総括討論

パネリスト
濱口 桂一郎高見 具広Franz Josef DüwellMartin Pohl
コーディネーター
佐藤 博樹
フォーラム名
第105回労働政策フォーラム「労働時間・働き方の日独比較」(2019年9月30日)
シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

佐藤 総括討論に移ります。ここでも議論の範囲を、大卒ホワイトカラーに限定して進めたいと思います。大卒ホワイトカラーの働き方、特に法律上の時間管理のあり方や、企業での働き方における課題、また、その課題克服に向けてどのような取り組みがあるのかなどについて議論していきたいと思います。さらに、サテライト勤務や在宅勤務などを含めた「モバイルワーク」についても取り上げていきます。日本側、ドイツ側それぞれにお話いただき、その後、互いに質問する機会がつくれればと思っています。まず、JILPT研究所長の濱口さんからお願いします。

向かうべきはWorking sometime, somewhere

濱口 労働時間という点で日本とドイツは対照的だと思いますが、その対照的な日本とドイツのキーワードは、実は共通しているのではないかと感じました。

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

高見さんの報告資料に使われたグラフの出典が、EUとILOの合同レポート『Working anytime, anywhere(いつでもどこでも働く)』というタイトルですが、これはなかなか含蓄の深い言葉だと捉えています。これまでの伝統的な日本の、とりわけホワイトカラーの働き方は、まさに「いつでもどこでも働く」。仕事が定時までに終わらなければ夜中まで働くし、場合によっては、昔の言い方では「風呂敷残業」して仕事を家に持ち帰る。これは大変、ワーク・ライフ・インバランスな働き方です。また、家事や子どもの世話を奥さんがやることを前提にしています。こうした状況を何とかしようというのが「働き方改革」だとすると、今の日本が向かおうとしているのは、Working anytime, anywhereではなく、sometime, somewhereでなければならないはずです。

Working anytime, anywhereを可能にするモバイルワーク

ところが、働き方改革のなかには、テレワークやモバイルワークという話が出てきます。これらはまさに、EUとILOの合同レポートのいうAnytime, anywhereの働き方を可能にするものです。ただ、働き方改革はいつでもどこでも働けるようにするといっても、ワーク・ライフ・インバランスにするのではなく、ワーク・ライフ・バランスな働き方を可能にすると言っていて、本来は良いことづくめのはずです。しかし、そう簡単にはいかないのではないか、という「呪いの言葉」を述べたのが、先ほどの高見さんの報告です。

高見さんの報告は多層構造になっていて、皮を剥いでいくと、ワーク・ライフ・バランスを実現するはずのAnytime,anywhereなポストモダンな働き方が、「自分がやりたいからやっている」という名目で、とてつもない長時間労働をもたらすかもしれないということを述べています。下手をすると、子どもの世話をして、ご飯をつくって食べさせながら深夜までへとへとになって、もしかしたら自分の休憩時間が消えてしまうかもしれないという落とし穴があるかもしれない。彼は私と違ってあまり露骨な言い方はしないのですが、実は、結構恐ろしい深淵が口を開いているのではないかと示唆しているのです。

佐藤先生も問題提起のなかで「自己管理が大事だ」と言われました。ただ、自己管理というのは、自分がやるわけです。自分がこの仕事が好きだからとやっていて、気がついたら夜中の3時になっていたということが広がるかもしれない。もちろん、コンピューターをチェックして、何時何分にログインして、何時何分にログアウトしたということは確認できます。しかし、そうすると、「おまえはいつどこで何をしているのか」ということが全部、閻魔様が手の内を見るように見られていることになる。それは本当にいいことなのでしょうか。会社から離れているときぐらい、会社の上司や人事に一挙手一投足を見られたくないという感情をもつことは人間にとっての自然なことかもしれません。そのあたりが、実に複雑な関係にあるということを改めて感じました。

どのように仕事と距離を置くか

佐藤 仕事と私生活の切り替えを意識的に行うことをバウンダリー(境界)マネジメントと言いますが、このマネジメントのなかでは、デタッチ(detach)、つまり仕事からちょっと距離を置くことがとても大事だと言われています。高見さんから、この点に関してもう少しお話しいただければと思います。

高見 働き過ぎの問題は、昔は残業時間の長さで見えていたものでしたので、企業が時間管理で対応しやすい面がありました。ただ、残業規制が弱かったこともあり、残業時間がかなり長い場合もあった。今は規制が厳しくなり、企業は何とかして短時間で仕事を収めなければいけない状況に置かれています。時間の制約を意識して、個々の仕事量を見直したり、効率化したりすることができれば、働きやすくなるでしょう。

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

しかし、企業への聞き取りでは、結構苦労されている話を聞きます。やはり仕事量を減らすというのはすごく難しい。経営的な観点もあります。例えば、現場が回らないから仕事を減らしてくれと現場管理職が言っても、経営サイドとしてはとれる仕事はとりたいと考えるからです。

