パネルディスカッション:第29回労働政策フォーラム
若年自立支援、この三年を問う
(2008年2月3日)

パネルディスカッション

出席者
玄田 有史
 東京大学社会科学研究所教授
宮本みち子
 放送大学教授
工藤 啓
 特定非営利活動法人「育て上げ」ネット理事長
大津 和夫
 読売新聞社社会保障部記者
原 正紀
 クオリティ・オブ・ライフ代表取締役

コーディネーター
小杉 礼子
JILPT統括研究員

パネルディスカッション遠景

活動と支援の幅を広げたい

小杉 それでは、パネルディスカッションを始めます。まず、このフォーラムを当機構とともに企画・主催した「育て上げ」ネットの工藤さんに口火を切っていただこうと思います。なぜ今、若者自立支援の「この3年を問う」フォーラムを開く必要があったのか。ご自身の活動の紹介も兼ねて、お話しください。

工藤 この3年、それ以前からも私たちは、若い人の就労支援をしてきました。行政や企業、学校、地域と連携して活動することで、より大きな支援もできるようになりました。企業の方々からも多くの支援を受けており、昨年1年だけでも、40~50社ぐらいから話をいただきました。

今回、このフォーラムをやろうと思いついたのは、支援の広がりを考えたからです。今までは現場で支援をして、本人や親御さんから「ありがとう」と言われて、それだけで十分でした。それ以上何もしなくてもよかったし、今でもそれでいいと思っている部分はあります。でも、その半面、もっとこういう活動を外側に広げて多くの人と協同し、より厳しい環境にある人や自分たちの支援が届かない人へのサポートができないものかと考えるようになりました。

3年間の評価と総括を今後の糧に

また、この3年でいろいろな事業が出てきましたが、一度総括して評価をする必要性も感じていました。例えば、事業を始めた当初は行政との協働にあたって、煩雑な書類作成に頭を悩めたり、仕様書という枠で活動を決められることにジレンマを感じることもありました。企業と一緒にやる時も、先方から「もう少しメディアに出て欲しい」などの要望があって内部に不満が出たことも。そんな活動をしていくなかで「できることとできないこと」があると学んだし、続けていくなかで少しずつできることが増え、喜びも増えてきました。

また、私たちは、とにかく若い人のためにどうすべきかに焦点を当てていて、「1年間に自分たちの団体に何人の若者が来て、そのうち何人が就労できた」などということは、あまり重視していませんでした。しかし、税金を使わせていただくわけですから、数量的な評価も必要だということにも気づきました。

このフォーラムで、今までの総括なり評価をし、それを糧にして、今後、自分たちに何ができて、何をしていくべきかを考えるきっかけにしたい。そしてそれは、私一人だけでなく、全体で共有できるようにしたいのです。

小杉 今、自分の目の前にある支援については一生懸命やってきたし、それなりに充実感がある。ただ、同時にここまでの自分の中だけでいいのかという疑問も抱えている、ということですね。いわゆる「プラン・ドゥ・チェック・アクション」という流れをもっときちんと動かさなければならないのではないか。そして、もう少し社会的に自分の位置づけをはっきりさせて、次のステップに行くための糧にしようとの思いが伝わってきました

企業的な価値観との連携を

今回のメンバーには、ジョブカフェの原さんにも加わっていただきました。自立塾やサポートステーションといった自立支援の取り組みと、ジョブカフェのような支援は、同じフィールドの中で棲み分けられつつも、違う角度からの支援を行っている方の集まりです。

両者は今でも、各地域でそれぞれ連携しているのでしょうが、それをより確実なものにしていくには、全体としての関係を互いに話し合うことが大切ですよね。

工藤 ジョブカフェをやっているのは企業の方も多いですし、自立支援の最後の受け皿は、どうしても企業に吸収していただく部分が大きい。ジョブカフェとの連携もありますが、企業的な価値観とも連携していくために、企業ご出身でジョブカフェにも精通しておられる原さんに来ていただきたかったのです。

小杉 わかりました。では原さんに、ジョブカフェの現状についての説明をお願いしましょう。

蓄積できたナレッジやノウハウ

 ジョブカフェの関係者という立場と、企業の立場からの二つの視点で話をさせていただきます。

まず、ジョブカフェはこの3年強、非常に責任のある事業を多くの方のパワーと多額の税金を投入し、協力してやってきました。そのなかで、成果と課題の両方が見えてきました。成果は、地域においてジョブカフェが対象としている、主にフリーターや求職型の失業者、もしくはなかなか就職活動がうまくいかない学生などに対して存在感が出てきたことと、これに伴う利用者の促進です。これまで来訪者は延べ 500万人に達するほどの勢いですし、その半数近くの就職を決めています。

それから、この3年で培った人的リソースも大きな成果です。予算は年度単位で使われてなくなってしまいますし、組織もだんだん変わってしまうけれど、人とその中に根づいたナレッジやノウハウはずっと残るものです。

組織の不安定さなどの課題も

一方、課題は、就職困難な方々への有効な対策がまだ見えていないことと連携の難しさが挙げられます。今の日本の仕組みや縦割り行政の枠組み、企業の営利などのしがらみがあって、教育機関と支援機関の連携や企業と公共機関の連携など、「こことあそこが組んでこうしたことをすれば素晴らしい」と誰もがわかっていても、決してそうはならないことを知りました。

組織の不安定さも課題です。事業にはどうしてもある程度の時限がつきまとう。ところが、そこで働く人は自分の生活を守っていかなければならないので、年度ごとの不安定な雇用契約では、どうしても無理があるのです。

民間的手法の活用も

さらに、成果とは別にジョブカフェが残せた価値もあると感じています。例えば、民間のノウハウを、いろいろな意味で活用できました。営業所のある企業では、営業統括部的な部署が本社にあって、情報共有やナレッジの交換、個別のコンサルティングアドバイスなどを必ず行っているでしょう。全体のサポートセンターを作ることで、そういったことを新たな活用の試みとして取り入れることができたと自負しています。

