パネルディスカッション
The Future of Work─仕事の未来─

パネリスト
得丸 洋、安永 貴夫、神田 玲子、濱口 桂一郎
コーディネーター
大内 伸哉
フォーラム名
第91回労働政策フォーラム「The Future of Work─仕事の未来─」(2017年5月12日)

大内 神戸大学の大内です。最初にパネラーから自己紹介を兼ねて今、お考えになっていることをお話しいただきたいと思います。得丸さん、よろしくお願いします。

1 環境変化で一番大きな課題は何か

「企業も個人もアミーバのように変化」

得丸 経団連の国際労働部会長となっていますが、経団連の統一見解を述べることはできないので、お話しするのは40年近く人事部門におりました三井化学という会社の一つの事例とお考えいただければと思います。内容についても、「企業の人材マネジメントの今までと今後」ということになるかと思います。まず、三井化学という会社の考え方ですが、ある意味、日本的人材マネジメントの典型かもしれません。日本の企業では共通した部分が多々あると。農業や漁業、個人の営業であっても、組織の体をなしていると同じことが起こるのではないかと思っています。

仕事、あるいは職務でもいいのですが、個人と企業にそれぞれ目的があって、その接点の領域が仕事であるわけです。その重なる領域を企業側から見ると人材マネジメントになるし、個人の側から見ると仕事の仕方、あるいは処遇、雇用、賃金になると思います。その関わり方は深く関わる人とごく簡単に関わっている人など、いろいろです。

一つ留意が必要なのは、企業と個人の大きさが全然違っていることです。企業は組織ですから、個人は圧倒的に小さい。しかし、その小さい個人を集団にまとめているのが労働組合だと思っています。

それぞれの円にそれぞれの環境があります。すでにお話があったように今、大きな変化に直面している。私は40年近く企業におり、障がい者、高齢者、女性など個別の課題はありましたが、全般的に働き方改革が問題になることは、初めての気がします。

二つの円があるわけですが(図表1)、それは単純な形をしておらずに、両方ともアミーバ型になっている。企業は環境変化を受けながらアミーバのように変化します。個人もアミーバのように変化して、両方のアミーバがかかわり方を変えながら仕事のあり方が変わっていく。例えば一個人と企業の関わり方のなかで、飛び出したアミーバの職種は中途採用することもありますが、既存の人材を教育して、対応させることもあります。

図表1 企業の人材マネジメントの考え方~企業と個人の関係、仕事の位置づけ~

図表1画像

参照:配布資料「企業の人材マネジメント」2ページ(PDF:198KB)

AIの導入が進むと大きな変化が生まれることになるでしょうが、仕事のスタイルだけ変わることもあろうかと思います。また、教育して全く違う領域へ異動させる、また再配置することもあります。全く接点がなくなり、自分の仕事、専門領域がなくなることもよくあります。我々の業界では、新規の材料を担当し続けると専門性が全く違ってしまう場合がよくあります。変われる方は変わり、変われない場合は転職される方もあります。両方アミーバですが、こうした変化を複合的に受けながら、会社側は人事政策を変えますし、個人の仕事も影響を受ける構造だと思っています(図表2)。

環境変化があって、事業を始めるときは、採用、教育、配置といったいろいろな制度上の裏づけをつける体制をつくる。これは全てが経営施策であり、人事施策であるわけです。それから、より大きな問題になると、組織体制や処遇制度や評価制度を変える、仕組みの変更を行うことになります。

ただ、このアミーバの形は各事業、各企業、各産業で置かれたシチュエーションで全部違う。状況が違えば戦略も異なります。環境変化の起き方が違うと、起こる現象も皆違うと思っています。

仕事への影響による個人側の見方としても、適応力や意思、希望によって変わるわけですから、「仕事の未来」は企業側、個人側の状況に合わせた変化への対応となります(図表3)。企業側で言えば戦略、個人側ではどんな希望、意思を持つかになる。先ほどのライダー事務局長がシェークスピアを引用して、未来はどこかに書いてあるものではなく、自分がどう考えるかだと言った。全く同意見で、仕事の未来は、状況に合わせたそれぞれの意思と変化への対応になるというのが、私の単純な結論です。

大内 お話をうかがって、外的な環境変化は、日本型雇用システムに影響を及ぼすだろう、しかし、各企業の経営戦略、また従業員の希望とのコンビネーションは多様なので、一概に語れるようなものではないと思いました。続きましては安永さんお願いします。

「公正な労働条件が担保され、支え合う」

安永 連合副事務局長の安永です。連合は1989年に結成されたナショナルセンターです。加盟組合員数は686万人、加盟の組合員だけではなく、全ての働く人たちのために雇用と暮らしを守る取り組みを進めています。最近では、パートなどで働く仲間も100万人を超えるまでになりました。

さて、AI、IoTなど技術革新の観点から働き方がどうなるのかは、個人的にも非常に興味深い議論ですが、労働組合の立場から人に焦点を当てて提起をさせていただきます。

連合は2010年、少子高齢化、労働人口減少という現実を踏まえて、私たちの目指す社会像として「働くことを軸とする安心社会」を定め、政策パッケージを作成し、その実現に向けた取り組みを進めています。働くことに最も重要な価値を置き、誰もが公正な労働条件が担保され、支え合う。もたれ合うことではなく、支え合いながら経済的、社会的に自立していくということです。長い人生では、病気になったり、事故に遭うこともある。一生懸命働いていても産業構造の大きな変化のなかで職場を失うこともある。しかし、そのときに次のステージに挑戦できるセーフティーネットがきめ細かく張られている社会を、目指すべき社会像に定めました。

