パネルディスカッション2:第72回労働政策フォーラム
24年改正労働契約法への対応を考える 
(2014年3月10日)

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ヨーロッパ的な非正規労働法制

濱口研究員

濱口 立法政策の観点から若干の批評、コメントを加えます。

今回の改正労働契約法の特徴は、極めてヨーロッパ的な非正規労働法制であることです。それはどこかと申しますと、有期契約の反対概念が無期契約であることです。当たり前と思われるかもしれませんが、EUの非正規労働法制では、パートの反対概念はフルタイム、有期の反対は無期、派遣の反対は直用です。でも、日本は違います。パート法における反対概念は「通常の労働者」で、フルタイムではありません。

この「通常の労働者」は、日本的な正社員の法律的表現です。雇用契約が終了するまでの全期間において、職務の内容や配置が変更されると見込まれないと通常の労働者ではないのです。それを前提にパート法ができています。これに対して今回の労契法は、単純に有期と無期を対比させています。若干つくり方は違いますが、ヨーロッパの法律と同じように、有期を反復更新して5年を超えると無期になれるとしています。また、有期と無期の処遇について不合理と認められるものであってはならないとしています。極めてシンプルで、ヨーロッパ的です。

ところが、このヨーロッパ的な有期契約法制を、「通常の労働者」、あるいは常用代替防止という概念が満ちあふれている日本の法制の中に放り込むと、思わぬリパーカッションが出てきます。

労使にゆだねられる無期化後の契約

典型的なのは、「有期を5年反復したら正社員にしろとは何事だ。入口が違うのに何で終身雇用にできるのだ」という反発です。これは当然の話で、人材活用の仕組みが違うのに、5年経っただけで正社員にできるはずはありません。この法律はそんなことを要求していません。「有期を無期にしろ。期間の定めがない契約にしろ」と言っているだけです。誤解する人がいるといけないので、労働条件を変えなくていいとも書いてあり、別段の定めもいいとあります。

反復更新して5年経った後、無期化する際、どういう契約にするか。「ただ無期」という言葉がありますが、有期をただ無期にしただけのミニマムから、完全にぴかぴかの正社員になるマキシマムまで、実にさまざまな選択肢があり、どれをとってもいいのです。法律上は違法でも何でもありません。会社側に委ねられている、あるいは労使に委ねられているのです。先ほどの事例報告でもありましたが、その間に会社の人材ニーズから制度をつくっていくことが可能な仕組みとなっています。必ずしもフレキシブルであることをめざしたわけではないのですが、日本的な法制度の中にヨーロッパ的な仕組みを導入したことで、非常にフレキシブルな、多様な選択が可能な法制になっていることを、念頭に置いたほうがいいのではないかと思います。

では、ぎりぎりのミニマムの意味は何かを考えますと、結局、雇止めができなくなることに尽きると思います。雇止めができなくなるという意味では、19条と何の違いがあるのかという話になります。細かい話になりますが、19条は雇止めができない有期が続く、一方、18条は無期になることによって雇止めができない。どちらも16条の解雇権濫用法理のもとにある解雇は当然できることになります。どういう解雇ができるのかは、それぞれの雇用のあり方によって、さまざまな判断がなされると思います。これが18条、そして付随的に19条に係る話です。

20条についても、似たところがあります。これも有期と無期を対比していますが、実はパート法との関係では、複雑です。現在のパート法8条1項は、通常の労働者と同視すべき短時間労働者という形で差別禁止と言えるパート労働者を絞っています。ところが今回のパート法の改正案の新8条では、通常の労働者とパート労働者に20条を当てはめるという、不思議な形になっています。20条は有期と無期なのです。その規定はEUのやり方と同じですが、EUのほうは、もろもろの判断要素というのは入っていません。では、ないのかというと、そんなことはないはずで、書かなくても他の条件が等しければということです。

ところが、日本ではパート法は他の条件が違うことを前提としてこういう形になっています。やはりこの20条も非常にミニマム、要はぎりぎり不合理と認められるものであってはならないところから、マキシマムで言えばまったく同じ処遇まで非常に幅の広い対応が可能な仕組みになっています。

