パネルディスカッション1:第72回労働政策フォーラム
24年改正労働契約法への対応を考える 
(2014年3月10日)

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写真:壇上の講演者の様子

パネリスト

徳住 堅治
旬報法律事務所弁護士
水口 洋介
東京法律事務所弁護士
安西 愈
安西法律事務所弁護士
木下 潮音
第一芙蓉法律事務所弁護士
濱口 桂一郎
労働政策研究・研修機構統括研究員

コーディネーター

菅野 和夫
労働政策研究・研修機構理事長

菅野 パネルディスカッションを始めます。まず、各パネリストから、2012年改正労働契約法に関する概括的な評価と法改正への企業の対応に関する法的実務的な問題についてお話いただきます。

有期契約労働者の権利実現の手続きに

徳住弁護士

徳住 私は労働者側の立場で仕事をしてまいりました。今回の法改正で、有期労働契約者は権利実現のための一定の手続きを手に入れたと評価しています。私達のところに相談に訪れる有期労働契約者は、常に雇用不安に苛まれ、賃金も正社員の5割、6割程の条件にあり、しかも、なかなか裁判に立ち上がることができません。

有期労働契約者は大変増加しています。わが国社会の歪みとして、雇用形態による格差は、社会的に大きな問題です。同一価値労働同一賃金がわが国に根付けばよいのですが、それが難しいなか、雇用の違いによる格差の是正をどうしていくかは、労働者側に課せられた重要な課題と思っています。

私は、雇用形態のあり方として、人間らしい職業生活を送るには、直接で無期の雇用が原則の社会を実現することを願っています。そのためには有期労働契約に規制をかける必要性を以前から感じていました。今回の法改正では、入口規制は見送られましたが、出口規制として「無期雇用転換申出権」と「雇止め法理」、内容規制として不合理な労働条件の禁止が定められたことは1つの進歩だと思います。

この法改正については、労働者側からも批判があり、「無期転換権行使前に、雇止めが横行するのでないか」、「無期転換してどれほど有期雇用労働者にメリットがあるのか」、「不合理な労働条件の禁止規定は、実際機能するのか」、などの指摘があります。しかし私たちは、この改正法の条文を最大限利用して、有期労働者の権利実現のために努力したいと思っています。

既に多くの職場では、労契法20条の不合理な労働条件を是正するための労使交渉や労使協議が始められ、成果を勝ち得たという報道も耳にしています。裁判もまだ全国的には起きていませんが、その準備が進められています。数年のうちに労契法20条をめぐる紛争が大きく浮上してくると思います。

入口規制見送りの影響を危惧

一方、今回の改正で、入口規制が見送られたことは大変残念です。入口規制の仕方とその結果受けるであろう雇用喪失の関連は、見落とせない課題です。入口規制の仕方については、当初、一定の職位や地位についてネガティブリスト的に規制をかけて、柔軟な規制をかけていく必要があると思います。

今回の改正で関心があるのは、20条の、有期労働契約を理由とする不合理な労働条件の禁止規定の解釈とその法的効果です。規定の仕方からみると、業務の内容と責任の程度、これを職務の内容といいますが、その違いと、職務の内容と配置の変更、そして3つ目にその他の事情を総合考慮して不合理なものであってはならないと規定しています。この3つの判断要素を考慮して端的に不合理性の判断をすればよいと思います。

20条の労働条件は、当面問題となるのは、福利厚生などの周辺的な労働条件が対象となり、将来的には賞与や賃金、退職金など重要な労働条件も問題になっていくと思います。前者の場合は、端的に不合理なものでないか判断すれば良いと思っています。後者の重要な労働条件の不合理性の有無の判断には、社会的に見て不公正なほど著しいなどの判断要素が加わってくると思います。

もう1つは、20条違反の効果をどう考えるかです。損害賠償にとどまるという考えもあります。他方、厚労省の見解のように補充効があるという見解もあります。

問題は無効とした場合に、賃金請求できるかです。私は弁護士になってから直ぐに、伊豆シャボテン公園事件を担当しました。男57歳、女47歳の男女差別定年制の事案です。高裁で、男女差別定年制は公序良俗違反無効となり、最高裁で確定しました。男女差別定年制が無効となった場合、女47歳の定年制は男と同じように57歳になるのか、それとも女性の定年制がなくなるのかという問題が生じます。

菅野先生の初期の労働法の教科書では、女性の定年制は無効だからなくなるという説を唱えられていました。私は、男が57歳だったら、同じように引き上げる効果があるのではないか、少なくとも合理的な意思解釈として、同じように57歳になるのではないかと考えていました。同じように、20条違反についても、補充的に意思解釈により、賃金請求できるのではないかと考えます。