それを説明するときに、五つの島に安心の五つの橋をかけるこの図を使っています(図表4)。中心に雇用の島があって、教育の島、家庭の島(社会生活、地域生活も含む)、そして定年退職をイメージしている退職の島、そして失業の島があります。それぞれの島を結ぶ橋を丈夫にする、言い換えれば本人の意思に基づいて行ったり来たりできることが「働くことを軸とする安心社会」につながるという考え方です。

図表4 連合が目指す社会像「働くことを軸とする安心社会」

図表4画像

参照:配布資料「連合が考える「多様な働き方」について」3ページ(PDF:350KB)

今日のテーマである雇用の島でも、非正規から正規への転換、育児や介護などのライフサイクルに合わせて本人の希望でパートタイムになったり、フルタイムに戻ったり、勤務地、職種についても限定したり、元に戻したり、多様な働き方を選択できる社会をイメージしています。

今までは正社員だからフルタイムで定年退職まで、非正規だからパートで有期契約という形に分けられてきましたが、公正なワークルールのもと、人で分けるのではなくて、一人ひとりのライフステージに合わせて多様な働き方を認め合う社会を実現しようとするものです(図表5)。

最近では、限定的正社員の枠組みが正社員へのステップアップの通過点として導入されるケースも増えてきました。ただ、企業規模や業態、社内制度、年齢構成、展開しているエリアなどで違いがありますので、画一的なルールを当てはめることはできない。労使の議論に当たっては、それぞれの企業の事情、職場の環境に合わせて、労使コミュニケーションを大切にしながら、均等・均衡処遇及び本人の納得性、透明性の確保などに留意しながら議論していくことが重要だと思っています。

大内 仕事の未来という新しい問題もありますが、いたずらに新しさを追求するよりは、労働組合の持つ基本的なスタンスをしっかりと確認し、それを維持することが労働組合としての基本的な姿勢ということだと思いました。それでは、神田さんよろしくお願いします。

「AIをどう社会に取り込み、使っていくかが重要」

神田 NIRA総合研究開発機構は政策提言を行うシンクタンクです。外部の識者からなる研究会を設置し、議論をしながら提言をまとめています。本日は、AI時代における雇用・働き方について、大内先生をはじめ、東京大学の柳川範之教授、国立情報学研究所の新井紀子教授に議論してまとめてもらった研究成果を踏まえてお話ししたいと思います。新井先生は、人工知能に東大入試の合格に挑戦させる「東大ロボくん」のプロジェクトを実施している方です。

まず、AIの定義を明確にしなければ議論が始まりません。アルファ碁、自動運転など、ある部分の特殊技能にAIを使う特化人工知能は既にいろいろなところで使われています。これに対して汎用人工知能は、人間と同じように、考え、行動することができる人工知能です。この汎用人工知能は、基本的には今の段階ではできていませんし、いつできるかもわからない。基本的には非常に困難なことだろうと考えています。

2045年にシンギュラリティ(人工知能が人間の能力を超える技術的特異点)が来ると言われていますが、それは不可能ではないかと考えています。なぜならば、ロボットに文章を読ませて意味がわかることをまだ数学的に解明ができていないからです。そのため、ロボットに文章理解をさせることはできないだろうということです。ですから、特化人工知能を前提に議論をしています。

二つ目の課題としては、AI時代に人間に求められる能力はどう変わるのかということです。AIは万能ではなく、限界があります。例えば、AIは、ビッグデータがなければ使えない。また、例外的で、めったにないことが起こったときAIは対応できず、人間の出番になります。先ほど申し上げたように、AIには文章の意味がわからないので、その場の空気を読むことには対応できない。加えて、AIにインプットするには数値化が必要になります。この子供を優しい子になるように育てるという指示をAIは理解できません。このようにAIの限界を議論するなかで、人間の本来のあるべき姿、人間の強みが逆に浮かび上がってくると思います。

三つ目の課題は、昨今議論になっている雇用が代替されるか、創出されるかですが、この点についてはタスクで見るか、職業で見るかで変わります。有名なフレイとオズボーンの2013年の論文では、アメリカの雇用者の47%の職がなくなる可能性があるいう結果となっています。これは、職業レベルで検討したものですが、実は、職業のなかにはいろいろなタスクがあり、一部のタスクがなくなったからといってその職業全体がなくなるわけではないという指摘が、OECDから出されています。タスクレベルで分析すると、なくなる職業はせいぜい先進国平均で9%ぐらいではないかという結果になっています。このようにAIによる影響の規模については議論が分かれています。

四つ目の課題は、AIの出現によって経済社会システムがどういう変化を受けるのかということです。第4次革命、あるいは第2機械時代(セカンド・マシン・エイジ)が訪れ、今までの機械は、人間の肉体、力仕事を代替してきた機械だけれども、これからのAIは人間の知能の部分を代替する。その影響はブルーカラーにとどまらず、ホワイトカラー、事務系、販売など幅広い分野に及ぶと言われています。

当面、AI、特化人工知能によって、今まで人手に頼って時間をかけてきた部分は効率化されるでしょう。それだけでも影響は大きい。そのインパクトは雇用制度システムにとどまらず、経営戦略の方向性、AIに負けない教育をどう行うのかといったことにも及ぶ。しかし、ライダー事務局長が話されたように、未来は自分の中にある。AIによって、この世がどうなるかを議論するより、AIをどのように社会のなかに取り込み、使っていくのかが重要だと考えています。

なかでも、正社員の働き方がどうなるのか、というのは大きな問題です。おそらく事務職は削減され、プロフェッショナル、職務型の働き方がより一般的になってくるだろうという見方があります。労働者が機械に代替されないようなプロフェッショナリズムを身に付けていくことが非常に重要になると考えています。

また、これまでの企業内訓練については見直され、将来どのような技術が出てくるか予想できないなかで、プロフェッショナルな人たちが独学で学ぶ、また、学べるような環境がeラーニングなどで出てきているということです。これからの企業は一人ひとりが独自に学べ、キャリア権を行使できるような環境を整えていく必要があるのではないでしょうか。

