パネルディスカッション3:第72回労働政策フォーラム
24年改正労働契約法への対応を考える 
(2014年3月10日)

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無期転換後の労働条件維持に役立つ

水口 無期転換後の労働条件については、無期転換した後に労働条件が低下するとの相談もあります。

制定前、労働組合のほうは、「正社員化じゃない」と批判していたのですが、原則として労働条件は有期のままとの改正法は、実際の相談では、無期転換後に、あるいは無期転換ないし雇止めの後の労働条件を維持することに役立っています。

賃金、たとえば時給を減らすとか、さまざまなケースがあります。もちろん就業規則が改正される場合には、原則としては労契法7条の合理性でいくのか11条の合理性でいくのかという問題があります。しかし、有期労働条件のままとの改正法の定めは、無期転換あるいは雇止め後の労働条件を維持する方向で働いていると思います。

正社員就業規則で「この就業規則は、従業員に適用する。ただし、有期社員については別に定める有期社員就業規則を適用する」と定められている場合には、無期転換労働者に正社員の就業規則が適用されることになります。

別段の定めのある場合の条件設定を

安西 私は、経営者がどのような労働条件で無期転換を受け入れるのかという設定権が、条文上の「別段の定め」の部分で与えられたのではないかと思います。

別段の定めがない場合、たとえば有期社員で限定契約となっている場合、雇用の期間が無期になるだけで労働日数も、そして職務も労働時間も賃金も同じままということです。しかし、別段の定めがある場合には、こういう業務については無期転換となる場合には従前の限定日数ではなくて所定日数勤務してもらわないと今後の雇用保障上困難があります。あるいは、職務限定ではなくて包括契約で他に異動や配置ができないというのでは無期雇用としては困ります。また、時間給ではなくて所定期間の賃金としての月給制になりますといった定めです。無期転換が強制される経営側としては、無期雇用者として将来も雇用の継続が経営的にも可能なように「別段の定め」によって条件を設定することが認められているのではないかと思います。

これに対して、そういう条件での雇用は嫌だとなると、その人は無期転換できないという問題になり、別段の定めがあろうとなかろうと同一労働条件で無期になるのだ、無期になった後で使用者が労働条件を変える申込みができるのであり、労働者の合意がないと駄目なのだとの考え方もありますが、私はそうではなくて別段の定めというのは、条文上明らかなように無期転換の労働条件としていきなり別段の定めになるのです。一旦、同一条件で無期になってその後で、別段の定めとして条件の変更としての同意を得て次は変わるのだというのでは、労働者の同意がなければ、無期雇用としては不適当な勤務に、定年まで変更できずに雇用しなければならないというのでは不合理なことになります。私は、無期転換の申出ということにより使用者は無期契約労働者として、新しく雇うことになるので、労契法第7条の適用と考えています。

徳住 無期転換権ルールは、わが国の使用者に対する、「有期のままずっと使うことは、駄目ですよ」というメッセージだと思います。無期転換権を行使できるまでの期間が、さまざまな議論の末に5年になりました。制度は違いますが韓国では上限期間を2年として、それを超える場合は無期雇用とみなす制度が導入されました。その結果、2年を迎える時点で雇止めが頻発するなどの事態が生じたようですが、韓国の実例などを踏まえて5年になりました。この5年という案はよく練られた案で、結果的には正解だったと評価できます。5年という有期雇用期間の長さは、その間で使用者は労働者の労働能力や勤務態度を適切に評価する時間を与えられたことになります。5年も雇用したことにより、会社としては、無期雇用契約に転換しても問題ないと判断するのに適切な期間だと思います。先ほどの渡辺さんの報告にあったように、無期への転換制度を導入する企業が増えているのもそうした実情があるからだと思います。

正社員に近づける労働条件の確保を

問題は5年を過ぎて無期転換した後の労働条件です。今回の立法化にあたり、労働者側は無期みなし制度の導入を主張したのですが、無期転換した場合、労働条件は原則引き継がれるという話から、無期転換申込権ルールの導入を認めた経緯があります。

