パネルディスカッション
働き方改革とテレワーク

パネリスト
小倉 一哉、池添 弘邦、神谷 昌克、髙田 剛毅、古賀 吉晃
コーディネーター
濱口 桂一郎 労働政策研究・研修機構 研究所長
フォーラム名
第98回労働政策フォーラム「働き方改革とテレワーク」(2018年9月26日)

労働政策への期待と要望

濱口 今日はまず、日本社会の今後の働き方はどうあるべきか、また、それに向けた労働政策のあり方はどうあるべきかといったことを話し合う観点から、働き方、雇用区分、処遇、労働時間を含めた法制度のあり方について、パネリストの皆さんがどのような希望を持っており、とりわけ労働行政に対し、どのような支援策を期待しているのか聞いたうえで、その後、2人の研究者の方から意見をうかがいます。

障がい者雇用促進の一助に

神谷 テレワークを使えば、障がい者で特に通勤が難しい方が、活躍の場を広げられるのではないかと思っています。弊社では今、トライアルとして東京地区だけですが、障がいをもつ社員の在宅勤務を運用しているところです。地方の支店でもやってみたいのですが、地方だとどうしても店の規模が小さい関係で、障がい者1人ひとりに対して朝~夕方までの仕事をちゃんと切り出せないケースがあります。なんとか全国でこうした運用ができるようになれば、障がい者雇用で課題を抱えている他企業にとっての改善策のヒントになるのではないかと思っています。ぜひ、行政も含めて一緒に考えていければと思っています。

モバイル環境の整備に期待

髙田 大事なことは、テレワークを何のためにするのか、見失わないことだと思っています。弊社の場合、テレワークは、生産性を上げて企業体力を上げていく、従業員の満足度を高めていくための一つのコンテンツであり、ツール、ソリューションだと認識しています。テレワークの取り組みというと意識の醸成、ムードアップの側面が強くなりがちですが、現実を見ると、社外でテレワーク、モバイルワークできるスペースが意外と少ない。各企業で用意していくにはコストもかかりますから、行政などが電源、Wi-Fiなどネットワークを確保できる環境を整えてくれたら大変ありがたいと考えています。

テレワークでキャリア継続が可能に

古賀 個人的な意見ですが、2点あります。1点目は、ホワイトカラーの労働時間管理で、これは永遠の課題でしょうが、企業と国が一緒になって考えていくテーマだと思います。もう1点は、兼業・副業についてです。今年1月に厚生労働省から「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が出されましたが、会社が1人の従業員を、言葉を選ばず言うと、ひとり占めにするのはもう緩和していくべきではないかと考えています。

1点目の労働時間管理について、テレワークと絡めて言うと、家でもパソコンを開いて会社のネットサービスにアクセスして仕事をすることになるので、その時刻の記録をとることができます。ただ、その一方で、テレワークをやっているとやっぱり育児しながら、介護をしながらの「ながら勤務」になる場合も出てくる。われわれは、これは認めているのですが、お子さんをお持ちの方だとわかると思いますが、子どものおむつをかえて仕事に戻ろうかと思ったら、1分後に「ママ」と来る。では1分ごとに不就業分を労働時間から抜くのかというと、それは現実的ではありません。結局、丼勘定になってしまう。

何が言いたいかというと、健康管理等のセーフティーネットがしっかりと担保されている前提で、時間に比例しない処遇を広げられないかなと思っています。

副業・兼業については、テレワークが進めば、本業で東京にいながらでも、地方に兼業や副業で協力することも実現できると思います。話は変わりますが、テレワークはキャリア開発の可能性も広げると思います。自分の場合を例に挙げると、人事部は東京にしかなく、妻が九州に異動になったとすると、弊社は帯同制度があるので私も九州に行くことはできるのですが、私は人事ではなく営業などの仕事をせざるを得ない。もし自分が人事のキャリアを積みたいと考えていたら、雇用継続の面ではハッピーでも、キャリアの面ではハッピーではないかもしれない。ただ、テレワークを活用すれば、人事所属のまま福岡で働くことができる。こうした世界をどう実現できるのか、ぜひ行政などとも一緒に考えていきたいと思っています。

実務的なガイドラインの改定を

濱口 それでは、3社のお話を踏まえて、研究者の立場から少し突っ込んで話していただければと思います。

池添 まず、3社のご報告を伺って思いついたことからお話すると、在宅勤務やテレワークは、働き方改革を進めてくうえで一つのツールにすぎないということを多くの方々に認識してもらった方がいいと思いました。3社とも、大きな企業経営・運営の目標がまずあって、それを進めていくための有効な方法としてテレワークや在宅勤務に取り組んでおられる。つまり、まずは土台となる考え方をきちんとセットアップする必要があるということです。

