パネルディスカッション4:第72回労働政策フォーラム
24年改正労働契約法への対応を考える 
(2014年3月10日)

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求められる説明責任と社会的納得性

菅野 一言だけ言うと、不合理というのはどういう程度のものと考えるかは別にして、やはり企業としては、その労働条件が低過ぎるとか悪過ぎると主張する有期契約労働者がいる場合には、その違いがなぜなのかを説明しなくてはいけなくなったということかと思います。その説明がどのくらい社会的に納得性が得られるかという感じかと、簡単に言うとそんなことではないかと思っています。

安西 訴えるというお話もありましたけれども、20条でどんな訴えをするのか。単に「不合理と認められるものであってはならない」という規定のみでは、裁判所としてもどうしようもないのではないでしょうか。したがって、この規定からいうと、宣言的、訓示的規定であって、労使の労働条件設定の方向性を定めた政策的規定で、法的効力はないのでないかと思います。

もし、法的効力があるとしても、具体的請求権ではなく、このような方向で労働条件を決めなかったので、それが悪かったとして、せいぜい慰謝料ぐらいという気もします。そして、労使で不合理と認められないものを決めなさいということになります。そのあたりが、非常に訴訟法的に不透明な条文です。それをどうこなしていくかという問題があるかと思います。

水口 私は、この論点については、勝てれば損害賠償であろうと何であろうと良いと思っています。

それが違法と判断されれば、その後は、問題解決には集団的労使関係で本来解決すべきことでしょう。司法判断は、そのひとつのきっかけでしょう。

ただ、20条が訓示規定で法的効力がないとの意見は、立法者意思に反しています。立法趣旨を裁判所は無視できないでしょう。細かな法技術論は別として、チャレンジ的な提訴をしていくべきと思います。

確かに、菅野先生がご指摘されるとおり、非常に漠とした規定ではあります。私は労働条件の相違、労働条件の種類ということでいろいろなバリエーションが考えられると思います。たとえば、労働条件の中にも職務関連給付、基本給とかそういうものが中心になる。でも職務にあまり関連しない給付、これは手当類が含まれていると思いますが、そういうような労働条件の性質とか格差の程度、それを合理性があると言える程度を個別的に判断して、合理性があるかどうかを判断すべきだと思います。公序良俗に反しているかどうかは、非常に高いハードルを課すように思えます。20条に書いてあるとおり合理性があるかどうかをみていくということでしょう。

実は、解雇権濫用法理の条文でも、普通に読めば、何を書いてあるかよくわからない漠然とした規定です。しかし、これが判例の蓄積の中で機能してきたわけです。20条もそういうふうに成長をしていくのではないかと考えています。

高齢法、パート法など関連法制との関係は

徳住 パート法が成立したときはそれなりに評価しましたが、すごい使い勝手が悪く、実際、8条に該当するような事例をほとんど見出すことができませんでした。9条以下も、訓示規定で、やはり機能しませんでした。パート法を改正して労契法20条と同じものを入れるという話になっています。そうなると、改正パート法と労契法20条で、安西先生がおっしゃるように、単なる訓示規定か、あるいは、われわれが考えるような補充的効力(補充的解釈)のある無効なのかの問題が浮上すると思います。労契法20条違反の法的効力については、これらに関する裁判が提起される段階に来ているので、早晩司法的決着をみると思います。

安西 パートタイマーの雇用管理は、結構うまくいっていると思います。現行でも無期パートの人はわりあい多くいます。「在り方研」が、何でもかんでもばさっと有期雇用全体に網をかけたものですから、有期雇用者の半分以上を占めるパートには無期転換制度といった強制的なものはかえって混乱を生じます。ほんの少しの契約社員や嘱託社員といった正社員志向の労働者を対象に、問題のないパートまで巻き込んでこんな無理な法律をつくったのではないかというのが私の基本的な認識です。

パート労働法は、行政指導法です。労働契約法は民事法で、行政は「民事不介入」なので、パート法は労働契約法の特別法ではないかと思います。

今のパートの雇用問題について労働局の雇用均等室が中心となる行政指導で結構うまくいっているし、むやみに5年で切るのは、パートではあまり行われていないと思います。しかし、一方において仕事の繁閑がありますからパートタイマーとしてずっと有期雇用でいける仕組みであるべきと思っています。

