「戦後最大」規模の歳出削減策、公表
―低所得層に高負担との批判も

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  • 国別労働トピック:2010年11月

オズボーン財務相は10月20日、2011-14年度の歳出計画(Spending Review)を発表した。財政健全化に向けて、給付制度の引き締めや公共部門の予算削減などで2014年度までに年間810億ポンドの歳出削減を目指す。公共部門では49万人の人員削減が想定されており、労働組合が対決姿勢を強めているほか、野党などからは、景気回復を阻害するとの懸念や低所得層により高い負担を強いるといった批判が出ている。

給付制度改革、年金支給開始年齢引き上げなどが主眼

歳出計画の公表に先立って注目を集めていたのは、給付制度予算の削減内容だ。財務省が6月に発表した2010年度予算案(注1)では、制度改革により2014年度までに年間110億ポンドを削減する方針が示されていたが、今回の歳出計画ではさらに70億ポンドを追加、合計で180億ポンドの削減を達成するとの目標を掲げた。就労困難層向けの給付制度である雇用・生活補助手当の一部受給者に対する支給期間上限(1年間)の設定や、高所得税率の適用者(注2)に対する児童給付の支給停止、税額控除制度の支給要件や内容の見直しなどが主な内容となっている(表参照)。

  • * 障害や健康問題から就労が難しい人々に対する給付制度。困難度が相対的に低い就業関連活動グループと、より困難度の高い支援グループに分かれる。国民保険への拠出に基づく拠出制と、低所得層向けの所得調査制がある。
  • ** 年金受給額が規定の最低所得額に達しない65歳以上層に対して支給.所得保障部分と貯蓄クレジット部分で構成。
  • *** 高齢者および障害者の低所得層に対して、7日間の平均気温が一定以下の場合に支給。
  • 参考:"Budget 2010"、"Spending Review 2010 press notices", HM Treasury

加えて、公的年金の支給開始年齢の引き上げを予定より6年早い18年から開始、22年には男女とも66歳に引き上げるとの方針が示されている。510万人に影響が出るとみられ、2015年から2025年までで300億ポンドの歳出削減につながる見込みだ。また、財政負担が大きい公共部門労働者向けの年金制度についても、拠出額の引き上げなどが検討されている(政府は、2012年からの平均3%の引き上げで14年度までに18億ポンドの歳出削減が可能と試算している)(注3)。このほか、求職者手当や住宅給付など複数の給付制度を統合したユニバーサル・クレジット(2010年8月の記事参照)の導入が決まっており、今後10年間で既存の制度からの移行が進められる。導入経費として、4年間で20億ポンドが充てられる。

一方、各省庁の予算(注4)についても、途上国向け援助と公的医療サービス(NHS)以外の広範な分野が削減対象となっている。省庁平均では、2014年度までに年間歳出額の19%が削減され、多くの省庁では削減幅が25%前後に達する。全般的な業務経費の節約のほか、継続教育予算(読み書き計算などの基礎的教育は継続、25%削減)、高等教育予算(大学への補助金削減や授業料自由化など、40%削減)、社会的住宅の建設予算の削減(注5)などが含まれる。また、前政権による企業向けの在職者訓練の助成制度(Train to Gain)を廃止する一方で、成人向けアプレンティスシップ(企業における見習い訓練)の拡充に年間2億5000万ポンドを投入し、14年度までに7万5000人分の受け入れ先を追加するとの目標が併せて示されている。

財務省は一連の歳出削減策に伴い、公共部門労働者の約8%にあたる49万人の人員削減を想定しており(注6)、多くは自然減によるものだが一部は解雇も必要になるだろう、と説明している。具体的な計画は明示されていないが、例えば、交付金の26%が削減されるイングランドの地方自治体は、10万人規模の人員削減を予測している。より具体的な影響は、各自治体への予算配分とこれに基づく施策の公表を待って明らかになるとみられる。

低所得層により高い負担との批判相次ぐ

歳出計画に対して、主要な経営者団体はいずれも好意的な反応を示している。財政赤字の削減への政府の姿勢や、成長支援の方向性が打ち出されていることなどが理由だ。またOECDも、今回の歳出削減案を「断固とした、必要かつ果敢な」('tough, necessary and courageous')削減と評して賞賛している。さらに、調査会社Yougovによる意識調査では、国民の57%が今回の歳出削減案を支持しているとの結果が出ているという。

しかし、戦後最大とも称される歳出削減には批判の声も強い。政府は、歳出削減による負担増は高所得層ほど大きいとして歳出計画の「公正さ」を主張しているが、影の財務相である労働党のジョンソン議員は、最貧層や女性に過分の負担を負わせているとして、政府の主張に疑問を投げかけている。歳出削減は、経済的必要性ではなくイデオロギーに基づいており、人々の生活を賭けた向こう見ずなギャンブルだと批判、財政赤字の削減は必要だが、未だ景気回復が確実ではない中で急激な歳出削減を行えば、短期的には雇用を、長期的には成長を犠牲にすると述べ、代替策をとるよう政府に要請している(注7)。

