基調報告3:第29回労働政策フォーラム
若年自立支援、この三年を問う
(2008年2月3日)

基調報告3 「若者自立支援」 10年後を見据える

玄田 有史 東京大学社会科学研究所 教授

「 10年後を見据える」というテーマをいただきましたが、 10年後のことは分かりません。私の本職は経済学ですが、講演などにお邪魔して、経済学が本職ですと言うと、「何で経済学者が若年問題を?」と驚かれます。経済学なので、今後の景気動向について聞かれます。大体予測は当たりません。事実、 10年前に今の状況を予測することなど全くできませんでした。

ニート、ひきこもり、自立支援の関係で講演の依頼を受けたとき、いつも三つだけ考えていることがあります。

一つは、1回だけ少し笑ってもらうことです。講演に呼んでいただくのは、親や本人が参加する会が多く、表情を拝見していても深刻そうです。ちょっとリラックスしてもらわないと、どんな支援も通じないと。あるときから少しだけ笑ってもらおうと考えるようになりました。

二つ目は、だれが悪いという話をするのは、やめようと思いました。政府に足りないことはたくさんあります。自治体にもやるべき問題がある。親にも問題がある。本人にも問題がある。学校やNPOにもあるかもしれない。しかし、そんな犯人探しみたいなことをしても何も始まらないので、やめようと思いました。

三つ目は、こうすれば解決するという話は絶対しないこと。そういう無責任な話はしないように決めました。

では、私自身、この 10年間で何を考え、自立支援の問題に取り組んできたのかという話をまずさせていただきます。若者の問題について、初めて記事を書いたのは、 1999年です。『中央公論』 10月号に「何が若者を転職に追いやるのか」というテーマで書きました。当時、既に「フリーター」という言葉はありました。「ニート」という言葉はまだ存在せず、なぜ若者が仕事を辞めるのかが、一つのテーマでした。

ただ、 1998 ~ 99年当時は、雇用問題としての若者問題は、あまり関心が集まっていませんでした。そのような状況のもと、実は若者の問題に大変なことが起きているという思いで書いたわけです。

当時、失業率が大幅に上がり、なかでも若年失業率は急上昇しました。若者支援策はありましたが、その中身といえば、ほとんど「若者の働く意識を向上させよう」という一行だけ。何が若者を転職に追いやるのか、失業してしまうのか、それは若者の職業意識の問題だ。ほとんどその議論に尽きていました。

私は違和感を持ちました。いろいろな問題が起きたとき、だれかの意識の問題にすることについて抵抗感があります。だれかの意識が高いとか低いという問題ではない。社会のシステム、経済の構造の問題を疑うようにと、教育を受けてきたからです。

当時、若者問題で流行っていた言葉に「パラサイトシングル」がありましたが、これにも正直、違和感を覚えました。価値観に対して中立的ではない、意識が低いという意味で、若者をさげすんだ言葉に聞こえたからです。そんな問題意識のもと、『仕事のなかの曖昧な不安』という本を 2001年に出しました。パラサイトシングルという議論は正しくないのではないかというようなことを書きました。

よくやった、でもみんな疲れていないか

98 ~ 99年頃を考えると、今は夢を見ているような感じさえします。 2003年に若者自立挑戦プランがつくられ、その後強化され、一定の予算が国と自治体につくようになりました。そして、お金がついた以上に感嘆したのは、「こんなに若者を支援する人たちが日本に生まれているんだ」ということです。自立塾、地域若者サポートステーション、ヤングジョブスポット、各自治体のもの、NPO等。いろいろ含めて、「みんなよくやってきたよね、よくここまで来たよね」というのが、正直な感想です。

ただ、一方でどうでしょうか。正直、ちょっと疲れてませんか。自立支援の場合、やっても、やっても、すぐには成果が見えません。この3年間で改めてわかったことは、「できることと、できないことがある」ということではないでしょうか。自分たちのできることと、できないことをきちんと見分けられるような団体が、しっかりした支援組織ということを、私自身も学びました。

