コメント聞き取り調査から浮かび上がる今日的課題「職場の再構築」

講演者
荻野 登
労働政策研究・研修機構 リサーチフェロー
フォーラム名
第124回労働政策フォーラム「日本の人事制度・賃金制度「改革」」(2023年2月6日-9日)

梅崎先生、青木先生の記念講演と当機構のJILPTの聞き取り調査を一部交えて、そこから浮かび上がる今日的課題として「職場の再構築」をキーワードに取り上げ、少しコメントしたいと思います。

小池先生を超える仮説検証型ではないアプローチ

労働関係図書優秀賞の第1回目は1978年度で、受賞作品は故小池和男先生の『職場の労働組合と参加』でした。両先生とも、小池先生の労働調査研究(主として聞き取り調査)の方法を出発点とし、「知的熟練論」という分析概念の革新性を高く評価されています。その一方で、梅崎先生は、この知的熟練論に対し「改善活動を説明できない」、青木先生も「技能が経営管理の体系と十分に管理づけられていない」ということを指摘されていて、両著作は小池先生を超えようとするアプローチ、さらには仮説検証型ではないアプローチで共通していると言えると思います。これは歴史の偶然なのか必然なのか、この両先生の著作が同時受賞したというのは、労働調査研究の原点回帰とも言える気がします。

「職場とその集団」に着目

小池先生の著作を含め、3著作に共通している点は、「職場とその集団」に着目しているところです。まず、青木先生は「職場労働者集団」を労使関係の主体と位置付けています。梅崎先生は「職場の構想力」に着目していますが、小池先生を超えるために「工程設計力」というところに注目している点が独創的だと思います。そのうえで、小池先生の著作をもう一度振り返ってみると、「職場の配置」という点で労働組合はほとんど発言していなくて、それを決めるのは「班長」「上長」です。一方、職場委員、組合の職場委員こそ「労働組合の草の根」であり、職場の苦情を吸い上げ管理者と折衝するということが中心になっています。

揺らいできたわが国の労使関係基盤

小池先生の本は、1977年当時、わが国の労使関係は最も先進的で、国際的にみても先進的だと指摘しています。小池理論は、いわゆる80年代のジャパン・アズ・ナンバーワンの時代の日本的経営の支柱である労使関係を論じるに当たってのバックボーンだったと言えます。しかし、1990年に入り、日本的経営の賞賛論は後退していきます。また、集団的労働関係紛争も減り、90年あたりからは個別労働関係紛争が増加していく状況になってきます。2000年代に入ってからの当機構の調査をみると、従業員が不満を抱えた場合に利用する仕組みや相談先がどこかを聞いたところ、トップに「先輩職員・同僚への相談」があり、次に「面談、自己申告など不満を伝える機会」で、それから「管理職への相談」が続きます。その後は、「社外の機関や専門家への相談(カウンセラー、弁護士等)」で、「自社の労働組合への相談」はそれより少なくなっています。やはりここは、小池先生らが指摘していた労使関係の基盤が揺らいできた時代ではないかと思います。一番大きいのは労働組合組織率の低下で、運営を支える人材も足りなくなってきましたし、労使協議会・経営協議会も少し形式化してきました。さらにいうと、バブル崩壊以降は採用人数が削減され、労務構成が歪んできた。いわゆる逆ピラミッド型になってきたことも大きかったと思います。

また、人員削減による職場の繁忙化に伴い、先生方の調査でも注目されているミドルキャリアへの負担感が増していったことも言えると思います。人事管理面でも個別化が進む一方で非正規雇用も増大。職場領域では主流派・反主流派の拮抗力が消失していったことも、大きな背景としてあったのかなと思います。

変化しようとしている仕事と職場

こういう状況を踏まえ、仕事と職場の変化について「今」に視点を合わせる形で当機構が実施しているOECD(経済協力開発機構)との国際共同研究「AI技術の活用が職場に与える影響」調査から少し例を挙げて紹介したいと思います(シート)。

詳細は当機構のホームページに掲載している報告を見て欲しいのですが、この調査で共通して明らかになったことは、AIの開発・技術導入をめぐっては労働組合の有無にかかわらず労使協議がなされていないことが特徴として浮かび上がりました。また、AIの導入によって従業員の賃金への影響もなく、青木先生が指摘されたフィードバックについては、今のところは反映されていないと思います。

仕事の変化で新たな結合が

ただし、仕事の変化に着目すると新たな結合は生まれています。梅崎先生が指摘された工程設計者が、同調査ではシステム設計者にあたると思いますが、この設計者は技術系に限定されない社内担当者のほか、外部労働市場から採用された転職者などは高度のIT技術者がいたり、外部のITベンダーとの協力もあってシステム設計を行っています。AIは設計だけでなく、そこのAIの機能を高めていく役割も必要ですが、その役割を担いAIを育てているのは、派遣労働者や代理店の社員など正社員以外の人もいます。つまり、仕事の流れとして、今まで仕事のなかにあった暗黙知を、AIを通じて形式知にしていき、効率化・自動化を進めるわけですが、それに関与する人材が多様になっています。これは従来とは異なる仕事の流れ・工程ではないかと思います。

職場配置の再構築も

職場の変化を見ても、AIによる社内人材のマッチングを試みている事例がありました。コロナを契機に、テレワーク・リモートワークの拡大に象徴されるように「職場の配置」の再構築が現実に進んでいることかと思います。それに伴う事務スペースの再編や転勤のあり方自体の見直しなども起こっています。

「新たな結合」という意味では、フリーランスや副業・兼業も関係してきます。新しい結合に参加している人たちが、実は他社の正社員かもしれないというような新しい関係も生まれてくるかと思います。

自社の成長に向けた人事・賃金制度改革の方向性は

企業の成長のためには「経営戦略」と「人事戦略」の融合が必要だと言われており、「人的資本経営」にも通じるところですが、青木先生のお話を聞いて、ある意味、もう過去に実現していたことなのかなとも思いました。

一方、梅崎先生が著作のなかで提起されている、日本企業が作ってきた合意システムを捨てて新しいシステムを本当につくることができるのかという点については、企業が自社の成長に向けて、どのように人事・賃金制度の改革に取り組もうとしているのかも含め、ウォッチしていきたいと思います。

プロフィール

荻野 登(おぎの・のぼる)

労働政策研究・研修機構 リサーチフェロー

1982年日本労働協会入職、在米デトロイト日本国総領事館勤務(1994~1997年)、「週刊労働ニュース」編集長などを経て、2003年独立行政法人労働政策研究・研修機構発足とともに調査部主任調査員(月刊「ビジネス・レーバー・トレンド」編集長)、調査・解析部次長、調査部長、主席統括調査員、労働政策研究所副所長を経て、2019年4月より現職。主な著書に『平成期の労働運動-主要労働団体の動向を中心に』(日本生産性本部生産性労働情報センター、2021年)、『65歳定年に向けた人事処遇制度の見直し実務』共著(労務行政研究所、2019年)、「企業業績と賃金決定──賞与・一時金の変遷を中心に(PDF:889KB)」(『日本労働研究雑誌』第723号、2020年)などがある。

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