パネルディスカッション

パネリスト
岩脇 千裕、福井 太郎、星野 亜弓、杉橋 光博
コーディネーター
深町 珠由
フォーラム名
第108回労働政策フォーラム「若者の離職と職場定着について考える」(2020年2月13日)
パネリストの様子

深町 パネルディスカッションを始めます。私から登壇者それぞれに質問するとともに、フロアからの質問にも答える形で進めたいと思います。研究報告では最初に私から、就職支援とそれを取り巻く環境や若者の多様化についてお話ししました。次に岩脇研究員から、実際の離職状況について、アンケート、ヒアリング調査の分析結果を報告してもらいました。印象的なのは、同じ採用条件の場合でも、男性と女性で仕事の受け止め方に違いがあることです。その要因を教えていただければと思います。

事例報告では、まず亜細亜大学の福井さんに、大学での取り組みや卒業生に対するアンケート結果について紹介していただきました。特に印象的だったのは、離職を考えている人の場合、入社予定の会社の仕事内容を確認していなかった割合が、全回答者割合に比べて高かったことです。大学で就職支援を行う段階から、仕事内容とイメージが合っているかをきちんと確認することが重要だとあらためてわかりました。この部分について、さらに詳しく教えてください。次に、新卒応援ハローワークの星野さんに、対応事例や就職後1年未満のハローワーク利用経験者へのアンケート結果についてお話しいただきました。印象的なのは、就職前後の会社に対するイメージは、必ずしもネガティブな方向に変わるわけではないことです。ポジティブなイメージを持つために、学生は事前にどのような準備をしたら良いか、教えていただければと思います。最後に、エム・ビー・エーインターナショナルの杉橋さんにお話しいただきましたが、どの取り組みも興味深く、感銘を受けました。客先業務が中心となる職種で、社員に会社への帰属意識を持ってもらうために、チームやリーダーを作って交流を深めて、それを会社としても応援していくという姿勢、また、採用された若手やリーダーが活躍するにあたり良かったことなど、具体的な事例を教えてください。

では最初に、岩脇研究員から調査結果に関する男女の相違点についての見解と、それ以外の補足事項のご報告をお願いします。

労働条件や勤務先の属性が離職原因の相違に

岩脇 男女で相違が生じる最大の要因は、労働市場のなかで入っていく場所が異なるためと思われます。本調査では、大学新卒者が卒業後初めて正社員として就職した企業の規模と産業、そこでの仕事内容(職種)を尋ねています。まず企業規模の分布を見ると(シート1)、女性の方が中小企業に偏って就職しています。さらに男女とも、3年以内離職者は中小企業で多く発生しています。

産業の分布を見ると企業規模ほどの大きな違いは見られません(シート2)。とはいえ、男性は製造業や情報通信業、女性は小売業や金融保険業、サービス業のなかでも医療福祉にやや偏って分布しています。そして、小売業の女性は3年以内離職率がとても高いのです。職種別で見ると、男性は営業職、女性は営業職や販売職で3年以内離職率が高い(シート3)。このような、就職していった先の企業属性の違いが、3年以内離職率の男女差を生む一因になっていると考えられます。

離職傾向に影響する職場トラブルの種類にも男女差が見られます。「一方的な労働条件の変更」の経験者は男女ともに3年以内離職率が高いのですが、男性は「残業代不払い」「暴言、暴力、いじめ・嫌がらせ」の経験者でも3年以内離職率が高いことから、長時間労働者が多い男性特有の問題点が現れています。

女性は「仕事が原因のけが・病気」「商品の買い取りや諸経費の負担を強要される」「辞職を申し出ても辞めさせてもらえない」の経験者でも3年以内離職率が高く現れ、販売職やサービス職が多い女性ならではの問題点が浮き彫りになったのではないかと思います(研究報告2 シート4)。また、採用前に得た情報と入職後3カ月間の現実の労働条件とが一致しなかった場合の3年以内離職率を見ると、女性は「給与の金額」の不一致が離職につながりやすいのに対して、男性は「労働時間の長さ」が特に問題になっています(研究報告2 シート5)。本調査では初任給や離職時の給与額を尋ねていますが、同じ学歴・勤続期間でも女性は男性より明らかに金額が低い。反対に労働時間は男性の方が長い。そういった男女の就労状況の違いが、離職のトリガーとなる要因の違いにも現れているのではないかと思います。

