基調報告2:第29回労働政策フォーラム
若年自立支援、この三年を問う
(2008年2月3日)

基調報告2 若者自立支援「若者雇用対策」から「若者総合政策」へ

宮本 みち子 放送大学教養学部 教授

小杉統括研究員から、若年者の新卒市場に関しては、かなり良好になっているとの報告がありました。そうすると、もう若年の支援は要らないのではないかという結論が導き出される危険があります。これに対してどう考えたらいいのかについて、まず、申し上げたいと思います。

雇用に関しては短期間の景気循環との関連が大きい。この間の若年者の雇用問題は、短期的には極めて深刻な不況の中での出来事であり、その支援が必要だということで、これまで若年者雇用問題への対応の仕組みがなかった日本に、その仕組みをつくってきました。それでは、景気が回復したら支援は必要ないのかといえば、景気というものはやがてまた悪くなるという循環があることをおさえておく必要があります。

宮本みち子

もう一つおさえておかなければならないのは、グローバル化の中で、今何が起ころうとしているのかです。世界全体が極めて困難な事態に陥りつつあります。短期的には若者の雇用状況にいい芽が出ている面がある一方、長期的な問題も見失ってはならないのです。一つの例をあげます。グローバルなビジネスを展開している製造業などの大企業の部門と、中小企業でドメスティックな分野で事業展開している非製造業の部門の一人当たりGDPの推移をみると、 10年以上にわたって両者の格差が大きく拡大しています。つまり、世界を相手に事業活動を展開している大企業が一人勝ちしている一方、国内の中小・零細企業は太刀打ちできず、格差を拡大させながら悪化していっている。格差はありながらも全体が伸びていた時代とは全く異なります。しかも、中小企業のドメスティックな部門に働いている人が雇用者の半分以上を占めているのが実態です。こういう問題を考えると、短期的な雇用回復だけで若年者支援問題を扱うことはできないとということを指摘して、本題に入ります。

若者の社会的包摂政策へ

2003年に始まった若年者雇用対策は、関係省庁からたくさんの施策が生まれましたが、それらは断片的で連携がないために、全体的には困難度の高い若者に対しては十分な効果が上がっていないのではないか。これが現在直面する課題です。これまでの施策を踏まえて地域をベースにした包括的な子ども ・ 若者支援システムへと進化させる段階に来ているのではないか。これが指摘したい第一点目です。

第二点目は、フリーター、ニートそして失業の中核は、低学歴・低所得家庭出身者であり、中流層ではないということです。このことを踏まえた支援が効果をあげてきたのかについて、過去3年の取り組みを総括すべきだと思います。中流層に関する支援としては、ある程度の効果は上がってきましたが、一番多くの問題を抱えている層への支援としては、依然多くの課題が残っているのではないでしょうか。

三番目は、経済的困窮者に対する経済対策がなかったのではないか。明日、稼がなければ生活できない若者に対する支援メニューは、ほとんどない状態です。例えば求職活動に必要な交通費を捻出できない人に、交通費を給付する仕組みさえないといった問題があります。

四つ目は、仕事に就けないという雇用問題ではなく、さまざまな問題を抱えて、社会的に孤立し、社会から排除されるリスクを抱えている若者の問題として、とらえ直してみる必要があるということです。名前をつければ、「若者の社会的包摂政策」へと進化させる必要があるのではないでしょうか。若者自立支援策に関しては、内閣府が、 2003年 12月に「青少年育成施策大綱」を出しました。それを読み直してみると、すでに雇用対策だけでなく、広く若者の社会的自立に関する社会的な取り組みが必要であるとうたっています。そして、私が座長を務めた「若者の包括的な自立支援方策に関する検討会」が 05年3月に報告書を出し、就労だけにとどまらない包括的な自立支援方策が必要であると提言し、雇用対策から若者総合政策への展開が必要だと提起しました。そのとき特に強調したのは、種々の不利な条件のなかで自立の困難を抱えている若者に対して、政策的により重点を置くべきであるということでした。

この考え方はその後、各自治体の中で予想以上に重く受けとめていただき、地域若者サポートステーションをつくる際には、包括的な支援の仕組みが重要だということが議論され関係部局が協同で取り組む体制が出来つつあります。

就職対策としての若者政策には限界

就職対策としての若者政策には限界があります。就職対策であれば、失業率が改善し、新規採用の求人率が上がれば、使命は終わります。しかし、先ほど触れたグローバル経済競争や技術革新の進展に伴う雇用問題があり、もう一方では、現代社会特有の若者問題がある。今、これらが混合した形で青少年・若者の中での問題として起こっているという認識です。

