研究報告 育児期女性の職業中断──子育て世帯全国調査から

今日はどういうテーマで発表するか少し悩みましたが、脇坂先生のお話に絡ませることにし、育児期女性の就業継続について、JILPT「子育て世帯全国調査」の結果を用いて話をしていきたいと思います。

子育て期の女性の就業継続がいかに重要なことなのか。実は、男女間の雇用格差を根本から解消することが、女性の就業継続にかかっているといっても過言ではありません。男女格差の深層には「統計的差別」というメカニズムがあるからです。つまり、企業が男女別の平均離職率という統計値をもとに、全ての女性を定着度の低い労働者と見て、女性に不利な職場配置や職業訓練の機会を与える。それが結果的に男女間の大きな賃金格差につながっていきます。このため、われわれの研究では、いかに女性の就業継続率をアップさせるかが重要な課題となっています。

キャリアの分かれ道は第1子出産前後での就業継続の可否

そのなかでも一番キャリアの分かれ道となるのは、第1子を出産する前後で就業継続できるかどうかです。第1子出産後に継続できる女性は、第2子、第3子を出産するときも前の経験を生かして、継続しやすい。一方、そこで辞めてしまうと、仕事に復帰してもほとんどの場合はパート・アルバイト、あるいは派遣社員といった非正規の形態で働くことになるので、大きな経済的ロスを被ることになります。

シート1は、第5回子育て世帯全国調査における、第1子出産後の母親の就業継続率の推移です。2014年、2016年と2018年の3時点しかないのですが、2018年現在においても継続できているのは全体の3分の1程度で、3分の2の女性が継続できていないのです。

就業継続が女性のキャリアに非常に大きな影響を及ぼすということを示すのが、シート2の表です。第1子出産後に「継続なし」と「継続あり」という2グループの女性(いずれも平均年齢は41歳)の、現在の就業状況を比較したものですが、非常に大きな格差が生まれていることがわかります。具体的には、正社員である割合は「継続あり」は5割に達していますが、「継続なし」は9.1%にとどまります。就業年収300万円以上の割合や、大企業に勤めている割合などでも大きな差が出ています。

シート3からは、生涯で見ると就業継続しないことがとても大きな損失となることがわかります。この表は、私が2019年7月に出版した『貧困専業主婦』という本のなかに収録されているものですが、「ずっと正社員」というコースと、子育てのため一度専業主婦になって子育てが一段落したらパート・アルバイトとして再就職する「(元)専業主婦」のコースで、学歴別にその生涯所得を比較したものです。生涯賃金のなかには、賃金のほか、退職金や公的年金も含まれています。

差額を見ますと、高卒では1億円ぐらいの差が出ています。大卒だと2億円ぐらいの差になります。もちろん、この数字には、専業主婦が受けられる配偶者手当、配偶者控除、社会保険料免除が考慮されていないため、手取りでの実質差額はもう少し小さくなります。しかしながら、総じていえば、「(元)専業主婦」は億単位での「損」を被っていることは明らかです。

子育てに専念したい意識が高い

女性たちが仕事を辞めるときに、生涯で1億円や2億円を損するかもしれないということを覚悟しているかどうかはわかりませんが、われわれの調査では、なぜ専業主婦をやっているかについて尋ねています。シート4は、働いていない理由を、大きく三つのカテゴリー(①子育て②健康や家庭の事情③仕事のマッチング)に分けてみた結果です。

比較して見ると一目瞭然ですが、子育ての理由を挙げる人が圧倒的に多いのです。全世帯の回答割合(緑の棒)と、貧困世帯の回答割合(赤の棒)が示されていますが、貧困世帯でも73%の専業主婦が子育てを理由に働いていないのです。その内訳を見ると、「子どもの保育の手立てがない」を挙げている人が意外と少なく、目立っているのは「子育てに専念したい」という理由で、全体の6割弱を占めています。

どうして子育てに専念したいのかということですが、専業主婦の方にその意識をたずねると、「仮に自分が就業したら、子どものしつけが行き届かなくなる」と思う人が6割を超えていることがわかりました。子どもがまだ小さい人や、子どもの数が多い人だと、そう思う人の割合がもっと高くなります。

多くの母親が、仕事と家庭・子育ての両立が難しいと考える背景に、自分が働けば子どもにマイナスの影響をおよぼすのではないか、と危惧しているようです。しかし、母親が家にいて、自らの手で子育てをすることが子どものためになるという考え方の正当性については、疑問が残ります。実は、調査からはこれに反するようなエビデンスが出てきています。

シート5は、東京都が四つの自治体で行った小中高校生の全数調査の結果です。赤い棒が保育所を利用した経験がある子ども、青い棒が利用経験のない子どもが学校の授業に対して「わからない」と回答した人の割合です。一般層だけで見た場合は、保育所の利用組と非利用組の間に、授業の理解度では差がほとんどみられません。

一方、困窮家庭に限って見ると、保育所の「利用経験あり」の子どもが、小5の段階では授業の理解度が一歩遅れていますが、中2、高2(16-17歳)になるとむしろリードするようになっています。健康不良の割合については、保育所の利用組は全ての年齢段階において低くなっています(図表省略)。これは、困窮家庭にとって、保育所の利用は、子どもの長期的な発育に良い影響を与える可能性があると示唆した結果です。