そして、上物である在宅勤務・テレワークについてですが、新しいことを始めれば、何かしら問題が出てきて、それを改善すると、また新たな問題が出てくるのが通常だと思います。働き方改革もトライアル・アンド・エラーの繰り返しだと思いますし、過去にヒアリングした企業でも、インプルーブの繰り返しによって制度の中身を充実させている例を見たことがあります。改善を繰り返し、制度や運用を継続させていくことが大事だと思います。

過去のヒアリングの経験では、オフィスワーカーには在宅勤務を導入するのに、現業の社員に導入しないのは不公平だと労働組合が主張したとのお話しがありましたが、そのとおりだと思います。過去にヒアリングした企業のなかには、現業の社員には在宅勤務を導入できない代わりに、工場施設内に託児所を設ける代替措置を講じた企業がありました。在宅勤務導入に伴う従業員からの不満はこのように解消できるという一例だと思います。在宅勤務利用者にとっても、利用に際しての気兼ねが軽減されるかもしれません。

政府の「働き方改革実行計画」では、在宅勤務のガイドラインの充実化を目指しています。現行法制を遵守しながらうまく導入できるようなプラクティカルなガイドラインにして欲しいというのが個人的希望です。法律で縛ると、在宅勤務やテレワークはうまくいかないと思っています。業種、業態、職務内容は企業によって異なりますので、各社が自社にフィットする形で制度を工夫し、実現していくのがよいと思います。

必要なテレワークを支える哲学や感性

小倉 行政などへの要望としては、私からは施設等の整備を注文します。今、東急電鉄が自社の駅に会員制サテライトシェアオフィスを展開しています。会員はICカードで入って、個室で仕事ができる。こうしたインフラが他社にも広がればと思います。

3社の事例を聞いての感想を述べますが、この2、30年、日本企業がだめになった原因の一つは、論理と知性に偏った経営をしてきたからだと指摘する本を読み、なるほどと思いました。論理と知性に偏った経営をすると、正解が同じになってしまう。その結果、競争することは、「スピードとコスト」になってしまう。スピードとコストしか競争する資源がなくなってしまえば、長時間残業やコストカットなどの問題が起きてくる。3社は、テレワークを導入するにあたっての哲学、あるいは感性のようなものを持っていると思いました。もし、データ中心主義の会社だったら、儲けを計算できない企画は通らないはずです。ですから、社長の役割は非常に大きいと思います。それで、とにかくやってみる。トライアル・アンド・エラーに終わりはないことを意識して、常に変えていく努力を続けることが大事なのではないかと思いました。

参加者からの質問への回答

時短勤務者は減少

濱口 ここで、会場の皆様から事前にいただいた質問に、3社の方に答えてもらおうと思います。言い足りなかった点があれば、付け足しても結構です。

古賀 『テレワークを入れて、育児短時間勤務者の状況にはどのような変化がありましたか?』という質問にお答えします。

弊社では育児短時間勤務者は減りました。2015年と2016年は、適用者は150人でしたが、2017年に調べたら120人に減っていました。つまり30人がフルタイムで働くようになったということです。より時短分を短くした(例:短時間勤務を60分から30分に変更した)人は、この数字に含まれていないため、実際には30人以上がフルタイムに近づいたと言えると思います。この変化をわれわれはポジティブに捉えています。

中長期の話し合いでカバー

もう一つの質問、「部下が在宅勤務をすることで、マネージャーの仕事はどのように変わったか、デメリットはないか?」にお答えします。

やっぱり、上司と部下の物理的な接触時間は少なくなります。しかし、これをデメリットに終わらせないためにも、働き方を変えて対応していく必要があります。例えば、意図的に「時間」と「質」をとりにいくコミュニケーションをするようにしています。これまで、「ちょっと君」とか「ちょっとこれ」という即時性のマネジメントだったのが、中長期でのマネジメントへと変わっていく必要があります。人事部が主導しているわけではないのですが、「1on1」などをやり始めた部署が出てきました。例えば2週間に1回、30分で、今の課題とこの先、何をやるかを話し合う。また、給湯室で会えば、「最近どう?」ではなく、 「この前の課題はどうだった?」など意図的に情報をとりにいくやりとりに変わってきています。

