パネルディスカッション

パネリスト
大倉 奈々、櫨山 義裕、黒澤 敏浩
コーディネーター
藤本 真
コメンテーター
中村 天江
フォーラム名
第121回労働政策フォーラム「転職と中途採用について考える─キャリア採用の取組を中心に」(2022年7月22日-26日)

藤本 第1部の3社の事例報告を受けて、今日のパネルディスカッションのコメンテーターとして、連合総研主幹研究員の中村天江さんから論点提起をしていただきます。

中村 リクルートワークス研究所で労働市場について研究していて、2021年10月に連合総研に転職しました。パネルディスカッションにあたり、2つ、データを紹介します。

中途採用は、日本的雇用システムの外側にあるので、人的資源管理の教科書などではあまり言及されてきませんでした。ですが、高年収の転職や、年齢の壁を越えた転職が増えてきて、日本でも労働移動が円滑化しつつある一方、まだまだ発展途上にあります。

日本の転職には2つの大きな特徴がある

シート1は国際比較のデータで、各国の大卒30代、40代の転職について分析したものです。日本の転職には大きな2つの特徴があります。

1つは、日本は諸外国に比べ、転職によって賃金が増える人の割合が少ない。もう1つは、日本は転職で役職が上がらないことです。海外では「キャリアアップ転職」が広く見られ、転職により賃金が増えたり、役職が上がったりと上方移動できるのに対し、日本はそれが難しいのです。

このような日本の特殊性を前提に、企業はいかに優秀な人材を獲得するのか。シート2は、日本、フランス、アメリカで、「タレント」の採用に関して調査分析したものです。日本企業がエンジニアやマネジメント人材を採用するときに、採用力を上げるポイントが明らかになっています。

日本では、「通常よりも高い報酬の提示」や「特別なキャリアパス」が企業の採用力を高めます。もともとジョブ型雇用の浸透しているフランスやアメリカと違い、日本ではジョブ型採用・ジョブ型雇用が企業の採用力を高めるのです。

さまざまな変化の過渡期の今、まず議論したいのは、転職・中途採用の「日本の現在地がどこ」で、「目指す未来はどこ」なのか、という点です。

もう1つは、企業は、人材獲得や入社後、採用した人材に活躍してもらうために何ができるのかという点です。

藤本 日本の転職・中途採用の「現在地」と「未来」という、興味深い論点を提起していただきました。それらもふまえつつ、まず以下の3つの点を議論したいと思います。

1つ目は、「企業経営や企業戦略と中途採用を結びつけるうえで、留意している点は、どんなことだったのか」。今まで中途採用は、基本的には即戦力採用で、辞めた人を補充する意味合いが強かったと思います。いまはそれを超えた、さらに何か付加価値をつけるような形での中途採用を目指している企業が増えているように思いますので、企業経営や企業戦略における中途採用の位置づけがどのように変わってきているのか。黒澤さんにはマッチングを行う事業者の立場で、少し離れた視点から、どういう取り組みが見られるのかなどについてコメントをいただければと思います。

2番目は、「中途採用、タレント採用を実際に実施するなかで力を入れている点や工夫している点、あるいは苦心している点」についてお話しいただければと思います。

3番目は、「中途採用した方々の定着、戦力化に向けて力を入れていることや課題」です。採用時の取り組み、配属された部署に対する働きかけなど、工夫や課題をお話しいただければと思います。

論点1:企業戦略・企業経営と中途採用をどのように結びつけてきているか

外部からプロフェッショナルを採らないと、変化の激しい時代に間に合わない

櫨山 これまで数十年の経営戦略は、連続的なものであったと思います。基本的にプロフェッショナルは社内にいて、自分たちで採用して、技術やスキルを身につけて、会社の経営を担ってもらうという人材戦略でよかった。

ところが、現在は経営戦略が非連続的なものになっていて、今までやっていなかったことをやり、違う領域に出ていき、新しいソリューションを作っていかないといけない。しかし社内に専門家がいない。われわれがそのプロフェッショナルでもないなかで、一から育てていくのではとても時間がかかってしまう。

だから経営戦略上、重要な非連続的な分野においては、中途採用を活用して、外部からプロフェッショナルをとっていかないと、変化の激しい時代に、スピードで間に合わない。これが経営の視点ですね。