また、濱口さんがおっしゃった、仕事が生活時間へあふれ出してしまう問題ですが、これは日本特有なものかというと、私が報告データの出所元としたEUのレポートでも同じような話が載っていました。職場以外の場所でも頻繁に働く人は健康を害するリスクを感じている、ということがはっきりと書かれています。

難しいのは自ら進んでやっているケース

難しいのは、やらされているケースだけでなく、自ら進んでやっている場合もあることです。レポートを読むと、自らの判断で会社の外でも仕事を進めている人は、その働き方に満足している割合が高い。しかし、そういう働き方であっても、健康上のリスクがある。そういう状況をどう考えるかというのが、今日、私が提起した問題だったわけです。

では、どのように解決するか。一つには、佐藤先生が提起したような、生活改革という視点があるでしょう。仕事以外の時間も大事だという意識づけを、個々の社員に行うことが大事になります。加えて、仕事量のマネジメントをきちんとやることが必要です。「どこでも働いていい」という柔軟化を進めるだけではなく、仕事の進め方を自由に委ねるのであれば、同時に、仕事の量や、割り振りが適切かどうか、進捗がうまくいっているかなどのチェックを、より細やかに行わなければなりません。

やりがいを持って働いている人であっても、健康リスクがあるということを考えなければいけないと思います。というのは、労働者への聞き取り調査をしていると、例えばエンジニアの場合、やりがいを持って働いていて、満足度も高く、いつ、どういうふうに仕事をするかを自分で決めたがるが、そういう人でも、何かしらのきっかけでバーンアウト(燃え尽き)してしまう場合があることがわかります。

働く者にとって全部を管理されることは、とても窮屈だと思いますが、かといって、自己管理に全て任せてしまって上がってくる成果を待つというのも、マネジメント側として望ましくないと思います。ドイツにも同じような状況があるのか聞いてみたいと思います。

人生の本当の意味を忘れてはいけない

佐藤 デュベルさんの特別報告では、労働時間のフレキシビリティーの拡大の議論がこれから進むだろうし、モバイル労働に関する規定も整備していくという話もありました。それを踏まえてデュベルさんには、今の日本側の2人の報告を聞いたうえで、いつでもどこでも仕事ができることと労働者のワーク・ライフ・バランスについて、ドイツではどのような課題があるのか、課題がないとすればなぜなのか、そのあたりをおうかがいできればと思います。

デュベル ドイツでは、いわゆる「信頼労働時間」というものがあります。それは裁量の部分、つまり本人の自由度がたくさんある。ただし、私は、自由には限度が必要だと思っています。人間が自分の限度を自分で決めるのは難しい。もちろん、自己決定は重要ですし、自由も必要ですが、そのときに常に忘れてはいけないのは、人生の本当の意味を理解しているかということです。やりがいは何なのかということを認識しているかどうか。その一つの要素としてあるのがワーク・ライフ・バランスだと思います。

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

私の個人的な例から説明したいと思います。私は裁判官の職を選びました。それを選んだのは、ワーク・ライフ・バランスがうまくいくと思ったからです。妻は、私が判事をやっていたときに大学を卒業して、2人の子を産んで、私は育児にも参加しました。そして、子どもが大きくなった時点で、私はいろいろと書物を書く時間を持つことができました。

ドイツでの判事という仕事は、労働時間と場所を、わりと自分で選べるという大きなメリットがあります。もちろん、裁判所に出向かなければならない時間は決まっていますが、それ以外はわりと自由が利きます。私はそれを大変すばらしいと思っていて、自由を感じることができました。家族全員そう思っていますし、私はその判断は正しかったと考えています。

ドイツでは「事業所委員会」で健康も管理

ホワイトカラーの問題が話題になっていますが、やはり様々な限度を決める必要があり、それは日本でも必要だと思います。ドイツでは過労死はそれほど大きな問題にはなっていませんが、健康管理は必要です。ドイツの企業には「事業所委員会」があり、従業員の代表も共同決定権を持っており、経営をコントロールすることができるようになっています。

時間外労働は、企業側から残業を命じなければならないのが前提になっています。私は判事としていろいろな事件を見てきました。長い間、一つの企業にいると労働時間はどんどん長くなっていきますが、それを残業時間と認定しないこともよくありました。会社にいるだけでは、別に効率性は高まりません。

判事の場合、労働時間は通常の会社のようには決まっていませんが、早く仕事をこなせれば、「この人は仕事が早い」と評価されて、どんどん昇格することも可能です。私はその意味では、大変恵まれていました。

使用者が拒否できないホームオフィスの請求

場所のことについても、お話ししたいと思います。判事としては、場所を選ぶこともできました。ホームオフィスも行いました。ホームオフィスの労働者からの請求権について、もし使用者が拒否した場合は、それに理由をつけなければなりません。そして、その理由は審査されます。労働時間を短縮することについても、使用者が拒否する場合、同じように説明しなければなりません。このため、ホームオフィスの場合では、残業を使用者側から命じることはあってはいけないと思います。そうしないと、オフィスにかかるコストをどうやって削減できるかという方向に向かっていってしまいます。

