新たな給付制度「ユニバーサル・クレジット」を発表
―長期失業者に就労を義務化など、条件・罰則を強化
ダンカン・スミス雇用年金相は11月11日、低所得層向けの給付制度を統合する「ユニバーサル・クレジット」の導入に関する白書を発表した。制度の簡素化により、就労が給付の受給よりも利益になることを明確に示すとともに、罰則の強化などで就労促進をはかり、さらに不正受給や誤給の防止も目指すもの。新規申請者を対象に2013年から適用を開始し、17年までには既存の制度からの移行を完了させたいとしている。
ユニバーサル・クレジットは、既存の低所得層向け給付制度である所得補助、所得調査制求職者手当、雇用・生活補助手当(所得関連)(注1)、就労税額控除、児童税額控除、住宅給付を代替する制度として導入される(注2)。基本的な所得保障部分である基礎手当と、子供や自身の障害の有無、住居や介護責任の有無などを考慮する付加手当で構成される。政府によれば、現行の各種給付がそれぞれ異なる基準で支給されること、一定時間以上就労する場合には異なる給付制度への再申請が必要となること、また就労による収入の増加に対して給付の減額率が高いことなどが、受給者が就労に移行する際の障壁となってきた。このため、所得額に応じた単一の基準の下で各種の支給額を決定、就労前後で同一の制度を適用し、受給中の短時間就労が所得の増加につながるよう減額率を引き下げるなど、一定の所得を保証することで、受給者の就労促進を目指している。
一方、受給に関する制約や罰則もこれまでより強化される予定だ。まず、雇用・生活補助手当の就労関連活動グループに対して、支給期間を現在の無期限から12カ月に限定する。求職者手当については、必要な活動に参加したにもかかわらず12カ月を超えて仕事に就くことが出来ていない受給者に、地域の非営利団体などで週30時間まで、4週間にわたるフルタイム就労を義務付ける(Mandatory Work Activity:義務的就労活動)。また、拠出制の求職者手当ならびに雇用・生活補助手当についてはこれまで所得額にかかわらず定額が支給されていたが、所得額に応じた手当の減額を新たに導入する。さらに、世帯毎の給付額に上限を設定し、平均的な世帯の税引き後所得(中央値を目安とする)を上回らないようする。このほか、受給者に義務付けられた活動を怠ったなどの場合は、違反の重大さや回数に応じて最大で3年間の支給停止とする(表参照)。現在は、手当の支給停止により生活に支障をきたすと申請者が申立て、これが認められた場合には、減額された求職者手当の支給(hardship payment)を受けることができるが、これを貸付制度に転換していくことが検討されている。なお、雇用・生活補助手当の支援グループ、介護者、1歳未満の子供を持つ一人親の所得補助または雇用・生活補助手当の受給者については、従前どおり条件は設定されない。
政府は、ユニバーサル・クレジットの導入によって既存の受給者の受給額が減額されることのないよう配慮すると述べ、一連の施策を通じた就労促進や受給額の増加により、50万人の成人、35万人の児童を貧困状態から救うことができると予測。導入コストは要するが、給付依存からの脱却、不正受給・誤給の防止(注3)、さらにIT化による省庁間の情報共有の推進などの業務効率化により、長期的には給付制度に係る財政負担を軽減することができると強調している。新制度は、2013年から新規申請者を対象に適用され、その後2014-17年の期間で既存制度の受給者の新制度への移行作業を計画している。ただし雇用年金相は、制度の完全な定着には10年はかかるだろうとの見方を示している。なお、10月に公表された歳出計画では、今後4年間で180億ポンドにのぼる年間の給付制度予算の削減を目標として示している(2010年11月の記事参照)。この中には、住宅給付の上限額の設定(注4)や、12カ月を超える求職者手当受給者に対する住宅給付支給額の1割削減をはじめ、各種税額控除や給付の廃止・減額などが含まれ、新制度の導入に先立って広範な層が影響を受けるとみられる。
政府案に対する労使などの反応は様々だ。経営者団体のイギリス産業連盟やイギリス商業会議所は、基本的に今回の政府案を支持している。これに対して、イギリス労働組合会議は、現在の雇用情勢の下では、条件の厳格化や住宅給付の削減を行ったところで就労促進に結びつくことはあり得ないとして、前政権による失業者向けの雇用創出策を廃止した政府を批判している。また、シンクタンクのInstitute for Employment Studiesは、政府案を「非常に野心的」と評価しつつ、義務的就労活動については態度を保留している。質的には通常の仕事に近い内容であるべきだが、正規従業員が代替されかねないとの懸念もあるためだ。また組合側と同様、十分な雇用機会がないことも懸念材料として挙げている。一方、保守系シンクタンクのInstitute of Economic Affairsは、政府案の考え方には賛同しつつも内容が十分ではないとして、給付や税額控除の「負の所得税」への代替や、中流層向けの給付の大幅な削減などに加え、最低賃金制度の廃止または大幅な減額を提案している。
条件の程度 (適用範囲) |
内容 | 違反した場合の罰則 |
---|---|---|
低度の条件 (求職者手当受給者、雇用・生活補助手当の就労関連活動グループ) |
・受給者に義務付けられた面談への出席 ・求職者に対する指示の実行 ・雇用関連プログラムへの参加 ・就労のための面談への出席(雇用・生活補助手当) ・就労関連活動の実施(同上) |
実施までと、実施後の定められた期間の支給停止(1度目の違反は1週間、2度目が2週間、3度目が4週間)。うち2度目までの違反については、ジョブセンタープラスのアドバイザーが正当な理由があると判断した場合は適用しないことが可能。 |
中度の条件 (求職者手当受給者) |
・積極的な求職活動 ・常に就労可能であること |
1度目は4週間、2度目は3カ月の支給停止 |
高度の条件 (同上) |
・仕事への応募 ・斡旋された仕事を受けること ・12カ月以上の受給者に課せられた義務的就労への参加 |
1度目は3カ月、2度目は6カ月、3度目は3年の支給停止 |
就労のための面談のみが義務付けられた受給者 (1歳以上~5歳未満の子供を持つ一人親) |
・就労のための面談への出席 | 義務の履行まで、1度目は支給額の2割削減、2度目は4割削減 |
参考:"Universal Credit: welfare that works" Department for Work and Pensions
注
- 健康上の問題から就労が困難な者に対する手当。求職者手当と同様、拠出制と所得関連制(所得調査制)がある。健康状態に関する審査を経て、問題がより軽度で就労に近いと判断された「就労関連活動グループ」と、より重度の問題があると判断された「支援グループ」に分けられる。
- 障害生活手当、児童給付は除外される。また、地方税給付と介護手当の扱いについては未定。
- 年間52億ポンドにのぼる不正受給・誤給の対策として、政府は10月、取締業務の民間委託や監督官の増員などに今後4年間で4億2500万ポンドを投入し、14年度までに年間14億ポンドの歳出を削減するとの方針を示した。特に不正の多い地域では全ての申請を調査するなど、現在より1万人(35%)多い不正受給者の取り締まりを目標としている。なお平行して脱税対策にも9億ポンドを措置、年間70億ポンドの税収増を見込んでいる。
- 当初は2011年4月からの導入が予定されていたが、民間の賃貸住宅に居住する受給者に対する影響が懸念されたことから、既存の受給者については12年1月まで猶予期間が設けられることとなった。
参考資料
- Department for Work and Pensions、Social Security Advisory Committee、Institute for Employment Studies、Institute of Economic Affairs、BBC、Guardian.co.uk、Personnel Today ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=130.34円(※みずほ銀行ホームページ2010年12月1日現在)
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