ただし、留意すべき点もないわけではありません。今は官製市場の民間開放と言われますが、私自身、市場化テストの専門委員をしていて、すごく難しい問題があると痛感しています。民に任せると、雇用面で原則を逸脱するようなことをやる企業が出てくるなど問題が起きる可能性があります。しかし、民間にあるノウハウを導入することでより効率的・効果的なことができる側面もあるわけです。そのバランスをどう図っていくかが重要です。

小杉 ビジネス化という視点については、民間のノウハウをどう使うかといったことが、自立支援業界にとっても大事なヒントになりそうです。続いて大津さんにお話を伺いたいと思います。自立支援に関して、記者の立場から現在のマスコミの関心がどういう状態にあるのか、あるいは、これまでどうだったのかをお話しいただけますか。

就労問題から社会的排除に

大津 我々の関心がどこにあるかというと、今は、ネットカフェ難民あるいはワーキングプアという言葉に象徴される問題、さらにそれを突き進めば、社会的排除という問題に移っていくとみています。

80年代後半から当世若者事情的にフリーターと呼ばれる人が出てきて、その後、ニートという深刻な若者たちがいることが知られるようになり、そこから今度はワーキングプアという問題が出てきました。いわゆるネットカフェやマクドナルド、健康ランドを宿としながら日々暮らしている若者です。

そこで取材をしていて痛感させられるのは、彼らがさまざまなものから排除されていることです。従来であれば、雇用に結びつければ一定程度の生活が期待できた。しかし現状は、日雇い派遣に代表されるような働き方や低賃金、あるいは細切れ雇用といった2カ月ごとに更新を繰り返している人たちがいる。それを出口の問題と捉えて考えていくと、雇用に結びつけたからといって、それで支援が終わりにはならないのです。

今までは、企業と家族がそうした若者たちを支えてきました。見方を変えれば、貧困を隠してきたとも言えるのでしょうが、今は家族の生活も厳しくなっています。翻って企業はどうかといえば、成果主義や国際競争力の名のもとに、低賃金・長時間労働、場合によっては過労死寸前の働き方を正社員、非正社員を問わず強いている状況になりつつあります。

働くだけでは解決できない問題

小杉 社会的な関心は、働かない若者へのバッシングや働くことを勧める対策から、今はもっと深く貧困対策をしなければ結局だめではないかという風になってきていますね。

大津 そうです。取材をしていると、虐待の問題を抱えた若者は多いし、精神疾患の問題もあります。親が離婚していたり一人親であったりして、それに親自身がアルコール依存症とかうつ病であるというような問題も絡んでくると、これは若者本人が働いたからといって解決する問題ではない。むしろ、就職できたことで自立支援が終わってしまうと、そこで置き去りにされて深刻な問題に陥っていく可能性すらあるように感じています。

小杉 マスコミの関心というものは、社会そのものを一歩引っ張りながら反映していると思うのですが、今の社会全体の関心は大津さんの指摘の方向に向かっていると受けとめてよいのでしょうか。

現実的なコスト意識が背景に

大津 はい。例えば、 10年前のマスコミは、中高年のリストラばかりを報道していました。当時は若者の記事を書くこと自体、社内で「若者のために税金を使うのか」といった議論があったぐらいです。それが今は、「やはり若者を育てていかなければ困るだろう」となった。これには「若者を支援せずに放置したら、 10年、20年あるいは 30年後に生活保護の問題になるのではないか」との現実的なコスト計算が働いています。本来、社会保障や経済の支え手であるはずの若者が支えられる側に回ってしまうと、結局はコストになるとの意識が、財務省にも新聞業界の中にも出てきた。ならば、早めに若者へ支援の手を差し伸べようという思惑があった感は否めないでしょう。

確立しつつある支援者としての生活

小杉 工藤さん、こうした社会全体の変化について、支援者の立場あるいは自分の見えている若者の範囲からはどのように感じられていますか。

工藤 この3年で、若年支援で身を立てていこうと思っている同世代の人が全国にたくさんいることがわかりました。そして、支援者として、どう生活基盤をつくっていくかということを考え始めています。

若年支援の取り組みについては、先進国の事例に学ぶところが多いと思っていたのですが、その一方で、韓国や台湾、中国から「日本って進んでいるね」と取材が来たり、「日本は何をやってるの?」と聞かれたりすることがとても増え、自分たちの活動はそれほど悪くないのではないかと思えるようになりました。欧米からの吸収はもちろん続けますが、例えば英語で自分たちがやっているものを発信したりすることで、日本社会を飛び越えられるのではないかと思い始めているといったところです。

小杉 支援者としても、生活がある程度確立してきた。外に対しても、「自分はこれをやっている」と言えるようになってきたという感じでしょうか。

工藤 そうですね。「僕らは多分金持ちにはなれないけど、いろんな人とつながることによって、仮にこの仕事やこの団体がなくなっても、何とかなるんじゃないか」と話しています。今まで出会った人たちに「失業しました」と言えば、一人ぐらい拾ってくれる人が出てくるだろうという根拠のない安心感のようなものを持てる余裕が出てきました。

知恵とノウハウの蓄積が進展

小杉 今度は玄田先生に、若者支援がこの間、結構進んできたのか。どんな点で進んできたかについてお聞きしたいと思います。

玄田 それは、大分よくなってきたのではないでしょうか。例えば、履歴書の空白に対して、全然怖くないとは言わないけれど、少し抵抗感が薄れてきたような感じがします。いろいろな知恵が出始めてきて、それが徐々に共有され始めているといった感覚はあります。