例えば、しばらくの間低下していた高校中退率が、昨年から再び上昇しています。高学歴化する中で、なぜ高校中退者がこんなに多いのか。実はこの問題は日本だけでなく、欧米先進諸国でも共通した問題です。グローバル競争の渦中にある国々が、 15歳そこそこで学校をドロップアウトした多くの子どもや若者たちを抱えています。この若者たちが高度化する労働市場の中では、最も不利な立場に置かれることになります。その一方で、社会全体として個人化、孤立化が進む現象があり、学校の中で友達が一人もない子どもたちが増えています。これは教育現場で共通して指摘されることです。さらに地域社会の崩壊、加えて市民社会が未形成という状態の中で、最も不利な条件を抱えている若者は救済されないことになります。この問題は雇用問題と密接にかかわりつつも、それだけではとらえきれない大きな課題です。

もう一つの課題は、少子高齢化社会が進展する中、これまでのように企業からも福祉国家の路線からも守られにくい若者世代を、積極的に社会に参画させ、エンパワーメントする必要があるというテーマです。しかし、本日はこれ以上触れません。

この間、国、大学や研究機関、自治体で、若者に関する研究や調査は、5年前に比べると飛躍的に増加しました。しかし、一番困難を抱えて、社会の表に出てこない人たちの実態は、十分把握できません。こうした中、これは画期的だと思いますが、 07年に厚生労働省がニート調査を実施しました。若者自立塾、地域若者サポートステーションの利用者を対象にして調査したもので、回収数は 418人。調査自体はシンプルですが、貴重なデータだと思います。調査によると、各学校の段階で中退している人たちが3割を超えていた。それから各学校段階で1カ月以上欠席した経験のある人たちが2割を超しており、4割弱が不登校を経験していた。また、8割近くは何らかの就職歴があるものの、経験した職種はサービス、生産労務、営業販売といった景気変動の波を最も蒙りやすい不安定な職種だったという事実です。さらに半分以上が、学校でいじめにあった、会社を自分でやめた、ひきこもり経験がある、精神科・心療内科受診経験がある、職場の人間関係のトラブルを経験――ということもわかりました。

苦手なことについても聞いております。人と話すのが苦手、手先が不器用、計算が不得意、字を書くのが不得手、さらに周囲のやり方を見て仕事を覚えること、仕事で失敗を繰り返さないことが苦手だという人たちが6割を超えている事実が浮かび上がりました。

この字面だけ見ていると、一般的に言われるコミュニケーション能力が劣っている、仕事を続ける根気がないなど、現代の若者に共通する特徴だという一般的な解釈をしがちになりますが、そういう一般的解釈は妥当ではありません。厳しい労働市場だけでなく、社会の中で最も不利な立場におかれている人たちだということです。

社会的排除に関して公的調査資料が未整備

いわゆるニートが 62万人といわれていますが、この人たちが一体どのような形でどこにいるかに関しては、ほとんどわからない状態でした。その点で、この調査は貴重なデータを提供している一方、限界もあります。調査が地域若者サポートステーションや若者自立塾の利用者だけを対象にしているためです。支援機関に来ない人が圧倒的多数なので、その実態は不明なままです。自治体もこの問題に関して取り組みを始めていますが、例えば、高校中退者がその後どのように生活しているかは不明なままです。

さらに、支援機関には親がかりで来る人たちが多いのが実情ですが、親が相談機関に来ない場合は、その子供の実態は把握できません。親が動かない家庭の若者が一番問題であると想像できても、その人たちを把握することができないのです。このように家庭、学校、地域社会から排除されている若者の実態は、量質ともに把握できないのが現状です。

そこで、一つ提案させていただきたいと思います。「社会的排除」という用語は日本ではまだあまり使われない言葉ですが、EU(欧州連合)で、社会の中で最もハンディを抱え、社会のメインストリームに入っていくことのできない人々に対して使われるようになってきている用語です。その用語を使って日本が抱えている問題を検討することは有効ではないかと思います。

ところが、日本において、「社会的排除」に取り組もうとしたときに何が一番問題かということです。まず、公的な調査資料が未整備で、どういう若者が困難を抱えて自立できないのか全体的に把握できないことです。したがって、労働統計的に求人倍率が高まり、失業率が低下してくると、このデータは政策決定上も重要なので、若者対策の予算はカットされる危険性が高くなるわけです。このように、労働統計で把握できない部分のデータが未整備な点が大きな問題です。

