パネルディスカッション

キャリアとキャリア支援のここ数年の変化をどう考えるか

下村 本日のテーマである「これからの働く人のキャリアとその支援」についてどう考えていくべきなのか、シンポジストの皆様にうかがいます。まず、働く人のこれからのキャリアとその支援について、特にここ数年の変化を、どのようにお考えになりますか。

何をして欲しいか、何ができるか、を掘り下げて伝えていくことが必要

田口 社員に何をして欲しいか、Mustの部分を組織側がしっかり伝えていく必要があると思っています。また、Can、できることを整理できていない、あるいは中途半端なスキルだったりするなかで、Will、何をしたいかだけがWillではないというところを、きちんと掘り下げて聞いていくことも大事なのではないか。これを組織側と個人側、両方に伝えていくことが必要だと考えています。

小山 今後、日本の労働力人口が減少するなかで、海外の人たちや多様な人材といかに一緒に働いていくか、そういう組織づくりは避けて通れないと考えています。多様なバックグラウンドの人たちとチームで仕事に取り組んでいく、そういう組織づくりが重要になると思っており、そのためにキャリアコンサルタントが担っている役割は非常に大きいと感じています。個別のキャリア面談の中で見えてくる組織的な課題について、具体的な環境への働きかけが求められるようになってきていると思います。

大泉 正直なところ、ここ最近の変化自体をあまり感じにくい状況です。コロナ禍だから変わったことがあるかと言われると、キャリア系支援の中ではまだ実感として感じられない。1つ言えるのは、DX、デジタルを扱うか扱わないかで、情報量の格差はとても大きくなってきていると思います。都会と地方だけではなく、人それぞれという話にもなるのですが、やはり地方ではまだまだ変化を感じにくいです。

キャリアの多様化に伴い、価値観と役割のバランスが求められる

古田 私が見えている範囲でのここ数年の最近の変化を3点あげたいと思います。1点目が、技術革新とコロナ禍によるリモートワークの急激な浸透。2点目が、生涯を通じ、複数の職業を持つ時代への転換期に入りつつあるということ。3点目が、自律的キャリアがいよいよわれわれの意識に浸透してきて、社会的弱者の生きづらさが見えるようになってきたと感じられることです。

これからのキャリアについてですが、リモートワークにしても、副業(複業)時代にしても、全員がそうなるわけではないので、差が広がり、多様化していくのだと思います。そうなったときにより難しくなるのは、個人の持つ価値観と、その時々で求められる役割のバランスのとり方でしょうか。

マクロな視点では、福祉的支援と、それに関する教育の充実が必要になってくると思います。ミクロな視点では、丁寧な対話を通じた「ここにいる意味」の創出。キャリアコンサルタントの専門性というのは、まさにここにあるのではと思っていて、今後ますます相談者の意味創出を支援する技能、スキルが求められていくと感じています。

下村 キャリア支援、上司への相談で、上司や管理職が相談にのるという点では、田口さんはどう考えますか。

田口 上司側の姿勢は本当に重要だと思っています。ただ、上司がキャリアコンサルティングできるのかというと限界がありますので、上司とキャリコンで役割分担をしています。上司向けのセミナーや研修でいろいろなフィードバックをしていますので、上司側にも知識や接し方といった武器を学んでほしいと思います。

キャリアコンサルティングで変わらないもの、変わるもの

下村 次に、これからのキャリアコンサルティングはどうあるべきか、それは従来と何が異なっているのか、もしくは何が変わらないのかといったことをお尋ねしたいと思います。

上司の役割や相談方法は変わっても、支援構造は変わらない

古田 キャリアコンサルティングにおいては、相手、時間、コミュニケーション媒体の多様化に伴い、上司の役割をもう一度見直す必要があるのではないかと考えています。また、さまざまな方法でキャリア相談が行われていくと思います。今後は、人間以外のAIもキャリアコンサルティングの相手資源になり得ます。