どうしてもデメリットに目が行きがちになりますが、「まずはやってみないと生み出される価値は実感できないよね」と社内では語りかけるようにしています。

テレワーク利用者の評価が向上

髙田 私からは『テレワークのときの労務管理・時間管理はどのように行っているのか?』との質問に答えたいと思います。

簡単に言うと、1日、終日在宅勤務をするときには、7時間のみなし労働にしています。子どもの世話、ちょっと病院に行く、そういったことも全部ひっくるめて7時間とみなすとしています。実際に仕事をしているかどうかに関しては、もう社員を信じて、性善説に基づいて運用しています。7時間以上、仕事をする必要が生じた場合は、始業時刻と就業時刻を申告してもらうことで、働いた分の労働時間を認定しています。

アウトプットは伴うのか、についてですが、なかなか効果を測定するのは難しいと思っています。弊社では以前、テレワークを実施している者の人事評価がどう変化しているのか計測したことがあります。興味深いデータなのですが、テレワークを利用した者の評価は総じて上がっていました。これは、やはり効率が上がって、生産性が上がっていることの証左だと思っています。社員のアンケートでは、テレワークをするとき以外の仕事でも、段取りをする力が上がったというコメントが見られています。

逆に上司と部下で情報共有が進む面も

神谷 私からは『効果をどう測っていくのか?』という質問にお答えします。

私たちは経営破綻を経験していますので、定性評価を基本、認めないんです。なので、全て定量効果で測らなければいけないのですが、実際のところ、定量で全て測れるかというと難しい。ただ、制度を使い始めると、社員がそのありがたみをわかってくる。トライアルみたいな形で、まず始めてみるというのは一つのやり方だと思います。

テレワークさせるかどうかの判断は原部原課に任せて、マネージャーが「効果がある」と判断した人に対してのみオーケーを出しています。その上で、育児・介護が必要な一部の社員に利用が偏っていないか、管理職が使っていない状況がないか、一般社員がテレワークした分の仕事を管理職が引き取って労働時間が増えていないか、などを人事がチェックしています。結果的に、利用に偏りはありません。

現在は、管理職がテレワークしている場合、家からテレビ会議に入ってくる場合もありますし、「今日はテレワークなので会議には出ません」と堂々と言う場合もあります。そうした場合、一般社員が管理職の代行をするので、逆に情報の共有が進むプラス面もあります。

研究者からの総括コメント

導入のメリットに目を向けるべき

濱口 なかなか定量的に効果することは難しく、しかし定性的な話だと社内の理解が得られないというのは、おそらく多くの企業の人事の方々に共有される問題かと思います。それでは、最後に、研究者のお二人に総括的なコメントをお願いしたいと思います。

池添 ある会社の例です。日本でも有数のIT系メーカーの子会社ですが、女性の離職・退職がかなり多く、親企業から新しい社長さんが来たときに課題提起したところ、「有能な人が辞めてしまうのはもったいない」と言って、軽々と在宅勤務の導入を認めてくれたということでした。ただ、会社の利益が下がらなければという条件をつけられたそうです。

リスクやプロフィタブルでない面を重視するあまり、人材の定着や育成など、会社の将来に向けてのポジティブな面を見逃してしまうのは非常にもったいないと思います。その会社では、在宅勤務の導入で女性の離職者が減り、かえって、就業を継続できた結果、昇進する方もいたそうですし、社長自ら在宅勤務をしたそうです。周りの社員は、社長が不在になるので直接相談するのを早めるなど、自分たちで仕事のマネジメントをするようになったということでした。むしろ、在宅勤務を導入する方が企業にとってプロフィタブルになるのかもしれません。

最後に、研究結果から言えるのは、信頼関係を普段から築けるようなコミュニケーションを職場でとっておくことが、在宅勤務、テレワークの導入ではとても大事であろうということです。

集中タイムの究極が在宅勤務

小倉 グローバル企業でオーディオ関係のJABRAという会社が、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスのビジネスパーソンを対象にした在宅勤務に関する調査結果を今年発表しています。その主な結果を紹介すると、在宅勤務が最も生産的だと答えた人は、2015年に比べて4倍に増えている。また、ノイズが最も職場の生産性を阻害している要因であり、ほとんどの国で挙がった最も大きな悩みは、周りでの仲間のおしゃべりだそうです。私の最初の報告どおりですよね。「集中タイム」ですよ。その「集中タイム」を実現できる究極の一つが、私は在宅勤務だと思っています。

濱口 テレワーク・モバイルワークは、今、働き方改革のなかで脚光を浴びつつあります。実は世界的に見ると、特にヨーロッパ諸国、オランダなどはもう3割強がテレワークをやっている状況にあります。同時に、AI、IoTなどといった、いわゆる第四次産業革命による情報通信環境の激変の中で、再び注目を集めつつあります。こうした時期に、このテーマでフォーラムを開くことができたのは大変よかったと思っています。本日はありがとうございました。