研究報告1 AIと共に働くための学び直しとは?

①「AIと働き方」に関する研究の大きな流れ

最初に注目を集めたのは2013年のFrey and Osborneの発表

AIや機械学習などの技術革新が雇用に与える影響は、仕事がコンピュータによって自動化される可能性がどれぐらいあるかという数値が、2013年にFrey and Osborneによって発表された時です。2030年頃までに、47%の職業が自動化の影響を受ける可能性が高いとセンセーショナルな数値を発表しました。また、2015年に同様の計算手法で日本のデータを推計した野村総合研究所の発表でも、49%の職業が影響を受けやすいとしています。

では、どのような仕事が影響を受けるのか。シート1の左側が影響を受けやすい職業の上位10職業で、右側が影響を受けにくい上位10職業です。大ざっぱに言うと、ブルーカラー職を中心に影響を受けるとの見解を発表しています。

これらの数字については、その後さまざまな研究が行われ、多く見積もられたのではないかという批判が巻き起こりました。批判の大きなポイントは、職業ベースで計算しているという点です。職業ベースというのは、同じ仕事であれば、自動化確率は同じという前提に立っています。当然ではありますが、たとえ同じ仕事であっても、1年目の人とベテランでは仕事の細かな中身は違います。そのあたりが反映されていないという点が批判されました。

計算し直すと、置き換わる可能性が高い仕事はせいぜい1割

その点を反映すると数字がどう変わるかを、OECD(経済開発協力機構)などが研究しました。仕事を構成するさまざまな作業はタスクと呼ばれますが、このタスクベースで計算し直すと、自動化によって置き換わる可能性が高い仕事というのはせいぜい1割前後だろうと算出されました。

日本のデータで私自身がOECDの研究と同様の計算をした結果がシート2の右側のグラフになります。横軸が自動化の確率で、縦軸が労働者の比率を示しています。Frey and OsborneやOECDの研究では、自動化のリスクが高いというのは、自動化確率が70%以上であることを指していましたので、それに基づくと、日本でも高リスクなのはせいぜい労働市場全体の10%という計算になりました。ただし、ブルーカラーの仕事を中心に影響を受けるという見解は変わっていません。

② 生成AIが働き方に与える影響

このような議論が続いたなかで、生成AIが現れました。GPTs are GPTsEloundou et al.2023)という論文では、生成AIを用いることで、50%以上の時間を短縮できる仕事かどうかを計算しました。

主な結果は2点あり、1つは、労働市場全体の8割の労働者は、仕事の中の1割のタスクが影響を受け、2割の労働者は、タスクの5割が影響を受けるという内容でした。2つ目が、Frey and Osborneなどの研究と反対に、ホワイトカラー職を中心に影響を受けやすいという見解でした(シート3)。

ただ、これはFrey and Osborneの見解を否定するものではなく、ブルーカラー職が影響を受けやすいことに加えて、ホワイトカラー職も生成AIによって影響を受けやすくなったと理解するのが正しいと考えます。

2010年以降の欧米の研究で、AIが雇用を減らすことを実証した研究はない

では本当に雇用は奪われるのでしょうか。実は、これまでの研究は、オートメーションや生成AIによって影響を受けやすいかどうかを計算した結果であり、それが必ずしも雇用を奪うということに直結するわけではありません。OECDの研究が、それを示しています。実は、2010年以降の欧米の研究のなかで、AIが労働市場全体の雇用や賃金を減らすことを実証した研究はありません。

プラス面を示した研究は一部あります。例えば高いソフトウェア技術を要する職業などでは、人間がより付加価値の高い仕事に特化することによって賃金が上昇したという見解が得られています。

日本の場合、雇用は欧米以上に守られるのではないか

日本の場合はどうでしょうか。研究蓄積はありませんが、私自身の予測としては、日本の場合、雇用は欧米以上に守られるのではないかと考えています。なぜなら、雇用や解雇などは、外的な要因に大きく左右されるからです。外的要因とは、雇用制度や雇用慣行です。日本の雇用慣行の特徴は、メンバーシップ型雇用と呼ばれるもので、正社員の雇用を守るための厳しい解雇規制があります。仮に不況になった場合、欧米のようなジョブ型では雇用の調整で不況に対応しますが、メンバーシップ型では正社員の労働時間削減や賃金・ボーナスのカット、採用抑制などでなるべく雇用を守ります。

