パネルディスカッション

パネリスト
北野 正一郎、小笹 剛、高野 史好
コーディネーター
藤本 真
クロージングコメント
Mark Keese、富田 望(厚生労働省大臣官房審議官)
フォーラム名
第113回労働政策フォーラム「これからの能力開発・キャリア形成を考える─人手不足と技術革新にどう対応すべきか─」(2021年2月19日-22日)
パネリストの様子

藤本 パネルディスカッションを始めます。今日は論点として四つ考えています。第1の論点は、VUCA時代の環境変化への対応として、人材育成の方針や目標について、各社でどのように考えているか。第2の論点は、コロナ禍をきっかけとしたニューノーマルへの対応です。典型的な課題としては、オンライン・リモートで働くなかで、どのように人材育成や能力開発を進めていくのかといった点を挙げることができるでしょう。実際、当機構が実施した調査でも、オンラインで働く、特に40歳未満の人々のなかに職場での能力開発に不安を感じる人が結構いることが明らかになっています。コロナ禍のもとで効果的に人材育成を進めていくための展望や課題について、各社の考えを伺いたいと思います。

第3の論点は、個人の取り組み、個人のキャリア形成に関する意向をどのように捉えていくかという点です。問題提起で私がお話ししたように、日本はかなり強く企業主導で能力開発を行ってきた国だと思うのですが、今は企業主導一辺倒では難しい状況であることにいろいろな会社が気づき始めています。そうしたなかで、個人の能力開発やキャリア形成を進めていくことをどのように考えれば良いのかといった点について議論したいと思います。

一方、個人主導の取り組み、あるいは個人主導の取り組みと企業主導の取り組みをつなげるものとして、これからは業界や地域の取り組みが重要になってくるのではないかと考えられます。そこで、個人と企業を取り巻く産業や地域単位での取り組みに、企業がどのような形でコミットメントしていくべきなのかを第4の論点に挙げたいと思います。

論点1:環境変化のなかでの人材育成の対応

グローバル人材の強化・育成が重要課題

ではまず、第1の論点です。イノベーションへの対応、あるいはVUCAと言われる不安定な環境変化への対応のなかで、人材育成の目標や方針についてどのように考えているのかを、小松製作所の高野さんからお伺いしたいと思います。

高野 当社の社員数は今、6万3,000人ですが、その70%弱が海外人材です。関連子会社も219社ありますが、国内の子会社は10社にも満たず、94%が海外の子会社です。そうした特徴から見ても、グローバル人材の強化・育成は非常に重要な課題になっていると認識しています。さらに、経営の現地化やグローバル人材の人事施策などの基盤整備もしていかねばなりませんし、グローバル人材同士の交流も非常に重要な課題になっています。

藤本 これまでも進めてきているグローバル人材の育成、確保、交流について、特に意識して取り組んできていることはありますか。

高野 語学研修は、個人レベルでは非常に積極的に行っています。当社は100年の歴史のなかで様々な成功や失敗があり、そうしたなか自分たちが持っている強さや、その強さを支えている信念、心構え、行動様式といったものを「コマツウェイ」という行動基準にまとめています。これは人が代わっていっても変わらずに守り続けて欲しいという思いのなかでつくられていて、そういったものを中心に社員教育を行っています。人材は世界各国に広がっているわけですが、「コマツウェイ」は各国で翻訳され、それぞれの国の拠点で人材育成を行ってきています。

「想像」と「創造」が育成のカギに

藤本 ありがとうございます。キヤノンでは人材育成の方針や目標について、どのようなことを考えておられますか。

小笹 当社には、『三自の精神』という社風があり、この精神に基づき常に自分から働きかけて動く。人材育成であれば、自分でどのように成長しキャリアをつくっていくかを自ら考えることを重要視しています。

人材開発に関しては、今までは研修を実施し、それを社員が受けることで育成が進んでいくといった環境を提供していました。すると、どうしても受け身の部分も出てきます。これから人生100年時代になって、企業に勤める期間も長くなっていくに従い、社内で一つの仕事をやり続けていくことから、自分のキャリアについては社内で創造しながら自らつくっていくことを目指していく必要があり、そのためには気付いてもらうための問いかけがキーワードになってきます。そういう意味では、自分で考える『想像』と、それを自分で創り出す『創造』がこれから当社で人材育成をしていくうえで重要なカギになると考えています。