自立塾ができたとき、ご縁があって審査員のようなことをさせていただきました。正直言うと1年目は、面接で大丈夫かなと不安な場面もありました。それが、2年目、3年目になると、見違えるように実績をアピールされる。経験を積まれたんだろうな、と思いました。委託を受ければ書いたこともないような煩雑な書類を書かなければならない。こうした苦労を乗り越えながらも持ちこたえてきた。それは、とても大きなことだと思います。

自立塾の募集について、今回手を挙げてもらえるか不安な団体がありました。親御さんの代から三代目で、 80年以上、寄宿生活を中心に若者の自立支援をしてきたところです。私はその団体が、手を挙げてくれればいいと期待してましたが、正直、挙げてもらえないだろうと思ってました。手を挙げるメリットがどこにもないからです。既に長い経験があり、地域からも十分に信頼を集めている。自立塾に手を挙げて、多少のお金がついたにしても、逆にいろんな束縛もあります。でも、ふたを開けると、その団体が参加の意思を表明していました。参加が決まった後、代表者が「子どもの問題を今までやってきたけど、今、国が本気で取り組み始めているときに、手を挙げないわけにいかない」と言われました。今でも心に残っています。

現在、さまざまな自立支援のNPOが出てきていますが、NPO法人がなかった 1980年頃から長く活動している団体もあります。親への金属バット殺人や、戸塚ヨットスクール事件など、ちょうど日本の家族が大きな転機に差しかかっているといわれた、その頃から活動している方たちです。往々にして、国や学校が信頼できないから、自分たちで始めた人たちです。今回、そうした方々から「国や自治体と一緒になって、若者の自立支援をしていこう」と言われました。感動しました。

若者論ブームのおわり?これからが正念場と考えよう

さきほど紹介したように、 2001年に『仕事のなかの曖昧な不安』という本を書きました。その後、 2004年に『ニート』という本を共著で書きます。なぜ『ニート』という本を書いたかといえば、 2003年に「若者自立・挑戦プラン」ができて、若者の問題を広い観点から考えるという姿勢を国が打ち出したことに関係しています。画期的と感心する反面、このままでは、すぐに対策は終わってしまうと懸念しました。

当時、若年失業、フリーターは、すでに大きな問題となっていましたが、社会の関心は、ブームが冷めると、すぐ薄れていきます。果たしてフリーターだけが問題なのかという疑問もありました。『仕事のなかの曖昧な不安』では、失業者が増え続けるのは、若者の意識の問題ではない。社会のシステムが、中高年を守るために、結果的に若者から安定的な雇用機会を奪っていると指摘しました。こうした状況が長く続けば、若い人は、仕事を探して働こうという意思すら、断念せざるを得ない。当時、「ニート」という言葉はありませんでしたが、そんなことを書きました。

働いていない、職を探せない人のことを、統計では「非労働力」と呼びます。「非労働力」と言えば、学生とか、専業主婦とか、高齢者とか、相場は決まっていました。が、これからはもっと違う人たちが増えていくだろう。ただ、「非労働力」という言葉が果たしてよいのか。「あなたは非労働力ですね」と言われて、どんな気持ちだろう。

何かもっと社会の関心を引きつける言葉がないかと考えたとき、JIL(当時)の小杉さんたちのグループが研究したイギリスに関する報告書に出会いました。イギリスの「ニート」に関する文章を読んで、今まさに日本でも同じような状況が起きていると思いました。「これだ」と直感しました。

若者自立・挑戦プランが続くためには、別の観点でも考えていかなければと思ったとき、「ニート」という言葉を日本で紹介することが、一つのきっかけになると確信しました。

ただ、一つ葛藤がありました。「ニート」という若者をどう定義していいかわからない。学術論文で何かを取り上げるとき、明確な定義づけをしないと批判されます。 2003年頃、本を構想していた当時、フリーターでも、失業者でもないニート状態の若者を社会の中にどう位置づけるか、悩みました。「経済学者なのに、きちんと定義もできない」と言われると思いました。

そんな悩みを抱えながら、『ニート』を書いたわけです。 2004年7月の出版直後に、シンポジウムで一緒になった「育て上げ」ネットの工藤さんから、ある団体の勉強会に誘われました。そこで初めて若者自立支援に携わるいろいろな方と話す機会がありました。「今でもニートをどう定義すればよいかわからない。その輪郭がつかめない」と話したところ、この道何十年という方から「それでいいんだ。定義なんかするな」と言われました。