また、現在の労働法は雇用者が弱い存在であり、それを保護するための法律であったものを、今後は自営業的就業者も対象に入れつつ、この自立という精神も法制のなかに入れながら支援をしていく必要があるのではないかと考えています。

2 AI・ロボットの導入で日本型雇用システムは変わるか

「自営型はリスキーだが理想的」

大内 次に基調講演、基調報告を踏まえて、ディスカッションする視点を提供させていただきたいと思います。「仕事の未来」はいろいろなところで議論されていますが、未来がなぜ語られているのかというと、多くの人が今のままの働き方が続くとは思っていないからだと思います。その背景には、ライダー事務局長のお話にもありました、人口動態の変化、日本で言えば少子高齢化の進行が非常に急で、労働力人口の減少が深刻な状況になるからです。また、グローバリゼーションも指摘されました。この言葉自身は、従来からあったわけですが、一層の深化をしていく。加えて技術革新です。産業構造の大きな転換を生むデジタライゼーションがキーワードですが、その中核を担うのがAI、ロボットとなるわけです。

こうしたなか、今後、われわれはどのような仕事、どのようなスタイルで働いていくのかが問われています。変わることは必至ですが、その未来像が明確に見えないというところで、漠然とした不安がある。これが現状だと思います。

技術の発展に対する影響は複雑で、多角的と言っていい。一つは、技術の発展は、当然のことながら仕事の生産性、効率性を高める面があり、仕事を楽にさせてくれる面は否定できない。これはポジティブな面です。しかし、これが進んで行き、人間の仕事を奪ってしまうところまで行くと、雇用が減り、失業を生む可能性があるというネガティブな面が出てくる。しかし他方、新しい技術は新しい仕事、雇用を生む面もあり、こちらもポジティブな面になる。こうしたポジティブ、ネガティブが錯綜するところが難しく、予測がつきにくいところです。また、これがどういう時間的なタイミングで起こってくるかによって、現実の社会に及ぼす影響も違ってくる。

私は、日本ではこれまで割と不安はあるが、何とかなるという楽観論が多いのかなとの印象を持っています。というのは、仮に技術の発展によって雇用が減ることがあっても一時的で、歴史を見ると、雇用はその後、増えてきた。第1次産業革命も、繊維産業の職人的な仕事は失われたが、そういう人たちは別の産業でまた雇用労働者として雇われるようになった。雇用のパイ自身は、産業革命によって広がったと言われています。これが楽観論のベースにある気がします。

もう一つは、労働力人口の減少です。人が減るのだから機械で補わなければならないので、失業問題よりも、人手不足の方が深刻ということで楽観論になりやすい。また、新しい機械、特にロボットですが、これは労働市場における傷つきやすい弱者層の労働を支えて、雇用機会を増やすという面もあるので、大きなメリットになるということ。こういうところから楽観論が出てくるのかなと推測しています。

このうち技術的失業については、それを回避できるかどうかは、仕事がなくなっても、別の仕事に転換することがうまくいくかどうかにかかっています。産業間・企業間の移動もありますが、日本は企業内でこれをうまくやってきたわけです。

問題は、今後もこれまでと同じようにうまくいくのかということです。ライダー事務局長のお話のなかで、現在の変革はスピード、規模で、これまでにない根本的な変化をもたらすとありました。あまりにも大規模で、速い変化が生じると、次の仕事にうまく移動できなくなるのではないか。気になるのは、技術の進歩がこれまでにないほど早い。一人の人間の職業人生で、何度も大きな技術変化に直面し、自分の持っていたスキルが陳腐化し、新たなスキルを身に付けなければならない時代が来ようとしている。企業の方も何度も大きくビジネスモデルをチェンジしなければならないということが起こる。これが、大きな不安要因です。この辺を議論できればと思っております。

そして、技術の観点で言うと、もう一つの論点はICTです。情報通信技術の発達も大きな変革の要因になっている。濱口さんの報告でもありましたが、「いつでも、どこでも」ということです。従来は、いつでもどこでも働かされる受動的なものだった。しかし、今は、「いつでも、どこでも」の選択権が労働者側にある。私は、“時間主権”という言葉を好んで使っていますが、“時間主権”、あるいは“場所主権”を労働者が取り戻せる状況になってきている。その象徴がテレワーク、モバイルワーク。濱口さんがおっしゃったようにワーク・ライフ・バランスという重要な価値を高めるという効用があるわけです。しかし、他方で、この働き方には雇用型もあるし、非雇用型もある。非雇用型、つまり自営型の方がよりテレワークの良さが生かせるのかもしれませんが、現実に起こっている問題は、クラウドワークのような働き方で、必ずしも働く人の経済的自立につながっていないなどの問題があり、社会的に批判されている。

非雇用型は、現在、ルールがない状況なので、これから、これにどう対応するのか。現在、自営業は大体1割だと言われていますが、今後はもっと増えるでしょう。ICTの発達がある以上、自営型が増えるのは不可避的です。第1次産業革命後の工場労働における大量生産のもとで、従属的に働く労働者を典型モデルとして構築された労働法、あるいは雇用政策が、それにどう対応していくかは極めて重要な課題です。

ただし、自営型で働くことは、ある意味、理想的です。自分で時間、場所が選択できる。従属労働という労働法を生み出す根拠になった問題点を克服できる働き方となります。リスキーだけれど、理想的である、こういう働き方をどう考えればいいか。新しい働き方の利益を集団的レベルでどのように反映するのかも重要な課題になります。