一人前になれば終わりというわけではない

藤本 鹿島建設は、人材開発上の課題としてタレントマネジメントシステムや、これからの学びに向けた仕組みづくりを挙げておられました。こうしたことを進めていなかった時には、人材育成あるいは能力開発の点で何か問題点が生じていたのでしょうか。

北野 これまでの人材開発は、現場でのマネジメントも含め、やらねばならないこと、覚えなくてはならないことが非常に多くあるため、まず一人前にするためにいろいろと教育しなくてはならないといった思いが強かったといえます。ただし、果たしてそれだけで良いのかとの問題意識、例えばグローバル化に向け、現地法人を経営できる人材をどう育てるかといった話が出てきたり、今までの現場でのマネジメントについても、デジタル化への対応等、意識的に自己研鑽を積み続けないとできない部分がどんどん出てきているといえます。国内の建設市場も変化しており、以前は新しい物をどんどん造れば良かったのですが、今後はできたものをいかにどう使っていくかといったところにビジネスモデルが移ろうとしていくなかで、『一人前になれば、そこで全て終わりという話ではない』となったことが非常に大きく、そこが出発点になりました。

報告では国内の単体のところにフォーカスしてお話ししましたが、それだけではなく、これからはM&A等も含め多種多様な人がグループに入ってきたときも見据えた人材開発のプラットフォームを考え、対応していくことが大きな課題だと感じています。

論点2:コロナ禍を契機としたニューノーマルへの対応

藤本 二つ目の論点に移りたいと思います。日本の能力開発の強みとして、職場での密なコミュニケーションのなかで、いろいろなことを先輩から後輩に教えていったり、後輩が知らず知らずのうちに学んでいったりということが、これまでも指摘されてきました。ですが、昨年来の新型コロナウイルス感染症の流行でリモート就業環境の整備が進む一方、そういったコミュニケーションが難しくなった部分があり、従前の状態に慣れていた若手人材が「この先の能力開発はどうなるのか?」といった不安を抱いているようです。

こうしたコロナ禍での新しい職場のあり方やコミュニケーションのあり方、あるいは働き方改革なども念頭に置いたうえで、この先の職場での能力開発や人材育成をどのように進めていこうと考えているか。さらに言えば、それらの取り組みを進めていくうえで生じる課題と、その解消に向けて取り組むべきことなどについてもお話しいただければと思います。この論点は主にキヤノン・小笹さんのご報告に対応する形で考えたものですので、小笹さんからお話しいただければと思います。

現場のニーズへの提供対応と研修・育成の見直しを

小笹 これについては、二つあると思います。一つ目が、今までは職場のOJTで密で指導していた環境を避けねばならなくなっていること。そしてもう一つが、実際にわれわれが研修や教育を提供する人材育成の切り口での視点です。

まず職場で起きている課題ですが、私は組織開発の仕事もしているのですが、各職場の主に管理職やマネジャーから「今まで以上に部下を意識するようになった」といった言葉が出てくるようになりました。要は、管理職に「いかに部下と密にコミュニケーションを取るか」という意識が芽生え始めたわけです。一つ例を挙げると、今回、人材育成部門として研修の中身を全て見直し、これまでの集合研修をeラーニングやオンライン化で進めてきました。そのなかに当社で管理職になる際に必須のコミュニケーション研修をeラーニングで作成したところ、多くの管理職が再度受講しました。自分が管理職になる時に学んだものを実際に実践してきて、今こういう状況になったときに学び直しをして「すごく良かった」という声が出ています。育成する側に対し、いかに人材開発部門から働きかけたり、そういう人たちが必要と感じたニーズを提供できるかが課題の一つにあります。

人材育成面では、今までは集合研修を提供するとの意識が強かったのですが、今後は職場で結果を出すための学びの観点で捉えていくときに、研修をどうやって組織貢献に結びつけていくかについて、研修そのものをもう一度見直し、コロナ禍でも収束後でも集合で行うべきものやeラーニング、さらにはオンラインで深めるもの等を見据えたうえで、研修や人材育成自体を組み立て直すことが課題だと考えています。