その意味では、解釈論として裁判所がどういう判断をするかということも重要ですが、先ほど木下先生が言われたことですが、今は何が正しいか正しくないかがよくわからないのです。むしろこれからの5年の間に企業が、あるいは企業の労使がその中で話し合って、より合理的な仕組みをつくっていくことが、今後の判断の材料、枠組み、基準になっていくと思います。

菅野 2012年改正労働契約法の全体的な評価について、補足のコメントがあればお聞きしたいと思います。

無期転換前に能力や成績考課で登用を

安西 一律に例外なく無期転換ということに無理があります。業種によって対応できるところと、できないところがあります。かえって、無期転換すると不合理な結果を招来する業務や業態もあります。

無期転換のリアクションとして、5年でおしまいということを明白化する企業もあります。もし、5年でどうしても終了とするなら私は、「施行日から後の契約については『5年で終了』と明示して契約書に入れなさい。次年度は4年になり、3年になり、2年になっていく。そこは忘れないようにきちんと契約に入れておく。そして、少なくとも最後は年休が残ったら買い上げるように」と指導しています。

改正法では、更新期間のみで無期転換になります。企業としては期間だけの無期転換には抵抗があります。そこで、能力や成績の考課による無期転換を入れていくのなら、5年まで更新していくと争訟になったとき問題なので、4年間の考課で、いわば1年前倒しの無期転換制として、正社員につなぐ登用制度を整備する。考課の結果、登用要件に該当しない人については、1年の最終更新期間の合意として、5年の終了条件の成立となる制度といったものも指導しています。

菅野理事長

菅野 水口先生は無期が原則とする考え方、要するに非常にヨーロッパの法制に近づけたいような考え方をとっている印象を受けました。

これに対して濱口さんは、欧州の法制を入れたいのだけれども、実際上は無期と正社員は違うので無期だけというお話でした。そういうものとして処遇の仕方とかを柔軟に考えて、いろいろなものを考えればいいのではないかというお話でした。この辺がすこし見方の違いを感じたので、何かコメントがありますか。

法の趣旨に反する更新の厳格化

水口 法律の立法過程や提案理由、国会審議を素直に読めば、「恒常的に業務があるのであれば、有期契約を無期契約にしていきましょう」というのが改正法の趣旨ということになります。

先ほど、単に5年を超えたことで無期にするわけにはいかないという意見がありましたが、無期転換ルールができる前であれば、5年を超えて雇用を継続したのに、この法律ができたことで、更新を厳格化するのは、法の趣旨に反していると思います。

その際に、雇止めの合理的な理由がある場合には、雇止めができますが、法ができた副作用として更新を厳格化するのは、立法趣旨に反するものであり、裁判所は従前と同様に雇止めの合理性を判断するものであり、雇止めの合理性判断基準が緩くすることは、改正法の趣旨に反してあり得ないでしょう。

平等を求めて立ち上がるのは難しい

徳住 ここ数年の労働立法の手法の特徴は、確立した判例法理を条文化する傾向にありました。労働契約法の制定がそうでしたし、今回の19条がそうだと思います。ところが、18条と20条は、判例にもみられなかった新しい制度を創設しました。これまでの立法改正の手法と異なる法律ということで、労働者側でも批判もありますし、労働法学者にも批判があることは承知していますが、労働弁護士としては、これは使いものになるという実感を持っています。

しかし、有期労働者がこの問題に立ち上がるのは難しいのも現実です。たとえば、昨年12月にパート法8条違反の判決がやっと1件出たぐらいで、あの法律ができても活用されていません。

今回も、パート法ほどではありませんが、有期労働者が立ち上がることはなかなか難しいのです。有期ですと雇用が不安定で、平等を求めて立ち上がると、会社から雇止めされるのではないかと不安に怯えています。

今のところ、交渉で解決するのが一番いいのですが、そうでない場合には裁判に訴えざるを得ない局面が出てきます。その準備がパート法のときよりもずっと活発であり、近々全国的な裁判が予定されていると聞いています。木下先生に「大したことない」と言われないように、20条を活用するたたかいに取り組みたいと思います。

