若者を対象に社会保障と労働施策の役割や意義などを紹介
――厚生労働省が2025年版厚生労働白書を公表
国内トピックス
厚生労働省は7月29日、2025年版厚生労働白書を公表した。毎年、テーマを変えて論じる第1部では、「次世代の主役となる若者の皆さんへ――変化する社会における社会保障・労働施策の役割を知る――」をテーマに設定。次世代を担う若者に届くような記述スタイルで、社会保障と労働施策の役割や、これらを知ることの意義などを紹介している。白書は「社会保障や労働政策について、自分事として考えてほしい」と強調。生活して困った時は相談できる場所があることを覚えておいて、ためらわずに相談することや、周りで困っている人に利用できる場所や相談できる場所があることを教えられれば、救われる人がいることを最後に訴えている。
今年の白書の章立て
若者向けにわかりやすい文体で作成
第1部は、第1章「社会保障と労働施策の役割とこれから」、第2章「社会保障・労働施策に関する若者の意識と知ることの意義」、第3章「若者に社会保障や労働施策を知ってもらうための取組状況と方向性」の3章立て。いずれの章も、若者に届くようなわかりやすい文章となっているのが特徴的だ。
第1章では、社会保障や労働施策の概要や社会の変化に伴って、社会保障や労働施策がどのように変化していくかを概観。第2章では、高校生に対して行った「2024年度少子高齢社会等調査検討事業」の調査結果をもとに、社会保障や労働施策に関する若者の意識などを紹介したうえで、社会保障や労働施策を知ることの意義についてミクロ・マクロの両面で考察している。第3章では、これまで行ってきた社会保障教育や労働法教育に関する厚生労働省の取り組みなどを紹介し、社会保障教育や労働法教育の今後の方向性について論じている。
第1章「社会保障と労働施策の役割とこれから」
日本国憲法の生存権が根拠で、その後、枠組みを整備
第1章からみると、まず、社会保障と労働施策のそれぞれの歴史を振り返りながらそれぞれの役割について概観。社会保障制度については、現在の制度は、1947年に施行された日本国憲法の生存権が根拠とされ、これをもとに1950年に出された社会保障制度審議会の「社会保障制度に関する勧告」で、社会保障制度の枠組みが整えられたことを紹介し、①社会保険②社会福祉③公的扶助④保健医療・公衆衛生――の4本の柱から成り立っていることを説明した。
かつての家族や地域での支え合い機能の低下により、個人が抱える生活上のリスクが顕在化してくることになり、社会的なリスクへの対応の必要から、収入に応じて負担する保険料や税金で運営される社会保険などの社会全体で支え合う制度へと拡張していったことも紹介した。
役割については、①生活の安定・向上②所得の再分配③経済の安定――の3つの機能があり、失業などの様々なリスクに対して安心をもたらすことや、所得格差の縮小や低所得者の生活の安定、これらを通じて社会や政治・経済を安定させる役割があるとした。
明治時代の産業化に伴う深刻な労働問題の発生を契機に法整備
労働政策に関しては、明治時代の産業化に伴って深刻な労働問題が発生したことを発端に、工場法(1911年)、職業紹介法(1921年)など労働者を保護する法令が整備されていった経緯を振り返り、現在の労働施策は、①働く環境の整備②公正な待遇の確保や柔軟な働き方がしやすい環境の整備③多様な人材の活躍促進④仕事と育児・介護や治療の両立支援⑤働く人の能力向上への支援⑥転職や再就職への支援、職業紹介等の充実⑦労働保険――など様々な観点から取り組みが行われていることを紹介している。
白書は労働施策の目的を「労働問題が発生することなく、誰もが生きがいを持って、その能力を有効に発揮することができる社会、多様な働き方を可能とし、自分の未来を自ら創ることができる社会を実現することにある」と説明。それによって、「意欲ある人々に多様なチャンスを生み出すと同時に、企業の生産性・収益力の向上が図られるもの」だと強調した。
見込まれる変化は「少子化」「高齢化」「地域の支え合いの低下」の3点
第1章ではまた、今後見込まれる社会の変化に対応していくために社会保障や労働施策がどのように変化していくべきか論じた。