若手人材のOJT機会の減少が問題

藤本 お話を伺っていて、コロナ禍は、これまで惰性でやっていた研修を見直してみるきっかけになるのかもしれないと思いました。小松製作所・高野さん、いかがでしょう。

高野 この論点はすごく難しい問題なので、当社で人材育成を担当している部署の担当者に事前に確認してきたのですが、「明確な答えはない」と言われました。そこで状況をお話ししますと、管理職等の中堅社員向けの研修はオンラインでもかなり有効で、成果が上がっていると認識しているようです。一方、若年層、特に今年度の新入社員は最初から在宅勤務が始まっていて、そういった人へのオンライン研修では、会社への帰属意識について強い懸念を抱いていました。

そのうえで、当社はものづくりの会社ですので、やはり現場に行って現物を見て触ってというOJTを非常に重要視していたわけですが、それが叶わなくなっている場合が多くなっており、非常に問題だというのが担当部署の人間の回答でした。若手社員向けの特別なケアの必要性は重々分かっているのですが、現状はまだ明確な答えや指針を得るには至っていない状況です。

藤本 課題は浮かび上がっているけれど、どう対応していけば効果的になるのかについては、まだ1年目なのでなかなか答えが出てこないという印象ですね。鹿島建設ではいかがでしょうか。

オンラインで仕事を行っていても会う機会はあった方が良い

北野 オンラインではできない部分も、今の段階ではあると思います。オンラインを使ったコミュニケーションでは、若手以上に上司側が、単にオンライン会議ができるだけではなく、ファシリテーション等も含めた使いこなし方のようなスキルが結構重要だ、と感じています。また、オンラインの利点を踏まえたうえでも、やはり会う機会があった方が良く、例えば複数回にわたる研修では、初回に少しの時間でも良いので会うことが大切です。今、そういった部分も見えてきているところなので、人間関係を構築したうえでオンラインに臨む等、研修のあり方やプログラム自体の見直しを考えています。

論点3:個人主導の能力開発・キャリア形成をどのように捉えるか

藤本 コロナ禍でのオンラインによる対応については、教育訓練の効果が従来のように上がるか等、国の公共職業訓練や離職者訓練、求職者支援訓練でも同じような問題意識があります。それでは、三つ目の論点に移ります。個人のキャリアに対する取り組みに関しては、事業環境の変化のなかで、これまで身に付けてきたものを先輩から後輩に伝えていくことが難しくなっているとの共通の問題意識が、ご参加の各社にはあるように思います。そこで、鹿島建設・北野さんの報告で素朴に思ったのは、中長期的なキャリア目標登録制度を導入したときに「これって必要なのか?」という意見は社内でなかったかということでした。また、こういう制度を入れると、「この人は退職するのではないか?」といった懸念や反対意見はなかったのでしょうか。

キャリアは自ら能動的に掴み取るものとのメッセージを

北野 表立った反対意見ではありませんが、ご指摘の通り、自律的なキャリアをあまり突き詰め過ぎると、自分と会社との関係性を考えなくてはならず、そこで「この会社は自分にフィットしていない」と考える人がでてくるというのは当然あり得ると思います。ただ、それは本来、認識しなくてはいけないことだとも思いますし、逆に言うとそれを我慢させるような時代ではないとも考えました。やはり、そういうことをある程度明確に打ち出していかないと、会社のメッセージが伝わらないと考えたわけです。大企業であるがゆえに、会社が入社後ずっと面倒を見てくれるような雰囲気・期待はあると思います。それはできるに越したことはないのですが必ずしも保証はできないし、それが正しいとも限らないこれからの時代のなかで、やはり会社が与えるのを待っているのではなく、キャリアは自ら能動的に掴み取るものということを改めて出さないと、長い目で見てそういうシステムに順応し過ぎてしまう人しか集まらないとの危惧がありました。そういう意味では、あえてさざ波を立てるような一石を投じた部分があったのかもしれません。一石を投じた後の波紋をどうするかは課題ですが、それをやらないとまずいと思っています。

異動を前提としないキャリアマッチング制度をスタート

藤本 キヤノンの小笹さんは先ほど、「想像」と「創造」と言われました。そうした個人の考え方と企業としての人材ニーズとのバランスについて、課題に感じていることがありますか。また、キヤノンにおける将来的な能力開発やキャリア形成のあり方について、どのように考えていますでしょうか。