無期転換申込権ルールの導入は、「無期のままずっと雇用することは認められませんよ」というメッセージを使用者に告げるとともに、正社員と有期社員のもっとも大きな差異である雇用期間の差異を取り払って、できるだけ待遇や労働条件を正社員に近づけようという立法趣旨であると理解しています。無期転換後に、原則は同じままですが、正社員との待遇や労働条件の格差を無くすために、「別段の定め」により、無期転換後の待遇や労働条件の改善を期待しているのが立法趣旨だと思います。無期転換後、給料が上がる、賞与が支給される、正社員に支給されていた手当をもらえる、そうした改善が一切だめではなく、許されることを前提として、労働者側は、「別段の定め」が入ることを許容したのです。つまり、無期転換後も同じ待遇や労働条件であることが原則であるが、「別段の定め」がある場合はそれによるとの例外を設けたのです。原則と例外をきちんと押さえる必要があり、原則は同じ条件であるということを押えておく必要があります。

有期労働者と正社員との間で、雇用形態による差別の根拠となった「期間」の差異が取り払われるのであり、私は、使用者も、無期転換後の労働条件について、ぜひ正社員に近づける労働条件を確保してもらいたいと思っています。また、そうすることが今回改正の立法趣旨です。「別段の定め」が就業規則で定められている場合、労契法7条および10条のいずれの適用があるかという問題がありますが、私は、労働条件の不利益変更が生じることから労契法10条が適用されるべきだと考えています。

別の側面から同じことをみている状況に

木下 有期から無期になったときには、正社員に近づくことを、徳住先生がおっしゃったのですが、確かにそういう感覚を日本の企業は持っていると思います。正社員に近づくから、たとえば手当や福利厚生を上げてほしいというのが労働側からの要求ですが、逆に使用者側からは、だから有期のときは限定していた仕事の範囲や勤務場所を、範囲の特定を取って、いわゆる人事権条項を入れて、転勤や出向にも応じてもらわないと無期ではやっていけませんとなります。

実は、同じことを考えていて、同じことをそれぞれ自分の立場から、もしかしたらこの別段の定めについて主張しているのではないかと思います。そうなると、いや、両方とも入れればいいじゃないかと思うかもしれませんが、コスト論とかいろいろあって、使用者側は使用者の使いやすいほうだけの別段の定めを入れたい。労働側は労働側の要求をしたいということで、そこが今の双方の議論だと思うのです。同じことを別の面からみているのではないかと思います。

(写真:講演者の様子)

菅野 実務上大切なのではっきりさせておきたいことは、ある企業が、労契法に対応するため、有期から無期に転換した後の処遇についてある体系をつくる、つまり新しいカテゴリーの労働者をつくることを就業規則で決め、その後に有期で入った人について、この就業規則を適用するというのは、労契法上のどこに当たるのかです。

水口 その場合には、7条ということになるように思います。

安西 その場合、そのようながっちりとしたものを決められればよいのですが、私は中小企業の経営者には、「無期転換後の労働条件は会社が決定して通知する」というような定めでもいいのではないかと指導しています。また、無期転換にあたっての労働条件は本人と協議して定めるということでもいいのではないかと言っています。それも自動的な同一条件ではなく、法律上の「別段の定め」となると解しています。

菅野 私がはっきりさせたいのは、7条であるとともに18条の別段の定めもあるのではないかということです。木下先生、どうですか。

木下 有期から無期になったときの条件が決まっているという意味では、もちろん18条の別段の定めで、採用時に全体の体系で定めている意味では7条だと思うのです。今度の法制度のような対応ができた後に雇われた人にとってみれば、10条の問題は生じないと思います。

限定正社員に対する見方

濱口 限定正社員はもう数年前から提起され、各企業レベルでもいろいろな形で実践されています。ただ、労働契約法で、「ただ無期」から完全な正社員までさまざまな選択肢が開かれたということ、それがあと5年のうちに準備しなければいけないという期限が切られた上で、しかもいろいろなことができるという状況に置かれたことが、この限定正社員をむしろ前向きの企業の戦略として取り組もうという議論に拍車をかけたとみています。

