パネルディスカッション:第67回労働政策フォーラム
仕事と介護の両立支援を考える
(2013年5月31日)

写真:壇上の講演者の様子

パネリスト

矢島 洋子
三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済・社会政策部主任研究員
塩入 徹弥
大成建設管理本部人事部人材いきいき推進室長
許斐 理恵
丸紅人事部ダイバーシティ・マネジメントチーム・チーム長補佐
池田 心豪
労働政策研究・研修機構副主任研究員

コーディネーター

佐藤 博樹
東京大学大学院情報学環教授

佐藤教授

佐藤 パネルディスカッションを始めます。前半の報告で、仕事と介護の両立ができるように社員を支援することが企業としてすごく大事になってきていることはご理解いただけたと思います。仕事と介護の両立支援は、仕事と子育ての両立支援と共通する部分があります。たとえば、柔軟な働き方ができるようにするとか、個人的な課題を会社や職場の同僚にいいやすいような仕組みをつくるといったことです。

その一方で、異なる部分もあります。事前の情報提供が大事なこととか、あるいは社内外の資源を使って親御さんなりが必要とする介護サービスが得られるようにするマネジメントがとても大事なことなどです。そういう意味で、塩入さんから、「社員が介護に注力できることを支援するのではなく、両立できることを支援することが大切だ」というお話があったかと思います。まず、そのあたりの課題を少し掘り下げていきたいと思います。

企業の取り組みの現状

今日は企業の人事の方がたくさん参加してくださっています。「これから自社で仕事と介護の両立支援を始めよう」とか「いま取り組んでいるが、これでいいのだろうか」などと考えられている方も少なくないと思います。自社の取り組み状況の参考として、他の企業の取り組み状況に関して、矢島さんからもう一度整理していただけますか。

矢島 調査報告の際のデータでみていただきましたように、多くの企業は法定どおりの取り組みでとりあえずは対応しています。それ以外に、先進的な取り組みをしている企業も、インタビューを申し込むと、「いや、うちも始めたばかりで、そんなに進んでいるとは思えません」と答えるところが多いです。今日の丸紅さんも大成建設さんも、実はそんなに以前から取り組んでいたわけではないというところをご紹介いただきました。2010年くらいからようやく考え始め、情報提供などの取り組みを少しずつ始めている企業が少なくないのが現実です。全体としてはまだ取り組んでないところも多いですし、取り組んでいるところでも、まだ始めたばかりというところが多いなかで、まだ着手していない企業もこれから十分にやっていただけるのではないかと思います。

佐藤 社員の年齢構成上、少しずつ介護の課題に直面する社員が増えていると感じ始めた企業が多く、今日いらした会社の方々もそういった意識をお持ちだと思います。そういう皆さんの会社も、そんなに取り組みが遅れているわけではないので慌てることはありません。ただ、そうはいってもあまり時間があるわけではないので、先進事例などを参考にしながら早めに取り組んでいただければと思います。

それを踏まえたうえで、仕事と介護の両立支援の具体的な取り組みに入っていきたいのですが、まず全員を対象とすることです。介護の課題に直面する前に全員、たとえば社員が40歳とか50歳になった時点で情報提供する。そのうえで、社員が介護の課題に直面したときに、そのことを1人で抱え込まず、上司なり会社に話しやすいような風土づくりがとても大事です。そういう形で社員が相談にきた後は個別の対応になってくるわけです。それぞれの状況に応じて、会社が整備している制度や地域の地域包括センターの活用など個別に勧めたり、介護の課題を抱える人たちが互いに交流できる機会の提供などが大事になります。

企業に相談しやすい風土づくりの部分で、塩入さん、許斐さんのところではどんな取り組みをしているのか。また、介護の課題を抱える社員同士の交流を考える場合、介護は子育てと違って、あまり明るい話題ばかりではないわけです。交流会のようなものを実施して、社員が集まってくれるのかとか、実際に話が進むのかといった疑問もあります。そのあたりについて伺いたいのですが。

「お互いさま意識」を広げる

塩入室長

塩入 報告でも触れましたが、社内での取り組みのなかで大事なものとして、情報提供やメンタルケアのようなものはすでに始めています。もう1つ、風土づくりという点で、「お互いさま意識」というものも広げていきたいと思っています。ワーク・ライフ・バランスの意識を正しく理解してもらおうという研修には、お互いさまの意識も持ってもらいたいという意図もありました。また実際に介護をする場合には、最初に相談するのはやはり上司だと思うので、上司に対しても、会社の制度とか仕組みを理解しておいてもらいたいと考えていて、直接上司に対するそういう研修もしくは情報提供をして、いざ職場でそうした社員が出たときにサポートして欲しいということをやっていきたいとも考えています。

佐藤 管理職が部下の最初の相談の窓口になる可能性は高いのですが、管理職の人が意外に自社の仕事と介護の両立支援に関する制度を知らなかったりするのです。介護休業についても、「介護に直面したら休業して介護すればいい」みたいなことをアドバイスしてしまう管理職もいます。そういう意味で、管理職がきちんと理解することが大事ですね。あと、大成建設では、介護の課題の交流会を開いたとのことでしたが、そのときの状況はどうだったのでしょう。

介護をテーマにセミナーを開催

塩入 「介護セミナー」の話をしましたが、実施前は同じような状況の人たちを募ること自体が大変難しいと思っていました。また、仮に募ったところで、そんなに皆さん積極的に話をするものだろうかという心配もありました。ところが、実際にやってみると、介護に対する意識を持っている人が集まってくれました。佐藤先生にもお越しいただき、話をしやすい雰囲気にしていただいたのですが、「実は私はいま、こういう介護をやっている」などと非常に話が盛り上がりました。