使用者側に裁量の余地がない制度

安西弁護士

安西 今回の無期転換申込は、使用者に裁量の余地のない強制的な無期転換制度です。しかも例外がありません。従って、この法律の欠陥として早くも、施行1年もたたないうちに例外が出てきています。議員立法によってすでに大学や研究開発法人の研究者らと大学の任期付き教員等については、無期転換期間を5年から10年にする法律が公布されており、また特別措置法による例外法案が今国会に提出されています。その法案では、高度専門知識等を有する者が第一種計画認定を条件として、60歳以上の定年後再雇用者を、第二種計画認定を条件として、無期転換の特例や例外を定めるものです。労契法は民法と同じ民事的な法律ですから行政が関与してはいけないのに、「認定」という行政行為で関与することにしています。そこで、今後公法上の認定の無効と私法上の労働契約の有効性といった問題をどうするのか。

さらに現在、特例が立法化により定められている者以外の者でも同種の不合理のものがたくさんありますが、これらの人はどうなるのか。また、1年制の入札事業のために期間雇用としている会社が、入札がとれず仕事がないのに、5年が経過したら申出により無期転換しなければならないというケースなどの場合では、むしろ労働者側の無期転換申出権の行使は濫用ではないかといった問題も出るのではないでしょうか。

あるいはまた、事前に、私は無期転換権を行使しませんという事前放棄にも合理性がある事案も認められるのではないでしょうか。たとえば、企業が運動競技選手を有期雇用で採用するとき、私は無期転換権を行使しませんと放棄させるのは合理性があり、構わないのではないでしょうか。たくさんの社員を雇用している企業で、わずか数十名の特殊な運動競技選手なので、大したことはないと考えるかもしれませんが、企業が無期転換を拒否して、解雇となったとき、その会社が2万人の企業で、いろいろな雇用関係の補助金や助成金をもらっていると、1人でも使用者都合で解雇すると、多額な補助金等が止まってしまい大問題となりますので、軽視できないのです。こういう多様な問題があるのです。

望ましい働き方の実現にはいろいろな手段が

今回の改正で、「在り方研究会」は、正社員で働けなかった人が氷河期にたくさんいるのでこの立法が必要であると言っているのですが、実はパートとアルバイトを合わせますと非正規社員の約7割を占めているのです。これらのパート等は調査結果でも明らかなとおり、正社員化を希望してはおりません。この立法は、このように事実に反した立法事由の上に立っているのではないかと思います。最近の『労働経済白書』では、「一人ひとりの労働者が希望する社会全体にとって、望ましい働き方の実現の着実な実施」と言われていますが、一律の強行法の立法ではなく、他にいろいろな手段があるのではないかと思います。とくに重要なのは、今申し上げた非正規の半分を占めるパートの問題です。パートタイマーはパート労働法という特別法で規制されていて、割合うまくいっています。そこに強行法の5年の無期転換制度を入れる必要があるのかどうか。今回、パート労働法の改正要綱が示されていますが、その矛盾を示すものとして、例えば労契法20条は、その差異の対象は「無期労働者」との違いと定めています。ところがパート労働法では「通常労働者」との違いと言っています。この通常労働者とは一般に正社員であり、正社員との違いになってくると思うのですが、一方は「無期」、一方は「正社員」という、立法上おかしな違いを生んでしまいます。パートについてはパート労働法という特別法があるのですから、別扱いすべきで、現在の雇用努力義務でよいのではないかと思います。

さらに、改正労契法は、かえって無期転換労働者の法的地位を不安定に落とし込むのではないでしょうか。わが国では従来、終身雇用の正社員と雇用調整要員としての有期労働者、この2本立てで走ってきました。今回は、有期労働契約について無期転換を認めました。しかしそれは正社員への転換ということではなく、中間的あるいは準社員的社員の創設です。果たしてこの労働者の雇用安定がどう図られるのかという問題があります。

今回の無期雇用申し込みは、新しく無期労働者として雇用することであり、企業内の配転や昇進といった人事異動ではありません。無期転換者に対しては新規採用と同じように使用者は労働条件通知書を渡す必要があります。この場合、労働条件についての別段の定めが問題になります。条文がはっきり言っているように「別段の定めがある部分を除く」となりますので、別段の定めを使用者が定めますと労働条件は、その「別段の定め」によって無期転換をすることになります。明治大学の野川教授が言っているように、「別段の定め」があればそれが優先することになります。この別段の定めが労働者からの申出であれば、いわば強制的に無期転換雇用を認めなければいけない企業との制度上の整合性をとっているのではないかと思います。

