中小企業における産業・地域単位での人材育成の重要性などを提起
 ――厚生労働省の「今後の人材開発政策の在り方に関する研究会」が報告書をとりまとめ

国内トピックス

人材開発政策の基本的方向性などについて議論していた厚生労働省の「今後の人材開発政策の在り方に関する研究会」(座長:今野浩一郎・学習院大学名誉教授)は7月7日、報告書をまとめた。報告書は、計画的OJTやOFF-JTといった人材開発が中小企業で低調となっている状況などを指摘したうえで、産業・地域の単位で複数の企業が共同して人材育成に取り組む仕組みの重要性などを提起した。今後は報告書の内容もふまえつつ、労働政策審議会人材開発分科会において、次期職業能力開発基本計画(2026~2030年度)等の策定に向けた議論を行う予定。

<労働市場と人材開発政策を巡る現状認識>

中小企業で遅れが顕著なDXの取り組み

報告書ははじめに、労働市場の現状を整理。近年はAIの進化やデジタル化の進展などにより産業構造がこれまでにないスピードで変化するとともに、労働者の年齢構成や働き方も大きく変化することが見込まれると指摘した。

また、近年は非定型分析タスク・非定型相互タスクが増加する一方で、定型手仕事のタスクが減少しており、今後はAIやロボットなどのテクノロジーの進化により、人の行うタスクは精度向上や効率化が図られ、分野によっては自動化が進むことが予想されると言及。

さらに、DXの推進によって業務の効率化や、新製品・新サービスの創出などの成果が期待されているものの、日本は米国と比較するとDXの取り組みが進んでおらず、「特に中小企業において取組の遅れが顕著」だと指摘した。

OJT、OFF-JTの実施率はコロナ前の水準に回復せず

人材開発の現状については、厚生労働省「能力開発基本調査」をもとにみると、計画的なOJTの実施率は新型コロナウイルス感染症が流行した2020年度に低下し、2021度以降は正社員については徐々に回復する傾向にあるものの、全体としてはいまだに感染症流行前の水準に届いていない。OFF-JTも同様の状況となっていると説明。

また、企業規模別に計画的OJT、OFF-JTの実施率をみると、規模が大きいほうが実施率が高く、中小企業の人材開発が低調となっているとした。

労働者に尋ねた自己啓発を行ううえでの問題点をみると、仕事・家事・育児により余裕がないことが多くあがったほか、自分の目指すべきキャリアがわからない、どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからないといったキャリア形成上の問題もあがった。

こうしたこともふまえつつ報告書は、「高齢者の就業率が上昇し、職業人生が長期化していく中では、働く価値観やスキルについての振り返りや、新たな知識やスキルを習得するための継続的な学びの重要性が増している」と強調した。

<人材開発政策により目指すベき社会の姿>

「個々人」「企業」「経済社会」それぞれの目指すべき姿を提示

報告書は次に、人材開発政策により目指すべき社会の姿を説明した。まず「個々人」については、「職業人生を通じて、技術発展や産業構造の変化に応じて自律的にキャリアプランを描き、スキルの向上に取組み適職選択を行うことで、自己実現や処遇等の向上につなげていくこと」とした。

「企業」については、技術発展や経営環境の変化に応じ、人材開発に積極的に取り組むことを通じて労働生産性を高め、その成果を処遇や人材開発に適切に投資することで継続的に発展することとした。

最後に「経済社会」については、労働市場における人材開発と人材の需給調整の仕組みを通じて、労働者が能力を高め、その能力を十分に発揮できる仕事に就くことができるようにすることで発展することを目指すべき姿としてあげた。

これからの人材開発では「個別化」「共同・共有化」「見える化」の3つの視点で

こうした目指すべき社会の姿を示したうえで報告書は、これからの人材開発の基盤を強化していくための人材開発政策を検討するにあたっては、「個別化」「共同・共有化」「見える化」の3つの「視点」を持つことが重要だと指摘した。

「個別化」については「個々の労働者・企業の事情に合わせた人材開発を行うこと」と説明。「共同・共有化」については「産業・地域等の単位で複数の企業が連携して人材開発を行うこと」だとした。「見える化」については「労働市場及び企業における職務・スキル・処遇・人材開発の見える化を進めることにより、企業や個人の人材開発を促進していくこと」と説明した。

<人材開発政策の基本的方向>

スキルの「見える化」、個人のキャリア形成、企業への支援などが基本方向に

そのうえで報告書は、人材開発政策の基本的方向性として、①労働市場でのスキル等の見える化の促進②個人のキャリア形成と能力開発支援の充実③企業の人材開発への支援の充実④人材開発機会の拡大、技能の振興――の4つの柱をあげ、それぞれ詳しく説明した。

