<研究報告>
職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントの予防・解決に向けた労使の取り組み―ヒアリング調査からわかったこと―:
第60回労働政策フォーラム

職場のいじめ・嫌がらせ、パワハラ
—今、労使に何ができるのか—
(2012年5月31日)

内藤 忍

内藤 忍 労働政策研究・研修機構研究員

私からは、当機構が昨年度行った「職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメント対策に関する労使ヒアリング調査」の結果をもとにお話したいと思います。具体的には、まず、ハラスメントの問題について、企業と労働組合がどのような取り組みを行っているかをご紹介します。ここでは、単組だけでなく、産業別労働組合の取り組みについてもご報告します。次に、ハラスメント発生の背景・原因について、ヒアリング調査にご協力いただいた企業や労働組合の意見をもとにお伝えします。最後にこれらを踏まえた政策的、実務的インプリケーションをお話したいと思います。

ヒアリング調査は昨年5月から12月にかけて実施しました。調査の対象はハラスメントの予防や解決への取り組みに積極的な39の企業もしくは労働組合です。企業については、中小企業も調査したかったのですが、実際に取り組んでいるところが非常に少なく、結果的には大企業が中心になりました。調査では、本日ご報告する内容以外に職場のハラスメント問題における今後の課題や行政、労働者団体、経営者団体・業界団体などに期待することも聞いています。

相談窓口やアンケート、研修を実施

ハラスメント問題に対する労使の取り組みについては、 (1)相談窓口の設置・運営 (2)アンケート調査による実態把握 (3)啓発・研修・教育――の3つをあげる労使が目立ちました。これに加えて、コミュニケーション促進策や職場の風通しの改善を行ったり、労使で情報共有や協議を行い、ハラスメントに関する労使協定を締結する例もありました。

(1)の相談窓口の設置・運営は、もっとも多くの企業で取り組まれている対策で、相談窓口を企業内に置いている場合と外部に委託している場合、内部と外部の両方に置いている場合の3通りがあります。労使それぞれが単独で設置しているケースが多いのですが、中には労使共同で窓口を設置・運営している例もみられました。

ここで紹介したいのは、グンゼの労使による共同の取り組みです。同社のハラスメント専用の相談窓口は、中央相談窓口と事業所相談窓口に分かれており、それぞれ労使の担当者を配置しています。窓口に寄せられた相談は、必要があれば、相談者の意向を確認したうえで、労使で情報を共有し、共同で解決にあたる仕組みです。

さらに会社と労働組合本部では、年2回、「中央相談窓口会議」を開催し、ハラスメントへの相談対応を含むハラスメント対策について協議しています。

3分の1がアンケートで実態を把握

(2)のアンケート調査による実態把握は、調査対象の約3分の1の労使で行われていました。アンケート実施後、調査結果からハラスメントの実態を把握するだけではなく、アンケートに回答した従業員に結果をフィードバックしている組織もありました。

たとえば、調査対象企業のひとつXC社では、派遣労働者も含む全従業員を対象に調査を実施しています。さらに調査後に「実施報告会」を開催して、結果の詳細を従業員に伝えています。自分が答えた調査の結果だけに参加者の関心は非常に高いとのことでした。報告会では、アンケート結果を踏まえた内容の研修も同時に実施しており、社内で課題として浮かび上がった部分に特化したメニューを行っています。

(3)の啓発等について、調査対象の企業では、ハラスメントに関し、姿勢・方針の明確化、相談窓口の周知、事例の紹介などの啓発活動や研修・教育を実施しています。

研修の講師は、外部の専門家に委託したり、内部の専任スタッフが務めるケースが多いのですが、一方で事業所や一般社員向けの研修の講師を職場の管理職が務める方法を採用している事例もみられます。

次に多くの企業で取り組まれているわけではないものの、重要と思われる取り組みを2つご紹介します。1つ目は、コミュニケーションの促進策と職場の風通しの改善です。後ほど説明しますが、調査では、ハラスメント発生の背景・原因のひとつとして、コミュニケーション不足をあげる声が非常に多く、これを踏まえて、改善策を講じている労使がいくつかありました。たとえば、ある企業では各事業所でディスカッションを行い、社員一人ひとりに風通しをよくするためにどうしたらいいのかを考えてもらっているそうです。

労働組合が組織されている企業では、労使がハラスメント問題に関する協議や情報共有を何らかのかたちで行っているケースがあります。具体的には、ハラスメントに関する労使協定を締結したり、組合の要求により、就業規則の細則として「ハラスメントに関する規程」を導入するなどの事例がみられました。

調査結果のポイントの2点目として、産業別労働組合による加盟組合への支援があげられます。労使協定のひな形を提示したり、協定締結の促進や支援を行う産別がみられたほか、ハラスメント防止規程の導入や相談窓口の設置に関する一斉要求を行う産別もありました。

ハラスメント対策に取り組む単組の多くは、産業別労働組合から支援を受けています。このことからいえるのは、個々の単組にハラスメントに関する知識や対策の経験がさほど蓄積されていない現状において、その支援は加盟組合の取り組みの大きな推進力になっているのではないかということです。

複数の要因が相互関連して発生

調査結果の3つ目のポイント、ハラスメント発生の背景・要因ですが、ヒアリング調査にご協力いただいた労使の担当者から聞いた内容を図表に掲載しました。多くの労使が複数の事項を回答しており、これらはそれぞれが単独でハラスメントの要因となっているのではなく、相互に関連して発生の可能性を高めているのではないでしょうか。

