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第2回 外国人材を受け入れるということ

天瀬 光二 JILPT研究所 副所長

2019年6月21日(金曜)掲載

週末の銀座や浅草を歩くと外国人が増えたことを実感する。大きな紙袋を抱えた親子連れ、ウィンドウを覗き込むカップル、はしゃいで写真撮影に興じる姿は微笑ましい。われわれの目には見慣れた街並みが、外国人には魅力的に映っているのだとしたらそれは嬉しい気がする。昨年の訪日外国人数は3000万人を突破したという。しかしこれは旅行などで一時的に日本に滞在する外国人のことで、就労のために日本に渡航する外国人のことではない。就労目的で来日する外国人材は、労働者であると同時に日本での生活者となる。われわれと生活圏を共にする人々となる。

外国人材を労働力として受け入れるとき、一般的にその人材が高度であるか否かにより受け入れ方は大きく異なる。おおまかに言えば、受け入れる人材が高度である場合はできるだけ優遇し、そうでない場合は注意深く抑制的な政策をとる。これは、高度な人材であればできるだけ長くいて欲しいが、そうでない場合は、予定された期間が過ぎればその人材に速やかに帰国して欲しいという、受け入れ国側の事情に起因する。

従って受け入れる人材が非高度人材である場合、基本的には就労期間終了と同時に居住権を失う。つまりその人材は定住の可能性がない。定住の可能性がないということは、業務に関する必要最小限の言語だけを習得させればそれで足りる。また、非高度人材の受け入れにあたっては家族の帯同を許していないケースが多く、子女の教育を考慮しなくてよい。つまり、受け入れる労働者が非高度人材であって、受け入れ期間が短期に制限されているとき、そこに社会統合の必要性は生じ得ないということになる。

日本では移民と区別して外国人労働者と称するが、欧州で両者を使い分けることはしない。都内で行われたある移民関連のセミナー[注1]で、日本側の登壇者がドイツの移民学者にこの認識を問うたことがあった。そのドイツ人学者は、「外国人が一歩でも国内の地に踏み入れたと同時に彼らは移民と見做されるだろう」と回答した。しかし、実はドイツもこの認識にたどり着くまでに長い年月を要している。

第二次世界大戦による戦禍で労働力人口が減少したドイツは、経済成長期を迎え労働力不足が顕著となり、1960年代より農業を皮切りに年間100万人規模の非高度人材を流入させた。だがこの大規模な受け入れは、石油危機を契機とする経済停滞により、1973年突如停止される。ドイツにおけるこれら労働者は、ガストアルバイター(Gastarbeiter)と呼ばれる人たちで、彼らはガスト(客)という呼び名の通り移民として定住するのではなく、受け入れ期間終了後に帰国する労働者であると当初は考えられていた。ところが受け入れ停止後も、彼らの一部は帰国することなくそのまま滞留し続け、さらに家族や知人などを呼び寄せ次第にその数を増やしていった。政府はこの状況を知りつつも看過した。この状況は水面下で静かに進行していったのである。先述のドイツ移民学者は、そのセミナーの壇上でこれを、「ある日気付いたら隣にいたのは外国人だった」と表現した。ドイツがこうした状況を公式に認め、本格的な社会統合政策を開始したのは2000年代に入ってからである。飯田(2013)[注2]によれば、ドイツの社会統合講習は、600授業単位に及ぶドイツ語講座と、ドイツの法律、文化、歴史などを学ぶ市民教育講座で構成される。ドイツ政府がこれら統合教育にかける予算は、2015年の大量難民受け入れ以降増加しており、2019年は約24億ユーロを計上している。ドイツだけではない。移民が存在する欧州各国は、どの国も社会統合政策に相当の予算を投じている。しかし、この政策の効果を測ることは難しい。この政策を推進したからといって目に見えて経済指標が改善するなどの効果が得られるわけではない。しかしそれでも欧州各国において、この政策は継続されている。これは、社会統合政策の必要性について、国民が負担すべき社会的費用であるとの認識が、広く共有されているという証しでもあろう[注3]

外国人材は、スキームで括られる一群の塊ではない個々の存在である。個としての生活者である以上、人生で起こり得る様々なエピソードがこの地で発生し得るということである。彼らの個々の人間としての営みを支え、異文化間のトラブルを防ぎ、社会の秩序を守るのは社会統合政策にほかならない。そしてこの政策の必要性は、受け入れる外国人材が移民なのか労働者なのかという議論にかかわらず、現に社会に外国人が存在するかどうかで判断されなくてはならないのである。

脚注

注1 国立国会図書館主催国際セミナー「EUにおける外国人労働者をめぐる現状と課題─ドイツを中心に─」(2018年2月23日開催)

注2 JILPT資料シリーズNo.114『諸外国における高度人材を中心とした外国人労働者受入れ政策─デンマーク、フランス、ドイツ、イギリス、EU、アメリカ、韓国、シンガポール比較調査』第3章ドイツ(2013年3月)

注3 ただし、最近の欧州のポピュリズムないしはナショナリズムの動きは、この認識とは逆行するのだが。

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