もう1つ人事的な視点からみると、人口構成の問題があります。55歳くらいのバブル入社世代に人口のピークがあり、その後、就職氷河期やリーマンショックで30代、40代が手薄になっています。これから10年間で、すごい勢いで人が入れ替わっていくなか、全てを新卒で補おうとすると、またいびつな年齢構成となる。しかも、中堅ミドルの実務を担って引っ張っていく人たちがいない。そこを埋めるという意味でも、中途採用を活用しなければならないと考えています。

現場から人材獲得の要望があったときに、柔軟な方法で中途採用する

大倉 経営戦略と中途採用を結びつけるという意味では、当社はコンパクトな組織なので、特に決まったフォーマットはありません。

中途採用、プロフェッショナル人材の確保に関しては、柔軟な採り方をしています。例えば、現場から「こういった人材が欲しい」と発案があった時に、社内公募がいいのか、外部から採ってくるのがいいのか、人事や経営層で活発にコミュニケーションをとって、ケースバイケースで迅速に意思決定し、採用を進めることができる状況があります。

ただ、人事側としては、適切な意思決定・タイミングで役職者や部門長、部署とコミュニケーションを取り、人事としてコントロールする、ということは留意しています。

藤本 黒澤さんには、マッチングを行う立場から、企業側の中途採用のニーズがきちんと企業戦略や企業経営と結びついているケース、結びついていないケースなどをご覧になったことがあるか、今までのご経験から教えてください。

中途採用で社内にないスキルを買う=時間を買う

黒澤 中途採用はやはり時間を買うというところがあります。より早いスピードで戦略を実現したいという際に、外から人を採ってくるということが、2010年代以降、特に加速してきたと感じています。

事業ポートフォリオの転換で、新しい事業に進出したり、DX関連など新しい職種が必要となったりしたときに、社内にないスキルや経験を買うという観点が大きなポイントになってくると思っています。特に、社内に教える人がいるかいないかということは、新しく重要なポイントです。

中途採用は、新卒採用に比べても、ミスマッチがあったときに対処が難しく、一定のリスクがある行為です。ですが、何のためにその人を中途で採用するのか、ということが明確であれば、活躍してもらうことは難しいことではないと感じています。

中途採用を成功させるためには、人事部門はもちろん、実際の働く現場や、経営者の意思の合致、協力体制といったものが、大きなポイントになってくると実感しています。

藤本 中村さん、これまでのコメントから、何かお感じになったことはありますか。

中村 事業戦略を取り巻く状況が変化しているので、人材獲得の手法が広がり、変わっているのは自然な変化だと思います。

アメリカの経験者採用に対しては、ジョブ型雇用で歯車のように人を入れ替えれば、即戦力で活躍するというイメージがあります。しかし、2000年代以降、アメリカでも優秀で実績のある人を採ったら自動的に成果が上がるということはないと、指摘されるようになっています。

優秀で実績のある人に活躍してもらうために、職場は何をするのか、本人はどう変わっていくのか。ミクロとマクロの間のメゾレベルの施策の重要性が、"Strategic Recruitment" や "Strategic Management"という研究領域では強調されるようになっています。日本でも企業の中で何をするのかに論点が移りつつあると感じます。

藤本 三井化学の櫨山さんに質問したいのですが、ここは中途採用で重点的に採用するというターゲットは、その都度決めているのですか。

櫨山 中途採用は各部門の職場で採っていくのが基本的な考え方ですので、現場のニーズに合わせて、です。通常の採用手法では難しい時には、いろいろな手法を組み合わせて採用活動をしています。

ヒアリングすると現場が考える解決方法と違う場合がある

藤本 湖池屋では、人事部門が中途採用をコントロールする部分がある、ということでした。どういう点をコントロールする際に留意しているのですか。

大倉 コントロールというか、マネジメントでしょうか。例えば現場で手を動かせる社員、非管理職の若手の第2新卒のような社員が欲しいという要望があった場合、本当に第2新卒の社員を求めているのか、あらためて該当部署や周辺部署にヒアリングします。すると、実は、即戦力となる社員を育てるマネジメント層が不足している場合があり、そうした現場からのニーズと違うところに課題解決のヒントがある、ということを人事から提案して、経営層とコミュニケーションを取ることがあります。