小笹 個人のキャリアに関しては、面談を期初、中間、期末の年3回行っています。その際、各個人がキャリアシートを使って、「自分がこれまでやってきたこと」「現在の状況」「将来どうなりたいか」を必ず上司と話し合うことにしており、もう十数年続けています。上司と部下で面談したり声かけをしていくなかで、自分のキャリアを考える時間を持つ仕組みを入れています。

また、当社もキャリアマッチングの制度が25年くらい前からあります。これについては、上司に黙って自分で申告して異動するという短期的なマッチングの制度でしたが、数年前から異動を前提としないキャリアマッチング制度を社内で始めています。将来のキャリアとして、「こういうことをやったら面白そうだ」というものを想像し、研修として学びます。そこで勉強しながら合っていれば異動しますし、合わなければ再度、自分のキャリアを考え直すわけです。なかには、自分のキャリアを考えていくなかで社外に出ていく人もいますが、その前に社内にもたくさんの可能性があるといった気づきを会社の仕組みとして提供しています。最近、この仕組みに自ら参加して学び、よかったから異動しようという人が出始めている状況です。

藤本 その研修は各部門が立ち上げるのですか。

小笹 これは人材開発部門が中心となって、例えばソフトウェアや情報制作などのいろいろな技術カテゴリーごとに行っています。さらに、経理や法務、知財などの技術以外のカテゴリーでも研修を立ち上げており、これらの部門とも連携しながら社員が自らキャリアを選択しトライアルできるような仕組みを増やそうとしているところです。

可能性を引き出せる研修メニューの提供を

北野 まさに似たような話なのですが、先ほど、当社の特徴で国内に非常に多くの現場があるとお話ししましたが、個々の現場では社員が数人というところもあり、職場では現場以外のキャリアが見えにくい。身の回りのキャリアとしては、例えば「自分は将来、現場の所長になるのかな」といったものがあるわけですが、もう少し視野を広く自分の可能性を引き出せるよう、会社はそれに向けたアドバイスもするし、研修メニューも提供する形にしていきたいと考えているところです。

高野 当社も、(キヤノンのような)中長期にキャリアを見るシステムがあって類似の取り組みがありますが、実際に社員の要望に向けたキャリア形成や研修を行うところまでは踏み込めていません。一方、鹿島建設・北野さんにお伺いしたいのですが、中長期キャリア目標登録制度の対象は一般職員だけなのでしょうか。管理職も含むのでしょうか。また、既存の自己申告制度を上司非公開にしているのは何か意味があるのでしょうか。

北野 制度の対象範囲は単体の総合職と一般職の全員に登録してもらう形で、スタートさせました。総合職には、管理職も対象に含まれています。上司に非公開にしている点については、現場では所長になっていくといった標準的なキャリアパスがあって、そこで上司からの無言の期待のような部分があることは否定できず、そういったことも考えるとなかなか本当の希望を言えないということもあります。また、現場が数年続いているときに、「工期の途中で急に抜けられたら困る」といったことも、上司からすればあるわけです。他方、5年先、10年先といった中長期の話であれば、もう少しニュートラルな目で見ることができる部分もあり、そこは公開した方がむしろ良く、並立させています。

個人ニーズを反映した異動の取り組み

藤本 個人主導でキャリアを考えることに関連してお伺いしたいのですが、皆様の会社では、社内公募制度やいわゆる社内FA制のような、個人のニーズを反映した異動公募の仕組みをお持ちでしょうか。

北野 今は公募制度という形ではやっておらず、検討している段階です。今後導入しても良いと思いますし、現在も事実上、そういったニーズを捉えながら配置調整できていると思うのですが、公募にすると、少人数でやっている現場から人を抜かれるのでは、とハレーションが起きることも考えねばならず、慎重に検討しているところです。

藤本 キヤノンではいかがですか。

小笹 当社は25年前から社内公募制ということでキャリアマッチング制度があり、社内では比較的一般化しています。応募には現職場での経験年数などの条件もありますが、公募を使った異動は一般的に行われています。制度の対象は非管理職層だけではないので、管理職で異動する人もいます。基本は上司非公開で、全て人事と本人と異動先との関係だけで進めていきます。

先ほどお話しした研修型のキャリアマッチング制度は、まず研修で勉強してみて、合うか否かを見たうえで公募する形なので、少しずつ変化しながら従業員が使いやすい仕組みになってきていると思います。