これらの課題は世界中どこでもあるわけですが、濱口さんが説明されたように、日本型雇用システムは、技術革新も含めて外的な環境変化に適合性が高い柔構造があったと言われている。フレキシキュリティという言葉がよく使われていますが、欧州では解雇や雇用調整が比較的やりやすい柔軟性がある一方、労働市場では失業保険、職業訓練といったセキュリティに力を入れるというコンビネーションがある。これに対して解雇はしないが、企業内の人材活用における柔軟性があるのが日本型だったわけです。

この日本の強みを今後とも維持できるのか。神田さんから提起された職務型は外的環境変化に弱く、雇用を守るのが難しくなる。そういう時代のなかで日本型の新たなセキュリティのあり方が問われています。

こういう問題意識を私自身持っていますし、パネリストの方もある程度共有されていると思いますので、これらの問題について議論していきたいと思います。最初の論点として、技術革新、少子高齢化、あるいはグローバル化といった変化が起こっていることについて、パネリストの方々はどういうご認識であるか。また、変化の中で労働者の働き方、あるいは企業の人事のあり方、日本型雇用システムはどのように変わっていくのかについて、ご意見をお聞きかせいただければと思います。得丸さんからお願いします。

得丸 お示しした図ですが、二つの円がスパイラルアップしている。これが日本的人事管理の考え方ではないでしょうか。日本では、規模の大きな企業、中小でも同じかもしれませんが、人を大事にして、長期雇用を前提にする、また定期採用主義である場合、大体こうした構造になると思います。全く離れたやり方だったら話は別ですが、環境変化のなかでも日本的経営をやろうとすると、これは継続すると思います。

アミーバのような図のところで書いてあるのは、いろいろ環境変化に対して企業は、制約条件がありますから、アミーバのように変わっていく。高度成長期は変わらないで、そのまま大きくなったり、小さくなったりしていましが、それが今は界面のところが非常に複雑な構造になっていて、グローバル化の影響を受けている企業もあれば、少子高齢化の影響を受ける企業もある。その他の条件、技術革新の影響を受ける企業もあるから、千差万別です。やることは変わりますが、基本思想のところ、二重の円でスパイラルアップしているというところは変わらないのではないかというのが私の意見です。

大内 環境変化のなかで、日本型雇用システムで大事にされてきた雇用の確保が影響を受ける可能性についてはどうお考えですか。

「人を大事にする会社はスパイラルアップ構造」

得丸 論点がずれるかもしれませんが、この二重の円のスパイラルアップ構造は、アプリオリに絶対そうなのかというと、そうでもない。私は中国に5年いましたが、中国にいるとこの論法は全然通用しない。MBAのマネジメントスクールでやっているような手法論は、全部、中国では先端的なものとして存在しています。だから、話しているとどうもかみ合わない。

どうしてかと考えると、この円が縦につながっている。横に対等な関係でつながっていない。組織体と個人の関係がトップダウンでつながっている。欧米は一緒かというと、そうでもなく、スパイラルアップしないで、矢印が真横に行って、職務のなかでいくという構造をしていて、このスパイラルアップするというところが長期雇用を前提にしている日本的なところではないかと思うわけです。

大内 日本型雇用は世界のなかでも例外的なもので、グローバリゼーションのなかで日本だけがこれを維持できるのかという疑問もありますが。

得丸 シリコンバレーのIT産業の従業員の仕事の仕方を見ると、非常に自由度が高くて、トップダウンではなく、かなり日本的ではないか。社員を大事にして、場を大事にして、スパイラルアップすることを前提にしている。あるいは欧米の会社でも、会社によりますが、人を大事にすると言われている会社は同じ構造をしていると思っています。

大内 なるほど、わかりました。安永さんお願いします。

「日本は育成しながらチャレンジするのが強み」

安永 労働人口が減少し、地方や中小に行けば行くほど深刻な人手不足になっています。しかし、それに逆行するように大企業と中小企業、正社員と非正規労働者、男女間の格差、さらに地域間の格差は広がる一方だという状況があります。例えば中小の経営者からも大変だと訴えられることが多いのは、中小の方が技術革新が遅れれば遅れるほど、格差がさらに広がってしまう。それに対するキーワードは公正だと思っています。例えば、大企業と中小企業の公正な取引です。連合が中小2万社に対して調査した結果をみますと、過去数年間に6割近くが値下げを要請され、うち8割以上が応じさせられたとしています。そのような状況が続くと、格差はさらに拡大していく。それから、正規と非正規間、男女間の格差、地域間の格差なども公正かどうかによって考えなければならない。それが問題意識です。

今後については、冒頭にも触れましたが、雇用の基本は期間の定めのない直接雇用であるべきだということ。これは日本の強みだと思っていますので、今後もこれを生かしていく。ただ、技術革新もありますので、企業やそのグループのなかで、育成しながら新しい分野にチャレンジしていくことを、これからも日本の強みにしていかなければならない。そのなかで、労働者の様々なライフステージに合わせた働き方を選択できるようにしつつ、企業の方針といかにマッチングさせていくか。その点からも労使コミュニケーションの重要性がより高まっていくのではないかと思っています。

大内 第1次産業革命のときには技術革新が雇用を奪う敵であるとしてラダイト運動が起きました。現代では、そこまでは行かないとしても、新しい技術に対する批判的な運動や議論が出てきてもおかしくない。しかし、今のお話では、むしろ中小企業がより新しい技術を導入して交渉力を高めることが、公正な取引の実現につながる可能性もある。新しい技術をむしろ肯定的にとらえている、そういう理解でよろしいでしょうか。

安永 日本だけで技術革新を止められるならば、そういう考え方を持つ人もいるかもしれません。しかし、グローバル化の進展のなかで、技術の発達を批判して、結果、日本が総崩れになったら意味がない。日本ならではの強みを生かして、ほかの国にできないものをつくっていくことを労使で議論しながら進めていくことが重要だと思います。