すでに新卒・中途比率は等しく、組織内アレルギーはない

藤本 三井化学の櫨山さんに再びうかがいますが、中途採用を積極的に進めるなかで、長期に御社で勤続している社員や経営層からの反発はありませんでしたか。

櫨山 2015、16年くらいから即戦力・中途の比率が増えて、今は1対1くらいです。当初はミスマッチも少しありましたが、中途比率がかなり増えてきて、そういうことが減ってきたと思います。

もともと、いろいろな会社がM&Aなどで合併してきた会社なので、モノカルチャーな組織風土ではなく、インクルージョンという文化に関しては、比較的組織として強みがあったのかなと思います。ミスマッチがないように採用してオンボーディングしていくことは引き続き課題だと思いますが、アレルギー反応みたいなものは、今はもうないです。

中途採用によって既存のベテラン社員が発奮し好循環も

藤本 湖池屋はいかがでしたか。

大倉 中途採用以前に、2017年に人事制度を改定し、年功序列的制度から脱却を図りました。当時、人事制度変更に対しての抵抗感はありました。ただ、それがベテラン社員の危機感につながり、そこにプラスしてタレント採用や中途採用の活発化が入ってきましたので、そこから発奮して、ベテラン社員のMVPの獲得や表彰なども目立つようになり、逆に良いサイクルに入っていったというのが現状です。

論点2:中途採用、タレント採用を実際に実施するなかで苦心している点、工夫したり対応に力を入れている点

藤本 次の論点ですが、中途採用にあたり、時間や金銭の制約があるなかで、とりわけ力を入れている、あるいは苦心している点をおうかがいしたいと思います。

エージェントやホームページ以外の採用ソースをいかに増やすかが課題

櫨山 中途採用に関しては2点あります、1つが採用ソースの多様化で、2つ目が採用ミスマッチの低減に関する取り組みです。

採用ソースの多様化について、人材エージェントや自社の採用ホームページ経由以外の採用ソースをいかに増やしていくかが大きな課題になっています。具体的な取り組みとしては、社員全員がリクルーターとなるリファラル採用制度や、スカウトに代表されるようなダイレクトリクルーティングといった、今までとは違う母集団、いわゆる転職潜在層にもアプローチできるような施策に取り組んでいます。

2点目のミスマッチの低減では、部門別採用のため、現場で普段、面接を行わない社員に面接官向けのトレーニングを行ったり、社内のミスマッチ・好事例を共有して採用の見極めのレベルを上げる取り組みをしています。

大倉 採用ソースの多様化は、当社も苦心しているところです。黒澤さんの前ではばかられる部分もあるのですが、当社では中途採用といっても本社採用であれば年間10人いれば多いほうで、人材紹介会社を通すにしても、なかなか多くの人を紹介してもらえない、と思う部分があります。

もう1つは、報酬ベースの低さです。狙いたい転職市場のターゲット層を、なかなか当社の既存社員に合わせた賃金規定のなかでは採りにくいので、そこをいかに柔軟に対応させていくかに苦戦しています。

また、当社のビジネスはBtoCのため、採用とならなかった場合にも、両者、気持ちよく終わりたいというのが正直あります。そこは中途採用に限らず、会社としてかなり留意している点です。

藤本 黒澤さん、マッチングを行う人材紹介会社として、力を入れていることなどお話しいただけますか。

とにかく重要なことは、力、お金、手間をかけること

黒澤 2000年頃は、「紹介会社って何それ」と、日本の大手企業の人事の皆様に言われ、かつ「中途採用は当社はやりません」と現在形でお断りされる状態だったのが、2020年頃になると、もうやっていることは前提で、その中身の話で紹介が出せるのか出せないのかという話を最初からいただくようになりました。紹介会社が既存の主な採用方法になっているのが非常に感慨深いです。

われわれも、取引先の企業から、リファラル採用や直接のスカウト採用を強化しているというのは、とてもよく聞きます。競合ではありますが、とにかく重要なことは採用に対して「力をかける」「お金をかける」「手間をかける」ということだと思っており、その手段が直接採用なのかエージェントを使うのか、その組み合わせなのか、ということだと考えています。