既存の官製統計、例えば学校教育に関する統計でも、社会階層によってどう違うのか、貧困層の子どもたちがどのくらいいるのか、障害を抱えていて日常生活や仕事に就くことが困難な人たちがどのくらいいるのかなどを把握できるデータが不足しています。ましてや、学校教育段階を終わった若者の実態は把握が困難です。このため、有効な対策が立てにくい。だから、恵まれた家庭の子育ての失敗だとか、心の問題という議論に持っていかれがちなのです。

2003年にようやく国がフリーター問題は労働市場問題であるというスタンスで、予算をつけ、支援に動き出したわけですが、それ以前の流れはフリーターになる若者は、彼らの労働観や、家庭の子育てに問題があるという議論が圧倒的多数でした。国が動き始めたのは、明確に労働統計的に若者の困難が数字で出たからだと思います。

例えばイギリスの動向をみると、 1990年ころから、若者の失業やホームレスの増加を踏まえて、その分野に関心を持っていた研究者が調査を開始し、その動きが国に波及して、全国規模で数多くの調査が行われるようになりました。その後、「これだけの人たちが困難を抱え、その対策にこれぐらいの予算が必要になる」という数値が示され政策立案に至るという流れがありました。日本でもこうした流れが必要ではないかということです。

もっとも支援が必要な若者とは――社会から排除される多様な理由

第一は、支援が必要な若者とはどういう人々でしょうか。種々の理由から仕事につくことが困難な若者たち、つまり非選択的無業者。選択して無業になっているのではなく、選択の余地がなく無業になっている若者です。

第二は、不安定で低賃金の就労状態に置かれている若者たちで、一時点での状況ではなく、長いスパンの中で、非正規雇用、失業者、無業を繰り返している不安定な就労者たちの問題です。そういう意味で、失業者、ニート、フリーターという単純なくくりではなく、 10年といったスパンの中で、不安定でジグザグな人生を送っている若者たちがどのくらいいるのかを議論すべきだと思います。

一方、例えば地方に行って感ずるのは、単に正規雇用か非正規雇用かが大きな問題ではないという現実もあります。東北や九州で何度か調査したことがありますけれども、正社員でも手取り  12~ 13万円しかない実態もあり、正規 ・ 非正規という雇用形態だけでなく、全般的な低賃金という問題があるのです。

三番目は、将来その可能性の高い青少年の問題。学校を卒業してからの問題ではなくて、現在、在学中で不登校や中退をしている 10代の若者たちの問題があると思います。もっと言えば、 10代になる前の幼小期の問題もあります。OECD(経済協力開発機構)の調査によれば、日本の子どもの貧困率は先進諸国の中でもかなり高いところまできている。この事実を考えると、競争の激しいこのグローバル社会の中で、不安定で不利な若者の予備軍が既に生まれているのです。この部分に対して、早期に対応できる仕組みづくりをしなければならないはずです。

社会から排除される理由は多様です。一つは、競争的で劣悪な労働市場でダメージを最も受けやすい人々であるということです。劣悪な労働市場といってもいろいろなタイプがあります。大企業でも職場によっては働いている人の半分がうつ病といった実態もあります。大企業に正社員で入っても、うつ病で 10年間働けなくなってしまった人々の実態も含めて問題を考える必要があると思います。

二番目は精神神経疾患や発達障害の問題です。この間、地域若者サポートステーションや自立塾で発見された事実です。それが原因となって働けない若者たちがかなり多いという事実があります。

三つ目は、家庭の貧困や崩壊の問題。この問題に絡んだ若者の自立支援に関しては、ほとんど手がつけられていません。これは社会保障制度との関係の中で、抜本的な取り組みが必要ではないかと考えます。

それからゲームやネット依存による社会からのひきこもりという問題もあります。この点は、韓国と日本とが非常に似た動きをしていて、韓国と日本との間で若者支援の交流が開始されつつあります。

家族と企業福祉の伝統をもつ日本の問題

3年間の若者支援の特徴を整理したときに、家族と企業福祉の伝統を持つ日本に特徴的な問題があります。日本は家族主義の国だと言われており、仕事が不安定、給料が安ければ、自立できるまでは親元にいるのがあたりまえとみなされる社会です。それから、企業福祉の面でみると、事態が大きく変わる少し前まで、基本的には学校を卒業した人たちは、企業が丸抱えで育てながら、彼らの生活万般を保障する伝統を持っていた社会で、それを前提にした社会保障制度だったと思います。