逆に申しますと、この限定正社員に対してもちろん肯定、否定、積極的、消極的、いろいろな議論があるのですが、あまりこれに消極的な議論をしてしまいますと、先ほど、安西先生が言われていたような、まさに雇用保障しなければならない、そこまでの保障はできないからその前で切るしかないという議論を導き出すことになりかねません。逆に、いやそうではない、さまざまな可能性があることを、世の中に示していくほうが、この法改正の意義を社会にプラスの方向に生かしていく上では、重要なメッセージになるのではないかなと思います。

菅野 限定正社員については、組合の側からは非常に警戒的な目といいますか見方がなされているような感じもします。徳住先生、いかがですか。

限定正社員の提起の仕方が混乱を招く

徳住 限定正社員の今回の提起の仕方について、濱口さんも批判されていますが、解雇と直結して議論が進められたのは大変不幸なことです。

私は、正社員の多様化を全面的に否定するものではなく、将来的には正社員の複線化は、考慮しなければいけない問題だと思っています。今回の限定正社員の提言は、限定正社員について解雇が自由になるという仕組みと結び付けられて提言されたために、労働者側に拒絶感が広がりました。

無期転換後の労働条件について、正社員との差異を設ける根拠とされた「期間」についての相異が無くなるので、労働条件は正社員に近づくものと思っていましたが、安西先生や木下先生のお話を聞きますと、使用者は、無期転換労働者を使いやすいように、定年制や人事管理の施策を持ち出してきそうです。無期転換後の労働条件については、無期の雇用形態がどうあるべきかをめぐる労使交渉や職場での運用などにより、ここ数年で次第に形成されていくと思います。

労働者側は、無期に転換されたから定年制はなく、無限に働けるとは思っていませんが、「別段の定め」をめぐる労使の攻防が今後、続くとみています。「特段の定め」が設けられた後に雇用された有期労働者に関して、5年後に無期転換権行使後の労働条件が、「特段の定め」により不利益に変更された場合、その合理性の判断には労契法7条、10条のいずれが適用されるのかの問題提起が、先ほど菅野先生からされました。そのような問題設定では、私は、労契法7条の適用問題だと思いますが、有期雇用として採用され後に「特段の定め」が設けられた場合は、労契法10条の適用問題だと考えています。

有期労働契約のときの労働条件が、無期転換後に「特段の定め」により不利益に変わる場合、労働条件の不利益変更の問題を内包していますから、労契法10条で判断すべきと考えます。少なくとも、労契法10条を類推適用し、その判断要素を総合考慮して判断されるべきだと思います。

正社員の手前の準社員的な考え方

安西 先ほど水口先生が言ったように、ちゃんとした規定がないと、いきなり正社員の就業規則の適用という可能性もあります。正社員と有期雇用との間に中間的・準社員的な雇用体系、これを限定正社員というかどうか別にして、このような社員制度を定めたものが就業規則としてなければ、無期社員の活用は難しいのではないかと思われます。そういう意味で、ここは就業規則が要るのではないかと考えるわけです。

菅野 その場合、中間的・準社員の実際上の意味は何ですか。

安西 実際上の意味は限定正社員的なものです。退職金なしで、定年は同じように導入する、それから人事考課あるいは昇進・昇格には一定の限度があって、そしてある一定の選考をクリアした人には今度は正社員という方向になるものです。先ほどの発表にありました三越伊勢丹の例であれば、正社員の手前のメイト社員的な考え方です。そういう社員体系が必要なのではないかということです。

菅野 非常にセンシティブですけど、雇用保障はどうなるのですか。

安西 雇用保障については、雇用の入口が違い、もともと雇用調整的雇用の入口から入ったものですから、整理解雇4要件の適用ではなく、むしろ日立メディコ型であって終身雇用を期待する人とは違うのです。そこで、不況で雇用調整の必要な経営状況に落ち込んだときの雇用調整の順序は、純粋有期、次に無期転換社員、そして正社員という順序になるのではないかと考えます。