直接採用のために専任で何人も配置する会社もあり、重要なことだと思いますが、個人的には紹介会社のほうがリーズナブルな要素もあるのかなと思っています。紹介会社は、例えば、外資系で日本人は知らないけれども、本国では力を結構持っている会社や、今は知られていないけれども、これから伸びる新興の企業を紹介するところから始まっています。この本来のことがエージェント自身のリソース不足で発揮できていないというご指摘は、申し訳ないところだと思っています。

重要なポイントは、その採用に対して直接・間接にコストをかけるということ、人事・経営の判断として、それだけのリソース投入に合意していただく、という点だと考えています。

いずれの採用方法を取るにせよ、候補者とコミュニケーションを活発に取ることが大変重要で、そこには手間をかける。そして、コミュニケーションの中身になる会社の実態、既存社員の満足度も含めていい会社を作っていくということが、大きなポイントになってくると思っています。スピードも大切で、スピードにはお金もリソースもかかりません。採用する・採用しない、次の面接へ進む・進まない、を早く決める。こうしたことが成果を高めると感じています。

藤本 新卒で今の会社に就職し、ここ20年の転職市場や人材紹介業の変遷を見てきた黒澤さんらしいコメントでした。中村さん、皆さんのお話について感じられたことなどありましたらお願いします。

本気で獲得するには重点を定めることが重要

中村 職業紹介会社のリソースが足りないから、採用が十分できていないとうかがうと、やはりとても大きな変化だと思います。日本の中途採用は、新卒採用に比べ補完的な位置づけだったこともあり、企業の中に採用ノウハウが蓄積されておらず、社内の人員体制が弱いことも珍しくありません。

一方で、海外ではDXなどを背景に採用部門の人員増強も増えており、本気で人材獲得に臨むなら体制強化も考える必要があります。

また、ダイレクトリクルーティングの仕組みが素晴らしいラクスという会社があります。ラクスでは、転職希望者が知りたい情報の収集や確認したいことの問い合わせ、採用イベントへの参加や求人への応募など、転職者の行動導線に沿った「オウンドメディア」をつくっています。

どうして企業が、求職者の転職行動のタッチポイントをことごとくおさえることができたのかと思ったら、人事の方が人材業界の出身で、そのノウハウを仕組みに反映しているそうです。仕組み側を拡充する先進事例もでてきているので、採用強化の方法はいろいろあり得ます。

報酬を職能等級の非管理職に対応させるのが難しい

藤本 採用時の賃金に関して、会社から提示されている水準と候補者の希望が離れている場合、どのように対応されているのでしょうか。

櫨山 特にDX関連などでそういう事例が非常に増えてきたなと思います。当社では、非管理職は職能等級系ですが、管理職になると基本的には職務のなかでのジョブ型になるので、管理職であれば、比較的、報酬設計の自由度は高いのですが、非管理職だと対応が難しい。

今までは、有期の嘱託契約みたいな形を駆使して、個別設計してきたのですが、人数が増えてきているので、専門職制度を導入したり嘱託とするにしてもある程度のガイドラインを整備しないといけないと思っています。

藤本 湖池屋の大倉さんにうかがいますが、採用ソースの多様化で、リファラルの活用などはしていますか。

大倉 リファラルは積極的とまでは言えないですが、導入はしています。むしろ、ダイレクトリクルーティングが主です。ターゲットを絞って当社の方から声をかける。また、広告媒体などを通じて応募してもらうという新卒と同様の採用方針・手法も組み合わせています。

藤本 ダイレクトリクルーティングの課題として何かありますか。

大倉 例えば、地域限定で採用したい場合、かなり母集団が少なくなってきます。特に転職潜在層へのアプローチでかつ地方というのは、だいぶ苦労しています。

論点3:中途採用した方々の定着、戦力化に向けて力を入れていることや課題

藤本 次は、苦労して採用した人材の活躍に関わることです。中途採用者の定着や戦力化に向けて力を入れていることは、いかがですか。

既存社員と候補者がコミュニケーションをとる機会を設ける

大倉 採用時の取り組みとして、選考面接ではなくて面談という形で、既存社員と候補者がコミュニケーションをとる機会を設けています。入社後の仕事や組織に対するミスマッチを防ぐ目的です。これは選考に組み込んでいます。