変わらないのは、キャリア相談の支援構造です。ベースにある共感・受容、その上にある、文脈や問題に応じた各種技法という支援の構造は、変わらない。

一方で、キャリアコンサルタントのあるべき姿ということで変わるのは、専門性の確立でしょうか。自分の専門性はどこにあるのか、どのような技法の専門家なのか、明確にすることが求められてくると考えています。変わらないのは、専門性と倫理性を追求する姿勢。キャリアコンサルタントの使命は、相談者のキャリア形成上の問題・課題の解決とキャリアの発達を支援し、組織や社会の発展に寄与することで、この使命は変わらないと考えます。

大泉 地方はなかなか変わらないとお話ししましたが、地方でも先進的な取り組みをする人や、自律的キャリアを考えている人も当然いるわけで、今すぐではないにしても、将来的にキャリア自体が多様化していくと思います。

支援対象が広がっていますが、多様な人たちに対応していくとなると、一時代前とは違う価値観、変化に対して、本人なりのやりがいを見出せるような形で支援していくことが、キャリアコンサルタントには求められてくると思います。

若い世代とのギャップを埋めつつ、この時代におけるキャリア形成ができるキャリアコンサルティングが望ましいのではと考えています。

重要になってくるコラボレーションやリファー

小山 当面、キャリアコンサルティングの諸理論は大きく変わらずに、引き続き有効だろうと思っています。むしろ重要なのは、実はその諸理論のなかにはキャリアコンサルティングの実践の場面で十分に活用されてこなかったものもあるということだと感じています。例えば、「環境への働きかけ」は、倫理綱領にもあるわけですが、どこまで実践できているか、課題も多い。

また、私たちキャリアコンサルタントには、得意なテーマや対象層がある。一方で、クライアントには多様なバックグラウンドや課題の人がいて、1人のキャリアコンサルタントが全員に対応するのは限界がある。そこで重要になるのは、コラボレーションやリファーなのだと思います。

いかに仲間のキャリアコンサルタントと連携し、企業内であれば人事やダイバーシティー担当者等、メンタルヘルスなら臨床心理士等の専門職や関係者と連携していくか。これからは、より質の高い支援のために、こういった幅のある対応がますます重要になってくると考えています。

下村 示唆に富んだご指摘をいただきました。環境への働きかけと個別の相談、集団への働きかけと個人に対する働きかけ、また違った形で議論を考えていく必要があると思いました。田口さんはどんなふうにお考えですか。

田口 企業に関わる分野では、人事部・現場組織との連携が大きな鍵になってきます。そもそも組織側にキャリアコンサルタントの意義を理解してもらえるかという状況のなかで、例えば女性活躍や若手リテンションなど顕在化している課題で、キャリア相談に乗ってもらうのはいいことだ、組織側の課題とちゃんとマッチするんだ、と少しずつ納得してもらえると、悩んでいる人事部長や組織長などには響きやすいと思います。

キャリアコンサルタントに求められるもの

下村 企業内でも、キャリアコンサルティング、従来型の支援は継続していくわけですが、その組織内にどのように取り込んでいくのか、何らかの工夫が必要ですね。

ではさらに進んで、キャリアコンサルタントはどういう専門性を持っているべきなのか。キャリアコンサルタントの現状のスキル、知識、それで十分なのか、もし足りないとすれば、さらにどういったようなものが求められていくのか。どのようにお考えでしょうか。

会社自体がどう変わろうとしているかをしっかり把握する

田口 私の立場だと、あくまで企業内の話になりますが、やはりその組織、その会社自体がどう変わろうとしているのか、しっかり把握していく必要があると思います。この会社が社員に求めているものは何かを汲み取り、知識とはまた別の概念的なところ、どんな変化を迎え、どういうふうに社員と接していくのか。実際にそこでどんな課題が生まれているのかをつかみ取る力、社員の文化や企業文化、企業における特性をつかむ力。そういった感度を高めていく必要があると個人的に思っています。