高野 公募の仕組みはあります。また、若手にはローテーション人事があります。例えば、いま私はオープンイノベーション等を推進するCTO室に所属しています。この部署にはいろいろなところから人材が集まってくるのですが、若い間は例えば現場に数年間いた技術者がCTO室のような部署に異動して数年経験を積み、また現場に帰っていくことで現場にオープンイノベーションのマインドが育っていくなどの目的でローテーション人事を積極的に進めています。

論点4:地域・産業単位での教育訓練機会への関与

藤本 最後の論点となります。高野さんの報告では、小松製作所が石川県で技術人材の地域育成プログラムに関与しているお話がありました。まず高野さんに、この取り組みを進めていくうえでの課題と、これから取り組んでいかねばならないことについて伺いたいと思います。また、キヤノンの小笹さんと鹿島建設の北野さんには、そういう業界や地域における企業を横断するような取り組みに、会社として関わっているかを伺いたいと思います。

IoTやAI等の新技術を牽引できる人材の育成を

高野 まず、当社はもともと石川県小松市を発祥の地にしており、地元に対するいわゆる恩返しのようなものを強く意識しています。また、創業者の竹内明太郎は早稲田大学理工科の創設に尽力した人で、早稲田大学とも関わりが深い会社です。そういう御縁もあり、早稲田大学と一緒に地元に何か貢献できないかというのが取り組みの始まりでした。

とはいえ、企業が勝手にやりたいことをやっても全く意味がないので、まず石川県と連携して地元のニーズ調査を1年ぐらいかけて行いました。その結果、石川県は比較的潤っている地域で物は非常に豊富にあるけれど、産業人材育成、特にこれからの変革に対応できるような人材育成は、東京も含めた他の地方自治体と同じように進んでいないことが分かりました。IoTやAI等が必要なことは分かっていても、なかなかそれを主導できる人間が育っていないのです。そうしたなか、共同研究していた早稲田大学の先生がスマートエスイーの文科省事業に取り組んでおり、協働で地方展開する話を持ち込んだところ、話がとんとん拍子に進みました。県や大学とは今までの関係性があって非常にスムーズに行ったと思いますが、地元で何をやるべきで何ができるのかのマッチングは苦労しました。

藤本 今、高野さんがお話しされた、ニーズはあるけれどモヤッとしていて具体的に何をやるのかがなかなか固まらず前に進まないというのは、ものづくりやIT等の高度技術に関わる教育訓練をやろうとしたときに、多くの地方自治体が抱えている問題ではないでしょうか。

高野 そうですね。このため、当社も個人の人材育成にとどまらず、石川県内でそういったものを牽引できる人材を育てることを目的に据えています。石川県にもAI、IoT、DXの施策がありますが、それにビルトインされた形の取り組みを意識して進めています。

問題創造型の企業間交流を推進

藤本 キヤノンでは、業界・地域との連携・コミットメントに関して、既に取り組まれていることはありますか。

小笹 当社では、技術系他社との企業交流をしていくなかで、中堅~若手層の人たちにイノベーションのマインドセットをしてもらい、同じ製造業や技術系メーカーと交流していくなかからそれぞれが気づきを生み出し、それを持ち帰って実践していく取り組みを行っています。今、多くの企業と交流させてもらっています。

もう一つ、先ほどお話しした、今までの提供する形の研修から気づかせる研修に移行していきたいという流れのなかで、今までは「集まってみんなで議論し問題解決しよう」といった問題解決型の企業交流が、ここ数年、テーマを問題創造型の課題設定に大きく変えています。さらに言うと、研修を1回集まってやるだけではなく、そこで学んだものを後日リフレクションして、自分たちが実際にどこまで成長していくか、どういう変化が起こっているかなどについて、各社が持ち寄り振り返りをすることで技術者の成長につなげていくような研修を、異業種交流のなかで行っています。

業界全体の魅力の向上も課題

藤本 鹿島建設ではいかがでしょうか。

北野 オープンイノベーション的な異業種交流をもっとやらねばならないとの問題意識は、マインドセットという意味からも大きいと思っています。当社も含め建設業界に若い人がなかなか入ってこないことについて、協力会社も含めてどのように魅力を高め、人材を育成していくかというのが大きな課題としてあるなかで、より一層、そのあたりに力を入れなくてはなりません。