「学者はすぐ定義したり分析したりするけど、それじゃだめだ。今まで焦点が当たっていなかった人すべてだと言えばいい」と。敢えて明確な定義をするなと言われて目からうろこが落ち、少し勇気が出ました。それから「ニートってどんな若者ですか」と聞かれたら、「よくわからないんですけどね」と、枕詞のようにつけるようにしました。

もう一つ当初から意識していたのは「ニートと呼ぶと若者のレッテル貼りにつながる」という批判です。ニートと呼ばれる若者が、スティグマ(烙印)を押された者として社会の中でレッテルを貼られてしまうという主張ですが、こうした意見が出ることも、ある程度予想していました。

ただ研究をする場合、研究対象の類型化はどうしても必要になります。ニートも同様に、個々の若者の状態だというだけでは前に進めません。レッテル貼りという批判を受けても、ある種の整理を思い切ってしていかないと、将来適切な対応も出来ません。

レッテル貼りはむろんよくないことですが、もっと悪いのは、存在を無視することです。フリーターには関心が集まっているけど、仕事を探していない・探せない若者たちのことを無視し続けたら、当然、何の対策も進みません。レッテルを貼ること自体は確かに問題ですが、何より焦点を当て続けることのほうが大切だと思っています。

自立支援の現場にいらっしゃる方々も、おそらく同じような思いで「ニート」という言葉の登場を、受けとめてくださったように感じています。

「若者問題は終わった」の認識が拡大、再び社会の関心は高まるか

そう考えると、まだ見えていない、無視されているままの若者が、今もどこかにいるだろうと思います。先のお二人がいろいろな問題があることを多角的視点から指摘されたので、つけ足す言葉はありません。が、私は論文(「若年無業の経済学的再検討」『日本労働研究雑誌』 2007年 10月号(PDF:412KB) )の中で、この問題は若者特有の問題でなく、ある種の貧困問題だという事実を強調しました。

日本では、5年に1回、就業構造基本調査という 100万人程を調査する統計データがあります。そのぐらいの規模の調査になって初めてニートの実態がわかります。当初は、ニート状態にあるのは裕福な家庭の子どもの方が多かったのが、 92年、 97年、 2002年と、明らかにその傾向は弱まっています。むしろ貧しい家庭の子のほうが働く希望を失いつつある。貧しい家庭で育った高校卒や中学卒の男性ほど働くのを断念するケースが増えています。これは貧困問題です。

ニートが、単なる若者のぜいたく病だけではなく、社会の問題、貧困問題だという認識は、この3年のあいだに広がったと思います。少なくとも自立支援の現場にいる人たちは、ぜいたく病とは思っていません。ただ、だからこそ解決が難しい問題であることも知っています。

これからの自立支援を考えるとき、むなしさを感じることがあります。支援の場にアクセスできる人は解決の糸口をつかめるかもしれません。が、来られない本人や家族の方に、一体何ができるのだろうか。だからこそ学校段階からもっと関わっていくべきということで、教育委員会と一緒に取り組んでいる支援組織もあります。

もし、すべての貧困家庭に取り組みを広げようとしたら、大胆な提案ですが、国民総背番号制や社会保障番号のような、国民すべての状況を把握するためのID制度を導入しなければ、こぼれ落ちるすべての人たちに手を差し伸べるのは無理です。5年に1回、国勢調査を実施しているのは日本人全員の実態を知りたいからです。国勢調査をやっていない国もありますが、国民総背番号があるのでチェックする必要がありません。すべての個人や家庭を対象とした政策を実現しようとするなら、国民総背番号制に賛成の意見を述べるべきと、私なら思います。

当然、強い反対が吹き荒れるでしょう。プライバシー問題など、住基ネットのことを思い出せば、相当の批判が出るはずです。が、そのくらいやらないと、潜在的な実態はつかめません。個々へ具体的な支援を差し伸べることはできません。