菅野 労働側は大変な意気込みのようですが、経営側の弁護士として紛争の多発化を予想するのか、それともいろいろな対応で大丈夫だという感じなのでしょうか。

登用制度の整備が雇止めの紛争の準備に

木下 私は紛争の多発化はあまり予想しておりません。ただ、企業としては、18条については、今まで無期と言えば正社員だけだったのに、正社員でない無期社員を抱えるのは、今までにない経験です。その準備は企業がいま、一生懸命なさらなければならないと思います。正社員でない無期を抱えたくない企業は、5年以内の雇止め上限を入れて、正社員に登用してもいい人は正社員に登用するチャンスを与える。正社員になれなかった方は、5年で雇止めになるのを検討しています。

おそらく従前からの有期労働契約で繰り返し更新の方で、この5年条件が入って正社員にならなかった人、転換ではなくて登用にあたらなかった人が5年後ぐらいに裁判を起こす可能性はあると思いますが、登用制度を整備することにより、その人がなぜ正社員に登用されなかったのかを明確にすることができ、雇止めの紛争の準備ができると思います。

安西 私は逆に、中小企業では法改正の内容を知らないことが多いので、人事制度上の対応ができず紛争が非常に多くなると思います。とくに、お掃除など、中高年齢者を多く使っているところで増えると思います。こういうところは、対象のビルがなくなったり、新しくできたりするので、業務量が不安定で、入札制度もあって有期でないとだめなのです。それが無期となり定年まで雇用するとなると、大変な紛争が起こる気がします。

18条と19条の違いは

菅野 次に、18条の無期転換ルールと19条の雇止め法理にはいります。

手短に18条と19条の違い、趣旨・目的の上での違い、あるいは法的効果の違いについてお願いします。

木下 18条と19条は、まったく関係のない規定だと思っています。

19条は判例法理を純粋にリステートしただけで、すこし要件効果の点で申し込み要件をつけていますが、それは契約を新設するための擬制と思っています。18条で新たに5年を超えて更新したら無期転換権を発生させる制度ができたからといって、雇止め法理の内容が変わるわけはありません。5年以内の雇止めが、権利濫用と言われる理由はまったくないと思います。

もともと有期労働契約には純粋有期というカテゴリーもありました。あらかじめ合意で有期の上限を定めたときは、たとえば、雇止めの予告など労基法に基づく制度を適用しなくてよい運用がされてきました。契約期限は合意で決めるものです。その決め方は、19条ができた後も生きていると思います。ただ、純粋有期の典型である大学の非常勤講師などを中心とした方についても、18条が適用されることになったので、慌てて特別法が必要になったと考えています。18条、19条は、関係ないというのが私の立場です。

水口 先ほどから繰り返し述べたとおり、恒常的業務がある場合には、無期が原則というのが改正法の立法趣旨だと考えています。

この立法趣旨を実効化させる意味で19条の雇止め法理が機能すると考えています。雇用継続の合理的期待についても、有期契約を更新する可能性がある有期労働契約で、かつ法律に5年経ったら無期に転換できることになれば、19条2号の合理的な期待にも影響を与えると解釈すべきです。今後もこの5年無期転換ルールができれば雇用継続についての合理的期待という労働者の期待は、法的にも強く保護する方向に動くのではないか、あるいは動くように解釈すべきだと思っています。

5年超え手前の雇止め

菅野 実務上いろいろな問題があり、文献でもたくさん議論されているのが、5年超え手前の雇止めの問題です。審議会などでも、かえって雇用を不安定にさせるのではないか、それをどうやって抑止するのかが議論されたと思います。また、5年を超える手前での、あるいは最初から不更新条項を設けるのは法的な問題があるかということであります。更新上限条項について、先ほど触れていただきましたけれども、これについて法的にどういうふうに争えると思いますか。

徳住 労契法18条の無期転換権行使を回避するための雇止めは、労契法19条の雇止め法理が適用され、雇止めが濫用になるかどうかが問題となります。その場合に18条を回避する雇止めであることが明確になれば、客観的に合理的な理由がないとみなされる可能性が高まると思います。