藤本 私の問題提起では、産業や地域の取り組みは、個人主導の能力開発のサポートとして必要なのかなと思っていて、それがまず頭にありました。しかし今日、キヤノンと鹿島建設のお話を聞いていて、今回のテーマではないけれど、人手不足と技術革新にどう対応するのか。特にお二人が言われていたオープンイノベーションの側面で、業界内あるいは異業種も含めて他企業との連携の必要性が高まっていることに目から鱗が落ちたような気がしました。そういう側面での取り組みは、確かにこれから進む可能性があると思います。

<参加者からの質問>

ここからは、参加者からの関心事項・質問で論点に組み込めなかったものについて、取り上げたいと思います。本日はキヤノンの社内講師の育成についてお聞きしましたが、研修について外部化を進める必要があるとしたらどこにあるのか。また、どういうことに気をつけているかなどについて、小笹さんから答えていただけたらと思います。

最先端技術に関するものと経営層向けのものでは研修の外部化を推進

小笹 今、社内研修の8割を内製化していますが、残りは外部化しています。研修の外部化は主に二つあり、一つは先端技術、もう一つは経営層に対する研修です。当社は社員の8割が技術者です。また、米国特許取得件数が10年連続で世界三位(日本企業で一位)と、常に技術革新が求められている特徴があります。将来を見据えた最先端技術などは外部にお願いして技術力の向上につなげます。もう一つは経営層です。企業独自の理念、歴史、風土など、社内で学ぶべきこともありますが、企業経営に関する知識やスキルなど外部の方に経営者としての育成をお願いすることもあります。

藤本 鹿島建設の北野さんからも、学びのコンテンツは内製する必要がないという報告がありましたが、内部と外部の使い分けのようなことはありますか。

一般的分野は社外の最新情報を

北野 専門スキルとビジネススキルのうち、専門スキルはやはり社内でしっかりやっていく必要があると思います。一方、会計、ファイナンス、マーケティングといった、ある意味一般的なビジネススキルに関しては、今は動画によるオンライン教材もいろいろありますので、そういうものを活用して最新のものを外から取ってくる方が良いし、意欲のある人が外の知識をしっかり得てくる方が良いのではないでしょうか。内か外かではなく、必要か否かの観点で整理しているところだと思います。

藤本 小松製作所はグローバルに事業展開をしていることもあり、eラーニングやオンライン学習などの必要性は従来から高いのではないかと思います。そうした環境をどのように整備していますか。

付加価値につながる新技術の習得に外部研修を活用

高野 繰り返しになりますが、先ほど紹介した「コマツウェイ」がわれわれの全てのベースになっています。過去100年にわたって培ってきたもので、マネジメント、リーダーシップであったり、ものづくり、ブランドマネジメント等は全てコマツウェイをベースにした社員教育を全世界的に行っています。ただ、その一方で、われわれはものづくりの会社ですので、やはり持っていない技術、ノウハウ、知見も必要になってきています。デジタル人材やAI、IoT、DXといったものは、元々持っていなかったものなので、外部を活用しています。とはいえ、生産技術系のスタッフは小松工業専門学院という機関で育成するなどしているので、外部を使う割合はまだ圧倒的に低いと思います。ただし、付加価値をつけるための新技術については、外部を利用することが増えてきていると思います。

労組による能力開発への関与

藤本 ありがとうございます。最後に私に向けられた質問です。問題提起でお話しした、個人主導で能力開発するために業界や地域の職業訓練ニーズのようなものを明らかにするスキルセンターを、日本ではどのようにすればつくれるのかについて質問をいただきました。これは先ほど、小松製作所の高野さんが話されたような地域のモヤっとしたニーズを明確にするために企業に入ってもらい、企業が実際の事業のなかでどういったニーズを感じているのかを反映させる仕組みがないと難しいだろうと思います。あともう一つ、労働組合はどういうふうに関与すればいいのかという質問もありました。これについては、多くの労働組合が現場でのニーズを把握していると思われますので、これから必要になる、もしくは今必要な人材・能力・スキルについての意見表明などを通じて関与していけるのではないかと考えております。

本日は、わが国における能力開発・キャリア形成のあり方や、この先どのようにこの問題を考えていけばいいのかについて、様々な観点から議論ができました。どうもありがとうございました。