小杉 それは、空白そのものが世の中で問題視されなくなったというよりも、空白をどう埋めたらいいかのノウハウが蓄積されたということなのでしょうか。

玄田 両方でしょう。例えば、インターンシップも含めて職務経歴書に書けばいいとか、いろいろな知恵が出てきたこともあるだろうし、実際の空白に対して、それをどう自分自身の言葉で伝えるべきか、といったスキルも共有され始めた。空白が埋まる方向の動きもあるし、仮にそれが埋まっていない場合にどうするかという考え方もでてきています。

ただし、空白のある人にどう対応すべきかについては、まだ苦しい部分があります。家庭に問題があるという指摘は、いろいろな意味でわかりますが、ではその家庭にどう踏み込んでいくのか?もっと言えば、果たして踏み込むことが許されるのか?考えるべきことは、まだ山ほどあります。

効率化して参入できる部分の追求を

小杉 若者支援について、これまで得てきたことは、支援者が確立し、支援の方法も確立してノウハウが蓄積されてきたことでしょうし、その辺はジョブカフェも同じだろうと思います。ただ、ジョブカフェの場合、支援者の確立という点においては企業がかなりの部分を受け持って民間ビジネスとして展開してきました。その面での課題はありますか。

 民間のノウハウをもっと活用していければといいと思う半面、競争社会で生きる企業の立場からすれば、ビジネスとして一定の採算がないと続けることはできません。もし、一層の活用を求めるのであれば、現実問題としてそれをクリアするやり方を本当に考えなければいけないでしょう。あとは、支援者をどう育てるか。支援者側も安定した生活が担保されなければ、継続的な支援ができないので、その辺がもう少し実情にマッチしてくるといいと思います。

企業の先を見越した人材戦略を

小杉 支援する側が食べていけるようにするには、やはり企業が先のことを考えて今の若者たちに投資することも必要です。企業の先々を見越した人材戦略と工藤さんのような方の思いがつながることを期待したいのですが。

 そこがすごく大事ですね。若者問題については、支援者の存在とともに受け入れ側の企業の存在がとても大きい。この問題に対する企業の理解をもっと深めなければと思っています。企業の中には、どうしてもまだ他人事的な感が否めません。その辺も今後の課題だと思います。

「受け皿」的雇用と企業人材の交流を

大津 今、「社会起業化」というカテゴリーができつつあります。これは、企業でも福祉でもボランティアでもなく、形態が株式会社かNPOかは関係ありません。一般企業では病気などで働くことが難しいような人でも働く場所がある、またそこで支援している人たちもそれなりに生活していけるような、そんな受け皿をつくっていこうという動きです。そうした動きを後押しできる方法はないかと思っています。

それから、発想の転換ができないかということも考えています。どういったことかと言うと、こうした活動は、役所のパターンだと大体助成金という形になって出てきますね。でも、それでは単年度の事業になってしまいますし、政治や自治体の状況によっては、来年度以降も継続するかは保証がないので不安が生じてしまう。そこで、企業などが人を派遣することはできないものかと考えました。例えば、さまざまなマネジメントとか財務、事業計画の立て方などといった部分にまで手が回らないNPOはかなり多いと思います。仮に、そうしたNPOに企業が支援策の一環で人を出すような事業を展開したり、自治体職員のような地元にネットワークを持った方が支援団体に入っていけば、その団体にとっては、事業をうまく回していくためのビジネスモデルのノウハウが持てるかも知れません。

さらにもう一つ、あえてチャレンジングなことを申し上げると、ベルギーでは若者に対して法定雇用率を定めています。障害者雇用と同じ発想で、いわゆる社会的リスクの高い若者を一定数受け入れた場合には、社会保険料の免除などの措置を受けられる制度です。やや暴論かもしれませんが、そういった仕組みを設けていくのも一つの方法だと思います。

中間的な労働市場で就労困難者を吸収

小杉 評価のお話から、現在の課題にどう対応すべきかといった話題に入ってきています。大津さんのご意見にあった「社会起業化」の延長上では、宮本先生が地域雇用あるいは中間的雇用・中間的労働市場の議論をなさっています。

宮本 若者を支援している多くの方が指摘するのは、「どんなに職業訓練をやって、いろいろな社会的な体験を積んでも、そこから、民間企業に雇用という形で入っていくことが難しい人たちをかなり抱えている状態にある」ということです。しかも、民間企業の状況は、以前にも増して厳しいので、たとえ就職できても続けていくことがなかなか難しい。結局、辞めざるを得なくてまた戻ってくる「回転ドア式現象」が散見されます。民間企業に採用を促すことは当然ですが、それ以外の働く場もつくっていかない限り、この問題は解決できないだろうという見方を持っています。

そのなかで各国が試みようとしているのが、大津さんが言われたような「社会的起業」とか「社会的経済セクター」のようなものです。経済成長期のように働きたいと思う人間が全員仕事に就ける時代はもう戻ってこないのだから、一定の失業者やボーダーライン層を抱えながらも、何とか食べていけるような仕組みを工夫してつくっていこうとする考え方も必要なのです。いろいろな国の事例をみても、長期失業や障害者など、どこの国でも仕事に就きにくい人のカテゴリーは大体同じで、労働市場がその人たちをなかなか吸収できずにいる。景気がよくなると吸収度は高まりますが、悪くなれば一番先に追い出されます。だからこそ、いわゆる資本主義原理による事業だけでなく、中間的なものをつくることでハンディキャップを抱えている人たちを吸収していこうというものです。日本でもそうしたことを検討していく段階に来たように思います。具体的には、NPOがもう少し社会的企業として育ってビジネス化していき、そうしたNPOに国がお金を落とす仕組みができればと思うのです。

日雇い派遣でしか働けない人も

小杉 工藤さん、そういうビジネスを育てていくことについてはどう考えますか?