菅野 そこについては、水口先生、一言ありますか。

属性による個別判断を

水口 まず無期転換後になったすべてが限定正社員とは限らないのです。とくに、中小零細企業でみると、大企業のように正社員と有期社員で明確に業務が分かれているのではなく、業務はあまり変わらず、ただ労働条件が違うのが実態かと思います。その点も目配りが必要と思います。

中間的準社員、あるいはジョブ型正社員ということで一律に、雇用保障、解雇規制が緩くなったり厳しくなったりするわけではないと思います。結局、それぞれの労働契約の趣旨や労働者、その企業の規模とか属性によって個別に判断をすることになると思います。

菅野 限定正社員は、改正労契法を生かすことを考えていくと、避けて通れない問題です。やはり企業の好事例を調査して提示していくのが大事ではないかと考えております。経営側の弁護士先生で、こういうのはいいアイデアだとお感じの限定正社員の使い方はありますか。

総合職とは異なる給与体系を

木下 私が関与している企業では、非常にクリエイティブな仕事をしていて、お客様向けにいろいろな企画提案をする企業があります。企業の性格もあり、管理的な仕事以外はほとんどが契約社員でした。この法律の前から、定着してもらいたい能力の高い人は正社員化していました。しかし、その人たちはやはり管理的な仕事には移りたくないのです。クリエイティブな仕事を続けたいのです。そういうとき、業務を限定した正社員になったときに、賃金体系などをいわゆる総合職と呼ばれる人とどう変えるかを議論しました。仕事が限定で、自分の得意とする分野で仕事ができるなら、給料はそれ以外の人とどれぐらい違っていいのかを会社の人と一緒に考えました。

「人事の仕事をしなくていいなら、いくら給料が下がってもいいか」と質問をしたら、みんな幾らぐらいと言いました。やはり仕事が限定していることについては、いわゆる総合職と違う給与体系を考えないと企業の中で不公平感があると思います。

限定した仕事ですから、その仕事がなくなれば企業の業績云々の、いわゆる整理解雇4要件の第一条件ではなくて、そのお客様、自分が得意としている業務分野のお客様からの受注がなくなれば、やはり退職を余儀なくされる。本人も余儀なくされるし、会社も退職してもらわないと困る。つまりほかの仕事に向けられないという制限があると、やはり解雇に関する考え方は通常の正社員とは違うと思います。

有益な登用無期型の検討

有期から無期に、そのタイプの正社員がなると、総合職型の正社員よりは業務の範囲が狭い分、賃金体系はやや低目、ジョブセキュリティーもやや低目、けれども、有期の雇用不安はないタイプの仕事の人たちがこれから増えてくれば、まさに限定正社員の実例になると思います。

その会社は今、転換無期型ではなくて登用無期型を検討していて、総合職的な完全な正社員と、転換して正社員になるタイプの限定正社員型と、有期という3本立てを検討しています。こういう検討は改正法に基づいた有益な検討ではないかと思います。

安西 木下先生がおっしゃったように、企業はいきなり正社員にするわけにはいきません。無期転換から正社員、そこは登用制度という形で対応していくものが多いのではないでしょうか。

それからもう1つは、先ほどの三越伊勢丹型の社員体系です。同社ではこういう多様な働き方に応じた活用制度を昔からつくり上げてきたこともあり、比較的うまくいっていると思います。

日本における「ジョブ」とは

水口 ジョブ型正社員については、非常に興味深いと思います。その危険性については、先ほど徳住弁護士が指摘したとおりで、ジョブ型正社員が解雇緩和の問題として議論されているのは不幸なことだと思います。

もう1つ、ジョブといっても、たとえば、高度専門職的なジョブの場合もあれば、一般的なジョブの場合もあります。この点が混乱して議論されているように思います。もっと日本における「ジョブ」とは何だろうかというのを突き詰めて考えていくべきではないかと思います。