大内 ライダー事務局長のおっしゃったこともそうで、技術の発展と労働者の保護の両立を図る。連合も同じ考えでいるところが印象的でした。神田さんいかがですか。

「職務型シフトで、強い労働者像につくり直す機会に」

神田 日本の問題の一つは、低い開業率に現れているように、社会がイノベイティブになっていない点です。日本で独自のイノベーションを起こせるかというと、アメリカなどに比べて、その力はかなり弱いので、技術の発展を促す仕組みが必要だと考えています。そのためには、ベンチャー企業を育てていく必要がある。ITやAIの関連で見ても、高い技術をもった数名のプログラマーやSEがいれば、ベンチャー企業がつくれる時代になっています。アメリカ・シリコンバレーのようなベンチャー企業が大企業と対等に取引し、場合によっては大企業と提携したり、買収されたりすることで、大きな収益につながることもある。

そういう意味では、今までの大企業が主で、中小・零細が従という日本社会のヒエラルキーがAIやIT革命のなかで変わることもあり得ます。実際、銀行などはフィンテックで、小さい企業と組んでいる。この辺をどう引っ張っていくかが重要になると思います。

もう一つの労働者の保護に関連してですが、自分の職業に満足していない人が多いのではないかと感じます。国際比較のアンケートでも、日本人の仕事に対する満足度が諸外国に比べて低い。ここは、働くことの意味を自分に取り戻し、主体的に働くことが必要なのではないでしょうか。そういう意味で、インディペンデントコントラクター、自営業的働き方というのは、まさに主体的な働き方を取り戻す一つの理想的な姿です。しかし、インディペンデントコントラクターだけではなく、企業で働く人も、主体的な働き方ができるような仕組みに変えていく必要がある。それはある意味でプロ意識を持ち、何かあったときに転職ができる技能を身に付ける。それによって企業との交渉力をつけることが必要になっていく。

労働者保護の視点も重要ですが、それだけではなく、大きな時代の変化のなかで、職務型にシフトすることで、自立し、何かあったときに転職もできる。ある意味で強い労働者像につくり直すいい機会だと捉えるべきだと思います。そういう意味で、労働法のあり方も考え直すタイミングなのかなと思っています。

大内 ありがとうございました。では、濱口さん。

「両立しにくいものを両方させ連立方程式を解く」

濱口 仕事の未来といった大きなテーマについては、わかりやすい答えはないというところから出発した方がいいと思っています。これが答えだというのには必ずデメリットがある。社会は複雑な連立方程式だということを念頭に置いた方がいいのではないでしょうか。

技術革新で言うと、AIは3回目です。70年代から80年代にかけては、当時はマイクロエレクトロニクス(ME)といっていました。次が90年代から2000年代にかけてのインフォメーションテクノロジー(IT)。そして今のAI。少しずつアルファベットの組み合わせが変わってきているだけでなく、もちろん中身も変わっている。MEの頃は、日本的雇用に対する自信が大変強くて、欧米はだめだ、日本型雇用だからME革命に対応できるという論調が非常に強かった。しかしITになると、それが崩れて、今のAIになると、日本的雇用は劣勢に立たされる。

しかし、日本的雇用がそもそもいいか悪いかではないのです。むしろ、少子高齢化、仕事の女性化(フェミナイゼーション)、あるいはグローバル化の進展といった、いわゆるソサエタルという意味での社会的な変化によって、今まで日本型雇用の強みと言われていた面が、同時に弱みでもあることが露呈してきました。いままで犠牲にしていたものに配慮しなければならなくなるのです。

そうすると、ここに強みがあるから断固維持するといっても維持できるものではありません。そういう意味で、社会は連立方程式なのです。例えばこれから職務型になるということは、技術革新に対して柔軟に対応しにくくなるという意味で、ある種の脆弱性を引き受けることにもなります。両立しがたいものを両方させながら連立方程式を解くことが、実は仕事の未来を考えることになるということを念頭に置く必要があるということだけ、申し上げておきたいと思います。

大内 簡単に答えを求めてはいけないということで、おっしゃる通りかと思います。今、脆弱性の話が出てきました。今後、雇用の安定性が弱くなっていく可能性もある。また、神田さんはもっと労働者が自分のプロフェッションや、仕事に対して意識を高く持って、強い労働者にならなければいけないと話されましたが、この辺、労使のご意見もお聞きしたいのですが。

「事業構造の大転換の前提に技術革新がある」

得丸 職務主義とは何かという定義は別として、三井化学では10年ぐらい前に職務給的な制度に変えました。これとは別ですが、長女が某自動会社に勤務しており、職種別採用で入社しているので、かなりモチベーションは高い。一方、三井化学は、職務主義的な処遇はしていまが、配置は必ずしもそうではない。昔の就社主義に近い配置です。ですから、技術革新が到来したときに雇用を守れないかというと、そうでもない。事業構造が先にありますから、娘がいる某自動車会社で大きな事業構造の転換があると、失業するかもしれません。ですから、ある事業構造が維持されている限りは問題がないことになります。

化学関連はまさにアミーバであることが使命のような産業で、しょっちゅうアミーバが増殖していくわけです。しかし、そのなかでどう事業転換するかが、企業側のマネジメントの腕になります。とはいえ全く違う領域だとだめになる場合もありますが、職務主義だから技術革新が起こると雇用が守れないかというと、そうでもないのではないかというのが私の意見です。

大内 確かに職務型、職務主義の定義が曖昧なところがあるわけです。ただ、一番モデルになるのは、欧米スタイルで、あるジョブに空きがでて、その空きを埋める人を選ぶスタイルですから、ジョブが求めるスキルを既に身につけている人を雇い入れるのが、職務型、ジョブ型ということになるのではないでしょうか。