工藤 民間企業のように利益が出づらいNPOで、就労が困難な人を受け入れて雇用すると――。理想としてはやりたいと思いますが、正直、相当難しいです。かといって、企業だけにお願いするのも身勝手なのではないかと思ってもいます。自分のところで雇用できないからといって、企業に任せてしまっていいのかという思いはいつも持っています。

仕事に就くのが困難な人の支援で難しいのは、まずその人自身が困難を抱えていることを受け入れられるかどうかです。加えて、親が受け入れられるかの問題も当然あるし、雇用主がそれをどこまで容認できるかということもあります。

今、派遣・請負企業がたくさんあって、いろいろ問題が指摘されていますよね。でも、そこでしか生きていけない人がいるのも事実です。「日雇い派遣」とか「ワンコールワーカー」は確かに劣悪な労働環境ですが、逆に単純労働しかできない人、そこでしか働けない若者もたくさんいて、何とかかろうじて日々暮らしている。確かによくない働かせ方もあると思いますが、誤解を恐れずに言えば、「日雇い派遣企業はよくない」となくしてしまったら、そこでしか生きられない人をどうしていけばいいのか。私の中に、まだ、答えはありません。「とりあえずそこで生活費を稼ぐ」とか「親御さんのお金がなければ自分の食費だけでも稼ぐしかない」という限界線で、常にジレンマを抱えています。

現実を見据えた就労支援が必要に

玄田 特に 98年以降、労働市場の関連ビジネスに対する法律が大きく変わり、過渡的な状況の中で多くのトラブルも起こりました。今後は、そうした問題への社会的なチェックが強化されつつ、非正規雇用で充実した生き方というのがある程度軌道に乗っていくということを、一つの大きな目標として進むべきだと思います。

ニート状態や無業のお子さんを抱える親御さんは、状況が改善すると、得てして正規雇用を求めがちです。でもそれは難しいということを多くの現場は知っている。最終的に不可能とは言わないけれど、いわゆるフリーターが必要なステップになっていることもある。現実を見据えたとき、フリーターも一つのステップとして認めなければならない。

大事なことは、不当な使用者が事実上、市場から淘汰されていく仕組みをつくることです。日雇い雇用で働いていて怪我をしたとき、「それは気の毒だったな。だけど、怪我しても日雇いの場合には、労災は出ないことになってるんだ」などと言う使用者がいないとも限りません。そんなとき、本人が「それはおかしい」と疑えること、そう感じたときにどこに相談に行けばいいかを知っていることが大切です。総合労働相談コーナーの認識など、身の守り方を教えることの重要性は、派遣や請負を排除していくこととは別の視点からの政策と周知徹底が求められます。

市場は厳しい面もありますが、一方で有効活用していくことも考えていかなければいけない。だとすれば、「あそこは派遣・請負の会社だから悪い」ではなく「派遣・請負の会社で、信頼もできる」という状況を長期的に構築することこそ大事ではないでしょうか。

生活保護制度の柔軟化を

宮本 若い人の問題で何が課題かというと、ある一時期、働けなくなって食べられないという期間もあれば、働いているけど賃金が低くてとても食べられないという時もあるかもしれません。今の日本の生活保護制度は、資産調査をして貯金が全部なくなった状態で初めて受給できるという仕組みなので、現行制度では、そういう人を救うことはできません。

だから、そこを少し柔軟にして、若い人がある一定期間、働いても自立までは到達しない部分を補う形の制度にする。そして、住む家がない場合には、住まいを提供する。そうすれば、住居と多少の生活費給付に自分の稼ぎを足して生活していくことができますし、それがうまく回転すれば、保護から抜けることが可能になります。

もちろん、受給者全員がうまくいくとはいえないでしょうが、若い人への経済的な支援については、自立か生活保護のどちらかではなく、「半分自立・半分補助」という形がとれるような、生活保護制度の柔軟化を図っていくことが必要だと思っています。

働いて食べていけるためのサポートも

もう一つ、工藤さんのところのような支援団体が、よりビジネス化しながら、民間企業ではうまくいかない若者たちに対して、働いて食べていけるためのサポートをしていくことが考えられます。やはり社会的企業で重要なのは、「ミッション」を持っていることだと思うのです。ここが単なる派遣業と自立支援型NPO等との違いであり、そのミッションの部分については、ハンディを抱えながらも働いて自立したいという若者に対して、とにかく何らかの形でサポートする。そして、ミッションを持っている団体には、理不尽で不公正なことが起こらないような形でケアをしながら支援をしていくイメージです。それでも稼ぐ範囲は限られているかも知れませんから、その不足部分に関してはやはり公的責任が求められるでしょう。

玄田 それは、働いて自立したい若者の不足部分を生活保護的なもので補てんをする「プチ生活保護」的な制度をつくるという意味ですか。

私の理解では、制度的な問題もさることながら、一番難しく必要性の高い問題は、自立支援推進委員のようなサポート人材が不足していること、また彼らが十分な報酬を得ていないために制度がうまく機能していないという面のほうが大きいと思います。

若者に住まいの確保を

宮本 若者に関する自立支援については、足りない分を生活保護などで補いますが、その際、基本的にワークフェアが原則なので自立できる努力はしなければなりません。だから、努力をするための経済的支援と非経済的支援の両面でのサポートが必要です。何らかの形で社会が彼らの生活を支援しながら、食べていけるようにしていく方が、中年になったときに生活保護しか選択肢がないような事態を免れることができるのではないでしょうか。

大津 確かに生活保護制度も変わってきましたが、現実には窓口で「若いから」という理由だけで排除されています。実は精神疾患を罹患していても、そうした事情はなかなか聞いてもらえない。生活保護を受けることができる若者は、潜在的にもっといると思うのですが、実際は「あなた、働けるでしょう」とかなり厳しくはねつけられています。

生活保護の現状をみると、宮本先生が言われるように、せめて住まいだけでも確保できるような仕組みがあってもいいと思います。

玄田 でも、サポートされること自体が、働いて自立したいという意欲を抑制する方向に働くことはないでしょうか。

宮本 働いて自活することを前提とすべきですが、支援なくして目標を達成することはできないし、場合によっては、それが難しいかもしれないというくらいの捉え方があってもいいのではないかと思うのです。