深町 男女における様々な就労状況の違いが調査結果に現れたことになりますね。続いて亜細亜大学の福井さん、お願いします。

自ら情報を入手することが仕事の理解を深める

福井 事例報告でお話しした、離職者、離職を考えている人の仕事内容を確認していない割合が15.4%もあった部分(事例報告1 シート14)ですね。例えば、学生が説明会で聞いた内容だけで納得して、内定・進路を決める段階では深掘りしなかったケースが考えられます。会社側が選考段階で話してくれたことで働くイメージも湧いて、仕事内容にも不満はないと思い込んでしまうのです。学生によっては採用担当者だけでなく、もう少し自分に近い年齢の若手社員や卒業生にヒアリングするケースもありますが、説明会だけで何となく自分のなかで納得してしまい、そこまで至らなかった学生も多いのだと思います。

深町 学生自身は企業の情報を十分確認できたと思っていたけれど、実際に働いてみるとちょっと違っていたなと感じる。そのギャップを埋めるのは大変難しい課題ですが、働く前に具体的なイメージを持っていないと、就職後にも影響を及ぼすということですね。続いて東京新卒応援ハローワークの星野さん、お願いします。

星野 就職後に仕事に対してポジティブなイメージを持つために、学生はどのような事前準備をしたら良いか。答えは一つではないと思いますが、会社に行って、自分が就く職種の方にインタビューができると良いと思います。ハローワークで面接会を開催すると、企業の人事や現場の担当者が業務説明をして下さいます。その場で内々定になる参加者もいて、嬉しいことではあるのですが、そこで決めてしまって実際に企業訪問をしない、あるいは面接で1回しか企業に行かないというケースも出てきて、仕事の中身をよく理解せずに就職するということがあります。会社を見学したり、同じ職種で働く大学の先輩などから情報を得たりして、選択することが良いと思います。できれば仕事内容だけではなくて、5年後、10年後にどのような働き方を考えているか、どのようなキャリアビジョンを描いているかというところも聞いて欲しいです。

深町 そうですね。就職活動の基本的な方法論になりますが、企業訪問をしなかったり、例えばインターネットの情報だけで判断したりすると、リアルな企業情報を得るのにどうしても限界がある点を理解しておく必要がありますね。エム・ビー・エーインターナショナルの杉橋さんはいかがでしょうか。

仕組みを整えてのびのびと作業できる環境を作る

杉橋 若手社員やリーダーが活躍して良かったことですが、リーダー制度を導入してからメンバーの変更もあり、リーダーもここ2年ほどでやっと定着したところなので、まだ発展途中ですが、少しずつ進めています。ただ、社員が変わるために、会社としてもいろいろなことを変えました。1番効果があったのは給料を上げたことです。加えて就業規則等も見直したことで、安心して働くことができるようにしました。安心面と賃金面が整えば、社員たちは実現したいこと、開発したいことに集中して、のびのびと作業できると思います。1人の社員が実現できれば、他のメンバーにも良い刺激を与えてくれると期待しながら、進めています。

深町 リーダーは、社歴の長さなどを基準に選ばれているのですか。

杉橋 営業の声かけに返事をくれるなど、もっと根本的なところで適性や人柄を見て、決めています。

深町 そうでしたか。適性を見たうえでリーダーとして育成し、その社員が中心となって活動することでチームや社員全体が組織としてまとまるのですね。会社が様々な交流の機会を作ることで、メンバー同士が刺激し合い、会社全体にプラスの影響をもたらすのですね。

若者と企業とのコミュニケーションが課題に

今回は若者の離職と職場定着をテーマに、大学、ハローワーク、企業と様々な立場からそれぞれの観点でお話を伺ってきました。次に、今回の事例報告や調査結果を踏まえて、岩脇研究員に、新たな知見があればご報告いただきたいと思います。