それが急速に崩れたときに、どういう問題になったかというと、学校を去った後、職場にきちんと所属していない若者を把握する手法を持ち合わせていないという結果になったのです。ヨーロッパの国々では、学校を卒業する時点で仕事についていない場合、まず雇用事務所等に行って、とにかく登録する。登録することによって、利用できる給付を受ける条件が整い、その時点で若者を把握することもできます。しかし、日本の場合にはそれがないので、発見されたときには 30歳を超えてしまっていたということがざらに起こります。発見した時には回復が困難で、支援に時間がかかって効果が出にくいことにもなるのです。

この3年間、若者支援のしくみは日本の社会にも整ってきました。これは大きな前進です。しかし、各地でタケノコのように出てきたものが、相互に連携がとれていない。しかも、最も支援の対象とすべき人たちには手が届いていない。実はこの問題は、どこの国でも同じように指摘されています。グローバル化の中で社会格差が拡大し、最も恵まれない人たちが社会の下に沈殿していく事態のなかで、有効な対策をとっていこうとしたときに、縦割り行政の仕組みの中では有効に機能しないのです。では、どうすべきか、ということが、日本だけではなく各国共通で議論されています。

こうしたなかで、一つ紹介したいのは、ニートという言葉を最初に作ったイギリスでの取り組みです。地域若者サポートステーションを作るときもイギリスで、 2001年に始まった「コネクションズ」が一つのモデルになりましたが、イギリスでは 2000年代に入って、子どもサービスの大改革を行いました。子どもサービスなので、対象は 0 ~ 19歳。子どもの貧困が社会に広がり、親子3代にわたってだれも働いたことのない人々が少数でなくなってきた事態の中、ニート対策は、限定された取り組みではなくて、生まれた時点からの格差防止という施策に合流することになってきたのです。具体的な対策として、第一に早期介入。早期介入の出発点は 0.4歳で、生まれてからの初期の段階の格差を防止する「シェア・スタート(確かな出発)」というプログラムです。次に学校段階を対象とするプログラムがあり、 13 ~ 19歳に関しては、「コネクションズ」が対象にする部分というように発達段階の全体をつなげる取り組みと、縦割り行政を横につなげた「マルチ・エイジェンシー」を推進しています。縦糸と横糸が統合された子どもサービスです。そして、対象とする人々の「データをシェアする」ことによって、効果の上がる支援を進める大改革が進んでおります。日本もここから学ぶべきことが多々あるのではないかと感じております。

包括的な若者支援システムの構築を

そこで、この間の若者自立支援の多くのメニューを前提に、包括的な若者支援システムの構築へと一歩進める必要があると思います。若者をサポートする専門機関や団体はたくさんありますが、それを地域や地方自治体のレベルで、横にどうつなげて、関係をつくっていくかという課題です。その際一般的な方法では把握できず、緊急にサポートする必要がある人たちをどう把握するかについて、まず検討することが求められます。

もう一つは、この間の雇用対策の中で、扱わなかった若者の生活全体に関する情報相談サポートです。海外の取り組みを見ると、より包括性がある。例えば、仕事、進路、家族問題、金銭トラブル、性と性病、税金、社会保障、住宅――。これらは、若者が一人前になっていくプロセスの中で経験する問題ですが、こうした情報相談支援をすべきだと感じています。

それからもう一つは、社会保障制度の問題です。日本の社会保障制度は基本的には、医療と年金中心です。グラフにあるとおり、若者を対象とする社会保障制度は、未整備の状態です。これまで家族と企業に守られてきたからだと見ることができますが、若い世代を対象とする社会保障制度を検討しなければいけない。とりわけ、働いても食べていけない若者に対して、生活保障するための社会保障制度を若者支援の中にきちんと入れることを検討をする必要があるのではないかと思います。

これからの社会保障/生活保障の全体的イメージ

プロフィール

みやもと・みちこ/放送大学教養学部 教授

千葉大学教授、ケンブリッジ大学客員研究員を経て現職。専門は青年社会学、家族社会学。社会学博士。内閣府「若者の包括的な自立支援方策に関する検討委員会」座長、経済産業省「シティズンシップ教育研究会」座長、労働政策審議会臨時委員などを歴任。主な著書・論文は、『若者が《社会的弱者》に転落する』(洋泉社)、『格差社会と若者の未来』(同時代社)、「若者政策の展開―成人期への移行保障の枠組み―」『思想』No.983,2006 ほか多数。訳書 ジル・ジョーンズ・クレア・ウォレス著 『若者はなぜ大人になれないのか:家族・国家・シティズンシップ』(新評論)

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