「丸抱えの生活保護」ではなく、社会に参加させて、最終的に自立することをめざす。そして、その際の社会参加のあり方は、かなりの広がりがあってもいい。北欧のワークフェアは、就労を通しての参加だけでなく、文化活動やボランティア活動、スポーツでの参加も認められています。とにかくある一定期間は幅広い可能性を認め、そのなかで経済的困難な部分に関して社会が保障していく形を取ってもよいというのが私の意見です。

小杉 ここで、若者支援と社会保障・福祉との関わりについて、少し話を整理させてください。北欧などのスタイルは、ワークフェアという形で公的な資金を投入すると同時に、その基本はやはり人的なサポートにあって、モラルハザードに陥らないよう単に生活をサポートするだけではなく、個人に対しての積極的な働きかけもペアでやっていくということでした。これは人的にも財政的にもかなりの負担が要る仕組みだと思いますし、社会全体の話になりますので別の場所に譲り、今度は企業の支援との関わりについて議論したいと思います。

若者支援への企業の関わり方は

工藤 行政との連携も大事ですが、我々は企業ともっと仕事をしたいと思っています。本来事業を支えるべき収益事業の確保、もっと言えば、職員の生活を守るうえでも、企業に認められた形で、仕事ができなければなりません。その方法は模索中ですが、意思決定のスピード感や、求められる成果が出せるのであれば、やり方は任せるといったところは事業を進めるにあたって非常に柔軟性を感じます。もっと企業と一緒になってやっていくためのコツみたいのがあれば、そちらを勉強させていただきたいところです。

小杉 税金でやる話ではなく、実は企業がもっとやってくれるところがあって、実際に話の早いところもあったという工藤さんのご意見ですが、まず、若者支援をすることが将来的に企業にとってもプラスになるとか、地域社会を支えることが企業にとっては最終的にはペイすることだといいような理論があるのか。あるとしたら、どういう範囲であれば、企業は若者支援に単なるメセナを超えて関わっていけるのでしょうか。

利益追求だけではない企業のメリット

 企業はメリットがないと動かないという原則があります。ただし、メリットは利益追求だけでは決してなく、それを「思いの実現」とか「理念の追求」と考える企業はたくさんあります。そのための手段として「利益の追求」が必要なのであって、私はそこに可能性があると考えています。

では、どう企業のメリットにつなげていくかということですが、例えば、企業がニートなどの若者の採用や人材育成のノウハウを身につけたら、それに対する評価とか対価があってもいいと思います。そうすれば、もっと民間が活躍できる場が出てくると思いますが、今はそこが決定的に欠落しています。

また、そうした貴重なノウハウをしっかり整理し、それを他の企業にも伝えていく仕組みがあれば、人が採れない中小企業でも、若者を採用して自社の成長につなげていく余地が大いにあるでしょう。ニーズの掘り出しとそれをどう繋いでいくのかが今後の課題といえます。

連携してくれる企業を見つけるには

工藤 そうしたノウハウを持つ企業と一緒に何かをやりたくて、ちゃんと提案書も持っている時には、どこの部署に行けばよいのですか。

 そこはすごく難しい。我々もジョブカフェでいろんなところと連携をとるときは、実は部署ではなくてキーマンを探します。例えば、ジョブカフェが地域の中で学校やハローワークと連携しようと考えるとき、部署ではなく、そうした問題意識を持って外部と連携してもいいと思っているキーマンを見つけられると案外うまくいくものです。

工藤 では、そういう思いとか志を持っている人は、どうすれば見つけられますか。

玄田 これについては、東京の場合と、地域で企業と連携するケースで、かなりニュアンスが違うような気がします。東京であれば、積極的にCSRを考えている企業の本社から声をかけてくれたりすることもありますが、地方ではそうしたことがなかなかないでしょう。そのときに、役所の商工関係で、地元の企業に詳しい方に、こういう悩みを率直に打ち明ければ、案外、相談に乗ってくれるかもしれません。

つまり、工藤さんの問いに対する答えは、それこそ企業に直接飛び込んで行ったり、ハローワークに行くこともあるでしょうし、同じようなミッションを共有している公務員の方も以前に比べて少しづつ増えているのでないかと思います。

次のステップへの踊り場づくりを

大津 普通の企業に、問題を抱えた若者を雇ってもらうのは非常に厳しいことだと思いますし、単に「志のある人、ここに集まれ」と呼びかけても本当に集まるのか疑問です。とはいえ、そういう若者がどこにいるかもわからないので、ある程度、踊り場的なものを用意できないかと思っています。日雇い派遣は、ファーストステップとしてはあり得るのかも知れませんが、その先が働く人に見えてこないと、その日その日の生活で終わってしまいます。次のステップのための場づくりが必要です。

小杉 それは、公の部分にも一定の枠組みがなければ。民だけでは無理な話ですね。

大津 多分、お金は国や自治体にもあまりない。では人的資源はどうでしょうか。例えば、ネットワークとノウハウを持っていて、すごく影響力があるような人っていますよね。そういう人たちの人事交流が進めば、もっとノウハウも溜まっていくのではないでしょうか。一方、企業もCSRの一環で、お金は出せないけど人は出せるとなれば、仮に土日だけでも、人の交流で何かできないかと思っています。

マスコミに取り上げられるためには

工藤 例えば、そういう人と一緒にやりたいとか情報を発信する場合、ブログやホームページを使えば発信すること自体は簡単ですが、誰かが見に来てくれなければ意味がないですし、やはりテレビや新聞に取り上げられた時の反響の大きさとは比べものになりません。そこで、自分たちの思いや活動について発信してもらいたい時、それを報道してもらうにはどうしたらよいのですか。