岩脇 今日は、学校、行政、企業と異なる領域の方々にお集まりいただき、それぞれの視点から若者の離職というテーマについてお話しいただきましたが、共通して出された話題があります。それは、若者と企業との間のコミュニケーションの問題です。杉橋さんの会社のように、若者を採用する前に仕事の現実を丁寧に伝えることは、ミスマッチによる離職を防ぐうえで大変重要です。実際に、福井さんが卒業生にお尋ねになった結果と同様に、当機構の調査でも「就職前に得た情報と現実とが異なる」と感じた若者の3年以内離職率が高いという結果が得られました。一方、星野さんからは、ハローワークの利用者で「就職前の情報と現実とが異なる」と感じた人のなかには、良い意味で予想を裏切られた「ポジティブな違い」を感じた方もいるとのことでした。誤解を恐れずに言うと、ハローワークに訪れる若者は就職活動が遅れ気味であまり自信がもてない人が多く、企業に対する期待値があまり高くないため、こうしたポジティブな感想が現れたのかもしれません。しかし一方で、ハローワークの求人企業の多くは中小企業です。中小企業には労働環境が悪いというイメージがつきまといがちで、求職に来た若者もそれは知っていたでしょう。にもかかわらず、こうしたポジティブな違いに言及する若者が複数いるということは、ハローワークが積極的に若者を採用・育成しようと頑張る中小企業と就職活動をあきらめない若者との、思いがけない出会いが発生する場として機能しているとも言えるのではないか。そう私は感じました。

深町 そうですね。就職後に若者が感じた職場イメージが必ずしもネガティブなものばかりではなかったという点は、興味深い発見でした。もちろん個別の事情は様々なので、就職後のイメージについてネガティブな方向にしか考えられないケースもあるでしょう。しかし、新卒応援ハローワークで実施されたアンケートは、ポジティブな要素も一定数あるという事実にスポットライトを当ててくださったなと感じます。

早い段階から業界の真実を伝える

社会のなかで働くということは、人間関係の積み重ねが大切なので、若者世代が考えていることをいかに正確に知り世代間ギャップを埋め、社内でどう上手にコミュニケーションを図っていくかが課題になるかと思います。杉橋さんの会社は平均年齢が非常に若いようですが、同じ業務で働く仲間を世代を超えて受け入れていくために、何か心がけていることはありますか。

杉橋 恐らく当社の場合、ゲームというキーワードが肝になっています。いろいろな年齢の社員がいますが、ゲームが好きという気持ちで入社してくる社員が多い。一口にゲームといってもいろいろなジャンルや傾向があるので、好きなゲームについて、仕事と関係のないところで共通の言語があるというところがポイントだと思います。また、私は採用の時にはわざと「ゲーム」というキーワードを多用しますが、説明会の時は真逆のことを言います。業界が欲しい人はゲーム好きではない。ゲームを作る人が欲しいのであって、遊ぶ人はいらないので、作りたい人が来てくださいと言って、ショックを与えます。説明会には、業界について何も知らない学生が参加することも多いので、実際の業務がどれだけ大変かも説明します。例えば費用面で言うと、平均のコンシューマーゲームは20億円ぐらいかかるのですが、そのうちの開発予算は5億円です。残りの15億円は何に使うかというと、広告費になります。そういった数字も知らない学生が多いので、話すと驚かれますが、それでも来たいと言ってくれる人からセレクトしています。この方法は3年ほど前から始めていますが、今ではだんだんと意識が高い学生が少しずつ来てくれているという感じです。

深町 業界の真実をいかに伝えていくかが重要なのですね。確かに、業界の外部にいる学生はゲームの消費者という立場でしか関わったことがないケースがほとんどでしょうから、業界の内情や真実を伝えていくコミュニケーションは重要ですし、御社はそのような意味で良い工夫をされているのだなと感じます。

上司や先輩のサポートが重要に

深町 最後に、フロアからの質問のなかで回答されたいものがあればお願いします。

岩脇 私からは、質問に二つお答えします。まず、「3年以内離職率が高い職場トラブルの一つ『一方的な労働条件の変更』には、具体的にどのような案件があるか」という質問です。ヒアリング調査で見出された事例をご紹介します。ある若者は求人票には「事務職募集」とあったのに、実際に就職すると「システムエンジニアとして働くように」と言われました。企業側の言い分は「求人票に『SE募集』と書くと、なかなか応募が集まらないので『事務』と書いた」とのことです。この人は同じような虚偽の求人に立て続けに3回も遭遇してしまい、企業への不信感が高まり求職活動そのものから足が遠のいてしまいました。また、内定通知書に記載された雇用条件の有効期間が、採用から3カ月後の試用期間終了時までに限定されており、新たな雇用契約を結び直す際に、試用期間中の業績を理由に賃金を減額され、労働時間制度や仕事内容を変更された人もいました。

ただ、これらの事例のなかには、若者は「一方的だ」と感じているものの法律的には問題のない変更だったケースも多くあります。日本の正社員は、総合職で採用された場合には、異動や職種変更を柔軟に受け入れることが前提とされている場合が多い。若者も頭では理解しているつもりでも、「こんなに早くその時が来るとは思わなかった」と感じるようです。