酷な選択を迫る不更新条項

問題は、労働者が不更新条項を合意した場合にどうみるかです。この合意は、労働者に来期は更新しない、それを認めるなら今回は更新するとの条項を労働者に要求するものです。労働者側からみると、次期は更新しないとの条項に判を押さないと今期で終わってしまう、判を押すと次期で労働契約が終了することを認めたことになる。労働者は、大変酷な選択を強いられることになります。

つまり、優越的な地位にある使用者がそうした酷な選択を労働者に迫る意味で、不更新条項の合意そのものが、民法90条の公序良俗違反になる可能性があります。

また、明石書店事件・東京地裁判決は、不更新条項の存在を19条の客観的に合理的な理由の「総合考慮の一内容」としましたが、そうした考え方もあると思います。不更新条項の合意に基づく雇止めについて、裁判所がやむを得ないと認めている事案は、例えば次期までで事業閉鎖するので次期で雇止めにする不更新条項の締結がやむを得ないなどの事情がある場合です。他方、事業そのものは継続的に存在しながら、契約を次期で打ち切る不更新条項の合意は、19条の権利濫用の「総合考慮の一内容」とする明石書店事件・東京地裁判決の考え方は、実務上今後有力になると思います。

公序良俗違反とはいえない5年手前の雇止め

安西 18条と19条は、まるっきり違うと思います。18条で無期転換すると、企業はずっと雇用保障しなければなりません。企業はそこまでの覚悟がなければ無期転換はできません。従来は期間がありますので、更新を10年間してきても、1年契約など有期ですから、次の仕事がなくなったら雇止めとなります。その場合には雇止めの法理に乗るわけですが、今度はそれを全部抜きにして、無期転換すると仕事がなくなって雇用ができなくなったとしたら解雇となり、整理解雇の4原則となると企業としては大変なことになります。

無期転換ルールができて、会社としても必要な人材がいるわけですから、雇用をつないでいかなければなりません。その一方で、能力的にも業務内容的にもそこまでの保障ができないケースもあるわけで、その場合には会社としては5年手前で無期化を阻止するようになります。それが公序良俗違反かというと、会社の経営、労働者の能力、業務量の減少などに対応して労働者をどこまで雇用できるかという経営判断ですから、一概に5年手前で雇止めすることが、公序良俗違反とは言えないと思います。本田技研の判例でも有期雇用者の5年以内の雇用終了が最高裁でも認められています。

無期化を乗り越えることで格差是正を

水口 無期転換は会社としては大変だから、それを回避するため5年手前で雇止めすると使用者側が主張しても、裁判官は、そのことを「客観的合理的理由」「社会通念上相当」の判断にあたって、プラス要素として評価すべきではないと思います。それは立法趣旨に反するからです。ただし、担当した業務がなくなった場合であれば、それはそれとして雇止め回避努力などの判断を今までと同様にすればいいのです。

それから、5年直前に、あるいは契約当初からの不更新条項や更新上限条項が入っている場合があります。5年超え手前の場合に、不更新条項が入っても、合理的期待の確定的な放棄とするのは本当に例外的な場合に限られると思います。

この点、東京地裁の明石書店事件仮処分決定は、労働者保護の雇止めの判例法理を、交渉力が劣位の労働者が使用者と合意させられたからということだけで適用を排除するという解釈はできないと述べています。この東京地裁の決定時点では、判例法理でしたが、それが今や法律になったのです。そうである以上、労働者保護の法律を労使合意だけで適用を排除することはより強く許されないと解釈すべきと思います。やはり不更新条項があるだけでは合理的期待を放棄したと解釈すべきではありません。実際、先ほど横浜地裁の東芝ライテック事件を紹介しましたが、不更新条項が契約書にあったとしても、それは雇止めする予告であって、雇止め時点で、合理的な理由があるかどうかをさらに判断すべきだとしています。この論点は、判例も一番揺れているところだと思います。