得丸 私の図のスパイラルアップのところで、定期採用主義、長期雇用になると、職務主義で採用したとしても、事業構造が変われば転換してもらう。その場合、教育もするし、個人も会社に残るために努力します。ただ、失業につながる場合もないわけではない。だから一概には言えませんが、それほど恐れなくてもいいのではないかと思います。

大内 おっしゃるとおり職務がなくなっても解雇に直結するわけではないでよすね。それは企業の方針次第ですから、職務がなくなっても別の職務で雇用を維持することはできるわけですね。ただ、現在は職務を限定しない雇い方なので、企業は職務を変えて雇用を維持しなければならない。しかし、職務型の場合、それがなくなるのかもしれないが、こうしたなかでも、企業は自らの方針で、社員の雇用を維持することはできるし、そうするつもりの企業もあるでしょう。問題は、労働者は、それをどこまで信じていいのかということですね。

得丸 技術革新だけだと、先ほど申し上げたとおりになると思いますが、より大きなインパクトがあるのは事業構造の激変ですね。事業構造の拡大・維持の前提に技術革新がある。技術革新を取り込むことは個別の仕事の仕方に影響しますが、技術革新だけで雇用を云々するのではなく、その先にもっと重要な話があるのではないでしょうか。

大内 おっしゃるとおりだと思いますね。安永さんはいかがですか。

「まずスキルアップできるような状況づくりを」

安永 私がNTTの前身の電電公社に入社したときは、電報の通信士でした。今、NTTグループでその仕事をしている人は一人もいません。労働組合に来てからも、かつての仲間はグループのなかでITの先端を行っている人もいて、キャリア転換しながら活躍しています。こうした点は、日本型の強みだったと思いますし、この企業で頑張っていこうというモチベーションにもつながると思います。ITバブルの前にも先ほどの強い労働者像のような議論があって、力をつけて会社を転々と渡り歩けば、収入がどんどん上がるといわれていました。しかし、そういうキャリアアップを歩んだのはごく一部だけです。結局、スキルが上がらず、IT関連でも肉体労働的なIT作業をしている人が多くて、長時間身を削りながら従事している人が多かった。自分のスキルアップをする時間もない人が多いのが現実だったのではないかと思います。強い労働者像を否定するものではありませんし、キャリア権を否定するものではありません。しかし、その前に、働き方を根本的に変えて、自分でスキルアップできるような状況をつくらないと夢のようなことになってしまうと思います。

大内 安永さんはIT革命のころの話をされましたが、濱口さんが触れたME革命の影響については、日本労働法学会でも当初、テーマに取り上げて議論しましたが、結局、それほど大きなことは起こらなかった。ただ、やはりあの成功体験が危ないのではないか。あれを乗り越えたのだから次も乗り切ることができると言えるのか。この辺どうですか。

濱口 キーワードとして大事だと思ったのは、神田さんがプロフェッショナルと言われ、安永さんが、強い労働者というのはむしろ一部でしかないと言われた。これは重要なポイントのような気がします。技術革新やグローバル化は、一人ひとりにはどうしようもないような大きな流れで、それにどうアダプトしていくかが共通の課題です。その際、アダプトしていく能力を身に付けなければならないのは当然ですが、みんな頑張る義務があるような形で定式化してしまうことがいいのか。ここは考えた方がいいのかなと思います。だからこそ、労働組合が生まれたんだろうと思う。一人ひとりではそこまで頑張れないがゆえに、集団的な枠組みで支えてきた。先ほどライダー事務局長が集団性に触れ、私も申し上げたのは、一人ひとりのプロフェッショナリズム、自覚、キャリア権はもちろん大事なのですが、それだけではない枠組みが必要だということ。この問題を考える上で重要な一つの軸になる。そういうことを安永さんも言いたかったのではないかなという気がいたします。

大内 そこは重要な論点ですが、神田さんいかがですか。問題提起いただいて、結構反論が出てきました。

「必要な選択できるシステムづくり」

神田 おっしゃるとおりで、労働者がもっている向上心の程度は人によって異なり、多様なわけですね。制度をつくるときも、一つに決める必要はなく、プロフェッショナルの道を選ぶ方もいれば、何でもこなして日々真面目に働くことによって生活の糧を得たいという方もいる。いろいろな方が共存できるシステムをつくることが必要です。ただ、労働者は弱いということを前提に制度をつくることも不合理ではないかと。様々なタイプの人が、自分に合った働き方を選択できるシステムをつくることは可能だと思います。とはいえ、システムを変えるときの順番が重要です。失業が予想されるなら、そうならないようにまず、セーフティーネットを充実させる必要があります。職業訓練、教育を充実しながら変えていく。雇用政策は、順番が極めて重要だと思っています。

3 インディペンデントコントラクターの増加にどう対応するか

大内 私も神田さんの考えに近いところがありますし、濱口さんのお考えもよくわかる。ただ、自分で自立できない人に対してもエンカレッジしていける政策も大切で、それを濱口さんも否定しているわけではないと思います。団結したり、法的な保護を強めるのも否定しませんが、個人が自立して働けるような政策的サポートが大切だと個人的には思っています。

そこで、インディペンデントコントラクターの問題に移りたいのですが、個人事業主、委託契約などで働く人が今後増えていくでしょう。こういう働き方についてどのようにお考えかを、まず得丸さんからお聞きできればと思います。

「企業は効率性の追求で当然の流れ」

得丸 当然、増えるだろうと思いますね。企業は、どうしても効率を追求しますから。全ての経営要素を社員のなかでやる昔式の経営スタイルはとっくに終わっている。典型的な当社で起こった事例だと物流部門を自前でやるか、専門業者に委託するかについては、すでに委託に切り換えています。また、専門性の高い弁護士、経理屋、あるいは人事だって、ある専門性のところは人事機能を外部に出す。それはもう当然の流れです。問題は受ける側の雇用の安定性だと思いますが、これは別の次元として議論しなければならない。いずれにしても企業経営的には進むと思います。