具体的にあげた変化は、①少子化②超高齢社会③地域の支え合いの低下――の3点。少子化については、出生数が1970年代前半の第2次ベビーブーム以降、減少傾向が続き、2024年は68万6,061人(前年72万7,288人)になったことや、平均初婚年齢では、2023年では男性が31.1歳、女性が29.7歳となり、33年前の1990年に比べて上昇していることを指摘した。また、50歳時の未婚率が、2020年では男性が28.25%、女性が17.81%となっていることなどを示したうえで、晩婚化が進み、結婚をしない人が増えている状況を明らかにした。
そのうえで、望ましい社会に向けた今後の方向性について、「晩婚化や未婚率の上昇が進行しているが、結婚や出産という選択は個人の自由意思に基づくべきものであり、決して他者に強制されるべきものではない。一方で、未婚者の多くが将来的な結婚の意思を持っていることから、この希望を叶えることは個人の幸福追求を支援するという観点から重要であるとともに、少子化対策にも資すると考えられる」と指摘。「子育て費用を社会全体で分かち合い、結婚し、こどもを生み育てたいと希望する全ての人が、安心して子育てができる環境を整備することが非常に重要であると考えられる」とした。
また、労働市場や雇用のあり方について「見直しを図ることが重要である」とし、具体的には非正規雇用労働者を取り巻く課題の解決や、物価上昇を上回る賃上げの普及・定着などの必要性を指摘した。
超高齢社会などの問題に直面
超高齢社会については、現状、65歳以上人口のピークは2043年の3,953万人と推計されているとし、若い世代の人口減少も進むことから、2050年には高齢化率が37.1%に上昇し、15~64歳の生産年齢人口は52.9%まで減少すると見込まれていると説明。一方、超高齢社会への備えとなる女性就業率の上昇などについても触れた。
望ましい方向性としては、まず、経済社会の支え手となる労働力を確保していくことをあげ、このためには、働き方の選択に対して歪みをもたらすことがないよう、「『中立的』な社会保障制度の構築や、物価上昇を上回る賃金上昇の普及・定着を進め、女性や高齢者をはじめ、誰もが安心して働き、活躍できる社会を実現していくことが求められる」とした。
また、「社会保障給付を全世代で支え合う仕組みを整備するとともに、全ての人がそれぞれの多様なニーズに応じたサービスを利用できることが重要である」とも指摘した。
医療・介護・福祉などの包括的なケアの提供体制整備を
地域の支え合いでは、現状について、高齢化や未婚化などによって2050年には、一般世帯に占める単身世帯は44.3%に達すると見込まれることや、地域の過疎化が進むことなどをエビデンスとともに紹介している。
今後の方向性については、各地域で多様なニーズを有する人々を支える医療・介護・福祉などの包括的なケアの提供体制を整備することや、人と社会がつながり、助け合いながら暮らせる地域共生社会の実現が重要だと強調した。
地域共生社会の実現にあたっては、「地域社会が、社会・経済活動の基盤として、人と資源が循環し、地域での生活を構成する幅広い関係者による参加と協働により、持続的発展を目指す視点が重要」だと指摘し、これらを実現するために重要になるのが、デジタル技術の活用だと主張した。
第2章「社会保障・労働施策に関する若者の意識と知ることの意義」
第2章では、高校生に対して社会保障・労働施策に関する意識を把握するために、今年1月に実施した厚生労働省の「2024年度少子高齢社会等調査検討事業」の結果を紹介したあと、若者が社会保障や労働施策を知ることについての意義を示している。
若者の最も関心度が高い項目は「賃金のきまり」
まず、調査結果から若者の社会保障制度や労働施策への関心度(「とても関心がある」と「やや関心がある」の合計)をみると、最も割合が高いのは「賃金のきまり」(80.0%)で、次いで「労働時間のきまり」(79.5%)、「医療」(63.6%)、「年金」(58.3%)、「福祉」(49.2%)、「公衆衛生」(47.5%)、「介護」(43.3%)となり、他の分野に比べて労働分野における関心が高い。