佐藤 そうですね。僕もびっくりしたのですが、子育てと違って男性の参加が多かったことと、年齢層も30~50代ぐらいの人が集まってきて、本当に話になるのかなと思っていたら、皆さん、「今やっている」とか「もうすぐなりそうだ」などと結構、共通の話題になっていて、「来てよかった」「参考になった」と話していました。介護の課題を抱えている社員同士の交流が難しいかというと、意外にニーズがあるのかなと思いました。

許斐さんの報告では個別相談の話がありました。それは一人ひとりやるものなのですか。また、その取り組みで出てくる話や、有益だったというようなことがあれば少しお話いただければと思います。

個別相談会で専門家の意見を聞く

許斐チーム長補佐

許斐 一人ひとり行います。そのうえで、家族も連れてきて良いということで1時間程度設定します。ただ、個別相談会への参加は、まず人事に登録する必要があります。その部分で開始当初は、どのぐらい来るものなのだろうか、と思っていましたが、やってみると用意していた枠の倍ぐらいの応募がありました。思った以上にニーズがあったことがまず1つあります。

相談の中身はいろいろなものがあるのですが、たとえば、すごくいい事例だなと思ったものとして、海外駐在の内示を受けた社員が個別相談会に参加した事例があります。この社員は、「まだ介護を要する状態ではないけれど親が心配だ」ということで、介護体制や見守り体制に関する相談をし、手配を済ませて出発しました。また、「こういった介護プランを立てているが、本当にこれで良いのか」といったセカンドオピニオンを求める相談もありました。介護は初めての経験だが、専門家として対峙しているのはケアマネジャーだけということで、他の人の意見も聞きたいと考えたときに、個別相談会を利用できるわけです。

佐藤 介護の課題を抱えている社員同士が「ああ、みんなこういうことを苦労している」「こういうやり方があるのか」というような情報交流も大事ですし、事前の全体的な情報提供や、丸紅で作成している「介護ハンドブック」のようなものを課題に直面した人に渡すことも重要です。ただ、実態としてみると、介護は個別性が非常に高いので、すべてのケースに合致するような情報を冊子で網羅できるかといえば、それは非常に難しい。そこで、やはり個別相談が大事だと思います。もっと言えば、自社だけでは対応できない場合には、専門家の活用も考えられます。

許斐 そうですね。当社では、「海を越えるケアの手」という団体と法人契約し、専門家の方に来て頂いています。クローズドな会社の会議室で、仕事を1時間だけ抜けて来られるアクセスの良さも気軽に相談できる雰囲気づくりになっていると思います。

社内外の資源の活用を

佐藤 専門家につないで個別ニーズに合ったアドバイスをすることはもちろん大事ですが、中堅・中小企業でそこまでできないという場合は、地域包括支援センターに行けば相談に乗ってもられることを伝えるだけでもいいです。

図表 多様な社会資源を活用した持続可能な介護の仕組み~「両立」の視点からの再構築~

図表:クリックで拡大表示

資料出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング 報告資料

図表 拡大表示

事前に情報提供し、社員が介護の課題に直面したら抱え込まずに会社に相談し、両立のための情報を入手して自分で両立できるようにすることが大事です。矢島さんの図表のように社内外のさまざまな資源をうまくマネジメントして、要介護者が必要なサービスを得られ、かつ自分も仕事と介護を両立できるようにする。ただ、このマネジメントが簡単そうで実は結構難しいのです。

矢島 実際にフルタイムで働きながら介護をしている7人にお話を伺いましたが、印象的なのは、自分でマネジメントをしっかりするという意識を持っていることです。自分で納得がいかなかったら、ケアマネジャーも2人目に当たってみるとか、ケアマネジャーに紹介してもらったホームヘルパーや通所サービスの事業者もいくつかちゃんと自分の目でみて、納得いかなかったら変えるといった意識をしっかり持っています。

アンケートでも、調整とか役割分担を決める部分を自分でやっている人と、専門家や事業者、おそらくはケアマネジャーの役割と考えている人に分かれます。そこの部分を自分がしっかり握らなければと思っているかどうかが、実は非常に重要なポイントだと思いました。

自らがマネジメントする意識を

佐藤 在宅で介護をする場合、まず認定を受ける必要があります。そして、認定を受けたら、その程度に応じて使えるサービスが決まってきます。勝手にショートステイとかヘルパーを頼めるわけではないのです。まず、ケアマネジャーを決める必要があります。地域包括支援センターに行くと、ケアマネジャーのリストを渡してもらえますので、自分でそこから探さなくてはいけない。ケアマネージャーが決まっても、その方が本当に自分の親御さんが必要としているサービスを提供できるケアプランをつくってくれるかがなかなか難しい。よく聞くのは、「初めての介護のときはよくわからなかったけれど、2人目の親の介護の時にケアマネジャーやヘルパーの専門的な能力が人によってかなり違うとわかった」という話です。

矢島研究員

矢島 そこは本当に重要な部分です。先ほどの7人のうちのお1人は、最初に会ったケアマネジャーに、「自分が主たる介護者なら家にいるべきだ」といわれたそうです。その人はそれが非常に理不尽だと思って、別のケアマネジャーに依頼したのですが、1人目にいわれたことを「そういうものなんだ」思って諦めてしまう可能性もあるわけです。社会的に介護のあり方が変わっていくことも大事だと思うのですが、今の状態でできることと言えば、自分でしっかり選ぶことがまず大事なわけです。リストをもらったなかから自分でケアマネジャーを選び、さらに、ケアマネジャーから事業者の紹介を受けたらそこに決めなければいけないと思ってしまわずに、自分で選んで良いのだということを知ることが重要だと思います。ヒアリングで印象的だったのは、今、自分で介護しながら働いている人は、自分が家にいない分、安心して働くために、本当に頼れるケアマネジャーと事業者を選ぶことが大事だということを強くおっしゃっていたことでした。

自分が働き続けられる仕組みづくりを

佐藤 内外のさまざまな資源をマネジメントするのですが、相手は専門家ですよね。だから、専門家が提案されたことを、素人がマネジメントする難しさもあるわけです。そのことをわかってもらうように社員に伝えていくことが大事だと思います。