また、コロナを機に、特に中途採用の社員がコミュニケーションをとりにくい状況をふまえ、これまでは新卒若手向けに行っていた「1on1」を、中途入社者にも広げました。就業時間中にそれを通してミーティングをしてもらいます。入社後、所属部署以外の社員ともコミュニケーションが取れるようにしてリテンションをかけ、社内のメンバーとして一体感を持ってもらう、そんな施策を導入しています。

藤本 三井化学ではいかがですか。

ネットワーキングを目的にしたワークショップを開催

櫨山 人事の採用部門で主管しているオンボーディング施策は、初日のオリエンテーション、制度説明やシステム周り説明、どちらかというとノウハウ的なものが多いと思います。それから、入社1カ月~3カ月以内に2日間、その期に入社した中途社員を全員集めて研修を行います。初日は主に座学で、新入社員研修であるような各機能別の部署の説明、予算や戦略の説明、人事の詳しい制度説明を行い、また、ネットワーキングを目的にしたワークショップも実施しています。

これから自分達が会社で何ができるのか、この会社のどういうところを変えたほうがいいのかなど、1人だと声に出す機会がなくても、同じ期の別の部署・いろいろな職種の人で話すと、積極的に提案できたり、われわれもそれを認識できたりします。そうしたワークショップを丸2日かけて実施します。コロナの関係でここ2年はオンライン開催ですが、オンラインだと正直なところ、ネットワーキングというところは難しいですね。

本当に基本的なことですが、オンボーディングのガイドラインを作成しています。「即戦力採用」と名前が付いていますが、どんな人が入ってきても、「わからないことがあったらこの人に聞いてね」ということや、教育係をつけたほうがいいということ、1週間ごとに上司と「1on1」して、上司から聞きに行かなきゃ駄目だということなどを、現場にきちんと伝えてあげないといけないと思っていて、共通する事例を集めているところです。

藤本 黒澤さんは、オンボーディングで、組織や職場でのどのような取り組みが必要になると感じていますか。

基本的なことをしないで入社者が放置されるケースも結構ある

黒澤 採用時に職場のなるべく多くの人と会ってもらうことは、ミスマッチを防ぎ、応募者への魅力付けにも、とてもいいポイントだと思います。

人事部にとって中途採用は何回もやっていることであっても、現場の部署にとっては初めてだったりするため、採用したまま基本的な受け入れ準備などを何もせずに放置されているケースも、結構悪気なくあります。極端な例ですが、出社しても机がなかった、なんてことから始まりますので、机と、昼食を誰と食べに行くか、歓迎会を何日にやるかを、先に予定しておきましょう、とアドバイスしています。初歩的な話ですが、手間をかけて小まめにフォローし、ぬかりなく手配することが、「費用対効果」対策になると考えています。

また、何のためにその人を採用したのかということを、本人、現場の上長、周りの社員が実は知らないままであるケースが結構あります。わかる限り共有しておくことが、重要なポイントになります。

藤本 中村さんは先ほど、「優秀な人材を採ってきただけで勝手に働くわけではない」「いろいろと手を入れていかないと」という話をされていましたが、皆さんのコメントをどう感じましたか。

職場での軋轢を前向きに乗り越えることでミドルの活躍が進む

中村 とても嬉しいです。中途採用がマイナーだった日本で、「即戦力は幻想ですよ」と企業の方が言ってくれて、ちゃんと歓迎会の日にちも決めるということがガイドラインになるということは、劇的に変わったと感じます。

日本企業はメンバーシップ型雇用がベースなので、中途採用者であっても、メンバーシップをどうやって作るかが大切です。ですから、人とのつながりや、どんな役割で来てもらったのかを職場のみんなが知っていることが、その人の力を最大限発揮させ、職場の人も前向きに受け入れられることなんだと、あらためて思いました。

加えて、自社に今までいなかったプロフェッショナルを採用すると、自社になかった仕事のやり方や意思決定、価値判断が持ち込まれます。その時に、どうしても軋轢が生まれます。その軋轢を乗り越えることが、実は成果を上げ、人材の活躍につながる。一時的に衝突するような場面も、健全に前に進める許容度が職場に広がると、ミドル採用がさらに広がると思います。