玄田 マスコミは、若者の自立支援には食傷気味かもしれないので、今さらという感じも正直言ってあるでしょう。真正面から自立支援を打ち出すのではなく、ちょっとした方向転換を考えてはどうでしょうか。

これはよく知られている例ですが、北海道の浦河に「べてるの家」という社会福祉法人があって、精神障害をかかえた人たちが日高昆布の特産品を販売して年商も1億円ぐらいあるそうです。彼らはその一方で、寝たきり高齢者のために草刈りをしたり、病院への配送もしたり、他の人がいやがることもどんどんします。ちょっとした発想の転換で、ビジネスになっている好事例と言えるでしょう。

なぜ、そこを取り上げるかの大義が必要

大津 自立支援団体の方でも教育団体の方でも、よく言われるのが「私たちはこれだけいいことをやっています。こんなにすばらしいのにわかってくれないんですか?」という主張です。我々報道側から見ると、そういう団体は何百とあるので「なぜここを取り上げるのか」という大義が欲しい。玄田先生が指摘されたように、発想の転換で仕掛ける方法もあるでしょうし、何かイベント的要素が欲しいですね。スポーツ大会でもいいですし、アーティストを呼ぶなり、少し見せ方を変えるだけで「あの団体はこういうこともやっているのか」と、マスコミの興味を引くと思います。

アートなどの活動が若者を集める絆に

小杉 若者支援を取り上げてほしければ、むしろ他のイベントを絡めるのがいい。アートの話に関しては、ヨーロッパでも非常に大きな若者を集める絆になっていますね。

宮本 先ほど、履歴書の空白を埋めるノウハウが出てきたという話がありました。いろいろな国々の取り組みを見ていると、その空白を空白でなくするやり方で若者の活動できる世界をつくっています。

例えば、フィンランドには 200カ所ぐらいのワークショップがあります。学校と雇用の中間の世界を国の事業で多様な経験ができる場の用意をワークショップという形でつくり、職業訓練や学び直しの場として実に多様なメニューを揃えています。要は、何をやっていいかわからないけれど何か試行錯誤したいという若者たちに空間を提供しているわけです。

ここは若者に限らず、さまざまなハンディキャップを持っている人たちのための「すぐに雇用には就けないけれど、空白にもならずに社会参加できる」場所なのですが、そこの活動のなかではアートや音楽、スポーツが非常に重要になっています。たとえ仕事に就けなくても、アートなどには関心を持っている人は非常に多いので、そうした活動参加も含めて社会参加として認めつつ、場合によっては職業訓練手当も出すし、柔軟に生活費の補てんもする。そして、その活動が職歴にもなるといった場をつくっています。しかも、これらの活動が、町作りや社会貢献と結びついていることが多いのです。

多様な経験ができる場の用意を

大津 支援は何も雇用の場だけではありません。生活の中には、働く以外に、音楽、スポーツ、アートはもちろん、ゲームをしたりインターネットを見るなど、さまざまな活動が含まれているわけです。であれば、その中の活動に対しても何らかの支援ができないものでしょうか。お金を出す出さないは別にして、自立支援団体がネットワークを築いていってもいいと思います。

私が今最も危惧しているのは、先ほど言った社会的排除の問題です。どこにも誰ともつながりがない状態でいることです。そういう意味では、宮本先生がご提案された環境づくりは、これからの課題として必要だと思います。

 受け皿議論は私も大賛成ですが、アートとか音楽というものへの参加が社会参加の一つかと言われると、やや反対というか、よく吟味した方がいいと考えます。若い人は、どうしても楽な方に流れてしまいがちだからです。受け皿として考えるならば、私は社会福祉とか社会活動などを効果的に使うべきだろうと思います。

支援の前提に社会問題の解決が

工藤 見せ方として、音楽とかアートもいいとは思いますが、支援の前提に実は社会的な問題の解決があるのです。私たちの活動について、パンフレットには「若い人を支援しています」と書かれていますが、その中身をもう少し細かくみていくと、実は何か解決している社会問題を含んでいたりします。

例えば、農業をすることで若者の体力がつくのは確かにそうかも知れません。だけど、そこにはだれも手伝ってくれない農家の悲鳴があったりするわけです。自立支援の受け入れ先を探す時に、今は単純に「この子たちがかわいそうだからお願いします」ということはあまりないです。どういう形で依頼するかと言うと、「彼らは今、こういう状況だけど、僕らはその困難性を支援しています。あなた方が何らかの形で若い人の力が必要でしたら一緒にやりませんか」というものです。そこにお金が発生する場合とそうでない場合があると思いますが、いずれにしても、相手に一方的に依存したボランティアのお願いというよりは、一緒に何かを解決したり共通の理解を生みだすものになっています。

共有すべき実績のとりまとめと文書化を

玄田 このディスカッションでは、諸外国の好事例が紹介されました。確かに外国に学ぶべき例はまだたくさんあるし、勉強もしなければいけないでしょう。でも、私は少なくともこの3年間で「日本国内でもこんな良い例があるんだ」ということを知りましたし、それを少しでも伝えたい。と同時に、これからは、「自立支援って何をしているんですか?」と知らない人に聞かれたとき、どう答えるかを真剣に考えなければならない時期だと思っています。

この3年間、みんな必死に駆け抜けてきましたので、振り返る余裕はあまりなかったかもしれませんが、この間何をしてきたかをきちんと記録に残しておくべきだと思います。日ごろから文章を書く機会のある人はそうしているかもしれませんけど、そうでない人もたくさんいるはずです。その記録がいつどのように活用されるかはわかりませんが、いつの日か自立支援に関する注目が、再び集まる時期が来る時のために「自分たちが何をしてきて、何ができたのか」を、残す準備をしておくべきです。それが次に伝えること、そして生き残るためのヒントにもなっていくだろうと思います。