雇止め法理については、一昨年の公布日の8月10日から施行されています。労働契約法は本来民法の特別法ですから、訴訟における要件としては、更新の申し込みと、終了後の遅滞ない申し込みが前提となります。その労働者の意思表示を使用者が拒否したら、更新みなしという裁判上の「まな板」に乗ることになります。しかし、現在の裁判所はこの制度上の要件は全然意に介していません。従来どおりの判例を立法化したので、従来の形で実施しているということで、特別法として明白に法律要件事実を定めているのにそれは一体何だという問題が残っているわけであります。

最後に1点だけ申し上げたいのは、不合理な労働条件の問題です。とくに問題になるのは交通費です。交通費も通勤手当も本来賃金であり、それらを含めて労働の対価なのです。しかも、民法上は労働という債務の持参費用で労働者持ちなのです。したがって、月給者は「月給何万円(通勤手当含む)」、時間給は「時給何千円(通勤手当含む)」という趣旨なので、賃金の種類で差があると解するのはおかしいのではないかということです。通勤手当については、短時間、週3日以下の勤務といったひとには、どういう算式で支払うのかも問題となります。「不合理と認められるものであってはならない」という法律効果については、不合理と認められるものであってはならないとだけしか書いていないので、私は訓示的あるいは政策的な規定と考えています。

使い捨てでは育たない、いい労働者、いい社員

水口弁護士

水口 労働側で弁護士活動をしている水口です。労働者にとって労働契約法が改正されて本当によかったと考えています。この改正法の趣旨は、「有期雇用労働者の雇用の安定と労働条件の格差を是正して、有期契約労働の濫用を防止する」ことです。仕事が恒常的にあるのであれば、無期で働くのが原則だと思います。この趣旨を改正労働契約法は法の原則として明らかにしたと考えています。国会での改正法審議もそのような立法趣旨が解説されたと記憶しています。

改正過程では、労働側は有期契約を締結できるのは合理的な理由がある場合に限定され、合理的理由がない場合には、無期とみなすべきとする立法を強く要望してきました。これを「入口規制」と呼びますが、これは実現せず、今回は「入口規制」ではなく、今の18条、19条との改正になったのです。

この改正法18条については、無期転換5年の前に、雇止めが促進される副作用をどれだけ抑制していくかが最大の課題だと考えます。改正法が成立すると、6割、7割くらいの有期労働者が雇止めされるのではないかと懸念していました。しかし、先ほどの渡辺さんの報告を聞くと、幸いなことに、予想外に無期転換をする企業が多いことに安心しました。有期で使い捨てにしていては、良い人材、良い社員は集まらず、育っていかないという点では、使用者も、意見が一致しているのだと思います。

上限規制と手当に関する相談が

現在、私たちに寄せられる、改正法の相談は大きく2種類あります。ひとつは、有期の上限規制です。3回まで更新するとか、更新してもトータル5年未満までというような定めを就業規則や労働契約書に設けるというものです。以前は、就業規則、有期労働契約書にこのような上限規制の規定がなかったにもかかわらず、改正法ができたことで、就業規則に3回までしか更新しないという条項が入ったり、毎年締結する有期労働契約書に3回までしか更新をしないという不更新条項が入ったりします。これにどう対応したら良いかという相談です。

私が相談を受けた場合には次のようなアドバイスをしています。上限条項が入った契約書を示されて署名を求められた場合には、まず「これにサインしなかったらどうするのか」と質問しておきなさい。経営者が「サインしないなら雇止めする」と言えば、それは法の趣旨に反している。仮にサインをせずに、雇止めをされたとしても、裁判所で争えば雇止めを無効とできるので争うと通告をすれば、使用者側は上限条項を撤回します。ただし、企業は、契約条項に入れることはあきらめても、「将来、上限が3年とか5年であるとの方針、無期転換の前に辞めてもらう方針は変えない」としています。将来、あと4年、上限規制、不更新条項などによる雇止め問題について多くの紛争が起こると思います。

次に、有期契約労働者の就業規則を改正して上限規制を新たに定める場合については、従前は上限がない有期であったところから、新たに就業規則で上限を設定することは、就業規則の不利益変更に該当すると考えます。それまで上限なしで有期契約を更新できるという法的な立場にあった労働者にとっては、不利益変更です。そして、その不利益変更は改正法の趣旨を脱法し、不合理なものと言えます。したがって、有期労働契約の新たな上限条項は既存の有期契約労働者を拘束することはできません。

このように不更新条項については、非常に重要だと思います。最近、本田技研工業の東京高裁判決が出ました。東京高裁は、この事件では、有期契約労働者は雇用継続の合理的期待を放棄したものだとして、労働者側が敗訴しました。しかし、この事件は労働者が何回も企業から説明を受けて、退職金まで支払われて受け取っているという事案です。不更新を合意したら、すべて合理的期待権を放棄すると東京高裁が認めたと一般化はできません。東芝ライテック事件の横浜地裁判決では、有期雇用の更新条項の契約書にサインしても、これは予告であると判断しています。このように不更新条項は今後、大きな問題になってきます。