10年後にすべての国民のIDを確保する社会になっているか否かは、政治や世論次第です。どうなるか、わかりません。だとすれば、潜在的な問題を発見し、問題提起できるのは、結局、自立支援者しかいません。自立支援の現場に携わる人たちだけが、貧困問題でもメンタル問題でもない、コミュニケーション問題ともまた違う、未だ見えていない問題を察知し、その存在を知らせることができると思います。

私の研究室に来ているオックスフォード大学の留学生と話をしたとき、日本の自立支援の現状を見て回ったなかで一番象徴的な言葉は何かを尋ねました。「グレーゾーン」と答えました。心の病が理由ではないと言われながらも、実際には、就業支援以前の段階で立ちどまっている人たちがいる。その人たちは障害者手帳を持っているかというと、持っていない。病気だとも健康だとも断定できない人たち、明確に分類できない「グレーゾーン」にいる人たちが沢山います。「グレーゾーン」のなかにある本当の問題は何かを、これからも考え続けるべきと思います。

雇用対策だけでは限界、でも家庭や福祉に切り込むのは難しい

この3~5年、政府は、若者自立・挑戦プランに省庁をこえて取り組んできました。一番積極的だったのは、厚生労働省でしょう。多くの政策は雇用関係の予算から出ていますから、正確に言うと厚生労働省の旧労働政策の部門です。今のニート対策が雇用対策だけで成り立っているのはおかしいという批判はその通りです。まだ不十分とは思います。ただ、ではどうやって福祉の分野にまで広げていくのか。議論は簡単ではないです。

グレーゾーンにいる人たちすべてを福祉の対象として支援していくことは、国民総背番号制の導入と同じように、大きな決断を必要とします。財政負担を覚悟したうえで、支援の対象を広げるかどうかという問題になります。消費税は 10%を上回り、北欧先進国並みになるかもしれません。そうしたことを避けずに議論することが、自立支援を考えていく上で責任ある態度です。一方、グレーゾーンの人たちすべてを対象外にすれば、切り捨てとの批判を受けることになります。

すべての政策には一長一短がありますが、重要なことは、雇用政策だけでもいい、まずはお金をつけることです。かりに予算が削減されていったとしても、とにかく雇用政策だけは途切れないことが大事と思います。経済関係のキャリア官僚の中には、「若者問題って、もう終わりましたよね」と言う人がいました。まだ終わっていない。その現実をどう理解してもらうのか。現実問題として非常に大きな課題です。

5年, 10年を見据えて一番大切なのは支援者が「生き残る」こと

若年失業問題を議論するとき、若者の意識の側面を強調するのはよくないと考えていたことを話しました。誰かの意識のせいにするのではなく、社会のシステムや経済の構造を疑え、と。しかし今は、意識の問題がどうかという議論以前に、まずは政策に向けた金銭を含むサポートが、何より肝心だと実感します。自立支援ための予算をできる限り確保し続けること、そのために世論にどう訴えかけるかということです。厳しい財政事情のなか、自立支援のための政府や自治体の予算を確保するのは、相当、難しい時代に入ってくるのは、まちがいありません。

だからこそ、5年後、 10年後に、自立支援にかかわっている人たちが生き残っていくことが大事であるという点を強調したいと思います。これまで、バカの一つおぼえのように、「若者支援も大事だけど、若者を支援する若者を支援するほうがもっと大事」と何度も言ってきました。国が 100人のニートを支援するより、ニートを一生懸命支援する 10人の若者を支援するほうがずっと効果的なんだ、と。

ある政府の有識者専門会議の議事録のなかに、「ニートが減っていないのは、国のニート対策が効果を発揮していないからだ」という驚くべき発言がありました。確かにニートの数はそれほど減っていません。その事実だけを見れば、政策は無効であるように映ります。ただ、もし自立支援の方々がここまで一生懸命努力してこなければ、もっと増えていたかもしれない。そういう想像力も、政策関係者には、たくましくしてほしい。

減少こそしていないけど、急増もしていないことの効果を計ることは難しいです。だからこそ、深刻な事態に陥らないと、その必要性が認めらないという苦しい状況のなかで、支援する方々が生き残っていくことが大事なのです。