下村 幅広く働き方や企業文化まで意識を高く持って、常にキャリアコンサルティングを考えられるようにアンテナを広げ、知識を蓄えておく必要がありますね。小山さんはいかがでしょうか。

小山 従来、日本企業におけるキャリア開発では、新卒一括採用によって毎年新しい若者を迎え入れ、長年にわたり組織の中で育成していくということを重視してきました。ただ、そうした従来型のキャリア開発の問題は、定年までの長期間にわたり転勤や残業などを含む働き方を受け入れられる状況の社員のみを対象としており、そこから外れる人たちのキャリア支援になかなか手が回っていなかったことです。

これからは、まさに社会全体で多様な人材の活躍を実現することが求められており、どのようにキャリア開発や職業能力開発を支援していくのかということが重要になります。私たちキャリアコンサルタントは、こうしたマクロの視点もふまえて、目の前の一人ひとりのクライアントのエンパワーメントにつなげていくことが大切だと感じています。

下村 マクロな視点で問題意識もきちんと持って両面をにらんでいく重要性についてご指摘いただきました。大泉さん、いかがですか。

今いる現場や進出していきたい領域それぞれを深めていくことが大事

大泉 すべてを網羅することは無理なので、それぞれのキャリアコンサルタントが今いる現場や、進出していきたい領域、それぞれの領域を深めていくことは大事だと思っています。

特に最近はキャリアコンサルタントの活動領域も広がっており、例えば、生活困窮者の支援では福祉の知識が、小山先生のような外国人の支援では在留資格の知識が必要です。それぞれの現場やクライアントの属性によって求められる専門知識が深く広くなっています。eラーニングなどで広く情報収集も怠らず、それぞれの専門性も深めていく必要があると思っています。

古田 キャリアコンサルタントの今現在のスキルは十分なのかという点ですが、キャリアコンサルタントをする機会がなかなかない人の機会をどう増やしていくかが、大きな課題と考えています。やはり目の前にいる相談者が何に困っているのか、相談者と真摯に向き合い、試行錯誤で実践しながら内省し、そのうえでキャリアコンサルタントなりの、自分なりの価値観や哲学、そして技法を、見直し続けることが求められていると思います。

議論を終えて

下村 國分室長から、ここまでの議論なども受けて、お話しをいただければと思います。

國分 これからのキャリアコンサルティング、キャリアコンサルタントをどう考えていくのかについて、一人ひとりのキャリアコンサルタントがより学びを深めていき、クライアントに寄り添って支援をしていく。そして、組織なり環境に働きかけていくということが重要と考えています。

キャリアコンサルタント一人ひとりの専門性に加え、例えば他の資格もあわせ持つことで、他の領域ともつながり、支援活動の場を広げていく、また、そういう研鑽とあわせて、ネットワークをうまくつなげて活動の領域を広げ、協働していくところが重要になると、あらためて思いました。

キャリアコンサルティング業界全体、あるいは専門家の皆様のネットワークで、これからのキャリアコンサルティングの有用性や認知度を高めていく必要があると考えています。

専門別に分ければ、キャリアコンサルティングの良さを半減させてしまう

下村 最後に、まとめのようなことを言わせていただくとすれば、キャリアコンサルティングは、極めて多種多様な分野、領域にわたるのが特徴だと認識しています。専門別のキャリアコンサルティング、キャリアコンサルタントをつくったらどうかという議論がありますが、私はそれではキャリアコンサルティングの良さを半減させてしまうと考えています。そもそもキャリアという概念が、職業や仕事だけでなく、生涯におけるさまざまな役割を一連のものとして指し示す考え方だからです。

企業にいるキャリアコンサルタントは、企業外のことにも問題関心を持ち、学校領域で働くキャリアコンサルタントは、需給調整機関、地域や企業の状況にも関心を持つべきであると思います。自分が携わる領域以外のことについても広く関心を持ち、働く人のキャリア支援の全体像をつかみながら、支援を考えていかなければならないと思います。

本日はどうもありがとうございました。