藤本 中村さんが言われたように、日本の企業はやはりメンバーシップ型の仲間意識や、モノカルチャー的な雰囲気をもつところがまだ結構多いのですが、中途採用の機能として重要なのは、今まで自分の組織になかった要素を入れることだと思うので、中途採用者の組織への順応にこだわりすぎると、自社になかった新たな要素を加えるせっかくの機会を潰しかねない。

軋轢の段階を克服していくようなマネジメント、最近、「両利きの経営」として、これまでの事業を深めていくことと「革新」を実現することの両立を求める動きがありますが、中途採用・転職はこの両立を実現する良い契機になるのかなと思います。

意欲ある人がこれまで培ったキャリアを発揮できるような中途採用や転職を実現していくには、さらに何が必要なのか、企業や個人、社会に何が求められるのか。パネルディスカッションの参加者の皆様に、最後に一言ずつコメントいただければと思います。

この仕事は自分でちゃんとできると判断できる人はミスマッチが少ない

櫨山 企業と個人間の、情報の非対称性がなくなっていくと、より良いと思っています。これからはやはり個人のウイル、その志向性や、自分の職業人生の中で何を成したいのかが、今まで以上に大切になってくると思います。

一番安心できるのは、きちんと仕事を説明して、この仕事だったら自分はちゃんとできると、自分で判断して来てくれる人。これは自分がやりたいことだと自ら理解して腹をくくって来てくれるというのが、最もミスマッチが少ないと思っていて、そのために企業はちゃんと情報を提供しないといけないですね。

求職者の人は、自分が何をやりたいのか、ここではモチベーションを持って働き続けられるのか、ということを、事前に企業にもどんどん確認していってほしいと思います。そういう情報の対称性と、自分のウイルが何なのかを日頃から言語化してブラッシュアップしていくことが大事だと思っています。

企業では年功序列によらない処遇が今後ますます重要

大倉 個人、企業、社会の3点でいうと、個人としては中途採用、転職の実現においては、自律的キャリアの開発が必要かと思います。自身のキャリアをこの会社で実現しようというよりも、どこでどういう風に自分のキャリアを実現するか、と主語を自分にしていく。

企業においては、年功序列によらない能力基準処遇の推進が今後ますます必要かと思います。社会においては、これは完全に個人の考えですが、より転職が容易になるような仕組み、例えばジョブカードの活用などが求められていくのかなと思います。

キャリアを積み上げて高給になった人が高給で転職しやすい社会に

黒澤 私見ですが、まず、われわれが頑張ることとしては、それなりにキャリアを積み上げてそれなりに高給になった人が、それなりに高給で転職しやすい社会にしていく、ということをますます加速する。もちろん企業、求職者、皆さまの努力があってのことだと思いますので、ここは、これから10年20年と頑張っていきたいなと思っています。

また、家庭の事情で、例えば自分の希望通りの仕事に転職すると給料が下がり、子どもの大学進学ができなくなるというようなことが、転職の阻害要因になっているケースなども多々あり、もったいないことだと思っています。例えば、教育費を国が負担するような世の中になっていくと、自分がより良く生きるために転職するということが、自由にできるようになっていくのかなと、完全に個人的な見解ですが思っています。

活躍に向けたノウハウが個人にも広がれば

中村 最後はやはり、個人がどう変わるかだと考えています。転職者がアンラーニング(学びほぐし)の大事さを知ることや、職場の人たちのオンボーディングに対する理解など、中途採用が成功し、転職者が活躍できるノウハウが、個々人のレベルに広まっていく政策や仕組みの普及を期待しています。

藤本 転職・中途採用に関わる方々をお招きして、基本的な事項から興味深い現状、そして将来の課題まで、いろいろと議論・検討できたかと思います。ありがとうございました。

プロフィール

中村 天江(なかむら・あきえ)

連合総合生活開発研究所 主幹研究員

商学博士(一橋大学)。1999年リクルート入社、人材サービス事業の企画を経て、2009年リクルートワークス研究所に異動。「労働市場の高度化」や「働くの未来」をテーマに調査研究・政策提言を行い、「戦略的採用論」などのレポートを発表。2021年連合総研に転職。「労働組合の未来」研究会を推進している。近著は、「採用のストラテジー」(単著)、「ジョブ型vsメンバーシップ型」(共著)。最近の論文は、「なぜ日本の労働者は低賃金を甘受してきたのか? ―ボイスメカニズムの衰退と萌芽―」。