今の介護保険制度ができたときは、介護する人が家にいて24時間365日親御さんの介護をしているのはとても大変なので、その人たちが一定期間、平日にデイサービスを使って買い物に行けるとか映画を見に行けるなどといった趣旨もあったわけです。しかし、今はずっと家にいて介護している人はあまりいない。大事なのは、要介護者が良質な介護サービスを得られると同時に、介護する側がフルタイムで仕事も続けられるといったようなケアプランをつくってもらう必要があるわけです。そこでケアマネジャーとの意識のズレのようなものもあって、「あなた、そろそろ仕事は辞めた方がいいのではないでしょうか」などといわれたりする。そういう意味で、専門家の人とどう対峙していくかも大事な点だと思います。

池田さんは「昼間の時間帯はいろいろなサービスを使って両立できるけれど、家に帰ってから結構きつい」と話されていましたが、そのあたりはいかがですか。要介護の高齢者が質の高い介護サービスを得られるようにいろいろマネジメントすると同時に、自分が仕事を続けていけるように自分の健康にも気を配り体力が温存できるような仕組みづくりが大事かなと思ったのですが。

池田研究員

池田 やはり、夜は自宅で自分が介護をするという意識がまだ強いと思います。いまは夜間の訪問介護サービスもありますが、帰宅後にそういったサービスを利用するという発想はまだないのかな、というのがヒアリング調査の印象です。

ただ、介護者自身の心身の回復を図るために、ショートステイを利用している事例はありました。また、週末、昼寝をして睡眠時間を確保するといったように、とにかく自分の体をきちんと休めることが、継続的に介護を続けていく上で大事だということは、皆さんおっしゃっていました。

佐藤 子育ても、お子さんがゼロ歳児のときは夜中に泣いたりするので、昼間は保育園に預けて仕事ができても、両親ともになかなか寝られないということがありますね。ただ、育児の場合は、子が大きくなっていくにつれて改善していくわけですが、介護の場合は見通しが立たないので、余計負荷感が大きいと思います。そういう意味で、たとえば週末にショートステイを使って、自分が旅行に行き、自分も少しリフレッシュすることなどは決して悪いことではありません。そうすることによって、きちっと仕事と介護の両立ができるわけです。どう両立をマネジメントするのかを考えたときに、自分のこともすごく大事なのかなと、池田さんの話を伺って思いました。

両立可能な柔軟な働き方とは

次のテーマに移りたいと思います。私は、介護休業などの会社の制度は、法定どおりでいいという、やや極端ないい方をしました。それは、休業期間を延ばすよりも、まだやることがあって、延ばせば解決するわけでもないだろうということがあります。法定の制度とは別に、両立ができるような柔軟な働き方の整備など企業としてどのようなことが考えられるでしょうか。

矢島 私が実施した調査でも、実際に使われているのは、年休や短い休暇です。池田さんのお話にも大成建設の事例にもありましたが、介護休業については、1回限りの長い休業ということで、使うことに踏み切れない部分がありますね。

佐藤 連続で使うことが法定の内容ですから、基本的には取得できるのは同じ要介護状態に関して連続して1回なのですね。

矢島 はい。それは本当にいざという時のためにとっておく。今までうかがった事例でみると、やはり終末期、「最期のときに一緒にいるために使いました」というのはありますが、なかなか思い切れない。介護休業は、実際に介護が必要になって、最初の段階で準備のためのいろいろなサービスや申請の手配をするために使えれば良いといった側面があるわけですが、その段階での制度取得に踏み切れなかったりするわけです。やはり、1週間程度の休みを何回か取れるとか、そういうことが非常に重要になってくるのかなと思います。

当事者のニーズと合わない1回限りの休業

佐藤 つまり、法定の93日の日数は別としても、「連続して1回」が実際の現場での仕事と介護の両立には合わないということでしょうか。

矢島 そうです。実際に制度を利用する方の心理に立つと、1回限りで終わってしまうと、この先、いつまで続くかわからないというところで躊躇してしまいます。いまは「失効年次有給休暇」の積み立てを活用している人も結構いて、それで、普通の年休は自分の体調が悪くなった時のためにとっておくような人も結構いるようです。

佐藤 法定を上回る取り組みというと、期間の延長よりも分割とか細かく何回も使える方がニーズに合うということですね。その辺、池田さんはどう考えますか。

池田 私も同感です。労働者の立場から、年休がなぜ使い勝手の良い制度かというと、「有給で何回も細切れに取れる」からです。介護休業はその反対ですよね。「無給で1回」だと、その1回をいつ使うかもあります。それに、このフォーラムの冒頭に佐藤先生がおっしゃっていたように、これからの人口構成の問題として、単身で介護するような人が増えてくることを考えると、経済的な問題も出てきます。たとえ介護費用は親御さんの年金で賄えても、自分自身の生活費の問題はあります。すると、無給の休業をとるのは経済的に難しい面もあります。その辺りは課題の1つだと思っています。

多様な休暇制度を柔軟に活用する

佐藤 介護休業だけではなく、前回の育児介護休業法の改正時に、介護のための休暇が5日入りました。それは意外に知られていなかったりしますが、とても大事かなと思います。一方、企業では介護休業や失効年休の積み立てなどについては、どういった制度がどのように活用されているのでしょう。

塩入 介護が退職理由だった人が、辞める前にどういう休みの取り方をしていたのかを調べたり、社員のニーズを調べて分かったことは、持っている権利を少しずつ使うということです。先ほどお話した「保存有休」も、今は半日ずつで消化できるようにはなっていますが、それをもう少し細かい単位で取りたいとか、もっといえば、時間単位での有休を5日間を超えて取りたいなどの声もあります。