制度的な罠などが職業中断を誘う

それでは、女性の職業中断を誘うメカニズムは何なのでしょうか。私は、四つのメカニズムが働いているのではないかと思います。まず一つ目は、制度的な罠です。皆さんご存じのように、日本では専業主婦家庭を優遇するような税や社会保障制度があります。その代表的なものとして、配偶者控除制度、第3号被保険者制度、企業のなかには配偶者手当制度があります。いずれも103万円以下や、130万円未満など、妻の年収要件があります。本来は家庭を助けるためにつくられた制度なのですが、意図せずに専業主婦コースへと誘導する効果もあります。

二つ目が欠乏の罠です。子育て中で時間やお金が欠乏する状況下で、なかなか長期的なプランが立てられない、また、情報収集能力が低下します。三つ目は、男女役割分業の規範が強いことです。最後に、今日はこれを重点的に言わなければいけないのですが、ファミリー・アンフレンドリーな日本的雇用慣行です。

日本的雇用慣行は、専業主婦の妻を持つ男性正社員をモデルにつくられていますので、長時間労働、慢性的な残業、頻繁な転勤など、女性にとっては非常に厳しい労働条件があります。男性よりも女性の方が多くの家庭的責務を背負っていますから、企業戦士的な働き方が向かないのです。子育て女性が仕事も家庭も持ち続けるためには、「就業時間」が鍵となります。

女性に高い労働時間の柔軟性のニーズ

就業時間には二つのdimension(次元)があります。「時間の長さ」と「時間の柔軟性」です。では、女性は就業時間のどの部分を重視しているのでしょうか。JILPT調査によると、週40時間というフルタイム勤務を拒んでいる女性が多いわけではありません。それよりも、労働時間の柔軟性を重視する女性が非常に多いのです。シート6は、就業を考えている子育て女性が仕事に就く場合の、重視する条件を見たものです。回答割合が最も高い三つの項目は、全て時間と関係するものです。「労働時間が短い」というよりも、「就業時間の融通がきく」、いわゆる労働時間を自分で柔軟に調整できるというニーズが高いことは興味深い点です。

それでは、「短時間正社員」はどうか。私自身は、そのような働き方はあっても良いと思います。ただ、短時間正社員を全面的に導入することは非常に難しいと思っています。なぜなら、短時間正社員には大きな限界があるからです。まず、一つ目の限界は賃金で、労働時間の短縮分だけ減ります。そうすると経済的に余裕のない女性は利用しにくくなります。私はシングルマザーの研究をしていますが、既婚女性と比較すると、シングルマザーは短時間勤務制度を利用する人が明らかに少ないのです。

もう一つの限界は技能形成や昇級、管理職登用への影響です。週40時間働くフルタイム社員に比べて、週20時間しか働かない短時間社員は、企業から訓練投資を受ける機会が少なくなる可能性があります。また、短時間勤務を継続している社員は、将来性の低い仕事に振り分けられたり、長期的なキャリア形成に不利な立場に追い込まれたりすることも考えられます。フルタイム社員と全く同等な処遇条件を短時間社員にも保障すると、企業は割高な労働力を雇い続けることになるので、市場競争に負けてしまうかもしれません。

テレワーク、分身づくり、仕事内容の明確化を

私が勧めたいのは、柔軟な働き方をするフルタイム正社員です。あらゆる所得階級の女性が選びやすい働き方ですし、技能形成や昇級、管理職登用への影響も比較的少ないのではないかと思います。また、私が以前に行った実証研究によると、柔軟な働き方をしている女性の方が、職場定着率が高く、労働生産性も高いという結果が出ています。これは、企業側が柔軟な働き方を積極的に広げようとのインセンティブにもなるではないかと思います。

では、柔軟な働き方をどのように実現するのでしょうか。ここでは五つのルートを提案したいと思います。一つ目は、「テレワーク」の推奨です。それによって、通勤時間が短くなったり、自宅で子どもの面倒を見ながら仕事をしたりすることが可能となります。二つ目は、「分身をつくる」ことです。いざというときの代替要員がいれば、急に子どもが病気になっても職場を離れることができます。

三つ目は、「仕事内容の明確化」です。労働時間が予測しやすくなり、急な残業を減らすことができます。四つ目が「対人関係のシンプル化」で、同僚や顧客の周辺に拘束される時間を最小化することです。最後は「企画と判断のマニュアル化」です。上司や同僚から仕事の指示を待っている時間を減らせば、自由に使える時間も増えるのではないかと思います。

職業中断期間は最小限に

少子高齢化で労働力不足と男性の賃金低下が進む中、女性が仕事も家庭も持ち続けることは、個人にとっても、社会全体にとっても望ましい選択肢になりつつあると思います。ただし、それを実現するためには、個人と社会の両方からの努力が必要です。

まず、女性は、キャリア継続を見据えての職業教育や職種の選択を早い段階から意識すべきです。例えば、結婚や出産をしても仕事を継続しやすいよう、大学ではあらかじめ専門性や職業技能の高い専攻を選ぶなどです。また、一旦職業を中断してしまった場合は、その中断の影響を最小限に食い止めるよう努力します。育休も3年では長過ぎます。可能であれば、1年以内で仕事に復帰できるよう工夫することが大切です。

ポリシーメーカーである政府は、女性の職業中断を誘うような制度的な罠を断つことを第一に考えるべきです。保育所を使ってのフルタイム共働きが標準的なライフコースとなるよう、税や社会保障制度を改革していくべきです。

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