「長期労働時間口座」の活用、労働社会相が提案
―年金支給開始年齢の引き上げの対策
フォン・デア・ライアン労働社会相は2月21日、公的年金の支給開始年齢の引き上げに伴う高齢者の収入対策の一環として、時間外労働などを手当で精算せず労働時間として貯蓄する「長期労働時間口座」を活用する考えを示し、労使の理解を求めた。長期口座を導入している企業は、現状では少数にとどまっており、仕組みを今のままにしての活用には労使とも積極的とはいえないようだ。
長期口座導入企業、現状は少数派
労働時間口座は、「所定労働時間」と「実労働時間」の差を計算し、時間外手当などの金銭精算をせずに、一定期間プラスあるいはマイナスの時間残高/借入として各人の口座に記録する制度である。残高時間は休暇として、借入時間は勤務として相殺することができる。1年以内に精算される「短期口座」と、複数年にわたる「長期口座」の2種類があり、短期口座の方が普及率は高い。
これまでのところ長期口座を導入している企業はごく少数で、地元紙(ハンデルスブラット)によると、長期口座導入率は公共部門で約7%、民間部門で2%(約4万社)にとどまっている。ただ、化学、金属、電気などの産業では比較的導入が進んでおり、特に化学産業では労働者の2人に1人が長期口座を利用している。
フォン・デア・ライエン労働社会相は、年金支給開始年齢が今後65歳から67歳へ2歳引き上げに伴う収入確保の一環として長期口座の活用を検討しており、労使代表との懇談で「労働者に長く働いて欲しければ、労働者に自由と柔軟性を与える必要があり、その観点から労働時間口座、特に長期口座、さらに生涯口座の活用を検討する余地は大いにある」と述べた。その上で「労働時間の柔軟化という点で、長期口座は企業側と従業員側の双方にメリットがある。企業側は、都度の時間外支払いをすることなく企業内で需給変動の吸収力を高めることができ、従業員はライフスタイルの変化に合わせてより柔軟に自らの労働時間を設計することができ、減額のない早期退職も可能になる」として、自らの構想を説明し、労使の理解を求めた。
少子高齢化と年金支給開始年齢の引き上げ
ドイツで公的年金制度の礎が築かれたのは、約120年前のビスマルク時代である。以降さまざまな制度改革を経てきたが、近年の加速する少子高齢化に対応するため、2007年に年金支給開始年齢調整法(注1)が成立し、2012年から2029年にかけて段階的に年金開始年齢が65歳から67歳に引き上げられることが決定した。
ドイツの20歳から64歳の層は今後2030年までに計約500万人減少すると予測されており、同時期に65歳以上の層は600万人から2,200万人に増加すると見込まれている。また、公的年金制度を支える現役世代と年金受給者の割合は1991年には4対1だったが、2030年には2対1となる見込みだ。平均寿命については、1960年と比較すると男女ともに4歳以上伸びており、長寿化の傾向が続いている。こうした人口動態の変化に対応し、公的年金制度を維持するために今回の引き上げが決定した。
就労年数をより長く
年金支給開始年齢の引き上げは、人口変化の対応のみならず、技能労働者不足の緩和にもつながると労働社会省では考えている。上述のように現役世代が減少するにつれて2015年から2020年にかけて労働力不足が深刻になると考えられており、労働者の就労年数の延長はこの不足の緩和に役立つとして、同省では特に60歳から64歳の高齢就業者の増加を歓迎している。実際に労働社会省が2012年2月に発表した調査結果によると、60歳から64歳の就業者の割合は過去10年間で2倍以上増えており、当該の就業者総数も記録的な高水準に達している。しかし、ドイツ労働総同盟(DGB)はこれについて「高齢労働者の就業状況はマクロレベルでは改善しているが、よく見るとミニジョブ(注2)など社会保険料を負担せず不安定な働き方をしている者が多い」として、高齢就業者の増加よりもその雇用の質に注目すべきとの考えを示している。
労使の反応
長期口座の一層の活用という労社相の提案に対して、労使双方から根本的な異議は出ていない。しかし、ドイツ労働総同盟(DGB)のゾンマー会長は「労働時間口座は今日、労働者が主権的に自らの労働時間を決定しているというよりは、企業が需要(仕事量)の緩衝役として利用している。特に2008年以降の金融危機の中でその傾向はさらに顕著になった」と述べて、労働時間口座が使用者に有利な働きをしている点を指摘。さらに「もし政府が労働時間口座を年金支給開始年齢の引き上げにも利用したいと考えるなら、さらなる法改正を実施して、例えば早期退職による部分年金支給と労働時間口座の併用をリンクさせるなどの必要があるだろう」と語った。
一方、ドイツ手工業会議所(ZDH)のケンツラー会長は「長期口座は、中小企業にとっては口座管理の負担が大きい。こうしたマイナス要因を取り除かないと実際の活用や普及にはつながらない」と述べて具体的な政府の対応策を求めた。
注
- 「年金保険支給開始年齢調整法(RV-Altersgrenzenanpassungsgesetz)」は、2007年3月に成立し、老齢年金の支給開始年齢を2012年から2029年までの間に段階的に65歳から67歳へ引き上げることや、「特別長期被保険者に対する老齢年金」を新規に導入し、45年以上の被保険者期間を満了した者が65歳で満額の年金受取を可能とすることなどを規定している。
- 「ミニジョブ」とは、「僅少労働(Geringfuegige Arbeit)」の通称である。労働者がミニジョブに従事した場合、月当たりの賃金の合計が400ユーロまでは、社会保険料を支払わなくてよい。また、社会保険加入義務がある「本業」に従事しながら、一つのミニジョブを行う場合は、本業の賃金と合算しなくてよい。
参考資料
- Deutsche Rentenversicherung Bund(12.10.2010), Bundesministerium fur Arbeit und Soziales, Informationen zur Rente mit 67(15.12.2009), Handelsblatt, Seite 18(22.2.2012), Suddeutsche.de, Deutsche arbeiten immer langer(21.02.2012), European Industrial Relations Observatory(12 March, 2012).
2012年4月 ドイツの記事一覧
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