1つめの「労働市場でのスキル等の見える化の促進」については、今後、労働供給制約が強まるなかでは、働く意欲を持つ労働者がそれぞれの事情に応じて働き方や職業を選択し、労働に参加できる環境を整備することが重要だと指摘。

そのため、労働者がそれぞれの事情に応じて働き方や職業を選択し、自律的にスキルの向上を進め、自らの望むキャリアを形成していくためには、職務の内容、キャリアパス、求められる知識・スキル、賃金などの職業の情報を得られる環境を整備することが重要だとした。そのうえで、厚生労働省の「職業情報提供サイト(job tag)」については、「これからも労働者等が効果的に活用できるように一層の充実を図るべき」と提言した。

さらに、企業が社内で行う人材開発の「見える化」も重要だと強調。2023年3月決算期から、大企業には有価証券報告書において人的資本の一定の開示義務が課されているが、これは資本市場向けのものであり、人材開発の詳細を知ることができる必須の開示項目等はないことから、「個人が自らのキャリアを考える上で十分に参考となるかという視点から見ると課題がある」とした。さらに、「人材開発情報の発信の利点・重要性を十分に認識していない企業も多いのではないか」との見方を示した。

報告書は、個人が自らの意思で企業内のスキル向上機会を活用してキャリアを形成していくことができ、人材開発に積極的に取り組む企業が労働者から評価され、人材確保の面でのメリットを享受することができる環境を整備することが重要だと指摘。

まずは、「企業がどのような人材開発の情報を開示し発信することが望ましいのかを検討する必要がある」とし、その際は「一部の従業員に対する人材育成の情報に止まらず、企業全体の人材開発の取組の情報となるように努めるべき」だと提言した。

「セルフ・キャリアドック」でとりまく環境の変化に対応

2つめの「個人のキャリア形成と能力開発支援の充実」については、労働市場や会社の状況、自分の能力等を適切に把握して、キャリアの目標を定め、それに向かって能力を開発することは、「個人にとっては難しいこと」と指摘。さらに、雇用と仕事をとりまく環境の変化が激しくなるなかでは、状況の変化に応じてキャリア目標を修正することが求められるので、「一層難しくなる」との見方を示した。

そのため、キャリアプランを作成し、定期的に振り返り、状況に応じて見直すなどの労働者の取り組みを支援するキャリア形成支援を充実させることが重要だとした。特に、キャリア形成について考える機会の提供や、労働者の状況に合わせた「個別化」された伴走型支援の重要性が増しているとした。

企業が個人に対するキャリア形成の伴走型支援を行うにあたっては、職場の上司の役割が重要だが、仕事が忙しいためキャリア相談の負担が大きいことや、キャリアについての知識やスキルの個人差が問題となることから、報告書は、「企業は上司のキャリア相談の負担を軽減する措置を講じるとともに、専門的な立場から上司のキャリア相談を支援する体制を整備することが必要」だと指摘。さらに、企業が従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な取り組みである「セルフ・キャリアドック」について、周知を図り導入を促進することが重要だとした。

また、報告書は、日本は諸外国と比べて、キャリアの助言や支援をしてくれる人間関係をもつ労働者が少ないなど、労働者がキャリア相談の機会を十分に活用できていない現状があると指摘したうえで、「学校教育等を通して若い年代からキャリアを相談する力を獲得することを促すことも重要」だと述べた。

中小企業には専門家がDXの伴走的支援を

3つめの「企業の人材開発への支援の充実」については、大企業と比べて経営基盤が弱く、単独で人材開発を行うことが難しい中小企業への支援強化が必要と指摘。

経営方針に基づいて人材育成の計画を策定し実施できるよう、専門家が中小企業に対して「個別化」された伴走型支援を行うことが効果的だと述べた。また、中小企業ではDXを進めるにあたって何から始めたらよいのかわからない点を課題としてあげる企業が多いほか、DXの発案の多くは経営者・役員であることから、「経営者のDX知識を高めるための取組が重要」だと指摘した。

中小は「共同」で人材育成のリソースの共有化を

4つめの「人材開発機会の拡大、技能の振興」については、中小企業は単独では人材開発に十分対応することが困難な実態があることを考えれば、「人材ニーズが重なる産業・地域等の単位で複数の企業が集まり『共同』で人材育成に取組み、指導者や設備といったリソースを『共有化』していく仕組みを作ることが重要」だと提案した。