木下 パート法と労契法の違いといいますか、結局、働く人のマーケット、それぞれの法律が向いているマーケットが違うと思うのです。

パート法の向いているマーケットは、社会保険非加入レベルで働く、扶養控除の範囲内で働く人が一番典型的な対象者であると思います。

そういうマーケットの人は正社員になりたいとは普通思っていません。ただ、そういう仕事しかないから、その仕事に就いている人が増えたとも言われています。たとえば、ダブルジョブ、トリプルジョブで生活しているシングルマザー、あるいは、卒業するとき正社員になれなかった若年者などですが、正社員になれなかった人で、今就いている有期労働の仕事で無期になりたいとは普通思っていないはずです。

その仕事で無期になりたいのではなく、別な仕事で正社員になりたいけれども、いま仕事がないからやむなく有期でこの仕事に就いているという方にとって、18条はあまり救済にはなりません。20条やパート法8条も、企業はマーケットの違いを意識した人事管理をしているので、違うマーケットの人に同じ仕事をさせることはしていないのではないかと思います。ですから、今までパート法8条の問題があまり出てこなかったと思います。

今後、法律の適用を考えるとき、この法律はどのマーケットに向けた法律なのかを企業の方も理解して対応することが必要ではないかと思います。

濱口 民事法か行政指導法かに線を引くのはあまり意味がないと思います。具体的な紛争を裁判所に持っていったときに、どっちの判決が出るかという観点で議論されていますが、決め手はないというのが正直なところだと思います。

納得できる説明ができないのは駄目だというぐらいだと思うのです。ただ、裁判官がどう判断するかという裁判規範の議論は別として、職場の行為規範としての議論は、現実の職場でどういう納得のできる、いわば合理的な格差のある処遇体系をつくっていくかという観点が重要です。そうすると、これは単に有期と無期だけではなく、たとえば、先ほどの三越伊勢丹で言うと正社員とメイト社員とフェロー社員のなかで総合的に納得性のある仕組みをどうつくるかという話になると思います。

そういう意味から言うと、先ほど水口先生が言われた集団的労使関係の中で納得性のある仕組みをつくっていくかというのが、実は非常に重要な話になってきます。行政が指導するかどうかはとりあえず別として、具体的な現場の労使が取り組む話としては、むしろそちらのほうが重要な課題ではないかと思います。

菅野 最後にパネリストの皆さまから、言い足りなかったこと、補足したいこと、あるいは今後の労働契約法について、会場においでの方々へのメッセージなどお願いします。

今後の派遣のあり方を懸念

木下 今年もいろいろな労働法の改正が続きます。とくに派遣法の改正は影響が大きいと思います。別なところでもお話しましたが、今回の派遣法の改正は、派遣が使いやすくなる法律とは思っていません。今回の派遣法と労契法の組み合わせを考えると、無期の派遣労働者で登録型という変なかたちが出てきてしまうのではないかと考えていて、今後の派遣のあり方について心配しています。

やりがいのある仕事をしていくシステムの労使確認を

水口 新しくこれから社会に出て働く人たちに、どういう雇用制度を用意するのかというのは、労働組合と企業の社会的責任だと思います。その意味では経済効率性も必要ですし、経済状況が変わっていることもそのとおりですが、やはり若者が安定して働いて、やりがいのある仕事をしていくためのシステムをどう維持していくかを労使ともに真剣に考えることを双方が確認していかなければいけないと思います。その一環として労契法あるいは派遣法の問題もあると思っています。

大切な中小企業の雇用リスク管理

安西 無期転換の問題と、それから来年10月から第2次施行が始まる労働者派遣法の偽装請負と派遣の期間違反による発注者、派遣先の直接雇用問題があります。このふたつの問題で、訴訟が激増する懸念があると思います。企業のリスク管理、とくに中小企業の雇用のリスク管理はこれから大事になってくると思います。