佐藤 在宅介護だったらケアマネジャーと最低でも月1回は会うことになりますので、そういった部分は確かに勤務時間内でやりたいということがありますね。許斐さんはいかがですか。

許斐 当社では、いろいろな休暇制度がありますので、それを上手に使いながらまずは乗り切っていこうというメッセージを出しています。先ほどの報告でもお伝えしましたが、介護休暇が10日間、ファミリーサポート休暇が5日間、特別傷病休暇の介護の転用が累積最大50日あって、すべて有給休暇で半休もできるようになっています。さらに、これらを要介護状態ではなくても、自分が介護と思えば申請して良いと、あえて緩やかな運用をしています。この部分をうまく発信して使っていってもらえたらと思っています。

佐藤 介護休業はもちろんあっていいわけです。ただ、もう少し柔軟に使える方が、多分企業側も長く休まれてしまうより仕事面での影響も少ないし、その方が仕事と介護の両立がしやすいのではないでしょうか。実際、親御さんが入院されたら、そのときに何日か休まねばならない。その後、また少し経ったときに問題が起きたりします。つまり、いつもまとめて休みが必要なわけではなく、時々、何か起きた時に少し休めることが大事なのです。

もう1つ、矢島さんから、介護休業の使い方として、最期の看取りの時に使う話がありました。これも確かに気持ちはよくわかります。社員からすると、親御さんと最期は一緒に過ごしたいと思う。でもなかなか難しいのは、たとえば末期がんになって「あと3カ月」といわれたとします。「ならば」と思って介護休業を取るわけですが、でも実際上、これは良いことなのですが、その予測が外れることが少なくありません。じゃあ、そこで仕事に復帰するのかというと、戻りにくいというようなことが起きたりします。やはり、介護休業も分割なり、あるいは休業を長期で使う場合はどのように使うかが大事だと思います。

遠距離介護に会社ができること

遠距離介護の課題です。とくに大企業では社員を全国から採用し、転勤もあったりするので、親御さんと一緒に住まわれていない人が結構多いです。すると、親御さんがまだ要介護ではないにしても、「見守り」が必要になってくることがあります。たとえば、父親だけが福岡に住んでいて病気がちだとします。子どもからしたら、男親が1人で遠方にいるわけだから、「ちゃんと薬を飲んでいるか」とか「毎日コンビニ弁当じゃないだろうな」「振り込め詐欺にだまされていないかな」などと心配は尽きません。すると、やはり月に1、2回は様子を見に行くことになる。これが「見守り」です。そして、それが徐々に要支援・要介護に移っていった時にどうしていくのか、という課題が結構あるのです。丸紅では海外勤務もありますよね。この辺、会社ができることには限界があると思いますが、どのようにお考えでしょうか。

許斐 実際に介護が始まった後で「海外駐在に行け」というのは難しいケースもあると思うのですが、たとえば「介護の不安があって躊躇している」といった段階であれば、支援のやりようがあると考えています。具体的には、先ほど来、紹介しておりますNPOサービスを利用し、専門家に定期訪問を依頼することもできます。たとえば近所に親戚がいるようなケースでも、親戚には状況変化が分からないようなケースでも、専門家であればこそちょっとした変化にも気付き、適切に対応できるといったことがあると聞いています。

また、人による見守りや具体的な支援が必要となる前の段階においては、セコムのサービスのようなものも安心感につながるのではと思います。よく調べてみると、そういうサービスを提供している自治体もあります。まずは親御さんの住む自治体のサービスについて情報収集をしてみたらどうか、といったことを社員に情報提供することも大事だと思います。

佐藤 民間企業や自治体、NPOが行っているサービスもあったりするので、そういうものを使うことで月2回の見守りが1回で済むようなこともあると思います。

遠くにいることのリスクを考える

矢島 実際のところ、介護している人はかなり高い割合で親と同居している、あるいは30分以内のところに住んでいます。でも、やはり一部で遠距離があるなかで非常に重要だと思ったのが、事前に家族でいざというときのことを話し合っておくことです。親御さんの気持ちからすれば、「大丈夫だから、できるだけ自分の家で暮らしていたい」とおっしゃいます。「いざとなったら、施設に入るから」ともおっしゃるかもしれません。その際、案外、理解されていないのが、施設に入ってしまったら、介護が終わりということではまったくなく、何かあったときには親族が飛んでいかなければいけないということです。容体が急変してどのような処置をするか、病院に入る手続きをするかなどの話になれば、親族が判断しなければなりませんし、これに認知症が加わってきたら、かなり頻繁にいろいろなことで呼び出されるようになります。そういうことを考えて、やはり親が遠くにいることのリスクをあらかじめ考え、きちんと親と向き合って話し合っておくことが重要ではないかと思います。

池田 そうですね。よく「郷里に親や兄弟姉妹がいて、介護しているから安心だ」という話を聞きますが、それはちょっと違うということを付け加えたいです。たとえば、「お父さんが要介護者で、お母さんが介護している」といっても、お母さんもやっぱり年をとっていて体力が落ちているわけです。「実家の近所に1人きょうだいが住んでいて、その人が介護している」といった状態では、その人に介護ストレスがたまりやすい。企業としては、「要介護者もしくはその可能性になる人が家族にいる」社員は、何らかの形で介護に関わらねばならないという想定を持っていただきたいと思います。

佐藤 この点について塩入さん、いかがでしょう。

塩入 会社として、何か決まった形でサポートはしていませんが、職場のなかの運用は非常に柔軟になっています。仮に部下からそういった相談を受けた時は、その人の異動への配慮をするなど、これまでもおこなってきました。

佐藤 遠距離であれば、親御さんの事情もちゃんと事前に聞いておくことがありますが、併せて、親御さんが住んでいる地域の地域包括支援センターがどこにあるのかなどの情報も事前に集めておくとか、親御さんがどこの病院に行っていて主治医が誰なのかなどの情報も大切です。同居の場合でも同じですが、親御さんの置かれた状態を事前に把握しておくことで、急に介護が必要な状態になっても慌てないで対応ができることになります。