社会保障や労働施策の具体的な制度への理解度(「よく知っている」と「何となく知っている」の合計)をみると、「病院で健康保険証(マイナンバーカード)を提示すると、医療保険が利用できるので、自分で支払わなければならないのは一部(通常3割)である」が62.0%と最も高く、次いで、「生活するお金に困った場合、市区町村に相談すれば、様々な支援や生活保護を受けることができる場合がある」が61.2%、「働く時間が一定時間を超えたら休憩がもらえる」が60.2%などとなった。
学校での年金、福祉などの社会保障制度についての学習経験の有無をみると、「社会保障教育の経験がある」が65.3%と6割を超え、そのうち、「内容を覚えている」と回答したのは54.2%だった。
また、学校で労働時間や賃金のきまりなどの労働法教育についての学習経験の有無をみると、「労働法教育の経験がある」が62.7%と、社会保障教育と同じく6割を超え、そのうち「内容を覚えている」と回答したのは70.0%だった。
このほか、社会保障教育の経験と社会保障制度への関心度・理解度との関係についても分析し、社会保障教育の経験が社会保障制度への関心度・理解度を高める可能性が示唆されると指摘。労働法教育も同様の傾向があることを示している。
知識を得るために利用したい手段は「インターネット」や「SNS」
社会保障制度や労働政策を知るために今後利用したい手段(複数回答)をみると、「インターネット(HPなど)」が68.4%と最も高く、次いで「SNS」が56.5%、「学校」が48.5%などとなった。
情報を入手する際の心配ごと(複数回答)をみると、「SNSなどの情報が正しいかどうかわからない」が54.9%と最も高く、次いで「どうやって情報を調べたらいいのかわからない(インターネットで検索する際のキーワードやどんな書籍を読めばいいのかがわからない等)」が32.1%、「公的機関のホームページなどでどこに情報があるかわかりにくい」が25.8%などと紹介している。
ミクロでは個人の解決、マクロでは支え合いの認知に寄与
第2章ではそのうえで、若者が社会保障や労働施策を知ることの意義について、ミクロの視点とマクロの視点から考察した。
ミクロの視点では、一人ひとりの社会生活上の課題解決に役立てるという観点から、①生活上の困り事の相談、解決ができるようになる②働いていてトラブルに巻き込まれた時に解決できる③万が一のときの備えができる④将来の自分を主体的に選択できる――という4つの視点でヤングケアラー支援などの具体例を交えながら、その意義について説明。
一方、マクロの視点では、社会保障や労働施策を知ることで、社会全体を支え合う仕組みを理解し、当事者意識をもって、現代社会をより良く生きていくうえでの知識を得ることができるとし、①社会全体で支え合う仕組みの重要性を知る②国民一人ひとりで異なる「社会保障や労働施策への関わり方」を知る③社会保障や労働施策の当事者として主体的に関わる④地域共生社会の当事者としての意識を養う――の4つの視点で、NPO法人の取り組みなどを盛り込みながら意義について説明した。
第3章「若者に社会保障や労働施策を知ってもらうための取組状況と方向性」
第3章では、若者に社会保障や労働施策を知ってもらう取り組みとして、これまでの厚生労働省の社会保障教育や労働法教育の取り組み、教育の現場における取り組み状況を紹介。また、今後の取り組みの方向性も提示した。
社会保障教育の検討ではまず当事者意識を持つことを重要視
これまでの検討状況からみていくと、社会保障教育の取り組みについては、2011年に社会保障と税の一体改革が進められていたことを背景に、厚生労働省では次世代の若者に社会保障改革について当事者意識を持って考えてもらうことを重要視し、同省の検討会などで社会保障教育の議論が始まったと説明。
2022年度から高校で導入された科目「公共」では、少子高齢化における社会保障の充実・安定化について理解することが予定されていたことから、2021年度頃から同省の検討会でモデル授業の開発が進められ、ポイントを整理した指導者用のマニュアルが作成された。「公共」の授業導入後は、現場の声を反映した改善が行われ、2023年度からストーリー形式の教材を新たに作成するなど、「地域共生社会の実現」という観点から内容の充実が図られ、今日まで取り組みが進められてきたことを紹介した。