新しい雇用関係をつくる観点での話し合いを

徳住 今日の議論を通じて、使用者側と意見の違いが良く分かりました。改正法は、「有期雇用は原則ではないですよ。有期雇用をずっと使うことはやめましょうよ」というメッセージを送ってきたと理解していただき、無期転換権の行使の問題、無期転換後の労働条件の問題、有期雇用と無期の労働者の労働条件の相違の解消などの問題について、新しい雇用関係をつくる観点で、労使の話し合いの中で、日本にふさわしい労使慣行を確立していきたいと思います。

集団的労使関係の中での規範づくりを

濱口 無期化については、ミニマムではこの程度ということを若干強調し過ぎたように受け取られたかもしれませんが、ミニマムがいいという意味ではありません。ミニマムでもいいのですが、ミニマムとマキシマムの間でどういう制度設計をしていくかということが重要です。各職場で求められるのは集団的な労使関係の枠組みの中で、その集団的な労働関係というのはまさにさまざまな雇用形態、有期やパートの方々も含めた集団的労使関係の枠組みの中で物事を決めていくような枠組みをつくっていく中で、すべてを裁判官の判断に委ねるのではない形、まさに労使が規範をつくっていく考え方で物事を進めていく、その第一歩となれば、この法律はいい出発点になったと評価されるのではないかと思います。

従業員全体の意見の把握を

(写真:会場の様子)

菅野 無期転換で5年というのは、いい選択だったのではないかと思っています。諸外国は1年、2年、あるいは2回までの更新など厳しいルールで無期転換をすることが多いと思います。わが国の場合は5年というので、5年間使えるという方々だけを対象にしたということは、そんなに無理はなかったのかなと思っています。

20条については、非正規問題に企業のほうでも真剣に対応していただきたいということであります。その場合、そんな簡単ではないのですが、企業の雇用体系や処遇体系を全体にわたって見直し、さらに新しい法律の要請にもかなうような企業にとっての合理的なものにつくり変えていくという大きな課題を背負われたと思います。

その場合に、先ほど濱口さんが言われたように、ほんとうは、集団的な調整の問題、正規・非正規にわたる集団的な調整の問題でもあるので、まずは労使の何らかの話し合いや交渉があって、従業員全体の意見の把握というのがあったほうが円滑にいくのではないかと思います。

プロフィール ※報告順

下 二朗(しも・じろう)

ダスキン労働組合中央執行委員長

近畿大学商経学部卒。1983年株式会社ダスキン入社。1998年ダスキン労働組合の結成に参画し、中央執行副委員長・中央執行書記長を歴任し、2012年から中央執行委員長を務めている。また2012年のUIゼンセン同盟とサービス・流通連合の統合による新産別の誕生(UAゼンセン)とともに、総合サービス部門の副部門長を務めている。

西久保 剛志(にしくぼ・つよし)

株式会社三越伊勢丹ホールディングス経営戦略本部人事部人事企画担当マネージャー

早稲田大学社会科学部卒。1990年株式会社三越入社。日本橋本店での人事担当を皮切りに、福岡三越、百貨店事業本部で人事担当課長として労使交渉を中心に担当。2008年の株式会社伊勢丹との経営統合後は三越伊勢丹ホールディングス人事企画担当として、グループ内外再編統合時の人事制度設計統括、コンサルティング、それに関わる労使交渉に携わっている。これらの経験を踏まえ、厚生労働省「非正規雇用労働者の能力開発抜本強化に関する検討会委員(2012年)」、日本経団連「労働法規委員会労働管理政策部会委員(2013年~)」、日本百貨店協会「百貨店業高齢者雇用推進委員会委員(2013年~)」などを務める。

渡辺 木綿子(わたなべ・ゆうこ)

JILPT主任調査員補佐

東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。非正規問題を中心に調査を行っており、最近の成果に『「短時間労働者実態調査」結果―改正パートタイム労働法施行後の現状』(JILPT調査シリーズNo.88、2011年)、『非正規就業の実態とその政策課題・第5章』(プロジェクト研究シリーズNo.3、2012年)、『「社会保険の適用拡大が短時間労働に与える影響調査」結果―短時間労働者に対する社会保険の適用拡大に伴い、事業所や労働者はどのように対応する意向なのか』(JILPT調査シリーズNo.114、2013年)などがある。