図表 ハラスメント発生の背景・原因

最後にまとめとして、これまでご紹介した調査結果をもとに、政策的インプリケーションを3点導き出したいと思います。

上部団体の誘導や社会的啓発、基準の設定を

1点目として、国が産業別労働組合や使用者団体などの上部団体に取り組みを促すことは1つの方法として有効ではないかということです。先程ご紹介したように産業別労働組合の取り組みが単組の対策推進の鍵となっています。また、単組が取り組みを始めることで、企業の取り組み促進にもつながります。

2点目は、企業の取り組みを推進するためには、国が労使の取り組み事例を紹介したり、社会的な啓発活動を行うことも重要だということです。これは、今回の調査でも労使の担当者からもっとも要望が多かった事項です。また、事例の紹介は行政だけでなく、労使団体、業界団体などが行うことも必要です。とくに業界団体に対しては、業界特有の風土、文化に応じた事例を紹介してくれるとありがたいという声もありました。

3点目は、労使の参考となるハラスメントに関する一定の基準が必要だということです。厚生労働省の円卓会議が示したパワハラの概念や行為類型もその1つですが、今後はさらに発展させていくことが望まれます。

セクハラ対策の拡大で対応を

調査結果を踏まえた実務的インプリケーションについてもふれます。ハラスメント対策に取り組んでいる多くの企業では、従来のセクシュアル・ハラスメント対策を拡大するかたちで取り組みを始めていました。

ご存じのように男女雇用機会均等法では、セクハラ対策の措置義務が規定されているため、すでにセクハラ対策を導入している企業は多いと思います。別個パワハラ対策を検討するよりも、導入済みのセクハラ対策を拡大するほうが導入しやすいのではないでしょうか。

また、相談窓口を設置する場合は、「相談しやすい窓口」となるよう心がけることが重要です。これはパワハラに限らないのですが、企業内に設置された紛争、苦情、不満を受け付ける窓口の利用率は高くありません(JILPT「職場におけるコミュニケーションの状況と苦情・不満の解決に関する調査」2007年)。いじめに関しては、プライバシーの問題から相談しにくいことが予想されますので、できる限り相談しやすい体制づくりが必要です。

たとえば、ある企業では窓口担当者の顔が見えると利用しやすくなるとして、担当者が事前に各企業を回って自己紹介したり、イントラネットに顔写真を載せるなどの工夫をしています。また、相談者のプライバシーを守ることや、不利益取り扱いをしないことなどを周知することも、相談しやすさの向上につながると思います。

労使の連携や外部専門家の活用も

労働組合が組織されている企業では労使の連携が重要であることは言うまでもありません。労使が連携することで組織全体の取り組みが促進されると思います。また、単組が産業別労働組合に所属している場合は、上部団体に支援を仰ぐのも非常に有効な方法です。

多くの企業で見られたのが、外部専門家の活用です。こういう問題について、専門家というと、弁護士が思い浮かぶところですが、社会保険労務士、産業カウンセラー、臨床心理士なども重要な役割を担ってくれるでしょう。

日本においても中立的な立場から紛争や労働者の相談に対処するオンブズパーソンという外部専門家を活用している企業もあります(注)

単に「ハラスメントがダメ」と従業員に啓発するだけでなく、職場のコミュニケーション促進を積極的に仕掛けることも重要です。とくに多様な就労形態の労働者が集まる職場では、ハラスメント問題が起きやすいことから、積極的な対策を打つ必要があります。

企業にとって、コンプライアンスの観点から、関係会社も含めた対策が重要です。今後は海外の支社・子会社なども含めた対策も視野に入れる必要があります。海外支社・子会社については、今回の調査対象となった組織でも取り組みを行っているところはほとんどなかったのですが、欧米だけでなく、アジアでも労働紛争やハラスメントに関する法的なルール、判例などが存在する国がありますので、きちんと考えていかなければならないと思います。

参考になる英国の企業内調停手続き

調査を通じて感じたことは、組織内でいじめ、パワハラと主張されるケースにはさまざまなレベルのものが存在しており、十把一絡げの対応ではおそらく、よい解決結果は得られないのではないかということです。したがって、レベルごとに区分して、適切な対応ルートを確立することが重要ではないかと思います。

どう見てもパワハラやいじめに該当すると思われる悪質なケースについては、調査後、組織から懲戒処分など人事上の措置がとられます。しかし、客観的にみて、それほど悪質と思われないようなケースや当事者双方のコミュニケーション不足や人間関係の問題に起因するケースも多く、これらのケースについては、組織内で両者の言い分を調整し、解決する手続が必要ではないかと感じています。

イギリスでは、いじめにかぎらず、企業内の苦情、不満、紛争の解決方法として、企業内の調停手続きが用意されているケースが見られます。また、イギリスでは、「行為準則」という日本の指針に当たるようなルールによって、企業内に苦情処理手続きを設置することが定められており、労働者の苦情申し立てや聴聞の機会が保障されています。こうした取り組みは、企業内でいかにいじめに関する事案を解決していくかを考えるうえで、実務的にも政策的にも参考になる手法ではないかと思います。

(注)内藤 忍「内部通報制度を利用した労働者の苦情処理―労働紛争予防の観点から」JILPTディスカッション・ペーパーNo.09−06(2009年)20頁以下参照。