「週35時間制」によって明らかにされたフランス労使関係制度の脆弱性

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年10月

オブリ雇用相は第2週35時間制法の草案について労使団体に意見を求めた後、1999年7月28日に法案を閣議へ提出した。1998年6月13日に成立した最初の法案と同様、今回も労使当事者の間に数多くの議論を呼び起こしている。労使当事者間に意見の違いはあるが、すでに獲得された成果(8000協約が締結され、10万人近くの雇用が創出もしくは維持された)から、週35時間制が実現可能だということは立証されている。オブリ雇用相は新法の適用期限(従業員21人以上の企業は2000年1月1日、その他の企業は2002年1月1日)を睨みながら、新法定労働時間に適応した労働編成をすることができるように、企業交渉を促進していきたいと考えている。

本稿の目的は週35時間制法の構想と適用が明らかにしたフランス労使関係制度の力と脆弱性を明らかにすることにある「フランス的な例外」はとりわけ、国家の役割の重要性と複数存在する労働団体のイデオロギー的な違いに基づいている。この2つの特殊性は相伴いながら、互いに強化し合っている。

国家の役割の重要性

例えば労働時間の短縮が企業レベルで取り決められる他国の場合と異なり、フランスの週35時間制は法律の形をとる政治的な意思を表している。すなわち、この社会改革を―規模、生産能力、あるいは競争力に関わらず―すべての企業に一般化しようという意思である。

しかし、このような改革が革新政権によって決定されたのは偶然というわけではない。この領域では使用者があまり積極的でないために、この改革を一般化し、逆戻りさせないために、法律手段を活用するというのが、政府の戦略であった。革新政権が誕生したときに、フランスでは労働時間短縮の気運が高まっていた。失業対策がこの革新政権の優先課題の1つであったために、首相の支持を取り付けたオブリ雇用相は雇用開発の道具として労働時間短縮を利用したいと考えたのである。

労働団体の姿勢

フランスでは国が労使関係制度の中心的な担い手の1つになっているが、「対抗勢力」としての労働団体も政治的な姿勢によって色分けされている。週35時間制法に対する最も代表的な労働団体の立場の違いを取り上げながら、現在の状況を明らかにしていくことにしよう。

1 民主労働同盟(CFDT)は、批判的にではあるが、週35時間制の準備に最も深く関わってきた組合である。社会党との関係が影響した可能性もあるが、法的な制約よりも企業交渉を優先させて組合活動の近代化を図るというノタ書記長の意思に負うところが大きいだろう。「一般化のために交渉する」という言葉が、雇用の開発のためだけでなく、労働生活と労働以外の生活のあいだで労働者の生活様式の均衡を図るためにも、労働時間の短縮を構想した CFDT の立場をみごとに要約している。この点で、ノタ書記長は週35時間制を「社会プロジェクト」と位置づけているオブリ雇用相の立場にきわめて近い。結局のところ、CFDT はこの法律の中に、「強制された柔軟性」から「交渉による柔軟性」へ移行する方法を見ているのである。

2 労働総同盟(CGT)の立場はもう少し曖昧だが、それは内部の問題を反映している。すなわち、組合員の既得権への執着、そして一定のスタイルの反「資本」闘争へのこだわりに配慮しながら、組合活動を近代化していかなければならないのだ。例えば CGT は、企業に認められた社会保障負担軽減の代償となる新規雇用創出の問題などで、週35時間制に対して厳しい姿勢をとっている。CGT は実用主義的になっているように見えるが、使用者や政府の公約に対しては要求が高い。この点で、連立政権の共産党の立場とある種の類似点が見られる。

3 労働者の力(FO)は週35時間制に最も批判的な組合だ。FO は1995年に労働時間短縮に関して使用者へ交渉を要求したことがある。これは企業と密かにケースバイケースで対応することを好む FO の伝統的な立場に対応している。したがってオブリ法の手法は、FO の方向と一致しているわけではない。FO が望んでいるのは、一般的な法的枠組みだけを定め、適用については労使当事者に大きな自由を認めるという方法だ。そういうわけでFO は、その方法と内容があまりに「統制主義的だ」として、週35時間制に批判的な姿勢をとっている。

4 使用者団体フランス企業運動(MEDEF)の立場は外見上、労働団体よりも明確だと思われる。と言うのも、会長が繰り返し述べているように、週35時間制に対して原則反対の姿勢を明らかにしているからである。MEDEF は、この法律がその目的を達成できないばかりか、労働コストの増大を招いて、企業競争力を危機に陥れるのは不可避だと見ている。実際のところ、MEDEF はこの点でほとんどイデオロギー的な反対姿勢をとり、「労使対話で前進させることができたものを追求・拡大していく」と宣言する。MEDEF はおそらく、雇用の柔軟性と週35時間制法が定めている社会保障負担の減免に関して企業が最終的に獲得できる利益を意識しているのだろう。ここには組合にわずかな正当性しか認めず、企業経営に対する国の不当な干渉を警戒するフランス使用者の伝統的な立場が窺える。

交渉の動きにはすでに陰りが見えてきたが、最後まで結果は予測できないので、週35時間制に関する総合的な収支決算を行うことはまだできない。交渉の動き自体がおそらくオブリ法の最初の結果の1つを表しているだろう。中小企業と大企業を対象に行った調査によると、基本交渉は社会経済的な革新を生み出すという。上述したように、週35時間制はフランス労使関係制度の能力と限界を明らかにしている。しかし、一部の労働団体や使用者団体から批判を受けているオブリ法は、おそらく雇用創出に関して期待されている直接的な効果よりも間接的な効果を生み出すことになるだろう。

たとえばこの法律は、雇用に対する効果以外に労働者(とくに管理職)の中に、労働以外の時間の重要性や、労働生活と家族・社会生活とを均衡させる大切さを意識させることになるかもしれない。CFDT の言い回しによれば、この意識は「交渉による柔軟性」を犠牲にして生み出されることになる。この点が労働組合のあいだでの議論の中心になっている。しかし、オブリ雇用相は1999年7月29日の閣議、「企業の要求と労働者の希望を調整することが重要だ」と繰り返した。雇用相はこの法律を・有給休暇や週40時間制など、左派政権の社会的獲得物の中に歴史的に組み込まれる・「社会プロジェクト」にしたいと考えている。このことを MEDEF のアントワーヌ・セリエール会長も十分に理解しているので、この法律を利用しながらも、週35時間制に対してはほとんど「政治的」な反対姿勢をとり続けているのだ。

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