年に、それぞれ財政不足から閉園が決定された。そのうち、動物園は市外の中間層以上の利用者が多かったことから、市の決定が覆されて、民間からの寄付金と州政府の助成金を基に、運営が継続された。それ以外にも、スクールバスの本数を削減したり、ごみ収集の回数を減らしたりという方法がとられている。公共サービス部門の従業員の賃金も低く抑えられている。それは、デトロイト市に比べてマイアミ市の警察官の賃金がはるかに高いために、人材が流出するという話が地元紙のニュースになったことにもあらわれている。
多くの地域で、打ち捨てられたままになっている施設がある。歴史的に価値が高い建造物を改修しようという動きがないわけではないが、その費用が膨大となるため、計画があがるたびに頓挫している。
問題は人口や自動車工場の流出だけではない。貧困層が多いため、住民の購買力が低い。そのため、スーパーマーケットなどの商業施設もほとんど存在しておらず、雇用先も限られる。失業率も、2013年6月で18.6%と州平均の倍近い。
人口は、最盛期の1950年代と比べて約6割減となった。とくに近年の減少幅が大きく、2000年代だけで30%近くも減少した。
大デトロイト圏の人口は500万人を超え、全米でもっとも富裕層が住む地域もある。その一方で、およそ50年にわたって市の中心部の状況は放置されてきた。周辺の市や郡を含んだ大デトロイト圏がかつてのデトロイト市であると理解すれば、ミシガン州政府が助成金を投入してデトロイト市の公共サービス維持のために職員を雇用してきたことに違和感はないだろう。そうでなければ、州政府の直轄とすることがふさわしかったのかもしれない。
「企業法人税減税がほんとうの原因」
「負債額の取り上げ方にも問題がある」とガフニー氏は言う。「180億ドルにのぼると報道されることがあるデトロイト市の負債だが、単年度でみればその額はずっと小さく、4億ドル未満である」とのことである。そこには、株式会社と同じ会計基準による負債額の算出方法が影響している。「市の現役職員と退職者向けの健康保険にかかる経費は60億ドルと試算されているが、この額は向こう30年間の総額であり、単年度にかかるものではない」と同氏は指摘する。市は株式会社ではないので、このような後年度負担による負債額が大きいからといって、株式会社のように株価が下がって資産が目減りしたり、市場からの資金調達が滞ったりすることはない。だからこそ、州もしくは連邦政府全体の問題として長期的に取り組むことが可能であるわけだ。
たとえば、「オバマ政権が行った医療保険制度改革により、市職員の健康保険に必要な経費に連邦予算を投入して、市の負債額から除外できる可能性がある」とガフニー氏は言う。
「退職年金についても同様であり、単年度にかかる負債ではなく、全体の積立不足となっている金額を含んでいる」とのことである。人口減少にともなって市職員の数を減らしているが、すでに退職した人の数は急減するわけではない。その間に、市だけではなく、州や連邦政府も含んだ解決方法を探らなければならない。そうでなければ、最低限の公共サービスも維持することができなくなってしまう。
市内中心部の荒廃はそのままに、周辺部分のみが栄えるといいう構図を放置しながら、その中心部の公共サービスは州政府予算によって賄われてきたというこれまでの姿を、なんら改善することなく、州政府の助成金のみがカットされた。その背景には、「州政府が行った企業法人税減税による税収の落ち込みがあった」と、ガフニー氏は合わせて指摘している。
(山崎 憲)
注
48 州およびワシントンD.C. | Alaska | Hawaii | |
1人 | 10,890 | 13,600 | 12,540 |
2人 | 14,710 | 18,380 | 16,930 |
3人 | 18,530 | 23,160 | 21,320 |
4人 | 22,350 | 27,940 | 25,710 |
5人 | 26,170 | 32,720 | 30,100 |
6人 | 29,990 | 37,500 | 34,490 |
7人 | 33,810 | 42,280 | 38,880 |
8人 | 37,630 | 47,060 | 43,270 |
以後一人増ごとに+ | 3,820 | 4,780 | 4,390 |
出典: Federal Register, Vol. 76, No. 13, January 20, 2011, pp. 3637-3638
参考レート
- 1米ドル(USD)=97.85円(※みずほ銀行ウェブサイト2013年8月1日現在)
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