次に、「欠員を補充せざるを得ない状況で、社員が希望していない部署に配属させる場合は具体的にどうしたら良いか」という質問です。ヒアリング調査の回答者のなかには、研修の途中や、予定よりも早く現場に配属された人が複数いました。その異動が離職の原因になった人もいますが、離職につながらなかった人もいます。異動が離職の要因にならなかった若者たちは、異動先の上司や先輩がしっかりと面倒を見てくれたと話してくれました。希望していない部署に配置されることになっても、前任者の担当業務を突然全て背負うのではなく、最初の数カ月は先輩がサポートするなど、ちょっとした配慮をすることで大きな差が生まれるのではないかと思います。

個別相談から若者のニーズを把握する

星野 私からも二つ回答します。一つ目は、「ハローワークの窓口は各都道府県の管轄、線引きがあるか」という質問です。基本的に学生や求職者は、どこのハローワークでも利用することができます。例えば、北海道の大学に行っている学生が、就職活動の時に東京に出てきて、東京の新卒応援ハローワークに登録することもあります。一方企業については、新宿にある東京新卒応援ハローワークが都内23区、八王子新卒応援ハローワークが多摩地区という形で区分けしており、所在地により対応しております(補足:求人申込の受付は、住所管轄の各ハローワークが担当)。

二つ目は、「大学と連携しての支援とは、具体的にどのようなことをしているか」という質問です。個別の職業相談、求人の情報提供が中心となりますが、大学から要望があれば、3年生向けの就職活動スタート準備セミナーや、4年生向けの模擬面接指導なども行っています。

福井 私からは一つ回答します。「卒業生の就職、離職状況はどうだったのか」という質問です。就職率は、2017年度卒の場合で言いますと、進路決定者が1,293人いまして、そのうち就職した学生が1,120人ほどです。残りの学生は大学院などに進学しています。一方、離職率については、今まで調査してきていませんでした。今回のフォーラムで皆さんの発表やご意見を伺って、就職した後の状況についてしっかり把握していくことは、大学にも必要になってくると思いました。

杉橋 私には、「具体的な離職率あるいは定着率の変化を知りたい」という質問がありました。新卒しか調べていないのですが、過去3年間の新卒は26人採用して、うち退職は1人です。中途採用の場合は3人採用して1人が退職しています。どうやって引きとめるかが、今でも課題となっています。

深町 集団型ガイダンスを学生の多様化にどう対応させるかについては、簡単な解決策はないのですが、まずは学生の個別相談のなかからニーズを一つずつ丁寧に拾っていき、そのなかで、集団型ガイダンスに適したものを精査して実現していくことから始めるしかないのかなと思います。ガイダンスの中身をどう魅力的なものにするかは、各大学で抱える事情や課題も異なりますし、学生のニーズを踏まえて様々な工夫を施すことになるのではと思います。

就職後のキャリア形成を見据えたカリキュラムの実施

また、今回のフォーラムではあまり触れなかった話題ですが、全学的なキャリア教育についても考える必要があります。現在のキャリア教育は、初めての就職までを意識したものに偏りがちなところがありますが、その先を見据えて、職場定着や今後のキャリア形成を考える教育に作り替えていく必要もあると思います。大学1、2年生といった低学年からキャリア教育を実施する大学は随分増えてきていますが、その反面、就職活動が終結する4年生に対しては、キャリア教育があまり実施されないという調査結果を見たことがあります。つまり、3年生くらいまでに集中的に支援や教育を行うものの、その後はスポットライトが弱まるという状況です。ところが4年生になっても、キャリアを考える必要性がなくなるわけではないので、今後自分がどのようにキャリア形成していくかという視点も含めたカリキュラムを実施することが、本来のキャリア教育において重要ではないかと考えています。

ただし、ここで難しいのは、参加する学生のモチベーションをいかに維持するかという問題です。就職が決まると一段落ついてしまい、その先をどうするかまではどうしても思いがおよびにくい傾向があります。まずは身近な試みとして、就職後3年目までの状況を想定し、どんなライフイベントが起こり得るのか、自分は社会にどう適応し、何を実現しようとするのか、そのために会社組織とどのように向き合い、どう活躍するのがよいのか等をきちんとイメージさせるような教育も必要ではないかと思います。