濱口先生の本を読むと、やはりジョブというのは普通の「職務」のことなのです。その意味では日本での今までのジョブ、職務の扱われ方、それから地域限定の扱われ方、労働時間の扱われ方を、ジョブ一般ではなくて、日本の現実の中ではどういうふうに機能しているのかを考える必要があります。日本では、「ジョブ」というのは一方的に使用者が労働者に、「これがあなたの仕事」として決まってしまう恣意的なものなのではないでしょうか。これは、労働組合と使用者が産業別労働協約で合意をするヨーロッパ的な「ジョブ」ではないと思っています。

昔はジョブを多能工化することが日本的雇用システムの強みと言われていたのが、今はそうではなくなってしまっている意味を、少し掘り下げて検討すべきではないかと思います。

安西 解雇の問題が解決しない限り、無期転換といっても、期間がなくなると後は解雇しかないので、そこを何とかしようというのがジョブ型雇用であり限定正社員ではないかと思うのです。

労働条件の不合理な相違の禁止

水口 労働条件の不合理な相違について、諸手当や待遇の格差に関する相談を受けています。例えば、いまだに、防じんマスクや安全靴を正社員は無料で配布するが、有期社員には有料で買わせている企業もあります。これはどうみても、20条の不合理な差別なのではないでしょうか。

不合理性の判断枠組みについては、それぞれの労働条件の種類、基本給なのか手当なのか、あるいは安全衛生なのかなど個別労働条件、待遇、格差の程度、勤務など、個別の労働条件に応じて、それが不合理であるかどうかを個別的に判断されると思います。

相談例を紹介しますと、都内に複数の事業所を有する会社で、もう5年ぐらい正社員を採用しておらず、有期社員ばかり。そこの有期社員は社員と同じ公的な資格を持っていて、正社員とまったく同じ働き方をしているけれども、正社員は住宅手当2万5,000円が支給されるが、有期は5年、10年勤めても一切支給されないという相談があります。是正を求めても拒否される。それでは労働審判を申立てようと提案しました。しかし、有期社員は、雇止めが怖くて申立てを躊躇するのです。「先生、本当に大丈夫ですか」と聞かれ、「絶対大丈夫」とは残念ながら言えないのです。雇止めをされても勝てると思いますが、労組の強力なバックアップがないとなかなか声を上げられないというのが、実態です。

あまりない有期無期の違いで決まる労働条件

木下 有期無期の違いで労働条件に不合理な差異をつけてはいけないということですが、有期無期の違いで決まっている労働条件は幾つありますか、ということを企業に聞いています。

この労働条件はなぜ、こういうふうに決まったのか説明する中で、有期無期の違いだけと言えるのは、どこにありますかということを、今回の法ができたときに、いわゆる棚卸しをしてもらったのです。それぞれの労働条件は仕事の仕方、採用の仕方、あるいは転勤の仕方という範囲に入ってきて、有期無期の違いだけというのはあまり認められません。

有期ということで差別的と訴えられているところもおそらくは純粋有期型というよりは有期の更新が重なって、実質的には無期に近づいているのに、入口の契約形態が違うから、それが引きずられているような事例がほとんどではないかと思います。ですからわが国の雇用慣行として、有期だからこう、無期だからこうというのは果たしてほんとうにあるのかと思います。

むしろ、パートタイム労働法もそうですけれども、正社員のようにフルに働かないから、働き方に限定がある、時間の限定、勤務場所の限定、職務内容の変更の限定があるから、それに対応してこのような条件というのが多いように思えます。

そうすると、結局労働条件は組み合わせというまさに交渉の結果ですから、労働者からみて不利と思うものだけを取り上げて、そこが違うといって主張されると、いや、それは別な労働条件とのトレードではないかということで紛争になると思います。

20条は、今までの条件を改善しよう、法の力で、請求権の力で改善しようという方向には、難しい規定ではないかと思います。むしろ人事の方に、これから条件をつくるとき、こういう条件の違いはどうしてですかと聞かれたときに、合理的な説明が求められるようになった規定と考えていただきたいと思います。

具体的な吟味なしに不合理とはならない

安西 ひとつは、労働契約法は無期と有期、パート法は通常労働者と有期労働者、その両者で労働条件が違うのは当然で、従来の判例からいうと、その間には同一労働同一賃金の適用はないと言われています。ですから、菅野先生が言う不合理であってはならないという公序良俗違反のぎりぎりの線というのは、私は適切じゃないかと思います。