クロージングコメント

Mark Keese OECD雇用労働社会局 スキル・就業能力課長

今日の「これからの能力開発・キャリア形成を考える」というテーマは、OECDの「よりよい生活のためのよりよい政策」というスローガンに沿ったものです。対応力のある成人学習の機会を充実させる政策は、経済・社会的不均等の是正や、自己実現・ウェルビーイングの向上にとって重要なことだと思います。今日のフォーラムは、様々な成人学習の取り組みといったものが日本企業でどのように行われるのか学ぶ貴重な機会になりました。

OECDが日本についてのレビューを行い、今回、充実したディスカッションが持てたということで、3点述べさせてください。

まず、スキルのニーズは変わってきています。デジタル化・自動化だけではなく、コロナ禍も影響しています。重要なのは、非常に有効な方法として成人学習を促進し、アップスキル、リスキルをする機会とはどういうものがあるのかを模索し続けることです。日本政府、OECD、その他全ての関係者が協力して、好事例を普及していくことが重要です。

二つ目に、日本は、誰一人取り残されないよう、包括的な支援を行う必要があると思います。もちろん個々人が責任を持ってキャリアを進め発展させていくことは重要ですが、日本の成人学習の機会に格差があることも、そのとおりです。コロナ禍でそういった不均衡が広がっている状況を鑑みると、キャリアガイダンスや訓練へのアクセスを均等に提供していくことが重要になってきます。全ての成人が、どのようなトレーニングが必要なのかといった情報にアクセスし、その機会を得られるようにしなくてはなりません。

最後に、生涯学習システムは、政府だけで実施できるものではなく、トレーニング提供者や雇用主、労働者、労使団体などといった全てのステークホルダーの関与が必要です。変化する仕事の世界に対応し、将来に備えた成人学習システムを構築するためには、充実した協力関係も必要です。

デジタル時代の成人学習の機会をさらに改善していくために、日本とOECDの協力をさらに強化していきたいと思っています。

富田 望 厚生労働省大臣官房審議官(人材開発、雇用環境・均等担当)

本日は行政として取り組むべき重要なテーマを設定していただきました。このテーマを検討するうえでは、わが国として中長期的に対応すべき構造的課題と現在直面している課題の双方を見据えることが大変重要ではないかと思っています。

構造的な課題としては、世界でもトップクラスの少子高齢化が進み、若い人たちを含む人手不足の状況もありますが、人生100年時代と言われるように職業生活期間が非常に長くなってきたこと。また、DXのように企業活動をめぐる環境も大きく変化してきていることがあります。

現在直面している課題としては、新型コロナウイルス感染症の流行による課題の対応があります。わが国においては、雇用調整助成金をはじめとする政策によって、2020年12月の完全失業率は2.9%と、リーマン・ショックに比較すると低い数字にとどまっています。一方、飲食店小売などには痛手が集中しており、これらの方々の生活を守りつつ、ステップアップを図っていくことが喫緊の課題です。厚生労働省では、コロナ禍において休業やシフト減を余儀なくされている主に非正規雇用労働者を念頭に置いて、働きながら職業訓練を受講しステップアップにつながるよう、去る2月12日に生活支援の給付金を拡充したほか、今日のテーマにも上がりましたオンラインをもっと使えるようにしていくことや、訓練を短時間化あるいは受けやすくしていくことによって、より受講しやすい訓練コースの設定を可能にするような政策も新たに打ち出したところです。

こういった状況でも、介護分野などをはじめ人手不足の状況が続いている一方で、コロナ禍によって、DXなどの構造変化がますます加速している状況があり、こうした環境を踏まえた対策が求められると考えています。

人生100年時代において、さらにコロナ禍において、技術革新や労働市場の変化が非常に速くなっているなか、わが国が持続的な発展をしていくには、今日のテーマについて国民的な議論をしていくことが不可欠だと思っています。今後とも皆さんと一緒に議論を深めていきたいと考えています。

プロフィール

富田 望(とみた・のぞみ)

厚生労働省大臣官房審議官(人材開発、雇用環境・均等担当)

1989年京都大学法学部卒、1991年労働省入省(労働基準局監督課)。2000年労働省岡山労働局総務部長、2003年外務省経済協力開発機構日本政府代表部一等書記官、2012年厚生労働省職業安定局派遣・有期労働対策部需給調整事業課長、2018年厚生労働省労働基準局総務課長、2019年厚生労働省大臣官房人事課長等を務めた。2020年8月より現職。