また、遠距離では親御さんの「呼び寄せ」をどのように考えるかということがあります。福祉関係の専門家に聞くと、原則、呼び寄せはやめたほうがよく、できる限りいま住まわれているところで必要な介護サービスが受けられるようにすることが大切なようです。これは地域にもよるのでしょうが、首都圏よりも地方のほうが施設に入りやすいですし、ショートステイなども必要な時に必要なだけ使えたりする。東京に呼んでしまうと、そういうサービスも使いにくいことが考えられますので、慎重に考えた方が良いでしょう。もちろん呼び寄せた方が良い場合もあるかと思いますが、全体でみると、いま住まわれている地域で必要な介護サービスが得られるように支援するのが大事だと思います。

働く女性へのプレッシャーも課題

あともう1つ、まだ介護は子どもなりがするのが一番良いという考え方が結構強く、それに加えて、とくに女性の場合は「あなたが介護したら」といった周囲のプレッシャーがあります。介護のマネジメントをするということは、決して自分自身の介護負荷を少なくするためにということではなく、結構、高度なことをやらなければいけない。親御さんが質の高いサービスを受けることができるためにはどこの入浴支援サービスがいいのかとか、どこのショートステイがいいのかとか、情報収集と判断をしているわけです。親の介護を子どもが直接すべきという考え方をどう変えていくべきなのか。矢島さんは社会全体で仕事と介護の両立が大事ということをどのように浸透させたらよいとお考えですか。

矢島 離職してしまった人というのは、やはり自分でかなり実際の介護を抱え込んでいて、介護サービスなどもあまり利用していません。よって、とくに日々かかる直接的な身体介護や家事、それから見守りのところでなるべく人手を確保する。そのうえで、自分自身が緊急時にどう動けるかなどといったことの対応を考える。すると、会社に期待する対応も長く休んでいることではなく、いざというときに臨機応変に休みが取れるようなことに対応してもらうのが重要になってきます。実際に介護している人のなかには、日ごろから自分の仕事を整理しておいて、いざというときにきちんと引き継げるようにしておくことが大事になってくるというような話もありました。つまり、介護に必要なサービスと自分の抱えている会社の仕事の両方をきちんとマネジメントすることが大事になってくるわけです。

佐藤 私たちの調査によると、夫からみると、たとえ妻が働いていても、自分の親を含めて介護は妻がしてくれるだろうと思っている。一方、妻の方も、夫はそう期待しているのではないかと考えているところがあって、女性は介護負荷が高くなるという不安を持たれています。私はいつも「子どもは夫婦の子どもだけど、親は夫婦の親じゃないから、男性が自分の親の介護を妻が担ってくれるなんていうのは幻想だ」といっていますが、実際には妻が自分の親を含めて介護してくれると思っている男性がまだまだ多いし、社会的にも「介護は女性」というプレッシャーが強いわけです。そういうなかで、働いている女性が仕事と介護の両立をいかに実現していくかがとても大きな課題だと思っています。

許斐 先ほどご紹介した介護ニーズ調査で、今後5年以内に介護する可能性のある人が84%というお話をしましたが、このうち、自分が主たる介護者になるかどうかという質問に対して、女性は7割以上が自分だと考えているのですが、男性は5割弱が配偶者だと答えています。介護の問題にまだ直面していない男性の多くは、「きっと配偶者がやってくれるんだろう」という期待を持っているのが実態だと思います。

佐藤 そうですね。でも、実態としては、矢島さんの報告にあったように男性も介護しているわけです。そういう意味で、男女ともに、子育てだけではなく介護も2人で担うことが大事だと思います。そして、自分で介護することを考えるのではなく、良質のサービスを親御さんが受けることができるようにマネジメントをすることがとても大事だということを社会的にも定着させていく必要があると思います。

離職者は介護を抱え込んでしまう傾向が

もう1つ、矢島さんに説明していただきたいことがあります。先ほどの報告で、離職した人が「離職前に、かなり自分で直接介護していた」と話されていましたが、つまり外部の介護サービスをあまり使ってないわけですね。

矢島 そうですね。これはちょうど上下で比較できるようにしています(調査報告図表9、10)。図表10は離職者が離職前にやっていた介護の状況です。これをみると、離職者は、とくに排泄や入浴等の身体介護、定期的な声かけ(見守り)、掃除・洗濯などの家事を自分でやっている割合がかなり高いです。図表9の就労者をみると、身体介護などは事業者を使っている割合がすごく高いということで、やはり離職者はかなり介護を抱え込んでいたことがわかります。

もっというと、この調査では決して離職者の方が就労者よりも、介護している高齢者の要介護度が高いというわけではありません。子育てでもそうですが、同じような要介護度の人をみていたとしても、人によってどれだけ手をかけねばと考える範囲は違うと思います。介護の場合、子育てよりも、人によって考え方の幅がとても広いと思うのです。介護する本人だけでなく、周囲の親族の考え方も関わってきます。そこで、自分で何もかも手をかけなければいけないと思ってしまうと、企業がある程度働き方を配慮したとしても、到底、追いつけないレベルになってしまいます。企業としては、先ほど塩入さんがいわれたように、さまざまなケースにある程度柔軟に対応できるような体制を取っていただくとしても、やはり実際に働いている人も自分である程度介護の仕方をコントロールすることも考えていただかないと、仕事との両立は成り立たないと思います。

佐藤 この2つの図表をみると、両立している人は、自分はマネジメントをメインにして、直接的なサービスはヘルパーさんなどにお願いしていて、そのことで仕事と介護が両立できているけれども、離職した人は、直接的な介護を自分でかなり抱え込んでおり、外部の介護サービスを使ってないわけですね。仮に仕事を続けたくないのなら問題ないかもしれませんが、もしも仕事を続けたいと思うなら、両立できるように外部の介護サービスをうまく活用することが大事だということですね。