労働法教育の取り組みの検討が始まったのは2008年から
労働法教育の取り組みについては、非正規雇用労働者の増加などが進むなか、労働者の権利など労働法に関する知識が十分に行き渡っていない問題を背景として、2008年から同省の研究会において検討が進められたと説明した。
同研究会では、労働法に関する基礎的な知識やわかりやすさを最優先にしたハンドブックを作成する必要性などが指摘されたため、2015年には、アルバイトをし始める高校生や大学生にも手に取りやすいハンドブックを作成。2018年には、労働施策推進法に基づき閣議決定された「労働施策基本方針」が、多様な就業形態が増加するなかで労働法を知ることは重要であり、高校生などの若年者に対して労働関係法令や社会保障教育を推進するとしたことから、2023年ごろから動画版の作成に着手したことなどを紹介した。
次に白書は、社会保障教育と労働法教育それぞれの現場における取り組み状況を紹介した。社会保障教育では、「公共」や「家庭基礎」の科目で行われている、実際の学校の授業の様子を紹介しながら説明。労働法教育では、厚生労働省や各都道府県労働局、ハローワークがセミナーへの講師派遣などを行ってきたことに触れ、働くときのルールを学ぶ労働条件セミナーなどを紹介した。このほか、民間の取り組みなどにも言及した。
教育現場や金融経済教育などとも連携を
第3章の最後で白書は、社会保障教育、労働法教育それぞれの推進に向け、今後の方向性を提示した。
まず、白書があげたのが、各分野との連携の推進。「若者に対し、社会保障教育や労働法教育を進めて行くためには、若者が多くの時間を過ごす教育現場との連携は欠かせない」と指摘し、社会保障教育の教材を作成・改善するにあたっては、現役の教員を検討会の委員として参集するなど、「教育現場の実態に合わせたものになるようにしているところだが、今後も制度の改正や社会の変化などに合わせて教材を進化させていくことが求められることから、引き続き、教育現場の声を反映した教材の作成が重要」だと強調した。
また、これまでは、社会保障教育や労働法教育は、高等学校や大学を中心としたアプローチであったが、卒業後、早期に社会で活躍することが想定される専修学校に対しても働きかけを行っていく重要性も明記。こういった取り組みを進めるためにも文部科学省と引き続き連携していくとした。
このほか、金融経済教育と必要な連携を行っていくことや、社会保障や労働施策の両方をよく理解し、安心して生活したり、働いたりできるようにすることが重要であることから、「今後も機会をとらえて、厚生労働省という一つの省であることの強みを活かして連携をしていくこと」の重要性も強調した。
必要な人に行政の側からアクセスしていく観点も重要
次に、「社会保障制度・労働施策の方向性」を提示した。白書は、「社会保障教育や労働法教育の取組みを通じて、制度が必要である人がそのことを認識し、制度の利用のために相談をすることができるようになっていくことは重要である。しかし、必要な人からのアクセスを待っているだけでなく、必要な人に行政の側からアクセスしていくという観点も同時に重要」だと強調した。
また、社会とニーズは変化していることから、そのためにも「社会の変化に合わせて、どのような制度を選び取っていくのかということも次世代を担う若者と一緒に不断に考えていく必要がある」と指摘。
若者がどのような制度を選び取っていくのかを考えていくにあたっては、「社会保障や労働施策について、一人ひとりの生活から見た視点や、制度の担い手としての当事者意識を持つことなど社会全体から見た視点から、その意義をよく理解しておくことが必要である。こうした観点からも、社会保障教育や労働法教育の重要性が今後ますます高まっていくといえる」と強調した。
(調査部)
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