中小企業では、人材開発を行うメリットを理解しつつも、「人材育成の計画を作るコストが大きい」「少人数を対象とするためOFF-JTの効率性が悪い」「従業員が訓練で職務を離れる際の代替要員の確保が難しい」などの課題もあることから、「訓練が行われなくなるということが考えられる」と指摘。そのため、人材育成の単位を企業単独から人材ニーズが重なり開発するスキルを共有できる複数の企業に拡大することが有効だと主張した。

これにより期待される効果として報告書は、「指導者、訓練設備、訓練のノウハウの共有化が図れる」「共通する課題の対応策が共有できる」「企業間の相互理解が進み企業間連携やサプライチェーンが強化され、産業の競争力の向上へとつながる」などをあげた。

さらに、このような仕組みの構築を促す具体的な方法の1つとして、事業主の団体やその連合体、職業訓練法人等が職業訓練を行う場合に、都道府県知事が認定を行う「認定職業訓練」の仕組みを提起。近年は認定職業訓練施設数、訓練生数ともに減少していることから、認定職業訓練の仕組みの活性化を図るとともに、「産業・地域単位での複数企業の連合体が『共同』で人材育成を行う効果的な仕組みを進める方策について検討すべき」だとした。また、「産業・地域等の単位で複数の企業が集まって行う訓練について、好事例を広げる取組も重要」だとした。

技能五輪の日本開催を契機に、中学・高校の段階から技能を尊重する機運の醸成を

2028年の技能五輪国際大会は、開催地が愛知県に決定しているが、報告書は「これを契機として、関係省庁や業界団体、技能士等とも連携しつつ、中学・高校生の段階から技能を尊重する機運を醸成」するとともに、「技能労働者のスキル向上に向けた取組の強化を進めるべき」だと主張した。

<多様な労働者の人材開発政策>

非正規雇用労働者には公的な訓練への支援も重要

報告書は、多様な労働者の人材開発政策についても提言した。スキル向上の機会が少ない「非正規雇用労働者」「中高年労働者」「キャリア形成の初期段階にある若者」などを包摂し、社会全体としてスキルを底上げしていくこと、現場人材を含む技能者の育成を進めることが必要と主張。

このうち「非正規雇用労働者」への支援については、正社員と正社員以外の間での職業能力開発機会の差が拡大していることに懸念を示したうえで、「育児等家庭での役割の増加等の理由から30代以降で非正規雇用労働を選択している女性も多い中で、継続的な能力開発機会の確保が課題にあがる」と指摘し、このような状況もふまえると、非正規雇用労働者の人材開発については、公的な職業訓練においても支援していくことが重要だと強調した。

また、正社員と比べ雇用の流動性が高いことから、「産業、地域等の単位で人材を育成し確保することが大切」であり、人材ニーズの重なる産業・地域等の単位での複数企業による人材開発の取り組みを促すことが重要だとした。

「中高年労働者」に求められるデジタル化など変化への対応

「中高年労働者」の人材開発の課題については、組織内における役割の変化への対応が求められること、若年層と比べてOJT、OFF-JTの機会が乏しいこと、デジタル化など時代の変化への対応が求められるとした。

新たなスキルを獲得して、新しい職務に挑戦する中高年労働者は、「獲得したスキルを実践してみる機会が乏しいという課題に直面する」と指摘。OJTとOFF-JTを組み合わせたデュアル訓練など、実務経験を組み込んだ訓練は高い効果が期待されるため、中高年労働者についても実務経験が得られる訓練機会を増やすことが重要だとした。

企業の人材開発を助成する「人材開発支援助成金」の対象には「認定実習併用職業訓練」が含まれているが、職業人生の初期段階の職業能力形成に焦点を当てており、対象が45歳未満に制限されている。これについて報告書は、「今後、技術進展や職務の変化、就業意識の変化などにより、中高年労働者においても職種を変更し新たなスキルを獲得することが増えていく可能性も考えられる」ことから、「年齢制限について見直す必要があると考えられる」とした。

若者には在学段階からのキャリア相談の機会を

若者への対応については、学生などの時期からの職業意識やキャリア形成意識の醸成が重要だと指摘し、「国、学校が連携し、在学段階からキャリアについて相談する機会を増やす等の取組が重要」だとした。

また、キャリア形成意識の醸成には、若者どうしの横のつながりをつくることが重要と指摘し、中小企業等においては同世代の同僚がいないケースも少なくないことから、「例えば地域や同業種の中で横のつながりを構築することも有効」だと提案した。

(調査部)

2025年10月号 国内トピックスの記事一覧

~最近の監督行政の結果から~