若者自身が自らのイメージを変えた

工藤 少し話を戻して恐縮ですが、自立支援をしていてよかったと思うことの一つに、ニートと呼ばれる若者自身が、イメージを変えていったことがあります。企業の担当者からは当初、ニートは「やる気のない人間じゃないか」とか「企業に入っても使えないんじゃないか」などと言われました。その中で、インターンシップにこぎ着いてアルバイトになり、正社員になった人間が出てくると、「彼はニートだったっけ。じゃあニートでも大丈夫だね」ということになり、さらに「もっと他にも彼みたいなタイプはいないの」と言われるように変わってきました。

もちろん、全員がそうなるわけではありませんが、社会問題の解決に役に立つようなことをしていれば、「ちゃんとできるそこらへんの若者」として次第に周囲に認められていくようになる。我々は単に彼らと社会をつないでいるだけです。自分を変え社会を変えていくのは結局、本人たちの自助努力の成果の蓄積だと思っています。

今後に向けた若者支援の方向性は

そういう実態があるなかで、今後に向けた若者支援をどうしていけばいいのか。これから 10年続けて行くためにはどうすべきなのかを話し合いたいです。

小杉 その一つの方向性としては、先ほど玄田先生が指摘した「ドキュメントをまとめてノウハウをきちんと整理し、将来につなげていく」ことがあると思います。これはまさに企業的な手法だと思うのですが。

 まず、そうした支援の重要性についてコンセンサスを得ることです。ジョブカフェ活動に企業から参加されている方は、こうした話をすると打てば響く感じでわかってもらえるのですが、他方で、民間が入ると「企業の利益搾取にならないか」などと批判されることも多い。だから、このあたりはもっとコンセンサスを得ていかなければなりません。また、企業が今までの右肩上がり経済でやってきた手法がこの先も通じるとは限りません。先ほど、私は音楽とかアートの活動を社会参加として見なすことに違和感があると言いましたが、もしかしたら次世代は、そういったものに経済以上の価値を見出し、そこで貢献している人がより重要だという社会になっていく可能性も十分あるわけです。官民ともに、そういった変化を見きわめつつ、進化し、共有していくことが大事だと思いますね。

支援者のレベルアップと地位向上を

小杉 では、共有して何らかのものを残すには、一体どうしたらよいのか。今、自立支援事業では、連絡会議のようなものが始まっていますが、まだまだという気もします。宮本先生は、今のあちこちで起こっている事実をきちんとまとめて、次の世代、今後 10年につなげるためには何が必要だと思われますか。

宮本 若者支援は、専門性の高い重要な仕事だと思います。やはり、成人年齢の人たちに対する支援のノウハウを持った人たちのレベルと社会的な地位を高めることを、今の時点からやるべきです。体験の中から蓄積した若者支援サービスの内容をある標準に高める必要があり、それを専門職として受け継いでいくような土壌が必要だと思うのが第一点です。

若者支援の発展をめざす学会の立ちあげも

もう一点は、若者支援サービスの蓄積をする上で、研究者・実践家・行政等々の人たちが集まって若者支援サービスの発展を目的とした、ある種学会のようなものを立ち上げて、この間に蓄積してきたものを確立していくこと。そして、景気の変動など将来の状況に応じて、蓄積したものがきちんと応用できるようにすることが必要ではないかと考えます。

横断的に通用する共通言語を

工藤 いろんな支援者が出てくるなかで、実は共通言語があまりない現実があります。例えば、福祉の人とつながろうと思っても、対象に対して使っているカタカナ言葉や法律用語などが微妙に違っていて、わかったようでわかっていないようになってしまう。よく「横をつなぐ」と言われるのですが、福祉なら福祉、医療なら医療の言葉をちゃんとわかっていないとつながれないので、横断的な共通言語を持てる人が出てくるといいと思います。

「支援のたらい回し」とは?

小杉 それに関連して、フロアから事前に「支援のたらい回しとは何ですか?」という質問をいただいています。今のことに絡めてお答えいただけますか。

工藤 「リファー」という言葉があります。「自分ができないことを他の人に紹介する」というイメージを持っている人が多いと思います。でも、なんとなく気になって、紹介した後はどうなったかを後追いしてみたら、また独りぼっちになっている人がいたというケースが現実にありました。リファーという言葉の中で、手放しで紹介してしまうよりは、右手だけはつないでおいて、左手をどこかの岸に渡してあげられるようなものが本当に必要なことではないか。共通言語というのは、そういう意味でとても大事なものかなと思います。

小杉 片手は放さないまま、他の人のリファーをすればたらい回しにはならないということですね。そういう意味で、個人の支援も同じ共通言語を話す土壌の中でやればいい。

工藤 はい、そうすれば、つながりが途切れることになりませんので、たらい回しにはならないでしょう。

支援者同士の競争も必要

それから、支援者の協働と連携に加えて、競争のようなものもある方がいいと思っています。競争といっても、別に互いの顧客を取り合うといったようなものではなく、より新しいものとか良いものを発見したり一緒に創造したりして、ブラッシュアップ、イノベーションを生み出すようなイメージです。連携・協働で「何となくいつもみんなで一緒にやりましょう」だけではモチベーションが上がらなくなることもあるので、NPO同士の構造転換も、次の自立支援に向けてできればいいと思います。

小杉 工藤さんのお話は、同じフィールドで話ができる土壌をつくろうということで、宮本先生の言う学会とかなり近いものかも知れないですね。玄田先生は、先ほどドキュメントの共有のお話をしていただきましたが、ほかに今後 10年に向けて何かございますか。

新しいことに取り組みつつ、地盤固めも

玄田 自立支援業界は今後、決してラクじゃないと思います。公的な支援が今までどおり続くかと言われるとちょっと予想しにくい。この先を乗り越えていくには、今までやってきた経験を大事にしつつ、少し新しいことに取り組んでいくことも大事でしょう。そして、今こそじっくり地道に活動の地盤を固めていくことが必要です。