ホームオフィスのメリットでもう一つ挙げられるのは、様々な障がいのために移動できない人には大きなメリットをもたらすことです。ホームオフィスが実現することによって、初めて雇用関係ができ、キャリアを積むことが可能になる人もいます。

一方、時間や場所の自己決定に対する批判もいろいろ出てきています。例えば、管理職の立場からの反論で、これからは部下の管理のスタイルを変えていく必要があります。これらは一つのプロセスであって、どんなすばらしい法律があってもそれだけでは足りません。社会の方から行動パターンや人々の考え方を変えていく必要があります。

ドイツでは大卒ホワイトカラーは即戦力

佐藤 ありがとうございます。では、同じ内容でポールさんお願いします。

ポール まず、大卒のホワイトカラーについて話をします。日本とドイツでは、大学のシステム自体に大きな違いがあると思います。

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

ドイツの大学では、大卒として満たさなければならない要件があり、企業もそれを期待します。そして、大卒者が企業に入れば、即戦力として使われます。私が大学を出て就職をしたとき、雇用主から、最初の4週間、ある外国の会社に行って、そこの経営を立て直しなさいという課題を受けました。私は、そこで実際に大学で学んだことを生かして実践しました。

一方、日本でこうしたことは、なかなかないと思います。大卒で会社に入ると、最初の2年間は会社で教育を受け、ネットワーキングなどに努める。まるで初心者のような扱いを受けるわけですから、それで不満を感じる人も多いかと思います。そういった人たちが、もっと長い時間働きたいのに、規制があるから思い切りできないというような状況もあるかもしれません。これが、私が筑波大学で7年間教授をしていたことを踏まえての感想です。

モバイルワークやサテライトオフィスについて、デュベル先生がドイツの状況を話してくれましたが、経営学を学んだ者として、私も少し補足したいと思います。労働としていろいろな業務内容がありますが、なかには、どうしても同僚と一緒にその場にいなければいけない業務や、お客様のところにどうしても行かなければいけない業務など、モバイルではできない業務もあります。

会社に長くいる日本の社員

経営学的な視点から言うと、オフィスコストの削減のほか、通勤時間を節約できるという良い面もあります。私が最初に大使館で仕事を始めたとき、筑波に住んでおり、通勤に片道2時間ぐらい、往復で4時間半ぐらいかけていました。しかも、大使館の業務はかなりハードなので、労働時間と合わせるとかなり長時間になりました。あのときは仕事をするためだけに生活していた状況でした。今日のテーマである労働時間を短縮するということは、もちろんすばらしい目標です。でも、なぜそうしなければならないか、なぜ労働時間が長いのか、なぜそれを短縮するのが難しいのか──。そういったことについても、もっと深掘りしていく必要があると思います。

最後に1点、付け加えるとすれば、日本の企業で従業員として仕事をしていた経験から言えることですが、人事部の人たちの様子を見ていると、日独で随分違います。やはり日本の社員は会社に長いこといて、それで残業代が出る。そういうことだと、残業代が出るから残業をする。ですから、そういう人たちは、労働時間短縮に関してあまり大きな反応を示さない。労働組合があまり大きな反対をしなかったのも、最初は少し意外に思いました。日本で労働時間をいかに短縮できるかを考えるときには、残業代ではなく賃金を上げるにはどうすればいいのかといった点についても考えなければいけないと思います。

モバイルワークでの課題は日独共通

佐藤 今日のお話をうかがっていて、多分、特に長時間労働は日本の課題であり、ドイツはそういう当面の課題はないと受け取りました。ただ、これから、いつでもどこでも働くということに伴う課題は、日本もドイツも同じようなものが出てくるのではないかと思うと同時に、置かれた社会の状況が違うのかなとも思いました。

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

先ほど、ポールさんから、日本では残業を減らしても帰らないで職場にいるとのお話がありました。残業代が出るという面もあるのですが、もう一つの要因は、帰りたいと思わないこと。有給休暇も同じで取りたくないのです。

ドイツであれば、家に帰っても仕事をしていると思います。ただ、夕方になれば帰って、家族と一緒にご飯を食べる。家族と食事することが大事だという考え方がある。一方、日本人は午後8時、9時まで仕事をして、それから帰って夕食を食べますが、もう子どもは食べてしまった後になる。ここの違いは、すごく大きいと思います。

一方、いつでもどこでも仕事ができるということに関しては、日本もドイツも共通の課題だと思います。通勤を通信に代替すると、確かに、通勤時間が長い東京では、ワーク・ライフ・バランスにはプラスだと思いますが、マイナスもある。モバイルワークをどうワーク・ライフ・バランスにつなげていくのか、会社や管理職と話し合って、社員一人ひとりが自分のためにうまく活用していくことが大事だと思います。これからも日独でこのテーマについて議論していければと思います。どうもありがとうございました。