2つ目の相談は、労契法20条、とくに手当、住宅手当等の手当についての格差についての相談が増えています。労働側はいま提訴の準備を進めているところです。

無期転換権を発生させるか否かが分かれ目に

木下弁護士

木下 弁護士の木下です。私は使用者側で仕事をしています。私自身、昨年4月から多くの企業より、この改正労働契約法への対応についての相談を受けました。その状況なども踏まえて、思うところを述べさせていただきます。

3人の先生方は、それぞれ労働契約法は労使にとって重要な法律もしくは大変な法律だとおっしゃっていました。私の実感からすると、大したことはないということで、事に当たっています。と申しますのは、18条については、まだ時間があり、無期が出始めるのはまだ5年あります。その間に、企業としてどんな対応をするかゆっくり考えることができます。

先ほど、渡辺さんの報告にもありましたが、「まだ何もしていない」会社が3割ぐらいありました。私も多くの会社に、「ちょっとほかの様子を見てからにしましょう」といっていますので、何もしていない企業もあります。

ただ、そろそろ1年経ってくるので今考えているのは、法に基づく無期転換権を発生させるか、させないかが、ひとつの大きな分かれ目になると申し上げています。

無期転換権を発生させないとどうなるのかという質問に対しては、「今いる有期の方、つまり昨年3月31日より前から契約していた人は、5年経ったら全員辞めてもらわなければならない」と答えると、多くの企業は、「それは無理」とおっしゃいます。長く勤めている方を5年で全部入れ替えることはできないのです。

では、無期転換の発生を前提に、その人たちの労働条件、つまり無期になった後の別段の定めをどうするか考えましょうとなります。定年と人事権の範囲、とくに有期ですと業務の変更の範囲が限られていることが多いので、無期になったときにそれを広げるか、無期になったときに定年をどうするか。この2つを考えながら、無期転換を入れていくことで準備を始めるのです。

一方、法律に基づく無期転換は人事制度上問題があるところでは、5年雇止め条項を入れて、そして無期に転換しない、つまり法律に基づく無期転換はしない考え方をとっています。ただ、それでも多くの企業は5年で人を入れ替えるほうが、コスト面でも人材教育面でもキャリア面でも問題なので、何らかの方法で、つまり無期転換権行使以外の形で雇用を確保していく。企業独自の制度としての無期化の制度をあわせて考える。これをあわせて考え、結局は5年以内で雇止めになる方と、会社の転換制度に乗って無期になる方という選別を行っていく、そんな制度を考えています。

5年雇止め条項が入っているけれども、会社と交渉したら、それはまだしばらくいいという企業の話がありました。実は私もそのように会社に指導しています。とりあえず入れなさいと。本人が何か言ったら、まだまだしばらくこの後考えるから、ちょっとこれで我慢してねと言って、今紛争を回避しつつ、5年後に向けた制度づくりをしています。これが、18条に関する準備状況になります。

19条については、今日これから多くの議論が、更新上限条項や最終契約条項に関わると思いますので、やはりこれが問題だと認識をしています。

有期・無期の違いとしか思えない条件

20条については、有期労働契約と比較対象になる無期労働契約の人が果たしているのかということを企業は考えています。正社員だけが無期労働契約としていますと、正社員と有期の嘱託、パート、アルバイト、契約社員、仕事の範囲や仕事のあり方は、いずれも違うので、比較する人がいないというのが実感です。ですから、ここも20条で大きな問題が起きるとは考えていません。

ただ、どうしても有期無期の違いとしか思えない条件が最近いくつか、見つかってまいりました。それは、雇用契約期間の違いというよりも、有期労働契約者には時給制が多く、無期労働契約、つまり正社員は月給制であることの違いの反映のように思います。何かと申しますと、慶弔休暇、特に忌引の際に有給にするかどうかです。正社員に対して忌引は無給というと、多くの人は「人事は人でなしだ」と思います。ところが、アルバイト、パート、契約社員が、忌引で休むと言うと、「休んでいいですよ、ただ仕事してないので無給です」といいます。こういう違いがありませんかと、提起しています。

これは有期無期の違いなのか、賃金形態の違いなのか、あるいは企業とその従業員の近さの違いなのか。何の違いがあって納得的に運用できるのかと考えています。この条文は、むしろ従業員の方から要求される、あるいは労働組合から要求される条文というよりも、これからの企業が社会的に見て妥当な労働条件を形成していく中で検討すべき条文ではないかと思っています。