子育てとの両立とは違う

あと、「介護はお金がかかる」という議論がありますが、介護にかかる費用は、親の介護についていえば、子どもが負担するのではなく、原則親が出すんですね。ここが子育てとは大きく違います。介護の場合、基本的には子どもが介護サービスをアレンジして、介護サービスにかかる費用は親が出すというのが原則の考え方です。

矢島 そうですね。介護のお金を出しているという人は男性が多いです。男性は自分で手をかけるよりはお金を負担してしまうところがあって多くなっています。ただ、それでも、全体でみれば出していない人の方が多く、ヒアリングで聞いたところ、とくに親御さんが厚生年金である場合は親御さんの年金で賄えているケースが多いようです。その点、国民年金ではちょっと厳しいかもしれません。

佐藤 先ほど、仕事と介護の両立支援と仕事と子育ての両立支援は異なるとお話しました。しかし、両者を同じように考えている人事の方が少なくないのです。ある大手企業グループ全体の人事担当者100人ぐらいを集めて講演したときに、「介護休業は、自分で介護するための制度ではない」と話すと、驚いた人が少なくなかったのです。それだけではなく、「介護ってお金かかるみたいですが、親の介護の金銭的支援をどうしたらいいでしょうか」という質問もされました。そこで、本来かかる費用は親が出すのだから、それをなぜ会社で支援するのかと話をしました。まだまだ子育てのアナロジーで仕事と介護の両立支援を考えてしまっている部分が大きいと思いますので、その辺をきちっと整理していく必要があると思います。

Q&A

有給休暇取得への影響について

質問者A 時間帯年休を少し増やした方が、介護にとっては良いとの議論がありましたが、介護のような誰にでもやってくる課題に年休を使うということは、本来の年休の趣旨には合わないのではないでしょうか。介護を頭に入れたら、年休をたくさんとっておかねばならないとの心理が働き、年休の取得率の向上を妨げるようなことにならないでしょうか。

質問者B 消滅有給休暇を利用することになると、それが年休取得率を下げることにつながらないでしょうか。また、当労組で有給休暇に関する調査をしたところ、上司が休暇を取らないと部下が取りにくいという声が結構多くありました。介護する世代が管理職の40、50代とのお話でしたが、彼らが介護のために有給休暇をできるだけとっておこうと考えたときに、全体の取得率の低下につながらないのか。もっというと、そういった動きが実際あるのか否かについて、塩入様と許斐様にお聞きしたいと思います。個人的には、まず介護のための休暇を無給から有給にして、それで不足するようであれば消滅有給休暇を使うといった運用が良いと考えますが、そのあたりについてもお教えいただければと思います。

池田 年次有給休暇の完全消化という目標と、失効した年休を何か特別な休暇に充てるというのは、組合の制度要求としては矛盾すると思いますので、悩みとしては非常によくわかります。実態として、年休が一番使い勝手が良いのは否定できないことだと思います。ただし、年休は取得事由を問わないので、介護しているという事実もよくわからないまま休んでいる可能性があるわけです。そういう意味では、「介護のために私は休んでいます」ということがわかる介護休暇を有給化していくほうが良いとは思います。

矢島 失効年次有給休暇については、もともとその企業のなかで育児や介護、自己啓発、傷病など何らかの目的を設定したうえで利用を可能にしているところも結構あるので、そういった企業では、こうした目的では個々人が持っている年休よりも失効年休を先に使うよう促しているのではないかと思います。

塩入 弊社はもともと有休取得率があまり高くありませんが、みている限り、介護を見越して有休をセーブしていると実感したことはありません。

佐藤 介護の休暇も有給化するとの質問がありました。この点で難しいのは社員間の公平確保です。もし有給にするのなら、介護だけではなく目的を問わず、何か一定の枠内で介護目的以外でも使えるようにしないとなかなか難しいかと個人的には思っています。

管理職の賃金設計の考え方

質問者C 管理監督者たる管理職も介護に関わる制度を使わねばならないケースが増えてくるなかで、介護のための短時間勤務を取得した場合の賃金設計はどうなりますか。一般社員であれば時間比例で下げるのが一般的だと思いますが、管理職の場合、一般的に企業ではどういう設計をしているところが多いものなのでしょうか。

矢島 短時間勤務については、管理監督者の場合は時間比例で減らす必要はないのですが、利用者が、その人の立場で「減らしてもらった方が使いやすい」というようなことで、設計上減らしている企業の話は聞いたことがあります。

佐藤 短時間勤務の賃金をどうするかについては、介護だけではなく育児の短時間勤務も、基本的に同じです。いま矢島さんがいわれたように、本人からすると、やはり6時間勤務だったら8分の6にしてもらったほうが働きやすいということです。

職場で該当者が増えてきた時の対応

質問者D 塩入様と許斐様にお聞きしたいのですが、いまは多分、介護休業や有給休暇で対応している人が職場のなかでそんなに多くはなく、引き継ぎをきちんと行ったりすることで対応可能だと思います。でも今後、団塊ジュニア世代が介護を考えるようになってきた場合、その比率が増えてくる気がしています。たとえば、10人の職場で3、4人が介護のためにちょくちょく休むような状況になった時の企業側の支援策がイメージできません。そのあたり、お考えがあれば聞かせていただきたいと思います。

塩入 弊社もこれから10年ぐらい先に、もの凄く大きな社員の山が50代を超えてきます。そうなると今よりも多くの管理職が介護に関わってくるものとして取り組みを始めましたが、具体的に何をやっているかと問われると、特別なものはなく、行っているのは意識啓発ぐらいです。しかし近い将来「このような社員の山が50歳を超えてきます。だから、今のような働き方をしていては介護との両立はできませんよ」といった情報を発信しています。