宮本先生の言葉を借りれば、「孤立化」という現象はとめどもない勢いで進んでいて、今後、若年に限らない社会全体の問題になってくる。今ここで培われた経験を生かさないと、この先の社会は、経済的な衰退を超えて大変な状況になってしまう可能性が高い。だからこそ、自立支援に携わった方々に対する社会的な期待は大きい。

もう一つ加えると、これまでを振り返って率直に思ったのは、若年無業についての研究が全然足りないということです。こういうテーマになると、研究者の顔ぶれがあまり変わっていません。若者問題に限りませんが、社会は今、研究というものをないがしろにする憂慮すべき状況にあると思います。そういう意味で、私は学会というアイディアにも賛成しますし、理想を語ることも決して悪くないと思っています。

進化の段階迎えたジョブカフェの支援

 現在の若者支援は、一番必要なことをやって、ある程度の成果を出した第一段階が終わり、進化の段階を迎えたのではないかと考えています。だから、ジョブカフェでも今、自立化の議論をしきりにしています。でも、大事なのは、むしろこれが本当に定着して日常的になっていくかどうかで、そこにはいろんな知恵も必要でしょうし、そういう意味では、学会も一つの手だと思います。

ただ、やはり私は現場に期待したいし、自分も現場の一員でありたい。そして、現場が何をすべきかといえば、ボーダーの部分に答えがあるような気がするのです。例えば、格差と言われますが、貧困と富裕の間に何があるのか。もしくは、官と民の間や正社員と非正社員の間に何があって、そこをどうつないでいくのか。こういった部分で進化していかないと、定着もしないし「ジョブカフェ?そんなのもあったね」となる可能性がある。逆に「あのときにつくったものがこんなふうになって、今、社会に定着したんだ」と言われる可能性もあるわけです。

今、その岐路に立っている気がします。現場の皆さんがそれぞれの地域でどんな影響力を発揮してどういうことをされるか、私自身はここに焦点を当てた仕事を、ビジネスの立場から取り組んでいこうと思っています。

大津 私も学会のようなムーブメントの核となるようなものが必要になってくると思います。そうしないと、景気回復のなかで、若者問題は隅に追いやられてしまうのではないかと危惧しています。

個別に言えば、私が担当する分野では、派遣法の改正や最低賃金の引き上げなどの労働問題や、ジョブカフェのような「施設型」から「在宅型」のケアにどのように広げていくか、という問題も含まれます。そうした人々の生活に密着する社会問題をこれからも追い続け、考えていきたいと思います。

重要な社会事業化の方向

小杉 最後に、一言言わせていただいて、終わりにしたいと思います。私も、宮本先生のご提案された学会的な場でこれまでやってきたことをきちんと蓄積すること、さらに、次に向けてのノウハウを整理することや提供してきたサービスについて、きちんと文章化して残していくことが大事だと思います。そのために、緩やかな学会的なものを是非、宮本先生らと協力してつくっていきたいと思っています。

もう一点、私はやはり社会起業化の方向がとても重要だと考えます。それは、例えば工藤さんのところで引き受けろという話ではなく、先ほどおっしゃっていた「まだ誰もやっていない世の中で必要なことを提供するといった役割を持った活動をする」こと。まさにこれがそうだと思うのです。要は、社会全体がそういうことをできるような、個人の熱い思いだけではなく、熱い思いを支えられる制度をどうつくっていくか。今すぐ財政でお金を出せという話はとても難しいですが、そうではない部分で、行政にはまだできることがたくさんあると思いますので、そこについて発言していきたいと思います。本日は貴重なご意見をありがとうございました。

パネリスト・プロフィール

おおつ・かずお/読売新聞・東京本社編集局社会保障部記者

1993年読売新聞東京本社編集局に入社。政治部(首相官邸、旧労働省など)を経て 2000年 12月より現職。 2004年、米コロンビア大学院客員研究員。 2006年、財務省の「多様な就業形態に対する支援のあり方研究会」委員。現在、厚生労働省の「今後の仕事と家庭の両立支援に関する研究会」委員。著書に『介護地獄アメリカ』(日本評論社)等。 10年にわたり、雇用・少子化担当の専門記者として、ニート、ワーキングプアなど国内外の若年問題をはじめ、ワーク・ライフ・バランス、高齢者雇用、うつ病といった問題を取材している。

くどう・けい/特定非営利活動法人「育て上げ」ネット理事長

1977年生まれ。成城大学文芸学部中退、米国ベルビューコミュニティーカレッジ卒業。帰国後、青少年就労支援NPO「育て上げ」ネット設立、 2004年に特定非営利活動法人化。現在、同法人理事長として若年者就労支援に携わる。内閣府「若者の包括的な自立支援方策に関する検討会」委員、厚生労働省「若者自立塾設立準備懇談会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、財団法人企業活力研究所「次世代人材育成研究会」委員等を歴任。著書に『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『育て上げ』(駿河台出版)がある。

はら・まさのり/クオリティ・オブ・ライフ代表取締役(ジョブカフェ・サポートセンター代表)

早稲田大学法学部卒業。株式会社リクルートで人材採用・教育・キャリア開発に関する事業に 16年間携わる。 2004年7月に独立し、国の事業である「ジョブカフェ」において年間のべ 150万人に上る若者の就職支援に携わる。これまで企業における採用活動・人材育成・人事制度構築などに関する提案を行い、 1,000人を超える経営者と面談をして、実践的な“人財経営”を追求し続けている。新たな人財課題の解決、新時代における人と組織のベストマッチングに取り組むべく、株式会社クオリティ・オブ・ライフを設立し代表取締役に就任。著書に 『採用氷河期』(日本経済新聞出版社) 『5×2の法則』(同友館) 『会社復活』(経林書房)などがある。月刊「企業診断」で挑戦する経営者シリーズ連載中。高知大学客員教授。

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