大内 安永さんはいかがですか。

「歯止めとセーフティーネットを」

安永 スキルを高めて高い報酬を得る強い労働者像の延長線上で、そういう働き方があることは否定しません。そういうことを目指す人も増えるのだろうと思っています。しかし、連合に電話で労働相談に来る内容などを見ると、心配でたまらないんですね。交渉力が弱く、買い叩きがあって、搾取されている状況があります。もう一つ、普通にベンチャー企業で働いていたときに、突然社長が肩をぽんぽんと叩いて、今の手取りより良くなるからと「君、もうそろそろ独立しないか」と甘い言葉をかけられて独立したら、しばらくは仕事をもらえていたけれども、だんだん少なくされる。さらに、社会保障の負担も自分になることを後で気づいて、相談にくるパターンがあまりにも多い状況にあります。そこに社会的に歯止めをかけ、セーフティーネットを張ることが必要で、国が簡単に進める政策という形にすると危険性が高いと思っています。

大内 そこのセーフティーネットの張り方は、どのような方法がいいでしょうか。

安永 先ほど濱口さんの提起のなかで、協同組合方式などは検討の可能性はあるかなと思いました。

大内 労働組合の組織率が年々低下しているのは客観的事実です。今おっしゃったようなインディペンデントの人たちが結集してくるシナリオは、現実性が高くないのではないでしょうか。濱口さんどうですか。

「個人請負的な人にも集団性を形成する基盤を」

濱口 この問題もマルかペケかの議論をすればするほど、現実からずれると思います。明るい話と暗い話の両方をにらみながら考えないといけない。自由に、いつでもどこでも好きなことをやりたいというのを潰してはいけないと同時に、その脆弱性を補償する仕組みをつくらなければいけない。もちろんフリーランスには、企業の枠には縛られたくない、個人プレーが好きだという面もありますが、プロ野球選手も選手会という形で団結している。フリーランスでも、何らかのつながりが必要になるのではないでしょうか。

IT技術革新がどんどん進むと、人同士が面と向かう必要がなくても、ある種のプラットフォームという場で、個人請負的な人たちの団結、集団性を形成する基盤が実はできつつあるのかもしれない。そういう動きをヨーロッパでは労働組合が始めていると聞いています。

大内 大変重要な点だと思いますが、考えなければならないのは、デジタライゼーションが発達する時代における団結のあり方は、これまでのストライキ、ピケといったイメージではなく、同じ問題を抱えている人がネット上で情報交換する。場合によっては、団体交渉のような形態につながるかもしれません。緩やかな団結ということを想像するならば、決して現実的でないことはない。これまでの労働組合とは全くイメージの異なるものになる可能性もあると思います。ところで強い労働者との関係で、神田さんの主張は、自学や教育によって、働く前の段階で自分なりの力をつけておけば、搾取されにくくなるということでよろしいですか。

「人間の価値を高めるための教育に見直す」

神田 教育問題について、先ほどロボットには文章の内容が意味するところを理解できないと申し上げました。では、どの人間も意味がわかっているかというと、そうでもない。新井先生の「東ロボくん」は、AIの知能の高さを証明したのではなくて、文章の内容の理解ができなくても、偏差値57まで行ってしまう試験問題を人間に解かせていることが問題ではないかという問題提起です。文章を理解できる能力を受験教育のなかできちんと身に付けて、社会人になっているのかということです。AIの実装を進めるうえでは、人間の価値を高めるための教育のあり方について、エビデンスに基づいて、もう一度直す必要があると思います。

4 政府などはどういった政策に取り組むべきか

大内 ロボットが偏差値57になってしまう。とはいえ偏差値は相対的で、ロボットが賢いのではなく、人間の方の能力が高くないほうこそ問題なのです。たとえばホワイトカラーの仕事でも、実は定型的なものが多く、機械に代替されやすい。新井先生はこのまま行くと、日本のホワイトカラーで、比較的収入が高いわりに生産性が低い層は非常に危険だという。だからこそ、教育が重要だと言っています。人間に欠けているところで、ここを教育しなければ、人工知能に負けてしまうというところを、もっと科学者から発信していただき、われわれも受け止めなければならないと思います。

最後に、それぞれの立場から、政府はどういう政策に取り組むべきかを含めて、未来の課題についてお話しいただければと思います。

「変化への対応がキーワード」

得丸 私は、キーワードは変化への対応だと思います。市場が最大の経営要素です。市場は厳しいですから自然と変化にさらされます。ですから、個別企業で見ると、みんな変化せざるを得ない。ただ、やるべきことは多々あって、大企業ではグローバリゼーションに対する対応力、また格差に視点を移すと、大企業と中堅、中央と地方の地場企業では格差がかなりあります。これをどうやって融合させるか。個別企業というより産業界全体の問題ですが、まだ工夫の余地は多々ある。それが日本の産業の競争力を強める源泉になると思います。

さらに政府も組合も変化にどう対応するかだと思います。守り過ぎると変化できなくなる。これは歴史が示しており、その典型が日本の農業政策だと思います。守ったことで強くなった産業はない。競争して強くなるのが、資本主義のセオリーです。

大内 安永さん、どうぞ。

「世界に先駆けたモデルの形成を」

安永 冒頭に触れた「働くことを軸とする安心社会」については、様々な政策パッケージも議論しており、その中身についてお話しする機会を是非いただきたいと思いますが、例えば、大きな政策課題となっている長時間労働の是正、同一労働同一賃金の課題、格差の是正なども含まれていて、それをきちんと解決していくことで、技術革新に対応できる力がつくと認識しています。労働組合も大きな責任があると思っています。労働組合の仲間を広げて、取り組みを強めていきたいと思います。