「地域に溶け込む」「他の支援者と知り合いになる」「ビジネスと割り切る」

では、どうやって生き残っていくのか。ヒントは三つあります。

まず、地域と密着していかないと成り立っていかないということです。活動当初は、「何の活動をしているんだ」と訝しがられた。けれど、最近「なるほど。こうした活動をされているんですね。新聞で拝見しました」などと言われて、活動しやすくなったという話を聞いたことがあります。ある団体の方は、 10のエネルギーのうち6か7は地域活動に割いていると言っていました。地域に密着しないと根無し草になってしまいます。今まで以上に、地域にどう密着していくのか、溶け込んでいくのかということが課題だと思います。

二点目は、他の支援者と知り合いになることです。NPOは今、大きな世代交代の時期を迎えています。 1980年代頃から活動していた人たちが 60歳前後になり、新しい世代に役職を譲る時期に差しかかっています。その経験をどうつないでいくのか。またNPOの間でも経験やノウハウを教えたり、悩みを共有できる機会を広げていくことも必要です。もっと知り合いになる、横のつながりをつくって連携する、何かあったら相談に乗りあえる体制を築いていく。そんなことが求められています。

三点目は、自立支援をビジネスとして軌道に乗せることです。国の自立支援策は種まきにしか過ぎません。国にもいつまでも予算が十分あるわけではありませんから、自立支援の活動がビジネスとして成長していかないと、この先厳しい状況に置かれると思います。今は若者支援が中心になっていますが、ウエートを若者だけでなく、少しずつ上の世代の自立困難者へ広げていくのが社会の流れになっていくでしょう。

今、自立支援の対象はおおむね 35歳までですが、5年後、 10年後には、 45歳から 50歳くらいになっているかもしれません。現在、孤独という問題は、引きこもりなど若者問題として考えられていますが、孤独死なども含め、状況によっては中高年のほうがより深刻ともいえます。将来、中高年の自立支援の問題にオファーがあったときに手を挙げられるよう、今のうちから経験とノウハウを蓄積しておくことが大事だと思います。

これからは、公的な支援活動や自立支援者への寄附金の優遇税制について本格的に議論されるようになるでしょう。 10年以内に実現するかどうかはわかりません。が、今後の税制改革の議論における寄附税制のあり方は、ビジネスとして展開していく上で大きな流れをつくる重要なポイントとして注視していくべきでしょう。

支援事業をビジネスとして割り切る話の中で印象に残っていることがあります。ある若い自立支援者が、尊敬する支援者の先輩から、「自立支援で大事なことは、いいことをしていると思わないこと」といわれたそうです。いいことをしていると思って支援されている人は、どう思うだろうか、と言いたかったのかもしれません。いいことしていると思いすぎると、うまくいかなくなったとき、「こんなにやっているのに、どうして?」と、かえってポキンと折れやすいのかもしれません。そこには、いろいろ大切な意味が込められていると思います。

10年後に少数派になる若者にはチャンスとリスクが

10年後、間違いなく言えることは、若者は社会で少数派になるということです。数が少ないと、若いというだけで就業のチャンスが増える一方、マイノリティになって支援の手が届かなくなるリスクもあります。支援事業がビジネスとして成立するために難しい状況も予想されます。

しかし、自立支援にかかわる人が、お互いに連携し、地域に根ざした活動を地道に続けていけば、必ず生き残っていけると、私は信じています。若年自立支援には、彼らを支援する人が生き残っていくことが一番大切であることを改めて申し上げ、5年後、 10年後、こうした会で皆さんに再びお目にかかれることを願っています。

プロフィール

げんだ・ゆうじ/東京大学社会科学研究所教授

1964年生まれ。経済学博士。東京大学大学院経済学研究科を経て、ハーバード大学客員研究員、オックスフォード大学客員研究員、学習院大学経済学部教授などを歴任。現在は東京大学社会科学研究所教授。専門は労働経済学。著書に『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』(共著、幻冬舎、 2004年)『仕事のなかの曖昧な不安~揺れる若年の現在』(中央公論新社、 2001年、サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞)『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社、 2004年労働関係図書優秀賞、エコノミスト賞)など多数。

<若者の人間力を高めるための国民会議=若者の職業意識形成支援に関するアピール文>仕事と向き合う若者を、みんなで支えよう
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