この点をふまえると、技術革新が雇用に影響を与えるという因果関係ではなく、雇用を守るかどうかの決定が先にあって、技術を導入するかどうかを判断する、あるいは両者を同時に考えるという解釈が現実的です。もう1つの理由は、AI技術を導入するうえでのコストです。雇用調整に関わるコストや新たな技術を導入した場合にかかるコストを総合的に勘案したうえで決定すると考えられます。

生成AIを利用したほうが所要時間が短く、質も高いと評価

次に、生成AIは雇用を代替するのか、補完するのかという点に着目します。さまざまな研究がありますが、現在のところは、雇用を補完するという見方がやや強いです(シート4)。表にあるそれぞれの研究について説明します。

まず、Noy and Zhang(2023)です。これは、コンサルタントなど444人の大卒専門職を対象に分析しています。444人を2つのグループに分けて、課題を2回実施し、2回目の課題の前に異なる講習を行いました。グループ1には、生成AIであるChatGPTを講習し、使用させました。グループ2には、LaTexという文書作成ソフトの講習を行い、使用させました。そして、文書作成にかかった所要時間とアウトプットの質で生産性を測りました。

その結果について、シート5の左側の図からみていきます。文書を作成する所要時間は、1回目ではグループ1もグループ2も変わらなかったのですが、2回目の課題になると、大きく差が表れ、10分程度の差が出ました。右側の図は、アウトプットの質を示しています。1回目は、同じような水準だったのですが、課題の2回目は、生成AIを使ったグループ1のほうが高く評価されるという結果が表れました。

チャットの返答で活用すると解決数が増加

2つ目の研究、Brynjolfsson et al.(2023)は、アメリカのソフトウェア企業のカスタマーサービス職、5,000人余りを数カ月にわたって調査し、延べ約300万のチャットを分析しました。

この企業の仕事は、顧客からの質問を受けて、オンライン上のチャットで返答するというものです。以前は直接返答をしていましたが、AIの導入後はAIを使用しながら返答しています。具体的には、顧客からの質問をAIに入力し、解決のヒントになる情報を複数挙げてもらいます。それを人が判断をして、顧客に返答します。

対象者をグループ1~3に分けました。グループ1はAIをずっと利用しているグループ、グループ2は業務の途中から利用しているグループ、グループ3はAIを利用しないグループです。時間あたりの解決数、平均処理時間、1時間あたりのチャット数で生産性を測りました。

グループ1とグループ3を比較した結果が、シート6になります。この調査でも、生成AIを使ったグループのほうが、解決数が多く、処理時間が短く、チャット数が多いという結果となりました。加えて、この研究の面白いところは、AI利用によってもともとのスキルレベルからどれぐらい改善されたかを調べている点です。左側のグラフでは、横軸は従業員のもともとのスキルレベル、縦軸は時間あたりの解決数の改善度を表しています。これをみると、スキルレベルが低かった人ほど、AIを使うことによって業務改善度がより高く向上したことがわかります。

また、右側のグラフでは、横軸は就業継続期間、縦軸は時間あたりの解決数を表しています。グループ1の2カ月目は、グループ3の6カ月辺りの人と同じ解決数に相当します。AIを利用していない場合、6カ月勤務することで蓄積される技能レベルに、AIを利用することによって2カ月で到達していることを示しています。

複雑なタスクを与えると正確さはAIを利用したグループが劣る結果に

3つ目の研究、Dell’Acqua et al.(2023)は、経営コンサルタント758人を3つのグループに分けて、普段の業務に近いタスクの生産性を比較しました(シート7)。グループ1はAIのみ利用、グループ2はAIを利用し、かつプロンプトのサポートを提供しました。AIは、入力文を工夫して入れる必要があるため、それをサポートします。グループ3はAIを利用しませんでした。タスク数、要した時間、アウトプットの質で生産性を測っています。

結果は、これまでの研究と同様に、AIを利用したグループのほうが生産性が高く、スキルレベルが低い人ほどAIを利用することによって業務改善度が高くなりました。興味深い発見は、複雑なタスクを与えてみたときの結果です。複雑なタスクとは、数値解析だけではなく、インタビュー調査や質的な情報を加味することによって、正しい解決策が導かれるようなタスクです。