同様に、多くのシンクタンクが今回の歳出計画に批判的な立場を示している。その一つ、財政研究所(IFS)は、70年代以来の大幅な給付削減などで、低所得層が最も重い負担を被るとして、負担は累進的とする政府の主張を否定している。特に打撃を受けるのは、子供を持つ低所得世帯であると同研究所は分析している。

また公共政策研究所(IPPR)は、多額かつ急激な今回の歳出削減は景気回復に対するリスクであるとしている。社会的住宅などインフラ整備に係る予算の大幅な削減は、前政権からの過ちであり、改めるべきと主張。また一部の教育予算の増額は評価するものの、相対的に富裕な高齢者向けの手当が削減を逃れ、貧困層向けの就労税額控除や育児に対する補助、若者向けの教育維持手当などが削減対象となっていることなどを批判している。財政改善策の77%を歳出削減が占める一方、増税分は23%に過ぎない今回の歳出計画は、公共サービスに依存している人々により大きな負担を強いるとして、政府が主張する「公正さ」の要素があるとすれば、前政権が実施した富裕層への増税が継続している点だけだ、と断じている。

Work Foundationは、歳出計画が成長に着目している点(科学予算の据え置き、低炭素化支援やインフラ投資予算の一部復活など)は評価しつつも、公共部門の比重が高い地域ではそうした成長は望めず、公共部門から削減された人員を吸収するだけの余力が民間部門にないとして、新たな地域間格差を生む可能性を指摘している。これを回避するためには、企業の資金調達支援や地域企業と自治体のパートナーシップ(Local Enterprise Partnership)(注8)の強化、困難な地域から成功した地域への人の移動に対する障壁の除去やそうした地域間の連携促進などが必要であると提言している。

労組の抗議行動には制限の可能性も

公共部門予算とその人員を大幅に削減する政府案に対して、労働組合はストライキやデモなどを通じて対抗する構えだ。イギリス労働組合会議(TUC)は9月の大会で、公共サービスの削減に反対する全国的なキャンペーンを立ち上げ、公共部門労働者のほか、サービスの受益者や影響を受けるコミュニティなどを巻き込んでデモやその他の活動を展開する方針を示した。歳出計画公表の前日にあたる19日にロンドンで実施した抗議デモには、組合員を中心に約3000人が参加、また来年3月にも全国規模のデモを計画しており、広く市民の参加を呼びかけている。既に国内では、今年度の予算削減の影響などで自治体や公共サービス機関における人員削減等の動きが始まっており、一部はストライキに発展している。今後、こうしたケースはさらに増加するとみられる。

労働組合が対決姿勢を強める中、経営者団体などからは、ストライキの実施に際して労組に義務付けられている手続き要件を厳格化して、ストライキの頻発を防止するよう政府に求める声が強まっている。現在、労働組合がストライキを実施する場合には、組合員による投票により投票数の過半数の賛成票を得る必要があるが、投票に参加した組合員数に関する条件は設けられていない。実際には投票率が低い場合も多いことから、組合員全体の意見を反映していないとの批判が以前からなされていた。

経営者団体のイギリス産業連盟(CBI)は、組合員全体の40%の賛成票をスト実施の条件にすべきであるとしている。また併せて、ストライキ中の代替要員として派遣労働者の利用を認めるよう政府に求めている。また現在、人員整理をめぐって地下鉄労働者によるストに直面しているジョンソン・ロンドン市長も、投票自体の有効性の担保として、投票参加者が50%を超えることを条件とするよう法改正をすべきであると述べている。保守系シンクタンクのPolicy Exchangeは、現状の労使間の力のバランスは労組側に偏りすぎであり、是正が必要であると主張している。具体的には、スト手続きの厳格化のほか、政府からの補助の撤廃、政党への寄付に係る制限、チェックオフの廃止などの実施を提言している。なお現地報道は、政府内部でも既に7月にはスト手続きに係る制約の強化が非公式に検討されたと伝えているが、政府は目下のところ公式な方針は示していない。

スト実施により強い制約を求めるこうした意見に対して、TUCのバーバー書記長は、労働における基本権の侵害であり時代錯誤であると非難。どの政府でも、市民的自由を尊重するならばこのような内容に賛同するはずがない、と政府を牽制している。また、既にイギリスは先進国でも類の無い厳しい条件をスト実施に対して課しており、一層の厳格化はむしろ解決のより困難な非公認ストの頻発を招くだろうと述べている。また、労務管理の専門団体であるCIPDは、既に雇用や賃金、年金などで重荷を負わされている公共部門労働者をさらに刺激するとしてこうした制度変更に反対している(注9)。

さらに政府は現在、公共部門の整理解雇手当の削減に向けて議会で法案を審議中だ。ただし、同様の方策は既に前労働党政権が導入を試みたが(注10)、公共部門労組のPCS(Public and Commercial Service Union)がこれを違法として司法審査を申し立て、高等法院がこの5月に申し立てを認めたために失敗している。PCSは今回の法案に対しても同様の対応を行う方針だ。

参考資料

参考レート

  • 1英ポンド(GBP)=129.36円(※みずほ銀行リンク先を新しいウィンドウでひらくホームページ2010年11月1日現在)

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