◆パネリスト

徳住 堅治(とくずみ・けんじ)

旬報法律事務所弁護士

1970年東京大学法学部卒。1973年弁護士登録(25期東京弁護士会)。日本労働弁護団副会長。主な役職として、東京弁護士会労働法制特別委員会委員長(2006~12年)、東京大学法科大学院客員教授(2007~10年)などを歴任。主著に『企業組織再編と労働契約』(旬報社、2009年)、『どうする不況リストラ正社員切り』(共著、旬報社、2009年)、『シリーズ働く人を守る 解雇・退職』(中央経済社、2012年)など。

水口 洋介(みなぐち・ようすけ)

東京法律事務所弁護士

中央大学法学部卒。1986年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本労働弁護団常任幹事。主な役職として、日本弁護士連合会労働法制委員会事務局長(2002~07年)、第二東京弁護士会副会長(2008年度)、日本弁護士連合会理事(2009年度)、日本労働弁護団幹事長(2009年~2013年)などを歴任。主著に『雇用調整とどうたたかうか』(共著、花伝社、1992年)、日弁連司法改革実現本部編『司法改革』(日本評論社、2002年)、『労働契約【問題解決労働法(1)】』(旬報社、2008年)など。

安西 愈(あんざい・まさる)

安西法律事務所弁護士

香川県生まれ。高松商業高校卒業後、香川労働基準局に採用。労働省労働基準局へ配転、勤務中に中央大学法学部(通信教育)卒、司法試験合格。69年労働省退職。71年弁護士登録。第一東京弁護士会副会長、最高裁司法研修所教官、労働省科学顧問、日弁連研修委員長、東京基督教大学兼任講師、中央大学法学部兼任講師、同大学法科大学院客員教授、東京地方最低賃金審議会会長などを歴任。現在、第一東京弁護士会労働法制委員会委員長。著書に、『労働基準法のポイント』(厚有出版、2011年)、『採用から退職までの法律知識〔14訂〕』(中央経済社、2013年)、『人事の法律常識〔第9版〕』(日経文庫、2013年)、『雇用法改正 人事・労務はこう変わる』(日経文庫、2013年)等多数。

木下 潮音(きのした・しおね)

第一芙蓉法律事務所弁護士

早稲田大学法学部卒。1982年10月司法試験合格、1985年4月司法修習終了。1992年イリノイ大学カレッジオブロー卒業、LLM取得。1985年4月弁護士登録、第一東京弁護士会入会。同年同月、橋本合同法律事務所入所。1986年11月第一芙蓉法律事務所設立に参加。2004年4月第一東京弁護士会副会長就任(2005年3月退任)、2010年4月東京大学法科大学院客員教授就任(2013年3月退任)、2013年4月東京工業大学副学長就任、現在に至る。経営法曹会議常任幹事。

濱口 桂一郎(はまぐち・けいいちろう)

JILPT統括研究員

1983年労働省入省。労政行政、労働基準行政、職業安定行政等に携わる。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授等を経て、2008年8月から現職。著書に『労働法政策』(ミネルヴァ書房、2004年)、『新しい労働社会』(岩波新書、2009年)、『日本の雇用と労働法』(日経文庫、2011年)、『若者と労働』(中公新書ラクレ、2013年)などがある。

コーディネーター

菅野 和夫(すげの・かずお)

JILPT理事長

1966年東京大学法学部卒。1968年司法修習修了。東京大学法学部助手、助教授、教授、米国ハーバード大学ロースクール客員教授等を経て東京大学法学部長・同大学大学院法学政治学研究科長を務める。2004年退官。東京大学名誉教授。明治大学法科大学院教授(2005~09年)、労働政策審議会会長(2005~09年)、中央労働委員会会長(2006~13年)、日本学士院会員(2008年~)などを歴任。主著に『新・雇用社会の法(補訂版)』(有斐閣、2004年)、『労働審判制度第2版~基本趣旨と法令解説』(弘文堂、2007年)、『労働法(第10版)』(弘文堂、2012年)など。