そのようなタスクを与えると、AIを利用したグループの正確さは、利用していないグループよりも19%劣っていたという結果が得られました。つまり、現時点では、正確性は人のほうがやや秀でているということを示唆しています。ただし、所要時間は、AIを利用したグループ1が最も短く、AIを利用していないグループ3が最も長いという結果も同時に得られています。

プログラマーでも生成AIの効果が非常に高いという結果

4つ目、5つ目の研究はシート8のとおりです。研究4(Peng et al. 2023)は、プログラマーを対象にしています。プログラマーも生成AIの導入が進んでおり、AIの効果が非常に高いという結果が得られています。AI使用グループは、未使用グループに比べて、平均で55.8%早く作業を完了しています。

研究5(Hui et al. 2023)は、オンラインプラットフォームのフリーランサー約9万人を対象としています。この研究のみ、雇用への影響を確かめています。ChatGPTが登場する前後の仕事のオファーの数と収入の違いを分析しました。その結果、ChatGPT登場後は文章作成関連の仕事のオファー数が2%減少し、収入は5.2%減少したという結果が得られました。ほかの分野でも同様の結果でした。

さらに、これらのマイナス効果は、過去の業績やスキルにかかわらず、同じようにみられました。つまり、ベテランのフリーランサーも、オファーの数や収入が減少していました。この研究は、生成AIが雇用にマイナスの影響をもたらすのではないかということを示しています。

ただし、注意が必要なのは、対象がフリーランサーということです。彼らはAIが登場する前から、非常に雇用が不安定でしたので、このような結果が得られた可能性はあります。

世界全体でも技術革新のスピードに政策が追いついていない

では、働き方などに対するAIの影響から人々を守るために、どのような政策対応が採られているのでしょうか。これに関しては、技術革新のスピードが速いために、制度・政策がなかなか追いついていないというのが世界全体の現状です。研究開発の助成金、税制優遇などは、世界中で行われています。

規制を強化する取り組みもあります。ヨーロッパのGeneral Data Protection Regulation(GDPR)は、個人情報保護について「使用者がどのような従業員のデータを保有しているかを知る権利を従業員に与えることによって、データ保護を厳格に取り決め」ています。さらに、産業特殊的な規制もあります。例えば、アメリカの航空業界では、飛行機の組み立てなど安全に関わる分野には規制をかけています。

そして倫理的なガイドラインの作成や不当解雇防止のための労働法の改正などが各国で要望されています。こういった技術革新に追いつくために人材育成を支援するという動きもあります。

③ AIとともに働くために必要な力は何か?

必要なのはコミュニケーション能力や出力を読み解く力など

最後に、「AIと共に働くために必要な力は何か?」について私の考えを述べます。あくまで、現時点での私個人の考えです。

1つ目は、AIと対話するためのコミュニケーション能力です。現状、AIは文を入力しても必ずしもイメージするような答えが即座に返ってくるとは限りません。そのため、入力文の工夫が必要で、これを身に付けるためには、実際に使ってみることが重要だと考えています。

2つ目は、AIの出力を読み解く力です。AIは間違った情報を提示してくることがあります(ハルシネーション)。何が正確な情報か見極める能力は、今後も重要視されると考えています。学校教育や仕事の中の地道な学習によって、出力を読み解く力やクリティカルシンキングを身に付ける重要性は、現在と変わらないのではないかと考えています。

3つ目は、AIと共存するという意識です。AIはスキル格差を縮めるという研究結果を、私たちは受け止める必要があります。そのうえで、現時点のスキルレベルにかかわらず、AIに何が任せられるか、人間はどういった付加価値を生み出せるかということを常に考えていく必要があります。これがAIと共存して働くうえで不可欠な意識だと考えています。

プロフィール

森山 智彦(もりやま・ともひこ)

労働政策研究・研修機構 研究員

同志社大学大学院社会学研究科産業関係学専攻博士課程修了。同志社大学助教、下関市立大学特任教員を経て、2019年JILPT入職。専門は労働社会学。現在の研究関心は、技術革新が働き方に及ぼす影響、高齢者の雇用・就業、非正規雇用など。本報告に関連する研究成果として、『自動化技術の普及による雇用の代替可能性に関する個人調査』(JILPT調査シリーズNo.225、2022年)。

(2024年6月25日 掲載)

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