もう1つ、今、木下先生がおっしゃいましたように、一律にはいかないので、具体的に吟味していかないと、ほんとうに不合理かどうかわからないと思います。たとえば、通勤手当の支給要件を考えた場合、3カ月または6カ月の定期券代の実費だとして、この期間に勤務することを前提としています。そうすると、短時間や週3日しか勤務していない人についても、3カ月定期券代の要件で支給するのかという問題があります。そういう場合は、日割なのか、時間割なのかといった問題もあり、いったい通勤手当とは何かということになってきます。

こういう具体的な吟味をしていかないと、単純に不合理と認められることにはならないと思います。これらは条文では「その他」の要件のところに入るのかと思いますが、そこは吟味しなければいけないと思います。

有期と無期の間の差異で考える

徳住 私はそんなに難しく考える必要はないと思います。無期の人には防じんマスクや安全靴を支給し、慶弔手当を支給しながら、有期の人には支給しない。無期と有期とのこのような相違は、木下さんがおっしゃるように、「有期だから出さないのですか」という観点から見ると、証明不能だと思います。

しかし、労契法20条は、有期と無期の間に労働条件について相違があり、それが不合理かどうかだけを考えなさいと定めてます。一方には出して、もう一方には出さない、これだけで、不合理かどうかを考えればいいのです。この不合理の争点は、福利厚生・安全衛生などの周辺的な労働条件から次第に賃金・賞与・退職金などの重要な労働条件に遷移していくと思います。遷移した段階になると、安西先生や木下先生がおっしゃった問題が浮上すると思います。例えば、賞与について、会社は儲かっていて正社員には多くのボーナスを出すのに、有期には出さない。これは、100かゼロかでわかりやすいのですが、これが、支給額が正社員100に比して、有期雇用労働者がその20~30しか支給されないときに、不合理的かどうかの判断は、さまざまな判断要素を考慮する必要があります。判断要素として、職務の内容と配置の変更を判断要素としながら、具体的には、職務の内容、相異の程度、働き方、勤続年数など考慮の対象になると思います。

「その他の事情」について、通達は、「合理的な労使慣行などの諸事情」をあげています。「合理的な労使慣行」を不合理性判断にどのように取り込むのかは、理解できません。労契法20条の不合理性の判断は、今後の労働組合の取組み、労使の交渉での是正の内容等により、どの範囲までが不合理かの判断が、社会的に次第に形成されていくと思います。労契法20条の労働条件の相異の不合理の判断については、当面は、無期労働者には出して、有期労働者には出さないことが不合理なものではないといえるかどうか、端的に判断すればいいと思ってます。

木下 住宅手当などについては、たとえば、地域限定をせずに全国全世界転勤を前提として採用している総合職には、社宅制度と住宅手当制度があるけれども、勤務地を限定している、つまり転居を伴う転勤のない一般職には出さない会社は結構あります。

有期無期の差異を考えたとき、有期の社員が地域や仕事が限定されていて転勤がない。契約の間には転勤がないのが普通だと思いますが、そうなると比較すべき無期の人は正社員のうちの一般職とすれば、そこには支給の対象になっていない正社員がいるということは十分考えられます。

誰をベンチマークにして違いを考えるのかというのが、この20条の問題では重要だと思います。誰をベンチマークにするか、どの状況をベンチマークにという、どの条件を対象にということで常に考えていかなければいけないと思います。

正社員も、コース別があり、エリア正社員というのは既にかなり多くの企業で導入されています。そんなことも各企業の対応を決めていくのではないかと思います。

いずれにしても、こういう議論はどうしても大企業中心の目線で、中小企業の方々ですと、その辺をあまり意識せずになさっているのではないかと思います。そもそも中小企業の場合の正社員の雇用保障はどのぐらいなのかということもあります。これからも企業規模による労働法の現実の適用の問題というのは考えていかなければならないのではないかと思います。