政府の政策としては、労働人口の減少のなか、マッチングへの支援が重要です。地方に行けば行くほど中小では人手不足に悩んでいる。一方、大企業では大量の若い人たちが説明会に来る状況はあるものの、一方で、七五三現象はいまだに続いている。大卒も3年以内に3割の人が早期離職をしている。それに歯止めをかけるためのマッチングが重要な政策だと思っています。そのためにも、入ってみたら全然違っていたということのないよう企業もあらかじめ情報をよりオープンにすることが重要です。また、労働時間規制とセーフティーネットの強化が必要だと思います。ライダー事務局長のお話にもありましたが、日本は高齢化、人口減少に先駆けており、これをどう乗り越えるかによっては、ほかの国のモデルとなる。こうした議論をぜひ進めてもらいたいと思っております。

「多様で自主的なガイドラインの形成を」

神田 現在の雇用政策については、政府はガイドラインなどを策定し、大企業を中心に指導していますが、一律の方法は現場ではかなり負担になっているのではないかと思います。業界、企業規模、地域でも働き方は違います。多様な働き方を前提とした、ある意味では多様なガイドラインを自主的につくるやり方もあるのではないか。インディペンデントコントラクターについても、似たような業種の人や地域で集まることによってセーフティーネットの仕組みが生まれればよいと思います。

「決め打ちではなく落ち着いた議論を」

濱口 これだと決め打ちをするのではなく、先ほども言いましたが、光もあれば陰もある。その両方をよく見て、きちんとエビデンスを集め、それに基づいた議論をして物事を考える。最初からこうだという形で走らない方がいい。こうしたセミナーの最後には旗を掲げる方がいいのかもしれませんが、むしろ、落ちついて、もう少しじっくりと議論する必要がある。ライダー事務局長がプリディターミンではないと言われたのは、そういうことではないかなと思います。

大内 今回のセミナーはまさにこうした使命もあり、ある意味そういう旗が立ったかなという感じもします。いろいろご意見が出てきましたが、変化が非常に激しいという認識、雇用システム、法律・政策なども変わっていかざるを得ないというのが共通認識ではないかと思います。多様な働き方の実現を目指しながら、そこから出てくるモデル、たとえば安永さんが触れた世界の参考になるようなものを模索していく。しかし、濱口さんが言うように結論を急ぐな、模索するための議論は必要だということのきっかけにこのセミナーがなればと思いました。

他方、ライダー事務局長が強調していたのは、ソーシャルジャスティスという普遍的な価値にはこだわるということ。結局、ソーシャルジャスティス、あるいはディーセントワーク、また平和、平等などを、時代の変化に対応しながら、現代的、あるいは将来的にどう実現するのかが大切だと強調していたことは非常に深い意味だと思います。

われわれも、こうしたものを目指して議論を続けていくことが大切だということを確認して本日のパネルディスカッションを終えたいと思います。

プロフィール

得丸 洋(とくまる・ひろし)

日本経済団体連合会雇用政策委員会国際労働部会部会長

1950年東京生まれ、1974年3月東京大学卒業、1974年4月三井石油化学工業(現三井化学)入社、2001年6月人事部長、2003年6月執行役員人事部長兼労制部長、2005年6月執行役員人事・労制部長、2007年4月常務執行役員、2007年6月常務取締役、2009年6月専務取締役、2010年6月専務執行役員中国総代表、2011年4月社長補佐中国総代表、2015年4月参与(2015年2月から経団連・国際労働部会部会長、2016年4月から同・OECD諮問委員会委員)。

安永 貴夫(やすなが・たかお)

日本労働組合総連合会副事務局長

1961年山口県下関市生まれ、1980年4月日本電信電話公社社員、1985年4月日本電信電話株式会社社員、1999年7月西日本電信電話株式会社社員、現在に至る。組合歴 1984年7月全国電気通信労働組合(全電通)山口県支部執行委員等、1998年12月NTT労働組合西日本本部執行委員、2002年7月NTT労働組合中央本部執行委員、2008年7月情報産業労働組合連合会(情報労連)書記長、2011年10月日本労働組合総連合会(連合)副事務局長、現在に至る。その他、内閣府仕事と生活の調和連携推進・評価部会委員、内閣府子ども・子育て会議委員ほか。

神田 玲子(かんだ・れいこ)

NIRA総合研究開発機構理事

旧経済企画庁入庁。計量分析、海外調査に従事。その後、2001年内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(国際経済担当)付、総務省統計局消費統計課長、内閣府男女共同参画局調査課長を経て、2014年総合研究開発機構理事兼研究調査部長を勤める。その間、ノースウェスタン大学大学院(経済)に留学。現在は、NIRA総研の研究全般のコーディネーターを担当。関心領域は経済社会政策一般。

大内 伸哉(おおうち・しんや)

神戸大学大学院法学研究科教授

主な著書に、『AI時代の働き方と法』(弘文堂)、『最新重要判例200労働法(第4版)』(同)、『雇用社会の25の疑問(第2版)』(同)、『労働法学習帳(第3版)』(同)、『労働法で人事に新風を』(商事法務)、『労働時間制度改革』(中央経済社)、『解雇改革』(同)、『雇用改革の真実』(日本経済新聞出版社)、『勤勉は美徳か?』(光文社新書)、『君の働き方に未来はあるか』(同)、『労働の正義を考えよう』(有斐閣)、『労働法実務講義(第3版)』(日本法令)、『いまさら聞けない!?雇用社会のルール』(日本労務研究会)、『貴女が知らなければならない55のワークルール』(労働調査会)、『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店)など。

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