先ほど、無期化すると企業は大変というお話もありましたが、そこを乗り越え、正社員と有期社員の格差をどうやって是正していくか、労使ともに知恵を出しましょうというのが、この法律ではないかと思っています。

これからも行われる純粋有期の雇止め

木下 純粋有期では先ほど、大学講師をあげましたが、数の上で一番多いのは自動車や電機業界の期間工です。とくに自動車業界は、先ほど本田の例がありましたけれども、業界あげて2年11カ月とか3年を使っています。3年経ったところで雇止めになるときには、もちろん最初から3年の契約として、1年以内の契約を反復更新して3年以内の契約としているのですが、終了時には満期慰労金などの退職金にあたるものを支給し、あるいは職務転換の教育をしています。

さらに、自動車業界に戻ってきたい人には、一定期間あけたところで戻ってきてもらうなど、実際には雇止めが雇用量の調整に十分資してきました。景気動向を反映した指標にもなってきました。これなどは、わが国の産業界で、もう既に確立したある種の雇用慣行と言えます。それを否定することはできないと思います。それは3年のところもあれば4年のところ、5年のところもあります。このようなことを認識しながらやっていけば、純粋有期という形で有期の雇止めはこれからも行われていくのではないかと思います。

菅野 今度は就業規則化の問題です。就業規則の制度として、雇止めや不更新、更新上限の設定についてどう考えるかです。

更新上限条項への対応

(写真:講演者の様子)

徳住 有期雇用が継続している途中で3年などの更新上限条項が就業規則などで導入された場合、これは労契法10条の労働条件の不利益変更の合理性の問題だと思います。

他方、例えば3年とか、5年の更新上限条項が、有期雇用契約を締結する時点で既に就業規則に定められていた場合、こうした更新上限条項の有効性が問題となります。

契約自由の原則からみて、更新上限条項は容認されるべきだという考え方もありますが、私は、こうした更新上限条項の有効性は、労契法7条を適用してその合理性が判断されると考えます。事案によって、合理性がないと判断される事案も出てくると思っています。例えば、有期雇用の業務は恒常的に存在しながら、有期雇用労働者を繰り返し入替えている実績があり、さらに一部の有期雇用労働者について選別して継続雇用していたり、クーリングオフ期間中も、何らかの形で雇用保障しているとか、別の仕事を斡旋して、6カ月後に戻るようにする、などの実態がある場合には、労契法7条の合理性がないと判断がされる可能性があると思います。

労働条件通知書に期間の明記を

安西 現在わが国では、入口規制をしていません。採用するときは採用の自由ですから、自動車業界では、2年6カ月あるいは3年、はじめからそういう期間工として雇用することが許されるのです。

労基法14条で、有期労働契約の更新雇止めに関する基準があり、それに基づく告示で雇止めした場合の理由を明示しなさいとあります。厚労省通達で、その例として告示第2条関係の(ア)前回の契約更新時に本契約を更新しないことが合意されていたため、(イ)契約締結の当初から更新回数の上限を設けており、本契約は当該上限に該当するものであるため――ということが認められています。

先ほどの問題提起からいうと、就業規則でまず上限期間についての期間の定めがある。就業規則の定めがあるからといって、企業はそれだけで放っておいてはだめで、労基法15条では採用するとき労働条件通知書を出しなさいとあります。通知書の記載事項には、いの一番に期間の定めがあるかないかを書き、2番目で、更新する場合には更新の有無および基準を書きなさいとあります。就業規則プラス労働条件通知書、さらに労働契約書にも書くということが必要です。これは労働契約は1人1人と会社との契約だからです。

そしてあらかじめ定めた「期間満了でおしまい」という雇用終了のみではなく、そのような合意を明白にするため、労働者の方もそのことは承知の上でしたよと言うためには、期間満了金なり、あるいは年休の買い上げなり、何らかのプラス・アルファを定め、期間満了による終了の合意をはっきとさせておく必要があると思います。