矢島 中小企業の場合、「働き方の柔軟化」については、これを進めることは決して大企業に比べて難しいということではないと思います。もう1つ、情報提供について言えば、この負担は大きいと思います。調査した中では、地域のなかで複数の企業が共同で情報提供したり、情報収集しようとしているケースがありました。社会保険労務士の方が、自分の持っているクライアント複数に対して一体的にやることを提案する方法もあると思います。

中小・零細企業の対策とは

質問者E 今日の事例は2社とも超大企業でした。私が社会保険労務士として関与している企業は中小・零細企業で、いわゆる人事部のスタッフはおらず、その代わりに私のような存在があると思っています。中小・零細企業に対しては、地域包括センターとか地方自治体などのサービスのお話がありましたが、社会保険労務士がどういう形で関わっていけるかについて、参考になるような情報がありましたら教えてください。

池田 職場の比率で介護者が増えた場合と中小・零細企業の対応については、即座に「マネジメントでこうしたら良い」とまではいえません。しかし、ヒアリング調査で、実際に少人数の職場で働いている人の話を聞いてみて、仕事の進め方に裁量性がある、ということはこの問題を考えるヒントになるかなと思います。子育てのようにずっと一緒にいるための時間が必要なわけではないので、介護のために細かい用事で仕事を少し抜けるくらいのゆとりをスケジュールにもたせる感じです。

佐藤 社会保険労務士の方の役割ですが、就業規則を変えたりするようなことはあまり多くはないですね。実際には、事前の情報提供をどうするかとか、あるいは相談に来たときに地域包括センターにつなぐなどが考えられます。そのため、そういった情報提供のパンフレットをつくったりして、社員の方に理解してもらうような取り組みを担うのが良いと思います。

経営ニーズとの両立と遠距離介護の制度設計

質問者F いわゆる介護と仕事の両立と経営層からのニーズの両立について、塩入様と許斐様に伺います。40代、50代は働き盛りの人が多くて、たとえば「この人にしかできない」という仕事があるケースも多いと思います。そういう人を異動させたいという経営者のニーズとワーク・ライフ・バランスをどうやって両立させているのか。具体的な工夫などがあれば教えていただければありがたいです。

質問者G 許斐様から遠距離介護のお話がありました。私どもの場合は国内の異動が圧倒的で、その場合の地方出身者の遠距離介護をどうするかについて論議を始めているところです。これから制度設計をする場合、「いま現在は実施していないけれど、こういうものを参考にしたほうが良い」とか「実は検討段階でこんな話があったけどやらなかった」といったような補足情報があれば教えていただけたらと思います。

矢島 子育ても同じことがいえると思いますが、仕事と介護を両立する時、単に両立できるだけではなく、そこに仕事のやりがいがないと、大変ななかで続けていこうという意欲が持てないと思います。両立している人にインタビューしても、仕事は自分の今までやってきたことを生かして、今までの役割をできるだけ果たしたいという思いがあります。

それに対して、たとえば短時間勤務になったり、あるいは働く時間帯が変わってしまったりすることがあっても、どういった役割を与えられるかが非常に重要になってくると思います。実際、「今の職場でやりがいのある仕事をするのが難しいので、異動の願いを自分から出して、比較的自分の裁量が大きくなるような部署に異動した」とか、病院勤務の人で「自ら異動希望して夜勤の少ない勤務場所に変更してもらった」などの話を聞きました。また、そういうことが自分の会社内で難しい場合は、離職して転職したとの話も結構ありました。社内での働き方を柔軟化するとともに、その人が今までその会社で培ってきた経験やノウハウをいかに生かして働いてもらうかという、仕事の質に上司の側も配慮する必要があるのかなと思います。

塩入 40代、50代の管理職の異動については、最終的には介護する社員の考え方次第だと思います。上司と話をするなかで、「私はもう会社の中でのキャリアよりは、介護を重視したい」といった話があれば、会社はそれを考慮します。最終的には本人の意思を確認し、それを尊重しながらやっています。

許斐 遠距離介護に備え必ずやっておいたほうが良いことは、親が住んでいる地域包括センターに顔を売っておくことだと介護セミナーでもお話していただいていますし、ハンドブックにもそういうことを書いています。本質的には、同居も遠距離も介護者としてやらねばならないことは変わらないと思いますが、とはいえ同居していない分、親のことをよく知らないことはあると思います。実際、介護の講演会のなかで、「この先、親とどういうふうに過ごしていきたいかについて話したことがありますか」といった問いかけがあって、親が何をして欲しいのかまったく知らないことに気づいた社員が非常に多くいました。遠距離介護の場合は、そういったところをきちんと知る意識をつけてもらうような情報提供の仕方をする必要があると思っています。

適材適所の観点については、どちらかというと制度そのものより日々のコミュニケーションがどれだけできているかが大事だと思っています。仕事が忙しいなかで、介護のためだけにコミュニケーションの時間を取ることはなかなか難しいのが現実です。そこで、たとえば、当社の場合は、キャリアプラン申告書を出したら面談をすることを義務付けていますが、キャリアプランのフォームには個人的な事情に関しても書く欄を設けていますので、面談の際には自然と介護についても話題になるような仕組みとなっています。また、期初の目標設定の際にも必ず面談していますが、目標設定の時にも育児や介護を抱えている人については、それを踏まえたうえで設定してもらいます。既存の面談の機会を、育児や介護の観点でも上手に活用してもらえるよう働きかけています。

大成建設の介護セミナー

質問者H 塩入様から、介護に関するセミナーを連続してやられたとのお話がありました。ダイバーシティの取り組みで考えた場合、テーマがたくさんあって、そのうちの介護だけにターゲットを絞って研修やセミナーを行うのもなかなか大変かなと思うのですが、どういった感じで取り組まれているのでしょうか。

塩入 介護を題材にした研修については、ワーク・ライフ・バランスの理解促進研修の一環で行っています。この研修は職場のなかでの「お互いさま意識」を醸成していくことが狙いで、介護だけではなく子育ての人もいましたし、まだ能力を生かし切れていない女性の活躍推進などのテーマもあって、それをすべて含めて、みんなで考えていこうという内容でした。ただ、一番インパクトが強かったのが介護の話で、あまり乗り気でなかった男性が、少し真剣に考えるようになったという、いい影響がありました。

矢島 介護のセミナーについては、育児など一般のワーク・ライフ・バランスとは取り込める層が違います。やはり、中高年の管理職層が関心を持ってくれるという意味で、非常に意義が大きいので積極的にやる企業が多いのではないかと感じています。

佐藤 管理職に対して、「仕事と介護を両立できる職場にすることは、あなた自身にとっても大事なことです。たとえば、あなたが月に何度か抜けたり、急に3日間、休まなくてはいけなくなっても回るような職場づくりをすることが大切ですよ」と理解してもらう。そのことが結果として、その人の部下の仕事と子育ての両立にもプラスになるわけです。仕事と介護の両立の必要性をうまく訴えながら、管理職の意識なりマネジメントのあり方を変えることも可能で、それはダイバーシティマネジメントの推進とも全然矛盾しない。管理職の意識啓発には、介護の課題を前面に出すのは悪くないと思っています。

丸紅の個別相談会

質問者I 許斐様にお伺いします。介護の個別相談会は勤務時間中に行っているのでしょうか。あと、家族の同伴も可能ということですが、この家族の方というのは要介護者ではないですよね。

許斐 個別相談会は勤務時間中に実施しています。ただ、昼休みのほうが参加しやすいこともありますので、昼休みにも枠を設け、昼休みしか来られないという社員はそこに充てるよう配慮しています。家族の同伴については、被介護者ではなく介護する側の家族を同伴可としています。なお、社員本人の参加が前提であり、家族だけで相談に来ることは認めていません。

佐藤 企業による社員の介護と仕事の両立支援は、これからますます大事なテーマになります。本日の報告や議論を踏まえて、皆さんの会社で社員の方が介護に直面しても困らずに両立でき、本人も意欲的に仕事を続けられ、会社にも貢献できるような仕組みを是非つくっていただきたいと思います。今日は多くの方にご参加いただき、ありがとうございました。

プロフィール ※報告順

矢島 洋子(やじま・ようこ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 現・女性活躍推進・ダイバーシティマネジメント戦略室長/中央大学大学院戦略経営研究科客員教授

1989年(株)三和総合研究所(現MURC)入社。2004年~07年内閣府男女共同参画局男女共同参画分析官。少子高齢化対策、男女共同参画の視点から、ワーク・ライフ・バランス関連の調査・研究に取り組んでいる。労働政策研究・研修機構「労働力需給推計に係る研究会」委員、東京都「次世代育成支援行動計画評価懇談会」及び「男女平等参画審議会」委員等を務める。著作に『ワーク・ライフ・バランスと働き方改革』(勁草書房/共著)、『国際比較の視点から 日本のワーク・ライフ・バランスを考える』(ミネルヴァ書房/共著)等。

塩入 徹弥(しおいり・てつや)

大成建設株式会社 管理本部人事部 人材いきいき推進室長

1985年大成建設入社。本社、札幌支店、東京支店や横浜支店において主に作業所の事務管理や人事業務に携わる。2007年、ダイバーシティやワーク・ライフ・バランスの推進を専門業務とする部署(女性活躍推進室→後に、いきいき活躍推進室)の責任者となる。2011年からは人材育成を主な業務とする部署との合併(合併後の新名称:人材いきいき推進室)により組織も担当業務も広がり、ダイバーシティやワーク・ライフ・バランスの推進以外にも、昨今は特にグローバル化に対応する社員育成の為の様々な施策の企画、実施にも注力して取り組んでいる。

許斐 理恵(このみ・りえ)

丸紅株式会社 人事部ダイバーシティ・マネジメントチーム・チーム長補佐

1998年丸紅株式会社入社。産業プラント部、ソリューション事業部、リスクマネジメント部、情報企画部を経て、現職。2007年に第一子出産、2008年10月に育児休業から復職以降、人事部に所属。2009年4月のダイバーシティ・マネジメントチーム立ち上げ以降、主にワーク・ライフ・バランス関連施策の企画・運用を担当。

池田 心豪(いけだ・しんごう)

労働政策研究・研修機構 企業と雇用部門 副主任研究員

東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程単位取得退学。職業社会学専攻。2005年入職、2011年4月より現職。主な研究成果に、『仕事と介護の両立支援の新たな課題―介護疲労への対応を―』(ディスカッションペーパー、No.13-01、2013年)、『介護休業制度の利用拡大に向けて―「介護休業制度の利用状況に関する研究」報告書―』(共著、労働政策研究報告書No.73、2006年)、『出産・育児と就業継続―労働力の流動化と夜型社会への対応を―第2期プロジェクト研究「多様な働き方への対応、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現に向けた就業環境の整備の在り方に関する調査研究」 』(共著、労働政策研究報告書No.150、2012年)など。また学術論文に「介護期の退職と介護休業―連続休暇の必要性と退職の規定要因」(『日本労働研究雑誌』No.597、2010年)など。

コーディネーター

佐藤 博樹(さとう・ひろき)

東京大学大学院 情報学環教授

1981年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1981年雇用職業総合研究所(現、労働政策研究・研修機構)研究員。1991年法政大学経営学部教授。1996年東京大学社会科学研究所教授。2011年4月より現職。著書として、『人材活用進化論』(日本経済新聞出版社)、『人事管理入門(第2版)』(共著、日本経済新聞出版社)、『パート・契約・派遣・請負の人材活用(第2版)』(編著、日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日本経済新聞出版社)などがある。兼職として、内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、東京労働局・東京地方労働審議会会長などを務めている。