多くの会社では、有期雇用者に対する労働条件通知書について、人事が直接関与しないで、採用は現場の工場や営業所で行うことが多いものですから、この労働条件通知書の重要性を知らず、雇用のパンフレットのように考えて渡すこともあります。しかし、有期雇用ですから絶対に期間を書かなくてはいけません。期間を書いていない労働条件通知書を渡すとそこで勝負がついてしまいます。

それから、また更新するときにも自動更新としないで、更新手続きを行い労働条件通知書に期間を書いて、たとえば、3年で終了するならあと2年、あと1年、今回で最後ですよといった形で、そこまで気をつけて交付することです。そうでないと、初めの「3年」と書いたものを2年たっても、残り1年になっても「3年」と書いたものを渡すというのでは駄目です。人事の人はそういう第一線で実際に手続きを行う者がどうやっているかに気をつけていかないと、万一紛争になったとき裁判で失敗します。

労働条件を変更しない無期転換の意義

菅野 渡辺さんの報告の中で労働条件はそのままにしての転換という回答も随分ありました。労働条件を変更しない場合は、そもそも無期転換の実際的意義は何だろうかということを濱口さんが提起されました。この点、何か補足してご意見いただけますか。

濱口 ただ期間の定めがなくなる「ただ無期」から、完全な正社員になる。そして、その中間的な限定無期のあり方、さまざまな選択肢が企業には開かれている中で、もっともミニマムの選択をしたときに、その法的意味は一体何だろうかというのが先ほどのお話です。

無期転換したことのぎりぎりのミニマムの意義を突き詰めていくと、それは結局雇止めができなくなる。つまりそこで切るためには、たとえばこの仕事がなくなったという形での、少なくとも合理的な理由を提示する必要があるというところが、ぎりぎりの違いになってくるという趣旨です。

木下 濱口先生のお話は大変よくわります。転換無期は何ですかと聞かれたら、もう更新手続きしなくていいことですと答えると、企業の方が納得してくださいます。

すでに安定した労働力として、毎年毎年あるいは6カ月にいっぺん、更新手続きしていたけれども、それをしなくてもよくなるだけで、ほかは何も変わらないと言うと、「それならわかりました」とおっしゃいます。これは非常に納得感があります。

ただし、その場合、終身雇用になるので定年を定めておかないと、お年になって力が弱くなったから辞めてくださいと言うことになります。

もう1つは、本当に驚くべきですけれども、有期の方は定年がないので、今の労働力の情勢からいいますと70歳を超えた方も相当数働いています。たとえば、ビルのお掃除の方とか、スーパーのレジ打ちの方とか、いろいろなところで働いています。

無期契約にも定年制は必要

ただ、これはごく例外で、やはり無期転換したときには、濱口先生がおっしゃった「ただ無期」でも定年は決めるものだと思います。定年については、何歳がいいのか今迷ってらっしゃいます。なぜかというと、会社は定年を60歳か65歳だと思っています。ところが有期で既にその年齢を超えている人がいて、無期になったらどうするのですかと言うのです。実は転換権の付与ですから、その人たちが、辞めたくなければ無期にならなければいいのです。ずっと更新を続ける有期でいればいいのです。そういう意味では、労使ともに、なるほどという落としどころをちゃんとみつけられるのではないかと思います。

ただこれは周辺的業務をしている方々の場合で、正社員に近い業務をしている若年の契約社員の場合は、企業にとっても困難な問題があります。多分、法律をつくった人はいわゆるフリーターと言われている人たちの救済的な手続として、あるいは労働条件向上の手続としてこの法律をつくったのだと思います。ただ、実際に働いている有期の方で、そういう人たちはそんなに多くないところが多分、法律をつくった方の思いあるいは労働側の先生方の思いと会社側が現実に見ているものの違いではないかと思います。

無期になったときの終わり方として、解雇しかないのは日本的な感覚からすると、使いにくいと思います。「もうあなたは辞めてください」というよりも、「定年になりました。おめでとうございます」と言うほうが、労使ともに安心感があります。定年制は無期契約にとって必要ではないかと思います。

菅野 水口先生、労働条件を変更しない場合というのはどういう状態なのか、労働側からみてどうでしょう。